『最終電車にて』(その3)
――あらすじ――
蒼星石と巴は残業で遅くなり終電に乗り込むことに。 降りる駅は一駅先。 でも……その電車は駅に停まることなく猛スピードで通過していった!
次の駅も停まることなく猛スピードで暴走する列車。 誰もいない乗務員室。 周囲から響き渡る奇妙な異音。 異変は刻一刻と彼女達に迫って……!
なお、某V社の『最終電車』の舞台を流用してたり、実在の地名、事件が出てきたりしているが、内容にはなんら関係がないことを断っておきます。
注:『******』の部分を境に蒼星石と巴の視点が切り替わっています。
車両の連結部にて。 隣の7号車(この電車は8両つないでいる)への扉に手を掛ける。
がちゃり。
横開きの扉は難なく開いた。 そして連結部の幌を通って、7号車のドアに手を掛け開いた……その時。
「うっ!」 僕は……目の前の光景に思わず立ち止まった。
******
7号車のドアを開いた途端、目を大きく見開いて立ち止まる蒼星石。「どうしたの?」 私は彼女に声を掛ける。「…………」 彼女は何も言わずその場に立ち尽くしていた。 額からは汗が出て、ドアのノブに掛けた手を小刻みに震わせていた。 さながら蛇に睨まれた蛙のように。
私は7号車の方を見た。
がらんとした車内。 人っ子一人いない。
もっとも、あの不気味なうめき声のような異音は響いているが。
「ねえ、どうしたの!?」 私は蒼星石の肩を強く揺さぶった。「ん……あ?」 彼女はゆっくりと私の方を振り向く。
――完全に無表情のままで。 眉や瞳や唇一つ動かさずに。 その時の顔は忘れられるものではない。
「何?何なの?」 私はとにかくさらに彼女の両肩に手を掛け激しく揺さぶる。「あ……ごめん……」 そこでようやく我に返ったのか、慌ててドアを乱暴に閉める。 そして動揺しきった表情で私をじっと見つめていた。
「どうしたの!何があったわけ?」 本当に彼女が何を見て、何を思ったのかが分からない。「い、いや……ちょっとね……それより大丈夫?」 彼女の言葉は答えになっていない。むしろ何のことを言っているのかが本当に分からない。「大丈夫って……私は何ともないけど」「そう……だったらいいんだ」 いいんだ、って何がいいわけ? ちっともよくない! 本当に訳がわからない!どうなってるのよ! 彼女には何か得体の知れないものが見えたっていうの!? 私はそんな彼女の態度に苛立ちを覚えた。「よく説明して。一体この先には何があるの?」
「何かあるのかい?」 ちぐはぐな答えを返す蒼星石。
「何かあるのかって……貴女の態度がよ! この先に一体何があるのかって訊いているの!」 私は思っていたことをストレートに彼女にぶつけた。「態度って……そうか、それならそう思っても仕方がないね」 蒼星石は何かを悟ったようだが、それを私には示さずに相変わらず答えになっていない答えを返す。 私はそんな彼女にさらに苛立ちをつのらせた。
「巴。君には何か見えた?」 7号車の方を指差す蒼星石。「いえ……何もなかったけど……それが?」 私がそのように答えると、彼女は少し考え込む素振りを見せた。 そして、真剣なまなざしで私を見つめ、ゆっくりと話しだす。
「そう……それなら、今から僕のいうことを聞いて。 今から7号車を通り抜けるんだけど、全速力で走って。あと、僕の手を離さないで。 それと何かが見えたり、何があっても絶対に横や後ろを見ないで……いいね?」 何のことを言っているのか相変わらず不明だった。 しかし……彼女のそんな素振りを見る限り……守らなければいけないのだろう。
「分かった」 私は小さく頷いた。 この先に何かがあったり、何が起こるかは分からない。 正直言って、怖い。
でも行くしかない。 私は腹をくくった。
「よし……じゃあ今からドアを開けるから全速力で僕に着いてきてね……行くよ!」 蒼星石は勢いよく7号車のドアを開けた。 そして私の手を強く握って全速力で走り出した。 私も彼女に強く手を引っ張られながらも遅れまいと全力を出して駆け出す。
何も……誰もいない7号車の車内。
でも……。
『ぉおおおおおおおお!』『くる……い……』『いた……あああ……』『たすけ……うううう……』
異音が……はっきりと聞こえるようになった。 大きな音で……甲高いものもあれば、低い音もある。
ただ、それらに共通していえるのは…… どうやら人のうめき声のようだ……。
「……うっ!」
同時に私は息苦しさを感じた。 口や喉や胸が一気に締め付けられる感じがする。 そのため一瞬立ち止まろうとしてしまった。
「いいから我慢して!」 蒼星石は前を見ながらも私に激しく怒鳴りつけた。 さらに私の手をつなぎながらも、さらに勢いよく引っ張るようにして6号車との連結部へと走る。
……苦しい。 でもここで立ち止まったら……後はないのだろう。 私は力を振り絞って彼女の手を力強く握って走る。
6号車への扉に辿り着くや否や、彼女は力強く開ける。 そして連結部の幌へ私を連れ込むと扉を乱暴に閉めた。
さらに……彼女はショルダーバッグから付箋とボールペンを取り出すと、何か訳の分からない文字や模様を描くと、即座にそれをはがして扉に貼り付ける。
「とにかくこれで一時凌ぎにはなるね……大丈夫かい、巴」 蒼星石は一連の作業を終えると、額の汗を袖で拭って、私に微笑みかける。 もっとも肩で息をしながらだが。「え、ええ。なんとか」 私は大きく深呼吸をして息を整える。 ここは狭い空間ではあるものの、7号車のような息苦しさは感じない。 さらに……先程の不気味なうめきも聞こえない。 聞こえるのは……電車の車輪がレールの継ぎ目を通る時に発するガタゴトいう音だけ。
ぜえぜえと荒い息をしながらその場に蹲る巴を見る。 かなり無理をさせてしまったかもしれない。 でも、仕方がない。あのまま普通に行かせていたら彼女が危ないのは目に見えていた。 多少、『それ』への耐性がある僕ならともかく、彼女にそれを求めるのは無理な話だ。
7号車の光景を目にしたとき……この列車がどういう事態になっているのか把握できた。
――あの『人でいっぱいの満員電車』の車内を見て!
