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「HAPPINESS」(2008/10/25 (土) 22:46:15) の最新版変更点
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<p align="left">「判決を言い渡す。<br />
被告人、柏葉巴。<br />
罪状、窃盗、死体遺棄により…」<br /><br />
こうして、私への判決は下された。<br /><br />
これは、短い、すぐに終わる、些細な悲劇の物語である。<br /><br /><br /><br /><br /><br />
柏葉<font color="#0000FF">巴</font><br /><br />
HAPPINESS<br /><br /><br /><br /><br /><br />
目を覚ますと、そこは病室だった。なぜ運ばれたのか、分からない。<br />
頭がぼうっとする。痛い…。<br />
定まらぬ焦点で、天井のシミを数える。<br /><br />
しばらくして、医者が来た。<br />
「柏葉巴さんですよね? 」<br />
「はい」<br />
「あなたは、道を歩いてると、いきなり倒れて、ここに運ばれました。覚えてますか? 」<br />
「…はい」<br />
「ひどい熱でした。なぜここまで放っておいたんです?と今は聞くべきではないですね。<br />
調子はいかがですか? 」<br />
「頭が、割れるように痛いです」<br />
「ふむ、そうでしょうね。何せ丸二日寝たままでしたから」<br /><br />
この言葉で一気に目が覚めた。そして思い出した。<br />
何の帰りだったか、なぜ発熱していたかを。<br /><br />
「桜田君は!?桜田君は無事ですか!?<br />
早く帰らなくちゃ!早く帰らないと!桜田君が!! 」<br /><br /><br />
これが、私が逮捕されるに至るきっかけだった。<br /><br /><br /><br />
その三日前。<br />
目が覚めると、頭が痛かった。風邪を引いてしまったようだ。<br />
吐く息も白い。室温は-2℃。人が普通に暮らす温度ではない。<br />
これで大体二週間。よく今まで体調を壊さずにいられたものだ。<br />
悴む手をさすり、少しでも温めようとする。<br /><br />
今、桜田君は、お風呂を浴びている。<br />
私はこの家ではお風呂に入ることが出来ない。だから最近は銭湯に通っている。<br />
洗面台で蛇口を捻り水を出す。<br />
歯ブラシを湿らせ、歯磨き粉を乗せる。<br />
大体5分ほどの時間で歯を磨き、うがいをする。<br />
また再び蛇口をひねり、水が完全にお湯に変わりきるまで待つ。<br />
洗顔フォームを泡立たせ、顔を洗い始める。<br />
隅々まで、ゆっくりと。<br />
彼と同居しているのだ。悪いかっこは見せられない。<br />
そして、お湯で泡を流し、タオルで顔を拭く。<br />
急いでしないと顔が冷え切ってしまう。<br /><br />
あぁ、もうこんな時間か。彼をお風呂から出さないと。<br /><br />
「桜田君。そろそろ、お風呂から出る時間だよ」<br />
そう言いながら、風呂場のドアを開く。<br />
正直、同棲を始めてから長く経つが、まだ裸を見るのはドキドキする。<br /><br />
氷の浮かんだ湯船の横に立ち、彼の脇をかかえ、ゆっくりと引き揚げる。<br />
正直、女性の腕力ではきつい。彼は痩せているとはいえ。<br /><br />
脱衣所で、よく彼の体についた水滴をふき取る。<br />
肌がふやけてしまっては大変だ。<br />
そして、彼に服を着せる。<br />
体が硬いから、いつもこれには苦労させられる。<br />
だが、やらないわけにはいかない。それに、ささやかな幸せすら感じるのだ。<br />
「桜田君、きつかったら言ってね? 」<br /><br />
リビングに彼を座らせる。<br />
もう一度室温計を確認し、満足する。<br /><br />
昨日届いた大きな冷蔵庫から氷を取り出し、バケツに入れ、塩をふりかける。凝固点降下というらしい。<br />
