「夢のつづき――かえる、ということ――」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら
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<p><a title="yumenotugukikaeru" name=
"yumenotugukikaeru"></a>*************************</p>
<p> 「そおねぇ。……悪くないかも、しれないわぁ」<br>
ふっ、と。笑いを浮かべた彼女のこころをよぎっていたのは、<br>
果たして寂しさであったろうか。</p>
<p>
人の数だけ、夢があった。これは、また違う誰かの。違うせかいで<br>
生まれた、夢の、つづき。</p>
<p>
ああ、眠い。このまま眠ってしまっても、いいだろうか――</p>
<p>【夢のつづき――かえる、ということ――】</p>
<p>
娘と二人、市場へ買い物へ出かける。戦火にまみれた世の中とはいえ、<br>
市は活気があって良い。当面の食料は確保出来そうだった。<br>
「うにゅー。今日のご飯は何にするのー?」<br>
無邪気な様子で尋ねる娘。<br>
「そおねぇ……まだ決めてないけれど。何か食べたいものはあるかしらぁ?」<br>
本当は、あまり金銭的にも楽ではなかったのだけれど。こういうところで<br>
娘を落胆させたくはない。この子の笑顔には、何度こころ潤わされてきたことか。<br>
この子が生まれる前に戦争は始まって、もう何年続いているだろう。<br>
そう、娘には、関係のない戦いなのだから――いつまでも、笑っていて欲しい。<br>
どうか、無邪気な、笑顔のまま。<br>
「うーんとね、ヒナね、お肉にはなまるのったのが食べたいのー!<br>
ヒナ、大好きなのよ!」<br>
「ふふっ、わかったわぁ。じゃあ、卵もかっていかなきゃねぇ?」<br>
手を引いて歩き出す。<br>
束の間の平和、かもしれない。一週間ほど前に、隣国との戦争が激しくなったことを<br>
噂で聞いた。情報は定かではないけれども、噂というものは瞬く間に広がるもの。<br>
それでも、この子と二人。一緒に居られれば、今は良いのだ……<br>
無理矢理だったけれど、不安は押しとどめておかなければ。<br>
事情をわかってしまっている大人だからこそ、子供を不安にさせるようなことを<br>
してはいけない。</p>
<p><br>
「あー!」<br>
突然、娘が私の手を振り解いて走り出す。<br>
「ちょ、ちょっと雛苺!? 一人で先に行っちゃだめよぉ!?」<br>
慌てて追いかける。一体どうしたと言うのだろうか。</p>
<p>
「はぁ……はぁ……どうしたのぉ? 勝手に行っちゃ、めっめっ、よぉ?」<br>
「うゅ……ごめんなの……」<br>
娘の頭を少しわしわししながら、その目線の先を確かめる。<br>
「あらぁ。お人形ねぇ」<br>
市場の外れあたりで布風呂敷が敷かれていて、そこには可愛らしい<br>
人形が並べられてあった。売り物なのだろうか。<br>
「ねー! この犬のお人形、すっごくかわいいの!」<br>
娘の目がきらきらと輝く。<br>
「お嬢ちゃん。良かったら持ってみるかい」<br>
そう話しかけてきた男の姿を見て、私は驚く。</p>
<p>
あなた……? いや、違う。年も私よりは若いようだし、面影は似ているけれども――</p>
<p><br>
「これは……市場でお人形を売ってるなんて、珍しいわねぇ」<br>
話かけるつもりなどなかったが、口をついて出てしまった言葉。<br>
動揺しているのか、私は。<br>
「ええ、そうですよ。ふふ、野菜でも作れれば自分で食えるんですけど、<br>
どうも僕はこれしか取り柄がなくて」<br>
頭を掻きながら、彼は苦笑した。<br>
そういえば、あの人も。裁縫なんて、得意だったっけ。<br>
「こちらは、娘さんですか?」<br>
今度は逆に問いかけれられる。<br>
「ええ、そうよぉ。私のかわいい、娘なの」<br>
