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「土曜日、見舞いに行く」(2009/12/20 (日) 20:11:02) の最新版変更点
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<p>◆<br /><br />
つん、とした病院特有の薬のにおいが鼻をついて、思わず顔をしかめる。<br /><br />
私は病院が嫌いだ。<br />
やたらと薄ぼんやりした廊下の照明も、とってつけられたようにクリーム色に塗られた壁も。<br />
……何より、ここには生気というものが感じられないから。<br /><br />
「ねえ、水銀燈」<br /><br />
「……なに?」<br /><br />
それは、きっと目の前の彼女も同じだろう。<br />
生まれてからずっと、こんな陰気な鳥かごのような世界で育ってきた彼女も。<br /><br />
「今日の明け方ね、お隣の部屋の人が死んじゃったんだ。<br />
不思議なものよね。先週までピンピンしてたのよ?」<br /><br />
点滴の針を刺した腕をそっと撫でながら、彼女は言う。<br />
まるで、明日の天気の話をするように、何でもない口調で。<br /><br />
「……そお」<br /><br />
それ以上何を言えばいいかわからなかったし、何か言う必要もないと思った。<br />
窓の外には、憎たらしいほどの青空が広がっている。 <br /><br />
「あっけないものよね。人の最期なんて」<br /><br />
くすり、と彼女は笑みをこぼす。<br />
その笑いは、その亡くなった人に対してではなく、彼女自身に向けられた嘲笑。<br />
それくらい、わかってる。<br />
わかっていても、何も返さない私もずいぶんズルいのかもしれない。<br /><br />
来週か、再来週か、それとも……今日か。<br />
次の発作が起きた時。それが彼女とのお別れの日。<br /><br />
「……水銀燈」<br /><br />
「ん?」<br /><br /><br /><br />
窓の外に向けていた視線を彼女へと戻す。<br />
彼女は、そのきれいな瞳で私を見つめていた。<br />
初めて会った時より、ずっとずっと痩せ細った顔を、わずかにゆがめて。<br /><br />
「私が、さ……」<br /><br />
胸の中で警鐘が鳴る。<br />
いやだ。聞きたくない。イヤダ。<br /><br />
「私が……私が死ん「悪いけど、今日はもう帰るわ」<br /><br />
――臆病者。<br />
私の中で誰かがそう言った気がした。<br />
ガタリ、わざと大きな音を立てて椅子から立ち上がる。<br /><br />
病室のドアに手をかけた時、後ろから声がした。<br />
ひどく寂しげな声。<br /><br />
「さようなら、水銀燈」<br /><br />
いつもみたいに、笑って「またね」などと彼女は言わない。<br /><br />
そう……いつもと違う、別れのあいさつ。<br /><br />
……でも、それが何だというの?<br />
言葉の裏に隠された意味?<br />
そんなもの、ただの深読みのしすぎだ。ただの。<br /><br />
だから、ドアを開け、そのまま振り返らないで一言だけ言った。<br /><br />
「……また、来るわ」<br /><br />
――臆病者。<br />
私の中で、再び誰かがそう言った気がした。<br />
うるさいわね。心の中で舌打ちをして、私は乱暴にドアを閉める。<br /><br />
わかっているのだ、わざわざ言われなくても。<br />
続いていく全ての事には、いつしか終わりが来ることなど。<br />
永遠、だなんてつまらない言葉が、世界のどこにも当てはまらないことなど。<br /><br />
彼女は……めぐは……こんな私を許してくれるだろうか。<br /><br />
家に帰ると、私はすぐにベッドにもぐりこんだ。<br />
妹たちが何か騒いでいたが、知ったことではない。<br /><br />
心の奥が重くよじれる感覚。<br />
体の力が全て背中から抜けていくようで、けだるくてたまらない。<br /><br />
カーテンを閉め、電気もつけず、目を閉じて暗闇の中に横たわる。<br />
今夜は風が強いようだ。<br />
遠くで森の木々がざわめく音が、かすかに耳に入る。<br /><br />
(明日の朝にはやむのかしら……)<br /><br /><br />
ねむりにつこうとすると、脳裏をかすめる思い出。<br />
偶然に出会い、打ち解け、くだらないことで笑い……<br /><br />
……そしてもうすぐ来る、別れという逃れられない未来。<br /><br />
――ねえ、めぐ。<br />
きっと貴女に伝えれることは、私にはもうないけど……。<br />
あと少しだけ話ができるなら、そのとき私は、何を、何を話すのでしょうね。<br /><br /><br />
<了></p>