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Entichers」(2008/11/12 (水) 22:38:16) の最新版変更点

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<p align="left">まだ見続ける悪夢。<br /> 甘い甘い悪夢。<br /> 戻せない過去。<br /> セピアに染まった記憶の中、誰の顔も出てこない。<br /><br /> 夢の終わり。意識は加速してゆく。未だ夜明けは見えずとも。<br /><br /><br /><br /><br /><br /> D<font color="#0000FF">U</font>NE<br /><br /> 第四話<br /><br /> 「Entichers」<br /><br /><br /><br /><br /><br /> 眩しすぎる光が照らしてきた。<br /><br /> これは何の比喩でもない。<br /><br /> 何度目だろうか。この質問も。<br /><br /><br /> 「お前の名前は?」<br /> 「・・・」<br /><br /> イライラしているようで、相手のしている貧乏ゆすりが私にも不快感を与えてきた。<br /> それに加え、どろりとした殺意が絡みついてくる。<br /><br /> 「いい加減に何か言えッ!!」<br /> 「・・・」<br /> それでも私は何も言わない。<br /> 何かを言ってしまえば、それが私を不利にさせてしまうかも、なんていう漠然とした不安からではなく、<br /> ただ単に、声を発するのが億劫なだけだった。<br /><br /> 犯行理由、他の事件との関連、それらが主な質問事項だった。<br /> たまに全く関係の無いことも聞いてはきたが。<br /><br /> 「ったく。どうして同じ日に二つも強盗事件が起こるかな・・・」<br /> ぼそっと、二人いる刑事のうち、年上の尋問に参加していなかった方が、うっかりという風に漏らした。<br /><br /> 「・・・。犯人は捕まったの?」<br /><br /> やっと重い口を開いた私に、その刑事は、<br /> 「ん?あぁ、捕まったよ。一人だけ。あとはお前とほとんど同じ状況だ」<br /> 「ちょっと!いいんですか?そんなこと言っちゃって!」<br /> 「別にかまわんだろ。このくらい。どうせすぐにマスコミが取り上げる。それに管轄外だ」<br /><br /> この不思議な一致に私は少しだけ驚かされた。<br /> あくまでも少しだけなのだが。<br /><br /> 「そっちの処分は?」<br /> 「さぁな、わからん。まだまだこれからだろ」<br /> 「多分お前と同じようなことになるだろ」<br /><br /> 同じようなこと・・・。<br /> 私が禁固刑なら、向こうも禁固刑。<br /> 向こうが死刑なら、私も死刑ということか・・・。<br /><br /><br /><br /> まぁいい。・・・疲れた・・・。<br /><br /><br /><br /> ふと、絡みつく殺意が感じられなくなったのに気づいた。<br /> 顔をあげて前を見る。<br /> そうだったのか。<br /> あの殺気は静かにしていた方のだったか・・・。<br /> 正体のわからないものへの恐れ、それが相手の正体が分かったような気がしたからか・・・。<br /><br /> なぜ、今こんなに感覚が鋭くなっている?<br /> 私の意志とは関係なしに二人の表面上の感情が流れ込んで来る・・・。<br /><br /><br /><br /> 頭が・・・、痛い・・・。<br /><br /><br /><br /> その、朦朧とした意識の中で、私は何をしゃべったのだろうか。<br /> いつの間にか、人が変わり、何人目かの刑事が来た頃、硬い地面が目前に迫っているのが見えた。<br /><br /><br /><br /> 目を覚ますと、硬いベットの上に横になっていた。<br /> ゆっくりと体を起こす。<br /> ここは?<br /> 外界との接触を断つためなのか、細く、重く光を放つ金属の棒があった。<br /><br /> 少ししてから気づく。<br /> ああ、ここは牢屋か。<br /><br /><br /> あとは、いつ来るか分からない死の宣告を待つだけか・・・。