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「―睦月の頃 その4―」(2006/05/17 (水) 01:30:42) の最新版変更点
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<p><br>
翠×雛の『マターリ歳時記』<br>
<br>
―睦月の頃 その4― 【1月17日 冬の土用入り】<br>
<br>
<br>
冬休みも呆気なく過ぎ去り、大学の講義が始まって暫く経った、ある日のこと。<br>
翠星石は、キャンパス内の図書館で課題のレポートを書きながら、<br>
雛苺が来るのを待っていた。参考文献を漁るだけでも、かなりの手間である。<br>
今日は火曜日。今週も、まだ長い……。<br>
<br>
「あー。流石に、肩凝ったですぅ」<br>
<br>
館内に据え付けの机に座っていた彼女は、大きく背筋を伸ばして、頚を回した。<br>
関節が、小さな悲鳴を上げる。<br>
まだ半分も纏まっていない内から、こんな事では先が思いやられる。<br>
気分転換に、翠星石は周囲を見回した。<br>
机に突っ伏して寝ている者も居るが、多くは講義の合間にレポートや宿題を<br>
片付けてしまおうと、躍起になっている。<br>
<br>
……と、その時。<br>
彼女の眼が、図書館の入口を潜り抜ける雛苺を捉えた。<br>
雛苺は、すぐさま翠星石を見付けて、小走りに駆け寄ってくる。<br>
<br>
「ごめ~ん、翠ちゃん。お待たせなのー」<br>
「良いですよ、別に。それより、レポートは通ったですか?」<br>
「うんっ! ツッコミ所満載だったけど、質疑応答で巧くやり過ごしたの」<br>
「……羨ましいですぅ」<br>
<br>
翠星石の呟きは、偽らざる本音だった。<br>
<br>
大学の講義は選択式で、大きく分けると、二つある。<br>
当該学年次に必ず履修しなければならない『必修科目』と、<br>
希望しなければ受講しなくても良い『選択科目』である。<br>
厄介なのが必修科目で、この科目の単位を落とせば即、留年が待っている。<br>
いま、翠星石が纏めているレポートも、必修科目のひとつだった。<br>
<br>
「このままじゃ留年しちまうですよ」<br>
<br>
珍しく弱音を吐く翠星石を見て、雛苺は気の毒そうに表情を曇らせた。<br>
が、すぐに、いつもどおりの明るい笑顔で話しかける。<br>
<br>
「大丈夫なの。質問される内容を皆に聞いておけば、一発で通るのよー」<br>
「まあ……そうかも知れねぇですけどね」<br>
「気落ちしてても始まらないの。今日は、もう帰ろ?<br>
今朝の約束どおり、ヒナが御馳走してあげるから、元気出すのよー」<br>
<br>
言われてみれば、雛苺の言う通りである。<br>
落ち込んでいる暇があったら、その間にレポートを完成させるべきだった。<br>
しかし、頭で解っていても、なかなか実践できないのが人間の悲しい性。<br>
果たして、今のペースで提出期限に間に合うのか、どうか……。<br>
<br>
「んもう、なにボ~ッとしてるの。ささっと片付けて、早く帰るのよ」<br>
「あぁ、解ったですから、そう急かすなです」<br>
<br>
蒼星石と離れ離れになって寂しさを募らせる自分を元気づけようとして、<br>
雛苺は色々と気を配り、陽気に話しかけてくれる。<br>
翠星石は、彼女の心遣いに胸の中で感謝しながら、鞄に荷物を押し込んだ。<br>
<br>
<br>
最寄りの駅に向かって、並んで歩く下校途中の商店街。<br>
夕暮れ時ということもあって、街路には、買い物客が増え始めていた。<br>
小売店ばかりでなく、食事が出来る店も、あちらこちらに点在している。<br>
<br>
ヒナが御馳走してあげる――<br>
<br>
翠星石が雛苺を待っていた理由は、それだった。今朝、雛苺の方から申し出てきたのだ。<br>
大した用事もなかった為、たまには良いかと思って承諾したのだが……。<br>
<br>
「さぁてさてぇ。なにを奢ってくれるですぅ?」<br>
「いろいろ考えたんだけど――」<br>
<br>
雛苺は、商店街の中にある、一軒の鰻屋を指差した。<br>
営業中の札が掛かる店内からは、蒲焼きの美味しそうな匂いが漂ってくる。<br>
