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『パステル』 -8-」(2008/08/16 (土) 02:34:44) の最新版変更点

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<p align="left"> <br />  <br /> 双子の姉妹に連れられ、訪れた山腹の茶畑――<br /> そこは、雛苺の予想を遙かに超えて広く、また風光明媚な世界で。<br /><br /> きりりと澄んだ空気の向こう。<br /> 冬晴れの高い空と、山の斜面に広がる茶樹の緑。<br /> その取り合わせは、さぞや写真うつりも良かろうと、雛苺の素人目にさえ思わせるものがあった。<br /><br /><br /> 彼女たちを乗せてきた軽トラックは、茶畑に横付けされている。<br /> その車内で、雛苺は冷気に指がかじかむのも構わず窓を全開にして、<br /> 一心不乱にスケッチをしていた。<br /><br />  「おチビ――っ!」<br /><br /> スケッチブックに走らせていた鉛筆を止めて、雛苺は顔を上げた。<br /> よく通る声で呼んだのは、双子の姉の、翠星石。<br /> この広い茶畑でも、彼女の声量なら、普通に会話ができるに違いない。<br /><br /> 見れば、灌木の列を間に挟んで、姉妹がゆっくりと歩いてくる。<br /> 蒼星石が手を振っていたから、雛苺もトラックの助手席から降りて、手を降り返した。<br /><br /><br />  「お帰りなさいなのっ。ふたりとも、中休み?」<br />  「はぁ? おめーは、ナニ言ってるですか」<br /><br /> 雛苺としては、至って真面目に訊いたのだが、翠星石に呆れられてしまった。<br /> 蒼星石が、姉の言葉の足りなさを補うように、腕時計を掲げて微笑んだ。<br /><br />  「もう、お昼だよ。絵を描くのに夢中で、気がつかなかったのかい?」<br /><br /> そう言われて、雛苺も、体調の変化を思い出した。胃の辺りが心許ない。<br /> 冬の乾燥した空気を吸い続けていたせいか、喉もヒリヒリする。<br /><br />  「おにぎり握ってあるですよ。おばば直伝の味ですぅ」<br />  「わーいっ! ヒナ、おなかペコペコなのよー」<br />  「それじゃあ、休憩所に行こうか」<br />  「近くですから、歩いていくですぅ」<br /><br /> 3人は軽トラックをそのままに、駐車場に続く、未舗装の農道を歩きだした。<br />  <br />  <br />  <br /> 駐車場を横切り、細い林道を渡ってしまえば、作業員のための休憩所がある。<br /> 外観は、避暑地にありそうな、ペンションばりの二階建て。<br /> ガスはプロパンだが、上下水道は整備されていた。<br /> もちろん、トイレも水洗だし、テレビや携帯電話も、受信可能ときている。<br /><br />  「山の中なのに、すっごい設備なのね。これなら普通に生活できちゃうのー」<br />  「ったりめーです。その目的で、作られてるですから」<br />  「ここは宿泊施設でもあるんだよ。1ヶ月に1度、持ち回りで夜勤があるんだ」<br /><br /> 蒼星石は、コトも無げに言った。<br /> 訊けば、翠星石たちの勤務形態は、基本的に週休二日なのだけれど、<br /> 2名が常駐するように休暇を割り振るため、カレンダーどおりには休めないと言う。<br /> しかも、夜勤は1人きりで6日勤務。5人で持ち回って30日になる計算だ。<br /><br />  「でも、どうして夜勤なんて必要なの?」<br /><br /> 翠星石お手製おにぎりを頬張りながら、雛苺が疑問を口にする。<br /><br /> それについて、翠星石の語るには、獣害や人害、自然災害から茶樹を護るためだとか。<br /> 獣害とは、この山に棲むシカやイノシシによる食害。<br /> 人害とは、茶葉の盗難や、産廃の不法投棄による土壌汚染など。<br /> 自然災害は、主に風雨。この季節だと、霜による若芽への被害も警戒しているらしい。<br /><br /> 翠星石は、籐編みのバスケットから魔法ビンを取り出すと、それぞれのカップに深紅の液体を注いだ。<br /> 立ちのぼる湯気とともに、得も言えない薫香が、辺りに広がる。