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この町大好き!vol.10」(2008/07/01 (火) 23:16:36) の最新版変更点

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<dl><dd> <div align="left"><br /> うららかな初夏の陽射し。<br /> 空に薄く広がった雲が、太陽の光を穏やかなものに変えてくれていた。<br /><br /> 「もうすぐ夏休みですねぇ… 」<br /> のんびりと窓辺に腰掛けながら、翠星石が小さく息をついた。<br /><br /> 「そうね…今年はどこだったかしら… 」<br /> 真紅がポットで紅茶を淹れながら、のんびりとした声を上げる。<br /> 「ふふふ…気が早いけど…今から楽しみねぇ…? 」<br /> 水銀燈は真紅の横に座り、紅茶を受け取り、それを口に運ぶ。<br /><br /><br /> これから訪れる夏休み。<br /> その、合宿という名目で行われる楽しい旅行について、早くも夢を膨らませる。<br /><br /> のんびり、ゆっくり。<br /> 新聞部の部室には、珍しくそんな時間が流れていた。<br /><br /> 「その前に、しないといけない事があるだろ?……さあ、合宿費を集めるよ 」<br /> 蒼星石がそう言い、自分の鞄から一枚の封筒を取り出す。<br /> そして顔を上げると…部室の中には、誰も居なくなってた。<br /><br /><br /><br /><br /> ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ~ この町大好き! vol.10 ~ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆<br /><br /><br /><br />  <br /> 開け放たれた扉から、ドタバタと遠ざかる足音が聞こえる。<br /> 真紅が淹れた紅茶からは、まだ湯気が立ち昇っていた。<br /><br /> 「……そう……そんなに…合宿費、払いたくないんだ…… 」<br /> 蒼星石がうつむき、小さな声で呟く。<br /><br /> 「でもね…… 」<br /> そう言うと ――― 鞄の中から巨大な鋏(模造品、切れません)を取り出した。<br /> 「……僕から…本当に逃げられると思ってるのかな……?ふふふ…… 」<br /><br /><br /> 前回(第九話)無理やり男装させられた恨みもあり……<br /> 今日の蒼星石は、かなりぶっ飛んでいた。<br /><br /> さあ…狩りの始まりだ…!<br /><br /><br /> ◆ ◇ ◆ ◇ ◆<br /><br /><br /> ハァ……ハァ……<br /><br /> 3人の少女が廊下を走る息遣いだけが、学園の中に存在する音の全てだった。<br /><br /> 「ハァ…ハァ……と…咄嗟に逃げちまったですぅ… 」<br /> 翠星石が呼吸を整えながら言う。<br /> 「…こればかりは本能のようなものなのだわ。仕方の無い事よ 」<br /> 真紅が乱れた髪を直しながら、そう答える。<br /><br /> 「でぇ…これからどうするぅ…? 」<br /> 水銀燈がドンヨリとした表情で呟いた。<br /><br /> そう。問題は、そこだった。<br /><br /> 咄嗟に逃げた為、彼女たちの鞄は未だに部室の中。<br /> このままでは、帰宅する事は出来そうに無い。<br /><br /> 「何とか、部室の中から私たちの鞄を持ち出して… 」<br /> 「そのまま、とんずらするですぅ! 」<br /><br /> そんなに合宿費を払いたくないのか。<br /><br /><br /> ◆ ◇ ◆ ◇ ◆<br /><br /><br /> 「それなら…私が囮になるのだわ。……その間に、二人で鞄を回収して頂戴 」<br /> 真紅が強い覚悟を秘めた瞳で翠星石と水銀燈を見た。<br /><br /> 「そんな!真紅!まさか…!? 」<br /> 翠星石が大きな声を上げる。<br /> だが…その言葉は水銀燈に遮られ、最後まで続かなかった。<br /><br /> 「……生きて、一緒に帰りましょうねぇ… 」<br /> 水銀燈はそう言い、固めた拳を真紅へと突き出す。<br /> 「ええ……あなた達も、気を付けてね… 」<br /> 真紅が水銀燈の手に、そっと自分の拳を合わせた。<br />  <br />  <br /> 二人の少女の、無言の友情の唄。<br /> 確実に存在する、信頼という絆。<br /><br /><br /> だが…<br /> それを切り裂く巨大な鋏の存在が…その足音が、遠く廊下から響いてきた…。<br /><br />  カツーン……… カツーン………<br /><br /> 背筋を凍らせる、取り立て人の靴音…<br /><br /><br /> 3人は力強く目で頷くと……再び走りだした……。