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第三話『真紅』」(2009/11/27 (金) 02:08:03) の最新版変更点

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<p>        肉体とは魂の器に過ぎない。<br />      魂という暴君の傀儡(くぐつ)でしかない。<br />     しかし、肉体は永遠の存在を許されてはいない。<br /> 日々、塵に帰さぬために他の肉を喰らい続けねばならないのだ。<br />    それゆえ、魂は他人を欺き、貶め、殺すのである。<br />                       S.ラプラス<br /><br /><br />           "The Unknown"<br />           第三話『真紅』<br /><br /><br />  ローザリアを北東から南西へと流れる、国一番の大河『クラヴィエール河』。その幅はゆうに十数キロはあり、隣国とこの国を大きく分かつ。<br />  国教会の聖書では数万年前、神々から力を与えられた『原初の女』はこの河を越えてローザリア地域へとやってきたとされている。<br /> そこで彼女はこの大地の化身『原初の男』と子をなし、それが代を経たのが現在この地の支配階級『ロザリウム民族』である。<br /> 過去のロザリウム民族は原初の女の力を引き継いで様々な『術』を用いたとされるが、その力は時代を追うごとに失われ、今ではそのようなものは御伽噺の中に見出せるのみとなった。 <br /><br />  そして現在、真紅が見つめる先。─国の南西部、川としては上流の方に位置する場所。その流れの中に浮かぶ島を丸々覆うような形で『魔の森』はあった。<br /> かつて『原初の女』の力を狙って川向こうの国からこの地に侵入してきた「魔女」が彼女によって封じられた場所だとされている。<br /> 古代都市があったと言われているが、魔女の強大な力を封じる際に、止むをえぬ犠牲となった、という話だ。<br /><br /> 「どう? 地上からアクセスできそう?」<br /><br />  遠くから歩いてくるジュンに、真紅は問いかける。彼は首を横に振ることでそれに答えた。<br /><br /> 「数年前には一応橋が架かっていた、って話だけどな。結菱侯爵…いや、その姪のめぐ長官が私有した際に、天変地異が起こって落とされちまったそうだ」<br /> 「…じゃああの中州は、今はめぐ長官の土地? …よく国教会が許したわね」<br /><br />  確かに「『原初の女』が魔女を封じた土地」というのは国教会にとっては信者の信仰心を煽るうえで重要なファクターだろう。それを国務長官とはいえ、<br /> 一介の個人が所有している、というのは容易には首肯し難い話だ。<br /><br /> 「さぁな、ここ数年の貢献具合に、教会側も黙らざるを得なかったんだろ」<br /> 「…めぐ長官、彼女と水銀燈の間に、何の関係が?」<br /><br />  柿崎─いや、今は『結菱』めぐ国務長官。十数年前の隣国との戦争において、その卓越した戦略手腕で多大な戦果を挙げた柿崎二葉大将の実子。<br />  彼女は生まれながらにして『神童』と呼ばていた。そこに注目した大将が死の間際にこの国の持てる最高の教育を彼女に施すことを戦果に対する褒章として求め、<br /> 数年後、彼女はその成果として情報処理能力を開花させ、次々に革新的な決断をもたらし、国に多大な恩恵を与えた。<br />  そのため彼女は四年前、わずか十八歳にして国務長官に任命され、大きな権限を保有すると共に、『未来を見通している』としか考えられないような様々な政策を行ってきた。<br /> そして付けられた二つ名が『未来を観る国務長官』。  <br /><br />  ただ、彼女には常に不可思議な噂が付きまとっているのも事実。父の死と共に叔父である結菱一葉侯爵に引き取られた彼女は、不治の病により二十歳しか持たない<br /> と見られていたらしい。しかし、国務長官に任命される三年前に奇跡の回復を見せたのである。そしてそれは、彼女がその情報処理能力を発揮しはじめた時期と一致する。<br />  真紅は彼女が国へもたらした『恩恵』を能力に見合った正当な『結果』であると認識しているようだが、裏ではこのようにも囁かれている。<br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /> ─結菱めぐは、力と命を『原初の女』より授けられた─ と。<br /><br /><br /><br /><br /><br /><br />  確かに、その噂が本当であるなら先の国教会の対応も分かるというものだ。<br /><br /> 「…誘拐された『雛苺様』に、水銀燈が逃げ込んだ『めぐ長官』私有の森。