<br /> その香りには、雛苺も憶えがあった。ここで栽培されている『ローザミスティカ』の香りだ。<br /><br />  「……ふぅ。気持ちが落ち着くですぅ」<br />  「ホントに、いい香りなの。これって、翠星石たちが生みだした香りなのね」<br />  「私たちの手柄じゃねーですよ」<br /><br /> 双子の姉妹は、ちらと顔を見合わせて、小さく頷いた。<br /><br />  「この紅茶は、真紅と銀ちゃんの夢の結晶ですから」<br />  「ボクたちは、彼女たちの手伝いをしているだけさ」<br /><br /> 彼女たちは言う。<br /> それでも……たとえ手伝いに過ぎなくても、この仕事を誇りに思っているのだ、と。<br /> だから、夜勤だって辛いと思ったことは、一度としてない――と。<br /><br />  「だけど、女の子ひとりで夜勤なんて、危なくないのー?」<br />  「それについては、真紅も案じてるところでね。<br />   近く、ここに住み込みで常駐できる人を、雇う予定らしいよ」<br />  「雇用条件が、20歳から40歳くらいまでの夫婦でしたねぇ、確か」<br /><br /> 随分と年齢幅が広いが、その条件なら、案外すぐに希望者を見つけられるかも知れない。<br /> リストラで再雇用もままならない中年の夫婦なら、応募するのではないか。<br /><br /><br />  「さて、と――」<br /><br /> 蒼星石は、紅茶を飲み干して、腕時計に目を留めた。<br /><br />  「ボクたちは、夕方まで仕事していくけど……キミは、どうするんだい?」<br />  「うっと……。もう下書きはできたから、戻ろうかと思ってるのよ」<br />  「それなら、麓まで送ってやるですぅ」<br />  「あ、ううん。2人は、お仕事しててなの。ヒナ、歩いて帰りたいから」<br />  「でも、だいぶ距離あるよ?」<br />  「平気なのよ。まだ早いし、一本道だもの」<br /><br /> 彼女たちの気遣いと、案内してくれたことに謝意を述べて、雛苺は茶畑を後にした。<br /> 雨の心配もなさそうだし、のんびりと、森林浴でもしながら降りればいい。<br /> そんなつもりだった。<br /><br /><br /><br /> 足音が、とても大きく聞こえる。<br /> ここには、街の雑踏も、人々の賑わいも、行き交う車やバイクの騒音もない。<br /><br /> 頭上からは、風に揺れる葉擦れが降ってくる。<br /> 足元からは、遠く、沢の水音が湧いてくる。<br /> ささやかな森の息吹は、都会の雑音みたいに不快ではなく、とても心地がよかった。<br /><br /> こんなところで暮らすのも、悪くないかも。<br /> 翠星石たちと茶畑を見守りつつ、空いた時間は絵を描いたり、お菓子づくりをしたり。<br /> そんな妄想のヴィジュアルを脳裏に広げていると、不意に――<br /> ひとつの選択肢が、雛苺の中で生まれた。<br /><br /><br /> ――もしも、誰かと結婚したら。<br /> あの雇用条件を満たせたとしたら、真紅は雇ってくれるのかしら?<br /><br /><br /> 愚にもつかない思いつきだ。雛苺は自嘲した。<br /> そもそも、恋人さえいないと言うのに。<br /><br />  「んー。恋人……かぁ。考えてみたら、男の子の友だちって少ないのよー」<br /><br /> パッと思い浮かぶのは、幼なじみの桜田ジュンくらい。<br /> あとは、彼の友人の笹塚くんとか、ベジータとか。<br /> だが、彼らとは親しいと言っても、友人以上、恋人未満の間柄でしかない。<br /> 政略結婚じゃあるまいし、雇用条件を得るためだけに所帯を持つなんて、絶対に後悔する。<br /><br /><br /> ならば……いっそ、あのパステルで自分のウェディング予想図でも描いてしまおうか。<br /> 雛苺は一瞬、本気で、そんなことを考えた。<br /> 新郎の顔は、理想の男性像を描けばいい。<br /> あのパステルの効果が本物ならば、それさえも現実になるはずだ。<br /><br /> けれど結局、馬鹿げているとの結論に行き着いて、肩を落とした。<br /> 絵に描いた餅、とは違うが、紛い物という点では、絵に描いた幸福も同じこと。<br /> 幸せそうに見えるというだけで、所詮、現実に幸せなワケではないのだから。