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「Dune 」(2008/11/26 (水) 21:49:32) の最新版変更点
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<p align="left">D<font color="#0000FF">U</font>NE<br /><br />
第六話<br /><br />
「Dune」<br /><br /><br /><br /><br /><br />
この星に生きる限り、重力からは逃れることなどできない。<br />
少しずつ離れていく空を見上げ、鳥の群れが浮かんでいるのを見た。<br />
ただ浮かんでいるのではなさそうだ。何かから逃れるように。<br />
黒い、それらより大きな鳥。あぁ、カラス。捕食者がいるんだ。<br />
しかし、数が多すぎて餌をどれにするか絞り切れていないのか。<br />
まだ、満足出来ていなさそうだ。<br />
食われれば死ぬ。食わなければ死ぬ。結局どちらも同じこと。<br /><br />
視界は映す風景をずらしてゆく。残念、もう少し見ていたかったのに。<br />
曇り空。<br />
下界に空、上界に地面。<br />
アスファルト舗装された地面。<br />
私がさっきまで登っていた住居棟。<br />
三階ベランダの落下防止用の柵が見え、私は手を伸ばす。<br />
その手はベランダ下部の突き出しを掴んだ。<br />
体はそこを中心に回転する。<br />
私の体の重心が二階ベランダの柵を越える瞬間、掴んでいた指の力を抜く。<br />
当然、指はそこから離れ、また私の体は重力に縛られることとなる。<br />
しかし、回転のモーメントが失われたわけではなく、体は描いていた円の接線に垂直に射出される。<br />
背筋に力を入れ、体を少し弓なりに反らす。<br />
ベランダに着地し、勢い余ってガラスを蹴り、割ってしまった。<br />
前を見ればカーテンが開いていた。<br />
住人が呆然とこちらを見ている。当り前だろう。<br />
いきなり女が空から降ってきて、あまつさえ窓ガラスを割ってしまったのだから。<br />
部屋の中は、きちんと片づけられていて、彼らの性格を表しているようだった。<br />
白に統一された、清潔感溢れる部屋。物は多いでも少ないでもなく、適当な感じがした。<br />
誰が選んだのか、妻のか夫のかは分からないが、センスが良かった。今度、参考にしてみよう。<br />
私はすぐに体を翻らせ、手すりに登った。<br />
隣の家屋の屋根に飛び移ろうと、足に力を込める。<br />
足の筋肉が収縮と伸長を、跳ぶために行う。<br />
その瞬間、目眩がした。<br /><br />
世界が、私以外の”人”を置いてゆき、音を忘れる。<br />
クソ、こんな時に。揺れる視界の中、私の足は着地したと、振動を脳へと伝える。<br />
だが、体の軸はぶれ、転がってしまう。<br />
立とうと前を見る。目の前にはあの記者がいた。<br />
私を見ずに、さっきの屋上を睨んでいる。<br />
「そこから一歩右に」と言った。<br />
私はその通りに動く。さっきまでいた所で屋根の破片が飛び散る。<br />
この“世界”では物質的な影響は反映されるらしい。<br />
そのまま、私は前へと駆ける。<br />
一歩、二歩、三歩。<br />
五歩目で踏み切る。右足で跳び、胸を張り出す。<br />
そして、手足、体のすべてをできる限り前方へと伸ばす。<br />
あと一歩分でも前へ、より遠くへと。<br />
体はエビぞりに、空を舞う。一瞬、そのままどこまでも飛んで行けそうな気がした。<br />
だが、思い通りにはならず、放物線を描いてゆく。<br />
何のぶれもなく、家屋の向こう側に着地し、また走り出す。<br />
いまだに、私以外の“人”は帰ってこない。<br />
だが、死者に導かれる。次は右、次は左、といった具合にだ。<br />
襲撃者に背を向け、顔も分からないまま逃げてゆく。<br /><br />
10分ほど走り続けただろうか。もう追ってこれまい。撒いたはずだ。<br />
