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【夢の続き】~プレリュード~」(2006/03/30 (木) 08:07:53) の最新版変更点

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<p><a title="yumenotudukipureryudo" name= "yumenotudukipureryudo"></a> 外は、雨。参ったなあ、今日は晴れる筈だったのに。<br>  今朝見た天気予報が、少しだけ恨めしい。<br>  室内だから、特に大きな問題はないのだけれど。<br>  どうせなら晴れて欲しかったのかしら、と。<br>  そんな事をふと思う自分が、何だか可笑しかった。<br> <br> <br>  持っていたバイオリンを、胸元に抱く。<br> <br>  ずっと、ずっと続けてきたバイオリン。<br>  あなたは、私の演奏を。褒めて、くれた。<br> <br> <br>  「……」<br> <br> <br>  雨はまだ、やみそうにない。ぱたぱたと窓をうち付ける<br>  小雨の旋律に包まれながら、私は――― <br></p> <br> <p>―――<br>  またお会いしましたね。物語のご案内役、道化のウサギ<br> で御座います。さて、何やら物思いに耽るこの人物。一体<br> 何を考えているのでしょう?<br> <br>  そもそも、思いとは。本人が秘めるものについて、他人<br> がその重みを、正しく量ることは出来ません。だからこそ、<br> それを伝えるのは難しい。いや、そもそも。『伝える』と<br> いう行為そのものが、難しいのだと。そう考えるひとの方<br> が、多いでしょうか。<br> <br>  あなたは。伝えたい事は、ありますか?<br> <br>  今回は、この少女が見ていた夢の物語。これから、時間<br> は幕の始めへと遡ります。暫くお付き合いして頂ければ幸<br> いです……<br> ―――<br> <br> 【夢の続き】~プレリュード~<br></p> <br> <p> うん、良い天気だ。からっと晴れた空に向けて、私は大<br> きく背伸びをした。こんな日は、髪のセットにあまり気を<br> 遣わなくて良いから楽だった。<br> 「さあ、今日も楽してズルして学校行くかしらー!」<br> いつもの口癖。気合入れみたいなものだった。今日も……<br> 楽しい事あると、いいのかしら。<br> <br>  学校では、成績優秀で通っている。『学校一、頭脳明晰』。<br> いつの間にか、そんなことを言われるようになっていた。<br>  本当の私は、すごくドジで。どんなことでも、器用にこな<br> すことが出来ない。だから私は、それだけ人より頑張ろうと<br> 思うようになった。そうでなければ、すぐに他のひとに見放<br> されてしまいそうだったから。昔と同じように。<br></p> <br> <p>  恥ずかしい話、友達が全然出来ない時期があったのである。<br> 『楽してズルして』。当時の私は、本当にそんなことを考え<br> てながら行動していたものだから、何をやってもうまくいか<br> なかった。<br>  ただ一人、そんな私に付き合ってくれたひとが居たのだ。<br>  みっちゃん。家の近くに住んでいたお姉ちゃん。私の家は<br> 両親が共働きで、しかも大体何処かへ出張していることが多<br> かった。私とみっちゃんの家は家族ぐるみの付き合いを昔か<br> らしており、独りになってしまいがちな私の世話をいろいろ<br> と焼いてくれた。彼女は、いつも何か失敗してしまう私を励<br> ましてくれた。<br> <br> <br> <br> 『カナ。そんな楽してズルしようとしちゃ、駄目よ?』<br> 私を諌めてくれる彼女。<br> 『それにね。カナは頑張ってる事があるじゃない。<br>  カナのバイオリン、私とっても好きだな』<br></p> <br> <p>  小さい頃から続けているバイオリン。私自身、これを練習<br> しているのは楽しかったから、辛いとも思わずずっとやって<br> これた。<br> 『だって、私にはこれしか取り得が無いから……<br>  私はほんとうに、駄目な子なのかしら』<br> うなだれる。みっちゃんはかわいくて、明るくて。<br> それに比べて、私は。<br> 『ううん。そんなこと無いんだよ、カナ』<br> 抱きしめられた。<br> 『好きなことに熱中できるのも、ひとつの才能なんだよ。<br>  こんなに頑張れるカナだから……<br>  きっと色んなこと、楽しくやっていけるよ』<br> 褒められた。恥ずかしくて顔が紅くなってしまう。<br> 『うぅ、みっちゃんありがとう……かしら』<br>  楽して、ズルして。そんなことばっかりじゃ上手くいかない。<br> 私はもっと頑張ってみよう。他のひとからは見られないように<br> すると、かっこいいかしら……?<br>  そんなことを考えた私は、それから色んなことに取り組んで<br> みようと思ったのだ。嫌いな勉強だって、うまくやってみせる。<br> まあとりあえず、普段ドジを踏んでしまうところだけは、今も<br> 直っていないのだけど。<br> <br>  ちなみに、そのやりとりが終わった直後。<br> 『ああん、カナかわいいー! なんて健気なのー!!』<br> 暴走したみっちゃんに頬擦りされて、ほっぺたが落ちそうに<br> なってしまったのだった。<br> <br></p> <br> <p>  それからの私は、勉強は家で頑張ることにして。入りたかっ<br> た志望校へ受かることも出来た。進学校ながら、部活にも力が<br> 入っている学園である。そこで私は仲の良い友達に囲まれて、<br> 楽しい日々を送っている。<br> 「あら、おはよう金糸雀。今日は珍しく早いのね」<br> 教室で話しかけられる。<br> 「私だって、たまには早起きなのかしら!」<br>  真紅。この学園で始めに出来た友達。<br>  彼女は美しい。初対面では、とても高圧的な話し方だったので。<br> 綺麗な容姿に気おされたことも相まって、怖いひとなんだろうか<br> などと考えていた。しかしながら、そんな印象とは裏腹に、彼女<br> は女の子らしく、かつ人に対する思いやりを備えたひとだ。もと<br> もと彼女の方に付き合いのあった友人達に、私は仲間入りするこ<br> とが出来た。<br> 「あら、おはよう二人ともぉ」<br> 水銀燈。彼女も友達の一人。なんというか、真紅とはまた違った<br> 大人の魅力を兼ね備えた女性である。時々、自分でも気付かない<br> ような按配で私をからかってくるのだが、良い人だ。<br>  なんというか。水銀燈をはじめ、彼女の友達はとても綺麗で魅<br> 力的な娘達ばかりで。私はなんだか気後れしてしまう。<br></p> <br> <p> ホームルームが終わり、一限の授業が始まった。<br> 「今日はこないだやったテストを返すぞ!」<br> えぇー、いらないー! そんな文句がちょこちょこと出た。どん<br> な学校でも、やっぱりテストは嫌なものなのかしら。<br> 「なかなか皆出来は良かったみたいだが……<br>  満点を取ったひとがクラスにひとりいます。<br>  ……金糸雀! 頑張ったな。先生嬉しいぞ」<br> おおー、という歓声。さすが秀才は違うな、という声が聴こえた。<br> <br> 「ちっ……今回は勝ちを譲ってやるですぅ。<br>  他の科目で勝負なのです、金糸雀!」<br> 「受けてたつかしら翠星石! 負けないのよ!」<br> 言われて、(いつもの事なので)半ば反射的に切り返す。<br> 「翠星石は数学が苦手だからね。勝負どころか、赤点とってないか<br>  心配だよ……」<br> 「んなっ! 何言ってるです蒼星石! 今回皆で頑張ったじゃない<br>  ですか!」<br>  双子の翠星石と蒼星石。突っ込み役と突っ込まれ役(ボケ役、であ<br> るとは限らない)の関係は見ていて楽しい。一見喧嘩しているように<br> 見えて。彼女達は、とても仲が良い姉妹なのだ。<br> 「あらぁ、翠星石。そんなこと言っておいて、テスト勉強で金糸雀に<br>  泣きついてたのは、誰だったかしらぁ?」<br> にやり、と水銀燈が笑う。<br> 「な、泣いてなんかねーです! 変なこと言わんでほしーのです!」<br> 言われて黙ってられないのが彼女の性格。また争いは泥沼化しそうだ。<br> </p> <br> <p>「賑やかなのだわ」<br> 「やれやれ……」<br> 「二人とも、あいとあいとー!!」<br> 「……あ、先生が泣いてる……その諦めが、ひとを殺すのね」<br> <br> <br>  いつの様に、状況を把握する真紅。<br>  肩を竦める蒼星石。<br>  なんでか知らないが応援を始めた雛苺。<br>  そして、それよりもよくわからないことを呟き始める薔薇水晶。<br> <br> <br>  その後も続く、もはやクラス名物となってしまった喧騒。皆、<br> 私の大切な友達だ。<br>  もし。私が今勉強が出来なくて、何やっても上手くいかないド<br> ジな子だったら。彼女達は私と付き合ってくれるのだろうか。<br>  『楽してズルして』という口癖は変わらないまま。<br>  そんなことを少し考えてしまうのは、皆には秘密である。<br> </p> <br> <p> 『♪……~~♪♪』<br> 放課後、音楽室。独りで弾くバイオリン。夕陽が射し込んできて、<br> 室内は紅く染まっている。<br>  演奏を終えると。控えめに扉を開けて、部屋へ入ってくるひと<br> が居た。<br> 「よ、金糸雀。今日はもう終わりか?」<br> 「あ、ジュンだったのかしら」<br> 桜田ジュン。彼も、クラスでの友人の一人。<br> 「いや、翠星石に園芸部を手伝わされててさ……<br>  終わってから教室に忘れ物してたのに気付いて。<br>  ここの前通ったら、何か音してたから」<br> ちょっと立ち聴きしちゃったよ、と。簡単に事の経緯を話す彼。<br> <br>  彼は誰に対しても気さくで、人当たりが良い。随分とやさしい<br> 性格なものだから、ひとから何か頼まれたら断れない。今も、翠<br> 星石の手伝いをしていたと言っている。そんな彼に対する、私の<br> 女友達の評価は高い。人気もある。私としては、別段恋愛対象と<br> 言う訳ではなかったものの。なんとなく、気になる存在ではあっ<br> た。<br></p> <br> <p>  皆の、人気者。およそ私とは、正反対のパーソナリティの持ち<br> 主なのかもしれない。でも、以前ちょっとだけ聞いたことがある。<br>  真紅とジュンは結構昔からの付き合いらしい。彼女自身は、<br> 『ここまでくると、腐れ縁なのだわ』<br> なんて言っていたけど。そんな彼女が、少しだけ話したこと。<br> <br> 『ジュンはね。昔はこんなに明るい性格では、なかったのだわ』<br> ひとを信じず、自分から周りに対し距離を置いて。一言言えば、<br> 酷くいじけた性格だったのだ、と。<br> <br>  今の様子からは、とても想像出来ないことだ。そして真紅は、<br> 続けてこんなことを言った。<br> 『そうね……彼は強かったの。表面には見えづらいけど。<br>  こころの奥に、折れないものを持っていたのだわ』<br> そんな彼に、皆魅かれているのかもね。そう続けた彼女の表情は、<br> 微笑んでいた。<br>  そのあと、彼の淹れてくれる紅茶はとても美味しいのよ、とか。<br> 服をデザインするのがとても上手なの、とか。なんだか嬉しそうに<br> 話していた彼女が、とても印象的だった。<br></p> <br> <p> 「どうかしら? 外で聴くくらいなら、中に入ってくれば<br>  良かったのに」<br> 私は彼に切り出す。<br> 「いやあ、良かったと思うよ。僕は専門家じゃないから<br>  正確な評価は出来ないけど、途中で邪魔しちゃ悪いなとは思った」<br> 褒められてしまった。と言うか、そこまで気を遣ってくれることも<br> ないのに。そもそも演奏は、ひとに聴いてもらう為のものなのだから。<br> 「あ、ありがとうかしら。それより、翠星石は?<br>  待ってるんじゃないかしら?」<br> 「あっ、やばい! 蒼星石も一緒だから大丈夫か……いや。<br>  待たせるとあとが怖いからなあ」<br> それじゃ、と。背中を向ける彼。部屋を出る間際、一つ言い残して<br> いった。