<br /><br /><br /><br /> しばらく歩くと、林道は下りながら、急なカーブにさしかかった。<br /> 真新しいガードレールが、嫌でも雛苺の目を惹く。真紅が事故を起こした場所だ。<br /> なんとなく、忌まわしい雰囲気に、ざわざわと胸が騒いで……<br /> 雛苺は顔を背け、足早に、その場を通り過ぎようとした。<br /><br /> ――が、そんな彼女を邪するように、車が1台、徐行しながら林道を登ってきた。<br /> やたらと平べったくて、異様な風貌をしたスポーツタイプ・クーペだ。<br /> 雛苺は知らなかったが、それは『オロチ』というマシンだった。<br /> 完全受注生産のため、納期までが長く、価格も一千万円はする代物である。<br /><br /> 林道は、軽トラックでさえ、窮屈に感じるほどの道幅だ。<br /> そこに幅の広い車が来れば、どうなるのかは、自明の理というもので。<br /><br />  「うゆ……これじゃ通れないなの」<br /><br /> 崖っぷちの路肩に寄って、通過まちをする雛苺の2mほど手前で、その車は停まった。<br /> 運転席のドアがスライドアップして――意外にも、うら若い女の子が降りてきた。<br /> その娘は、白銀っぽい艶やかな長い髪の持ち主で。<br /> 一瞬、雛苺は、もしや水銀燈ではないのかと息を呑んだ。<br /><br /> しかし、違う。<br /> 真紅の家で見せてもらった写真の水銀燈とは、まったくの別人だった。<br /> 左の目を、紫色の眼帯で覆った、押し迫るような威圧感を放つ娘だ。<br /><br />  「こんにちわ」<br /><br /> 言って、彼女は、棒立ちする雛苺の警戒心を解こうとしてか、笑い掛けてきた。<br /> だが、眼帯の威圧感ゆえに、逆効果。<br /> 無駄に『なんだか怖そうな人』という印象を、植え付けただけだった。<br /><br />  「ねえ……貴女。ちょっと、道を教えて。店を……探しているの」<br />  「う、と。あ、あのね。ヒナも、この辺のことは、あんまり詳しくないなの。<br />   でも、この先には、お店なんて無いのよ」<br /><br /> 眼帯の女の子は、ぽりぽりとアタマを掻いて。「あちゃ……困った」<br /> そう言いながらも、たいして困ってそうもない風情に、雛苺は笑いを誘われた。<br /> 見た目が怖そうなだけで、根は陽気な人らしい。<br /><br />  「どういうお店なのー? 名前は分かってるの?」<br /><br /> 雛苺は、あまり力になれないことは承知で、訊ねてみた。<br /> いざとなったら、この娘の車で茶畑まで引き返し、翠星石たちに訊くつもりで。<br /> ……が、現実には、そんな必要すらなかった。<br /><br />  「紅茶を売ってる。確か……ジェイソン……とか」<br />  「もしかして、ジョナサン?」<br />  「あ……それよ、それ。ジョンソン」<br />  「だから、ジョナサンだってばっ。ワザと間違えてるんじゃないのー」<br />  「ソンナコト、ナイヨ?」<br /><br /> からかっているのか、それとも、大まじめに間違っているのか。<br /> 雛苺には判断のしようもなかったが、ここで会ったも他生の縁だ。<br /><br />  「よかったら、ヒナが案内してあげるのよ?」<br />  「ホント? じゃあ……乗って」<br /><br /> 眼帯娘は、細い顎をしゃくって、雛苺を助手席へと促す。<br /> そして、雛苺がシートに収まり、シートベルトを装着するや――<br /><br />  「いくよ」<br /><br /> 短く言って、彼女はアクセルを踏み込み、車を急発進させた。<br /> こんな細く曲がりくねった林道で、時速70kmオーバー。雛苺は肝を潰した。<br /><br />  「びゃっ?! は、は、早すぎなのーっ! 落ちちゃうーっ!」<br /><br /> 恐怖のあまり蒼白となり、慌てて停めようとするが、すべて無駄な足掻き。<br /><br />  「ふ…………くふふっ」<br />  「ふきゃ――っ?!」<br /><br /> 眼帯娘は壊れた笑みを浮かべながら、愛車を爆走させ続ける。<br /> あっと言う間に、茶畑の駐車場に着いた途端、いきなりサイドターン。<br /> スリップ音を聞きつけ、顔を上げた双子姉妹に砂煙を浴びせて、今度は来た道を引き返す。