僕は即席の『札』を貼り付けた扉を見つめた。
「これ……一体何なの?」 巴は僕の貼り付けた『札』を指差す。「ちょっとしたおまじないだよ。一時凌ぎだけどね」 そう答えるしかなかった。
もはや彼女も薄々感じているだろう――この電車の事態に。
「てことは……不気味な幽霊でもいたわけ?」 恐る恐る僕に訊いてくる巴。
「大まかに言えば……ね。 君は知っているかい?この路線の噂」「この路線って……あっ!」 彼女は何かに思い当たったのか、鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔をして、腕時計を見る。日付付きのデジタル時計だ。
12月10日、24時35分。
「確か会社の先輩に聞いたことがあるけど……30年ぐらい前の……ちょうど今日のこの時間あたりで、この路線の風芽丘駅で電車の追突事故があって……確かその時は大雪でダイヤが乱れていて、駅に停まっていた満員の各駅停車に後続の急行電車が追突して。 死者は200人以上、重軽傷者は400人近い大惨事になったって聞いたことがある」 巴の話すこの話は僕も知っている。
風芽丘駅というのは、僕らが降りるはずだった三瀬川駅の5つ先の駅だ。 その駅も地下ホームで雪の影響は一見ないはずなのだが、その日は雪でATSが故障して非常ブレーキの誤作動がこの路線を走る多くの列車で発生していた。 急行電車が三瀬川駅の手前でATSの誤作動のために緊急停止したものの、異常がないから緊急解除しようとしてもブレーキは掛かったまま。ブレーキを緩ませようとエアを抜いて発車させたが、エアの再充填を忘れていたのが大元の原因だった。 ブレーキの効かないまま急行電車は時速120キロ以上のスピードで暴走していたらしい。おまけに三瀬川から風芽丘にかけては20‰の下りの勾配が断続的に続く形状であることや、大幅な遅れのために乗客で満員だったことや、無線系統までも雪でマヒしていたことも災いして、同じくATSの故障でブレーキが解除できていない各駅停車に追突した……。 結局、この追突事故で暴走した急行電車の前6両と先行の各駅停車の後ろ4両は大破。 脱線や転覆した車体が駅を崩壊させ、狭い地下ホームにいた乗客をも巻き込んだ。 連絡がこれらの乗客に伝わっているわけはなく、事前の避難も当然出来ていないわけだったから……史上最悪の大惨事になった。
それで問題なのは、この事故の後のことだ。
『鐙台行きの最終はヤバイ』
そんな噂が伝わり出した。 半年を要して復旧させた後、最終電車でうめき声を聞いただの、奇妙な人影を見ただの、奇妙な光る物体を窓の外で見ただのという報告談が絶えなかったという。 さらには風芽丘駅を中心として、飛び込みなどの自殺者が続出した。 その噂に業を煮やした電鉄会社は、架空の『永久に』走るはずのない『最終電車』を時刻表に盛り込んだ。するとこの目撃談はほとんどなくなったという。(もっとも、自殺者は今でも後が絶えないが!)
――ちょうど、『本来の』終電から『10分後』に……!
――そう、丁度……今走っている『遅れているこの最終電車』の時間帯に合わせて!
「……まさか、架空の最終電車に合わせてこの列車が走っているから……事故で亡くなった人の霊が乗り込んできているとでも?」 体を小刻みに震わせながら、僕をじっと見る巴。「かも知れないね」 僕は素っ気無く答える。「……」 巴はこれ以上言葉を発せないでいた。「でもね……幽霊がいようが何だろうが、この列車は暴走している。このまま行けばそれこそ……」「分かってるよ!」 巴は急に僕に掴みかからん勢いで迫る。「この電車がこのままだったらあの時の事故みたいになるなんて想像が着くよ!」「だったら……そろそろ行こうか。君も大分マシになったようだし」「そうね……」 巴は落ち着きを取り戻すと、ゆっくりと立ち上がった。 興奮して息を荒げているものの、大丈夫のようだ。「じゃあ、またドアをあけたら全速力でダッシュ。いいね」「うん」 彼女の返事を確認すると、6号車のドアのノブに手を掛けて開けようとした。
――が!
ノブが回らない。 強く力を入れてもノブが動かない。
「ちょっと、何してるの」 巴がそんな僕の様子を訝しげに見ながら訊いてくる。「開かないんだ。いくら力を入れても回らない」「それって……」 ノブに手を掛ける巴。彼女も力をいれて回そうとするが……動かない。
「これって……ないのじゃない?」 呆然としながらドアのガラスの向こうに広がっている6号車の車内を呆然と見る巴。 6号車の中には……一見誰もいないようだった。
ドカッ! ゴンッ!
背後の7号車の扉を乱暴に叩く音が聞こえる。 ふと見ると……『結界』の札がはがれかかっている。 まずい、このままでは効力が切れて……!
僕はぞっとして巴の方に向き直る。「とにかく2人がかりで開けよう!何とかなるかも!」「うんっ!」 僕と巴は一緒になってドアノブに手を掛けて力を入れる。
でも、動かない! 後ろからの音はさらに激しさを増している!
早くしないとと思った……その時!
-to be continiued-(その4に続く)
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