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「『巴チャンバラ』」(2008/08/16 (土) 02:46:32) の最新版変更点
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<p align="left"> <br />
<br />
こんな夢を見た。<br />
<br />
<br />
夏目漱石の小説みたいな台詞を枕に、黒髪の娘は、まじめな顔で語りだした。<br />
その声が向けられた先には、カフェのテーブルを挟んで座る少年が、ひとり。<br />
<br />
「決して夜が明けない世界。わたしは闇の中を独り、走り続けているわ」<br />
「ただ走ってるだけ?」<br />
<br />
ふるふる。彼女――柏葉巴は、青ざめた顔を、力なく横に振った。<br />
少年、桜田ジュンの表情も、それを受けて曇る。<br />
けれど、彼から訊ねようとはせず、巴が続けるのを辛抱づよく待っていた。<br />
<br />
「わたしは巫女服を着て、二振りの刀を携えているのよ。いわゆる二刀流ね」<br />
「……なんか、物騒な夢だな」<br />
<br />
刀を持って走り回るだなんて、通り魔とか辻斬りみたいじゃないか。<br />
そんなジュンの軽口に、巴は愛想笑うどころか、困惑が綯い交ぜになった顔をした。<br />
仕切りなおしとばかりに、メロンソーダをストローで吸い上げるも、表情は変わらず。<br />
<br />
「だけど、必要なの。襲撃者を、撃退するためにはね」<br />
「襲撃者……って、暗い夜道に、痴漢とかストーカーが潜んでるのか」<br />
「ええ。それらより、もっと質が悪い相手が、ね」<br />
<br />
バカらしくて、話すのは気が引けるんだけど――<br />
巴は、そう口ごもりつつも、縋るような眼差しをジュンに注いでいた。<br />
<br />
<br />
「その相手って言うのはね…………ゾンビなの」<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
「なんだよ、それ。ゲームのやりすぎで、そんな夢を見るんじゃないか?」<br />
<br />
事実、ジュンは数日前に、巴と似た内容のゲームしたことを憶えていた。<br />
彼女もかなり熱中していたし、愉しかった記憶が、夢に甦っているのではないか?<br />
そういうことは、ままある。<br />
<br />
真意を探るべく、ジュンは巴の目を、まっすぐに見つめるけれど――<br />
彼女の瞳は、泳いだり、焦点が定まらなくなったりせずに、彼を見つめ返してくる。<br />
およそ、嘘を吐いたり、からかっている風ではなかった。<br />
<br />
「ゾンビは群をなして襲ってくるわ。それこそ、休む間もないほどにね。<br />
わたしは、バッサバッサと斬って、斬りまくって……」<br />
「……で、目を醒ますと、クッタクタに疲れてるワケか」<br />
「そうなの。ここ最近、ずっと同じ夢ばかりで、眠った気がしなくて。<br />
だから、こうして桜田くんに相談してるんだけど」<br />
<br />
言って、巴は口元を手で覆うと、大欠伸をした。<br />
ファンデーションで隠しているが、眼の下には、うっすらと隈が透けて見える。<br />
<br />
「何日ぐらい、そんな状態が続いてるんだよ」<br />
「えぇと……もう3日くらい連続で」<br />
「なるほど。それは妄想の為せる技だな。間違いない」<br />
「やっぱり、専門のカウンセリングとか、受けてみるべきなのかな」<br />
<br />
不眠症は、れっきとした病気だ。<br />
しかし、今回のケースは、少し違うのではないか。ジュンは、そう答えた。<br />
<br />
「柏葉ってさ、けっこう、ストレスを溜め込んじゃうタイプだろ、性格的に。<br />
そういう鬱憤を、夢の中で晴らしてたりするんじゃないか?」<br />
「そう、なのかしら」<br />
「断言は、できないけどね。ただ、それだけ繰り返し見るってコトはさ、<br />
柏葉自身にも、少なからず欲求があるんじゃないのかって、思ったんだよ」<br />
「わたしが……その夢を見たがってる、と?」<br />
<br />
釈然としない様子の巴に、ジュンが問いかける。<br />
<br />
「じゃあ訊くけど、夢の中でゾンビを斬りまくるのは、どうだった?」<br />
「どうって?」<br />
「ナニを感じたかって意味だよ。爽快感とかさ」<br />
「それは――」<br />
<br />
胸に手を当てて、考え込むこと、暫し。<br />
巴は、ジュンの前でしか見せない照れ笑いを、満面に貼りつかせた。<br />
<br />
「気持ちよかった……と思う。てへっ♪」<br />
「てへっ♪ じゃないだろ」<br />
<br />
と応じながらも、ジュンは自らの見立てが、それほど的外れではなさそうだと感じた。<br />
普段はおとなしい巴も……いや、おとなしいからこそ、不満を溜め込んでしまい、<br />
暴力的な衝動を、破裂しそうなほど蓄積させてしまっているのだろう。<br />
<br />
フラストレーションを発散する術には、人それぞれのやり方がある。<br />
