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夢のつづき――かえる、ということ――」(2006/03/28 (火) 16:08:27) の最新版変更点

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<p><a title="yumenotugukikaeru" name= "yumenotugukikaeru"></a>*************************</p> <p> 「そおねぇ。……悪くないかも、しれないわぁ」<br> ふっ、と。笑いを浮かべた彼女のこころをよぎっていたのは、<br> 果たして寂しさであったろうか。</p> <p>  人の数だけ、夢があった。これは、また違う誰かの。違うせかいで<br> 生まれた、夢の、つづき。</p> <p>  ああ、眠い。このまま眠ってしまっても、いいだろうか――</p> <p>【夢のつづき――かえる、ということ――】</p> <p> 娘と二人、市場へ買い物へ出かける。戦火にまみれた世の中とはいえ、<br> 市は活気があって良い。当面の食料は確保出来そうだった。<br> 「うにゅー。今日のご飯は何にするのー?」<br> 無邪気な様子で尋ねる娘。<br> 「そおねぇ……まだ決めてないけれど。何か食べたいものはあるかしらぁ?」<br> 本当は、あまり金銭的にも楽ではなかったのだけれど。こういうところで<br> 娘を落胆させたくはない。この子の笑顔には、何度こころ潤わされてきたことか。<br> この子が生まれる前に戦争は始まって、もう何年続いているだろう。<br> そう、娘には、関係のない戦いなのだから――いつまでも、笑っていて欲しい。<br> どうか、無邪気な、笑顔のまま。<br> 「うーんとね、ヒナね、お肉にはなまるのったのが食べたいのー!<br>  ヒナ、大好きなのよ!」<br> 「ふふっ、わかったわぁ。じゃあ、卵もかっていかなきゃねぇ?」<br> 手を引いて歩き出す。<br>  束の間の平和、かもしれない。一週間ほど前に、隣国との戦争が激しくなったことを<br> 噂で聞いた。情報は定かではないけれども、噂というものは瞬く間に広がるもの。<br> それでも、この子と二人。一緒に居られれば、今は良いのだ……<br> 無理矢理だったけれど、不安は押しとどめておかなければ。<br>  事情をわかってしまっている大人だからこそ、子供を不安にさせるようなことを<br> してはいけない。</p> <p><br> 「あー!」<br> 突然、娘が私の手を振り解いて走り出す。<br> 「ちょ、ちょっと雛苺!? 一人で先に行っちゃだめよぉ!?」<br> 慌てて追いかける。一体どうしたと言うのだろうか。</p> <p>  「はぁ……はぁ……どうしたのぉ? 勝手に行っちゃ、めっめっ、よぉ?」<br> 「うゅ……ごめんなの……」<br> 娘の頭を少しわしわししながら、その目線の先を確かめる。<br> 「あらぁ。お人形ねぇ」<br> 市場の外れあたりで布風呂敷が敷かれていて、そこには可愛らしい<br> 人形が並べられてあった。売り物なのだろうか。<br> 「ねー! この犬のお人形、すっごくかわいいの!」<br> 娘の目がきらきらと輝く。<br> 「お嬢ちゃん。良かったら持ってみるかい」<br> そう話しかけてきた男の姿を見て、私は驚く。</p> <p>  あなた……? いや、違う。年も私よりは若いようだし、面影は似ているけれども――</p> <p><br> 「これは……市場でお人形を売ってるなんて、珍しいわねぇ」<br> 話かけるつもりなどなかったが、口をついて出てしまった言葉。<br> 動揺しているのか、私は。<br> 「ええ、そうですよ。ふふ、野菜でも作れれば自分で食えるんですけど、<br>  どうも僕はこれしか取り柄がなくて」<br> 頭を掻きながら、彼は苦笑した。<br> そういえば、あの人も。裁縫なんて、得意だったっけ。<br> 「こちらは、娘さんですか?」<br> 今度は逆に問いかけれられる。<br> 「ええ、そうよぉ。私のかわいい、娘なの」<br> そう。