<br /><br /><br /><br /> 今、自分自身の人生について振り返ってみる。<br /><br /> 何かいいことがあったわけではない。<br /> 大抵悪いことへ転がって行った。<br /> 私が何をしたでもない、こうするしかなかった。<br /> 最悪の選択をしたわけではない、残された選択肢に最高があったわけでもない。<br /> 最悪から二番目の選択をしただけだった。<br /><br /> 気がつけば、大きな殺意を感じていた。<br /> どこから?<br /><br /> 私の中からだ。<br /><br /> さまざまな思い、今まで抱いたことのないほどの量の感情が体を駆け巡る。<br /><br /> だが、今はそれが心地よかった。<br /><br /> しかし・・・。<br /><br /><br /> 何も出来やしないというのに・・・。<br /><br /><br /> そう思った途端、急激にそれがしぼんでゆくのを感じた。<br /><br /> そういえば、私が撃ったあの警官はどうなったのだろう?<br /> 多分死んだんだろうな。<br /><br /> あの時、人を殺したという感覚なんてなかった。<br /> ただ、引き金を引いただけ。<br /> 今でも変わらない。ただ、それだけ。それだけのことだった。<br /><br /> どれほどの時がたったのだろう。コツコツと重く響く靴音が耳に入った。<br /> これで最後か・・・。<br /><br /> 「おはよう。起きたかい?留置場での目覚めはどう?」<br /> 目の前には、にこやかな笑みを浮かべた背の高い男が立っていた。<br /><br /> 「まぁ、おはようって言っても、時間は教えられないんだけどね」<br /> と、どうでもいいことを続ける。<br /><br /> 私は、この男が怖かった。<br /> この男には、何もない。<br /> 怒りも、悲しみも、喜びも。何も・・・。<br /><br /> 何かを話しているが、聞いてなんかいない。<br /> この男に警戒をしていると、<br /> 「ねぇ、取引しないかい?」<br /> という言葉が流れ込んできた。<br /><br /> 一歩、檻へと近付く。<br /> 「ここから出してあげる」<br /><br /> また一歩檻へと近付く。<br /> 「このまま、君は死ぬか」<br /><br /> もう一歩檻へと近付き、音を立てず、鉄棒に手をかけた。<br /> 「僕と来て、仕事を手に入れて生きるか」<br /><br /><br /> 私は、気がつくと、差しのべられた手を握っていた。<br /><br /><br /> 「僕の名前は白崎。よろしくね」<br /> 「・・・ウサギみたい」<br /> 思いついた言葉を口にする。<br /> 「じゃあ、ウサギが導くものと言えばアリスだ。君のことをアリスと呼ぶことにしよう」<br /><br /> こうして、私は名前を与えられ、今までの私自身のすべてを殺した。<br /> それは13歳を迎えた年の冬。<br /> 生まれ変わった年の冬。<br /><br /><br /><br /> 6年。私は育てられた。何として?<br /> 人殺しとしてだ。<br /><br /> おそらく、私に教育を施した人のほとんどは、私が何者なのか知らないだろう。<br /><br /> 人体構造、乗り物の運転方法、銃器等の扱い方だけではなく、<br /> 簡単な医療技術、パソコンへの知識、一般教養、特殊な指示もたまにあるらしく、スキーやフリークライミング、インラインスケートなども叩き込まれた。<br /> 確かにきついものであった。だが、これだけが私を生かす。<br /> また、人の感情を読み取る感覚もコントロールする術も自然と身につけていた。<br /><br /> “学費”は膨大なものになったであろう。<br /> だがそれ以上の利益があるからか。ここまでするのは。<br /> 教えられるものによっては、ビデオ講習もあった。そのビデオを私以外の何人が見ているかは知らない。<br /><br /> どれだけの数の“私”みたいなものがいるかなんて。<br /><br /><br /><br /> そして、初めての実戦。気がつけば目の前に男が倒れていた。<br /> 床を赤く染め上げて。