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―如月の頃 その3―」(2006/05/23 (火) 02:06:50) の最新版変更点

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<p><br>   翠×雛の『マターリ歳時記』<br> <br> ―如月の頃 その3―  【2月4日  立春】<br> <br> <br> 空は、スッキリと晴れ渡っている。<br> 大気が澄んでいるせいか、遠くに連なる山々の稜線まで、ハッキリと見えた。<br> けれど、眼下に見おろす街並みは灰色で、どこか暗く、寒々としていた。<br> <br> 暦の上では春となったものの、季節はまだ冬なのだと思い知らされる。<br> 翠星石は、病室のベッドで半身を起こして、窓の外に広がる景色を眺めていた。<br> <br> (はぁ……検査入院なんて、退屈ですぅ)<br> <br> 病室は四階なので、眺望なら悪くない。<br> 口の悪い人間は『バカと煙は高い所が好き』だなんて言うけれど、<br> 翠星石は、見晴らしの良い場所が大好きだった。<br> 山の頂や、東京都庁の展望台、レインボーブリッジを歩いて渡ってみたり――<br> 思えば、色々な場所に行ったものだ。<br> 蒼星石と一緒に行けば、どんな所でも楽しかった。<br> 同じ景色を見て、同じように感じて、心を動かした日々……。<br> 今となっては、それも美しい思い出。二度と取り戻せない、青春の1ページ。<br> <br> 翠星石は、ベッドの脇に置いてある小物机に腕を伸ばし、引き出しを開いた。<br> そこには事故当時の所持品がしまってある。<br> 財布に携帯電話など、大した物は持っていなかったけれど、どれも肌身離さず<br> 持ち歩くほどの貴重品だ。<br> 殊に、携帯のストラップは蒼星石の手作りで、翠星石にとって一番の宝物だった。<br> <br> 衝突の際に落としたのだろう、携帯電話は擦り傷だらけだった。<br> 指にザラつく外装に触れて、手に持った瞬間、翠星石に戦慄が走った。<br> 思わず、喉が音を立てるくらいに、息を呑んだ。<br> <br> (無いっ! 蒼星石から貰った、あのストラップが無いですっ!!)<br> <br> 落とした弾みで、千切れてしまったのか。そうとしか考えられない。<br> 翠星石の視線が、窓の外に向けられた。<br> けれど、いくら見晴らしが良くたって、事故現場まで見える筈がない。<br> いま直ぐにでも探しに行きたい! しかし、それは叶わぬ願いだった。<br> 入院中に居なくなれば、また、祖父母に心配を掛けてしまう。<br> <br> ならば、祖父母に探して来てと頼めば良いのだが、生憎と、二人は居ない。<br> 昨夜から付きっきりだった祖父母には、一旦、家に帰って貰ったのだ。<br> あの歳で、夜明かしは体力的に辛いだろう。<br> 自分の検査入院に付き合わせた挙げ句に、過労で倒れでもしたら元も子も<br> ないと言って、今朝早くに、渋る祖父母を説得したのだった。<br> <br> (どうしよう……ちょっと、雛苺に頼んでみようかですぅ)<br> <br> 二つに折り畳まれた携帯電話を開いてみたが、ディスプレイは真っ暗。<br> 電源が入る様子も無かった。壊れてしまったらしい。<br> 電話帳のデータは無事なのだろうかと心配しつつ、携帯電話を折り畳んだ。<br> <br> (病院内の公衆電話から、かけてみるです)<br> <br> ついでに、喫茶室で何か飲んでこようと思った。<br> 病室は、四人部屋と言うこともあり、どうにも居心地が悪い。<br> 元々、人見知りの強い性分である。