<br /><br /> とんでもない運転だ。ハリウッド映画じゃあるまいし、なんて車に乗ってしまったのか。<br /> 雛苺は自分の迂闊さを呪い、四肢を突っ張って、ただただ対向車の来ないことを祈っていた。<br /><br /><br /><br /> 喫茶店ジョナサンに着いたとき、雛苺は抜け殻のようになっていた。<br /> 腰も抜けてしまって、すぐには、車から降りられなかった。<br /> まず間違いなく、数年分は寿命が縮んだろう。<br /><br />  「……平気?」<br />  「ちょっとチビった……じゃなくて。だ、大丈夫なのよー。へへぇ~」<br /><br /> 強がって作り笑うものの、膝まで笑っていては締まらない。<br /> 仕方なく、眼帯娘に引きずり出されるかたちで、車を降りた。<br /><br />  「あ、ありがとなの。えぇっと――」<br />  「薔薇水晶……私の名前」<br /><br /> 貴女は? と訊かれ、雛苺も名乗ったついでに、話題を振った。<br /><br />  「薔薇水晶は、どうしてジョナサンに?」<br />  「紅茶を買いに来たの。お父さまに……飲ませてあげたくて」<br />  「へえぇー。お父さま想いなのね」<br />  「ええ。大好き」<br /><br /> 言って、薔薇水晶は頬を染める。<br /> その仕種に、雛苺は親子の愛情というより、恋慕に近いものを感じた。<br /> いったい、なにが彼女に、そこまで父親を慕わせているのか。<br /><br /> 試みに水を向けてみると、薔薇水晶は語った。<br /> 彼女が小学生にあがる直前に、母親が亡くなったこと。<br /> それからは、父親が男手ひとつで、今日まで育ててくれたのだ、と。<br /><br />  「小さな頃から、私……家事とか、お料理とか……ずっとお手伝いしてきた。<br />   友だちと遊ぶ時間もなくて…………人づきあいが苦手になっちゃったけど……<br />   でも、そのことで、お父さまを責めるつもりなんて、ない。<br />   お父さまのお役に立てることが……私の生き甲斐だから」<br />  「一途なのね」<br /><br /> 父1人、娘1人。様々なものを共有し、互いを支え合いながら、生きてきた。<br /> そういった環境が特別な感情を育むのも、ある意味、当然と言えよう。<br /> どこかの誰かが決めた倫理なんてルールでは、決して引きちぎれない絆だってあるのだ。<br /><br /> まるで、長年連れ添った夫婦みたい。<br /> 雛苺は、ふと頭に浮かんだ感想に、ハッとした。<br /><br /> あの茶畑の休憩所に、住み込みで働いてくれる人――<br /> 夫婦という条項には反するが、薔薇水晶の親子では、どうだろう?<br /> 脈がありそうなら、真紅に引き合わせてみるのも、いいかも知れない。<br /><br />  「ね、薔薇水晶のお父さまって、どんな仕事してるなの?」<br />  「人形師。その業界では有名」<br />  「うゅ……ごめんなさい。ヒナ、よく知らないなの。お仕事は忙しい?」<br />  「かなり忙しい。海外で何泊かすることも……よくある。<br />   私も、たまに出張のお供して……お手伝いしてるの」<br /><br /> そういう状況では、とても住み込みの管理人など務まるまい。<br /> 雛苺は諦めて、薔薇水晶を店内へと誘った。<br /><br /><br />  「いらっしゃいませかしら~!」<br /><br /> ドアを開けるや、耳を右から左へ突き抜けるほどの、元気のいい声が出迎えた。<br /> あの、カウボーイ風の制服に身を包んだ金糸雀が、トレイ片手に歩いてくる。<br /> しっかりとした足取り。今朝方のローテンションが、ウソのようだった。<br /><br />  「あら、雛苺。早速、お友だちにも、この店を紹介してくれたのかしら?」<br />  「違うの。この子がジョナサンを探してて、道に迷ってたから、案内してあげたのよ」<br />  「そうだったの。ま、理由はどうあれ、新しいお客さんは大歓迎かしら。<br />   駆けつけ三杯じゃないけど、お茶はいかが?」<br />  「折角だから、ヒナは寄ってくのよー。薔薇水晶は、どうする?」<br />  「じゃあ……私も」<br />  「まいど~! 