優しい雨(翠)
窓ガラスを雨が叩く。翠星石はベッドに横になりながら打ち付ける雨を見ていた。どんよりと曇った空、まるで今の自分みたいだな、と翠星石は心の中で一人ごちる。蒼「翠星石~、もうすぐご飯だよ~。降りて来て~。」階下から自分を呼ぶ双子の妹の声がする。翠「分かったです蒼星石、今降りるです~。」翠星石はいつも通りの返答をするとベッドからのっそり立ち上がり、スリッパを履いて部屋を出た。どんよりと暗い空を見ながら階段を降りる、と、そこには蒼星石が自分を心配そうな顔で見ていた。蒼「またジュン君とケンカしたんだって翠星石?駄目だよ、仲良くしなきゃ。」翠「うっるさいです蒼星石!あんなチビ人間なんかと仲良くできるかです!」翠星石は蒼星石を放ってリビングに入る。一人蒼星石が廊下に取り残される。蒼「あ・・・・もう。」いつからだったろう、翠星石は考える。初めてジュンと出会った時、二人の相性は間違いなく最悪だった。眼鏡をかけたあのチビ人間はとにかく無愛想で、とにかく何かが気に入らない。気付けばお互いに口論になっていて、お互いを考え得る限りに罵っていた。だけど、それがいつからか自分にとって心地良いものになっていた。自分の中で何かが変わっている、ジュンの事を一人の男性として意識し始めていた。
今日も雨、それも土砂降りの雨。翠星石は一人学園への坂道を歩く。いつもバスケの朝連がある蒼星石は自分より一時間以上早く起きて学園に行く。翠「はあ・・・・嫌な雨です。これじゃ花が痛んじまうです・・・。」一人愚痴をこぼしながら、靴下が雨で湿る不快感に翠星石はイライラする。と、豪雨のベールの向こう、一人の人間の姿が翠星石の目にとまる。くしゃっとした髪、余り大柄でもない体格、少し覗く眼鏡のフレーム・・・・ジュンだ。翠「よ、よお、ですチビ人間!」翠星石は胸が締め付けられる痛みを感じた。ジュンを意識するようになってから、この痛みは毎度ジュンを見るたび翠星石を襲う。しかし翠星石はそれを隠すようにジュンに悪口を投げ掛ける。ジュン「何だよ・・・・またお前か翠星石。朝からつっかかってくんなよ性悪女。」またか、そんな顔でジュンは翠星石を見る。翠「だ、誰が性悪女ですか、このチビ眼鏡!!」いつもなら、この後ジュンは自分の悪口に怒りケンカに乗ってくる。いつもの毎日に翠星石は期待した。ジュン「・・・・・もう良い、お前なんかと話してられるか。毎日毎日人の悪口言って・・・。」ジュンは不機嫌そうな顔をして翠星石を一瞥すると踵を返し、また歩きだした。翠「あ・・・・・。」いつもの毎日がその時変わった。翠星石の耳に土砂降りの雨の音が響いていた。その日から翠星石とジュンの口喧嘩がなくなった。翠星石が悪口を言おうとしてもジュンは完全に翠星石を無視し、翠星石が近寄って来ればその場を離れた。当然と言えば当然、だが翠星石の胸にはジュンと話す事ができない事が言いようのない悲しみとして日を追う毎に広がっていった。
ジュンと話をしなくなって数週がたち、今日も外は雨が降っていた。薄暗い廊下に点る電灯、人もまばらになった放課後、翠星石は図書室にいた。別に本が読みたくて来たのではなかった。ふと図書室のドアが開く。翠星石は開いたドアを見る。待ち人来たり、そこにはジュンがいた。ジュン「チッ・・・・」ジュンは翠星石がいるのを見留めると苦虫を潰したような顔をして図書室を出て行く。翠「待って!!」言いたい事がある、ジュンに、翠星石もジュンの後を追い図書室を出た。