<br> いきなり見ず知らずの人達の中に放り込まれて、かなり神経質になっていた。<br> <br> (おじじも、おばばも、午後にならないと来ないし……。<br>  貴重品だけ持ち歩いてれば、留守にしたって平気ですよね)<br> <br> どうせ、見舞客も来ないだろう。<br> 深夜の事故だったし、知り合いにはまだ、連絡が行っていない筈だ。<br> 今日は土曜日だからバイトも休みだし、雛苺の耳にも入っていないと思えた。<br> <br> エレベーターで一階のロビーに降りて、喫茶室に向かう。<br> 土曜日の午前九時を少し過ぎた時間だというのに、どこもかしこも混雑していた。<br> 患者にとっては日常茶飯の風景なのだろうが、翠星石の様に、<br> 病院に縁の薄い者から見たら、一種異様な眺めである。<br> <br> (あまりジロジロ見るのも失礼ですから、さっさと通り過ぎちまうです)<br> <br> 足早にロビーの前を通過していると、後ろから肩を叩かれた。<br> 誰だろうか? 病院で出会うような知り合いは、居ない筈だけれど。<br> 翠星石が立ち止まって振り返ると、そこには、瞳を潤ませた娘が立っていた。<br> <br> 「あれぇ、雛苺? 偶然ですぅ。今、電話しようと思ってたですよ。<br>  でも、どうしたです? こんな時間に、病院に来るなんて。<br>  身内の誰かが、入院してるですか?」<br> 「……違うの。ヒナは……ヒナはね、翠ちゃんのお見舞いに来たのよ」<br> 「はあ? なんで知ってるです?」<br> 「お爺さんに聞いたの。そしたら――」<br> <br> 雛苺は、いきなりポロポロと涙を零し始めた。<br> こんな人の多い場所で泣かれたら、弥が上にも目立ってしまう。<br> <br> 「あぁ……まずは落ち着くです。こっち来いですぅ」<br> <br> 翠星石は雛苺の手を引っ張って、喫茶室に入った。ここは、まだ空いている。<br> 喫茶室が混み始めるのは、昼の前後なのだが、昨夜遅くに入院した翠星石が、<br> そんな事を知っている筈など無かった。<br> <br> 「ともかく、お見舞いに来てくれて嬉しいです。ちょっと待ってろですぅ」<br> <br> 雛苺を席に着かせると、翠星石は二つの湯飲みにセルフサービスの麦茶を煎れて、<br> 二人掛けのテーブルに持っていった。その動作に、不自然な感じは全く無い。<br> 事故の後遺症などは、心配なさそうだった。<br> <br> 「ほれ、麦茶ですぅ。何か、軽い物でも食べるですか?」<br> 「……ううん。ヒナは、家で済ませてきたの」<br> 「そうですか。私は、タヌキ蕎麦を注文するですよ。<br>  病院食って味薄いわ、量が少ないわで、最低最悪ですぅ」<br> <br> 翠星石は食券を購入して、カウンターに出してくると、再び席に戻った。<br> <br> 「それだけ食欲が有るなら、もう大丈夫なのね」<br> 「うん。もう全然、問題なしです。月曜日には、バイトに復帰できるですよ」<br> 「よかったぁ。安心したのー」<br> <br> 雛苺が、普段どおりの笑顔を取り戻した矢先、<br> カウンターから、タヌキ蕎麦が出来た事を告げる声が二人の元に届いた。<br> <br> <br> <br> 喫茶室で少し話し込んだ後、雛苺は病院を出て、翠星石は病室に戻った。<br> 何をするでもなく、ベッドに横たわり、天井を見詰める。<br> プリペイドカード方式のテレビは標準装備だが、画面が小さくて目が疲れるし、<br> なにより、見たいと思える番組が無かった。<br> <br> それに、今はテレビよりも重要な悩み事が有る。<br> 昨夜の事故で紛失してしまった大切な物の事で、頭が一杯だった。<br> <br> (雛苺に頼んでみたですけど……見付かるですかねぇ)<br> <br> 見付けて欲しい。