―Elegie―
流れていく。 貴方を思う雪洞の燭が空へと。水の上から流した小さな幸せは
小さな貴方<キミ>へ。
「俺を忘れるな。」ジュンの代わりに、と立てた赤い鯉幟。―自分が長くないと知っていたから。―
鯉幟は静かに、ただ静かに二人を守るように、ゆっくりと空を泳いでいた。
波の....風の音が蒼星石の耳へと入る。小さい終わりを告げる音が。
…自然と涙が流れていった。
いつまでも結ばれるはずだったその紅い糸を手繰り寄せる。涙はそこを伝っていく。
「・・・・・・・・・・・・・。」
思いは言葉にならない。
外には悲しみの霧雨が淑々と降り注ぐ。
二人の思いを乗せ、一片、二片と散華をする。―オヤスミト言ウ言葉ト共ニ―
ぱたぱた。化粧の音。雪洞の仄かな明かりで蒼星石は化粧をした。―悲しみを忘れたいから。
少し立っただろうか。鏡に写る自分を見て初めて気づいた自身。
ワライカタモワスレタ。
無理をしている自分。―わかっているのに。待てど…いくら待てど、君は、―ジュンは戻らないのに。待つ僕は独り…。
思い出したかのように呟く言葉。
「ひとり。」
…仄暗い部屋にはその一言だけが響いた。
二人を導いた赤い糸。ずっと一緒だった。何があっても。
微笑み合いながら。
「いつまでも続くといいな。」蒼星石は屈託のない笑顔で微笑んだ。「ああ。」ジュンも同じように。
―そっと唇を重ね。
二人の時間がただ静かに通り過ぎ、煌々<キラキラ>と煌いていた。
点けた灯りに照らされ、姿を映し出したのは仲良く寄り添う二人と二つの影。
外には暗い、暗い帰り道。それでも歩いていけた。
二人の光を燈せば幸せがそこにはあったから。
二人の心には同じ景色が流れていた。
そして いつまでも風は吹く。
心 任 せ に
静 か に
木漏れ日が遊ぶように射し入る部屋。いつも一緒だった二人の影が―重ナル。
身を溶かすような熱さ。
葉擦れの音で消えた吐息。
時は流る。影が伸びるまで。折鶴は傾いた。木漏れ風<コモレカゼ>によって。
うぃーん。
びき。
ばちばち。
ぐしゃ。
ふぃるむが燃える。
「僕は忘れてしまうのだろうか。」
呟いた言葉は、自分への悔恨。燃えた灰は固まり、解け、影へとこぼれていく。伸びていった影と。
マタ 涙ガ零レテキタ。
「シアワセニナルタメニ。」
「幸せになろうよ!」そう告げた約束は、空へ溶けて薄れていく。揺れる送り火がささめきあう。約束事を溶かしていくように。ただただゆっくりと。
静かに。
揺れる木漏れ日。動かぬ君を運び、棺へ収める。―アキラメラレナイ―
「ねぇ…目を覚ましてよ!!!…!」叫ぶ声は脆い。そして儚い。「手を握り返してよ…ジュン君・・・っ!!」白く透けそうな手を握り締め、また泣いた。
こんなにも綺麗で、苦しくなさそうな顔をしているのに、目を覚まさないなんて。
「…ジュン君…。」最後の言葉が、ぽつりと零れた。
一つだけ燈る明かりが、瞼に映る。それは少しずつ、静かに、静かに流れていく。
―それが歪んで見えた。―
遥かに続く大路一歩、一歩歩くたび認めたくない現実に押しつぶされていきそうになる胸の内。
「何で…何でっ…!…………。」さめざめと、また泣いた。
埋めた日々を見つめ。
キミハ キエタ …ジュンクン。…オヤスミ。
どれくらいの月日が流れたか。蒼星石が気を持ち直し、昔のように笑うようになった頃。ぽつりと言った。「幸せの終わりに小さな花が咲いていたとする。僕にとってのそれはね…。」傍にいる、女の子にもったいぶるようにわざと間を空け乍ら喋る。「それは?」
首をかしげ気になっているらしい女の子。「…分かるよね?」蒼星石はそう言った。嬉しそうに微笑みながら。そうして、空を仰ぐ。ジュンが消えたはずの青空へ向かって呟いた。
「もう君には逢えないと思っていた。…ジュン君。君の面影は、ぬくもりは、 ちゃんとあったよ。」
空に舞う鯉幟は歪な形をしながら空を泳いだ。
「あ!わかった!ママは私のことが好き?」白髪<ハクハツ>の少女はケタケタと笑い乍ら、聞いた。
「うん。とっても。僕と、ジュンの愛だからね。」笑顔はその時間に閉じ込められたかのように暫く響いた。
―Fin―
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