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<p align="left"> <br />  <br />   2-5<br />  <br />  <br /> 「なあ、おい……」<br />  <br /> 不気味な廃坑には似合いの低く曇った声が、前を歩く人影へと、吸い込まれる。<br /> 呼ばれた人物――マブダチは歩を止めるや、首だけを、ぐりんと真後ろに向けた。<br />  <br /> 「どうかしましたかぁ~、ジュンくん?」<br />  <br /> ガチで180度、回っている。ジュンは迸りかけた声を、咄嗟に手で喉の奥に押し込んだ。<br /> 実際、マブダチの纏う黒いローブが闇に融けて、生首が宙に浮いているかに見える。<br />  <br /> が、コミカルな黄色い電気ネズミの顔では、おどろおどろしさも半減どころか四半減。<br /> 恐怖をカケラも感じないばかりか、失笑を禁じ得ないレベルの痴態だった。<br /> ヒクヒクする鼻を咳払いで落ち着かせ、ジュンは言いかけていたセリフを継いだ。<br />  <br /> 「本当のところ、おまえの名前は、なんて言うんだよ」<br /> 「え~? だから、マブダチですってば。教えたばかりじゃないですか~」<br /> 「あからさまに胡散臭いから、訊いてるんだってば!」<br />  <br /> 頭ごなしに偽名と断ずるのは、乱暴に過ぎるかも知れない。親しき仲にも礼儀あり、だ。<br /> しかし、相手は胡乱な男。素顔を隠す理由が、『人見知り』というのも解せない。<br /> いかにも人畜無害な仮面の裏で、卑賤な嘲り笑いを浮かべているとしたら……<br /> そんな根拠のない想像が、ジュンの胸に生まれた疑心を肥え太らせてゆく。<br />  <br /> 「おまえが盗賊の一味じゃないって保証が、どこにあるんだよ。<br />  いまだって本当は、仲間が戻るまでの時間を稼いでるのかも知れないし」<br /> 「僕が盗賊の仲間? はは……これはまた、なかなか疑り深いなぁ~、君は」<br /> 「生憎とね、そこまでお人好しじゃあないんだ」<br />  <br /> それに――と、ジュンは意識だけを、背後にいる3人の乙女に向けた。<br /> 正直、他人を気遣うなんて面倒だったが、彼女たちの身の安全には配慮しないと。<br />  <br /> 「まあ確かに、ジュンくんの意見は至極もっともですね~」<br /> 「納得してもらえたようね。なら、正体を明かしてもらおうじゃないの」<br />  <br /> 彼らのやりとりを聞いていたのだろう。みつが徐に進み出て、得物をマブダチの喉元に突きつけた。<br /> ジュンでは押しが弱いとの判断に違いない。こういうとき、みつは意外な貫禄を見せる。<br />  <br /> 仮面の男は、慌てた様子で、ローブの下から両の掌を露わにした。<br /> いかにもな無抵抗のパフォーマンス。素振りだけでも恭順しておこうとの魂胆か。<br />  <br /> 「まぁまぁ、待ってください。暴力反対ですよ~。平和的に解決しましょう。<br />  僕たちは解り合えます。なんてったって、同じ境遇に置かれてるんですから~」<br />  <br /> だが、そんな妄言を弄して相互の信頼が深まるならば、これほど楽なことはない。<br /> 人間は進化の過程において、哀しいかな、叡智ばかりか欺瞞と猜疑までも培ってしまった。<br /> おそらく、両者の間にある多くのマイナス因子をどれほど除こうとも、完全な相互理解には至るまい。<br />  <br /> 「本気で言ってるのなら、廃坑を出るまでの短い付き合いでも、隠し事はするなよな」<br />  <br /> 疑念を拭えぬまま、それでもジュンが仲間として忠告すると、「では、こうしませんか?」<br /> いままでのバカっぽい口振りと打って変わって、マブダチは歯切れよく言った。<br />  <br /> 「無事に廃坑を出られたら、僕の身分を明かす――というのは」<br /> 「あのなあ……それだと、身の潔白を証明したことには、ならないだろ」<br /> 「とは言え、僕もまた、ホイホイと立場をさらけ出せない身の上なのですよ」<br />  <br /> やたらと饒舌だが、そこまで勿体つけるほどの肩書きとは、なんなのか。<br /> もしや、CIAやMI5みたいな諜報機関のエージェントで、潜入捜査を?<br /> ジュンはしかし、そんなアクション映画じみた仮想を、一笑に付した。<br /> マジ有り得ない。国家機関のスパイが、縁日で買える安い仮面で変装だなんて――<br />  <br />  <br /> 「なので、ここを出るまで勘弁してください。ほら、諺に『壁にメアリー』と言うでしょ」<br /> 「それを言うなら『目あり』だろ、このボケ! 壁に埋められた人柱じゃあるまいし!」<br /> 「いやー、ジュンジュン。そこは『耳あり』でしょー」<br /> 「うっ……。も、もういいよ、アホらし。さっさと用事を済ませて帰ろうぜ」<br />  <br /> 埒の開かない口論に疲れて、ジュンはやむなく妥協した。<br /> マブダチが、なにを企んでいようと、それが実行される前に問題を解決してしまえばいい。<br /> それに正直、煩雑な一切をかなぐり捨てて、惰眠を貪りたくなってもいた。<br />  <br /> ジュンが顎をしゃくる。