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「第七話『それぞれの思惑』」(2010/08/22 (日) 20:08:50) の最新版変更点
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<p>「…貴女は……ケース11……」<br /><br />
薔薇水晶は突如、意味の分からない単語を口にした。『ケース11』。単純に考えるなら<br />
『72番目の場合』とでも言えばいいのか。そうだとしても真紅には、その単語の意味する<br />
ところまでは想像もできなかった。<br /><br />
「ケース11は……『他者の視界への同期』……要は……他者の視界を…盗み見る能力」<br />
「…議会はどこまで知っているの? その前にケースって…私の前にも何人もこのような<br />
能力を得た人が?」<br /><br /><br /><br />
"The Unknown"<br />
第七話『それぞれの思惑』<br /><br /><br /><br />
「調査をしていたのは……私………ここは……溢れんばかりの『魔』の…廃棄場…」<br />
「廃棄場?」<br /><br />
自分の調査した結果ということもあって、多少得意げになっているのだろうか、徐々に<br />
薔薇水晶は饒舌になっていく。もちろん相変わらずの小声ではあったが。<br /><br />
「そう……『魔』は…昔は誰でも扱える……単なる『不思議な力』…だった」<br /><br />
薔薇水晶はこの都市や、そのほかにも国の各所に存在する呪文書など、明らかに世間一<br />
般に『魔』による行為が存在していた証拠を見つけたらしい。この都市の結界については<br />
水銀燈に取り入って『融通してもらった』とのことだ。<br /><br />
「でも…この特殊な力には……難点があった…」<br />
「…難点?」<br />
「……この力に一度…侵されると…その者の『魂』は…二度と死ぬことはできない……」<br /><br />
ゆえに、当時の人間たちは肉体が滅びる前に『魔』を発散し尽して、『不完全な死』を<br />
逃れようと躍起になった。しかし、強すぎる『魔』は自然を、世界を侵食し、生態系まで<br />
もを狂わせてしまう。そのために『廃棄場』として選ばれたのが、『原初の女』が魔女を<br />
封じたこの都市だ、ということだった。<br /><br />
「…ちょっと待って。そうであるとしたら、めぐ長官…いえ、水銀燈がここを私有地とし、<br />
あまつさえ結界で厳重に囲んだのはなぜ?」<br />
「……長きに渡り……大量に『廃棄』され続けた『魔』は……この島…都市を蝕み……<br />
そしてこの都市のどこかで………『結晶化』した、と思われる……」<br />
「……結晶化? つまり、今まで『廃棄』された『魔』がほぼ全て一所に集まっていると?」<br /><br />
真紅の問いかけに、薔薇水晶はただこくり、と頷き、再びにぃっ、と不気味な笑みを見<br />
せた。<br /><br />
「…そして、水銀燈はもちろん、国教会の狙いもそれ?」<br /><br />
また頷く薔薇水晶。その場には言いようもない沈黙が流れた。 <br /><br />
「薔薇水晶と言ったわね。興味深い話をどうもありがとう」<br /><br />
真紅は薔薇水晶に軽く頭を下げ、踵を返す。<br /><br />
「……嘘じゃ…ない……」<br />
「確証はないじゃない?」<br />
「……それを探すのが、貴女の役目…」<br />
「…次は斬るわよ。命が惜しければ日が暮れる前にこの都市を去るのね」<br /><br />
冷たくそう言い残し、森に入っていく真紅。その後姿に薔薇水晶は再び声をかけた。<br /><br />
「…森を進むなら……羽虫を…追うといい………彼らは…『魔』を好むから…」<br /><br />
少しだけ振り返る真紅。しかし、もう薔薇水晶に言葉をかけることなく、ぷい、と向き直<br />
って森へと入っていってしまった。<br /><br />
「…ふふ……どうなる…ことやら」<br /><br />
そんな態度を面白いとでも思ったのだろうか、薔薇水晶は少しの間、くすくすと笑いをこ<br />
ぼし続けていた。<br /><br /><br /><br /><br /><br /><br />
「こんなところにいたのかい、薔薇水晶」 <br /><br /><br /><br /><br /><br />
そんな彼女の背後から、突如として凛とした力強い声がかけられた。<br />
振り返った彼女はその声の主に向かってとても『親しげに』挨拶をする。<br /><br />