…どういうことだろうな?」<br /> 「…一つ分かるのは、ここでうだうだ考えていても水銀燈は捕らえられないし、雛苺様は助けられない、ということよ。船での潜入は可能?」<br /> 「いや、中州に近づけば近づくほど流れが急になってる。流されておしまい、さ」<br /> 「そう」<br /><br />  そう言うと、真紅は川縁にある小さな煉瓦作りの建物の扉を開ける。その先には梯子があり、地下道に通じているようだ。<br />  真紅は迷うことなく梯子に手をかけ、下へと降りようとする。梯子の軋む音が、まるで地下道が彼女を飲み込もうとしているかのようだった。<br /><br /> 「お、おい。一人で行くのか?」<br /> 「森に入るためにはこの地下道を通るしかないわ。閉所での戦闘…足手まといのせいで命を落としたくないもの」<br /> 「お、お前…っ!」<br /><br />  ジュンは真紅に殴りかかる素振りを見せたが、彼女はそんなことお構いなしに梯子を降りていってしまう。<br />  彼の拳は怒りをぶつける対象を失い、力なく降ろされるしかなかった。<br /><br /> 「…ちっ。なんだよ、ちょっとぐらい腕が立つからって…」<br /><br />  一旦報告に戻ろう、と考えジュンは来た道を戻り始める。しかし川辺の坂を上がろうと、上を向いた彼が見たものは…<br /><br /> 「……!? な、なんで…お前が………?」<br /><br />  先ほど、真紅が追っていったはずの人物。─水銀燈だった。<br /><br /> 「…あら、可愛い顔してるじゃなぁい。ちょっとお姉さんと『いいこと』し・ま・しょ?」<br /><br />  真紅の報告によれば、魔物を使役しているという女。そして、矢に貫かれても死なない女。そして彼の目の前で、妖艶な、抗いがたい魔性の笑みを浮かべる女。<br />  ジュンは自分でも自覚せぬうちに、ある言葉を呟いていた。<br /><br /> 「ま…『魔女』…」<br /><br /><br /> ─────────────────<br /><br /> ────────────────<br /><br /> ──────────────<br /><br /><br /> 「昨日の教会といい、なぜ私は陰気な場所に縁があるのかしらね」<br /><br />  梯子を降りると、湿気の臭いが鼻を突く。地下道はかなりの昔に作られたようで、水滴が滴って水溜りができているのが散見できた。<br />  幸い、明かりなどの設備はまだ現役のようで、弱弱しくも、真紅の進むべき道を照らしてくれていた。<br />  真紅はまず、壁に耳をつけて反響音から近くの様子を探る。<br /><br /> 「………しばらくは敵に会わずに済みそうね…進みましょう」<br /><br />  その時、真紅の背後を、何かが『舞った』。<br /><br /> 「…? 何…上から…?」<br /><br />  見上げた真紅が見たものは…<br /><br /> 「…成る程。確かに、貴方達が好みそうな場所ね」<br /><br />  天井を覆いつくさんばかりに密集した、コウモリの群れ。<br /><br /> 「悪いけど…邪魔をしないでくれるかしら?」<br /><br />  そうは言いつつも真紅は、剣を抜いた。<br /><br /><br /> ─────────────────<br /><br /> ────────────────<br /><br /> ────────────── <br /><br /><br /> 「そろそろ治安維持騎士団…議会の番犬がやってくるはずです。彼女の足止めをお願いできますね? …目に余るようなら、殺してしまってもかまいません」<br /> 「「「「「はっ! かしこまりました、雪華綺晶団長!!」」」」<br /> 「聖十字騎士団長、雪華綺晶の御名において、貴方達に『原初の女』のご加護がありますよう…」<br /><br />  兵士達は女に向かって敬礼する。その姿は手の上げ下げ一つとっても、統率の取れた美しいものだった。<br />  彼らは信仰心をその身に纏い、滾らせ、はるか後方を迫り来る議会の番犬─真紅と呼ばれる女騎士を討ち取るため、駆けていく。<br />  その姿が見えなくなった途端、彼らの敬愛する、白き鎧を身につけ、白薔薇の眼帯で右目を隠した女団長は高らかに笑い声をあげた。<br /><br /><br /><br /><br /> 「ほんっと『魔』に慣れていない『おばかさん』達は扱いやすいわぁ。 あははははは!」<br /><br /><br /><br /><br />  その声は、彼らの耳には、届きはしない─── <br /><br /> ─────────────────<br /><br /> ────────────────<br /><br /> ──────────────<br /><br /> 「これで当分コウモリを見ないで済みそうね」<br /><br />  真紅は落ちていた木の棒や布などを使い、即席の松明を作っていた。