マブダチは頷いて、背中を丸めて歩き出した。<br /> 松明を手に、ジュンも続く。素性の知れない男の背中を、油断なく睨めつけながら。<br /> そこに、電気ネズミのメイメイを抱っこした吟遊詩人の娘が、早足で並んだ。<br />  <br /> 「ねえ。いま、ちょっと思いついたんだけど――」<br /> めぐは、ただでさえ聞き取りにくい囁き声を、なお一段、潜めて言う。<br /> 「あの人って、ひょっとしたら富豪の息子とかじゃないのかしら」<br />  <br /> マブダチの話では『誘拐されて閉じこめられていた』らしい。<br /> それが虚偽でなければ、そうするだけの益が、盗賊団にはあった理屈になる。<br /> 莫大な身代金か……あるいは、匹夫の強欲を満たし得るナニかが。<br />  <br /> 「でもよ、柿崎。それだったら別に、仮面を被る意味ないと思うんだけど」<br /> 「他の盗賊団が、獲物を横取りにきたのかもと警戒してるんじゃない?」<br /> 「そうなのかな? でも、まあ、幽閉されてたんだし、いろいろ疑心暗鬼にもなるか」<br />  <br /> 彼らの会話に聞き耳を立てていた赤貧サモナーの瞳が、暗がりの中で光を放つ。<br /> 「てコトはっ……もしかしたら『人質救出で褒賞金ガッポガポ』フラグ立ったかもー」<br />  <br /> そんな彼女に、巴からクールな見解が贈られた。「捕らぬ狸の皮算用。期待するだけ無駄よ」<br />  <br />  <br />   ~  ~  ~  <br />  <br /> すっかり闇に慣れた眼が、前方に仄かな明かりを捉えて、少年をドキリとさせた。<br /> 想像して、覚悟はしていたものの、実際に見ると胸の奥がキュッと痛くなる。<br /> 敵が近いぞ。後続の乙女たちに告げようとしたが、ヒリつく喉の渇きが、それをさせない。<br /> しかし、彼女たちにも炎の揺らめきは見えている。一行の歩調は、自ずと重くなった。<br />  <br /> 先頭を行っていたマブダチが、少し距離を隔てた彼らを振り返って、手招きする。<br />  <br /> 「心配ないですよ~。この時間なら、みんな出払ってるはずですから~」<br /> 「……なんで、そう言い切れるんだよ」<br /> 「僕も、ボケ~っと捕まってたワケではないのでね」<br />  <br /> 盗賊の行動パターンは、おおよその調べがついていると、マブダチは言う。<br /> あまりに自信満々な口振りは、ジュンたちに異論を唱えるべきか迷わせた。<br />  <br /> それでも、用心に越したことはない。忍び足で近づいてゆくと――<br /> 彼らは狭い坑道から、天井の高いドーム状の大広間に投げ出された。<br /> 鍾乳洞のような、自然にできた空間ではない。掘削により作られた世界だ。<br /> 幾つもの篝火が、深淵の世界を頼りない炎の瞬きで満たしていた。<br />  <br /> マブダチの言ったとおり、明かりが届く範囲に、不審者の影はない。<br /> 彼らが辿ってきた坑道とは別に、横穴が三本、パッと見で確認できた。<br /> そのいずれかが、外気の流入口らしい。ジュンは薄く汗ばんだ頬に、そよ風を感じた。<br />  <br /> 「つい数時間前まで……誰か居たらしいな。微かに、気配が残ってる」<br /> 「ここで寝食してるんだね。全員、かなりの偏食みたい。ほら、見て……」<br />  <br /> 巴が指差す先に散らばっているのは、動物の骨や皮、乾涸らびた肉片らしきものが……。<br /> 極めて不潔な環境だ。饐えたような人いきれに、乙女たちが揃って眉を顰める。<br /> ジュンも、この得も言われぬ臭気に、肺腑を腐蝕されている気分だった。<br />  <br /> 「それで、わたしのキーボードは、どこ?」<br /> 長居したくない意志を声音に滲ませて、吟遊詩人の娘が、気忙しげに問う。<br />  <br /> マブダチは「この辺りですよ」と、削りっぱなしの壁面に取りつき、丹念に探り始めた。<br /> すると、どうだ。数秒の後に、岩肌に電子レンジ大の空洞が開けたではないか。<br /> これには、ジュンを始め、みんなが時ならぬ歓声をあげた。<br />  <br /> 「なんだこれ、すごいな! 光学迷彩ってヤツか?」<br /> 「いやいや、ジュンくん。そんな大層な仕掛け、この廃坑にはないよ」<br />  <br /> マブダチが笑いを押し殺しながら、タネ明かしをする。<br /> 彼が腕を上下すると、空洞も現れたり消えたりを繰り返した。<br /> なんのことはない。緻密に描かれた岩肌の壁紙で、穴を覆い隠していただけだ。<br /> しかし、原始的なトリックながら、この暗さだと存外、判らないものである。<br />  <br /> 「なるほどねー、盗品を隠す簡易金庫ってワケか。そこに、めぐめぐの楽器が?」<br /> 「ええ。ジュンくん、取り出してくれませんか。僕が壁紙を抑えてますから」<br /> 「解った。任しとけ」<br />  <br /> ジュンは空洞に歩み寄って、中を覗き込んだ。なかなか奥行きがある穴だ。<br /> そこに、金属光沢を放つ直方体が安置されていた。想像していたよりも大きい。<br /> 「これって、シンセサイザキーボードじゃないか。重そうだし、引っぱり出せるかな……」<br />  <br /> 通常では無理そうだと判断したジュンは、空洞に半身を突っ込み、両腕を伸ばした。