『最終電車にて』(その7)
――あらすじ――
蒼星石と巴は残業で遅くなり終電に乗り込むことに。 一駅先で降りるつもり……だが、その電車は駅に停まることなく猛スピードで通過していった! 次の駅も停まることなく猛スピードで暴走する列車。 次々と怒る怪現象を潜りぬけた先でそこで出会ったのは、蒼星石の師匠の結菱一葉と巴の幼馴染のオディール。 そして――たどり着いた先には16年前に亡くなった筈の雛苺が。 巴は最初は彼女を怖がるものの、次第に受け入れてしまって……。 そこへたどり着いた蒼星石の目の前にいたのは――雛苺と瀕死の巴とオディールだった……。 なお、某V社の『最終電車』の舞台を流用してたり、実在の地名、事件が出てきたりしているが、内容にはなんら関係がないことを断っておきます。注:『******』の部分を境に蒼星石と巴の視点が切り替わっています。 あれ……? なんか目の前が霞んできた……。 オディールの顔もよく見えない……。「……トモエ~、寝ちゃいやなの~」 あっ、雛苺。分かってるって……。 でも……なんか眠たくなってきた……。 体が思うように動かない。気だるい。 もう一度あたりを見回してみる。 傍には雛苺が体を懸命に揺さぶっているのが見える。 その横では外国人……らしい人が雛苺にもたれかかっていた。 知っている人だったと思うのだけど……誰だったかな? うまく思い出せない。名前が浮かんでこない。 まあ、いいか。
「……ょうぶ、ともえ!」 横から別の女の人の声が……。 あっ……誰だろう……。 その方向に顔を向けると…… ……ショートカットの茶髪の……瞳の色が左右違った色の女の人…… 誰だったけ……やはり分からない。 さらに顔がぼやけてはっきりと見えない。 その人は息を切らせながら、じっと私を見ている……ようだ。 そして私の体を抱きかかえて、勢いよく私の体を揺さぶる。 知っている人だと思うのだけど……誰? 分からない。「……あなた……誰……?」 声を掛ける。 その時……「誰だってそんなのどうでもいいじゃない」 別の女の人の声が耳に入る……というか頭に響く。 まだ……知らない人が……? まあ……いいか。 私はどうでもよい気分だった。 そう思った途端に……目の前が真っ暗になって……眠くなって……。******「巴、しっかりして!巴!」 僕は目を閉じた巴の体を勢いよく揺さぶる。 だが、彼女は眼を覚ます気配は無い。 両腕がだらしなく下にぶら下がる。「……あなた誰なの?」 幼い少女の声。 僕は顔を見上げる。 目の前には……幼い金髪の少女。「……君こそ……誰だい?」 僕は巴の体をゆっくりと床の上に寝かせると、その少女を睨みつけるようにして見つめる。「怖い顔したらいやなの」 その少女は無表情で僕にゆっくりと近寄ってくる。 それと同時に…… ガシャーン! 無数の蔦が車両の窓を突き破って僕の周囲を取り囲む。 ガラスの破片が車内に飛び散った。「ヒナはね……トモエとオディールの友達なの。今遊んでいるの。 あなたはトモエの友達?」 あどけない声で話すヒナとかいう少女。 僕は左手に庭師の鋏を握り締めながらゆっくりと答える。「そうだよ。僕は蒼星石。巴の友達だよ」「だったら……」 ヒナは途端に目を輝かせた。「一緒に遊ぼうなの!」 明るい声でこう言ったヒナ。 は? 僕は一瞬自分の耳を疑った。 巴とオディールさんを気絶させて……遊んでいるだって? それで僕と遊ぼうと?「まっぴらご免だね。何考えているんだい、君」 素っ気無く言い放った僕の言葉に、表情を固まらせるヒナ。「そう……だったら……」 表情を変えないままヒナは俯き加減になって……「帰って」 彼女の言葉と同時に天井に張り付いていた無数の蔦が僕に襲い掛かった!「蒼星石!そいつが大元だ、気をつけ……」 背後から僕に呼びかけるマスターの声がする。「分かってますよ」 僕は鋏で蔦をなぎ払いに掛かっていた。「あなたなんか嫌い、大嫌い!帰ってよ!」 ヒナは必死の形相になって次から次へと蔦を生やしては僕に襲い掛からせた。 さらに割れた窓から無数の巨大なぬいぐるみが車内に乗り込んできて、僕を取り囲む。 だが、それにひるむことも無く、僕は蔦とぬいぐるみを鋏で切りつける。 床には切り刻んだ蔦やぬいぐるみの残骸が散乱していた。 さらにマスターが方術で炎を巻き起こしているので、焼けこげたものまである。「巴とオディールを気絶させてまで、まだ遊ぼうとする君に僕は好きになれないね」 僕は鋏で蔦に切りかかりながら、ヒナに瞬時に近づいて…… パッチーン!「……!」 目に涙を浮かべて……赤くなった頬を手で押さえて僕を睨みつけるヒナ。 そう、僕はヒナに平手打ちをした。「君は……巴とオディールさんを殺す気なのかい?」 そう言って、床に倒れこんでいる彼女らを指差した。 両人とも動くことなく、目を閉じてその場に横たわっていた。「……違うの!ヒナはトモエとオディールと遊ぶの!殺してなんかいないの!」 大きく首を振って必死に否定するヒナ。「だったら……彼女らは気絶しているけど……これ、どう説明するの」「……」 ヒナは怯えたように彼女らを見ながら口を閉ざす。「このまま遊んだら……死んじゃうよ、彼女ら」 顔を青ざめながら……心なしかやつれながら横たわっている巴とオディールさん。「Nom……嫌!死んじゃいやなの!」 自分のしていたこと……そしてそれが招いた事態に気付いたのだろうか。 ヒナは彼女らに駆け寄って、懸命に体を揺さぶる。「起きて!トモエ!