そう。私とあの人との。かわいいかわいい、一人娘。</p>
<p><br>
『君の作るご飯は、とても美味しいなあ』<br>
本当に美味しそうな笑顔で、食事を食べている様子を見ているのが<br>
好きだった。私と出逢う前は、ロクなものを食べていなかったようで。<br>
性格的に男らしくはないし、どちらかと言うと貧弱で。だけどその中に<br>
ある優しさのようなものに、私は惹かれたのだと思う。<br>
正に女の勝負は手料理。愛情こめて作ったものが、彼にも伝わったのだった。<br>
こちらからアプローチをかけて、プロポーズは結局向こうから。<br>
君の料理をいつまでも食べたい! だなんて。<br>
あの時の顔、ほんとに真っ赤だったなあ。<br>
それからしばらくは、楽しい日々は続いた。<br>
けれど。</p>
<p><br>
『往かなければ、ならないようだ』<br>
彼に、出征要請の紙が送られてきた。<br>
想い人とは、結婚こそしていなかったが。いずれはちゃんとした<br>
形で一緒になろうと、そう契った仲であった。<br>
おもむろに始まった戦争は、国民にとっては晴天の霹靂。<br>
多くの男が駆りだされ、戦いへ向かう事になる。もう既に<br>
戦地に赴いた者達の音信は悉く途絶え、残されたものは悲嘆に暮れていた。<br>
『こんな時に、慰めを言ってもしょうがないんだろうな……君には』<br>
『……』<br>
『戦いは激しいみたいだ。僕は……』<br>
『帰ってこれない、かもしれない』<br>
『……おばかさぁん』<br>
私は、彼の掛けていた眼鏡を、すっと外した。<br>
『ん』<br>
こうでもしなければ。私のくしゃくしゃになった泣き顔を、見られてしまう。<br>
見送る時は、笑顔でいなければ。</p>
<br>
<p>『本当に、おばかさぁん。こういうときは、<br>
意地でも帰ってくる! って言うものよぉ』<br>
そうやって、おどけて笑って見せた。<br>
私がふざけて、彼が困って。そんな関係が居心地良かった、ふたり。<br>
『君は若い。まだ僕らは結婚していないし』<br>
『いい人を、見つけてくれ』<br>
『忘れ、るんだ』<br>
たまらず、抱きしめる。<br>
『わかったわぁ。あなたがそんなこと言うのなら』<br>
『すぐに忘れてやるんだからぁ!』<br>
口付ける。恐らく、これが最後。</p>
<p>『いってらっしゃぁい』<br>
とびっきりの、笑顔で。<br>
『いってくるよ……どうか元気で、水銀燈』</p>
<p><br>
あの幸せな日々は、私の夢だったのだろうか。いや、でも。<br>
彼と愛し合った証が、今目の前に居る。ここはどうしようもないほど<br>
現実で、私達は今、生きている。</p>
<p> 「ねー! ヒナ、この犬のお人形欲しいのー!」<br>
娘がはしゃいでいる。人形か。子供とは言っても、女の子なのだから。<br>
かわいいものの一つや二つ、欲しがって当然なのかもしれない。<br>
「そぉねぇ……」<br>
少し迷ったが、『お願い』は断りきれないことを、自分が一番良く知っている。<br>
甘やかしている訳ではないと思ってはいるけれど、全く以って親馬鹿なことだ。<br>
「わかったわぁ。すみません、これおひとつ、いくらかしらぁ?」<br>
こんなことがあっても良いだろう。娘への、ささやかなプレゼント。<br>
「ああ……ありがとうございます。<br>
でもこれ、大分古くなってるやつなんで。<br>
お代はいりませんよ」<br>
「えー! くれるの!? ありがとうなのー!」<br>
「ちょ、ちょっと雛苺! いや、そういう訳には……」<br>
それはあまりにも悪い。見たところ、私達以外に客はついていないようだし。<br>
「いいんですいいんです。こんなに気に入ってくれるなら、<br>
僕も嬉しいですから」<br>
「うゅー! ありがとうなの、おじちゃん!」<br>
「な……! おじちゃん……いや、僕はまだ19で」<br>
と。人形売りの男が反論したところで。<br>
『ぐぅ~~~~~』<br>
彼のお腹が、盛大に鳴った。</p>
