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「夜の静寂に響かせて」(2008/11/30 (日) 23:04:32) の最新版変更点
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隣から届く衣擦れが、うるさい。<br />
もうかなり長い時間、眠りを妨げられ続けて、翠星石は苛ついていた。<br />
いい加減、ガマンの限界。<br />
寝返りを打った彼女は、他の娘たちに気づかいながら、騒音の主に囁きかけた。<br />
<br />
「さっきっから、うるせーですよ! おバカ苺」<br />
<br />
おとなしく寝てやがれってんです。<br />
毒突いた言葉に、控えめな声が返される。<br />
<br />
「うゆ……ごめんなさい。ヒナ、枕とか環境が変わると眠れないの」<br />
「ウソ吐くんじゃねーです。新幹線の中では、ずっと昼寝してたくせに」<br />
<br />
今日は修学旅行の初日。2泊3日の日程だ。<br />
同室に泊まる他の2人――薔薇水晶と真紅は、旅の疲れもあってか静かな寝息を立てている。<br />
眠っていないのは、翠星石と雛苺だけだ。<br />
初っ端からして、こんなことでは、明日の夜も思いやられた。<br />
<br />
「翠星石ぃ~。なにか、お話してなのぉ」<br />
「はぁ? おめーは赤ちゃんですか、まったく……」<br />
「でもでも、このまんまじゃ眠れないのよー」<br />
<br />
それも困りモノだ。これ以上、安眠妨害されては、明日に障る。<br />
美容のためにも、よくない。<br />
<br />
「……しゃーねぇです。じゃあ、ちょっとだけですよ」<br />
「ホントに?」<br />
「よぉ~く聞きやがれです。これは、まだ昭和と呼ばれてた時代の話ですぅ……」<br />
<br />
寝静まる夜の世界に、翠星石の語りが、ひそやかに響き始めた。<br />
<br />
<br />
~ ~ ~<br />
<br />
<br />
――まただ。<br />
<br />
勉強の手を止めて、蒼星石(仮名)は、耳を澄ませた。<br />
閉じた窓と、厚手のカーテンに遮られることなく、清涼な音が響いてくる。<br />
<br />
鐘の音だった。寺社にあるような、大きな鐘のものではない。<br />
都会では、めっきり見なくなった、火の見櫓に据え付けられた半鐘の音色だ。<br />
それが、ここのところ毎晩……日付が変わる頃になると、聞こえてくる。<br />
<br />
<br />
カーン カーン カーン<br />
<br />
<br />
なにを報せようと言うのか。か細く、規則的に鳴らされている。<br />
年末ともなると火を扱うことが多くなるし、『火の用心』だろうか。<br />
でも、それなら拍子木だよね? なんて疑問を引きずりつつ、参考書に眼を戻す。<br />
<br />
<br />
カーン カーン カーン<br />
<br />
<br />
普段ならば、もう鳴り止んでいるのだが、今夜はまだ続いている。<br />
いつまで鳴らしてるんだろう。周囲から、苦情とかこないのかな。<br />
気になりだすと、勉強が疎かになる。眼で文字は追うものの、頭に入ってこない。<br />
シャープペンシルを持つ手は、鐘の音を耳にしてから、止まったままだった。<br />
<br />
「近く……なのかな」<br />
独りごちて、あれ? と首を捻った。「近所に、火の見櫓なんて、あったっけ?」<br />
<br />
子供の頃から暮らしてきた、この町。<br />
訊ねられても、大抵のことは答えられると、蒼星石は自負していた。<br />
それなのに……<br />
<br />
「なんでだろう。気になって仕方がない」<br />
<br />
蒼星石は、空色のパジャマの上に通学で使っているコートを羽織り、部屋を出た。<br />
祖父母は、もう就寝しているので、姉に「コンビニに行ってくる」とだけ告げて。<br />
<br />
<br />
<br />
外に出ると、鐘の音は、より聞き取りやすくなった。<br />
どこか頼りなく、寂しげで、哀しそうに。蒼星石を誘っているかのようだ。<br />
意を決して、蒼星石は歩きだした。<br />
<br />
夜の静寂に包まれると、意外に自分が騒音を生んでいることに、気づかされた。<br />
靴音。衣擦れ。弾む吐息。そして、ときどき不可抗力で放ってしまう、クシャミ。<br />
周囲には、灯りの消えきった家も多い。静かに……静かに……。<br />
<br />
<br />
鐘の音に導かれて、近づくほどに、蒼星石は考える。<br />
こんなに喧しいのに、どうして、誰にも文句を言われないんだろう。<br />
<br />
程なく、蒼星石は神社へと辿り着いた。<br />
鳥居の向こうに広がる境内は、昼間なら、子供にとって格好の遊び場だ。<br />
しかし、真夜中ともなると、街灯の明かりも届かない不気味な空間である。<br />
<br />
<br />
カーン カーン カーン<br />
<br />
<br />
蒼星石を焚き付けるように、鐘が鳴る。呼び寄せている。<br />
意を決して、蒼星石は鳥居を潜った。誰かが居るのは、間違いない。<br />
途中、一応の備えに、手頃な木の棒も拾っておく。<br />
そして……<br />
<br />
檜林に抱かれるようにして、それは夜空に聳えていた。<br />
錆びた茶褐色の鉄塔。うら寂しい鐘の音は、その上から降ってくる。<br />
振り仰ぐと、木陰に、白っぽい人影が見え隠れしていた。<br />
<br />
「ねえ。……ねえったら!」<br />
<br />
鐘の音に負けじと、やや声を大きくする蒼星石。<br />
すると、鐘はピタリと鳴り止んだ。<br />
<br />
「居るんでしょ? 誰なのかは知らないけど、そろそろ止めてくれないかな」<br />
<br />
ことり、ことり――<br />