<br /><br /><br /> ◆ ◇ ◆ ◇ ◆<br /><br /><br /> 廊下を足音を殺しながら、静かに走る。<br /> そして、丁字路に差し掛かり…そこで翠星石と水銀燈、真紅の二手に別れた。<br /><br /> 「こっちよ!追って来なさい!! 」<br /> 真紅がそう叫び、足音をたてて走り出す。<br /><br />  カツーン……… カツーン………<br /><br /> 追跡者・蒼星石の足音は…真紅の曲がった方向へと向かっていった。<br /><br />  <br /> 「チャンスよぉ…!今の内に皆の鞄を…! 」<br /> 水銀燈は走りながら学園の地図を頭に思い浮かべ、部室へ向かって走り出す。<br /><br /> 「…真紅ならきっと…蒼星石から逃げ切れるですよ!でも…急ぐに越した事は無いですぅ! 」<br /> 翠星石も一生懸命、廊下を走る。<br /><br /> そして二人の手が新聞部の部室の扉にかかった瞬間 ――――<br /><br /><br /> 「だわーーーーーーッ!!! 」<br /><br /> 廊下の遠くから……誰かの断末魔の叫びが響いた……。<br /><br /><br /> ◆ ◇ ◆ ◇ ◆<br /><br /><br /> 「今の声………真紅!! 」<br /> 翠星石が青い顔をして叫ぶ。<br /><br /> だが…<br /> 水銀燈は、そのまま部室の中に入ると、鞄を3つ取り、そして出てきた。<br /> そして翠星石の鞄を、彼女へ投げ渡す。<br /><br /> 水銀燈は自分の手に残る2つの鞄に視線を向けた。<br /> 一つは自分の鞄。そしてもう一つは……<br /><br /> 「…せめて…鞄だけでも脱出させてあげるわぁ……真紅…… 」<br /> 水銀燈はうつむき、小さく呟いた。<br />  <br />  <br />  カツーン……… カツーン………<br /><br /> と…蒼星石の足音が、こちらに近づいてくる音が聞こえる…。<br /> どうやら、感傷に浸ってる時間は無さそうだ。<br /><br /> 「…今は…逃げるわよぉ…… 」<br /> 水銀燈は乱暴に自分の目の端を擦ると、そう言って駆け出した。<br /><br /><br /> 二人で学園の廊下を走り続ける。<br /><br /> 背後から聞こえる足音は、決して二人を見失う気配は無かったが…<br /> それでも徐々に距離が開いていくのが分かる。<br /><br /> 「もうすぐですよ!あの廊下を曲がれば…! 」<br /> 見えてきた曲がり角目掛けて、翠星石は全力疾走しようとして…<br /> 「むぎゅぅ!? 」<br /> 突然、水銀燈によって乱暴に首根っこを捕まれた。<br /><br /> 「何するですか!?ふざけるなら逃げ切ってから――― 」<br /><br /> 逃げ切ってからにしろ。そう言おうとして……曲がり角の先から聞こえる音に耳を疑った。<br /><br />  カツーン……… カツーン………<br /><br /> まさか、先回りされた!?<br /> そう考え、来た道を戻ろうとすると…そこには徐々にこちらへと迫る蒼星石の姿…<br />  <br /><br /> では、正面から迫ってきているのは誰なのか……<br /><br /> 翠星石と水銀燈が、曲がり角を睨みつける……そして……そこから出てきたのは……―――<br /><br /><br /> 「…合宿費をちゃんと払って、気が付いたのだわ……あなた達も…ちゃんと払うべきだと…ね 」<br /> 「そ…そんな! 」<br /> 「真紅ぅ…!? 」<br /><br /> 皮肉な形で…友との再会は成った。<br /><br /><br /> ◆ ◇ ◆ ◇ ◆<br /><br /><br /> 「…絶対に、払わないわよぉ…… 」<br /> 踏み倒す気満々の水銀燈が、真紅を睨みつける。<br /> 「『合宿費は払わない』『合宿には行く』両方しなきゃならねーのが部長の辛い所ですよ…… 」<br /> 最早、倫理観など宇宙の彼方な翠星石が自分の財布を握り締める。<br /><br /> 「…いい事、翠星石、それに水銀燈。<br />  あなた達が合宿費をちゃんと払ってくれないと、合宿は…旅行は出来なくなってしまうのよ? 」<br /> すっかり目が醒めた真紅が、正論を言ってくる。<br /><br /> 「…どうやら…完全に敵にまわったみたいねぇ…? 」<br /> 水銀燈はそう呟くと…一歩、足を踏み出した。<br />  <br /> 「翠星石…あなただけでも…逃げなさい…… 」<br /> 「そんな!水銀燈!てめぇまで…! 」<br /> 翠星石が声を荒げる。<br /> だが、水銀燈は落ち着いた声で、翠星石に言って聞かせた。<br /><br /> 「…もちろん、合宿費なんて払うつもりなんて、ちゃんちゃら無いわぁ。でもね…… 」<br /> 水銀燈はそう言い、背後から迫る蒼星石を一瞥した。