<br /><br /> 切り裂かれた喉からは、こぽこぽと、空気の溢れ出る音がしていた。<br /> ただ、“それ”を何の感情もなく見ている私。<br /> その頭の中は、次の手順だけを考えていた。<br /><br /><br /> 何の抜かりもなく終えた初の仕事。<br /> そのあとはどこかの喫茶店へ、白崎に呼び出された。<br /> 「仕事、うまくいったみたいだね」<br /> その言葉のすぐあとに、仰々しいコーティングがされた小さな箱を渡された。<br /> 「・・・開けていいの?」<br /> 白崎は頷く。<br /> 正直、何なのか期待はしていた。<br /> 何かのプレゼントなのかもしれないって。<br /> だが、その期待はあっけなく裏切られた。<br /><br /> 中に入っていたのは、身分証明証。<br /> 与えられたのは、新しい名前、住所、誕生日、つまり、新しい自分自身だった。<br /><br /> 「誕生日おめでとう。      。これからは、どこかに赴任してもらって仕事することになるよ。<br />  これからは、不定期だけど仕事が入ることになる。一応肩書としては、IT関連の中小企業勤務ということになる。<br />  仕事が入ってない日は基本的に自由だから。とにかく、いつでも連絡が取れるようにしてくれたならいいや。<br />  これが、引っ越してもらう先の住所ね」<br /><br /> と、1枚の小さな紙を渡された。<br /> そこには、名前だけは知っている町の名前が書かれていた。<br /> もちろん、私の生まれ育った所よりかはるかに遠い。<br /><br /> そしてこの時、どの名前を呼ばれたのかは覚えてない。<br /> “アリス”かもしれないし、“雛苺”かもしれないし、本当の名前だったのかもしれないし、他の知らない誰かのだったのかもしれない。<br /> ただ、確かに言えるのは、その名前は殺人者の名前ということだけだった。<br /><br /> 白崎が、勘定を払い、席を立つ。<br /> そして思い出したようにこう言った。<br /> 「あ、そうそう。そこでの上司は僕だからね」<br /><br /><br /><br /> 時は廻り、3度目の同じ季節が彩られたころ、私はここへ来た。<br /><br /> 前の街と、何も変わらない。そう思っていた。<br /><br /><br /><br /> 「クシュン!」<br /> この街での初めての仕事を終えたあと、私は公園にある屋根の下で途方に暮れていた。<br /> 「クシュン!」<br /> もう一度くしゃみをする。止めたくても止められない。<br /><br /> はぁ。失敗した。いや、仕事のことではなく、そのあとのことでだ。<br /><br /> 雨がザァザァ降り、服は濡れ、このままでは風邪を引いてしまいそうだ。<br /> 確かに、今日雨が降ることは知っていた。だから、傘もちゃんと持っていたはずだった。<br /> なのに、なんで今手元にないのだろうか。答えは単純、間違えて“鞄”と一緒に捨ててしまったからだろう。<br /> 家まで近いのなら、走って帰る。だが、そうするには、あまりに遠すぎた。<br /> 財布もあることはあるが、近くにコンビニはないし、タクシーを呼ぶには、車の往来が少なすぎる。<br /><br /> どうしようか・・・。<br /><br /> ふと、誰かの気配が近づいてきたのを感じた。<br /> 戸惑っているようで、たまに止まったりしている。<br /> それを感じながらも、私は気付かないふりをし続けた。<br /> 他人とはいえ、やはりこんな痴態を見られるのは恥ずかしかった。<br /><br /> そして、意を決したように、声をかけてきた。<br /><br /><br /> 「迷子か?」<br /><br /><br /> へ?<br /><br /> 頭の中をたくさんのハテナマークが飛び交う。<br /> 驚いて振り向き、その声の主の顔を見る。<br /><br /><br /> 「もしかして家出?」<br /><br /><br /> 更なる言葉が掛けられる。<br /><br /> あれ?この顔、どこかで・・・。誰かに似てる?<br /> とぼけた言葉の中、私はそんなことを思っていた。<br /><br /><br /><br /> 枯れ葉散り、冬の足跡が近づく日、一生忘れることのないであろう青年と出会ってしまった。<br /><br /><br /><br /><br /><br /> DUNE 第四話「Entichers」了</p>