剣道に長けた彼女は、見に染みついた経験から、ゾンビ相手に●●無双な世界を夢想した――<br />
そんなところだろうか。夢とは願望の充足だから。<br />
<br />
「柏葉は欲求不満なんだと思う。早速、僕の家に行って、治療にはいろうか。<br />
リアルにブチ切れて暴れだす前に、ちゃんとガス抜きしなきゃ」<br />
「え? 治療って、どんな?」<br />
「まず、服を脱ぎます」<br />
「…………びっくりするほどユートピア?」<br />
「よく分かったな」 <br />
「ごめんなさい、わたし急用を思い出した」<br />
「わー! 待て待て! 冗談だよ、冗談」<br />
<br />
腰を浮かせかけた巴を宥めて、ジュンは表情を引き締めた。<br />
<br />
「とりあえず、また僕の家でゲームでもしながら遊ぼうってことだよ」<br />
「そんな簡単な方法で、不眠が治るのかしら?」<br />
「さあ? 専門家じゃないから、そこは、なんとも――」<br />
「……まあ。モノは試し、よね」<br />
<br />
巴は、そそくさと席を立つ。「行きましょ、桜田くん」<br />
「ああ、そうだな」と、ジュンも伝票を手に、カフェのレジへと向かった。<br />
<br />
<br />
~ ~ ~<br />
<br />
<br />
その後。<br />
<br />
「散れっ! あ、このド腐れがっ! ブッタ斬るわよ!」<br />
「落ち着け、柏葉。チカラ入りすぎ! 人変わりすぎだって!<br />
コントローラーがギシギシいってるぞ」</p>
<p align="left">睡眠不足もあってか鼻息を荒くしながらゲームに興する巴に、ジュンはガクブル状態だった。<br />
<br />
<br />
ちなみに、そのゲームの名は、『お姉チャンバラ』である。<br />
<br />
<br />
~ ~ ~<br />
<br />
<br />
さらに、その翌日。<br />
2人の、電話での会話。<br />
<br />
「どうだった、柏葉。眠れたのか?」<br />
<br />
受話器の向こうで、巴が、欠伸をかみ殺した気配。それが答えだった。<br />
<br />
「ダメだったのか」<br />
『でも、効果はあるような……そんな気がするの。だから――』<br />
「うん?」<br />
『今日も、治療につきあってもらっても……いい?』<br />
「……うん。待ってる」<br />
<br />
その後、夏休みの間中ずっと、2人は治療と称して一緒に遊んだそうな。<br />
<br />
<br />
<br />
〆</p>
<p align="left"> <br />
<br />
こんな夢を見た。<br />
<br />
<br />
夏目漱石の小説みたいな台詞を枕に、黒髪の娘は、まじめな顔で語りだした。<br />
その声が向けられた先には、カフェのテーブルを挟んで座る少年が、ひとり。<br />
<br />
「決して夜が明けない世界。わたしは闇の中を独り、走り続けているわ」<br />
「ただ走ってるだけ?」<br />
<br />
ふるふる。彼女――柏葉巴は、青ざめた顔を、力なく横に振った。<br />
少年、桜田ジュンの表情も、それを受けて曇る。<br />
けれど、彼から訊ねようとはせず、巴が続けるのを辛抱づよく待っていた。<br />
<br />
「わたしは巫女服を着て、二振りの刀を携えているのよ。いわゆる二刀流ね」<br />
「……なんか、物騒な夢だな」<br />
<br />
刀を持って走り回るだなんて、通り魔とか辻斬りみたいじゃないか。<br />
そんなジュンの軽口に、巴は愛想笑うどころか、困惑が綯い交ぜになった顔をした。<br />
仕切りなおしとばかりに、メロンソーダをストローで吸い上げるも、表情は変わらず。<br />
<br />
「だけど、必要なの。襲撃者を、撃退するためにはね」<br />
「襲撃者……って、暗い夜道に、痴漢とかストーカーが潜んでるのか」<br />
「ええ。それらより、もっと質が悪い相手が、ね」<br />
<br />
バカらしくて、話すのは気が引けるんだけど――<br />
巴は、そう口ごもりつつも、縋るような眼差しをジュンに注いでいた。<br />
<br />
<br />
「その相手って言うのはね…………ゾンビなの」<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
「なんだよ、それ。ゲームのやりすぎで、そんな夢を見るんじゃないか?」<br />
<br />
事実、ジュンは数日前に、巴と似た内容のゲームしたことを憶えていた。<br />
彼女もかなり熱中していたし、愉しかった記憶が、夢に甦っているのではないか?<br />
そういうことは、ままある。<br />
<br />
真意を探るべく、ジュンは巴の目を、まっすぐに見つめるけれど――<br />
彼女の瞳は、泳いだり、焦点が定まらなくなったりせずに、彼を見つめ返してくる。<br />
およそ、嘘を吐いたり、からかっている風ではなかった。<br />
<br />
「ゾンビは群をなして襲ってくるわ。それこそ、休む間もないほどにね。<br />
わたしは、バッサバッサと斬って、斬りまくって……」<br />
「……で、目を醒ますと、クッタクタに疲れてるワケか」<br />