<br /> ――に、しても。マブダチはいつ、この仕掛けを見て、はずし方まで知ったのだろう?<br /> 両手で楽器を掴みながら、またぞろ疑念を膨らませた直後、ジュンは身体の異変を感じた。<br />  <br />  <br />   ぺろ~ん。<br />  <br /> そんな擬音が聞こえてきそうな、いやらしい手つきで撫でられた。…………尻を。<br /> 驚いたジュンは、頭をぶつけながらも空洞を抜け出るや、マブダチの襟首を捩じ上げた。<br />  <br /> 「おまえなあ! ふざけてる場合じゃないだろ!」<br />  <br /> しかし、マブダチは狼狽えも謝りもしない。ばかりか、不気味に含み笑って――<br /> 「実にセクシーなヒップをしているね、ジュンくん」<br />  <br /> ジュンの耳元で、ねっとりと囁いた。「ずっと、君を待ってたんだよ」とも。<br /> なに言ってるんだ、こいつ? ジュンは訝しげに、仮面の男を睨む。<br /> マブダチも、少年を見つめ返して、またも気色悪い笑みを漏らした。<br />  <br /> 「ぜひとも僕に、ジュンくんの『イチモツ』を譲ってくれたまえ」<br /> 「……はぁ? な、なんだよ、それ……。暴れん坊天狗のコトか?」<br />   <br /> でも、とジュンは口ごもった。喜んで贈呈したいが、自分の意志では取りはずせない。<br /> その沈黙を渋ったと見たのか、マブダチは打てば響く勢いで答えた。言葉と実力行使、その両方によって。<br />  <br /> 「拒んだって、奪うまでさ! ジュンくんの物は僕の物。僕の物も、僕の物!」<br /> 「おわあぁ?! どこ触っ、やめ……あ、おぅぉっ?!」<br />  <br /> もの凄い膂力で抱きつかれるや、ジュンは臀部を鷲掴みにされていた。<br /> マブダチの中指と人差し指が、割れ目の奥へと食い込んでくる気配に、少年は悟る。<br /> こいつ、ガチホモだ! ホモダチだ! この世界の盗賊は、揃いも揃ってホモなのか?!<br />  <br /> 「むふふ……ありがたく奪わせてもらうよ、ジュンくんのシリコダマ」<br />  <br /> 混乱しきったジュンの脳裏に、傲岸不遜な盗賊団団長の影がチラつく。<br /> だが、声が違う。体格もだ。ベジータほど筋肉質ではない。ならば、こいつは誰なんだ?<br /> そんな冷静な分析をする一方で、この状況から脱しなければと、理性が訴えている。<br />  <br /> 逃れるべく両腕を突っ張ろうとして、ジュンは膝の震えを覚え、驚愕した。<br /> ばかりか、全身のチカラが腰の辺りから、際限なく吸い出されていくようだ。<br /> 恐るべきテクニシャン。マブダチの指技が、少年を翻弄する。「あひ……ぎも……ぢ……ぃ」<br />  <br /> ――が。<br /> 「はーい、そこまでよ。続きは、わたしのキーボード取り戻してからね」<br />  <br /> 既のところで、時速150キロで飛来した白磁の花瓶が、マブダチの頬を直撃。ジュンを魔手から救った。<br /> 花瓶の軌跡を辿れば、めぐの聖女のような微笑に当たった。しかし、眼は笑っていない。<br /> 気まずさに眼を逸らすと、今度は、へらへらと赤面している巴とみつが、視界に飛び込んできた。<br /> ふたりの鼻の下に、チラと紅い雫らしきモノが見えたのは、たぶん気のせい。<br />  <br /> 支えを失ったジュンは、痺れた思考のまま、その場に腰から崩れ落ちた。<br /> その折れた膝の横で、少年に笑いかけているのは、コミカルな電気ネズミの仮面。<br /> これって、マブダチの……。緩慢な仕種で頭上を仰いだ少年は、次の瞬間、喉を鳴らしていた。<br /> 朦朧とする意識を覚ますには過剰とも言える衝撃が、そこにあったからだ。<br />  <br /> 「おまえは! 姉ちゃんをつけ回してた、山本ってストーカーじゃないか!」<br /> 「ストーカーとは酷いな。義兄になるかも知れない、この僕に向かって」<br /> 「なにが義兄だよ、盗人猛々しい! おまえが身内になるなんて、まっぴら御免だ」<br /> 「……そう蔑まないでくれよ。僕だって、好き好んで盗賊になったんじゃないんだ。<br />  敢えて言おう! 愛ゆえにっ! 僕はっ! 悪鬼羅刹の道に落ちたのだとっ!」<br />  <br /> ――どうしようもなかったのさ。<br /> 山本は、悪党なら誰しもが言いそうなセリフを並べて、苦しげに表情を歪めた。<br /> そして、ローブの端を鷲掴みにすると、「これが、僕を狂わしめた元凶だ」<br /> バサリと一気に脱ぎ捨てて、隠されていた痩身をジュンたちの眼前に晒した。<br />  <br /> ――沈黙。鼓膜に、キリキリと痛みを覚えるほどの、静寂。<br /> 時の流れさえ忘れそうな世界で、松明の爆ぜる不定期なノイズだけが刻まれる。<br /> まるで、サイレント映画のワンシーン。そのスクリーンを裂いたのは、少年の掠れ声だった。<br />  <br /> 「おい……それって」ジュンの瞳が、自分と同じ制服姿の山本を、穴が開くほど凝視する。<br /> 「呪いのパーマンじゃないか!」<br />  <br /> 禍々しい妖気を放つ、パッと見、忍者ハットリくんに似た奇妙奇天烈なモノ。