<br>
「ちょっ……ちょっと待つですっ。幾ら何でも、アレは値段が高すぎですぅ。<br>
流石に、奢って貰う訳にはいかねぇですよ。第一、なんで鰻です?」<br>
「翠ちゃん、知らないの? 今日は冬の土用入りなのよー?」<br>
<br>
雛苺の返事を聞いて、翠星石は、ははぁん……と察しが付いた。<br>
カレンダーの暦か何かで、今日が『冬の土用入り』と知ったのだろう。<br>
それで、土用=丑の日と考えて鰻を連想したのだ、と。<br>
<br>
だが、とんだ勘違いをしている。<br>
土用とは、そもそも立春・立夏・立秋・立冬を迎える前の18日間を指す。<br>
一般に言う土用の丑の日は、立夏の時である。<br>
鰻を食べる習慣には諸説あるが、、江戸時代、平賀源内が知り合いの店の<br>
宣伝として考えたのが起源という説が広く知られていた。<br>
<br>
老夫婦と暮らしているせいか、他の娘たちよりは、年中行事に詳しい。<br>
翠星石は、雛苺に本当の事を教えてあげようとして、悪い癖を出してしまった。<br>
<br>
「ふっふ~ん。雛苺の方こそ、なぁんにも知らねぇですね。<br>
冬の土用は、子(ね)の日に『くずきりぜんざい』を食べるのが、<br>
古来からの習わしですぅ。食べなかった悪い娘はぁ――」<br>
「た……食べな……かったら?」<br>
「プギャ――――っ!!」<br>
「ひゃあぁっ!」<br>
「……っと、疫病神にドツボという秘孔を突かれて、災難だらけの一年を<br>
過ごすことになるです。ああ、怖い怖い……ガクガクブルブル、ですぅ」<br>
「すすす、翠ちゃんっ! 急いで甘味処へゴー! なのよー」<br>
「はいですぅ♪」<br>
<br>
お汁粉くらいなら、奢られても罪悪感は無い。翠星石は素直に従った。<br>
<br>
<br>
――明けて、翌日。<br>
雛苺は登校しなかった。漏れ聞いた話によると、体調不良で休みだという。<br>
<br>
(まさか……昨日のコトが?)<br>
<br>
思い出して、翠星石の頭から、サッと血の気が引いた。<br>
甘味処へ駆け込んだ雛苺は、なにを血迷ったのか『くずきりぜんざい』を<br>
一人で三十杯も食べて、すっかり気持ち悪くなってしまったのだった。<br>
<br>
(ま、まあ、お腹を壊したくらいなら、ほっときゃ治るですぅ)<br>
<br>
尤もらしい言い訳で、後ろめたさを誤魔化そうとしていた翠星石の耳に、<br>
偶然、真紅と巴の会話が流れ込んできた。<br>
雛苺と大の仲良しである巴が言うには、彼女の家は両親が共働きで、<br>
昼間は雛苺が一人きりになってしまうとの事だった。<br>
<br>
「…………なんだか、私も具合が悪いです」<br>
<br>
いきなり、そんな事を呟いた翠星石に、真紅と巴が声を掛けた。<br>
<br>
「翠星石。貴女、顔色が悪いのだわ。熱でもあるんじゃないの?」<br>
「医務室に行く? わたし、付き添ってあげる」<br>
「ん……ありがとです。でも、今日は早退するです」<br>
「そう。気を付けて、お帰りなさい」<br>
<br>
二人の細やかな気遣いに礼を告げて、翠星石は鞄を手に、教室を後にした。<br>
登校しておきながら、一限すら受けずに帰宅するなんて、初めての体験だった。<br>
<br>
<br>
翠星石は、雛苺の家の前で立ち尽くし、煩悶していた。<br>
自分の出任せが原因で、彼女を辛い目に遭わせてしまったのだ。<br>
いちご大福を手土産に持ってきたものの、なんとなく顔を合わせ辛い。<br>
門柱の呼び鈴に指が伸びるも、ボタンを押すことなく、手を引っ込めてしまう。<br>
そんな事を、もう何度も繰り返していた。<br>
<br>
「こ、こんな姿を誰かに見られたら、変に思われるですよ」<br>
<br>
自らに言い聞かせると、翠星石は意を決して、呼び鈴を鳴らす。<br>
暫く待つと、二階の窓から、パジャマ姿の雛苺が顔を覗かせた。<br>
割と、元気そうだ。顔色も悪くない。<br>
<br>
翠星石が頬を引き攣らせながらも、微笑して手を振ると、<br>
雛苺は「待ってて」と言って、部屋を飛び出し玄関を開けてくれた。<br>
彼女の屈託ない笑顔を見ていると、翠星石の胸が、ちくりと痛んだ。<br>
<br>