灰色の空、蛍光灯の光が頼りなげに照らす下、翠星石はジュンの後ろをとぼとぼと付いて行っていた。遠くから体育館でクラブの練習をする人達の声がする。今頃蒼星石もバスケをしている頃だろう。ジュン「・・・・・・・さっきから何なんだよ。黙って後ろから付いて来て・・・・。うっとおしいんだよ!!」振り向き、ジュンは声を荒げて翠星石に言った。ジュン「いつもいつも僕に突っ掛かる!!嫌だから無視したらそしたら泣きそうな顔で僕を見る!!・・・・・一体・・・一体何がしたいんだよお前は!!」この数週間、溜まりに溜まった感情が爆発した。ジュンは感情に任せて翠星石に向かって言葉を投げ掛ける。その言葉に翠星石は驚き身をすくめる。誰もいない廊下、ジュンの声だけが良く響いた。
翠「ち・・・・違う・・です・・。翠星石は・・・・翠星石は・・・!」ジュンの怒声にすくみ、翠星石の声がしどろもどろとなる。伝えたい事がある。だけど言葉にできない。そんな自分のふがいなさがとても歯痒く、とても憎らしく、とてもつらかった。ジュンはその翠星石の行動に戸惑いを覚える。普通の人にならこんなに酷い言い方はしない、もっと他の言い方があるのに何故?ジュンはその答えに既に気付いていた。しかしジュン「言い訳するなよ!!ふざけんな!!・・・・もう好い加減飽き飽きだ!!!どっかに行っちまえ!!」口から出るのは鏡に映したように真逆の言葉。そんな自分に嫌悪し、ジュンはそのまま歩き始める。翠「好きだから・・・・です・・・。」雨音に混じって聞こえた言の葉、余りにも信じ難いその意味にジュンは振り返った。目の前にいた翠星石はオッドアイに大粒の涙を浮かべていた。
翠「・・・好きだったです。・・ヒッグ・・ジュンが・・・ず・・・ずっと!!!だ、だけど!!わ・・・私・・・ヒグッ・・・い・・・言えなかった・・どう言えば・・・わ・・・分からなかったです!好きなのに・・・一つも!だから・・・・・だから!!」翠星石の顔が涙で崩れる。止まらない涙を止めようと翠星石は必死で涙を袖で拭う。だけど後から後からと涙はこぼれる。翠「馬鹿みたいです・・・・。好きなら・・・好きなら好きって・・・素直に・・・言えば・・・良かったのに・・・。」ジュン「だから・・・・悪口を言ってた。」翠星石は顔を上げてジュンを見つめる。ジュン「好きだって言いたい、だけど・・・言えない。だったら自分の想いの逆を言えば楽だ・・・。」翠「ジュン・・・・。」ジュン「・・・・・分かってた。翠星石が・・・・僕を・・・好きだって。だけど僕は逃げた。翠星石が僕を好きだと言う事に自信が持てなかった。・・・・だから僕は翠星石を拒否した。」
窓に打ち付ける雨が次第に弱くなる、真っ暗だった空が少しずつ光を取り戻す。翠「それって・・・・それじゃ・・・ジュン・・・お前も・・。」ジュンはゆっくりと息を吸いてはくとしっかりとした口調で言った。ジュン「好きだ・・・・僕は翠星石が好きだ。」雨の音が退いた廊下にその声が静かに響いた。翠「あ・・・ああ!」翠星石は感動に口を抑え、再び大粒の涙を両の瞳から流した。翠「好きです・・・・翠星石も・・・ジュンが・・・・ジュンが大好きです!!!」ゆっくりとジュンと翠星石の距離が縮まる。ジュンの手が翠星石の肩に、翠星石の手がジュンの肩に。お互いがお互いの瞳を覗き込む。二人は静かに眼をつむり・・・・・
キスをした
外を優しい雨が降り注いていた
THE END
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