<p align="left">まだ見続ける悪夢。<br /> 甘い甘い悪夢。<br /> 戻せない過去。<br /> セピアに染まった記憶の中、誰の顔も出てこない。<br /><br /> 夢の終わり。意識は加速してゆく。未だ夜明けは見えずとも。<br /><br /><br /><br /><br /><br /> D<font color="#0000FF">U</font>NE<br /><br /> 第四話<br /><br /> 「Entichers」<br /><br /><br /><br /><br /><br /> 眩しすぎる光が照らしてきた。<br /><br /> これは何の比喩でもない。<br /><br /> 何度目だろうか。この質問も。<br /><br /><br /> 「お前の名前は?」<br /> 「……」<br /><br /> イライラしているようで、相手のしている貧乏ゆすりが私にも不快感を与えてきた。<br /> それに加え、どろりとした殺意が絡みついてくる。<br /><br /> 「いい加減に何か言えッ!!」<br /> 「……」<br /> それでも私は何も言わない。<br /> 何かを言ってしまえば、それが私を不利にさせてしまうかも、なんていう漠然とした不安からではなく、<br /> ただ単に、声を発するのが億劫なだけだった。<br /><br /> 犯行理由、他の事件との関連、それらが主な質問事項だった。<br /> たまに全く関係の無いことも聞いてはきたが。<br /><br /> 「ったく。どうして同じ日に二つも強盗事件が起こるかな・・・」<br /> ぼそっと、二人いる刑事のうち、年上の尋問に参加していなかった方が、うっかりという風に漏らした。<br /><br /> 「……。犯人は捕まったの?」<br /><br /> やっと重い口を開いた私に、その刑事は、<br /> 「ん?あぁ、捕まったよ。一人だけ。あとはお前とほとんど同じ状況だ」<br /> 「ちょっと!いいんですか?そんなこと言っちゃって!」<br /> 「別にかまわんだろ。このくらい。どうせすぐにマスコミが取り上げる。それに管轄外だ」<br /><br /> この不思議な一致に私は少しだけ驚かされた。<br /> あくまでも少しだけなのだが。<br /><br /> 「そっちの処分は?」<br /> 「さぁな、わからん。まだまだこれからだろ」<br /> 「多分お前と同じようなことになるだろ」<br /><br /> 同じようなこと……。<br /> 私が禁固刑なら、向こうも禁固刑。<br /> 向こうが死刑なら、私も死刑ということか……。<br /><br /><br /><br /> まぁいい。……疲れた……。<br /><br /><br /><br /> ふと、絡みつく殺意が感じられなくなったのに気づいた。<br /> 顔をあげて前を見る。<br /> そうだったのか。<br /> あの殺気は静かにしていた方のだったか……。<br /> 正体のわからないものへの恐れ、それが相手の正体が分かったような気がしたからか……。<br /><br /> なぜ、今こんなに感覚が鋭くなっている?<br /> 私の意志とは関係なしに二人の表面上の感情が流れ込んで来る……。<br /><br /><br /><br /> 頭が……、痛い……。<br /><br /><br /><br /> その、朦朧とした意識の中で、私は何をしゃべったのだろうか。<br /> いつの間にか、人が変わり、何人目かの刑事が来た頃、硬い地面が目前に迫っているのが見えた。<br /><br /><br /><br /> 目を覚ますと、硬いベットの上に横になっていた。<br /> ゆっくりと体を起こす。<br /> ここは?<br /> 外界との接触を断つためなのか、細く、重く光を放つ金属の棒があった。<br /><br /> 少ししてから気づく。<br /> ああ、ここは牢屋か。<br /><br /><br /> あとは、いつ来るか分からない死の宣告を待つだけか……。<br /><br /><br /><br /> 今、自分自身の人生について振り返ってみる。<br /><br /> 何かいいことがあったわけではない。