私とあの人との。かわいいかわいい、一人娘。</p> <p><br>  『君の作るご飯は、とても美味しいなあ』<br> 本当に美味しそうな笑顔で、食事を食べている様子を見ているのが<br> 好きだった。私と出逢う前は、ロクなものを食べていなかったようで。<br> 性格的に男らしくはないし、どちらかと言うと貧弱で。だけどその中に<br> ある優しさのようなものに、私は惹かれたのだと思う。<br>  正に女の勝負は手料理。愛情こめて作ったものが、彼にも伝わったのだった。<br> こちらからアプローチをかけて、プロポーズは結局向こうから。<br> 君の料理をいつまでも食べたい! だなんて。<br> あの時の顔、ほんとに真っ赤だったなあ。<br>  それからしばらくは、楽しい日々は続いた。<br>  けれど。</p> <p><br> 『往かなければ、ならないようだ』<br> 彼に、出征要請の紙が送られてきた。<br> 想い人とは、結婚こそしていなかったが。いずれはちゃんとした<br> 形で一緒になろうと、そう契った仲であった。<br>  おもむろに始まった戦争は、国民にとっては晴天の霹靂。<br> 多くの男が駆りだされ、戦いへ向かう事になる。もう既に<br> 戦地に赴いた者達の音信は悉く途絶え、残されたものは悲嘆に暮れていた。<br> 『こんな時に、慰めを言ってもしょうがないんだろうな……君には』<br> 『……』<br> 『戦いは激しいみたいだ。僕は……』<br> 『帰ってこれない、かもしれない』<br> 『……おばかさぁん』<br> 私は、彼の掛けていた眼鏡を、すっと外した。<br> 『ん』<br> こうでもしなければ。私のくしゃくしゃになった泣き顔を、見られてしまう。<br> 見送る時は、笑顔でいなければ。</p> <br> <p>『本当に、おばかさぁん。こういうときは、<br>  意地でも帰ってくる! って言うものよぉ』<br> そうやって、おどけて笑って見せた。<br> 私がふざけて、彼が困って。そんな関係が居心地良かった、ふたり。<br> 『君は若い。まだ僕らは結婚していないし』<br> 『いい人を、見つけてくれ』<br> 『忘れ、るんだ』<br> たまらず、抱きしめる。<br> 『わかったわぁ。あなたがそんなこと言うのなら』<br> 『すぐに忘れてやるんだからぁ!』<br> 口付ける。恐らく、これが最後。</p> <p>『いってらっしゃぁい』<br> とびっきりの、笑顔で。<br> 『いってくるよ……どうか元気で、水銀燈』</p> <p><br>  あの幸せな日々は、私の夢だったのだろうか。いや、でも。<br> 彼と愛し合った証が、今目の前に居る。ここはどうしようもないほど<br> 現実で、私達は今、生きている。</p> <p> 「ねー! ヒナ、この犬のお人形欲しいのー!」<br> 娘がはしゃいでいる。人形か。子供とは言っても、女の子なのだから。<br> かわいいものの一つや二つ、欲しがって当然なのかもしれない。<br> 「そぉねぇ……」<br> 少し迷ったが、『お願い』は断りきれないことを、自分が一番良く知っている。<br> 甘やかしている訳ではないと思ってはいるけれど、全く以って親馬鹿なことだ。<br> 「わかったわぁ。すみません、これおひとつ、いくらかしらぁ?」<br> こんなことがあっても良いだろう。娘への、ささやかなプレゼント。<br> 「ああ……ありがとうございます。<br>  でもこれ、大分古くなってるやつなんで。<br>  お代はいりませんよ」<br> 「えー! くれるの!? ありがとうなのー!」<br> 「ちょ、ちょっと雛苺! いや、そういう訳には……」<br> それはあまりにも悪い。見たところ、私達以外に客はついていないようだし。<br> 「いいんですいいんです。こんなに気に入ってくれるなら、<br>  僕も嬉しいですから」<br> 「うゅー! ありがとうなの、おじちゃん!」<br> 「な……! おじちゃん……いや、僕はまだ19で」<br> と。人形売りの男が反論したところで。<br> 『ぐぅ~~~~~』<br> 彼のお腹が、盛大に鳴った。</p> <p><br> 「ふふ…ふふふ……! あはは……!」