<p><br>
「ふふ…ふふふ……! あはは……!」<br>
笑ってしまった。男はなんだか恥ずかしそうに頭をばりばり書いている。<br>
「無理しちゃってぇ。お腹空いてるのぉ?」<br>
「なっ。いや。大丈夫ですっ」<br>
明らかに、嘘。しばらく何も食べてないのだろうか。<br>
「ふふ。良かったら、今日の家に来てくださいな。<br>
お代のかわりという訳ではないけど、晩御飯をご馳走してあげるわぁ」<br>
「おじちゃん、家に来るのー! やったなのー!」<br>
「だから僕はおじちゃんじゃないって……」<br>
おかしかった。こんなに笑ったのは、何時位ぶりだろう。</p>
<p><br>
「すー……すー……くんくーん……」<br>
娘はもう眠りについた。どうやらあの犬のぬいぐるみには、『くんくん』という<br>
名をつけたらしい。食事中も手放す事がなくて、お行儀悪いからめっめっよぉ、<br>
なんて言った所でまったく聞き入れてくれる様子がなかった。<br>
本当に気に入ってしまったのだろう。今はぬいぐるみを抱いてすやすやと寝息を<br>
たてていた。</p>
<p><br>
「かわいい娘さんですね」<br>
ええ、本当に。そう言って彼は、娘の寝顔を優しく見つめていた。<br>
「すみません、晩御飯ではがっついてしまって。<br>
実のところ、三日ほどまともに食べてなくて」<br>
「いいのよぉ。娘のプレゼントのお礼なんだからぁ」</p>
<p>それから、とりとめもない話をした。<br>
かつての自分の想い人のこと。<br>
これまでの娘との生活。<br>
あとは、いつまで戦いが続くのかという不安と愚痴を少し。</p>
<p>「全く、男は勝手よねぇ。<br>
忘れて欲しい、だなんて言うんだから」<br>
人形売りの男が苦笑する。<br>
「まあ、僕も男ですから。<br>
そう言う風にしか思いやりを示せないことがあるのって、ちょっとわかる。<br>
決して、あなたを想わずにそんな台詞は出ませんよ」<br>
わかっていた。あの人は、優しすぎるほどに優しい。不器用で、愚直で――<br>
出征要請が来た時も、二人で何処かへ逃げようかとも考えた。<br>
でも、それを彼が止めた。国策に反逆すれば、世間的にどのみち苦しい日々を<br>
強いられるだろう。私がそんな苦痛を受ける事を、彼は望まなかった。</p>
<p><br>
「僕はまた、人形売りを続けますよ。そろそろ、場所も変えようかと思っていて」<br>
「あら、そうなのぉ?」<br>
「はい。また、ここも戦いが激しくなるかもしれない。<br>
逃れ逃れやってきましたから」<br>
なんて言って笑う。<br>
「良かったら……<br>
ここがいつまでも平和が続くとは限らないから。<br>
僕と一緒に、旅に出ませんか」<br>
思わぬ誘い。<br>
「ちょっとぉ。今日初めて逢った人に対して、随分大胆なお誘いなんじゃなぁい?」<br>
苦笑してしまった。だが、それも本当に悪くないかもしれない。<br>
彼は悪い人間ではなさそうだし、人形売りとして頑張っている。雛苺も、<br>
ずいぶんと懐いていて(結局『おじちゃん』という呼び名は変わらなかった)、<br>
何より彼は、あのひとの若い頃に、似ていた。丁度、私達が始めて出会った頃の<br>
様に。<br>
「でも、どうして私達なのぉ? 人形に興味を持ったからかしらぁ?」<br>
「いや、なんていうか、その」<br>
なんだか恥ずかしそうに言い淀んでいる。</p>
<p><br>
この感覚、何処かで。</p>
<p>「あなたの料理、美味しかったから。<br>
また食べたいなあ、って」</p>
<p>この人は――</p>
<p>「また作って欲しいなって。そう、思ったんです」</p>
<p>この人は――誰なんだろう。</p>
<p><br>
「そおねぇ」<br>
考えていた。<br>
顔が少し、微笑んでいるかもしれない。<br>
私はもう十分、待っただろうか。<br>
「……悪くないかも、しれないわぁ」<br>
あのひとは、もう――</p>
<p><br>