<br /> 大抵悪いことへ転がって行った。<br /> 私が何をしたでもない、こうするしかなかった。<br /> 最悪の選択をしたわけではない、残された選択肢に最高があったわけでもない。<br /> 最悪から二番目の選択をしただけだった。<br /><br /> 気がつけば、大きな殺意を感じていた。<br /> どこから?<br /><br /> 私の中からだ。<br /><br /> さまざまな思い、今まで抱いたことのないほどの量の感情が体を駆け巡る。<br /><br /> だが、今はそれが心地よかった。<br /><br /> しかし……。<br /><br /><br /> 何も出来やしないというのに……。<br /><br /><br /> そう思った途端、急激にそれがしぼんでゆくのを感じた。<br /><br /> そういえば、私が撃ったあの警官はどうなったのだろう?<br /> 多分死んだんだろうな。<br /><br /> あの時、人を殺したという感覚なんてなかった。<br /> ただ、引き金を引いただけ。<br /> 今でも変わらない。ただ、それだけ。それだけのことだった。<br /><br /> どれほどの時がたったのだろう。コツコツと重く響く靴音が耳に入った。<br /> これで最後か……。<br /><br /> 「おはよう。起きたかい?留置場での目覚めはどう?」<br /> 目の前には、にこやかな笑みを浮かべた背の高い男が立っていた。<br /><br /> 「まぁ、おはようって言っても、時間は教えられないんだけどね」<br /> と、どうでもいいことを続ける。<br /><br /> 私は、この男が怖かった。<br /> この男には、何もない。<br /> 怒りも、悲しみも、喜びも。何も……。<br /><br /> 何かを話しているが、聞いてなんかいない。<br /> この男に警戒をしていると、<br /> 「ねぇ、取引しないかい?」<br /> という言葉が流れ込んできた。<br /><br /> 一歩、檻へと近付く。<br /> 「ここから出してあげる」<br /><br /> また一歩檻へと近付く。<br /> 「このまま、君は死ぬか」<br /><br /> もう一歩檻へと近付き、音を立てず、鉄棒に手をかけた。<br /> 「僕と来て、仕事を手に入れて生きるか」<br /><br /><br /> 私は、気がつくと、差しのべられた手を握っていた。<br /><br /><br /> 「僕の名前は白崎。よろしくね」<br /> 「……ウサギみたい」<br /> 思いついたままに口にする。<br /> 「じゃあ、ウサギが導くものと言えばアリスだ。君のことをアリスと呼ぶことにしよう」<br /><br /> こうして、私は名前を与えられ、今までの私自身のすべてを殺した。<br /> それは13歳を迎えた年の冬。<br /> 生まれ変わった年の冬。<br /><br /><br /><br /> 6年。私は育てられた。何として?<br /> 人殺しとしてだ。<br /><br /> おそらく、私に教育を施した人のほとんどは、私が何者なのか知らないだろう。<br /><br /> 人体構造、乗り物の運転方法、銃器等の扱い方だけではなく、<br /> 簡単な医療技術、パソコンへの知識、一般教養、特殊な指示もたまにあるらしく、スキーやフリークライミング、インラインスケートなども叩き込まれた。<br /> 確かにきついものであった。だが、これだけが私を生かす。<br /> また、人の感情を読み取る感覚もコントロールする術も自然と身につけていた。<br /><br /> “学費”は膨大なものになったであろう。<br /> だがそれ以上の利益があるからか。ここまでするのは。<br /> 教えられるものによっては、ビデオ講習もあった。そのビデオを私以外の何人が見ているかは知らない。<br /><br /> どれだけの数の“私”みたいなものがいるかなんて。<br /><br /><br /><br /> そして、初めての実戦。気がつけば目の前に男が倒れていた。<br /> 床を赤く染め上げて。<br /><br /> 切り裂かれた喉からは、こぽこぽと、空気の溢れ出る音がしていた。<br /> ただ、“それ”を何の感情もなく見ている私。<br /> その頭の中は、次の手順だけを考えていた。<br /><br /><br /> 何の抜かりもなく終えた初の仕事。