「翠ちゃん、学校は?」<br>
「今日は、ちょっと……ね。それより、お土産を買ってきたです。<br>
甘い物は、見るのも厭かなと思ったですけど――」<br>
「うょ――っ!! うにゅーなのー」<br>
<br>
昨日のことなど全くお構いなしに、雛苺は、いちご大福にかぶりついた。<br>
性懲りもないというか、単純思考というか……。<br>
<br>
「ちょっと、お茶を煎れてくるです。台所、借りるですよ」<br>
「ヒナも一緒に行くの。湯飲みとか、何処に有るか判らないでしょ?」<br>
<br>
確かに、そうだ。翠星石は、雛苺と連れだって、台所へと向かった。<br>
ポットとお茶の道具を盆に載せて、雛苺の部屋に戻る。<br>
それから暫くの間、談笑を楽しんだ。<br>
<br>
「でも、翠ちゃんが来てくれて良かったのよ。ヒナね、とっても退屈してたの」<br>
「……巴に聞いたです。雛苺の家は共働きで、昼間は雛苺だけだって」<br>
「そうなの。子供の頃から、ずっとよ。家に居れば、ずっと独りぼっち」<br>
「ちっとも知らなかったですよ、私」<br>
「だって、言わなかったもの。誰かに話したって、仕方がないもの」<br>
<br>
本当は、寂しかったに決まっている。誰だって、独りぼっちは心細いから。<br>
それなのに、雛苺は子供の頃から、明るい笑顔を周囲に振りまいてきた。<br>
どうして? 自分の孤独を、誤魔化すため?<br>
<br>
多分、違う。翠星石は、そう思った。<br>
雛苺は、誰よりも孤独の寂しさ、怖さを知っていたからこそ、<br>
周囲の人々が笑顔で暮らせるように、陽気な道化役を演じていたのだろう。<br>
<br>
(そして、私たちは知らず知らず、雛苺に癒されていた。<br>
独りぼっちじゃないと、勇気づけられていたのですね)<br>
<br>
ならば……たまには、こっちが癒してあげなければ。<br>
翠星石は、鞄からレポート用紙を抜き出しながら、雛苺に微笑みかけた。<br>
<br>
「しゃーねぇから、今日は一緒に居てやるです」<br>
「ホント?! ホントに良いの?」<br>
「その代わり、私のレポートを手伝いやがれですぅ」<br>
「嬉しいっ! やっぱり、翠ちゃんは優しいのよー」<br>
<br>
私は、優しくなんてない。<br>
内心で目一杯、雛苺の言葉を否定しながら、翠星石はレポートに取り掛かった。<br>
<br>
寂しがり屋同士の二人。こんな事は、単なる傷の舐め合いかも知れない。<br>
でも……それでも良い。<br>
支え合って、慰め合って、それで心が強くなれるなら。<br>
<br>
離れていく蒼星石を、泣きながら見送っているだけではダメ。<br>
もっと強くなって、追い掛けないと。<br>
もっともっと強くなって、あの娘に追い付かないと。<br>
<br>
そして――絶対に捕まえないと。<br>
<br>
<br>
ふと、そんな事を考えた、冬の一日だった。<br></p>
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翠×雛の『マターリ歳時記』<br>
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―睦月の頃 その4― 【1月17日 冬の土用入り】<br>
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冬休みも呆気なく過ぎ去り、大学の講義が始まって暫く経った、ある日のこと。<br>
翠星石は、キャンパス内の図書館で課題のレポートを書きながら、<br>
雛苺が来るのを待っていた。参考文献を漁るだけでも、かなりの手間である。<br>
今日は火曜日。今週も、まだ長い……。<br>
<br>
「あー。流石に、肩凝ったですぅ」<br>
<br>
館内に据え付けの机に座っていた彼女は、大きく背筋を伸ばして、頚を回した。<br>
関節が、小さな悲鳴を上げる。<br>
まだ半分も纏まっていない内から、こんな事では先が思いやられる。<br>
気分転換に、翠星石は周囲を見回した。<br>
机に突っ伏して寝ている者も居るが、多くは講義の合間にレポートや宿題を<br>
片付けてしまおうと、躍起になっている。<br>
<br>
……と、その時。<br>