出来ることならば。<br> けれど、時間も経っているし、誰かに拾われてしまったかも知れない。<br> 犬や猫が、持っていってしまったら、もう見付からないだろう。<br> <br> (ゴメンです、蒼星石。私は――)<br> <br> 窓の外は、俄に曇り始めていた。まるで、翠星石の心を写す鏡のように。<br> <br> <br> 午後になり、祖父母が来てくれた事で、翠星石は緊張の糸が緩むのを感じた。<br> 幾つかの精密検査を挟んで、翠星石は夕刻まで、祖父母とおしゃべりを愉しんだ。<br> 他愛ない話題だけれど、こんなにも話し合ったのは久しぶりだった。<br> <br> 夏至に向かって、徐々に日が伸びているとは言え、午後六時を過ぎると、<br> 辺りはすっかり暗くなっていた。それに、風は身を切るような冷たさだ。<br> 帰宅する祖父母を一階のロビーで見送り、翠星石はエレベーターに向かった。<br> 病室に近付くにつれて、足取りが重くなっていく。<br> <br> 病室に戻り、例によって薄味少量の夕食を摂り終えて、<br> 何をするでもなくボ~っとしていた翠星石は、ふと、雛苺の事を思い出した。<br> 窓の外は真っ暗。幾ら何でも、もう探すのを諦めて帰っただろう。<br> <br> 「でもまぁ……確認だけ取っておくです」<br> <br> 雛苺の携帯に電話をかけるべく、翠星石は病室を出た。<br> エレベーター前の小ホールにも電話が据え付けられている。<br> 行ってみると、ホールには誰も居なかった。<br> 最近では滅多に使わなくなったテレホンカードを挿入して、十一桁の番号を押す。<br> 十回、コールを繰り返したが、雛苺は電話に出なかった。<br> <br> 「お風呂か晩御飯かで、手元に置いてないのかも知れねぇです」<br> <br> 仕方なく受話器を下ろして、テレホンカードを抜き取った。<br> なんとなく、このまま病室に戻る気がしなくて、小ホールの窓辺に近付く。<br> 昼間は灰色だった街並みも、今は煌びやかに輝いている。<br> チカチカと瞬いているのは、パチンコ屋のネオン看板だろう。<br> 遠く、岬の方では、灯台の明かりが規則的に回転していた。<br> <br> 「百万ドルの夜景――には、ほど遠いですねぇ」<br> <br> 誰も居ないのを良いことに、翠星石は、心に浮かんだ言葉を口にしてみた。<br> そして、何気なく――本当に無意識の内に――病院の門構えに視線を降ろした。<br> 黒い影が、小走りに門柱の間を潜り抜け、ロータリーを小走りに横切ってくる。<br> 急患? しかし、その影は、誰かを背負っている様には見えなかった。<br> こんな時間に面会というのも有り得ない。<br> <br> 不意に、影を見つめていた翠星石の胸が、ドキリと脈打った。<br> ある可能性が、頭をよぎる。<br> その可能性が、無い訳ではなかった。<br> <br> 「まさか、雛苺っ?!」<br> <br> あの走り方……背格好は……彼女に似ている。<br> そう思うと、一挙手一投足、全ての動作が雛苺に見えてくるから不思議だ。<br> 翠星石は小ホールを飛び出して、エレベーターに駆け寄った。<br> 下に行くボタンを、何度も連打する。<br> それでエレベーターが早く来る訳はないのだが、そうせずには居られなかった。<br> <br> 漸く来たエレベーターに乗り込み、一階へ……。<br> 緩い浮遊感の後、到着を告げる電子音が響く。ゆっくりと、扉が開いていく。<br> 早く! 早く! 早く!<br> 扉が開ききる前に、翠星石は一歩を踏み出していた。<br> <br> 彼女の身体に、軽い衝撃。小さな悲鳴が聞こえた。それは、聞き慣れた声。<br> <br> 「やっぱり、雛苺だったですね。