<br> 「バイオリン、良かったよ。今度聴かせてくれよな」<br> <br>  行ってしまった。『任せてかしら!』だなんて、自信満々に答え<br> てしまったけれど。今、なんだかどきどきしてる。<br>  ガラス戸に、自分の姿が映る。窓から射し込む夕暮れ時の空気に<br> 溶けこんで、私は紅く染まっていた。<br>  この顔の紅みは。夕陽のせいだけでは、ないのかもしれない。<br> </p> <br> <p> 「ははぁ。恋ね、カナ。恋する少女なのね!」<br> 目をきらきらさせるみっちゃん。今日も夕食をわざわざ作りに来て<br> くれていた。こういう事はしょっちゅうで、料理の苦手な私として<br> は嬉しいことこの上ない。何より私は、彼女が作る料理が大好きな<br> のだ。<br> 「恋……って言ったって、私にはよくわからないのかしら!」<br> みっちゃん特製の玉子焼きを頬張りながら、私は言い返す。<br> 「うふふ……カナも年頃の女の子だもんねー。<br>  恋に悩んでいるカナも、激萌えだわっ」<br> はっ! まずい、みっちゃんが私の話を聞いていない。こういう状<br> 態になった彼女は、暴走が近い。<br> 「みっちゃん!」<br> 「えっ??」<br> 我に返ったらしい。良かった。私も大分慣れてきた、というところか。<br> <br>  恋……か。食事中、私はその言葉の意味を考えていた。<br> 「カナ、大丈夫?」<br> 声をかけてくるみっちゃん。少し暗い表情になっていたかもしれない。<br> 心配させてしまっただろうか。<br> <br></p> <br> <p> 「さっきの男の子のこと? ……えっと、ジュン君、だっけ」<br> 「う、うん……」<br> ここではぐらかす気には、何故かなれなかった。<br> 「大丈夫よぅ、カナ。カナはこんなにかわいいんだもの!<br>  思い切ってアタックしてみるのもいいんじゃない?」<br> そう、だろうか。私は、私の気持ちが、今のところよくわかっていない。<br> いや、それよりも。<br> 「私は……かわいくなんか、ないのかしら。<br>  私の友達の方が、よっぽど美人で、かわいくて、女の子らしくて……」<br> そう、学校のクラスメート。彼女達も、ジュンのことをかなり気に入って<br> いるような素振りを見せている。勉強やバイオリンならばいざ知らず、<br> もし恋愛沙汰の勝負になったら。私なんか、敵いっこないのだ……<br> <br> <br>  ふぅ、と。みっちゃんが溜息をついた。<br> 「そうね、カナ。私も見たことあるけど、カナの友達は皆かわいいよね」<br> そうだ。その通りだ。私は無言で頷き、そのまま俯いてしまう。<br> 「でもね、カナ。私はカナも、それに負けてないと思うの。<br>  贔屓目じゃあないの。本当よ?」<br> <br> 「ただね、カナ―――今みたいに、自分でいじけてしまったら。<br>  輝くものも、輝かなくなってしまうわ」<br> <br>  顔を上げる。みっちゃんは穏やかに微笑んでいた。<br> <br> 『ジュンは、今のような性格ではなかったのだわ―――』<br> みっちゃんの声に、あの時の真紅の声が重なった気がした。<br> </p> <br> <p> 「勉強だって、頑張って出来るようになったカナだから。<br>  努力を続けられる強さが、あなたにはあるの。<br>  それはとても、とても魅力的なこと。<br>  だからカナ、自信持ってね?」<br> <br> <br> 「……わかった、かしら!」<br> 私は笑顔で答える。私はまだ、自分でもそれが恋をしてるのか<br> どうかわからなくて。だから彼女の言葉は、今の私にとっての<br> 『正しい解答』ではなかったかもしれない。<br>  けれど彼女は、私のことを心配してる。心を、汲み取ろうと<br> してくれている。それだけで嬉しかった。<br> <br>  ただ、最後に。<br> 『いざとなったら、当たって砕けるのよ、カナ!』<br> だなんて、縁起でもないことを言い残していったのは、少しだ<br> け余計だったと思う。砕けてしまうのはいただけない。<br>  私は私で。これからいつか、彼を意識することがあるのなら。<br> もう少し、自信を持ってみても良いかしら―――<br></p> <br> <br> <p>  日常、だった。私達はふざけあい、楽しい時を繋げていく。<br> 平和な幕間は続くのだ。<br>  ジュンと、もっと積極的に会話しようと思った。とりあえず、<br> 彼のことをもっとよく知りたい。今までも、もちろんちょっと<br> した会話をすることはあった。でも、もっと。色々な話が、し<br> たい。<br>  自分の感情を意識するようになると、周囲の行動もよく見え<br> るようになってきた。雛苺は、恋愛感情をもってジュンと接し<br> ているようには見えない。何かこう……兄を慕うような。そん<br> 親愛の気持ちを持っているような印象を受ける。ただ、雛苺は<br> 背が低い割に、その、……胸が大きい。そのプロポーションで、、<br> 彼の腕にしがみ付いたりしている。天然でやってるのかしら。<br>  自分の胸を見てみた。……く。あれは反則なのかしらー……<br> 『男のひとってやっぱりああいうの好きなのかしら』<br> ぶんぶん。頭を振る。なんか私、考えが変な方向へ飛んでる?<br> </p> <p>  抱き付きと言えば、それを確信的にやっている様子なのが水<br> 銀燈。何というか、大人の魅力だ。学校内でも一・二を争う程<br> の美人。もっとも、彼女が甘い声で近づきながら彼に抱き付く<br> 度に、翠星石に毎度ひっぺがえされてる気がする。<br> <br>  当の翠星石はと言うと、割と見ててわかりやすくて。本人の<br> 前では素直になれないんだな、という感じ。他の女の子が彼と<br> いちゃいちゃしている風になると、あからさまに機嫌悪くなっ<br> てるみたいだし。<br> <br>  蒼星石は……? 彼が翠星石と仲良くやってる様子を見てて、<br> いつもにこやかにしている。<br>  だけど、時折。それを見ながら、ふと寂しそうな表情になっ<br> ているのは何故なのだろう。普段は見せない顔だから、すこし<br> 気になるかも。<br> <br>  薔薇水晶。彼女は、自分の感情を露骨に現さない。……と言<br> うか、読めない。ジュンと話していると、通常状態と比べ不思<br> 議具合が三割増しくらいになっている気がするけれど。あれは<br> テンションが上がっているからなのだろうか?<br>  それにしても、彼らの会話は本当にシュールなのかしら……<br> 個人的には、かなり好みだったりする。そんなにシウマイ好き<br> なの? 薔薇水晶。みっちゃんの玉子焼きの方が美味しいかし<br> らー!<br> <br>  ……おっと。また飛んでしまったのかしら。私、みっちゃん<br> と性格似てるのかも……<br></p> <p>  そして、真紅。昔、ジュンのことについて私に話してくれた<br> 時の、あの表情。とても穏やかだった。いつも彼に、紅茶を淹<br> れて貰ってるのだろうか。彼らはもともと長い付き合いだ。何<br> も言わなくても伝わるような、そんな信頼の絆のようなもので<br> 繋がっているような気もする。<br> <br> <br>  なんてこと。こうなるともう皆、彼に何かしら特別な感情を<br> 抱いているようではないか!<br>  それでも不思議なことに、私達が仲違いするということは、<br> 今のところない(決して、『喧嘩をしていない』という意味で<br> はない)。<br>  ……多分。あくまで推測だが、桜田ジュンは、恋愛沙汰には<br> とんと疎いのではないだろうか? だからこそ私達のパワーバ<br> ランスは崩れず、うまくやっている感じになっているのでは。<br> 頑張っても暖簾に腕押し状態ならば、事は動かないからだ。<br> <br> <br> <br>  どうしよう。私も何か、しなくちゃいけないかしら――<br> </p> <p><br>  そんな事を、悠長に考えている場合ではなかったのだ。<br> パワーバランスは、今まで危うい均衡を保ってきていて<br> いるのだと思っていた。居心地よく、ずっと続くと思わ<br> せてくれるような、そんな関係。<br>  しかし、それは違う。それは何処も危うくなく、むし<br> ろ『しっかりとした状態』であったことに気付く。<br>  そう、均衡とは。崩れてしまってから、そのかつての<br> 存在を、よく意識して。安定を懐かしむ、ものではなかっ<br> たか?―――<br> <br> <br> <br> ――――――<br> <br></p> <p> 「さあ、帰ろうかしら」<br> 放課後の練習を終えて、音楽室を出ようとする。<br>  今日も西日が紅く眩しい。<br> 「今日はジュンと結構お話出来たし、良かったかしら!」<br> 満足だった、今のところは。毎日毎日、ちょっとずつ前進<br> 中。私は私で、マイペースで行こう。<br> <br> 『いつか演奏、聴かせてくれよな』――<br> そんなことを言っていた、彼。そうだ、そのうち放課後、<br> 彼を音楽室へ呼び出してみよう。そして私のバイオリン<br> を、聴いてもらうのだ。我ながら妙案なのかしら!<br>  にこにこしながら玄関へ向かうと、そこに人影があった。<br> 夕陽の逆行で、姿が上手く視認出来ない。何やら話してい<br> るようなのだが、下駄箱の陰からはよく聞こえない。<br> 「あのシルエットと……声。あれは――」<br> ジュンと……水銀、燈?<br></p> <p> 何をしてるんだろう。二人きりで――<br>  覗き見るのは悪いと思いながら、私は目を離せなかった。<br> なんだろう。なんだろうか。いや、まさか。二人は既に、<br> 付き合っているということは……<br> <br> <br>  そう考えた時。見れば、水銀燈の顔は、ジュンに近づいて<br> いって―――<br> <br> <br>  ゴトン!<br>  <br>  小脇に抱えていたバイオリンケースを落としてしまう。<br> しまった! 急いでそれを拾い。そして、訳も分からぬまま。<br> 私は音楽室に向かって走り出した。<br></p> <p>――――――――――――――<br> <br> 「ん? 何か今音がしたか?」<br> ジュンが私に話しかける。<br> 「そおねぇ……誰か私達のこと、覗いてたんじゃないかしらぁ」<br> 何か落とした音のあとに、ぱたぱたと走って遠ざかっていく足音<br> が聴こえた。誰か近くに居たことは、間違いないだろう。<br> 「ええっ? まさか……」<br> 彼は何だかうろたえている。<br> 「大丈夫よぉ、ジュン。<br>  それよりも。今日は一緒に帰ってくれるんでしょう?」<br> そう。気にする必要なんて、無いのだ。<br> 「わかった。……送っていくよ」<br> 「ふふ、ありがとう。やさしいのね、ジュンは」<br> 私は彼の腕をとる。今日はもちろん、自分の家まで。送って貰う<br> つもりだ。<br> <br> ――――――――――――――<br></p> <p>  外が、暗くなり始めていた。あれから結局、音楽室に戻ってみた<br> ものの。バイオリンの練習をする気には、なれなかった。<br>  帰り道。ぼんやりとしながら、私は歩く。そうよね、水銀燈なら<br> ……あんな美人で。ちょっと意地悪なところもあるけれど、彼女は<br> 悪い人間ではない。<br> 「キス……してたかしら。大人の魅力、かあ……」<br> 私には、程遠い。届かない。とぼとぼと、独り歩いてその日は家路<br> についた。<br> 「明日、学校休もうかしらー……」<br> ちょっと明日は、皆と顔をあわせ辛い。そんな事を、考えていた。</p> <br> <p>――――――――――――――<br> 翌日、学校。とりあえず落ち着いて。まずはいつも通りの挨拶を。<br> 「おはよぉ、ジュン」<br> 「ん。おはよう、水銀燈」<br> なんだかそわそわした感じで、彼は返してきた。……照れているの<br> かな? まあ、昨日の今日だし、仕方ないか。ああもぉ、かわいい<br> んだから、ジュンは。<br> 「……おはよう」<br> 「あらぁ、おはよう薔薇水晶」<br> 「……今日の銀ねえさま、なんだかテンション高い……」<br> おや、そういう風に見えるのか。別に隠す事でもないが、少し気を<br> つけた方が良いだろうか。