そこでやっと立ち止まり、息を整える。2、3分ほど休憩した後に、フォンブースを探す。<br />
うまい具合に、すぐに見つかった。<br />
入る前にもう一度周りを確認する。誰もいないことがわかった後に、中に入り、硬貨を入れ、電話をかける。<br />
白崎の所へだ。<br />
3、4コールほどした後にガチャリ、と音をたて、相手が出たのを知らせる。<br /><br />
「はいもしもし、桃種商事有栖支店です」と目的の相手が出た。<br />
「アリスよ。さっき襲撃を受けたわ」<br />
受話器の向こう側で、緊張が走るのが伝わる。<br />
「どこで? 」<br />
「事務所の東、10分ぐらいのところ。完全に私を狙っていた」<br />
そう、完全に狙われていたのだ。他の誰でもなく、私が。<br />
「詳細を」<br /><br />
私はありのままに説明した。仕事終了ののち、移動中を襲われた。<br />
大体の時間。おそらくどのあたりからつけられていたのか。敵は一人だったこと。<br />
逃亡経路。負ったけがの程度。現在の状況。<br /><br />
「大体はわかった」<br />
「何で私のことが知られたの?どこかで情報が漏れたんじゃないの? 」<br />
一気にまくしたてる。今までこんなことがなかったのだ。色々不安になるのは仕方ない。<br />
「調べておくよ。それと、今日は来ない方がいいな。ここの場所が知られても厄介だ。<br />
あと、これからしばらくは帰らない方がいいかもしれない。多分住所も割れていると思う。手頃なところでホテルを探しておいてくれ」<br />
と、白崎は注意し、最後に、<br />
「くれぐれも軽率な行動は控えてくれ」と残し、通話を終了させた。<br />
正確には私がうんざりして切ったのだけど。<br /><br /><br />
あの鳥たちはどうなったのだろうか。と思いつつ、時間を潰す方法を考えていた。<br />
足を向けた先はファミリーレストラン。一人なのに、ファミリーもあるのかなんて思う。<br />
いや、“一人”じゃなかった。目の前にはもう“一人”、男がいた。<br />
この仕事を始めて、二人目の犠牲者だ。<br />
「君は、自分を災害かなんかかと思っているのかい? 」<br />
答える気はない。<br />
「全く、よく逃げ切れたよね。かなり危なかったじゃないか」<br />
この“世界”はシュールだ。“人”はいない。だが、本来ウエイトレスが持ってくるべきものは、ゆらゆらと空を漂い、運ばれてくる。<br />
注文したストロベリーパフェを一口食べる。甘い。だが、まだ甘さが足りないんじゃないか。<br />
「はぁ。君は糖分の摂りすぎだと思うよ。体に気をつけなくちゃ」<br />
全く、こんな仕事をしている人間に対し、体を壊すな、だと?馬鹿げている。あまりに馬鹿げすぎている。<br />
いつ命を落とすか分からないのに。なら、生きている間ぐらい好きにさせてもらってもいいじゃないか。<br />
まぁ、代わりにこんな幻覚を見なくなるのなら、考えるところだが。<br />
「それはないな。だって僕らは君の脳が作り出したもの。僕らを見させているのは君自身なんだから」<br />
そんなこと、分かっている。<br />
「僕らを見づにすむように出来る方法、教えてあげようか? 」<br />
そんなもの、あるのだろうか。<br />
「バン! 」<br />
右手の人差指と親指は伸ばし、残りの三本は握る。そして、その人差し指をこめかみに突き付ける。<br />
つまりはピストルだ。<br />
その手を、撃ったかのように動かす。<br />
単純明快。死ねばバイバイ。全てとバイバイ。そんな単純なこと。<br />
「けど、これをしないってことは分かってるよ。だって僕らは君の一部なんだから」<br />
だったらするな。見ているだけで不愉快になる。<br />
「無駄なおしゃべりもそろそろウザいってか? 」<br />
そういうことだ。分かるじゃないか。幻覚のくせに。<br />
「じゃあ、そろそろバイバイ」<br />
出来る事なら、そのままバイバイ・フォーエヴァー。<br />
また目眩。そして、“人”と音が帰ってくる。<br />