彼女の眼が、図書館の入口を潜り抜ける雛苺を捉えた。<br>
雛苺は、すぐさま翠星石を見付けて、小走りに駆け寄ってくる。<br>
<br>
「ごめ~ん、翠ちゃん。お待たせなのー」<br>
「良いですよ、別に。それより、レポートは通ったですか?」<br>
「うんっ! ツッコミ所満載だったけど、質疑応答で巧くやり過ごしたの」<br>
「……羨ましいですぅ」<br>
<br>
翠星石の呟きは、偽らざる本音だった。<br>
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大学の講義は選択式で、大きく分けると、二つある。<br>
当該学年次に必ず履修しなければならない『必修科目』と、<br>
希望しなければ受講しなくても良い『選択科目』である。<br>
厄介なのが必修科目で、この科目の単位を落とせば即、留年が待っている。<br>
いま、翠星石が纏めているレポートも、必修科目のひとつだった。<br>
<br>
「このままじゃ留年しちまうですよ」<br>
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珍しく弱音を吐く翠星石を見て、雛苺は気の毒そうに表情を曇らせた。<br>
が、すぐに、いつもどおりの明るい笑顔で話しかける。<br>
<br>
「大丈夫なの。質問される内容を皆に聞いておけば、一発で通るのよー」<br>
「まあ……そうかも知れねぇですけどね」<br>
「気落ちしてても始まらないの。今日は、もう帰ろ?<br>
今朝の約束どおり、ヒナが御馳走してあげるから、元気出すのよー」<br>
<br>
言われてみれば、雛苺の言う通りである。<br>
落ち込んでいる暇があったら、その間にレポートを完成させるべきだった。<br>
しかし、頭で解っていても、なかなか実践できないのが人間の悲しい性。<br>
果たして、今のペースで提出期限に間に合うのか、どうか……。<br>
<br>
「んもう、なにボ~ッとしてるの。ささっと片付けて、早く帰るのよ」<br>
「あぁ、解ったですから、そう急かすなです」<br>
<br>
蒼星石と離れ離れになって寂しさを募らせる自分を元気づけようとして、<br>
雛苺は色々と気を配り、陽気に話しかけてくれる。<br>
翠星石は、彼女の心遣いに胸の中で感謝しながら、鞄に荷物を押し込んだ。<br>
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最寄りの駅に向かって、並んで歩く下校途中の商店街。<br>
夕暮れ時ということもあって、街路には、買い物客が増え始めていた。<br>
小売店ばかりでなく、食事が出来る店も、あちらこちらに点在している。<br>
<br>
ヒナが御馳走してあげる――<br>
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翠星石が雛苺を待っていた理由は、それだった。今朝、雛苺の方から申し出てきたのだ。<br>
大した用事もなかった為、たまには良いかと思って承諾したのだが……。<br>
<br>
「さぁてさてぇ。なにを奢ってくれるですぅ?」<br>
「いろいろ考えたんだけど――」<br>
<br>
雛苺は、商店街の中にある、一軒の鰻屋を指差した。<br>
営業中の札が掛かる店内からは、蒲焼きの美味しそうな匂いが漂ってくる。<br>
<br>
「ちょっ……ちょっと待つですっ。幾ら何でも、アレは値段が高すぎですぅ。<br>
流石に、奢って貰う訳にはいかねぇですよ。第一、なんで鰻です?」<br>
「翠ちゃん、知らないの? 今日は冬の土用入りなのよー?」<br>
<br>
雛苺の返事を聞いて、翠星石は、ははぁん……と察しが付いた。<br>
カレンダーの暦か何かで、今日が『冬の土用入り』と知ったのだろう。<br>
それで、土用=丑の日と考えて鰻を連想したのだ、と。<br>
<br>
だが、とんだ勘違いをしている。<br>
土用とは、そもそも立春・立夏・立秋・立冬を迎える前の18日間を指す。<br>
一般に言う土用の丑の日は、立夏の時である。<br>
鰻を食べる習慣には諸説あるが、、江戸時代、平賀源内が知り合いの店の<br>
宣伝として考えたのが起源という説が広く知られていた。<br>
<br>
老夫婦と暮らしているせいか、他の娘たちよりは、年中行事に詳しい。<br>