<br> 「……何か良い事、あったの……?」<br> ふむ、この娘は。いつも不思議な言動をしているように見えて、実<br> は結構鋭いのだ。勿論、彼女とて。ひとの心を、正確に読みきれる<br> 訳ではない。しかし、ひとをよく『見る』のが、得意なタイプなのだ<br> ろう。<br> 「そおねぇ……自分の気持ちを、再確認出来たってところかしらぁ?」<br> とりあえず、偽りのない言葉を。どうもこの娘に対しては、嘘をつく<br> 気になれない。<br> 「……把握」<br> え? なんだろう。『ピコーン』という音とともに、彼女の頭上に何<br> か電球が光ったようなエフェクトが見えた気がした。思わず自分の目を<br> こする。幻覚、よねぇ?<br> 「……負けないよ、銀ねえさま……」<br> そう言って、薔薇水晶は自分の席へ戻る。<br>  成る程。どう把握されてしまったのかは不安だったが、それは置い<br> とくとして。私だって、負けてられないのだ。<br></p> <br> <p> ホームルームが始まる。<br> 「おはよう、皆! さて、出席をとるぞー。<br>  おや? 今日は金糸雀が欠席か」<br>  金糸雀の席が空いていた。本当に珍しい。今まで無遅刻無欠席だった<br> 彼女が、今日になって休むだなんて。<br> <br>  昨日の放課後、物音、走り去る足跡。放課後、いつも学校に残ってい<br> る彼女は、――――まさか。<br> <br> 「どうしたんでしょうねー。健康が取り得の金糸雀が休むなんて」<br> 「まあ、彼女は健康だけが取り得ではないけど……どうしたんだろうね」<br> 「心配なのー」<br> 「確かに……今の時期に風邪を引くというのも、珍しいのだわ」<br> <br> 私の思考をよそに、皆めいめい金糸雀の心配をしている。<br> <br> 「じゃあ……放課後みんなで……お見舞い」<br> 薔薇水晶の言葉が、鶴の一声となった。<br> 「それはいいわねぇ。ジュン、あなたも行くでしょ?」<br> 彼に話を振ってみた。<br> 「いいよ。それじゃ、放課後みんなでお見舞い行こうか」<br> 躊躇う様子もなく、了承を出す彼。まったく。そういうところは遠慮ない<br> のよねぇ、あなたは。少し苦笑してしまう。<br></p> <br> <p>  そうして。賑やかな面々で、金糸雀の家へ押しかけることになって<br> しまった。<br>  インターホンを押す。<br> 「!……みんな……! はやくダッシュしなきゃ……!」<br> 「あら、誰も出ないのだわ。留守なのかしら」<br> 鮮やかに、薔薇水晶に対し黙殺を決め込む真紅であった。他の面々も、<br> それにならう。まあ、ちょっとかわいそうだが。<br> 「……くすん。誰かつっこんでよう……」<br> なんだか泣きそうになっていたので、私は頭を撫でてあげた。よしよし。<br> 「……えへへ。だから大好き、銀ねえさま……」<br> 「あらぁ。私もあなたが好きよぉ、薔薇水晶」<br> 猫のように彼女がごろごろ懐いてきたので、あやしてみる。うん、可愛い<br> 娘ねぇ。<br> <br> 「何そこでラブラブやってるですか! 金糸雀が全然出てこねーですよ!?」<br> ぴしゃり、と。翠星石に突っ込まれてしまった。<br> 「!……今の切り返しは……なかなか良いタイミング……」<br> 薔薇水晶には悪いが、やっぱりちょっと放っておこう……<br> <br></p> <br> <p>「居ないのかな。病院に行ってるのかもしれないね」<br> 蒼星石が、ひとつの考えを示した。それは有り得ることだ。<br> 「うゅ……やっぱり心配なのねー……金糸雀、大丈夫かしらー」<br> 雛苺がぽつりとこぼす。皆、その心配は同様のようだ。<br> <br> 「ここで待っててもしょうがないな。<br>  玄関で大勢騒いでても近所迷惑だから、今日のところはこれで帰ろう」<br> <br>  ジュンの提案。確かにそうである。心配する気持ちはわかるのだが、<br> 不在なのならば致し方ない。惜しみながらもそれぞれ帰路について……<br> 皆が居なくなった後、私は。金糸雀の家へ、踵を返していた。<br> <br> <br> ――――――――――――――<br></p> <br> <p>  玄関のあたりが、何だか賑やかだ。私はこっそりと、二階にある自室<br> の窓から、外を覗いてみた。<br> 「……みんな!? お見舞いにきてくれたのかしらー……」<br>  学校にも連絡を入れず、無断欠席。午前中から電話が何度もかかって<br> きたが、全部無視した。多分担任からだったろう。<br>  みんなには、心配かけちゃったのかしら……悪い事したかしらー……<br> そんなことを思いながら、もう一度覗き見る。<br> <br>  居る。水銀燈も、ジュンも。どうしよう。今会っても、まともに対応<br> が出来る自信が無い。<br> 「みんな、ごめんかしら……」<br> 私は、居留守を決め込むことにする。ちくり、と。罪悪感で、胸が少し<br> 痛んだ。<br> <br> <br> <br> <br>  暫くして。私は布団にくるまって、何を考えるでもなくぼんやりとし<br> ていた。<br> <br>  ピンポーン<br> <br>  チャイムの音。誰か来たのかしら?<br>  でも。今日は完全に居留守を決め込むことにしたのだ。誰かきても、<br> 不在を押し通そう。<br>  ……まだチャイムの音は続く。いやいや。私は、今日は居ないのかしら!<br> <br>  その内、音がしなくなった。良かった、諦めてくれたかしら……<br> </p> <br> <p> <br>  すると。<br> <br>  カツン<br> <br>  と。窓に何か当たるような音がする。<br>  ……何かしら?<br> <br>  カツン カツン<br> <br>  まだ何か当たってるみたい。私は窓を開け、外を見てみる。<br> <br> <br> 「……水銀燈!?」<br> そこには、小石をいくつか手にしている水銀燈の姿があった。<br> 「あらぁ、金糸雀。体調は大丈夫?」<br> どうして、どうして彼女がここに居るのか。帰ったのでは無かったか――<br> 「お見舞い品、持って来たのよぉ。ちょっとお家にあがって良いかしらぁ?」<br> <br>  今、一番顔をあわせづらい人物。そのひとが今、私の家にやってきた。<br> どうして。さっきみんな、帰った筈なのに!<br>  もう、居留守は使えない。私は観念して、彼女を家へあげることにする。<br> </p> <br> <p> 彼女を居間へ通して、とりあえずお茶を出す。<br> 「どうぞ……かしら」<br> 「あらぁ、ありがとう。でもお構いなく。あなたは『病人』なんだからぁ」<br> 彼女の顔を見ることが出来ない。いつも微笑みを絶やさない彼女の顔を見<br> るのが、今は何だか……怖い。<br>  二人、暫く無言の時間が続いた。<br> <br>  不意に、水銀燈が切り出す。<br> 「まったくぅ。居留守なんか使っちゃだめよぉ? 皆心配してたんだからぁ」<br> めっめっよぉ、と人差し指を立てて言う水銀燈。それは、本当に悪い事をした<br> と思っている。だけど……<br> <br> 「ねぇ、金糸雀。昨日の放課後――下校口で、見た?」<br> 見た、というのは。あのことだろう。昨日の光景が、またあの時の光景が脳裏<br> を掠める。水銀燈の顔がジュンに近づいていって、そのまま……<br> <br>  答えない私の様子を見て、彼女はそれを肯定と捉えたようだった。<br> 「……やっぱりねぇ」<br> ふぅ、と溜息をつく彼女。私は改めて、その姿を見やる。<br>  女の私から見ても、綺麗なひとだと素直に言える。長い、ふわりとした銀色<br> の髪。大人っぽい、身体のライン。それで……ジュンの、彼女で……<br> </p> <br> <p>「ちょ、ちょっと! どおしたのぉ?」<br> 気付くと、私はぽろぽろと涙を零していた。<br> 「な、なんでもないかしらー……」<br> 嘘だった。でも、そう返すのが、今の私には精一杯で。<br> <br> そうだ、私は。彼のことが。ジュンが、好きだったのだ。<br> だけどもう、それは叶わぬ夢。<br> ……夢? <br> そう、確かに楽しかった。夢の様に楽しかったかもしれない、けど、<br> <br> 私は、この恋の。自分の気持ちすら、伝えられなかった――!<br> <br> 「――金糸雀?」<br> 聴こえる声が、近い。いつの間にか彼女は、私の隣に来ていた。<br> 「ねぇ。金糸雀は、ジュンのことが好きだったの?」<br> 問いかける彼女。<br> 「う……今まではよくわからなかったけど、昨日はっきりしたのかしら。<br>  ジュンは、誰にでもやさしくて。そう、こんな私にも。<br>  もっと一緒に居たいって思って、」<br> 「私はジュンのこと――好きなの」<br> そう。出来ればそれを、彼に伝えてみたかった。<br></p> <p><br>  ふぅ、と。少し息を吐き出しながら。そっかぁ、そおなのねぇ、と。<br> 水銀燈はひとりごちた。そして、こちらの方を向いて言う。<br> 「私も。ジュンのことが、好きよぉ。――金糸雀と、同じように」<br> それは、わかってる。すると。不意に、水銀燈は私の身体を抱きしめた。<br> <br> 「すっ、すす、水銀燈……!?」<br> 思わずうろたえてしまう。ちょっと身体を動かしたくらいでは、この抱擁<br> は離れそうにない。彼女の身体から、なんだか良い香りがする。<br>  そして。<br> <br> 「そっかぁ。……じゃあ私達は、ライバルなのねぇ」<br> 穏やかな声でそう言った彼女の言葉の意味が、わからなかった。</p> <p> 暫く抱き合ったままだったが、私の方も大分落ち着いてきたので、また<br> 二人で向かい合う。<br> 「ライバルって、その……」<br> 問いかける私を遮り、彼女が答える。<br> 「私、昨日ジュンに告白したの……だけど、フラれちゃったぁ……」<br> そんな。でも、でも。<br> 「好きなひとが、居るんだってぇ。だから私とは付き合えないって……<br>  でも、諦め切れなかったから」<br> 相手に彼女が居るのに、引き下がれないでしょ? と。<br> 「だから、まだあなたのことが好きよぉ、って。<br>  宣言してから、キスしちゃったぁ。こう、おでこにね」<br> 私の額をつつく彼女。なんてことだ。そんな真相だったなんて。<br> <br> 「唇は、まだ貰えないからぁ。……でも私はまだ、諦めてないの。<br>  いつかジュンを振り向かせるんだからぁ」<br> 強い、彼女は強い。もし振られる立場が私だったら、どうだったろうか。<br> 「だから。あなたもライバル、ね?」<br> そう言って、水銀燈はウィンクした。<br> 「うー、どうなの、かしらー……」<br> いまいち、自信が持てない。目の前にいる女性が、あまりにも、こう……<br> 「あらぁ。どおしたのぉ? こっちはただでさえ、強力なライバルが<br>  増えて、焦ってるって言うのにぃ」<br> 「え……?」<br> それは、私のことだろうか。強力、だって?<br> 彼女は微笑みながら言う。<br> 「だってぇ……あなたは頭がいいし、バイオリンを嗜むところなんかも<br>  才女っぽいわぁ。そしてなによりかわいいし。<br>  ドジっ娘っていうところも、結構ポイント高いかもしれないわねぇ」<br> <br></p> <br> <p> そう、なのだろうか。みっちゃんにも、昔褒められた事がある。そして<br> もっと自信を持て、と。<br> <br> <br> <br> 「ライバルにアドバイスするのも何だけど……<br>  あなたはもっと、自信を持つべきだわぁ。<br>  そうじゃないと勝てないわよぉ?<br>  だって多分、ジュンの好きなひとは……」<br> <br> 付き合いだけは、やたら長いから。そういうのって、ずるいわよねぇ?<br> そんな風に、諭してくれるのだった。<br> <br>  そうか。彼の好きなひとというのは。……きっと、あの娘のことだろう。<br> これは確かに、気合を入れなければならないかしら。<br> <br> 「私だって、負けないかしら。<br>  楽してズルして、ジュンのハートをいただきかしらー!」<br> <br> 「私だって、負けないわよぉ。あと、それとねぇ……」<br> <br> 言葉。私は、素晴らしい友達に恵まれたと思う。<br> さっきまで、彼女に恐れのようなものを抱いていた自分が恥ずかしい。