「うゅー。おかあさん……」<br>
声が聞こえた。<br>
雛苺。私の……いや。私と、あの人の、娘。<br>
「そおねぇ、悪くないかもしれないんだけど、<br>
お断りさせていただくわぁ」<br>
「そうですか……そりゃまあ、そうですよね」<br>
残念そうだ。少し心が揺らぎそうになる。でも。<br>
「ここはあのひとが、帰ってくる場所だからぁ。<br>
待ち人が居ないと、寂しいでしょう?」<br>
「そう、ですよね。すみません、忘れてください」<br>
「まったくよぉ。まったく、女を口説くんなら、<br>
もっと勉強なさぁい」<br>
冗談混じりで言った。それでお互い、笑いあう。<br>
そう、これでいいんだ。ここはあの人が、帰ってくる場所なのだから。</p>
<br>
<p>次の日の朝。彼は旅立つと言った。<br>
「おじちゃん、いっちゃうのー?」<br>
寂しそうな声で言う娘。<br>
「おじ……まあ、いいか。大丈夫、またきっと会えるよ」<br>
「ほんとー? じゃあヒナ、いい子にして待ってるね!」<br>
「そうか、ありがとう。あ、あと……」<br>
彼が私の方を向いて言う。<br>
「これ、良かったら貰ってくれませんか」<br>
差し出されたのは、人形だった。<br>
「あー! これ、おかあさんそっくりなのー!」<br>
「え……」<br>
これは私、なのだろうか。銀髪で、黒い羽のついたドレスを<br>
召した、きれいな人形。<br>
「最初、驚いたんです。自分の作った人形にそっくりなひとが、<br>
目の前に現れたんですから」<br>
「これは、えぇと、」<br>
返答に困ってしまう。<br>
「ちょっとした思い出として、貰ってやってくれませんか」<br>
少し躊躇ったが。<br>
「わかったわぁ。ありがとう。飾っておくわねえ」<br>
私も、彼がここに居た証として。この家に人形を留めておこう。</p>
<p><br>
それじゃあ、と。手を振って彼が行こうとする。。<br>
去り際、一言言い残した。<br>
「ひとつ、謝らなければならないことがあるんです」<br>
「え? 何かしらぁ?」<br>
「戦火がここに及ぶかもしれないなって行ったんですが、<br>
あれは多分大丈夫ですよ」<br>
「え、それって――」<br>
「あなたと一緒にいきたいと言ったのは、嘘じゃないです。<br>
それじゃあ!」</p>
<p>そう言って、行ってしまった。<br>
全く、これだから男は駄目ねぇ。女はいつも、待ってるばかりなんだから。<br>
さようなら、ジュン。あの人と名前まで一緒だったひと。<br>
「……おばかさぁん」<br>
素敵な夜をありがとう。笑顔で送り出したつもりだったけど、ちょっとだけ<br>
涙ぐんでしまったのは何故だろう。<br>
さあ、不思議な一日はこれでおしまい。これからまた、二人の生活が<br>
始まるのだ――</p>
<br>
<p>――<br>
夢を、見ていたのだろう。ここの周りは、変哲もない山の中。<br>
温かい料理もベッドも、ある筈が無い。</p>
<p>――眠ってしまっていたのか。</p>
<p>
恐らくは、極度の疲労。でももう、死に怯えることもない。</p>
<p>――夢の中でまで、泣かせてしまうなんてな。</p>
<p>
なんて、バツの悪い。君にそっくりなひとだった。ちょっと、と言うかかなり<br>
大人っぽくした感じだったけど。今は、何をしているんだろうか。<br>
もう、戦争は終わる。ようやく和平が締結されて、もう軍役は解除されたも<br>
同然だ。これから先、どうしよう。夢の通り、人形売りとして。気ままにやっていくのも<br>
良いかもしれない。君は喜んで、くれるだろうか。あんなかわいい子供が居たら、<br>
楽しい日々だろうなあ――<br>
手元には、自分の作った人形。戦いに出る前に、こっそり準備して作ったもの。<br>
水銀燈。僕の愛するひと。どうか、生きていて欲しい。</p>
<p> さあ、夢を見るのは終わりだ。<br>
僕は、僕の在るべき場所へ、還ろう――</p>
<p><br>
おわり<br></p>