2名様ごあんなーい、かしら」<br /><br /> なかなかに客引きが巧い。あるいは、自分のペースに引き込むのが巧い、と言うべきか。<br /> 名は体を表す――と言うが、金糸雀は、人を寄せる歌を謡えるようだ。<br /><br /><br /><br /> しばし、雛苺たちは紅茶とお喋りを楽しみ、席を立った。<br /> 薔薇水晶は、レジの隣にある販売コーナーで、本来の目的だった紅茶を選んだ。<br /><br /> このとき初めて雛苺も知ったのだが、紅茶『ローザミスティカ』には、<br /> 発酵の度合いによって、7種類の番号が付けられていた。<br /> 金糸雀の説明によれば、店で出している紅茶は、味と香りに定評のある5番だと言う。<br /> 結局、薔薇水晶は85g入りの缶を、それぞれ2缶ずつ買った。<br /><br />  「やっと……手に入れた。ローザミスティカ……お父さまのために」<br />  「インターネットで通販もしてるから、そっちのご利用も、よろしくかしら!」<br />  「……それだと、価値がない。苦労して手に入れるから……価値があるの」<br /><br /> そんな彼女のこだわりも、偏に、愛情の表れなのだろう。<br /> 楽して得た物を、想いの代名詞にするなど、プライドが許さないのだ。<br /> きっと、バレンタインデーのチョコレートや、誕生日のケーキも、自作しているに違いない。<br /><br /><br />  「あの……今日は、ありがと」<br /><br /> 店を出たところで、薔薇水晶が、消え入りそうな呟きを投げかけてきた。<br /> 「え?」と、雛苺が振り向くと、彼女は気恥ずかしげに顔を逸らして、続けた。<br /><br />  「私、友だちが少ないから……こうして、お茶するのって……滅多にない。<br />   だから……とっても、楽しかった」<br />  「ヒナも、楽しかったのよ。ドライブは、ちょっと怖かったけど」<br /><br /> 雛苺の陽気な声が、再び、薔薇水晶を振り向かせる。<br /><br />  「ヒナでよければ、お茶ぐらい、いつでも付き合うなの」<br />  「ホント? 友だちに、なってくれる?」<br />  「うい! メアド交換する?」<br />  「あ……うんっ」<br /><br /> 携帯電話を操作する薔薇水晶は、本当に嬉しそうだった。<br /><br />  「いつでもメールしてなの。それじゃ、また――」<br />  「あっ……待って」<br />  「うよ?」<br /><br /> 別れようと思った矢先に呼び止められて、雛苺が怪訝そうに振り返る。<br /> その先では、なにやら思い詰めた感じの薔薇水晶が、じっと雛苺を見つめていた。<br /><br />  「もし、よかったら……ウチに来ない?」<br />  「今から?」<br />  「お父さまに、紹介したいの……友だちだから。ダメ……かな」<br /><br /> 明日は、月曜日。アルバイトに行かなければならない。<br /> だが、次に放たれたセリフが、雛苺に『ノン』と言うことを躊躇わせた。<br /><br />  「お姉ちゃんにも……会って欲しいし」<br /><br /> 一人っ子ではなかったのか。<br /> 訊ねようとした雛苺を制して、薔薇水晶が「この人よ」と、携帯電話を突き出す。<br /><br /> 小さなディスプレイの中で、ひとりの女性が、優しい微笑みを浮かべていた。<br /> 陽光に輝くロングヘアーは、美しく鮮やかな銀色。<br /> 雛苺は憑かれたように、その緋色の瞳に魅入っていた。<br />  <br />  <br />  <br />   -<a href="http://www9.atwiki.jp/rozenmaidenhumanss/pages/3947.html">to be continued</a>-<br />  <br />  </p>