<br> <br> いつの間にか、二人で笑っていた。<br></p> <p>「明日は学校、来なさいねぇ」<br> そう言って、水銀燈は帰っていった。結局、彼女とジュンは恋仲ではなかっ<br> たけれど。どうやら……敵は手ごわいようだから。<br> <br>  ジュン。いつか私の気持ちを、聞いて欲しいのかしら――<br> <br> <br> <br>  それから。崩れたと思っていた平和の幕間は、もう少しだけ続くことと<br> なった。何というか、休戦協定というわけでもないけれど。割とみんな、<br> あからさまなアプローチをかけているようには見えない。<br>  けれど、お互いの目が届かないようなところで。何か彼との進展が、あ<br> るかもしれない。そんなことを考えながらも、この均衡は続いていったの<br> だった。<br> <br>  私達は一緒に居られるだけで、楽しさを共有出来る。そんな仲間だ。そ<br> んな仲間内で、『誰かの特別』になろうとすれば。普通、均衡は崩れてし<br> まうものなのだろう。それはきっと、寂しいことなのだろうけど……<br> </p> <p>  卒業が、近づいていた。学園を卒業しても、この仲間の縁は切りたくない。<br> だけど、ここに居るうちに。私は伝えたいことがある。<br> <br>  放課後。私は意を決して、彼に声をかける。<br> 「ジュン」<br> 「お、なんだ金糸雀」<br> 「ちょっと、ついてきて欲しいのかしら!」<br> 彼の手を引っ張る。<br> 「お、おい! 何処行くつもりだよ!」<br> 抗議する声を半ば無視して、連れて行く。<br> <br> <br> その様子を、たまたま水銀燈と薔薇水晶が見ていた。<br> 「……愛の逃避行……?」<br> 「そおねぇ。……逃げる必要は、ない訳だけど」<br> (そう、いくのね。頑張って、金糸雀……)<br> 水銀燈は、二人の背中を見つめていた。<br></p> <p>「ここ、音楽室じゃないか」<br> そう。ここは私にとって、特別な場所。<br> 「いつか約束したかしら。私のバイオリン、聴かせて欲しいって。<br>  大分遅くなってしまったけど……」<br> <br> 「今、聴いていって欲しいかしら」<br> <br>  彼はちょっと驚いたようだったけど、けれど、すぐに了承。<br> 近くの椅子に座り、私の方を向く。<br> <br> 「それじゃ、いくかしら……」<br>  <br>  すう、と。体制を整える。<br> <br>  緊張する。どんなコンサートよりも。<br>  本当に聴いて欲しいひと、ただひとりが、ここに居て。<br> <br>  弾き始める。旋律が踊る。<br>  聴いてくれてるかしら。私の、音を。<br>  昔から、これだけは好きで、ずっと続けてきたの――<br>  ジュン、それは知ってた?<br> <br>  私のことを、もっと知って欲しい。<br>  あなたのことを、もっと知りたい。<br> <br>  そんな想いを旋律に託し、弾き続ける。<br> <br>  だから、今は。私が奏でる音に、耳を傾けて欲しいかしら――<br> </p> <p>  演奏を、終える。たったひとりの観客に、一礼をする。<br> <br>  ひとり分の、拍手。だけど、どんな盛大な拍手よりも、私のこころに<br> は響いていた。<br> <br> 「はあ……どうだった、かしら」<br> 感想を求める。けれど彼が発しようとしていた言葉は、この拍手が代<br> 弁してくれているようだった。<br> 「どうって。すごいよ、金糸雀」<br> <br>  良かった。私の音を、聴いてもらえた。<br>  そして、今。それより更に、伝えたいことは。<br> <br> <br> 「ねえ、ジュン。私は、あなたのことが――」 <br></p> <p>――――――――――――――――――――――――<br> <br>  <br>  帰り道。今、あなたと一緒に歩いている。<br>  <br>  夕陽。そういえば、初めて彼を意識した日も、こんな<br> 紅い空をしていたっけ。<br> <br>  三叉路にさしかかった。<br> <br> 「この辺りで大丈夫かしら!」<br> 私は彼に話しかけた。夕陽に染まる彼の姿が、紅く見える。<br> 「……わかった。じゃあ金糸雀、また明日な」<br> また、明日。そう、明日も明後日も。あなたに会える。<br> 「ありがとうかしら、ジュン。また、明日」<br> <br> <br>  一人、家まではあとわずかな道を歩く。道の脇に車両確認用<br> の鏡が立てかけられている。下を通りすぎるとき。鏡で自分の<br> 顔を見ていた。<br> <br>  私の顔は、紅く染まっている。映る表情は、笑顔。<br></p> <br> <p><br>  家に辿り着く。入り口の辺りに、誰かの人影が見えた。<br> <br> 「みっちゃん……?」<br> <br>  彼女だった。<br> <br>  私は今、笑顔。だけど、だけど、<br> <br>  私は彼女に駆け寄り、もう、我慢できずに、<br> <br> <br> 「ううっ……うわあぁぁぁあぁん!!!」<br> <br>  彼女にしがみ付いて、泣いた。<br></p> <br> <p>  振られた時も、きっと笑顔で。そう心に決めていた。<br> 私は彼に『途中まで送ってほしいかしら!』とお願いし、<br> 一緒に帰っていた訳だけど。<br>  さっきまでは、笑っていられた。けど、今。みっちゃん<br> の顔を見たら、自分の中の何かが、決壊したようだった。<br> <br> <br> 「うぅっ……ひっく、だめだった、かしらぁ。<br>  当たって、……砕けちゃったの、……かしらぁ、ぐすっ」<br> 嗚咽が止まらない。彼女は、私の頭を優しく撫でてくれる。<br> ジュンに振られた時の水銀燈は、やっぱり強かったのだ。<br> 私は、いざ振られてみたら……もう、涙が止まらない。<br> 「カナ――カナ、がんばったね……」<br> 彼女の言葉と手が、私を慰める。<br> <br>  みっちゃんには、先日のうちに。私が好きなひとに告白す<br> るのだと伝えていたのだ。私のことが心配で、待っていてい<br> てくれたのだと思う。……ありがとう、みっちゃん。<br></p> <br> <p>―――――――――――――――――――<br> <br>  翌日、学校にて。私は金糸雀から、告白の結果がどうだっ<br> たかをこっそりと本人から聞いた。他の友人達には、もちろ<br> ん内緒で。なんていったって、私がジュンに告白して振られ<br> たことも。『諦めない宣言』をして、彼(のおでこ)にキスを<br> してしまったことも。女友達では金糸雀しか知らないのだか<br> ら。<br>  ジュンは。いつも一緒に居る仲間として。私が周りとぎく<br> しゃくしてしまうのを気にかけて、私とあった出来事を、誰<br> にも言わなかった。<br>  本当、どこまで鈍ちんなんだろう。私の周囲は、きっと皆、<br> あなたのことが好きで。私みたいに狙っているかもしれない<br> というのに、全然気付かない。<br>  だけど。その辺りが彼の悪いところでもあり、また良いと<br> ころでもある。きっと、金糸雀の思いも。その胸に、しまっ<br> ておくのでしょうね……<br>  惚れた弱みというやつか。……優しすぎる程優しいんだから、<br> あなたは。<br></p> <br> <p> 金糸雀の気持ちを知ったとき。私は半ば、結末を予<br> 測していた。彼女は……振られてしまうだろう、と。<br> <br>  だけど。自分自信が諦めきれない気持ちと。そして何より、<br> 伝えたいという気持ちそのものを、止める権利は誰にも無い<br> のだと。私はそう思って、彼女の告白を、諦めさせるような<br> ことはしなかった。<br> <br>  彼女は昨日、泣いていたのかな。目の周りが、何だか腫れ<br> ているようにも見える。私も、ジュンに振られた日。彼と別<br> れてから、自分の部屋で、泣きに泣いた。<br> <br>  金糸雀は今朝、学校で彼と顔をあわせたとき。<br> 『ジュン、おはようなのかしら!』<br> と。とても良い笑顔だった。……彼女は、強い。<br> <br>  辛い思いを、させてしまった。<br>  <br>  いつかわかってくれる日が、来るわよね?<br>  私達は、言わば戦友なんだから―――<br> <br> <br> 私は、金糸雀を抱きしめて。暫くの間、ずっとそのままだった。<br> </p> <br> <p> ――――――――――――――――――――――――――――――<br> <br>  外は、雨。参ったなあ、今日は晴れる筈だったのに。<br>  今朝見た天気予報が、少しだけ恨めしい。<br>  室内だから、特に大きな問題はないのだけれど。<br>  どうせなら晴れて欲しかったのかしら、と。<br>  そんな事をふと思う自分が、何だか可笑しかった。<br> <br>  ――自分の式じゃ、ないのにね―――<br> <br>  ここは、とある宴会場の別室。<br>  <br>  今は、結婚式の二次会である。<br>  結婚式の主役である幸せな二人は、私や水銀燈が<br>  予想していた通りの組み合わせだった。<br> <br>  卒業式の日。ジュンは真紅にその想いをつげ、<br>  恋人同士となった。<br> <br>  まったく、私や水銀燈を振っておいて!<br>  そんなことを、口で言っていながら。<br>  実はそのことに対し、後ろ暗い気持ちなど<br>  無かったのだった。<br>  彼らの交際を知った仲間達は。やっぱりというか、<br>  一様に残念がっていたけれど……<br>  二人を祝福していた。それは、もちろん私も含めて。<br>  本当に、良い仲間だと思う。<br></p> <p> 水銀燈が、私の家に来てくれた日。<br>  彼女は去り際、ある言葉を私にくれた。<br> <br> 『それとねぇ……<br>  私達の誰かが、彼の"特別"になるのなら――<br>  きっとそれを、祝福できると思うわぁ』<br> <br>  もちろん、自分がその"特別"になれればもっと良いけど。<br>  そんな風に言って笑っていた。<br>  "特別"になれる夢は、繋げなかったけど。<br>  あなたの言っていた言葉は、今ならわかる気がするかしら。<br>  ね? 水銀燈―――<br> <br></p> <br> <p>二次会には、皆揃ってる。<br>  私は出し物で、バイオリンを披露することになった。<br>  その準備をすると言って、別室へやってきたのだ。<br>  <br> <br>  持っていたバイオリンを、胸元に抱く。<br> <br> <br>  あの後も、私はずっと弾き続けている。<br>  あのね。<br>  あなたに告白した日。私はその日の為に、<br>  バイオリンを続けてきたんじゃないかと、思えたの。<br>  おかしいかしら……?<br> <br>  <br>  最後に、もう一度だけ、心の中で呟く。<br>  私は、あなたのことが。……本当に、好きでした。<br> <br></p> <p> 「……」<br> <br> <br>  雨はまだ、やみそうにない。ぱたぱたと窓をうち付ける<br>  小雨の旋律に包まれながら、私は――あなた達を。<br>  心から祝福しようとして、皆が待っている部屋へ赴く。<br>  そう、私達の分まで。<br>  幸せになってくれなきゃ……困るのかしら!<br> <br> <br>  卒業前に、彼ひとりに聴かせてあげた曲を、<br>  もう一度弾こうと思う。<br>  あなたはまた、褒めてくれる?<br> <br> <br>  部屋に入って、浴びせられる喝采。<br>  よかった。みんな、良い笑顔をしてるのかしら。<br> <br> <br>  すう、と。体制を整える。<br> <br> <br>  今、あなた達のために。<br>  幸せを繋ぐための前奏曲を、私は奏でよう―――<br></p> <br> <p>―――<br>  如何でしたか? これにて、今回の夢の幕間は<br>  おしまいです。<br> 少女はその想いを少年に伝え。<br>  そう、それは届かずとも……<br>  大きな一歩を、刻んだのです。<br> <br>  それでは機会がありましたら、<br>  またお会いしましょう。<br>  <br>  別な誰かが見ている夢は。<br>  きっとまだ、続いているのでしょうから……<br> ―――<br> <br> <br> <br> 【夢の続き】~プレリュード~<br> <br> おわり<br></p>