「そうなの。ここ最近、ずっと同じ夢ばかりで、眠った気がしなくて。<br />
だから、こうして桜田くんに相談してるんだけど」<br />
<br />
言って、巴は口元を手で覆うと、大欠伸をした。<br />
ファンデーションで隠しているが、眼の下には、うっすらと隈が透けて見える。<br />
<br />
「何日ぐらい、そんな状態が続いてるんだよ」<br />
「えぇと……もう3日くらい連続で」<br />
「なるほど。それは妄想の為せる技だな。間違いない」<br />
「やっぱり、専門のカウンセリングとか、受けてみるべきなのかな」<br />
<br />
不眠症は、れっきとした病気だ。<br />
しかし、今回のケースは、少し違うのではないか。ジュンは、そう答えた。<br />
<br />
「柏葉ってさ、けっこう、ストレスを溜め込んじゃうタイプだろ、性格的に。<br />
そういう鬱憤を、夢の中で晴らしてたりするんじゃないか?」<br />
「そう、なのかしら」<br />
「断言は、できないけどね。ただ、それだけ繰り返し見るってコトはさ、<br />
柏葉自身にも、少なからず欲求があるんじゃないのかって、思ったんだよ」<br />
「わたしが……その夢を見たがってる、と?」<br />
<br />
釈然としない様子の巴に、ジュンが問いかける。<br />
<br />
「じゃあ訊くけど、夢の中でゾンビを斬りまくるのは、どうだった?」<br />
「どうって?」<br />
「ナニを感じたかって意味だよ。爽快感とかさ」<br />
「それは――」<br />
<br />
胸に手を当てて、考え込むこと、暫し。<br />
巴は、ジュンの前でしか見せない照れ笑いを、満面に貼りつかせた。<br />
<br />
「気持ちよかった……と思う。てへっ♪」<br />
「てへっ♪ じゃないだろ」<br />
<br />
と応じながらも、ジュンは自らの見立てが、それほど的外れではなさそうだと感じた。<br />
普段はおとなしい巴も……いや、おとなしいからこそ、不満を溜め込んでしまい、<br />
暴力的な衝動を、破裂しそうなほど蓄積させてしまっているのだろう。<br />
<br />
フラストレーションを発散する術には、人それぞれのやり方がある。<br />
剣道に長けた彼女は、身に染みついた経験から、ゾンビ相手に●●無双な世界を夢想した――<br />
そんなところだろうか。夢とは願望の充足だから。<br />
<br />
「柏葉は欲求不満なんだと思う。早速、僕の家に行って、治療にはいろうか。<br />
リアルにブチ切れて暴れだす前に、ちゃんとガス抜きしなきゃ」<br />
「え? 治療って、どんな?」<br />
「まず、服を脱ぎます」<br />
「…………びっくりするほどユートピア?」<br />
「よく分かったな」 <br />
「ごめんなさい、わたし急用を思い出した」<br />
「わー! 待て待て! 冗談だよ、冗談」<br />
<br />
腰を浮かせかけた巴を宥めて、ジュンは表情を引き締めた。<br />
<br />
「とりあえず、また僕の家でゲームでもしながら遊ぼうってことだよ」<br />
「そんな簡単な方法で、不眠が治るのかしら?」<br />
「さあ? 専門家じゃないから、そこは、なんとも――」<br />
「……まあ。モノは試し、よね」<br />
<br />
巴は、そそくさと席を立つ。「行きましょ、桜田くん」<br />
「ああ、そうだな」と、ジュンも伝票を手に、カフェのレジへと向かった。<br />
<br />
<br />
~ ~ ~<br />
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<br />
その後。<br />
<br />
「散れっ! あ、このド腐れがっ! ブッタ斬るわよ!」<br />
「落ち着け、柏葉。チカラ入りすぎ! 人変わりすぎだって!<br />
コントローラーがギシギシいってるぞ」<br />
<br />
睡眠不足もあってか鼻息を荒くしながらゲームに興する巴に、ジュンはガクブル状態だった。<br />
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<br />
ちなみに、そのゲームの名は、『お姉チャンバラ』である。<br />
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~ ~ ~<br />
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<br />
さらに、その翌日。<br />
2人の、電話での会話。<br />
<br />
「どうだった、柏葉。眠れたのか?」<br />
<br />
受話器の向こうで、巴が、欠伸をかみ殺した気配。それが答えだった。<br />
<br />
「ダメだったのか」<br />
『でも、効果はあるような……そんな気がするの。だから――』<br />
「うん?」<br />
『今日も、治療につきあってもらっても……いい?』<br />
「……うん。待ってる」<br />
<br />
その後、夏休みの間中ずっと、2人は治療と称して一緒に遊んだそうな。<br />
<br />
<br />
〆</p>