<br /> それが、あろうことか、山本の身体に貼りついていた。より正確に言えば……股間に。<br />  <br /> 「ふふ……なんとも無様な姿だろう? そうさ、僕は呪われた男なんだ」<br /> 山本は肩を落とし、いましも血を吐きそうな声を絞りだす。「忘れもしない。あの日……」<br />  <br /> ――とまあ、山本の詳細にして哀切極まる語りを、三行で概略すると、以下のとおり。<br />  <br />  1)夢の世界でも出逢えた奇跡に感謝しつつ、想いを伝えるべく、桜田のりを追いかけていた。<br />  2)彼女だけを見つめていたので、足元に落ちているバナナの皮に気づかなかった。<br />  3)踏んで滑って、俯せに倒れたところに転がっていたのが――<br />  <br /> 「この、呪いのパーマンだったんだよ~ん! あははは! あははは!」<br />  <br /> もはや自棄っぱちの泣き笑い状態で髪を掻きむしる山本に、誰もが言葉を失っていた。<br /> 殊に、同じ境遇にあるジュンは、とても笑える気分ではない。<br /> 彼とて、股間の天狗をはずせないままなら、山本と大差ない運命を辿るかも知れないのだ。<br />  <br /> 「まるっきり『ド根性ガエル』パターンで、男としての人生終了かよ……御愁傷様」<br /> 「不慮の事故って怖いわねー。ま、不能だからってやさぐれずに、ゲイ能人デビューしたらどうよ」<br /> 「強く生きて。私には、それしか言えない。あ、もう一言だけ追加……たまにはホモもいいよね」<br /> 「……死んじゃえ」<br />  <br /> 楽器と相棒を強奪されて怒り心頭の、めぐはともかく。ジュンたちは概ね、同情的だった。<br /> しかも、ジュンにすれば実姉が事の顛末に絡んでいるのだから、穏やかではない。<br /> 自分の与り知らないこととは言え、なんとなく、詫びておきたい心境になった。<br />  <br /> 「なんか、ごめん。ウチの姉ちゃん、ときどきインテルの調子が悪くなるからさ。<br />  そのせいで、誰かの人生を狂わせていたなんて――」<br /> 「いや……いいんだ。もう済んだことさ。元々、のりさんを恨んでなんかないよ。<br />  それに、呪いのパーマンのはずし方も教わったからね。僕は生まれ変われるんだ」<br /> 「マジでっ?!」<br />  <br /> いきなりの爆弾発言。この山本の言葉は、ジュンにとっても福音だった。<br /> 呪いの仮面のはずし方とは、つまり、暴れん坊天狗のはずし方に他ならない。<br /> ジュンは勢い込んで詰め寄った。それに対して、山本の言うには……<br />  <br /> 「簡単だよ。同じ境遇にある者のシリコダマに、禁断の口づけをするのさ」<br />  <br /> それが本当なら、ジュンと山本はシリコダマを奪い合い、勝者のみが救われることになる。<br /> 生け贄の儀式めいた、とんでもなく野蛮で血腥い話だ。こんなに血腥くてインカ帝国!<br /> しかし、呪詛系となると、もっともらしく聞こえてしまうから、人の心理とは不思議なもので。<br />  <br /> ガセではないのか? その話のソースは? <br /> いきなり降って湧いた話を俄には信じられず、問い返すジュンに――<br />  <br /> 「そぉれは、わ・た・し☆」<br />  <br /> 若い女の声が、軽い調子で答えた。<br /> その場に居合わせた誰もが、一斉に声のした方へと振り向く。<br /> 注目を一身に浴びて、横穴のひとつから躍り出たのは、薄紫色のドレスを着た少女。<br />  <br /> 「ぴょんぴょん……っと。また逢ったね……スケベ人間」<br /> 「出たな、自称いたずらウサギ! て言うか、おまえが勝手に絡んでくるんだろ」<br /> 「……当然。言ったでしょ? 受けた恥辱は……きっと晴らしてやるって」<br /> 「逆恨みじゃないか、それ。根に持ちやがって!」<br />  <br /> ジュンはこめかみに親指を当てた。よりにもよって、厄介なヤツに粘着されたものだ。<br /> 呪いの仮面のはずし方とやらも、俄然、ウソ臭くなってきた。<br />  <br /> 「おやぁ~? 君たち、知り合いだったの?」<br />  <br /> 街道での一件を知らない山本が、ジュンと眼帯娘を交互に見つめる。<br /> すると眼帯娘は、にこ~、と彼に微笑みかけて、すたすたと歩み寄った。<br /> 完全に信用しているらしく、疑問も抱かず、気安く話しかける山本。「なんだい?」<br /> だが、次の瞬間――<br />  <br /> 「これは……ご褒美だぴょん!」<br />  <br /> 眼帯娘の右足が一閃。ロングブーツのハイヒールが呪いのパーマンを木っ端微塵に砕き、<br /> 山本の股間に突き刺さった。山本は声をあげる間さえなく、弁慶のように立ち往生した。<br /> なんという衝撃映像。あまりの惨たらしい仕打ちに、ジュンはモチロンのこと、<br /> 三人の乙女までもが思わず内股になって、アソコを手で覆い隠したほどだ。<br />  <br /> 「酷いことしやがる……」さては、呪いのパーマンも、こいつの仕業だったんじゃ――?<br /> ハニワのごとく直立する山本を一瞥して、ジュンは眼帯娘に、憤怒の視線を叩きつけた。<br />  <br /> 「おまえには、お仕置きが必要らしいな」<br />  <br /> こんな不幸の連鎖は、断ち切られねばならない。