<p><a title="yumenotudukipureryudo" name= "yumenotudukipureryudo"></a> 外は、雨。参ったなあ、今日は晴れる筈だったのに。<br>  今朝見た天気予報が、少しだけ恨めしい。<br>  室内だから、特に大きな問題はないのだけれど。<br>  どうせなら晴れて欲しかったのかしら、と。<br>  そんな事をふと思う自分が、何だか可笑しかった。<br> <br> <br>  持っていたバイオリンを、胸元に抱く。<br> <br>  ずっと、ずっと続けてきたバイオリン。<br>  あなたは、私の演奏を。褒めて、くれた。<br> <br> <br>  「……」<br> <br> <br>  雨はまだ、やみそうにない。ぱたぱたと窓をうち付ける<br>  小雨の旋律に包まれながら、私は――― <br></p> <br> <p>―――<br>  またお会いしましたね。物語のご案内役、道化のウサギ<br> で御座います。さて、何やら物思いに耽るこの人物。一体<br> 何を考えているのでしょう?<br> <br>  そもそも、思いとは。本人が秘めるものについて、他人<br> がその重みを、正しく量ることは出来ません。だからこそ、<br> それを伝えるのは難しい。いや、そもそも。『伝える』と<br> いう行為そのものが、難しいのだと。そう考えるひとの方<br> が、多いでしょうか。<br> <br>  あなたは。伝えたい事は、ありますか?<br> <br>  今回は、この少女が見ていた夢の物語。これから、時間<br> は幕の始めへと遡ります。暫くお付き合いして頂ければ幸<br> いです……<br> ―――<br> <br> 【夢の続き】~プレリュード~<br></p> <br> <p> うん、良い天気だ。からっと晴れた空に向けて、私は大<br> きく背伸びをした。こんな日は、髪のセットにあまり気を<br> 遣わなくて良いから楽だった。<br> 「さあ、今日も楽してズルして学校行くかしらー!」<br> いつもの口癖。気合入れみたいなものだった。今日も……<br> 楽しい事あると、いいのかしら。<br> <br>  学校では、成績優秀で通っている。『学校一、頭脳明晰』。<br> いつの間にか、そんなことを言われるようになっていた。<br>  本当の私は、すごくドジで。どんなことでも、器用にこな<br> すことが出来ない。だから私は、それだけ人より頑張ろうと<br> 思うようになった。そうでなければ、すぐに他のひとに見放<br> されてしまいそうだったから。昔と同じように。<br></p> <br> <p>  恥ずかしい話、友達が全然出来ない時期があったのである。<br> 『楽してズルして』。当時の私は、本当にそんなことを考え<br> てながら行動していたものだから、何をやってもうまくいか<br> なかった。<br>  ただ一人、そんな私に付き合ってくれたひとが居たのだ。<br>  みっちゃん。家の近くに住んでいたお姉ちゃん。私の家は<br> 両親が共働きで、しかも大体何処かへ出張していることが多<br> かった。私とみっちゃんの家は家族ぐるみの付き合いを昔か<br> らしており、独りになってしまいがちな私の世話をいろいろ<br> と焼いてくれた。彼女は、いつも何か失敗してしまう私を励<br> ましてくれた。<br> <br> <br> <br> 『カナ。そんな楽してズルしようとしちゃ、駄目よ?』<br> 私を諌めてくれる彼女。<br> 『それにね。カナは頑張ってる事があるじゃない。<br>  カナのバイオリン、私とっても好きだな』<br></p> <br> <p>  小さい頃から続けているバイオリン。私自身、これを練習<br> しているのは楽しかったから、辛いとも思わずずっとやって<br> これた。<br> 『だって、私にはこれしか取り得が無いから……<br>  私はほんとうに、駄目な子なのかしら』<br> うなだれる。みっちゃんはかわいくて、明るくて。<br> それに比べて、私は。<br> 『ううん。そんなこと無いんだよ、カナ』<br> 抱きしめられた。<br> 『好きなことに熱中できるのも、ひとつの才能なんだよ。<br>  こんなに頑張れるカナだから……<br>  きっと色んなこと、楽しくやっていけるよ』<br> 褒められた。恥ずかしくて顔が紅くなってしまう。<br> 『うぅ、みっちゃんありがとう……かしら』<br>  楽して、ズルして。そんなことばっかりじゃ上手くいかない。<br> 私はもっと頑張ってみよう。他のひとからは見られないように<br> すると、かっこいいかしら……?<br>  そんなことを考えた私は、それから色んなことに取り組んで<br> みようと思ったのだ。嫌いな勉強だって、うまくやってみせる。<br> まあとりあえず、普段ドジを踏んでしまうところだけは、今も<br> 直っていないのだけど。<br> <br>  ちなみに、そのやりとりが終わった直後。<br> 『ああん、カナかわいいー! なんて健気なのー!!』<br> 暴走したみっちゃんに頬擦りされて、ほっぺたが落ちそうに<br> なってしまったのだった。<br> <br></p> <br> <p>  それからの私は、勉強は家で頑張ることにして。入りたかっ<br> た志望校へ受かることも出来た。進学校ながら、部活にも力が<br> 入っている学園である。そこで私は仲の良い友達に囲まれて、<br> 楽しい日々を送っている。<br> 「あら、おはよう金糸雀。今日は珍しく早いのね」<br> 教室で話しかけられる。<br> 「私だって、たまには早起きなのかしら!」<br>  真紅。この学園で始めに出来た友達。<br>  彼女は美しい。初対面では、とても高圧的な話し方だったので。<br> 綺麗な容姿に気おされたことも相まって、怖いひとなんだろうか<br> などと考えていた。しかしながら、そんな印象とは裏腹に、彼女<br> は女の子らしく、かつ人に対する思いやりを備えたひとだ。もと<br> もと彼女の方に付き合いのあった友人達に、私は仲間入りするこ<br> とが出来た。<br> 「あら、おはよう二人ともぉ」<br> 水銀燈。彼女も友達の一人。なんというか、真紅とはまた違った<br> 大人の魅力を兼ね備えた女性である。時々、自分でも気付かない<br> ような按配で私をからかってくるのだが、良い人だ。<br>  なんというか。水銀燈をはじめ、彼女の友達はとても綺麗で魅<br> 力的な娘達ばかりで。私はなんだか気後れしてしまう。<br></p> <br> <p> ホームルームが終わり、一限の授業が始まった。<br> 「今日はこないだやったテストを返すぞ!」<br> えぇー、いらないー! そんな文句がちょこちょこと出た。どん<br> な学校でも、やっぱりテストは嫌なものなのかしら。<br> 「なかなか皆出来は良かったみたいだが……<br>  満点を取ったひとがクラスにひとりいます。<br>  ……金糸雀! 頑張ったな。先生嬉しいぞ」<br> おおー、という歓声。さすが秀才は違うな、という声が聴こえた。<br> <br> 「ちっ……今回は勝ちを譲ってやるですぅ。<br>  他の科目で勝負なのです、金糸雀!」<br> 「受けてたつかしら翠星石! 負けないのよ!」<br> 言われて、(いつもの事なので)半ば反射的に切り返す。<br> 「翠星石は数学が苦手だからね。勝負どころか、赤点とってないか<br>  心配だよ……」<br> 「んなっ! 何言ってるです蒼星石! 今回皆で頑張ったじゃない<br>  ですか!」<br>  双子の翠星石と蒼星石。突っ込み役と突っ込まれ役(ボケ役、であ<br> るとは限らない)の関係は見ていて楽しい。一見喧嘩しているように<br> 見えて。彼女達は、とても仲が良い姉妹なのだ。<br> 「あらぁ、翠星石。そんなこと言っておいて、テスト勉強で金糸雀に<br>  泣きついてたのは、誰だったかしらぁ?」<br> にやり、と水銀燈が笑う。<br> 「な、泣いてなんかねーです! 変なこと言わんでほしーのです!」<br> 言われて黙ってられないのが彼女の性格。また争いは泥沼化しそうだ。<br> </p> <br> <p>「賑やかなのだわ」<br> 「やれやれ……」<br> 「二人とも、あいとあいとー!!」<br> 「……あ、先生が泣いてる……その諦めが、ひとを殺すのね」<br> <br> <br>  いつの様に、状況を把握する真紅。<br>  肩を竦める蒼星石。<br>  なんでか知らないが応援を始めた雛苺。<br>  そして、それよりもよくわからないことを呟き始める薔薇水晶。<br> <br> <br>  その後も続く、もはやクラス名物となってしまった喧騒。皆、<br> 私の大切な友達だ。<br>  もし。私が今勉強が出来なくて、何やっても上手くいかないド<br> ジな子だったら。彼女達は私と付き合ってくれるのだろうか。<br>  『楽してズルして』という口癖は変わらないまま。<br>  そんなことを少し考えてしまうのは、皆には秘密である。<br> </p> <br> <p> 『♪……~~♪♪』<br> 放課後、音楽室。独りで弾くバイオリン。夕陽が射し込んできて、<br> 室内は紅く染まっている。<br>  演奏を終えると。控えめに扉を開けて、部屋へ入ってくるひと<br> が居た。<br> 「よ、金糸雀。今日はもう終わりか?」<br> 「あ、ジュンだったのかしら」<br> 桜田ジュン。彼も、クラスでの友人の一人。<br> 「いや、翠星石に園芸部を手伝わされててさ……<br>  終わってから教室に忘れ物してたのに気付いて。<br>  ここの前通ったら、何か音してたから」<br> ちょっと立ち聴きしちゃったよ、と。簡単に事の経緯を話す彼。<br> <br>  彼は誰に対しても気さくで、人当たりが良い。随分とやさしい<br> 性格なものだから、ひとから何か頼まれたら断れない。今も、翠<br> 星石の手伝いをしていたと言っている。そんな彼に対する、私の<br> 女友達の評価は高い。人気もある。私としては、別段恋愛対象と<br> 言う訳ではなかったものの。なんとなく、気になる存在ではあっ<br> た。<br></p> <br> <p>  皆の、人気者。およそ私とは、正反対のパーソナリティの持ち<br> 主なのかもしれない。でも、以前ちょっとだけ聞いたことがある。<br>  真紅とジュンは結構昔からの付き合いらしい。彼女自身は、<br> 『ここまでくると、腐れ縁なのだわ』<br> なんて言っていたけど。そんな彼女が、少しだけ話したこと。<br> <br> 『ジュンはね。昔はこんなに明るい性格では、なかったのだわ』<br> ひとを信じず、自分から周りに対し距離を置いて。一言言えば、<br> 酷くいじけた性格だったのだ、と。<br> <br>  今の様子からは、とても想像出来ないことだ。そして真紅は、<br> 続けてこんなことを言った。<br> 『そうね……彼は強かったの。表面には見えづらいけど。<br>  こころの奥に、折れないものを持っていたのだわ』<br> そんな彼に、皆魅かれているのかもね。そう続けた彼女の表情は、<br> 微笑んでいた。<br>  そのあと、彼の淹れてくれる紅茶はとても美味しいのよ、とか。<br> 服をデザインするのがとても上手なの、とか。なんだか嬉しそうに<br> 話していた彼女が、とても印象的だった。<br></p> <br> <p> 「どうかしら? 外で聴くくらいなら、中に入ってくれば<br>  良かったのに」<br> 私は彼に切り出す。<br> 「いやあ、良かったと思うよ。僕は専門家じゃないから<br>  正確な評価は出来ないけど、途中で邪魔しちゃ悪いなとは思った」<br> 褒められてしまった。と言うか、そこまで気を遣ってくれることも<br> ないのに。そもそも演奏は、ひとに聴いてもらう為のものなのだから。<br> 「あ、ありがとうかしら。それより、翠星石は?<br>  待ってるんじゃないかしら?」<br> 「あっ、やばい! 蒼星石も一緒だから大丈夫か……いや。<br>  待たせるとあとが怖いからなあ」<br> それじゃ、と。背中を向ける彼。部屋を出る間際、一つ言い残して<br> いった。<br> 「バイオリン、良かったよ。今度聴かせてくれよな」<br> <br>  行ってしまった。『任せてかしら!』だなんて、自信満々に答え<br> てしまったけれど。今、なんだかどきどきしてる。