<p align="left"> <br />  <br /> 双子の姉妹に連れられ、訪れた山腹の茶畑――<br /> そこは、雛苺の予想を遙かに超えて広く、また風光明媚な世界だった。<br />  <br /> きりりと澄んだ空気の向こう。<br /> 冬晴れの高い空と、山の斜面に広がる茶樹の緑。<br /> その取り合わせは、さぞや写真うつりも良かろう。雛苺の素人目にさえ、そう思わせるものがあった。<br />  <br />  <br /> 彼女たちを乗せてきた軽トラックは、茶畑に横付けされている。<br /> その車内で、雛苺は冷気に指がかじかむのも構わず窓を全開にして、<br /> 一心不乱にスケッチをしていた。<br />  <br /> 「おチビ――っ!」<br />  <br /> スケッチブックに走らせていた鉛筆を止めて、雛苺は顔を上げた。<br /> よく通る声で呼んだのは、双子の姉の、翠星石。<br /> この広い茶畑でも、彼女の声量なら、普通に会話ができるに違いない。<br />  <br /> 見れば、灌木の列を間に挟んで、姉妹がゆっくりと歩いてくる。<br /> 蒼星石が手を振っていたから、雛苺もトラックの助手席から降りて、手を降り返した。<br />   <br /> 「お帰りなさいなのっ。ふたりとも、中休み?」<br /> 「はぁ? おめーは、ナニ言ってるですか」<br />  <br /> 雛苺としては、至って真面目に訊いたのだが、翠星石に呆れられてしまった。<br /> 蒼星石が、姉の言葉の足りなさを補うように、腕時計を掲げて微笑んだ。<br />  <br /> 「もう、お昼だよ。絵を描くのに夢中で、気がつかなかったのかい?」<br />  <br /> そう言われて、雛苺も、体調の変化を思い出した。胃の辺りが心許ない。<br /> 冬の乾燥した空気を吸い続けていたせいか、喉もヒリヒリする。<br />  <br /> 「おにぎり握ってあるですよ。おばば直伝の味ですぅ」<br /> 「わーいっ! ヒナ、おなかペコペコなのよー」<br /> 「それじゃあ、休憩所に行こうか」<br /> 「近くですから、歩いていくですぅ」<br />  <br /> 3人は軽トラックをそのままに、駐車場へと続く未舗装の農道を歩きだした。<br />  <br />  <br />  <br /> 駐車場を横切り、細い林道を渡ってしまえば、作業員のための休憩所がある。<br /> 外観は、避暑地にありそうな、ペンションばりの二階建て。<br /> ガスはプロパンだが、上下水道は整備されていた。<br /> もちろん、トイレも水洗だし、テレビや携帯電話も、受信可能ときている。<br />  <br /> 「山の中なのに、すっごい設備なのね。これなら普通に生活できちゃうのー」<br /> 「ったりめーです。その目的で、作られてるですから」<br /> 「ここは宿泊施設でもあるんだよ。1ヶ月に1度、持ち回りで夜勤の週があるんだ」<br />  <br /> 蒼星石は、コトも無げに言った。<br /> 訊けば、翠星石たちの勤務形態は、基本的に週休二日なのだけれど、<br /> 2名が常駐するように休暇を割り振るため、カレンダーどおりには休めないと言う。<br /> しかも、夜勤は1人きりで6日勤務。5人で持ち回って30日になる計算だ。<br />  <br /> 「でも、どうして夜勤なんて必要なの?」<br />  <br /> 翠星石お手製おにぎりを頬張りながら、雛苺が疑問を口にする。<br />  <br /> それについて、翠星石の語るには、獣害や人害、自然災害から茶樹を護るためだとか。<br /> 獣害とは、この山に棲むシカやイノシシによる食害。<br /> 人害とは、茶葉の盗難や、産廃の不法投棄による土壌汚染など。<br /> 自然災害は、主に風雨。この季節だと、霜による若芽への被害も警戒しているらしい。<br />  <br /> 翠星石は、籐編みのバスケットから魔法ビンを取り出すと、それぞれのカップに深紅の液体を注いだ。<br /> 立ちのぼる湯気とともに、得も言えない薫香が、辺りに広がる。<br /> その香りには、雛苺も憶えがあった。ここで栽培されている『ローザミスティカ』の香りだ。<br />  <br /> 「……ふぅ。気持ちが落ち着くですぅ」<br /> 「ホントに、いい香りなの。これって、翠星石たちが生みだした香りなのね」<br /> 「私たちの手柄じゃねーですよ」<br />  <br /> 双子の姉妹は、ちらと顔を見合わせて、小さく頷いた。<br />  <br /> 「この紅茶は、真紅と銀ちゃんの夢の結晶ですから」<br /> 「ボクたちは、彼女たちの手伝いをしているだけさ」<br />  <br /> 彼女たちは言う。<br /> それでも……たとえ手伝いに過ぎなくても、この仕事を誇りに思っているのだ、と。<br /> だから、夜勤だって辛いと思ったことは、一度としてない――と。