<br /> 山本のような犠牲者を、もう増やさないためにも。<br />  <br /> 勧善懲悪は、昔話にもよくあるモチーフだ。鉄板パターンに認定してもいいくらいの。<br /> しかも、その手の物語の結末は大概、改心した悪者が主人公にヒミツを教えてくれる。<br /> 『昨日の敵は今日の友』として、頼もしい仲間になってくれたりもする。<br /> つまり、観念した眼帯娘が、暴れん坊天狗を懇切丁寧にはずしてくれて――<br />  <br /> 「夜もご奉仕するぴょん……ってか。むふふふっ」<br /> 「桜田くん……不潔」<br /> 「ゲロが出そう」<br /> 「おーい、ジュンジューン。よだれ垂れてるわよ」<br /> 「……あ、いや、なんでもないよ。それより、みんな。僕にチカラを貸してくれ!」<br />  <br /> 乙女たちが浴びせる冷たい視線をモノともせず、ジュンが竹刀を構える。<br /> その無理矢理な勢いに苦笑しつつも、三人は気持ちを切り替え、バトルモードに入った。<br />  <br /> 「ま、おイタがすぎちゃった子には、お灸も必要よね」みつが、¥ロッドをバトンのように回す。<br /> 「災いの芽は、育つ前に摘み取っておかないと」釘バットを正眼に構える、巴。<br /> 「取り柄が歌だけだと思わないでね」めぐに至っては、メイメイを投げつける気らしい。<br /> 「――と、言うワケだ。覚悟しろよ、いたずらウサギめ!」<br />  <br /> 4人がかりで取り囲み、じりじりと網を狭めて、眼帯娘を壁際へと追い詰める。<br /> 完全な四面楚歌。袋叩きへのカウントダウン。それは刻一刻と、ゼロに近づいてゆく。<br /> だのに、眼帯娘は頬を引き攣らせるどころか、余裕綽々と薄ら笑っている。<br /> 恐怖のあまり気が触れたのではと、ジュンのほうが心配したほどだ。</p> <p align="left">けれど、眼帯娘は正気だった。そして、既に勝機を見出しているかのようだった。<br /> 「威勢がいいのは……口先だけ。あなたたちは所詮、烏合の衆……」<br />  <br /> 言ってくれる。この眼帯娘、自分が敗北するなど、微塵も思っていない。<br /> どんな裏ワザを隠しているかは知らないが、ならば、意地でも一泡吹かせてやるまでだ。<br /> ジュンは勇ましい雄叫びと共に、竹刀を振りかぶって突撃した――のだが。<br />  <br /> 「ちょっとは憂さばらしーできたし……今日のところは、見逃してやるぴょん」<br />  <br /> 突如として、地面からザクザクと紫水晶が突き出して、両者の間に障壁を形づくった。<br /> 別の角度から斬り込んだ乙女たちも、同様に虚を衝かれ、手を拱くだけで。<br /> アメジストの壁越しにアカンベーする眼帯娘を、黙って見逃す他なかった。<br />  <br /> 「だぁーっ! 相変わらず、逃げ足の早いヤツだな」<br /> 「まいったわねー。まさしく『脱兎のごとく』かぁ」<br /> 「……だな。まさか、柏葉ですら攻撃を当てられないだなんて」<br /> 「買いかぶりよ、それは」<br />  <br /> 素っ気ない口振りながら、巴の声には、口惜しさが滲んでいた。<br /> ここでケリを着けられなかった以上、あの眼帯娘は、必ず現れるだろう。<br /> しかも、今度はジュンに協力した彼女たちも、復讐の標的と見なしてくるはずだ。<br />  <br /> 「ねえ、桜田くん。あの娘、また仕掛けてくるよね」<br /> 「……うん。柏葉も気をつけろよ。あいつの悪戯、ますますエスカレートするぞ」<br /> 「く~る~、きっとくる~♪」<br /> 「ちょっとー。いきなり歌いださないでよ、めぐめぐ。調子狂うでしょー」<br /> 「え、と……微妙に空気が硬かったから、雰囲気を和らげようかと思って」<br /> 「気持ちだけで充分だってば。ささ、無駄口たたいてないで、早く用件を済ませちゃいましょ」<br /> 「だな。こんな辛気くさいところ、とっとと出たいよ」<br />  <br /> みつの意見に、ジュンも相槌を打った。<br /> 盗賊が戻ってくるのを、暢気に待っている必要などないのだから。<br />  <br />  <br />   ~  ~  ~<br />  <br /> ああ……空が薄明るい。坑道を出たときの、ジュンの第一声だ。<br /> 彼の後ろに続く乙女たちの表情も、坑内の闇が浸透したかと見紛うほど、暗い。<br /> 誰もが、憔悴しきって、足を引きずるように歩いていた。<br />  <br /> その主な理由は、個々の手荷物が増えたこと。<br /> 眼帯娘の置き土産である紫水晶を、旅費の足しにするべく採取してきたのだ。<br /> 勿怪の幸いと言えば、山本が息を吹き返して、労働力が増えたことぐらいだった。<br />  <br /> それから更に数時間をかけて下山し、すっかり夜が明けた現在、<br /> 柴崎元治の家に立ち寄った彼らは、老夫婦の気前のいいもてなしを受けた。<br /> 朝食を振る舞われたばかりか、旅を続ける上で貴重な情報も、多く提供してくれたのだ。<br />  <br /> 「ねえ、ジュンジュン」食後のお茶を啜っていたみつが、少年の横顔に注がれる。<br /> 「どうする気なのよ、彼」<br />  <br /> めぐと巴も、隣室に隔離されている山本の様子を、チラと窺った。