<br /> 「……あなたが居たら、派手な大立ち回りが出来ないでしょぉ?……私は…負けないわぁ… 」<br /><br /> 「……水銀燈……正門で…待ってるです…… 」<br /> 翠星石はそう言うと…真紅の脇を走り抜ける。<br /><br /> 真紅は翠星石を捕まえようと手を伸ばす!<br /> だが…その間に割って入った水銀燈にその手を止められた。<br /><br /> 「真紅ぅ…あなたの相手は…この水銀燈よぉ…… 」<br /> 水銀燈が真紅を睨みつける。<br /><br /> 「…この状況で…まだ踏み倒せると思ってるのかい? 」<br /> 不意に、背後から声が聞こえた。<br /><br /> いつの間に!?<br /> 振り返り、水銀燈が見たのは…片目を赤々と輝かせた蒼星石の姿。<br /> 正直、怖かった。<br /><br /> 水銀燈は……静かに、覚悟を決めた。<br /> 「じょ…冗談よぉ…始めから、ちゃぁんと払うつもりだったのよぉ…? 」<br /> そう言い、ポケットから財布を取り出す。<br /><br />  <br /> ◆ ◇ ◆ ◇ ◆<br /><br /><br /> 学園の正門に一人辿り着いた翠星石は…沈む夕日を見つめていた。<br /> 結局、いくら待っても水銀燈が来る事は無かった。<br /><br /> このまま帰れば…<br /> 合宿費を払わず帰れば…夢の『毎日買い食い生活』が現実となる。<br /><br /> だが…真紅に水銀燈。<br /> その為に支払った代償は、彼女にとってあまりに大きすぎた。<br /><br /><br /> 「……きっと…合宿費を取り返せば…二人とも元に戻るですよ…! 」<br /> 自分に言い聞かせるように、呟く。<br /><br /> そして翠星石は立ち上がり…再び、学園の中へと戻っていった……。<br /><br /><br /> ◆ ◇ ◆ ◇ ◆<br /><br /><br /> 正直、一人では不安すぎた。<br /> 恐る恐る、廊下を進む。<br /> ちいさな物音にも体を強張らせ、地面を伏せながらカサカサと進む。<br /><br /> 学園内で匍匐全身なんて目立って仕方が無いが、本人は全く目立つつもりは無い。<br />  <br /><br /> 「あれ?やっと払う気になってくれたの?翠星石 」<br /> 不意に、頭上から声が聞こえた。<br /><br /> (ヤバイですぅ!!いきなり見つかっちまったですよ!! )<br /> 冷や汗が滝のように流れ出る。<br /> (こんな時は…そうです!死んだフリですぅ!!<br />  きっと、おバカな蒼星石には死んだフリと見抜けないハズですよ!! )<br /> 自分以上に頭がアレな人間が居ない事にも気が付かず、翠星石は死んだフリを始める。<br /><br /> 「…あれ?どうしたんだい、翠星石 」<br /> 頭上から蒼星石の声が聞こえるが、無視。ピクリとも動かない。<br /><br /> 「ねえ…翠星石……ねえ……起きてよ…… 」<br /> 蒼星石が心配そうに声をかけてくるが、それでも死んだフリを続ける。<br /><br /> 「……死んでる……!早く先生を呼んでこないと! 」<br /> 蒼星石の驚く声と、タッタッタ…と廊下を走る音。<br /><br /> (ふぅ…どうやら…上手くいったみたですぅ… )<br /> 安堵のため息を漏らし、再び地面を這いながら移動しようと顔を上げると……<br /><br /><br /> 蒼星石がジト目でこちらを見つめている。<br /><br /> 「…って、騙せると思ったの? 」<br /> 呆れたような小さな声が、廊下に虚しく響いた。<br /><br />   <br /> ………<br /><br /><br /> 「ですぅぅぅぅぅぅーーーーーー!!! 」<br /><br /><br /> 学園中に…翠星石の断末魔が響き渡った……。<br /><br /><br /> ◆ ◇ ◆ ◇ ◆<br /><br /><br /> 「…で、何の話だったっけ? 」<br /> 蒼星石が全員分の紅茶をポットで淹れながら、そう声をかける。<br /><br /> 喉元過ぎれば何とやら。<br /> 払うものを払って、すっかりいつものペースに戻った部員一同が、合宿について夢を膨らましていた。<br /><br /><br /> 「やっぱり、温泉が有る、ってのは楽しみねぇ… 」<br /> 「そうね。海の近くというのもポイントが高いのだわ 」<br /> 「ごはんの美味しい所だと良いですねぇ 」<br /> 「ははは…皆、気が早いなあ…… 」<br /><br /> のんびりと、ゆっくりと、紅茶を片手に。そんな時間が部室の中に広がる。<br /><br /><br /> 学園は…今日も、おおむね平和だった。 <br /><br /><br /><br /><br /><br />  </div> </dd> </dl>

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