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「―如月の頃 その2―」(2006/05/23 (火) 01:52:13) の最新版変更点
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翠×雛の『マターリ歳時記』<br>
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―如月の頃 その2― 【2月4日 立春】<br>
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日付が変わり、二月四日を迎えた頃――<br>
救急病院の薄暗く、うら寂しいロビーに、二つの人影があった。<br>
常夜灯が点された真下のソファに腰を降ろし、項垂れている。<br>
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「なんという事だ…………まさか、翠星石が……」<br>
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両手で頭を抱えて、柴崎元治は嘆息した。<br>
鎮痛剤を飲んで就寝していたところを、事故の知らせに叩き起こされたのだ。<br>
事故を起こしたバイクのライダー共々、救急車で運び込まれた翠星石は、<br>
いま、治療と精密検査を受けていた。<br>
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「あの子に、もしもの事があったら、儂は……かずきに合わせる顔が無い」<br>
「お爺さん――」<br>
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彼の妻、柴崎マツは、悲嘆に暮れる亭主の背中に、そっと手を当てて囁いた。<br>
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「しっかりして下さい。きっと、大丈夫ですよ」<br>
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ついさっき、担当の医師に簡単な説明を受けたばかりだ。<br>
目立った外傷は無く、大きな骨折も見られないという話だった。<br>
けれど、接触の衝撃で全身を強打しており、意識不明の状態である……と。<br>
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息子夫婦が残してくれた愛娘の快復を祈り続ける老人たちの元に、<br>
看護士が一人、近付いて声を掛けた。<br>
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「柴崎さん。お孫さんの容態について、なんですが――」<br>
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なにやら……真っ白な世界に、彼女は立ち尽くしていた。<br>
此処は、どこ? 自分は、いつから此処に居るの? なんの為に?<br>
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――解らない。何も。<br>
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自分の名前すらも思い出せない。喉元まで込み上げている言葉を、吐き出せない。<br>
何をすれば良いのか。何をすべきなのか。<br>
答えを探しても、思考は直ぐに、頭の中に立ち込めた白い靄に撒かれてしまう。<br>
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(私は…………何かを……してた?)<br>
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よく覚えていないが、何か、とても恐ろしい物――例えば怒濤のような――から<br>
逃れようとしていた気がする。<br>
思い出そうとすると、心臓が早鐘のようにドキドキして、今にも張り裂けそう。<br>
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(何が、どうなっているです?)<br>
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だが、見渡しても、恐ろしい物は何一つ無い。身の危険を感じさせる者も居ない。<br>
真っ白な空間に、独りぼっち……。<br>
こんな時には、いつも誰かが、側に居てくれた。そんな憶えがある。<br>
あれは…………誰だっけ?<br>
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『こんな処で、何をしているんだい?』<br>
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いきなり背後から話しかけられて、彼女は軽く1センチほど飛び上がってしまった。<br>
誰も居ないと思っていたのに、いつの間に、近付いていたのだろうか。<br>
彼女が振り返った先には、穏やかに微笑む、スーツ姿の青年が立っていた。<br>
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(…………誰、です?)<br>
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おっかなびっくり誰何する。けれど、なぜか、この青年を知っている気がした。<br>
どこかで出会っている。確かに、見覚えがあった。<br>
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『もう忘れてしまったかな? まあ、無理もないか。<br>