あふれるざわめき。ここはこんなにも騒がしいところだったのか。<br />
残されたパフェをまた口に運びなおす。<br />
やっぱり甘さが足りない。<br /><br /><br />
その日はラブホテルに泊まることにした。<br />
顔を見られることもない。その点では動きやすかったのだ。<br />
一人にとってはあまりに大きすぎるベットに横たわり、今日のことをもう一度整理しなおす。<br />
だが、考えれば考えるほど分からなくなり、今はどうしようもないことだった。<br /><br /><br />
日は昇り、事務所へと向かう。この時ほど、周りに警戒をしたことはない。<br />
事務所のある雑居ビルにつき、細い入口の階段を登ってゆく。<br />
コンコン、と二回ノック。中から誰かと尋ねる声。<br />
「アリスです」<br />
入っていいと返された。<br />
ノブを回し、部屋へと入る。<br />
白崎はパソコンに向かい、何かを調べているようだ。<br />
ここのパソコンは機種としては新しいらしく、インターネットにも繋がっているらしい。<br />
インターネットについての知識は持っているが、いまだ活用されたことはない。<br />
そもそも、繋がっているものがまだまだ少ない、普及はあまりしていないのだ。<br /><br />
「襲撃したのが誰か分かったの? 」<br />
開口一番、これを問うた。<br />
「いや、まだまだ分からない。もしかすると、民間のかもしれない」<br />
民間…。そうだとするとやっかいだな…。<br />
調べにくすぎる。簡単に見つかるものではない。<br />
私たち以上に水面下で動いているのだ。最悪の敵ともいえる。<br />
「特定には時間がかかりそうだ」と、白崎はもう一度言う。<br />
「じゃあ、私の情報が漏れたのはどこから? 」<br />
もう一つの疑問もぶつけた。<br />
「それも、まだ分からない。3人までには調べたんだけどね」<br />
そう言って、三枚の紙を渡してきた。<br />
それを手に取り、そこに乗せられた三人の人物について読む。<br />
二人については全く知らない人物。だが、もう一人については……。<br />
「これって、もしかして」<br />
「ご名答。今だから言うけど、二つ前の仕事の依頼主だよ。あの汚職政治家、記者の次は、僕らのことが怖いのかもしれない」<br />
「つまりは口封じね」<br />
まったく、こちらは信頼が重要だから、洩らすことなんてありえないのに。<br />
「こいつを殺せばいいの? 」<br />
「いや、まだ確証が取れてないからもう少し待って。多分、それで当たりだろうけど」<br />
仕方がない。待つか。<br /><br />
白崎が、モニターから顔をあげ、こちらを見る。<br />
「あれ?顔色悪いよ。どうかした? 」<br />
そうなのだ。あのホテルで、またあれが起こったのだ。最近あまりに多すぎる。そのせいで、寝ていない。<br />
「単に枕が合わなかったせい。枕を高くして寝れないだけね」<br />
「……。やっぱりおかしいな。冗談を言うような子だったか?君は」<br />
しまった。墓穴を掘った。<br />
「何か隠してないか? 」<br />
私の心の奥底を覗こうとするかのように、目を細めて見てきた。<br />
嫌いだ。この感じは。寒気、怖気がする。<br />
皮膚を焦がし、身を焼き尽くす殺意とはまた違う。<br />
氷のような、いや無機的な機械の手で、身体、精神の最も弱い部分を掴まれたような。<br />
冷たさゆえ凍りつき、凍傷を起こし、火傷よりもひどく腐らせるような。<br /><br />
気がつけば、全てを漏らしていた。あの目のせいだけじゃないかもそれない。<br />
もしかすると、誰かに知ってほしかったのだろうか。<br />
「ふむ。分かった。知り合いのカウンセラーを紹介しておくよ。腕は確かにいいから」<br />
すべてを聞いた白崎はこう言った。<br /><br /><br />
狂人とは、誰かに知られているから狂人なのであり、だれも知らなければ、ただの一般人となんの変わりもない。<br />