<br /> 短期間とは言え、盗賊の仲間だったこともあり、ロープで手足の自由を奪ってある。<br /> しかし、話を訊くために、口までは塞いでいなかった。<br />  <br /> 「あの……頼みがあるんだけど」ジュンたちの視線を受けて、山本は口を開いた。<br /> 「僕を、警備隊に突きだしてくれないか。君たちが、盗賊の一味を捕らえたとして」<br />  <br /> いいのか、それで? ジュンの無言の問いに、山本は笑みを返して頷いた。<br />  <br /> 「いいんだ。盗賊の仲間になってたのは事実なんだし、その償いはしないとね。<br />  警備隊から感状と金一封でも出たなら、君たちの旅費の足しにしてくれ」<br /> 「だけど……盗賊って、問答無用で縛り首になったりしないのか?」<br />  <br /> 我ながら不穏当な発言だったと思い、ジュンは慌てて「よく知らないけど」と冗談めかした。<br /> ……が、やはり、幾ばくか生まれた気まずさは消しようがない。<br /> どれほど澄んだ水でも、泥を一握でも落とせば、それはもう泥水なのだ。濃淡の違いこそあれども。<br />  <br /> 「殺人までは犯してないし、いきなり極刑には、ならないと思うよ」<br /> 「そうは言うがな、柏葉。裁くのは、警備隊や被害に遭った民衆なんだしさ」<br /> 「大丈夫よ、きっと。当局への協力が認められれば、減刑も有り得るし」<br />  <br /> 巴の見立てどおり、山本の内部告発によって盗賊団を一網打尽にできれば、<br /> 今まで散々に翻弄されてきた警備隊の面目躍如となる。<br /> その功績から、ある程度の情状酌量は、得られるかも知れない。<br />  <br /> 「それでも、禁固刑は免れないよな、多分――」<br /> 「別に、ジュンくんが気に病むことはないさ。僕なりのケジメなんだからね。<br />  きちんと罪を償ってからでなければ、のりさんに合わせる顔がない」<br /> 「……律儀なんだな、あんた。あんな姉ちゃんを、そこまで想ってくれてるのかよ」<br />  <br /> なんとなく、ジュンは山本の一途さを応援したくなった。<br /> 坑道での一件も、眼帯娘に唆されての兇行だし……根っからの悪人ではないのだろう。<br /> それに、同じ境遇に落ちた者同士の、友情めいた奇妙な心理も働いていた。<br />  <br /> 「それなら、僕からも頼みがあるんだけど」<br /> 「うん?」<br /> 「もし、早くに出所できて、姉ちゃんに会ったときにはさ、こう伝えてくれないか。<br />  僕は、割と元気よく旅してた――って」<br /> 「……引き受けたよ。いつになるかは判らないけれど、きっと伝える」<br />  <br /> ジュンと山本は、もう一度しっかりと瞳を合わせて頷き合った。<br /> 山本が、ぐるぐる巻きのミノムシ状態でなかったら、握手だって交わしただろう。<br /> けれど、刑に服する覚悟はしていても、やはり不安は拭いきれないらしく……<br /> 矢庭に眉を曇らせた山本は、めぐのほうに顔を巡らせた。<br />  <br /> 「でも、万が一、極刑に処されてしまったならば――吟遊詩人さん。<br />  こんなこと頼めた義理じゃないけど、僕のために鎮魂歌を歌ってくれないかな」<br />  <br /> めぐのことだ。「死ね」とか、「ゲロが出そう」と切り返し、拒絶するのだろう。<br /> ――と思いきや。<br /> 「ん……まあ、仕方ないわね。そのときには、歌ってあげるわ」<br />  <br /> 意外な返事に、ジュンは「ふへぇ?」と、素っ頓狂に声を裏返してしまった。<br /> みつと巴も同じだったらしく、2人とも興味深げな眼差しを、めぐに向けている。<br /> それが気恥ずかしかったのだろう。めぐは唇を突きだし、そっぽを向いた。<br />  <br /> 「驚くほどのコトでもないでしょ。『死者を憎んで罪を憎まず』って言うし」<br />  <br /> おまえだけだよ、それは。<br /> ジュンは言いかけたが、余計な諍いのタネを蒔くこともないと、口を噤んだ。<br /> しかし、そんな少年の思惑を知ってか知らずか、巴が言ってのけた。</p> <p align="left">「柿崎さんだけよ、そんなこと言うの。ちょっとアタマおかしいと思う」<br /> 「あちゃー。なにマジレスしちゃってるの? こんな幼気な冗談が、なんで通じないかなぁ」<br />  <br /> にべもない言い種に笑みを引き攣らせながら、めぐが、どこからか花瓶を持ち出す。</p> <p align="left">「巴はアタマ硬すぎるみたいだから、ちょっと柔らかくしてあげるね」<br /> 「柿崎さんこそ、叩いてアタマの病気から治すべきかもよ」<br /> 「ふふふ……面白いじゃない。いっぺん、死んでみる?」<br /> 「ナントカは死ななきゃ治らない、と言うものね」<br />  <br /> なにやら一発即発の気配。両者、徐に得物を構えた。かたや豪速花瓶、かたや釘バット。<br /> ガチンコ勝負になったらば、流血の惨劇が幕を開けるのは、誰の目にも明らかだ。<br /> 2人も、それは解っているだろうに、ココロの小宇宙(コスモ)を燃やすのを止めようとしない。<br />  <br /> それにしてもと、ジュンは睨み合う娘たちの気迫に固唾を呑みながら、首を傾げた。