最後に会ったのは、お前たちがまだ、こんなに小さかった頃だからね』<br>
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言って、青年は中腰の姿勢になり、足元から80センチくらいの高さに掌を翳した。<br>
何歳くらいの事かは解らないが、子供の頃だと言うことは把握した。<br>
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(私を知ってるですか? 私は、誰なのです?)<br>
『お前の名前は、翠星石だよ。そして、蒼星石という双子の妹が居るんだ』<br>
(蒼……星、石…………蒼星石っ!?)<br>
『思い出したかい? それなら、お前はもう、此処に居てはいけないよ。<br>
記憶の断片を手に入れた以上、みんなの元へ帰るんだ。お前を待っている、みんなの所へ――』<br>
(でも、どうすれば良いです? 私には、此処がどこなのかも解らねぇですぅ)<br>
『此処は、9秒前の白……という世界なんだ』<br>
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青年は白い歯を見せて笑うと、翠星石の両肩に手を置いて、クルリと向きを反転させた。<br>
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『でも、心配はいらない。お前は絶対に迷ったりしないから。<br>
ほら、聞こえるだろう? お前を呼ぶ声が』<br>
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――翠星石。帰ってきておくれ。<br>
――戻ってきてちょうだい、翠星石。<br>
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ハッキリと聞こえたそれは、祖父母の声。<br>
とても必死で、とても悲しげな呼び声だった。<br>
翠星石の胸が、キュッと締め付けられる。<br>
帰らなければならない。なんとしても戻りたい。優しい祖父母の元に。<br>
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『さあ、行くんだ、翠星石。あの声が、お前を導いてくれる』<br>
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青年が、翠星石の肩を軽く押した。促されるまま、翠星石は歩き始める。<br>
一歩一歩、遠ざかる翠星石を、青年の声だけが追い掛けてきた。<br>
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『私の代わりに、あの人たちの心を癒してあげておくれ』<br>
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その一言で、翠星石は思い出した。あの青年が、誰であったかを。<br>
道理で、見覚えが有った筈だ。毎朝、仏壇で顔を合わせていたではないか。<br>
寧ろ、今の今まで思い出せなかった事の方が不思議で、申し訳なかった。<br>
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(お父さ――)<br>
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嬉々として振り返ったものの、呼びかけた言葉は途切れ、笑顔が俄に曇った。<br>
そこは、何もない、誰も居ない、音も聞こえない、真っ白な世界。<br>
また…………独りぼっち。<br>
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(どうして? こんなの厭です。お父さん、お母さん……蒼星石。<br>
なぜ……みんな、私を置き去りにしてしまうですか?)<br>
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じわりと熱を帯びる目頭を、指先で擦った。<br>
涙が溢れてしまわないように、瞼を閉じて、手で覆い隠す。<br>
けれども、彼女の細い指の間を抜けて、涙は手の甲へと滲み出してきた。<br>
翠星石はその場に座り込み、小さな少女に戻って泣きじゃくった。<br>
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(私は、そんなに悪い娘なのですか? 足手まといですか?)<br>
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誰にともなく問いかけた矢先、また、祖父母の声が聞こえた。<br>
さっきよりも近くで、はっきりと。<br>
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――儂等にはもう、お前たちしか居ないのじゃ。<br>
――貴女たち姉妹が、私たちの生き甲斐なのよ。<br>
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それで、気が付いた。泣いている場合ではない。帰るのだ! 自分の居場所に!<br>
翠星石は立ち上がって涙を拭うと、瞼を閉じて、聴覚を研ぎ澄ませた。<br>
こんな真っ白な世界では、目を開けていたって仕方がない。<br>
寧ろ、見えるばかりに、変な幻に惑わされかねなかった。<br>
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(おじじ……おばば……すぐに、会いに行くです)<br>
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自分を必要としてくれる人たちが居る。<br>
その人たちの心を満たしてあげられるのは、自分しか居ない。<br>
……だから、行かないと。たった今、父に託された想いと共に。<br>