「蒼星石……元気そうで………なにより…」<br /><br />
蒼星石と呼ばれた女は、その挨拶に深々と一礼を返して見せた。そのあまりに仰々しい様<br />
子は逆に薔薇水晶との対峙を嘲っているかのようにも思える。<br />
彼女は頭を上げ、兜を脱ぐと、薔薇水晶を射抜くような目つきで見つめながら尋ねた。<br /><br />
「で、君の報告してくれた女はここに?」<br />
「…今……森に入ったところ……追いかける?…」<br />
「ああ。任務の障害になるような存在は早めに消しておくに限るよ」<br />
「…それだけ?」<br /><br />
薔薇水晶がからかうような言葉をこぼした刹那、蒼星石の表情は一変した。目つきは険しく、<br />
歯を力いっぱい噛み締め…それはまるで『鬼』の形相であった。<br /><br />
「地下道の数名…彼女の仕業だろう。国教会に反抗するどころか、我々の仲間を手にかけて…<br />
悪いけれど、信仰心のない猿は生かしておけない性質なんだ」<br /><br />
言葉が終わる頃には彼女の顔は元の端正なソレに戻ってはいたが、言葉の端々には明らか<br />
な殺意が宿っていた。しかし薔薇水晶は、そんな蒼星石の様子に一つもたじろぐことはなく、<br />
ただ、ほんの少し口角を上げ、微笑んでいた。<br /><br />
「……でも…彼女は……強い…」<br /><br />
薔薇水晶の言葉に対し、蒼星石は鼻で笑い飛ばすことで返事をし、続けた。<br /><br />
「僕には『原初の女』がついているからね」<br />
「『魔』でしょ?」<br /><br />
自信たっぷりの言葉に水を注すかのように、間髪入れず薔薇水晶は言った。<br />
しかし、蒼星石は全く気にする様子を見せない。<br /><br />
「ところで君は何をしているんだい? 僕達との契約、忘れてないよね?」<br />
「……分かってる…でも………水銀燈の様子が…何か……」<br /><br />
薔薇水晶は今までとは打って変わって、困ったような表情を見せる。彼女がその様な表情を<br />
見せるのは珍しいのだろう。蒼星石も、続けて首を傾げる。<br /><br />
「どういうことだい?」<br />
「エージェント・真紅の行く先々……強い魔物が……まぁ…彼女は倒してしまうのだけれど…」<br /><br />
片手をこめかみにやり、何かを思案しながら、手探りで糸口をつけようとする薔薇水晶を、<br />
蒼星石は鼻で笑った。<br /><br />
「…はは、なんだい。ハイエナのような君でも、魔物には怖気づくって?」<br />
「…ハイエナは……用心深い…とても…とても………魔物を召喚しているのは…多分、水銀燈…」<br />
「だから? 水銀燈にとっても彼女は敵だろう? 当然じゃないか」<br />
「……強くなっているのは……間違いないけれど…どうも……彼女のレヴェルに合わせている<br />
気がする……」<br /><br />
遅々として進まない話に少し苛ついてきたのか、蒼星石はほんの少し声を大きくする。しかし<br />
ながら威圧感は十分であった。<br /><br />
「…もったいぶらないでくれないかな」 <br /><br />
その様子に、薔薇水晶も少々気分を害されたのか、心なしか目じりを吊り上げ、睨みを利かせ<br />
ながら話を続ける。<br /><br />
「…あなた……鈍い………わざと…『魔』への感染度を……高めている……そんな様子……」<br />
「何のために?」<br />
「…さぁ…」<br /><br />
それだけ聞くと、蒼星石は森の奥へと入って行ってしまった。しばらくその場に佇んでいた<br />
薔薇水晶ではあったが、やがて次の任務にうつろうと向き直って歩き始めた。<br /><br />
しかし、数歩進んだところでその歩みは止まり、彼女はばっ、と勢いよく今真紅と蒼星石が<br />
入っていった森の方へと顔を向ける。その表情には驚きと、焦りのようなものが浮かんでいた。<br /><br />
「…まさか……!」<br /><br />
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「…もういまさら何が出てきても驚かないと思ってはいたけれど…」<br /><br />
そういいながら真紅は剣を腰に収めなおす。彼女の視線の先で息絶えていたのは、彼女の十数<br />
倍はあろうかという巨躯の─神話や御伽噺でしかその名が確認されていないはずの─ドラゴンで<br />
あった。<br /><br />
「…この盾はもう駄目ね。捨て置いていきましょう」<br /><br />
そう言って投げ捨てられた盾は、金属製であるにもかかわらずどろどろに溶けていた。熱によ<br />