こうして、私ははれて、狂人の仲間入りを果たした。<br /><br /><br /><br /><br /><br />
DUNE 第六話 「Dune」了</p>
<p align="left">D<font color="#0000FF">U</font>NE<br /><br />
第六話<br /><br />
「Dune」<br /><br /><br /><br /><br /><br />
この星に生きる限り、重力からは逃れることなどできない。<br />
少しずつ離れていく空を見上げ、鳥の群れが浮かんでいるのを見た。<br />
ただ浮かんでいるのではなさそうだ。何かから逃れるように。<br />
黒い、それらより大きな鳥。あぁ、カラス。捕食者がいるんだ。<br />
しかし、数が多すぎて餌をどれにするか絞り切れていないのか。<br />
まだ、満足出来ていなさそうだ。<br />
食われれば死ぬ。食わなければ死ぬ。結局どちらも同じこと。<br /><br />
視界は映す風景をずらしてゆく。残念、もう少し見ていたかったのに。<br />
曇り空。<br />
下界に空、上界に地面。<br />
アスファルト舗装された地面。<br />
私がさっきまで登っていた住居棟。<br />
三階ベランダの落下防止用の柵が見え、私は手を伸ばす。<br />
その手はベランダ下部の突き出しを掴んだ。<br />
体はそこを中心に回転する。<br />
私の体の重心が二階ベランダの柵を越える瞬間、掴んでいた指の力を抜く。<br />
当然、指はそこから離れ、また私の体は重力に縛られることとなる。<br />
しかし、回転のモーメントが失われたわけではなく、体は描いていた円の接線に垂直に射出される。<br />
背筋に力を入れ、体を少し弓なりに反らす。<br />
ベランダに着地し、勢い余ってガラスを蹴り、割ってしまった。<br />
前を見ればカーテンが開いていた。<br />
住人が呆然とこちらを見ている。当り前だろう。<br />
いきなり女が空から降ってきて、あまつさえ窓ガラスを割ってしまったのだから。<br />
部屋の中は、きちんと片づけられていて、彼らの性格を表しているようだった。<br />
白に統一された、清潔感溢れる部屋。物は多いでも少ないでもなく、適当な感じがした。<br />
誰が選んだのか、妻のか夫のかは分からないが、センスが良かった。今度、参考にしてみよう。<br />
私はすぐに体を翻らせ、手すりに登った。<br />
隣の家屋の屋根に飛び移ろうと、足に力を込める。<br />
足の筋肉が収縮と伸長を、跳ぶために行う。<br />
その瞬間、目眩がした。<br /><br />
世界が、私以外の”人”を置いてゆき、音を忘れる。<br />
クソ、こんな時に。揺れる視界の中、私の足は着地したと、振動を脳へと伝える。<br />
だが、体の軸はぶれ、転がってしまう。<br />
立とうと前を見る。目の前にはあの記者がいた。<br />
私を見ずに、さっきの屋上を睨んでいる。<br />
「そこから一歩右に」と言った。<br />
私はその通りに動く。さっきまでいた所で屋根の破片が飛び散る。<br />
この“世界”では物質的な影響は反映されるらしい。<br />
そのまま、私は前へと駆ける。<br />
一歩、二歩、三歩。<br />
五歩目で踏み切る。右足で跳び、胸を張り出す。<br />
そして、手足、体のすべてをできる限り前方へと伸ばす。<br />
あと一歩分でも前へ、より遠くへと。<br />
体はエビぞりに、空を舞う。一瞬、そのままどこまでも飛んで行けそうな気がした。<br />
だが、思い通りにはならず、放物線を描いてゆく。<br />
何のぶれもなく、家屋の向こう側に着地し、また走り出す。<br />
いまだに、私以外の“人”は帰ってこない。<br />
だが、死者に導かれる。次は右、次は左、といった具合にだ。<br />
襲撃者に背を向け、顔も分からないまま逃げてゆく。<br /><br />
10分ほど走り続けただろうか。もう追ってこれまい。撒いたはずだ。<br />
そこでやっと立ち止まり、息を整える。2、3分ほど休憩した後に、フォンブースを探す。<br />