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とても意外な事だが、目を閉じたまま歩いても、全く恐怖は感じなかった。<br>
日常の街角では、恐ろしくて1メートルと歩けないのに。<br>
やはり、躓いたり、ぶつかったりする物が何も無いと解っているからだろう。<br>
翠星石は、祖父母の声がする方へ、どんどん進んでいった。<br>
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途端、彼女の足が、宙を掻いた。慌てて両目を見開き、両手をバタつかせたが、<br>
掴む物など何もない。有るのはただ、真っ白な空間だけ。<br>
翠星石の身体は上下左右も解らない空間で落下し続け、奔流の中に墜ちた。<br>
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激流にもみくちゃにされて、翠星石は洗濯機で洗われる衣服になった気分だった。<br>
けれど、なぜか息苦しくない。どうやら、普通の水ではなく、概念的なものらしい。<br>
水と思えば、奔流。風と思えば突風になる。流れがあるのは、時間が流動的だからか。<br>
では、目の前に出口が在ると思ったら、どうなるだろう?<br>
目を閉じて、扉を思い浮かべる。そこを潜れば、祖父母の元に行けると信じて。<br>
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翠星石は、徐に、瞼を開いた。緋翠の瞳に映るのは、一枚の扉のみ。<br>
巧くいったようだ。翠星石は躊躇いもなくドアノブを回して、扉を開いた。<br>
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――微かに鼻を突く医薬品の臭いで、翠星石の意識は覚醒した。<br>
霞む視界を、何度か瞬きしてクリアにすると、薄明かりに照らされた祖父母の顔が見えた。<br>
明かりは窓から差し込んでいる。夜が、白々と明け始めたのだろう。<br>
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「お、おお。おおおっ!」<br>
「すっ……翠せ――」<br>
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祖父母は顔をくしゃくしゃにして、医療用ベッドに横たわる翠星石に、縋りついてきた。<br>
この光景、どこかで見た憶えがある。<br>
そう……あれは、両親の通夜の席でのこと。<br>
誰も居なくなった深夜、二人は棺を前にして、こんな風に肩を寄せ合って悲しんでいた。<br>
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『私の代わりに、あの人たちの心を癒してあげておくれ』<br>
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父の言葉が、脳裏に甦る。翠星石は、祖父母の肩に両腕を回し、力を込めた。<br>
祖父母の悲しみは、きっと癒してみせる。独りでも、きっと――<br>
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今日は立春。暦が、春に変わる日である。<br>
祖父母の心に蟠る冬も、今日を境に、春に変わってくれたらいいのに。<br>
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翠星石は、嗚咽する祖父母の肩を優しく抱き寄せながら、そうなる事を願った。<br>
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『保守がわり番外編 お茶会にて・・・』<br>
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「たまには、気の合った者同士、のんびりお茶するのも良いわよねぇ」<br>
「と言っても、銀ちゃんに真紅、雛苺と私の四人だけですぅ」<br>
「大勢で賑やかに語らうのも良いけれど、少人数でくつろぐのも小粋なのだわ」<br>
「ヒナは、どっちでも愉しいのよー。ねえねえ、銀ちゃん。面白い話、聞かせてー」<br>
「面白い話? そぉねぇ……じゃあ、むかぁしむかしぃ――」<br>
「いきなり昔話ですか? 飛躍しすぎですぅ」<br>
「まあ良いじゃない、翠星石。たまには付き合って、聞いてあげましょう」<br>
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「昔々ぃ、あるところに、意地悪くて乱暴な紅いキツネが居たのよぉ」(チラッ)<br>
「!? ちょっと待って水銀燈! なぜ、私を一瞥したの?」<br>
「目の錯覚よぉ。気にしない気にしなぁい」<br>
「もう! 真紅、うるさいのよー。銀ちゃん、続き続きっ!」<br>
「はいはぁい。その紅いキツネにはねぇ、縄張り争いをする敵が居たのよぉ」<br>
「敵ですか。ふふん……ありがちな話ですね。ワロスワロス、ですぅ」<br>
「その敵とはぁ、根性曲がりで性悪な翠のタヌキだったのよぉ」(チラッ)<br>
「!? ちょっと待つですっ! どーして今、私を見たですかっ!」<br>
「いやぁねぇ、見てないってばぁ。気にしない気にしなぁい」<br>
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「紅いキツネと翠のタヌキは、縄張りを巡って激しく対立していたのねぇ。<br>
でも、ずっとずぅっと争い続けてきたから、二匹とも疲れてしまったのよぅ」<br>
「くたびれ損の骨折り儲けなのー」<br>
「……骨を折ってる時点で、儲かっていないのだわ」<br>
「そんなワケでぇ、二匹は協議して、ある勝負で決着を付ける事に決めたのよぉ」<br>
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・・・続きは、またの機会に。<br>