翠星石は、雛苺に本当の事を教えてあげようとして、悪い癖を出してしまった。<br>
<br>
「ふっふ~ん。雛苺の方こそ、なぁんにも知らねぇですね。<br>
冬の土用は、子(ね)の日に『くずきりぜんざい』を食べるのが、<br>
古来からの習わしですぅ。食べなかった悪い娘はぁ――」<br>
「た……食べな……かったら?」<br>
「プギャ――――っ!!」<br>
「ひゃあぁっ!」<br>
「……っと、疫病神にドツボという秘孔を突かれて、災難だらけの一年を<br>
過ごすことになるです。ああ、怖い怖い……ガクガクブルブル、ですぅ」<br>
「すすす、翠ちゃんっ! 急いで甘味処へゴー! なのよー」<br>
「はいですぅ♪」<br>
<br>
お汁粉くらいなら、奢られても罪悪感は無い。翠星石は素直に従った。<br>
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――明けて、翌日。<br>
雛苺は登校しなかった。漏れ聞いた話によると、体調不良で休みだという。<br>
<br>
(まさか……昨日のコトが?)<br>
<br>
思い出して、翠星石の頭から、サッと血の気が引いた。<br>
甘味処へ駆け込んだ雛苺は、なにを血迷ったのか『くずきりぜんざい』を<br>
一人で三十杯も食べて、すっかり気持ち悪くなってしまったのだった。<br>
<br>
(ま、まあ、お腹を壊したくらいなら、ほっときゃ治るですぅ)<br>
<br>
尤もらしい言い訳で、後ろめたさを誤魔化そうとしていた翠星石の耳に、<br>
偶然、真紅と巴の会話が流れ込んできた。<br>
雛苺と大の仲良しである巴が言うには、彼女の家は両親が共働きで、<br>
昼間は雛苺が一人きりになってしまうとの事だった。<br>
<br>
「…………なんだか、私も具合が悪いです」<br>
<br>
いきなり、そんな事を呟いた翠星石に、真紅と巴が声を掛けた。<br>
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「翠星石。貴女、顔色が悪いのだわ。熱でもあるんじゃないの?」<br>
「医務室に行く? わたし、付き添ってあげる」<br>
「ん……ありがとです。でも、今日は早退するです」<br>
「そう。気を付けて、お帰りなさい」<br>
<br>
二人の細やかな気遣いに礼を告げて、翠星石は鞄を手に、教室を後にした。<br>
登校しておきながら、一限すら受けずに帰宅するなんて、初めての体験だった。<br>
<br>
<br>
翠星石は、雛苺の家の前で立ち尽くし、煩悶していた。<br>
自分の出任せが原因で、彼女を辛い目に遭わせてしまったのだ。<br>
いちご大福を手土産に持ってきたものの、なんとなく顔を合わせ辛い。<br>
門柱の呼び鈴に指が伸びるも、ボタンを押すことなく、手を引っ込めてしまう。<br>
そんな事を、もう何度も繰り返していた。<br>
<br>
「こ、こんな姿を誰かに見られたら、変に思われるですよ」<br>
<br>
自らに言い聞かせると、翠星石は意を決して、呼び鈴を鳴らす。<br>
暫く待つと、二階の窓から、パジャマ姿の雛苺が顔を覗かせた。<br>
割と、元気そうだ。顔色も悪くない。<br>
<br>
翠星石が頬を引き攣らせながらも、微笑して手を振ると、<br>
雛苺は「待ってて」と言って、部屋を飛び出し玄関を開けてくれた。<br>
彼女の屈託ない笑顔を見ていると、翠星石の胸が、ちくりと痛んだ。<br>
<br>
「翠ちゃん、学校は?」<br>
「今日は、ちょっと……ね。それより、お土産を買ってきたです。<br>
甘い物は、見るのも厭かなと思ったですけど――」<br>
「うょ――っ!! うにゅーなのー」<br>
<br>
昨日のことなど全くお構いなしに、雛苺は、いちご大福にかぶりついた。<br>
性懲りもないというか、単純思考というか……。<br>
<br>
「ちょっと、お茶を煎れてくるです。台所、借りるですよ」<br>
「ヒナも一緒に行くの。湯飲みとか、何処に有るか判らないでしょ?」<br>
<br>
確かに、そうだ。翠星石は、雛苺と連れだって、台所へと向かった。<br>
ポットとお茶の道具を盆に載せて、雛苺の部屋に戻る。<br>
それから暫くの間、談笑を楽しんだ。<br>