<br /> 巴はどうして、変に喧嘩腰なのだろうか。いつもの冷静沈着な巴らしくない。<br /> めぐの不謹慎な冗談が発端とは言え、そこまで食ってかかることでもなかろうに。<br />  <br /> まあ、とにかく。パーティーのメンバー同士で、共倒れのご臨終になられても困る。<br /> どのタイミングで間に割って入るべきか、ジュンが頃合いを計っていると……<br />  <br /> 「いやー。ジュンジュンも、なかなかどうして隅に置けないわねー」<br /> やおら、姐御肌のサモナーに背中を突っつかれ、耳元で囁かれた。<br />  <br /> 「なんで、そこで僕が出てくるんだ」<br /> 「ええー? ちょっとちょっとー、それマジで言ってる? 言っちゃってる?」<br /> 「……なんなんだよ、勿体ぶって。本気でワケ解らないんだけど」<br /> 「はー、やれやれ。これは、真性のニブチンかなー」<br /> 「真性って……あのなぁ。僕はもう、ひとつウエノ男――べぶ!」<br />  <br /> 場も弁えず下ネタを口走りかけたジュンの鼻面に、みつの裏拳がメリ込んだ。<br /> 「前にも言ったよねー。お姉さん、下品な冗談は嫌いなんだってば。<br />  ま、それはともかく、あたしからの忠告。鈍感ぶるのも、ほどほどにねっ」<br />  <br /> まったくもって、意味不明。実は、殴りたいが為に難癖つけただけじゃないのかと。<br /> 身を屈めて、痛む鼻を押さえながら、ジュンは手前勝手な憶測をこねくり回した。<br /> いったい、自分のどこが鈍感ぶっていると、みつは言うのだろう。<br />  <br /> 「さてさて。そろそろ、あの娘たちを停めときますかねー」<br />  <br /> 悩める少年をその場に残し、巴とめぐの仲裁に向かう、姉御サモナー。<br /> 答えの在処を仄めかしつつも、虫食いの地図しか与えずに突っぱねる。<br /> 焦らされることで、探求心を刺激されたジュンが実験と考察を重ねることを……<br /> 自分なりの答えを見いだすことを、みつは期待しているのだろうか。<br />  <br /> ――だとして、ジュンが途中で投げ出す可能性は、考慮に入っていたのだろうか。<br /> 挫折したら、そこまでの人間だと見切りをつける気だった?<br />  <br /> よく解らない。正しい答えの模索には、手懸かりとなる仮定を増やす必要がある。<br /> しかし、「たら」「れば」を乱発すれば収拾がつかなくなり、矛盾の跋扈する迷宮を肥大化させかねない。<br /> 言葉に似ている。意志疎通の便利なツールも、無駄に重ねすぎると、却って歪みや障壁を生むものだ。<br /> ジュンも御多分に洩れず、徒に思索を広げすぎて、迷子になりつつあった。<br />  <br /> 「大丈夫かい? とても痛そうな音だったけど」<br />  <br /> 気遣わしげな山本の声が、沈思黙考していたジュンを、現実に引きずりあげる。<br /> 彼はキョンシーのように両脚そろえ、器用に飛び跳ねて近づくなり、言葉を継いだ。<br />  <br /> 「君も苦労が絶えないよね」<br />  <br /> ジュンは「まあな」と応じて、依然ツンとする鼻を、弱々しく鳴らした。<br /> 自ら望んで飛び込んだ世界だけれど、胸には鬱屈や倦厭が溜まり始めている。<br /> どのように吐きだしていいかも解らないソレは、汚泥のように沈殿し続けて、<br /> 遠からず僅かに残る上澄みさえも干上がらせ、腐臭を放つようになるのだろうか。<br />  <br /> 「ちょっと疲れた。もう押しちゃいたいよ……リセットボタン。マジでさ」<br />  <br /> かしましく言い争う乙女たちから眼を背けて、ジュンは溜息とともに、弱音を吐いた。<br /> 項垂れた少年に、山本は、素っ気なく切り返す。<br />  <br /> 「そんな、お誂え向きなモノがあるのなら、僕がとっくに押してるさ」<br />  <br /> けれども、その声音は冷たいものではなくて。<br /> ジュンの皮肉の見を叱咤するような響きをもって、するりと耳に染み込んでくる。<br />  <br /> 「君の気持ち、僕には痛いほど解る。仕切りなおせるなら、どんなに清々するか。<br />  でもね、失敗もまた人生なんだよ。成長には、失敗という肥料が必要なんだ。<br />  与えられる苦痛に、どんな意味があるのか……とことん突き詰めてみるといいよ」<br />  <br /> 親友からの忠告とは、また違う。なんとなく、ジュンには老人の諫言が連想された。<br /> だから、なのか。親や姉、教師からの言葉なら脊髄反射でシャットアウトしてしまうのに、<br /> 山本の声だと、まあ聞いてやってもいいか――くらいの寛容な心持ちになれた。 <br />  <br /> 「暴れん坊天狗の呪いをかけられたのも、きっと試練なんだと、僕は思う」<br /> 「……坊さんみたいなこと言うんだな。なにか宗教やってるのか?」<br /> 「いや。僕は、神仏に救いを求めてない。祈る暇があるなら、解決策を模索するさ」<br /> 「は! その結果が盗賊なんだから、笑えるね」<br />  <br /> ジュンの皮肉に、山本も「言ってくれるなぁ」と笑った。朗らかな笑いだった。