そんな感じがしたです」<br> 「す…………翠ちゃん……これ」<br> <br> ずっと走ってきたのだろうか。雛苺は、息も絶え絶えに言って、<br> コートのポケットから、小さなマスコット人形を取り出し、差し出した。<br> それは、ところどころ擦り切れ、泥まみれになってしまっていたけれど、<br> 紛れもなく、蒼星石がくれた物だった。<br> 翠星石の、大切な大切な宝物。<br> 緋翠の瞳から、止めどなく涙が溢れた。<br> 見付かった感激と、見付けてくれた雛苺への感謝が、綯い交ぜになった涙が。<br> <br> 「事故の現場には無かったの。野良猫さんが持ってっちゃってたのよー。<br>  ヒナ、あの辺の野良猫さんの事は、よく知ってるの。<br>  それで、隈無く探してたら……こんな時間になっちゃったのー」<br> <br> 幾らか呼吸も落ち着いたようで、雛苺は一息で、それまでの経緯を語った。<br> <br> 「汚れちゃってるけど、これで間違いなぁい?」<br> 「……うん。間違いねぇです。世界でたった一つしかない、私の宝物です」<br> <br> 翠星石が両手で包み込んだ雛苺の手は、氷のように冷たかった。<br> こんなになるまで、探してくれてたなんて――<br> 翠星石は、震える声で、精一杯の感謝を伝えようとした。<br> <br> 「まあ、おバカ苺にしては大手柄ですぅ」<br> <br> けれど、口を衝いて出たのは、いつもの憎まれ口で――<br> <br> 「翠ちゃんの宝物だって聞いてたから……少しでも早く渡したかったの」<br> <br> 雛苺の屈託ない笑顔に、あっさりと心の壁を突き崩されて――<br> <br> 「……うん。ありがと……ですぅ」<br> <br> 翠星石は、冷え切った雛苺を、しっかりと抱き締めた。<br> ――少しだけ、素直になれた気がする。<br> <br> <br> そして、季節は冬から春へ――<br> <br> <br> <br></p> <hr> <br> 『保守がわり番外編  水銀燈が、かく語りき』<br> <br> 「うょー。なんだか凄く壮大な大河浪漫を感じるのよー!」<br> (どこが? ですぅ)<br> (そこはかとなく、嫌な予感がするのだわ)<br> 「銀ちゃん銀ちゃんっ! 二匹の勝負は、どうなったの?」<br> 「それじゃあ、協議の場面からぁ――」<br> <br> 「ある日、いつもの様に小競り合いをした後、紅いキツネが翠のタヌキに<br>  こう言ったのよ。『ちょっと、タヌ公。いい加減に諦めるのだわ』と」<br> 「……なんだか、私の喋り口調に似ている気がするんだけど?」<br> 「偶然よぉ。気にしない気にしなぁい」<br> 「まったくです。真紅は、不必要なところで神経質すぎるですぅ」<br> 「んもう! いちいち話の腰を折ったらダメなのー!」<br> <br> 「対する、翠のタヌキの返答は『ふざけるなです。諦めるのは、そっちの方です。<br>  さっさと荷物を纏めて、出ていきやがれですぅ』と言うものだったのよぉ」<br> 「ちょっと待つです! なんですか、その喋り口調はっ!」<br> 「宇宙の神秘だってばぁ。気にしない気にしなぁい」<br> 「……ワケ解んねぇです」<br> <br> 「そんなこんなで、二匹は殴り合い以外の勝負をすることになったわぁ。<br>  紅いキツネが『タヌ公! 化けくらべ、で勝負なのだわ!』と言うと、<br>  翠のタヌキも『望むところですぅ。けちょんけちょんに延ばして、<br>  襟巻きにしてやるですぅ』と、鼻息を荒くしましたとさぁ」<br> <br> <br> ・・・続きは、またの機会に。<br>

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