<br>
「でも、翠ちゃんが来てくれて良かったのよ。ヒナね、とっても退屈してたの」<br>
「……巴に聞いたです。雛苺の家は共働きで、昼間は雛苺だけだって」<br>
「そうなの。子供の頃から、ずっとよ。家に居れば、ずっと独りぼっち」<br>
「ちっとも知らなかったですよ、私」<br>
「だって、言わなかったもの。誰かに話したって、仕方がないもの」<br>
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本当は、寂しかったに決まっている。誰だって、独りぼっちは心細いから。<br>
それなのに、雛苺は子供の頃から、明るい笑顔を周囲に振りまいてきた。<br>
どうして? 自分の孤独を、誤魔化すため?<br>
<br>
多分、違う。翠星石は、そう思った。<br>
雛苺は、誰よりも孤独の寂しさ、怖さを知っていたからこそ、<br>
周囲の人々が笑顔で暮らせるように、陽気な道化役を演じていたのだろう。<br>
<br>
(そして、私たちは知らず知らず、雛苺に癒されていた。<br>
独りぼっちじゃないと、勇気づけられていたのですね)<br>
<br>
ならば……たまには、こっちが癒してあげなければ。<br>
翠星石は、鞄からレポート用紙を抜き出しながら、雛苺に微笑みかけた。<br>
<br>
「しゃーねぇから、今日は一緒に居てやるです」<br>
「ホント?! ホントに良いの?」<br>
「その代わり、私のレポートを手伝いやがれですぅ」<br>
「嬉しいっ! やっぱり、翠ちゃんは優しいのよー」<br>
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私は、優しくなんてない。<br>
内心で目一杯、雛苺の言葉を否定しながら、翠星石はレポートに取り掛かった。<br>
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寂しがり屋同士の二人。こんな事は、単なる傷の舐め合いかも知れない。<br>
でも……それでも良い。<br>
支え合って、慰め合って、それで心が強くなれるなら。<br>
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離れていく蒼星石を、泣きながら見送っているだけではダメ。<br>
もっと強くなって、追い掛けないと。<br>
もっともっと強くなって、あの娘に追い付かないと。<br>
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そして――絶対に捕まえないと。<br>
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ふと、そんな事を考えた、冬の一日だった。<br>
<br></p>
<hr>
<p>『保守がわり番外編 マターリとは・・・?』<br>
<br>
「マターリの定義かい? それはまた・・・難解ホークス」<br>
「無意味なヂヂイギャグはやめるですっ。早く模範解答を出せです!」<br>
「お爺さん。ヒナからも、ぜひぜひお願いするのよー」<br>
「ううむ・・・そう頼み込まれては、真面目に考えないとのう。むぅ・・・・・・Zzz」<br>
<br>
ボコンっ!!!<br>
<br>
「お約束のギャグはしなくていいですっ!」<br>
「い、痛いのぉ、翠星石。なにも如雨露で殴らなくても・・・」<br>
「お爺さん・・・出血大サービスなの~」<br>
「ふっふっふ。通常の三倍出せるのじゃよ。そして、出血多量で夢の中へ・・・」<br>
「さあ、無に還ろう、なのー」<br>
「・・・・・・お前ら、真面目にやれですぅー!!」<br>
<br>
てなワケで、如雨露による折檻の嵐が吹き荒れて――<br>
おじじと雛苺の頭には、ミッキーマウスの耳を思わせるタンコブが出来ていた。<br>
<br>
「儂にも、定義とやらは分からんよ。すまないのう、翠星石」<br>
「はぁ・・・やっぱりダメですかぁ」<br>
「そう気落ちするでない。ほら、この招待券をあげるから息抜きしてくると良いよ」<br>
「なんです? 憩いの館『摩多里庵』特別招待券・・・エステのペアチケットですか?」<br>
<br>
・・・そして、まだ続く。<br></p>