うまい具合に、すぐに見つかった。<br />
入る前にもう一度周りを確認する。誰もいないことがわかった後に、中に入り、硬貨を入れ、電話をかける。<br />
白崎の所へだ。<br />
3、4コールほどした後にガチャリ、と音をたて、相手が出たのを知らせる。<br /><br />
「はいもしもし、桃種商事有栖支店です」と目的の相手が出た。<br />
「アリスよ。さっき襲撃を受けたわ」<br />
受話器の向こう側で、緊張が走るのが伝わる。<br />
「どこで? 」<br />
「事務所の東、10分ぐらいのところ。完全に私を狙っていた」<br />
そう、完全に狙われていたのだ。他の誰でもなく、私が。<br />
「詳細を」<br /><br />
私はありのままに説明した。仕事終了ののち、移動中を襲われた。<br />
大体の時間。おそらくどのあたりからつけられていたのか。敵は一人だったこと。<br />
逃亡経路。負ったけがの程度。現在の状況。<br /><br />
「大体はわかった」<br />
「何で私のことが知られたの?どこかで情報が漏れたんじゃないの? 」<br />
一気にまくしたてる。今までこんなことがなかったのだ。色々不安になるのは仕方ない。<br />
「調べておくよ。それと、今日は来ない方がいいな。ここの場所が知られても厄介だ。<br />
あと、これからしばらくは帰らない方がいいかもしれない。多分住所も割れていると思う。手頃なところでホテルを探しておいてくれ」<br />
と、白崎は注意し、最後に、<br />
「くれぐれも軽率な行動は控えてくれ」と残し、通話を終了させた。<br />
正確には私がうんざりして切ったのだけど。<br /><br /><br />
あの鳥たちはどうなったのだろうか。と思いつつ、時間を潰す方法を考えていた。<br />
足を向けた先はファミリーレストラン。一人なのに、ファミリーもあるのかなんて思う。<br />
いや、“一人”じゃなかった。目の前にはもう“一人”、男がいた。<br />
この仕事を始めて、二人目の犠牲者だ。<br />
「君は、自分を災害かなんかかと思っているのかい? 」<br />
答える気はない。<br />
「全く、よく逃げ切れたよね。かなり危なかったじゃないか」<br />
この“世界”はシュールだ。“人”はいない。だが、本来ウエイトレスが持ってくるべきものは、ゆらゆらと空を漂い、運ばれてくる。<br />
注文したストロベリーパフェを一口食べる。甘い。だが、まだ甘さが足りないんじゃないか。<br />
「はぁ。君は糖分の摂りすぎだと思うよ。体に気をつけなくちゃ」<br />
全く、こんな仕事をしている人間に対し、体を壊すな、だと?馬鹿げている。あまりに馬鹿げすぎている。<br />
いつ命を落とすか分からないのに。なら、生きている間ぐらい好きにさせてもらってもいいじゃないか。<br />
まぁ、代わりにこんな幻覚を見なくなるのなら、考えるところだが。<br />
「それはないな。だって僕らは君の脳が作り出したもの。僕らを見させているのは君自身なんだから」<br />
そんなこと、分かっている。<br />
「僕らを見づにすむように出来る方法、教えてあげようか? 」<br />
そんなもの、あるのだろうか。<br />
「バン! 」<br />
右手の人差指と親指は伸ばし、残りの三本は握る。そして、その人差し指をこめかみに突き付ける。<br />
つまりはピストルだ。<br />
その手を、撃ったかのように動かす。<br />
単純明快。死ねばバイバイ。全てとバイバイ。そんな単純なこと。<br />
「けど、これをしないってことは分かってるよ。だって僕らは君の一部なんだから」<br />
だったらするな。見ているだけで不愉快になる。<br />
「無駄なおしゃべりもそろそろウザいってか? 」<br />
そういうことだ。分かるじゃないか。幻覚のくせに。<br />
「じゃあ、そろそろバイバイ」<br />
出来る事なら、そのままバイバイ・フォーエヴァー。<br />
また目眩。そして、“人”と音が帰ってくる。<br />
あふれるざわめき。ここはこんなにも騒がしいところだったのか。<br />
残されたパフェをまた口に運びなおす。<br />