これで少しは彼も冷えてくれるかな?<br />
そう思いながら、テレビをつける。<br />
テレビも熱を発するのだが、天気予報を見る間だけだ。我慢してもらおう。<br /><br />
「12月22日。今日の天気は…」<br />
お天気キャスターが言うには、晴れ。<br />
最高気温15℃。最低気温7℃らしい。<br />
困ったな。これまでで一番暑い日だ。<br />
でも、大丈夫かな。きっと。<br /><br />
バケツを抱いた桜田君を眺めながら言う。<br />
「ねぇ、桜田君。あなたは氷って、いつまで氷でいられると思う?<br />
冷たいままって意味でも、形があるままって意味でもね」<br />
答えはない。仕方ないか。生きていないから。<br /><br />
「私ってずるいよね。あなたが生き返ってくれるのがいつかは分からないのにさ。<br />
こうしてずっと眺めてる。他の何もかもから逃げてね。<br />
たった一つの希望があれば、それにしがみついて。醜いよね。嫌になってくる?<br />
嫌いになりそう?でも、ごめんなさい。あなたとまた話が出来るまではこうしているから。<br />
一言でもいいの。一言でも」<br /><br />
前の私なら、きっとここで涙を流していただろう。<br />
でも、この部屋は私の心そのもの。<br />
涙はきっと氷に変わる。<br /><br /><br /><br />
ぽたりという水滴の音で目を覚ました。<br />
うとうとしていたようだ。<br />
ぼんやりと顔をあげる。<br />
しまった。氷が解け始めている。<br />
急いで冷凍庫まで行き、氷を探す。<br /><br />
氷は少ししかなかった。先ほど水を補充したのだが、まだ凍っていない。<br />
どうしよう、と焦りそうになるが、前にも似たことがある。<br />
急いでお財布を手に取り、買い物へ出かける。<br /><br /><br />
スーパー。コンビニ。手当たりしだい氷を買っていった。<br />
一回で、全てを運べるわけではない。<br />
数回に分けて買う。もどかしい。<br />
それに、風邪を引いているから、普段通りではない。<br />
4往復目の帰路の途中、ついに私は、力尽きた。<br /><br />
どさりと袋が投げ出される音。壁に手をつき、もたれこみながら、意識は消えていった。<br /><br /><br /><br />
警察の取り調べ室に、今はいる。<br />
全てを話すつもりだ。隠すことなんて、何もない。<br />
だが、この部屋は暑すぎる。<br />
「冷房、掛けてもらえませんか? 」<br /><br /><br /><br />
風邪をひいた日の2日前。<br />
私は、家電量販店にいた。<br />
今の冷蔵庫では、作れる氷の数が少なすぎる。だから、大きな冷凍庫を買うことに決めた。<br />
安い買い物ではない。<br />
だが、これも桜田君のためだ。仕方がない。<br />
すぐにでも届けてほしかったのだが、在庫がないそうだ。<br />
届くのは、2,3日後だという。<br />
気長に待つとしよう。<br /><br /><br /><br />
検事が、私のしたことについて読み上げる。<br />
何も反論することはないから、「はい」と答えた。<br /><br /><br /><br />
冷蔵庫を買いに行った日の1週間と5日前。<br />
私は一人の男に会った。<br />
彼は、桜田君を生き返らせられる方法があるという。<br />
出会いなんて、呆然としたまま、道を歩いていたら声をかけられただけのこと。<br />
「すみません、あなた最近大切なものを失くされませんでしたか? 」という声とともに。<br /><br />
近くの喫茶、そこで私たちは話をしていた。<br />
彼は、最近、テレビでも紹介されていた新しい蘇生法の話をしだした。<br />
私はまだ、実用段階ではないという話だったが、と聞くと、実はもう技術は完成しているらしい。<br />
ただ、倫理のせいで、公にはできないとのことだ。<br />
しかし、それを秘密裏にできるコネを持っているという。<br />