<br>  ガラス戸に、自分の姿が映る。窓から射し込む夕暮れ時の空気に<br> 溶けこんで、私は紅く染まっていた。<br>  この顔の紅みは。夕陽のせいだけでは、ないのかもしれない。<br> </p> <br> <p> 「ははぁ。恋ね、カナ。恋する少女なのね!」<br> 目をきらきらさせるみっちゃん。今日も夕食をわざわざ作りに来て<br> くれていた。こういう事はしょっちゅうで、料理の苦手な私として<br> は嬉しいことこの上ない。何より私は、彼女が作る料理が大好きな<br> のだ。<br> 「恋……って言ったって、私にはよくわからないのかしら!」<br> みっちゃん特製の玉子焼きを頬張りながら、私は言い返す。<br> 「うふふ……カナも年頃の女の子だもんねー。<br>  恋に悩んでいるカナも、激萌えだわっ」<br> はっ! まずい、みっちゃんが私の話を聞いていない。こういう状<br> 態になった彼女は、暴走が近い。<br> 「みっちゃん!」<br> 「えっ??」<br> 我に返ったらしい。良かった。私も大分慣れてきた、というところか。<br> <br>  恋……か。食事中、私はその言葉の意味を考えていた。<br> 「カナ、大丈夫?」<br> 声をかけてくるみっちゃん。少し暗い表情になっていたかもしれない。<br> 心配させてしまっただろうか。<br> <br></p> <br> <p> 「さっきの男の子のこと? ……えっと、ジュン君、だっけ」<br> 「う、うん……」<br> ここではぐらかす気には、何故かなれなかった。<br> 「大丈夫よぅ、カナ。カナはこんなにかわいいんだもの!<br>  思い切ってアタックしてみるのもいいんじゃない?」<br> そう、だろうか。私は、私の気持ちが、今のところよくわかっていない。<br> いや、それよりも。<br> 「私は……かわいくなんか、ないのかしら。<br>  私の友達の方が、よっぽど美人で、かわいくて、女の子らしくて……」<br> そう、学校のクラスメート。彼女達も、ジュンのことをかなり気に入って<br> いるような素振りを見せている。勉強やバイオリンならばいざ知らず、<br> もし恋愛沙汰の勝負になったら。私なんか、敵いっこないのだ……<br> <br> <br>  ふぅ、と。みっちゃんが溜息をついた。<br> 「そうね、カナ。私も見たことあるけど、カナの友達は皆かわいいよね」<br> そうだ。その通りだ。私は無言で頷き、そのまま俯いてしまう。<br> 「でもね、カナ。私はカナも、それに負けてないと思うの。<br>  贔屓目じゃあないの。本当よ?」<br> <br> 「ただね、カナ―――今みたいに、自分でいじけてしまったら。<br>  輝くものも、輝かなくなってしまうわ」<br> <br>  顔を上げる。みっちゃんは穏やかに微笑んでいた。<br> <br> 『ジュンは、今のような性格ではなかったのだわ―――』<br> みっちゃんの声に、あの時の真紅の声が重なった気がした。<br> </p> <br> <p> 「勉強だって、頑張って出来るようになったカナだから。<br>  努力を続けられる強さが、あなたにはあるの。<br>  それはとても、とても魅力的なこと。<br>  だからカナ、自信持ってね?」<br> <br> <br> 「……わかった、かしら!」<br> 私は笑顔で答える。私はまだ、自分でもそれが恋をしてるのか<br> どうかわからなくて。だから彼女の言葉は、今の私にとっての<br> 『正しい解答』ではなかったかもしれない。<br>  けれど彼女は、私のことを心配してる。心を、汲み取ろうと<br> してくれている。それだけで嬉しかった。<br> <br>  ただ、最後に。<br> 『いざとなったら、当たって砕けるのよ、カナ!』<br> だなんて、縁起でもないことを言い残していったのは、少しだ<br> け余計だったと思う。砕けてしまうのはいただけない。<br>  私は私で。これからいつか、彼を意識することがあるのなら。<br> もう少し、自信を持ってみても良いかしら―――<br></p> <br> <br> <p>  日常、だった。私達はふざけあい、楽しい時を繋げていく。<br> 平和な幕間は続くのだ。<br>  ジュンと、もっと積極的に会話しようと思った。とりあえず、<br> 彼のことをもっとよく知りたい。今までも、もちろんちょっと<br> した会話をすることはあった。でも、もっと。色々な話が、し<br> たい。<br>  自分の感情を意識するようになると、周囲の行動もよく見え<br> るようになってきた。雛苺は、恋愛感情をもってジュンと接し<br> ているようには見えない。何かこう……兄を慕うような。そん<br> 親愛の気持ちを持っているような印象を受ける。ただ、雛苺は<br> 背が低い割に、その、……胸が大きい。そのプロポーションで、、<br> 彼の腕にしがみ付いたりしている。天然でやってるのかしら。<br>  自分の胸を見てみた。……く。あれは反則なのかしらー……<br> 『男のひとってやっぱりああいうの好きなのかしら』<br> ぶんぶん。頭を振る。なんか私、考えが変な方向へ飛んでる?<br> </p> <p>  抱き付きと言えば、それを確信的にやっている様子なのが水<br> 銀燈。何というか、大人の魅力だ。学校内でも一・二を争う程<br> の美人。もっとも、彼女が甘い声で近づきながら彼に抱き付く<br> 度に、翠星石に毎度ひっぺがえされてる気がする。<br> <br>  当の翠星石はと言うと、割と見ててわかりやすくて。本人の<br> 前では素直になれないんだな、という感じ。他の女の子が彼と<br> いちゃいちゃしている風になると、あからさまに機嫌悪くなっ<br> てるみたいだし。<br> <br>  蒼星石は……? 彼が翠星石と仲良くやってる様子を見てて、<br> いつもにこやかにしている。<br>  だけど、時折。それを見ながら、ふと寂しそうな表情になっ<br> ているのは何故なのだろう。普段は見せない顔だから、すこし<br> 気になるかも。<br> <br>  薔薇水晶。彼女は、自分の感情を露骨に現さない。……と言<br> うか、読めない。ジュンと話していると、通常状態と比べ不思<br> 議具合が三割増しくらいになっている気がするけれど。あれは<br> テンションが上がっているからなのだろうか?<br>  それにしても、彼らの会話は本当にシュールなのかしら……<br> 個人的には、かなり好みだったりする。そんなにシウマイ好き<br> なの? 薔薇水晶。みっちゃんの玉子焼きの方が美味しいかし<br> らー!<br> <br>  ……おっと。また飛んでしまったのかしら。私、みっちゃん<br> と性格似てるのかも……<br></p> <p>  そして、真紅。昔、ジュンのことについて私に話してくれた<br> 時の、あの表情。とても穏やかだった。いつも彼に、紅茶を淹<br> れて貰ってるのだろうか。彼らはもともと長い付き合いだ。何<br> も言わなくても伝わるような、そんな信頼の絆のようなもので<br> 繋がっているような気もする。<br> <br> <br>  なんてこと。こうなるともう皆、彼に何かしら特別な感情を<br> 抱いているようではないか!<br>  それでも不思議なことに、私達が仲違いするということは、<br> 今のところない(決して、『喧嘩をしていない』という意味で<br> はない)。<br>  ……多分。あくまで推測だが、桜田ジュンは、恋愛沙汰には<br> とんと疎いのではないだろうか? だからこそ私達のパワーバ<br> ランスは崩れず、うまくやっている感じになっているのでは。<br> 頑張っても暖簾に腕押し状態ならば、事は動かないからだ。<br> <br> <br> <br>  どうしよう。私も何か、しなくちゃいけないかしら――<br> </p> <p><br>  そんな事を、悠長に考えている場合ではなかったのだ。<br> パワーバランスは、今まで危うい均衡を保ってきていて<br> いるのだと思っていた。居心地よく、ずっと続くと思わ<br> せてくれるような、そんな関係。<br>  しかし、それは違う。それは何処も危うくなく、むし<br> ろ『しっかりとした状態』であったことに気付く。<br>  そう、均衡とは。崩れてしまってから、そのかつての<br> 存在を、よく意識して。安定を懐かしむ、ものではなかっ<br> たか?―――<br> <br> <br> <br> ――――――<br> <br></p> <p> 「さあ、帰ろうかしら」<br> 放課後の練習を終えて、音楽室を出ようとする。<br>  今日も西日が紅く眩しい。<br> 「今日はジュンと結構お話出来たし、良かったかしら!」<br> 満足だった、今のところは。毎日毎日、ちょっとずつ前進<br> 中。私は私で、マイペースで行こう。<br> <br> 『いつか演奏、聴かせてくれよな』――<br> そんなことを言っていた、彼。そうだ、そのうち放課後、<br> 彼を音楽室へ呼び出してみよう。そして私のバイオリン<br> を、聴いてもらうのだ。我ながら妙案なのかしら!<br>  にこにこしながら玄関へ向かうと、そこに人影があった。<br> 夕陽の逆行で、姿が上手く視認出来ない。何やら話してい<br> るようなのだが、下駄箱の陰からはよく聞こえない。<br> 「あのシルエットと……声。あれは――」<br> ジュンと……水銀、燈?<br></p> <p> 何をしてるんだろう。二人きりで――<br>  覗き見るのは悪いと思いながら、私は目を離せなかった。<br> なんだろう。なんだろうか。いや、まさか。二人は既に、<br> 付き合っているということは……<br> <br> <br>  そう考えた時。見れば、水銀燈の顔は、ジュンに近づいて<br> いって―――<br> <br> <br>  ゴトン!<br>  <br>  小脇に抱えていたバイオリンケースを落としてしまう。<br> しまった! 急いでそれを拾い。そして、訳も分からぬまま。<br> 私は音楽室に向かって走り出した。<br></p> <p>――――――――――――――<br> <br> 「ん? 何か今音がしたか?」<br> ジュンが私に話しかける。<br> 「そおねぇ……誰か私達のこと、覗いてたんじゃないかしらぁ」<br> 何か落とした音のあとに、ぱたぱたと走って遠ざかっていく足音<br> が聴こえた。誰か近くに居たことは、間違いないだろう。<br> 「ええっ? まさか……」<br> 彼は何だかうろたえている。<br> 「大丈夫よぉ、ジュン。<br>  それよりも。今日は一緒に帰ってくれるんでしょう?」<br> そう。気にする必要なんて、無いのだ。<br> 「わかった。……送っていくよ」<br> 「ふふ、ありがとう。やさしいのね、ジュンは」<br> 私は彼の腕をとる。今日はもちろん、自分の家まで。送って貰う<br> つもりだ。<br> <br> ――――――――――――――<br></p> <p>  外が、暗くなり始めていた。あれから結局、音楽室に戻ってみた<br> ものの。バイオリンの練習をする気には、なれなかった。<br>  帰り道。ぼんやりとしながら、私は歩く。そうよね、水銀燈なら<br> ……あんな美人で。ちょっと意地悪なところもあるけれど、彼女は<br> 悪い人間ではない。<br> 「キス……してたかしら。大人の魅力、かあ……」<br> 私には、程遠い。届かない。とぼとぼと、独り歩いてその日は家路<br> についた。<br> 「明日、学校休もうかしらー……」<br> ちょっと明日は、皆と顔をあわせ辛い。そんな事を、考えていた。</p> <br> <p>――――――――――――――<br> 翌日、学校。とりあえず落ち着いて。まずはいつも通りの挨拶を。<br> 「おはよぉ、ジュン」<br> 「ん。おはよう、水銀燈」<br> なんだかそわそわした感じで、彼は返してきた。……照れているの<br> かな? まあ、昨日の今日だし、仕方ないか。ああもぉ、かわいい<br> んだから、ジュンは。<br> 「……おはよう」<br> 「あらぁ、おはよう薔薇水晶」<br> 「……今日の銀ねえさま、なんだかテンション高い……」<br> おや、そういう風に見えるのか。別に隠す事でもないが、少し気を<br> つけた方が良いだろうか。<br> 「……何か良い事、あったの……?」<br> ふむ、この娘は。いつも不思議な言動をしているように見えて、実<br> は結構鋭いのだ。勿論、彼女とて。ひとの心を、正確に読みきれる<br> 訳ではない。