オディール!」 半泣きになりながら巴に抱きつくヒナ。「……お前はすでに死んだ存在だ。気付いていないのかも知れんが、君は生きている人間から生気を吸い取って実体化したり、蔦やぬいぐるみを召還しておる。このまま続けていたら……彼女らをあの世へ巻き添えにしてしまうが……それでもよいのか?」 マスターがヒナの横にしゃがみこみ、やさしい口調でヒナに声をかける。「嫌!嫌なの!」 ヒナは泣きじゃくりながら大きく首を振る。「だったら、すぐに蔦をしまいなさい」「う……うぃ」 ヒナのその返事とともにこれまで周囲に張り付いていた蔦は消滅した。 残ったのは僕らと……ヒナと……ガラスの散乱した車内。 僕は巴とオディールさんの手首を軽く握る。 どくん……どくん。 微かにではあるが脈打っている感触。 まだ、死んではいない。 よかった……。 僕はほっと胸を撫で下ろす。「ん……んんっ……」 オディールさんが意識を取り戻したのか、目を開ける。 そしてゆっくりと体を起こしてあたりを見回す。「オディール!」 ヒナは慌てて彼女の方を向く。「あっ……雛苺……。これは一体どうしたの……」 状況を把握しきれていないのか、多少おろおろした素振りを見せるオディールさん。「大丈夫かね。フォッセーさん」「ええ……なんとか……」 オディールさんは頭を抱えながらもゆっくりと立ち上がろうとするが、足に力が十分に入らずになかなかできない様子だった。「無理をしちゃいかん」 マスターが咄嗟に彼女の体を支える。「んんっ……」 巴の口から微かなうめき声がした。「トモエ!」 ヒナ――いや、雛苺というのが彼女の名前だろう――は、目を覚ましかけた巴に顔を近づける。「巴!大丈夫?」 僕も巴のもとに駆け寄った。「……」 巴は上半身をゆっくりと起き上がらせて……うつろな目で雛苺を見つめていた。 顔は無表情で。 「よかった、よかったなの!」 雛苺は嬉しそうな表情で巴を見つめ返す。 どうやら、命には別状はなさそうだ……。「いかんっ!気を付けろ!」 マスターの怒声が響く。 えっ?何? 僕はその声にびっくりした。そして巴のほうを見た、その時! ――!!「……い、痛いの……トモエ……」 左のわき腹を手で押さえる雛苺。 血は出ていないが……そこにはざっくりと肉体を切りつけられた傷ができていた! その先には……巴の右手に握られたガラスの破片がそこにはあった。 そして、三日月状に口を歪め、不気味な笑みを浮かべる巴が!「……け……けけけ!うるさいんだよ、あんたは!くけけけぇっ!」 奇声を上げながら巴は雛苺を勢いよく突き飛ばした! そして、オディールに顔を向けるや否や、彼女に飛び掛った。「と、巴……貴女……」 オディールはまったく動けず、信じられないといった面持ちで巴を見つめる。 喉元には……巴の手に握られたガラスの破片をあてがわれて!「げげげ!オディールに乗り移れなかった!げげげげ! でもいい!やった、やってやった!げげげっ! だったら、まずはこいつを血祭りにあげて、あいつに復讐だ!くけけけけけ!!」 狂人の目付きの巴。 瞳を真っ赤に充血させて。 口から涎をこぼして、獣のような雄叫びをあげて。 そしてオディールの体を背後から押さえつけて、ガラスの破片を喉元にさらに押し付けて!「……や……やめて……」 恐怖で顔を引きつらせながら、オディールは喉に目をやっていた。「やめてなの……おばさん」 傷口を押さえながら、息も絶え絶えになりながら必死で訴える雛苺。 おばさん……? ……どういうこと? 話がまったく見えない。 僕は何も出来ずただじっと立ち尽くしていた。「ふん。その子を巻き添えに無理心中して、霊力の強い彼女の魂にある寂しさの感情を利用して夜な夜な終電に現れては乗客の生気を吸い取って、挙句の果てにはフォッセーさんや柏葉さんをこの列車に呼び寄せて何をするかと思えば……自分を見捨てたその子の父親への復讐か。その子の家を家庭崩壊寸前まで追い込んで、その子の命を奪うだけでは飽きたらず罪を重ねようとは……性悪なこと極まりなく、救い様が無いな、貴様」 マスターはじっと巴――いや、彼女に取り付いた雛苺を死に追いやった彼女の父親の愛人の霊――をじっと睨みつけて、感情を押し殺した声で話し掛けていた。「けけけ!邪魔はさせないよ!血のつながりのあるこの小娘の命も奪って、無残な姿をあの男に見せ付けて、じわじわと殺してやる!ぐげげげげぇ!」 そいつはオディールさんの喉にガラスの破片の先端をゆっくりと押し付ける!「っ――!!」 オディールさんの顔が痛みで歪む。 首元から赤い線がゆっくりと下に向かって垂れていく! ――許せない!絶対に許せない! 自分の逆恨みのために、人を次々と道連れにしようなんて! 鋏を握る手に力が入る。 でも――動けない。 今飛び掛れば、狂ったそいつはオディールさんに何をするか分からない! でもじっとしていても……! そうしたジレンマが頭の中に渦巻くだけだった。 それはマスターも同じなのか、札を手にしながらもただ、じっとそいつを睨みつけることしかできないようだ。「巴!目を覚まして!しっかりして!」 咄嗟に僕は巴に呼びかけた。 彼女の魂が――まだ消滅していないことを祈って。 目を覚まして、この邪悪な存在を追い払うことを信じて――。 それが――今の僕にできることだった。 -to be continiued-(その8に続く)
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