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「奇しき薔薇寮の乙女 番外 柏葉巴」(2010/03/24 (水) 23:20:54) の最新版変更点
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<p>番外 柏葉巴<br /><br />
私が私のやりたいコトをできるようになったのは、中学三年も半ばにさしかかるころ。<br />
それまでは慣例的な学級委員を務めたり、クラスの問題で悩まされたりと、いろいろあった。<br />
もちろん、そのすべてが苦であったワケではないけれど、重荷であったことも確か。<br />
受験勉強に専念できなかったし、周囲からのプレッシャーも十分な強さをもっていた。<br />
それでも、私がほぼ最後までやり遂げるコトができたのは、ある理由があるから。<br />
近所の友達を通して久しぶりに出会った、桜田君のおかげ。<br />
中学時代、彼は彼の大きな問題にぶつかっていた。<br />
私はそれを察するコトはできたけど、何一つ手助けはできなかった。<br />
手助けはできなかったけれど、せめてそばにいるくらいはしていたかった。<br />
お互いにいろいろ相談して、それだけのために一年以上の時間を使った。<br />
甲斐があったのかどうかは知らない。<br />
正直に言ってしまえば、他人を建前にした自分の保護。<br />
そう表現しても差し支えがないような時間を過ごして、それでも成果は少しあった。<br />
私はやりたいコトをやれるまで頑張りぬけたし、桜田君も復学した。<br />
幸せといえば、幸せな日々。<br />
私は十分な幸福を感じていたし、桜田君も、自分の問題を解決してからは表情が明るくなっていた。<br />
少しずつ打ち解けていきながら、私たちは高校へ進学した。<br />
奇しくも同じ高校へと進学した私たちが、入学式の日、初登校のときに交わした会話。<br />
忘れることはきっとない、桜田君のあの言葉。<br /><br />
『高校ではさ、裁縫のコトは無理して隠そうとはしないコトに決めた』<br /><br />
『え?』<br /><br />
『聞かれたら答える、程度のものだけどな。自分からは言わないから、秘密は秘密だけど』<br /><br />
『………………』<br /><br />
『中学の時だったら、そんなコトさえできなかったと思う』<br /><br />
『うん』<br /><br />
『心境の変化っていうか、心機一転っていうか、そんなもの。<br />
柏葉のおかげでこうなれたんだけどな。感謝してるよ』<br /><br />
『そんなコトは……』<br /><br />
『まァ、これだけはどうしても言いたかったんだ』<br /><br />
それが、高校へ向かって歩いている最中の、ある交差点のところでの会話。<br />
会話が終わってからは、それなりの雑談を交わしながら学校へ向かう。<br />
少し大きめの通りを通学路に使うから、朝から車の行き来が激しい道。<br />
実は、入学してからこの2ヶ月、一度もこの騒音が気になったコトはない。<br />
自覚はしている、原因もわかっている。<br />
それは、私はもう独りで登校していないから。<br />
中学時代のように、誰との会話もなく学校に行くというコトが、高校に入ってからなくなった。<br />
桜田君が水銀燈たちと一緒に登校するようになってからも、私は少しも寂しくない。<br />
やさしいから、その学校に行くまでの時間に、私の場所も作ってくれているから。<br />
私は部活に入ったから、毎朝いっしょにってワケにはいかないけれど、それでも空けておいてくれる。<br />
中学のなごりでまた学級委員になってしまったけれど、今はそれも苦ではない。<br />
朝が楽しいから、学校での時間も楽しい。<br />
今の時間が充実していると思えるようになれたのは、桜田君のおかげなんだよ?<br /><br /><br />
「あ、桜田君、おはよう」<br /><br />
「柏葉。あァ、おはよう」<br /><br /><br />
私は今日も学校へ行く。<br />
今日は木曜日、普段なら週の半分を過ぎたころの、まだ憂鬱な気分になる初夏の朝。<br />
いつも一緒にいる彼女たちがいない、私と桜田君だけがいる通学メンバー。<br />
少し嬉しさが増えるのを感じて、私たちは歩いていく。<br />
今日もきっと楽しい一日。<br />
肩に背負う竹刀がいつもより軽くなるのを感じて、今だに新しく感じる高校の正門をくぐり抜ける。<br />
あの時の会話を思い出しながら。<br /><br /><br /><br />
◇<br /><br /><br /><br />
「まァ、これだけはどうしても言いたかったんだ」<br /><br /><br />
そう言ってから、少しの間だけ時間が過ぎる。<br />
桜田君は少し照れたのか、頬を薄く染めて、指で掻いた。<br />
そんな表情を初めて見て、カワイイな、なんて考えが頭をよぎる。<br />
50メートルくらい歩いたころ、桜田君はようやく口を開いた。<br />
私にとって、一生の宝ものになるだろう、そんな言葉を。<br /><br /><br />
「柏葉がいてくれなかったら───」<br /><br /><br /><br />
◇ <br /><br /><br /><br /><br />
「おーい、何してんだ? ああ、おはようベジータ。いてて、なんだよ急に」<br /><br /><br />
あの時の会話を思い出しながら、高校でできた友達と遊んでいる桜田君を見る。<br />
よくわからない感覚に満たされながら、私は小走りであの二人の元へ向かった。<br />
今日も暑い、週の半ばの木曜の朝。<br />
高校生活が始まって2ヶ月、まだまだ時間はある。<br />
いつか来る卒業までに、少しでも多く思い出を作ろう。<br />
ずぅっと先にいる私が、今の私を見て笑えるように。<br />
これからも、きっといろいろあるだろう。<br />
嬉しいコトも悲しいコトも。<br />
それですら、私は楽しんでいきたい。<br />
今を大切にしていこう。<br />
昔の私に桜田君が重ねてくれた、「今」を作り上げたこの二つ巴を、未来の私へ渡すために。<br /><br /><br /><br /><br />
【短編、】【巴、重ねて】</p>