しかし、ひとをよく『見る』のが、得意なタイプなのだ<br> ろう。<br> 「そおねぇ……自分の気持ちを、再確認出来たってところかしらぁ?」<br> とりあえず、偽りのない言葉を。どうもこの娘に対しては、嘘をつく<br> 気になれない。<br> 「……把握」<br> え? なんだろう。『ピコーン』という音とともに、彼女の頭上に何<br> か電球が光ったようなエフェクトが見えた気がした。思わず自分の目を<br> こする。幻覚、よねぇ?<br> 「……負けないよ、銀ねえさま……」<br> そう言って、薔薇水晶は自分の席へ戻る。<br>  成る程。どう把握されてしまったのかは不安だったが、それは置い<br> とくとして。私だって、負けてられないのだ。<br></p> <br> <p> ホームルームが始まる。<br> 「おはよう、皆! さて、出席をとるぞー。<br>  おや? 今日は金糸雀が欠席か」<br>  金糸雀の席が空いていた。本当に珍しい。今まで無遅刻無欠席だった<br> 彼女が、今日になって休むだなんて。<br> <br>  昨日の放課後、物音、走り去る足跡。放課後、いつも学校に残ってい<br> る彼女は、――――まさか。<br> <br> 「どうしたんでしょうねー。健康が取り得の金糸雀が休むなんて」<br> 「まあ、彼女は健康だけが取り得ではないけど……どうしたんだろうね」<br> 「心配なのー」<br> 「確かに……今の時期に風邪を引くというのも、珍しいのだわ」<br> <br> 私の思考をよそに、皆めいめい金糸雀の心配をしている。<br> <br> 「じゃあ……放課後みんなで……お見舞い」<br> 薔薇水晶の言葉が、鶴の一声となった。<br> 「それはいいわねぇ。ジュン、あなたも行くでしょ?」<br> 彼に話を振ってみた。<br> 「いいよ。それじゃ、放課後みんなでお見舞い行こうか」<br> 躊躇う様子もなく、了承を出す彼。まったく。そういうところは遠慮ない<br> のよねぇ、あなたは。少し苦笑してしまう。<br></p> <br> <p>  そうして。賑やかな面々で、金糸雀の家へ押しかけることになって<br> しまった。<br>  インターホンを押す。<br> 「!……みんな……! はやくダッシュしなきゃ……!」<br> 「あら、誰も出ないのだわ。留守なのかしら」<br> 鮮やかに、薔薇水晶に対し黙殺を決め込む真紅であった。他の面々も、<br> それにならう。まあ、ちょっとかわいそうだが。<br> 「……くすん。誰かつっこんでよう……」<br> なんだか泣きそうになっていたので、私は頭を撫でてあげた。よしよし。<br> 「……えへへ。だから大好き、銀ねえさま……」<br> 「あらぁ。私もあなたが好きよぉ、薔薇水晶」<br> 猫のように彼女がごろごろ懐いてきたので、あやしてみる。うん、可愛い<br> 娘ねぇ。<br> <br> 「何そこでラブラブやってるですか! 金糸雀が全然出てこねーですよ!?」<br> ぴしゃり、と。翠星石に突っ込まれてしまった。<br> 「!……今の切り返しは……なかなか良いタイミング……」<br> 薔薇水晶には悪いが、やっぱりちょっと放っておこう……<br> <br></p> <br> <p>「居ないのかな。病院に行ってるのかもしれないね」<br> 蒼星石が、ひとつの考えを示した。それは有り得ることだ。<br> 「うゅ……やっぱり心配なのねー……金糸雀、大丈夫かしらー」<br> 雛苺がぽつりとこぼす。皆、その心配は同様のようだ。<br> <br> 「ここで待っててもしょうがないな。<br>  玄関で大勢騒いでても近所迷惑だから、今日のところはこれで帰ろう」<br> <br>  ジュンの提案。確かにそうである。心配する気持ちはわかるのだが、<br> 不在なのならば致し方ない。惜しみながらもそれぞれ帰路について……<br> 皆が居なくなった後、私は。金糸雀の家へ、踵を返していた。<br> <br> <br> ――――――――――――――<br></p> <br> <p>  玄関のあたりが、何だか賑やかだ。私はこっそりと、二階にある自室<br> の窓から、外を覗いてみた。<br> 「……みんな!? お見舞いにきてくれたのかしらー……」<br>  学校にも連絡を入れず、無断欠席。午前中から電話が何度もかかって<br> きたが、全部無視した。多分担任からだったろう。<br>  みんなには、心配かけちゃったのかしら……悪い事したかしらー……<br> そんなことを思いながら、もう一度覗き見る。<br> <br>  居る。水銀燈も、ジュンも。どうしよう。今会っても、まともに対応<br> が出来る自信が無い。<br> 「みんな、ごめんかしら……」<br> 私は、居留守を決め込むことにする。ちくり、と。罪悪感で、胸が少し<br> 痛んだ。<br> <br> <br> <br> <br>  暫くして。私は布団にくるまって、何を考えるでもなくぼんやりとし<br> ていた。<br> <br>  ピンポーン<br> <br>  チャイムの音。誰か来たのかしら?<br>  でも。今日は完全に居留守を決め込むことにしたのだ。誰かきても、<br> 不在を押し通そう。<br>  ……まだチャイムの音は続く。いやいや。私は、今日は居ないのかしら!<br> <br>  その内、音がしなくなった。良かった、諦めてくれたかしら……<br> </p> <br> <p> <br>  すると。<br> <br>  カツン<br> <br>  と。窓に何か当たるような音がする。<br>  ……何かしら?<br> <br>  カツン カツン<br> <br>  まだ何か当たってるみたい。私は窓を開け、外を見てみる。<br> <br> <br> 「……水銀燈!?」<br> そこには、小石をいくつか手にしている水銀燈の姿があった。<br> 「あらぁ、金糸雀。体調は大丈夫?」<br> どうして、どうして彼女がここに居るのか。帰ったのでは無かったか――<br> 「お見舞い品、持って来たのよぉ。ちょっとお家にあがって良いかしらぁ?」<br> <br>  今、一番顔をあわせづらい人物。そのひとが今、私の家にやってきた。<br> どうして。さっきみんな、帰った筈なのに!<br>  もう、居留守は使えない。私は観念して、彼女を家へあげることにする。<br> </p> <br> <p> 彼女を居間へ通して、とりあえずお茶を出す。<br> 「どうぞ……かしら」<br> 「あらぁ、ありがとう。でもお構いなく。あなたは『病人』なんだからぁ」<br> 彼女の顔を見ることが出来ない。いつも微笑みを絶やさない彼女の顔を見<br> るのが、今は何だか……怖い。<br>  二人、暫く無言の時間が続いた。<br> <br>  不意に、水銀燈が切り出す。<br> 「まったくぅ。居留守なんか使っちゃだめよぉ? 皆心配してたんだからぁ」<br> めっめっよぉ、と人差し指を立てて言う水銀燈。それは、本当に悪い事をした<br> と思っている。だけど……<br> <br> 「ねぇ、金糸雀。昨日の放課後――下校口で、見た?」<br> 見た、というのは。あのことだろう。昨日の光景が、またあの時の光景が脳裏<br> を掠める。水銀燈の顔がジュンに近づいていって、そのまま……<br> <br>  答えない私の様子を見て、彼女はそれを肯定と捉えたようだった。<br> 「……やっぱりねぇ」<br> ふぅ、と溜息をつく彼女。私は改めて、その姿を見やる。<br>  女の私から見ても、綺麗なひとだと素直に言える。長い、ふわりとした銀色<br> の髪。大人っぽい、身体のライン。それで……ジュンの、彼女で……<br> </p> <br> <p>「ちょ、ちょっと! どおしたのぉ?」<br> 気付くと、私はぽろぽろと涙を零していた。<br> 「な、なんでもないかしらー……」<br> 嘘だった。でも、そう返すのが、今の私には精一杯で。<br> <br> そうだ、私は。彼のことが。ジュンが、好きだったのだ。<br> だけどもう、それは叶わぬ夢。<br> ……夢? <br> そう、確かに楽しかった。夢の様に楽しかったかもしれない、けど、<br> <br> 私は、この恋の。自分の気持ちすら、伝えられなかった――!<br> <br> 「――金糸雀?」<br> 聴こえる声が、近い。いつの間にか彼女は、私の隣に来ていた。<br> 「ねぇ。金糸雀は、ジュンのことが好きだったの?」<br> 問いかける彼女。<br> 「う……今まではよくわからなかったけど、昨日はっきりしたのかしら。<br>  ジュンは、誰にでもやさしくて。そう、こんな私にも。<br>  もっと一緒に居たいって思って、」<br> 「私はジュンのこと――好きなの」<br> そう。出来ればそれを、彼に伝えてみたかった。<br></p> <p><br>  ふぅ、と。少し息を吐き出しながら。そっかぁ、そおなのねぇ、と。<br> 水銀燈はひとりごちた。そして、こちらの方を向いて言う。<br> 「私も。ジュンのことが、好きよぉ。――金糸雀と、同じように」<br> それは、わかってる。すると。不意に、水銀燈は私の身体を抱きしめた。<br> <br> 「すっ、すす、水銀燈……!?」<br> 思わずうろたえてしまう。ちょっと身体を動かしたくらいでは、この抱擁<br> は離れそうにない。彼女の身体から、なんだか良い香りがする。<br>  そして。<br> <br> 「そっかぁ。……じゃあ私達は、ライバルなのねぇ」<br> 穏やかな声でそう言った彼女の言葉の意味が、わからなかった。</p> <p> 暫く抱き合ったままだったが、私の方も大分落ち着いてきたので、また<br> 二人で向かい合う。<br> 「ライバルって、その……」<br> 問いかける私を遮り、彼女が答える。<br> 「私、昨日ジュンに告白したの……だけど、フラれちゃったぁ……」<br> そんな。でも、でも。<br> 「好きなひとが、居るんだってぇ。だから私とは付き合えないって……<br>  でも、諦め切れなかったから」<br> 相手に彼女が居ないのに、引き下がれないでしょ? と。<br> 「だから、まだあなたのことが好きよぉ、って。<br>  宣言してから、キスしちゃったぁ。こう、おでこにね」<br> 私の額をつつく彼女。なんてことだ。そんな真相だったなんて。<br> <br> 「唇は、まだ貰えないからぁ。……でも私はまだ、諦めてないの。<br>  いつかジュンを振り向かせるんだからぁ」<br> 強い、彼女は強い。もし振られる立場が私だったら、どうだったろうか。<br> 「だから。あなたもライバル、ね?」<br> そう言って、水銀燈はウィンクした。<br> 「うー、どうなの、かしらー……」<br> いまいち、自信が持てない。目の前にいる女性が、あまりにも、こう……<br> 「あらぁ。どおしたのぉ? こっちはただでさえ、強力なライバルが<br>  増えて、焦ってるって言うのにぃ」<br> 「え……?」<br> それは、私のことだろうか。強力、だって?<br> 彼女は微笑みながら言う。<br> 「だってぇ……あなたは頭がいいし、バイオリンを嗜むところなんかも<br>  才女っぽいわぁ。そしてなによりかわいいし。<br>  ドジっ娘っていうところも、結構ポイント高いかもしれないわねぇ」<br> <br></p> <br> <p> そう、なのだろうか。みっちゃんにも、昔褒められた事がある。そして<br> もっと自信を持て、と。<br> <br> <br> <br> 「ライバルにアドバイスするのも何だけど……<br>  あなたはもっと、自信を持つべきだわぁ。<br>  そうじゃないと勝てないわよぉ?<br>  だって多分、ジュンの好きなひとは……」<br> <br> 付き合いだけは、やたら長いから。そういうのって、ずるいわよねぇ?<br> そんな風に、諭してくれるのだった。<br> <br>  そうか。彼の好きなひとというのは。……きっと、あの娘のことだろう。<br> これは確かに、気合を入れなければならないかしら。<br> <br> 「私だって、負けないかしら。<br>  楽してズルして、ジュンのハートをいただきかしらー!」<br> <br> 「私だって、負けないわよぉ。あと、それとねぇ……」<br> <br> 言葉。私は、素晴らしい友達に恵まれたと思う。<br> さっきまで、彼女に恐れのようなものを抱いていた自分が恥ずかしい。<br> <br> いつの間にか、二人で笑っていた。<br></p> <p>「明日は学校、来なさいねぇ」<br> そう言って、水銀燈は帰っていった。結局、彼女とジュンは恋仲ではなかっ<br> たけれど。