<br />  <br /> 「まあ、ショートカットが必ずしも近道じゃないって教訓の、生き証人だよ。<br />  僕と同じ轍を、ジュンくんには踏んで欲しくないな」<br /> 「踏むもんか。盗賊なんか、なりたくもないね。誘われたって、謹んで辞退するさ」<br />  <br /> ただ単に、自棄になることさえできない弱虫なのかも知れないけれど。<br />  <br /> ふと、胸をよぎった想いを深い場所へと沈めなおし、ジュンは顔を上げた。<br /> 決意を秘めたその瞳で、山本を、仲間たちを、そして、窓の外を見つめた。<br /> 今日も、空が高い。旅にはもってこいの日和だ。<br />  <br />  <br /> 「とにかく……僕はまだ、旅を続けるよ」<br /> 遥かな蒼穹を眺めながら、ジュンが独りごちる。<br />  <br /> 「ココロの樹なんて、本当に生えているのか分かったものじゃないけど。<br />  でも、この世界のどこかに存在しているのなら、見てみたいし」<br />  <br /> それに、苦悩を抱えているのは、山本も、共に旅する女の子たちも同じ。<br /> 誰もが苦心しながら、胸に描くナニかを追いかけているのだ。<br /> この夢境であれ、現実世界であれ、1人だけクヨクヨと腐り落ちていくのは、もう嫌だった。<br /> 惨めな負け犬になり果てるなど、若く反発力に満ちた自尊心には、許容できるものではなかった。<br />  <br /> 「いいんじゃないかな、それで」<br />  <br /> いきなり、予測もしなかった方角からの相槌。<br /> 咄嗟に首を巡らせたジュンは、そこに、巴の穏やかな笑みを見た。<br /> 彼女だけでなく、めぐとみつも、彼に穏やかな微笑を投げかけていた。<br />  <br /> 「目的なんて、シンプルでいいのよ。いきなり大風呂敷を広げても、戸惑うだけでしょ」<br /> 「おっ、いいこと言うわねー、めぐめぐ。<br />  無計画に大志を抱いても、路頭に迷って挫折しかねないものねー」<br /> 「要は、エレベーターに乗ろうとしないで、階段を一段ずつ登ってけってコトか」<br />  <br /> やってやるさ。ジュンは諦観から、決意を新たにした。<br /> 今更、ちょっとやそっとの苦行が追加されたぐらいでは、動じない。<br /> その点では、ほんの少し、打たれ強くなったのかも知れない。<br />  <br /> 「じゃあ、早速だけど――」<br /> ジュンの鼻先に、巴が扇状に広げた大アルカナを突き付けた。「恒例の占いタイムね」<br />  <br /> 「おい待て、柏葉。いつから恒例になったんだ」<br /> 「細かいこと気にしてると地獄に堕ちるわよ。さあ、一枚だけ選んで。<br />  あ、そうそう。『死神』のカードを選んでも、地獄に堕ちるから」<br /> 「ったく、強引だな。大体さ、そんなババ抜きみたいな占い、当たるのかよ」<br />  <br /> 文句を言いつつも、ジュンが引き抜いた一枚は――<br /> 「……あのー、大鎌を持ったガイコツなんだけど。マジで地獄堕ち?」<br />  <br /> なんと幸先の悪い。これはもう冗談抜きに、リセットした方がいいのではないか。<br /> ジュンが青ざめた表情で『死神』のカードを凝視していると……くすくす。<br /> 訝しんだジュンが眼を向けた先では、巴が耳まで紅くして、笑いを堪えていた。<br />  <br /> 「ごめんなさい、桜田くん。ちょっとした冗談だったの」<br />  <br /> 言って、巴がオープンして見せた大アルカナは、すべてが同じ『死神』の絵柄。<br /> イカサマじゃないか。呆然としていたジュンの顔に、ふつふつと怒りが滲みだしてくる。<br />  <br /> 「かっ、柏葉ーっ!」<br /> 「きゃあっ! だから、ごめんなさいってば」<br /> 「よくも騙しやがったな。お仕置きしてやる!」<br /> 「……ゃん、どさくさに紛れて、どこ触――あぁっ」<br /> 「バカ! おかしな声を出すなよっ」<br />  <br /> ――と、じゃれ合う2人に白い眼差しを向けながら、みつ曰わく。</p> <p align="left">「……めぐめぐ。世界の歪みを排除しちゃって」<br /> 「らぢゃー。狙い撃つわよ」<br /> 「さあ、殺伐としてまいりました! 生き延びてくれ、未来の義弟よ」<br /> 「なっ?! 待て、おまえら! 誤解だ! それでも僕はやってないっ!」<br />  <br /> 顔面蒼白となって抗弁するも、その態度さえ、ジュンには仇となる。<br /> あまりに必死な様子が、逆に疑惑を深める結果となってしまった。<br />  <br /> 直後、脳が激しく揺さぶられる感覚。<br /> 骨伝導で聞こえた衝撃音を、うるさく感じたのも、ほんの数秒のこと。<br /> 少年は、急速に薄れゆく意識の中で毒づいていた。<br />  <br /> この天狗……一応は甲冑のくせして、肝心なときに使えねえ――と。<br />  <br />  <br /> 一難を退け、いっときの平和を満喫する彼らは、まだ知る由もなかった。<br /> 不吉な暗雲をつれた黒い風が、その前途に待ちかまえていることなど。<br />  <br />  <br />  </p>

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