蒼星石の声に応じるように、靴音が、金属製の梯子を踏んで、降りてくる。<br />
それはすぐに、美しい少女の姿となって、蒼星石の前に現れた。<br />
<br />
「聞こえたのですね? 聴いて、来てくれたのですね?」<br />
<br />
透けるような色白で、髪まで真っ白な少女は、たおやかに微笑んで訊ねてくる。<br />
蒼星石は、少女の右眼を覆い隠す白薔薇に気圧されながらも、頷いて見せた。<br />
少女も、満足そうに頷く。年の頃は、蒼星石とあまり変わらない感じだ。<br />
<br />
「ずっと願っていました。貴女だけに届けと願いながら、鳴らしていました」<br />
「ボク……だけに? どうしてさ」<br />
<br />
その問いに、答えは返されない。<br />
白い少女は、作りものの――人形の如き笑みを満面に貼りつかせ、にじり寄ってくる。<br />
蒼星石は、堪えきれずに後ずさった。<br />
<br />
「な、なに?」<br />
「つれないヒト――」<br />
「え?」<br />
「でも……そこがまた愛おしい」<br />
<br />
なにを言っているのか解らない。<br />
訳の分からないまま、蒼星石は、白い少女に絡みつかれていた。<br />
そして、じりじりと締め上げられる。<br />
<br />
「やっ! 苦し……い。やめて!」<br />
「忘れたのなら、思い出させてあげましょう」<br />
「な、なに――んぅっ?!」<br />
<br />
冷たい唇で塞がれる、温かい唇。<br />
白い少女は、見た目に反して膂力が強いらしく、蒼星石を押してくる。<br />
踏ん張る彼女の足は枯葉で滑り、虚しく宙を切った。<br />
<br />
「さあ、参りましょう」<br />
<br />
耳元で囁かれた直後、蒼星石の身体は、ふわりと浮いていた。<br />
空へと浮き上がったのではない。落ち葉を掃き集める穴へと、落ちたのだ。<br />
落下の衝撃は、厚い落ち葉の層がクッションとなって受け止められた。<br />
しかし、今度はそれが、絡み合う2人を呑み込んでゆく。<br />
<br />
「いやっ! た、助けて!」<br />
「誰も来ませんわよ。誰にも、邪魔はさせない」<br />
<br />
くくっ……と含み笑った少女は、なおも騒ごうとする蒼星石の口を、唇で塞いだ。<br />
沈んでゆく。もがけば、もがくほど。<br />
底なし沼のように、どこまでも……どこまでも……。<br />
<br />
もうダメ……蒼星石が死を覚悟した、そのとき。<br />
「破ァ――っ!」と、暗い境内に、男性の叫び声が響いた。<br />
すると、白い少女は雷にでも打たれたかのように、青白い光を放って消滅した。<br />
訳が分からず、呆然としていた蒼星石は、何者かの腕に引っ張り起こされた。<br />
<br />
「危ないところだったな」<br />
「え? あ、あ……ありがとう……ございます」<br />
<br />
話しかけられ、我に返ったものの、返事はしどろもどろ。<br />
そんな蒼星石を労るように、男性が白い歯を見せて笑う。<br />
夜の暗さもあって判然としないが、どうやら、メガネをかけた青年のようだった。<br />
<br />
「あのままだと、取り殺されてたぞ」<br />
「……あ、はい。あの……あなたは、一体――」<br />
「僕かい?」<br />
<br />
青年は一拍の間を置いて、答えた。<br />
「その筋では、神社生まれのJさんって呼ばれてる。じゃ、またな」<br />
<br />
気をつけて帰れよ。そう言うと、彼は颯爽と去っていった。<br />
その後ろ姿に浮かぶのは、『GIN☆GER』の粋なアップリケ。<br />
まさしくショウガの如く、ピリリとスパイスの効いたナイスガイだ。<br />
若い頬を熱くさせて見送りながら、蒼星石は思った。<br />
<br />
神社生まれって、スゴイ!<br />
<br />
<br />
~ ~ ~ <br />
<br />
<br />
「――という話ですぅ。お、静かになったですね。しめしめ……」<br />
<br />
さすがに眠ったのだろう。布団を被った雛苺のシルエットは、おとなしいままだ。<br />
これで、やっと眠れると翠星石が仰向けになった、まさにそのとき!<br />
<br />
「ぐぇぁっ?!」<br />
<br />
いきなり布団にのし掛かられて、翠星石は呻いた。<br />
なにごとかと、携帯電話のライトで照らして見れば、間近に雛苺の顔が。<br />
<br />
「ひぃっ?! な、なにするです」<br />
「ここ、怖いのぉ~」<br />
「お、おバカ……なに涙目になってるですか。あんな作り話で」<br />
「作り話でも怖いぃ。うぅ……一緒に寝てもいーい?」<br />
「や、やですよっ! えぇい、面倒くせぇです。<br />
こうなったら、ムリヤリにでも寝かしつけてやるですー」<br />
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翠星石は、雛苺の首に腕を回して、落としにかかった。<br />
雛苺が、ばたばたと手足を振って暴れる。<br />
そして気づけば、叩き起こされた同室の娘たちの、恨みがましい眼差しが……。<br />
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結局、その部屋に泊まった4人は、そのまま起床時間を迎えた。<br />
寝不足のあまり、バスでの移動中に爆睡してしまい、またも夜に眠れなくなる悪循環。<br />
2日目の夜は、4人で真冬の怪談特集となった。<br />
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しんしんと冷え込む夜の静寂を、響きわたる悲鳴が、幾度となく破ったという。<br />
<br />
<br />
これにて〆<br />
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