<br> 笑ってしまった。男はなんだか恥ずかしそうに頭をばりばり書いている。<br> 「無理しちゃってぇ。お腹空いてるのぉ?」<br> 「なっ。いや。大丈夫ですっ」<br> 明らかに、嘘。しばらく何も食べてないのだろうか。<br> 「ふふ。良かったら、今日の家に来てくださいな。<br>  お代のかわりという訳ではないけど、晩御飯をご馳走してあげるわぁ」<br> 「おじちゃん、家に来るのー! やったなのー!」<br> 「だから僕はおじちゃんじゃないって……」<br> おかしかった。こんなに笑ったのは、何時位ぶりだろう。</p> <p><br> 「すー……すー……くんくーん……」<br> 娘はもう眠りについた。どうやらあの犬のぬいぐるみには、『くんくん』という<br> 名をつけたらしい。食事中も手放す事がなくて、お行儀悪いからめっめっよぉ、<br> なんて言った所でまったく聞き入れてくれる様子がなかった。<br> 本当に気に入ってしまったのだろう。今はぬいぐるみを抱いてすやすやと寝息を<br> たてていた。</p> <p><br> 「かわいい娘さんですね」<br> ええ、本当に。そう言って彼は、娘の寝顔を優しく見つめていた。<br> 「すみません、晩御飯ではがっついてしまって。<br>  実のところ、三日ほどまともに食べてなくて」<br> 「いいのよぉ。娘のプレゼントのお礼なんだからぁ」</p> <p>それから、とりとめもない話をした。<br> かつての自分の想い人のこと。<br> これまでの娘との生活。<br> あとは、いつまで戦いが続くのかという不安と愚痴を少し。</p> <p>「全く、男は勝手よねぇ。<br>  忘れて欲しい、だなんて言うんだから」<br> 人形売りの男が苦笑する。<br> 「まあ、僕も男ですから。<br>  そう言う風にしか思いやりを示せないことがあるのって、ちょっとわかる。<br>  決して、あなたを想わずにそんな台詞は出ませんよ」<br> わかっていた。あの人は、優しすぎるほどに優しい。不器用で、愚直で――<br> 出征要請が来た時も、二人で何処かへ逃げようかとも考えた。<br> でも、それを彼が止めた。国策に反逆すれば、世間的にどのみち苦しい日々を<br> 強いられるだろう。私がそんな苦痛を受ける事を、彼は望まなかった。</p> <p><br> 「僕はまた、人形売りを続けますよ。そろそろ、場所も変えようかと思っていて」<br> 「あら、そうなのぉ?」<br> 「はい。また、ここも戦いが激しくなるかもしれない。<br>  逃れ逃れやってきましたから」<br> なんて言って笑う。<br> 「良かったら……<br>  ここがいつまでも平和が続くとは限らないから。<br>  僕と一緒に、旅に出ませんか」<br> 思わぬ誘い。<br> 「ちょっとぉ。今日初めて逢った人に対して、随分大胆なお誘いなんじゃなぁい?」<br> 苦笑してしまった。だが、それも本当に悪くないかもしれない。<br> 彼は悪い人間ではなさそうだし、人形売りとして頑張っている。雛苺も、<br> ずいぶんと懐いていて(結局『おじちゃん』という呼び名は変わらなかった)、<br> 何より彼は、あのひとの若い頃に、似ていた。丁度、私達が始めて出会った頃の<br> 様に。<br> 「でも、どうして私達なのぉ? 人形に興味を持ったからかしらぁ?」<br> 「いや、なんていうか、その」<br> なんだか恥ずかしそうに言い淀んでいる。</p> <p><br> この感覚、何処かで。</p> <p>「あなたの料理、美味しかったから。<br>  また食べたいなあ、って」</p> <p>この人は――</p> <p>「また作って欲しいなって。そう、思ったんです」</p> <p>この人は――誰なんだろう。</p> <p><br> 「そおねぇ」<br> 考えていた。<br> 顔が少し、微笑んでいるかもしれない。<br> 私はもう十分、待っただろうか。<br> 「……悪くないかも、しれないわぁ」<br> あのひとは、もう――</p> <p><br> 「うゅー。おかあさん……」<br> 声が聞こえた。<br> 雛苺。私の……いや。