どうやら……敵は手ごわいようだから。<br> <br>  ジュン。いつか私の気持ちを、聞いて欲しいのかしら――<br> <br> <br> <br>  それから。崩れたと思っていた平和の幕間は、もう少しだけ続くことと<br> なった。何というか、休戦協定というわけでもないけれど。割とみんな、<br> あからさまなアプローチをかけているようには見えない。<br>  けれど、お互いの目が届かないようなところで。何か彼との進展が、あ<br> るかもしれない。そんなことを考えながらも、この均衡は続いていったの<br> だった。<br> <br>  私達は一緒に居られるだけで、楽しさを共有出来る。そんな仲間だ。そ<br> んな仲間内で、『誰かの特別』になろうとすれば。普通、均衡は崩れてし<br> まうものなのだろう。それはきっと、寂しいことなのだろうけど……<br> </p> <p>  卒業が、近づいていた。学園を卒業しても、この仲間の縁は切りたくない。<br> だけど、ここに居るうちに。私は伝えたいことがある。<br> <br>  放課後。私は意を決して、彼に声をかける。<br> 「ジュン」<br> 「お、なんだ金糸雀」<br> 「ちょっと、ついてきて欲しいのかしら!」<br> 彼の手を引っ張る。<br> 「お、おい! 何処行くつもりだよ!」<br> 抗議する声を半ば無視して、連れて行く。<br> <br> <br> その様子を、たまたま水銀燈と薔薇水晶が見ていた。<br> 「……愛の逃避行……?」<br> 「そおねぇ。……逃げる必要は、ない訳だけど」<br> (そう、いくのね。頑張って、金糸雀……)<br> 水銀燈は、二人の背中を見つめていた。<br></p> <p>「ここ、音楽室じゃないか」<br> そう。ここは私にとって、特別な場所。<br> 「いつか約束したかしら。私のバイオリン、聴かせて欲しいって。<br>  大分遅くなってしまったけど……」<br> <br> 「今、聴いていって欲しいかしら」<br> <br>  彼はちょっと驚いたようだったけど、けれど、すぐに了承。<br> 近くの椅子に座り、私の方を向く。<br> <br> 「それじゃ、いくかしら……」<br>  <br>  すう、と。体制を整える。<br> <br>  緊張する。どんなコンサートよりも。<br>  本当に聴いて欲しいひと、ただひとりが、ここに居て。<br> <br>  弾き始める。旋律が踊る。<br>  聴いてくれてるかしら。私の、音を。<br>  昔から、これだけは好きで、ずっと続けてきたの――<br>  ジュン、それは知ってた?<br> <br>  私のことを、もっと知って欲しい。<br>  あなたのことを、もっと知りたい。<br> <br>  そんな想いを旋律に託し、弾き続ける。<br> <br>  だから、今は。私が奏でる音に、耳を傾けて欲しいかしら――<br> </p> <p>  演奏を、終える。たったひとりの観客に、一礼をする。<br> <br>  ひとり分の、拍手。だけど、どんな盛大な拍手よりも、私のこころに<br> は響いていた。<br> <br> 「はあ……どうだった、かしら」<br> 感想を求める。けれど彼が発しようとしていた言葉は、この拍手が代<br> 弁してくれているようだった。<br> 「どうって。すごいよ、金糸雀」<br> <br>  良かった。私の音を、聴いてもらえた。<br>  そして、今。それより更に、伝えたいことは。<br> <br> <br> 「ねえ、ジュン。私は、あなたのことが――」 <br></p> <p>――――――――――――――――――――――――<br> <br>  <br>  帰り道。今、あなたと一緒に歩いている。<br>  <br>  夕陽。そういえば、初めて彼を意識した日も、こんな<br> 紅い空をしていたっけ。<br> <br>  三叉路にさしかかった。<br> <br> 「この辺りで大丈夫かしら!」<br> 私は彼に話しかけた。夕陽に染まる彼の姿が、紅く見える。<br> 「……わかった。じゃあ金糸雀、また明日な」<br> また、明日。そう、明日も明後日も。あなたに会える。<br> 「ありがとうかしら、ジュン。また、明日」<br> <br> <br>  一人、家まではあとわずかな道を歩く。道の脇に車両確認用<br> の鏡が立てかけられている。下を通りすぎるとき。鏡で自分の<br> 顔を見ていた。<br> <br>  私の顔は、紅く染まっている。映る表情は、笑顔。<br></p> <br> <p><br>  家に辿り着く。入り口の辺りに、誰かの人影が見えた。<br> <br> 「みっちゃん……?」<br> <br>  彼女だった。<br> <br>  私は今、笑顔。だけど、だけど、<br> <br>  私は彼女に駆け寄り、もう、我慢できずに、<br> <br> <br> 「ううっ……うわあぁぁぁあぁん!!!」<br> <br>  彼女にしがみ付いて、泣いた。<br></p> <br> <p>  振られた時も、きっと笑顔で。そう心に決めていた。<br> 私は彼に『途中まで送ってほしいかしら!』とお願いし、<br> 一緒に帰っていた訳だけど。<br>  さっきまでは、笑っていられた。けど、今。みっちゃん<br> の顔を見たら、自分の中の何かが、決壊したようだった。<br> <br> <br> 「うぅっ……ひっく、だめだった、かしらぁ。<br>  当たって、……砕けちゃったの、……かしらぁ、ぐすっ」<br> 嗚咽が止まらない。彼女は、私の頭を優しく撫でてくれる。<br> ジュンに振られた時の水銀燈は、やっぱり強かったのだ。<br> 私は、いざ振られてみたら……もう、涙が止まらない。<br> 「カナ――カナ、がんばったね……」<br> 彼女の言葉と手が、私を慰める。<br> <br>  みっちゃんには、先日のうちに。私が好きなひとに告白す<br> るのだと伝えていたのだ。私のことが心配で、待っていてい<br> てくれたのだと思う。……ありがとう、みっちゃん。<br></p> <br> <p>―――――――――――――――――――<br> <br>  翌日、学校にて。私は金糸雀から、告白の結果がどうだっ<br> たかをこっそりと本人から聞いた。他の友人達には、もちろ<br> ん内緒で。なんていったって、私がジュンに告白して振られ<br> たことも。『諦めない宣言』をして、彼(のおでこ)にキスを<br> してしまったことも。女友達では金糸雀しか知らないのだか<br> ら。<br>  ジュンは。いつも一緒に居る仲間として。私が周りとぎく<br> しゃくしてしまうのを気にかけて、私とあった出来事を、誰<br> にも言わなかった。<br>  本当、どこまで鈍ちんなんだろう。私の周囲は、きっと皆、<br> あなたのことが好きで。私みたいに狙っているかもしれない<br> というのに、全然気付かない。<br>  だけど。その辺りが彼の悪いところでもあり、また良いと<br> ころでもある。きっと、金糸雀の思いも。その胸に、しまっ<br> ておくのでしょうね……<br>  惚れた弱みというやつか。……優しすぎる程優しいんだから、<br> あなたは。<br></p> <br> <p> 金糸雀の気持ちを知ったとき。私は半ば、結末を予<br> 測していた。彼女は……振られてしまうだろう、と。<br> <br>  だけど。自分自信が諦めきれない気持ちと。そして何より、<br> 伝えたいという気持ちそのものを、止める権利は誰にも無い<br> のだと。私はそう思って、彼女の告白を、諦めさせるような<br> ことはしなかった。<br> <br>  彼女は昨日、泣いていたのかな。目の周りが、何だか腫れ<br> ているようにも見える。私も、ジュンに振られた日。彼と別<br> れてから、自分の部屋で、泣きに泣いた。<br> <br>  金糸雀は今朝、学校で彼と顔をあわせたとき。<br> 『ジュン、おはようなのかしら!』<br> と。とても良い笑顔だった。……彼女は、強い。<br> <br>  辛い思いを、させてしまった。<br>  <br>  いつかわかってくれる日が、来るわよね?<br>  私達は、言わば戦友なんだから―――<br> <br> <br> 私は、金糸雀を抱きしめて。暫くの間、ずっとそのままだった。<br> </p> <br> <p> ――――――――――――――――――――――――――――――<br> <br>  外は、雨。参ったなあ、今日は晴れる筈だったのに。<br>  今朝見た天気予報が、少しだけ恨めしい。<br>  室内だから、特に大きな問題はないのだけれど。<br>  どうせなら晴れて欲しかったのかしら、と。<br>  そんな事をふと思う自分が、何だか可笑しかった。<br> <br>  ――自分の式じゃ、ないのにね―――<br> <br>  ここは、とある宴会場の別室。<br>  <br>  今は、結婚式の二次会である。<br>  結婚式の主役である幸せな二人は、私や水銀燈が<br>  予想していた通りの組み合わせだった。<br> <br>  卒業式の日。ジュンは真紅にその想いをつげ、<br>  恋人同士となった。<br> <br>  まったく、私や水銀燈を振っておいて!<br>  そんなことを、口で言っていながら。<br>  実はそのことに対し、後ろ暗い気持ちなど<br>  無かったのだった。<br>  彼らの交際を知った仲間達は。やっぱりというか、<br>  一様に残念がっていたけれど……<br>  二人を祝福していた。それは、もちろん私も含めて。<br>  本当に、良い仲間だと思う。<br></p> <p> 水銀燈が、私の家に来てくれた日。<br>  彼女は去り際、ある言葉を私にくれた。<br> <br> 『それとねぇ……<br>  私達の誰かが、彼の"特別"になるのなら――<br>  きっとそれを、祝福できると思うわぁ』<br> <br>  もちろん、自分がその"特別"になれればもっと良いけど。<br>  そんな風に言って笑っていた。<br>  "特別"になれる夢は、繋げなかったけど。<br>  あなたの言っていた言葉は、今ならわかる気がするかしら。<br>  ね? 水銀燈―――<br> <br></p> <br> <p>二次会には、皆揃ってる。<br>  私は出し物で、バイオリンを披露することになった。<br>  その準備をすると言って、別室へやってきたのだ。<br>  <br> <br>  持っていたバイオリンを、胸元に抱く。<br> <br> <br>  あの後も、私はずっと弾き続けている。<br>  あのね。<br>  あなたに告白した日。私はその日の為に、<br>  バイオリンを続けてきたんじゃないかと、思えたの。<br>  おかしいかしら……?<br> <br>  <br>  最後に、もう一度だけ、心の中で呟く。<br>  私は、あなたのことが。……本当に、好きでした。<br> <br></p> <p> 「……」<br> <br> <br>  雨はまだ、やみそうにない。ぱたぱたと窓をうち付ける<br>  小雨の旋律に包まれながら、私は――あなた達を。<br>  心から祝福しようとして、皆が待っている部屋へ赴く。<br>  そう、私達の分まで。<br>  幸せになってくれなきゃ……困るのかしら!<br> <br> <br>  卒業前に、彼ひとりに聴かせてあげた曲を、<br>  もう一度弾こうと思う。<br>  あなたはまた、褒めてくれる?<br> <br> <br>  部屋に入って、浴びせられる喝采。<br>  よかった。みんな、良い笑顔をしてるのかしら。<br> <br> <br>  すう、と。体制を整える。<br> <br> <br>  今、あなた達のために。<br>  幸せを繋ぐための前奏曲を、私は奏でよう―――<br></p> <br> <p>―――<br>  如何でしたか? これにて、今回の夢の幕間は<br>  おしまいです。<br> 少女はその想いを少年に伝え。<br>  そう、それは届かずとも……<br>  大きな一歩を、刻んだのです。<br> <br>  それでは機会がありましたら、<br>  またお会いしましょう。<br>  <br>  別な誰かが見ている夢は。<br>  きっとまだ、続いているのでしょうから……<br> ―――<br> <br> <br> <br> 【夢の続き】~プレリュード~<br> <br> おわり<br></p>

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