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「……」   視界には、やっぱり白い世界が広がっていた。   違うことと言えば、身体が全然動かない、というか酷く痛むことで…… 「白崎さぁん!!」 「? ……」 声が出ないし、まだ眼の焦点が合わない。 誰かが覗き込んでいる。眼鏡が無いと、ちょっと誰だか…… 「白崎さん、良かったぁ……」 泣き声が、聴こえる。――そうか、僕は…… 「馬鹿ぁ! あなたが居なかったら、お店はどうなっちゃうのよぉ!」 ぽかぽかと胸の辺りを叩かれる。 ちょっ、い、痛いです、いたいです! 「す、水銀燈、やめなさい! 死んでしまうのだわ!」 「そうだ、落ち着け水銀燈!」 二人の声に制されて、胸を襲う衝撃が止む。……助かった? 「だって、だってぇ……」 ぐすぐすと泣き止む様子の無い彼女。えっと……声は出るだろうか。 「すみません、皆さん……ご迷惑を、おかけしました」 なんとか、振り絞って話しかけた。 「あまりしゃべらなくて良いのだわ。白崎さん、肋骨折れてるのよ?」 「はは……そりゃ参りましたね」   症状を自覚すると、更に痛みが増してきた。というか、さっき僕 は思い切り胸を叩かれていたのだが。 「水銀燈さんに、真紅さん。……それに、ジュン君も。   わざわざ有難う御座います」 「不幸中の幸いって言うか。白崎さん、良かったですよ、本当に。   車、大破してましたから」   フロントがべっこりいってると、彼は説明してくれた。   本当に、参ったなあ。 「水銀燈が、大変だったのよ? あなたが事故に遭ってから、ずっ   と泣いてるんですもの」 「なっ! ずっと泣いてた訳じゃないわよぉ!」 「いーや、泣いてたね。そうそう白崎さん、事故からどの位経って   るか、わかんないですよね」 「……まあ、そうですね」 何だか、頭が痛い。かなり打ってしまったのだろうか。 「三日位ですかね、結構危険な状態で……今は大丈夫ですけど。   一般病棟に移されてから、眼を覚ますのを待ってる状態だったん   ですよ」 「そうなんですか……」 「そうですよ。その間、水銀燈はずっと白崎さんにつきっきりでした」 彼がそういった途端、彼女はわめきながら、今度は彼のことを攻撃 し始めた。……全く。 『院内では、静かにして下さい!!』 思い切り怒られてしまう。……や、僕は静かなんですが。 「そろそろ帰るのだわ。まだ話すのも無理させてしまうし……」 「そうだな。ほら、いくぞ水銀燈」 「うぅ……また、来ますねぇ、白崎さん」   嵐を巻き起こす勢いだった彼ら(主にその中のひとり)が、帰って いくと。途端に病室の中は静かになった。   窓の外を見る。もう、秋も終わる。もうすぐ、冬がやってくるだろう。   僕は考えていた。あの白い世界で見ていたもののことを。   けど、考えがよく纏まらないので、放っておくことにした。   だって、難しいからなあ……   ただ。まだ僕には時間があるということが確かなことで。   僕はまだ、この色付いた世界に、留まっている。   そっちに行くのは、まだ早いということかな?   その問いの答えは、これから自分が出していくものなのだろうか。   どうだろう、めぐ…… ――――――――――――――――――   全治三ヶ月、とのことで。   店の営業がその間出来ないのは、致し方ないこと。   当初水銀燈が、『私が営業するわぁ!』と息巻いていたが、流石 にそこまでしてもらうのは気が引けたので断った。   その代わり、毎日毎日見舞いにきてくれる。 「三ヶ月は長いわよねぇ……」 「まあ。ゆっくりでも、時間は流れていきますから」   溜息をつく彼女に対して、僕はのほほんとしたものだ。店の気に かけ具合だけ言えば、どっちが店主なのかわからない。   僕はなんとか上半身を起こせるようになっていたので、普通に話 をするくらいならば全く支障はなくなっていた。 「休憩とって、よくなってくださいねぇ」   普段の休憩を病院でとっていると思えば、大して苦にもならない。 「や、それはそうなんですが。水銀燈さん、大学は大丈夫なんですか?」 本当に毎日やってくるので、何だか心配になる。だが僕がその話題 に触れると、『私のことは、いいのぉ!』と言って。ぷいとそっぽ を向いてしまうのだった。……やれやれ。    僕が入院して、彼女が見舞いにやってくる。   そんな状況は、僕がめぐに逢いに、病院へ訪れていたときのこと を思い起こさせた。   甲斐甲斐しく、世話をしてくれる彼女。正直助かっている。   何だか悪いなあという気は、しないでもないのだけれど。 「白崎さんは、安心して寝てなさぁい」 その辺りは、有無を言わさない彼女だった。 ―――――――――――― 「もうすっかり、冬ねぇ」 「ええ、そうですね」   また、季節は師走を迎えていた。僕はあまり外へ出ては居ないが、 きっとかなりの冷え込みを見せていることだろう。 「明後日には退院でしょお? なんか今すぐ出ても大丈夫そうだけど」 「色々手続き等がありますので……検査で異常なければ、というお   話みたいですね」 「これ、どうしましょっかぁ……大変よねぇ、持って帰るの」 「……そうなんですよね……」   溜息をつきながら、僕らが見つめる先にあるものは。ちょっとこ れは多すぎるんじゃないかというほどの見舞い品。   花やら果物やら紅茶の葉やら、『トロイメント』常連の方々から 頂いたものだった。 「愛されてる証拠じゃなぁい?」 「……恐縮です、いや全く」   中には、お酒もいくつかあったのだが。アルコールを摂取するの は、骨折などしている人間にとっては、本当に良くないらしく。何 でも血行が促進されるため、痛みが増してしまうのだとか。   誤魔化して少し頂こうと思ったら、彼女に見つかって、本気で怒られた。 『没収よぉ、没収!』   そんな台詞とともに、消えていった酒瓶達。……結構値の張るも のもあったのだが。多分、消費されてしまっているんだろうなあ。   有栖川大学病院に運ばれてから、はや三ヶ月。彼女も言った通り、 もう明後日には退院出来る。   まだ暫く無理は利かないだろうが、少しずつ慣らしていくことと しようか。 「大丈夫よぉ。私がついてるし」   胸を張って紡ぎ出される彼女の台詞は、本当に頼もしい。   その笑顔に、最近ではめぐの面影がなんとなく重なるような気も しているが、それは口に出さないでおいた。 「ちょっと……外に出ても、いいですかね」 「大丈夫ぅ?」 「平気ですよ。リハビリの時はスパルタだったじゃないですか」 「愛のムチよぉ、それは」   彼女に肩を借りながら、外へ出た。パジャマの上に外套を羽織っ ていたものの、かなり肌寒い。冬本番といった空気だ。 「……」   空を、黙って見上げていた。君が眠ってしまった日と、同じ様な 色の空だった。 「あの時も、こんな天気だったわねぇ……」   僕の隣に居た水銀燈も、同じく空を見上げながら言った。   彼女は、めぐの死に目に合えなかったと言っていたけど。   彼女も僕と同じように、その日のことを――   鮮明に、覚えているのだろう。 「あ……」 「雪、だ」 不意に降り始めた、雪。風に舞い上げられながら、漂っている。   この雪は、積もることは無いのだろう。   だけど、やさしく。やわらかく、溢れるものだ。   ふわりと、静かに漂うもの。   手で、受け止めようとした。   そしてそれは――手の平の上でも、やっぱり消えていった。   この雪を、望む彼方へ――君の元へ。   持っていくことは、出来ない。   僕はこの世界に、留まった。   この現実の中で、夢を見ることもあるだろう。   ただ、君の夢は――多分、これからも。   見ることは、無いのだろうけど。   君のことは、忘れない。   どんなに記憶の引き出しに鍵をかけても、   その鍵を無くすことは、無いだろうから。   店に戻ったら、君の好きだった紅茶を……君の"指定席"に、   置いてみようか。   雪はまだ、空を舞っていた。   僕は見守る。舞い落ちる雪に、触れないように。   その行き先を見守る。そう――結局行き着く先はわかっていても、   ただ、密やかに。   この見守りは――祈ることに、似ていただろうか。   君との日々が、ずっと変わらず、続いていけば。   それはそれで、一番良かったのかもしれないけど――   隣を見ると、彼女は涙を流していた。   僕も今、泣いているのかもしれない。   僕が彼女のことをどう想っているのかは、   正直自分でもよくわからなくて。   彼女の方は……まあ、どうだろう。     冬に時間が、止まるなら。   夢を見ながら考えるのもいいかもしれない。   その夢が、もし優しいものなら、……   静かに、静かに、舞い落ちる雪。   この雪が、細い糸に紡がれて――   やわらかく、優しい、夢の様な日々を繋ぐものになればと。     そんな事も、僕は望んでみたんだ。   なんだか、付け足しみたいだったけど。   それでも、いいかい?   一面に広がる雲のせいで、空の高さがわからなかった。   けれど、きっと。   あの雲の上は、抜けるように青く輝いているに違いない。   高く高く。君のいる場所へ、届きそうな程に。

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