どうやらこの地下道は緊急時の避難路の役目も果たしていたらしく、<br /> 油などの燃料・材料に事欠かなかったのだ。恐らく、理由は分からないがめぐ長官あたりが何度かこの通路を通って島へと渡っていたのだろう。<br /><br /> 「まぁ、あんな場所を私有するくらいだから、考えられないことではない…か」<br /><br />  ため息をつき、歩を進める真紅。しばらく進んだところで、その足が突然止まった。<br /><br /> 「……誰か、来る」<br /><br />  遠くから、かすかに聞こえる金属同士の摩擦音。<br />  真紅にとっては聞きなれた─鎧を身につけた者の、走る音。<br />  用心でもしているのだろうか、それはややゆっくりとした速度で、しかし着実に真紅の方へと近づいてくる。<br /><br /> 「一…二……四人、か。…仕方ないわね」<br /><br />  真紅は剣を構え、壁沿いに、出来るだけ身を隠しながら進行する。しばらく行くと、その先には彼女の行く手を阻むように、重厚な扉が存在していた。<br /><br /> 「丁度いいわ」<br /><br />  多勢に対する一つの対応策、待ち伏せ。真紅は扉のすぐ横の木箱に隠れ、機会を待った。<br /><br />  ガタン、と扉が勢いよく開け放たれ、一人目が姿を見せた瞬間、真紅はその人物の目の前を通り過ぎるように跳び、その喉元を切り裂いた。<br /><br /> 「が、ぁっ!?」<br /><br />  その男は少し苦しそうにもがいた後、その場に倒れこむ。しかし、もう身を隠す場所も、そんな時間もない。たった一人で、三人を相手にするのは、普通の人間には不可能だろう。<br /><br /> 「まず、一人…」<br /><br />  しかし、真紅は動じない。議会直属の重犯罪者処理班『リスクブレイカー(危険請負人)』である彼女にとって、この程度の状況は、危機、と呼ぶのにすら値しないものだった。<br />  冷静に距離をとり、相手の陣形、獲物などの情報を窺い、分析する。<br /><br /> ─それぞれ剣と槍を持った前衛二人、ボウガンを持った後衛一人…ボウガンは厄介ね─<br /><br /> 「き、貴様ぁっ! よくもマイクを…許さんぞっ……!」<br /><br />  剣を持った騎士が吼える。その刹那、彼のすぐ耳元を『何か』が飛んでいった。<br /><br /> 「くぅっ…!?」<br /><br />  それに気づいたときには、すでに後方でうめき声が漏れていた。二人の前衛が振り返ったとき、見たものは─<br />  喉元にナイフを突き立てられた、後衛の騎士。真紅は一瞬のうちに、隠し持ったナイフを悪魔のような精度で投擲。…見事、二人目を仕留めたのだ。<br />  そして、あまりの突然に振り返らざるを得なかった二人の騎士。彼らの位置は、彼女を相手にするにはあまりにも…まずかった。<br /><br />  彼らは後衛の騎士を守るように、横に並んで真紅と後衛の対角線上に位置していた。つまり『やろうと思えば二人同時に攻撃できる距離』しか離れていなかった。<br />  悪魔のような戦闘技能を持った彼女が、その『欠点』を見逃すなどということは、ありえなかったのだ。<br /><br /> 「馬鹿ね。喋ってる暇があったら、相手を打ち倒すために動きなさい」<br /><br />  真紅がそう呟いたとき、すでに戦闘は終わっていた。<br />  キマイラ戦で見せたような瞬発力で、彼女はすぐさま二人に接近。まだ隠し持っていたナイフを両手に持ち、二人の喉を同時に、寸分の狂いもなく、裂いた。<br />  あまりの速さに、二人の騎士は断末魔すら発することを許されず。ただ、事切れると同時に、その場に力なく倒れた。<br />  扉が開いてから、わずか一分足らずの出来事だった。<br /><br /> 「この鎧…聖十字騎士団か。『信仰』にかまけて鍛錬を怠るから、こうなるのよ」<br /><br />  そう呟いて手に持ったナイフと、後衛の喉下に突き刺さったナイフ、それら三本の血を拭って懐へと収め、真紅は四人の遺体には目もくれず、足早にその場を立ち去った。<br />  後に残されたのは、不気味な静寂だけ。<br /><br /> 「……『リスクブレイカー』……これほどまでの…」<br /><br />  しかし、その場には確かに『いた』。なぜ騎士団に、真紅に見つからなかったのかはわからないが─<br />  真紅の通っていった扉を、あの時水銀燈の傍に居た女性─柏葉巴がじっと、見つめていた。</p>

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