私と、あの人の、娘。<br> 「そおねぇ、悪くないかもしれないんだけど、<br>  お断りさせていただくわぁ」<br> 「そうですか……そりゃまあ、そうですよね」<br> 残念そうだ。少し心が揺らぎそうになる。でも。<br> 「ここはあのひとが、帰ってくる場所だからぁ。<br>  待ち人が居ないと、寂しいでしょう?」<br> 「そう、ですよね。すみません、忘れてください」<br> 「まったくよぉ。まったく、女を口説くんなら、<br>  もっと勉強なさぁい」<br> 冗談混じりで言った。それでお互い、笑いあう。<br> そう、これでいいんだ。ここはあの人が、帰ってくる場所なのだから。</p> <br> <p>次の日の朝。彼は旅立つと言った。<br> 「おじちゃん、いっちゃうのー?」<br> 寂しそうな声で言う娘。<br> 「おじ……まあ、いいか。大丈夫、またきっと会えるよ」<br> 「ほんとー? じゃあヒナ、いい子にして待ってるね!」<br> 「そうか、ありがとう。あ、あと……」<br> 彼が私の方を向いて言う。<br> 「これ、良かったら貰ってくれませんか」<br> 差し出されたのは、人形だった。<br> 「あー! これ、おかあさんそっくりなのー!」<br> 「え……」<br> これは私、なのだろうか。銀髪で、黒い羽のついたドレスを<br> 召した、きれいな人形。<br> 「最初、驚いたんです。自分の作った人形にそっくりなひとが、<br>  目の前に現れたんですから」<br> 「これは、えぇと、」<br> 返答に困ってしまう。<br> 「ちょっとした思い出として、貰ってやってくれませんか」<br> 少し躊躇ったが。<br> 「わかったわぁ。ありがとう。飾っておくわねえ」<br> 私も、彼がここに居た証として。この家に人形を留めておこう。</p> <p><br> それじゃあ、と。手を振って彼が行こうとする。。<br> 去り際、一言言い残した。<br> 「ひとつ、謝らなければならないことがあるんです」<br> 「え? 何かしらぁ?」<br> 「戦火がここに及ぶかもしれないなって行ったんですが、<br>  あれは多分大丈夫ですよ」<br> 「え、それって――」<br> 「あなたと一緒にいきたいと言ったのは、嘘じゃないです。<br>  それじゃあ!」</p> <p>そう言って、行ってしまった。<br> 全く、これだから男は駄目ねぇ。女はいつも、待ってるばかりなんだから。<br> さようなら、ジュン。あの人と名前まで一緒だったひと。<br> 「……おばかさぁん」<br> 素敵な夜をありがとう。笑顔で送り出したつもりだったけど、ちょっとだけ<br> 涙ぐんでしまったのは何故だろう。<br>  さあ、不思議な一日はこれでおしまい。これからまた、二人の生活が<br> 始まるのだ――</p> <br> <p>――<br>  夢を、見ていたのだろう。ここの周りは、変哲もない山の中。<br> 温かい料理もベッドも、ある筈が無い。</p> <p>――眠ってしまっていたのか。</p> <p> 恐らくは、極度の疲労。でももう、死に怯えることもない。</p> <p>――夢の中でまで、泣かせてしまうなんてな。</p> <p>  なんて、バツの悪い。君にそっくりなひとだった。ちょっと、と言うかかなり<br> 大人っぽくした感じだったけど。今は、何をしているんだろうか。<br>  もう、戦争は終わる。ようやく和平が締結されて、もう軍役は解除されたも<br> 同然だ。これから先、どうしよう。夢の通り、人形売りとして。気ままにやっていくのも<br> 良いかもしれない。君は喜んで、くれるだろうか。あんなかわいい子供が居たら、<br> 楽しい日々だろうなあ――<br>  手元には、自分の作った人形。戦いに出る前に、こっそり準備して作ったもの。<br>  水銀燈。僕の愛するひと。どうか、生きていて欲しい。</p> <p> さあ、夢を見るのは終わりだ。<br>  僕は、僕の在るべき場所へ、還ろう――</p> <p><br> おわり<br></p>

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