る溶解ではなく、腐食。先ほどのドラゴンのブレスによる攻撃の結果であった。<br /><br />
「しかし、この明るさ…日が落ちかけているのかしら。急ぎたいところだけれど…」<br /><br />
森の内部は思った以上に入り組んでおり、真紅は先ほどから同じところをぐるぐる回り続けて<br />
いたのだった。さすがに『魔』に侵された、危険な動物だらけのこの森で野営するわけにはいか<br />
ない。<br /><br />
真紅は困ってしまった。と、その瞬間。薔薇水晶の『ある言葉』が思い出された。<br /><br />
『…森を進むなら……羽虫を…追うといい………彼らは…『魔』を好むから…』<br /><br />
はっ、と気づきあたりを見回してみると、羽虫が特定の方向から別の方向へと、規則正しく移<br />
動しているのが分かる。見る限り全ての羽虫がそのように移動しており、薔薇水晶の『助言』の<br />
確かさを伺わせた。<br /><br />
「…ふん…」<br /><br />
羽虫に従い、森を進む真紅。木々がまばらになってきて、出口が近くなってきていることは間違<br />
いなかった。しかし、彼女を先に待ち受けていたのは、森の出口ではなかった。<br /><br />
「あの蒼い鎧は…聖十字騎士団ね。そして対峙しているのは…………水銀燈……!!」<br /><br />
彼女を待ち受けていたのは、蒼と漆黒それぞれを身に纏った女達であった。すでに一色即発とい<br />
った感じで、お互い睨み合っている。そして、蒼い女の方はなにやらせわしなく口を動かしている。<br /><br />
「やめといたほうがいいわよぉ? ……貴女には、無理」<br />
「…はぁ、はぁ。……僕にだって、召喚の一つや二つ……エルケス・サルマ・ロン・サモータ。<br />
ディアラス・フル・ゲンド・ゲルダモーダ…」<br />
「無理だと言っているでしょう!」<br />
「太古に眠りし邪悪なる闇の騎士よ、血塗られた五芒の輝きをその身体に刻み…ごほっ!」<br /><br />
しかし、蒼い女はそこまで唱えたところで突然血を吐き、膝をつく。顔面は蒼白で、身体に異常<br />
な負荷がかかっているのは容易に見てとれた。<br /><br />
「ば、ばかな…」<br /><br />
そのままくらり、と彼女は倒れこんだ。後に残されたのは静寂のみ。<br />
水銀燈がふん、と彼女のことを鼻で笑う。<br /><br />
「だから言ったじゃなぁい。あの程度の能力じゃ無理だと。限界を超えた魔法なんか…使えやしないわ」<br /><br />
水銀燈は真紅の方に振り返り、やれやれ、といった風に肩をすくめた。<br /><br />
「『魔』に喰われてしまったのよ。みっともない…」<br /><br />
しかし、真紅が言葉を返そうとした瞬間、水銀燈の背後で何かが動いた。<br /><br />
「侮らないで…もらえるかな……?」<br /><br />
それは、のっそりと苦しそうに起き上がる蒼星石であった。先ほどと同じくその表情に生気は見ら<br />
れないが、その瞳の中には明らかな殺意が宿っている。状況が飲めないせいもあったが、その異常な<br />
執念を宿した瞳に、真紅は一瞬たじろいだ。<br /><br />
「…太古に眠りし邪悪なる闇の…騎士よ、血塗られた……五芒の輝きを…その身体に刻み…我が血<br />
肉を持ってしもべとして導かん…」<br /><br />
先ほどの言葉、というよりも『呪文』を、蒼星石は今度こそ唱えきった。その瞬間、彼女たちの頭<br />
上に大きな、漆黒の魔方陣が出現する。<br /><br />
そしてその中からゆっくりと姿を現したのは、またも装着する人間を失った鎧。しかし、真紅が以<br />
前打ち倒したものより、一回りも二回りも大きく、更には─恐らく猛者の着用していたものだったの<br />
だろうが─その表面は、返り血らしきものでどす黒く変色していた。<br /><br />
「不思議だな…身体中に『力』がみなぎっていく。……不信心な猿と、邪教徒…覚悟するんだね…」<br /><br />
一転して彼蒼い女の表情が生気にみなぎり始める。しかし、それは何か歪な─まるで麻薬のような<br />
ものでハイになった時のものと同様だった。<br />
彼女は鋏のような鉄塊を構え、じりじりと真紅たちの方に近寄ってくる。<br /><br />
「……真紅、手を貸しなさい」<br />
「…共闘、というわけ? …でも、四の五の言ってる状況ではないわね」<br /><br />
水銀燈と真紅はそれぞれ剣を構える。その場に緊張感がみなぎり、空気が張り詰めていくのを真紅<br />
はその肌で感じていた。</p>