やっぱり甘さが足りない。<br /><br /><br />
その日はラブホテルに泊まることにした。<br />
顔を見られることもない。その点では動きやすかったのだ。<br />
一人にとってはあまりに大きすぎるベットに横たわり、今日のことをもう一度整理しなおす。<br />
だが、考えれば考えるほど分からなくなり、今はどうしようもないことだった。<br /><br /><br />
日は昇り、事務所へと向かう。この時ほど、周りに警戒をしたことはない。<br />
事務所のある雑居ビルにつき、細い入口の階段を登ってゆく。<br />
コンコン、と二回ノック。中から誰かと尋ねる声。<br />
「アリスです」<br />
入っていいと返された。<br />
ノブを回し、部屋へと入る。<br />
白崎はパソコンに向かい、何かを調べているようだ。<br />
ここのパソコンは機種としては新しいらしく、インターネットにも繋がっているらしい。<br />
インターネットについての知識は持っているが、いまだ活用されたことはない。<br />
そもそも、繋がっているものがまだまだ少ない、普及はあまりしていないのだ。<br /><br />
「襲撃したのが誰か分かったの? 」<br />
開口一番、これを問うた。<br />
「いや、まだまだ分からない。もしかすると、民間のかもしれない」<br />
民間…。そうだとするとやっかいだな…。<br />
調べにくすぎる。簡単に見つかるものではない。<br />
私たち以上に水面下で動いているのだ。最悪の敵ともいえる。<br />
「特定には時間がかかりそうだ」と、白崎はもう一度言う。<br />
「じゃあ、私の情報が漏れたのはどこから? 」<br />
もう一つの疑問もぶつけた。<br />
「それも、まだ分からない。3人までには調べたんだけどね」<br />
そう言って、三枚の紙を渡してきた。<br />
それを手に取り、そこに乗せられた三人の人物について読む。<br />
二人については全く知らない人物。だが、もう一人については……。<br />
「これって、もしかして」<br />
「ご名答。今だから言うけど、二つ前の仕事の依頼主だよ。あの汚職政治家、記者の次は、僕らのことが怖いのかもしれない」<br />
「つまりは口封じね」<br />
まったく、こちらは信頼が重要だから、洩らすことなんてありえないのに。<br />
「こいつを殺せばいいの? 」<br />
「いや、まだ確証が取れてないからもう少し待って。多分、それで当たりだろうけど」<br />
仕方がない。待つか。<br /><br />
白崎が、モニターから顔をあげ、こちらを見る。<br />
「あれ?顔色悪いよ。どうかした? 」<br />
そうなのだ。あのホテルで、またあれが起こったのだ。最近あまりに多すぎる。そのせいで、寝ていない。<br />
「単に枕が合わなかったせい。枕を高くして寝れないだけね」<br />
「……。やっぱりおかしいな。冗談を言うような子だったか?君は」<br />
しまった。墓穴を掘った。<br />
「何か隠してないか? 」<br />
私の心の奥底を覗こうとするかのように、目を細めて見てきた。<br />
嫌いだ。この感じは。寒気、怖気がする。<br />
皮膚を焦がし、身を焼き尽くす殺意とはまた違う。<br />
氷のような、いや無機的な機械の手で、身体、精神の最も弱い部分を掴まれたような。<br />
冷たさゆえ凍りつき、凍傷を起こし、火傷よりもひどく腐らせるような。<br /><br />
気がつけば、全てを漏らしていた。あの目のせいだけじゃないかもそれない。<br />
もしかすると、誰かに知ってほしかったのだろうか。<br />
「ふむ。分かった。知り合いのカウンセラーを紹介しておくよ。腕は確かにいいから」<br />
すべてを聞いた白崎はこう言った。<br /><br /><br />
狂人とは、誰かに知られているから狂人なのであり、だれも知らなければ、ただの一般人となんの変わりもない。<br />
こうして、私ははれて、狂人の仲間入りを果たした。<br /><br /><br /><br /><br /><br />
DUNE 第六話 「Dune」了</p>