実際、向こう側もその技術を人間で試したいから、話を持っていけば、了承してくれる。<br />
双方ともに都合のいい話である。<br />
その紹介料を渡せば、話をつけてくれるとのこと。<br />
ただし、すぐに出来るものではなく、最短でも1か月後の話になる。<br /><br />
「どうしますか? 」<br /><br />
断れるはずもない。<br /><br />
その日の夜、私は桜田君の遺体を盗み出した。<br /><br /><br /><br />
弁護士が反論をしている。<br />
どうでもいい…。<br />
桜田君…。<br /><br /><br /><br />
男に出会った日の2日前。<br />
私はただ、彼の亡骸の前で呆然とするしかなかった。<br />
何故、何故…。<br />
死因は大動脈瘤破裂というものらしい。<br />
でも、元気だったはずの彼は何で…。<br />
涙が、後から後から溢れてくる。止めどなく。ただただ。<br />
どうしてなのだろう。<br />
もう、何も考えられなかった。<br />
なんで、桜田君をジュン君って呼べなかったのだろう。<br /><br /><br /><br />
検事と弁護士が何かを主張し合ってる。<br />
私の真上で言葉が飛び交う。<br /><br /><br /><br />
桜田ジュンの亡くなる5日前。<br />
「へぇ~。死んだ人が生き返る技術だってさ」<br />
私が夕食後の皿洗いをしている間、リビングにいた彼がそんなことを言った。<br />
「何それ? 」<br />
「いやさ、さっきテレビで言ってたんだ。そんなことができるようになる理論があるって」<br />
「ふーん。なんか怖いね、それ」<br />
「あ、やっぱりそういうと思ったよ。僕もそう思うよ。<br />
実際さ、もし生き返ったとしても、本当にそれがその人にとっての幸せか分からないしね」<br />
「桜田君はどう思う? 」<br />
「どうって? 」<br />
「生き返りたいかどうか」<br />
「正直、ごめんだな」<br />
「そう? 」<br />
「だってさ、人はいつか死ぬんだ。そのときまでに何かを頑張り続ける。<br />
頑張り続けた結果が人生だと思ってる。例えどんな結果だったとしてもね。<br />
それをなかったことにするなんて、最悪の侮辱じゃないかな? 」<br />
「桜田君、言うようになったね…。昔はそんなこと言えなかったのに」<br />
「あ!なんでそんな言い方するんだよ」</p>
<p align="left">茶化してしまったが、正直うれしかったのだ。<br />
私の好きな人が、立派な信念を持っていることが。<br />
だけど、いつになれば“桜田君”から“ジュン君”に変えられるのかな…?<br /><br /><br /><br />
「判決を言い渡す。被告人、前へ」<br />
「はい」<br />
「被告人、柏葉巴。<br />
罪状、窃盗、死体遺棄により…」<br /><br />
何か言っている。<br /><br /><br /><br />
はるか昔。<br />
私たちは幼馴染だった。それも仲の良い。<br />
そして、一時疎遠になり、また仲を深めた。<br />
そのまま付き合いだして、二人一緒になった。<br />
優しいことばかりじゃない。厳しいこともあった。<br />
喧嘩もした。仲直りもした。何度ともなく。<br />
でも、二人は離れなかった。<br />
それが普通だったから。<br />
誰にも見えない 不確かな未来へと。二人、一緒に。<br /><br /><br /><br />
気がつけば、泣いていた。<br />
法廷にいた全ての人が。<br />
検事、弁護士、裁判官ですら。<br /><br />
私の頬にも何かを感じた。<br />
それは、久しく流していなかった涙だった。<br /><br />
「被告人、何か言いたいことは? 」<br />
裁判長が問う。<br /><br />
私は、彼のために微笑み、口にした。<br /><br /><br /><br />
「ジュン君に会いたいです」<br /><br /><br /><br /><br /><br />
HAPPINESS 了</p>