<br /> そのあとはどこかの喫茶店へ、白崎に呼び出された。<br /> 「仕事、うまくいったみたいだね」<br /> その言葉のすぐあとに、仰々しいコーティングがされた小さな箱を渡された。<br /> 「……開けていいの?」<br /> 白崎は頷く。<br /> 正直、何なのか期待はしていた。<br /> 何かのプレゼントなのかもしれないって。<br /> だが、その期待はあっけなく裏切られた。<br /><br /> 中に入っていたのは、身分証明証。<br /> 与えられたのは、新しい名前、住所、誕生日、つまり、新しい自分自身だった。<br /><br /> 「誕生日おめでとう。      。これからは、どこかに赴任してもらって仕事することになるよ。<br />  これからは、不定期だけど仕事が入ることになる。一応肩書としては、IT関連の中小企業勤務ということになる。<br />  仕事が入ってない日は基本的に自由だから。とにかく、いつでも連絡が取れるようにしてくれたならいいや。<br />  これが、引っ越してもらう先の住所ね」<br /><br /> と、1枚の小さな紙を渡された。<br /> そこには、名前だけは知っている町の名前が書かれていた。<br /> もちろん、私の生まれ育った所よりかはるかに遠い。<br /><br /> そしてこの時、どの名前を呼ばれたのかは覚えてない。<br /> “アリス”かもしれないし、“雛苺”かもしれないし、本当の名前だったのかもしれないし、他の知らない誰かのだったのかもしれない。<br /> ただ、確かに言えるのは、その名前は殺人者の名前ということだけだった。<br /><br /> 白崎が、勘定を払い、席を立つ。<br /> そして思い出したようにこう言った。<br /> 「あ、そうそう。そこでの上司は僕だからね」<br /><br /><br /><br /> 時は廻り、3度目の同じ季節が彩られたころ、私はここへ来た。<br /><br /> 前の街と、何も変わらない。そう思っていた。<br /><br /><br /><br /> 「クシュン!」<br /> この街での初めての仕事を終えたあと、私は公園にある屋根の下で途方に暮れていた。<br /> 「クシュン!」<br /> もう一度くしゃみをする。止めたくても止められない。<br /><br /> はぁ。失敗した。いや、仕事のことではなく、そのあとのことでだ。<br /><br /> 雨がザァザァ降り、服は濡れ、このままでは風邪を引いてしまいそうだ。<br /> 確かに、今日雨が降ることは知っていた。だから、傘もちゃんと持っていたはずだった。<br /> なのに、なんで今手元にないのだろうか。答えは単純、間違えて“鞄”と一緒に捨ててしまったからだろう。<br /> 家まで近いのなら、走って帰る。だが、そうするには、あまりに遠すぎた。<br /> 財布もあることはあるが、近くにコンビニはないし、タクシーを呼ぶには、車の往来が少なすぎる。<br /><br /> どうしようか……。<br /><br /> ふと、誰かの気配が近づいてきたのを感じた。<br /> 戸惑っているようで、たまに止まったりしている。<br /> それを感じながらも、私は気付かないふりをし続けた。<br /> 他人とはいえ、やはりこんな痴態を見られるのは恥ずかしかった。<br /><br /> そして、意を決したように、声をかけてきた。<br /><br /><br /> 「迷子か?」<br /><br /><br /> へ?<br /><br /> 頭の中をたくさんのハテナマークが飛び交う。<br /> 驚いて振り向き、その声の主の顔を見る。<br /><br /><br /> 「もしかして家出?」<br /><br /><br /> 更なる言葉が掛けられる。<br /><br /> あれ?この顔、どこかで・・・。誰かに似てる?<br /> とぼけた言葉の中、私はそんなことを思っていた。<br /><br /><br /><br /> 枯れ葉散り、冬の足跡が近づく日、一生忘れることのないであろう青年と出会ってしまった。<br /><br /><br /><br /><br /><br /> DUNE 第四話「Entichers」了</p>

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