<br />  <br /> 「だけど、女の子ひとりで夜勤なんて、危なくないのー?」<br /> 「それについては、真紅も案じてるところでね。<br />  近く、ここに住み込みで常駐できる人を、雇う予定らしいよ」<br /> 「雇用条件が、20歳から40歳くらいまでの夫婦でしたねぇ、確か」<br />  <br /> 随分と年齢幅が広いが、その条件なら、案外すぐに希望者を見つけられるかも知れない。<br /> リストラで再雇用もままならない中年の夫婦なら、応募するのではないか。<br />  <br />  <br /> 「さて、と――」<br />  <br /> 蒼星石は、紅茶を飲み干して、腕時計に目を留めた。<br />  <br /> 「ボクたちは、夕方まで仕事していくけど……キミは、どうするんだい?」<br /> 「うっと……。もう下書きはできたから、戻ろうかと思ってるのよ」<br /> 「それなら、麓まで送ってやるですぅ」<br /> 「あ、ううん。2人は、お仕事しててなの。ヒナ、歩いて帰りたいから」<br /> 「でも、だいぶ距離あるよ?」<br /> 「平気なのよ。まだ早いし、一本道だもの」<br />  <br /> 彼女たちの気遣いと、案内してくれたことに謝意を述べて、雛苺は茶畑を後にした。<br /> 雨の心配もなさそうだし、のんびりと、森林浴でもしながら降りればいい。<br /> そんなつもりだった。<br />  <br />  <br />  <br /> 足音が、とても大きく聞こえる。<br /> ここには、街の雑踏も、人々の賑わいも、行き交う車やバイクの騒音もない。<br />  <br /> 頭上からは、風に揺れる葉擦れが降ってくる。<br /> 足元からは、遠く、沢の水音が湧いてくる。<br /> ささやかな森の息吹は、都会の雑音みたいに不快ではなく、とても心地がよかった。<br />  <br /> こんなところで暮らすのも、悪くないかも。<br /> 翠星石たちと茶畑を見守りつつ、空いた時間は絵を描いたり、お菓子づくりをしたり。<br /> そんな妄想のヴィジュアルを脳裏に広げていると、不意に――<br /> ひとつの選択肢が、雛苺の中で生まれた。<br />  <br /> ――もしも、誰かと結婚したら。<br /> あの雇用条件を満たせたとしたら、真紅は雇ってくれるのかしら?<br />  <br /> 愚にもつかない思いつきだ。雛苺は自嘲した。<br /> そもそも、恋人さえいないと言うのに。<br />  <br /> 「んー。恋人……かぁ。考えてみたら、男の子の友だちって少ないのよー」<br />  <br /> パッと思い浮かぶのは、幼なじみの桜田ジュンくらい。<br /> あとは、彼の友人の笹塚くんとか、ベジータとか。<br /> だが、彼らとは親しいと言っても、友人以上、恋人未満の間柄でしかない。<br /> 政略結婚じゃあるまいし、雇用条件を得るためだけに所帯を持つなんて、絶対に後悔する。<br />  <br />  <br /> ならば……いっそ、あのパステルで自分のウェディング予想図でも描いてしまおうか。<br /> 雛苺は一瞬、本気で、そんなことを考えた。<br /> 新郎の顔は、理想の男性像を描けばいい。<br /> あのパステルの効果が本物ならば、それさえも現実になるはずだ。<br />  <br /> けれど結局、馬鹿げているとの結論に行き着いて、肩を落とした。<br /> 絵に描いた餅、とは違うが、紛い物という点では、絵に描いた幸福も同じこと。<br /> 幸せそうに見えるというだけで、所詮、現実に幸せなワケではないのだから。<br />  <br />  <br />  <br /> しばらく歩くと、林道は下りながら、急なカーブにさしかかった。<br /> 真新しいガードレールが、嫌でも雛苺の目を惹く。真紅が事故を起こした場所だ。<br /> なんとなく、忌まわしい雰囲気に、ざわざわと胸が騒いで……<br /> 雛苺は顔を背け、足早に、その場を通り過ぎようとした。<br />  <br /> ――が、そんな彼女を邪するように、車が1台、徐行しながら林道を登ってきた。<br /> やたらと平べったくて、異様な風貌をしたスポーツタイプ・クーペだ。<br /> 雛苺は知らなかったが、それは『オロチ』というマシンだった。<br /> 完全受注生産のため、納期までが長く、価格も一千万円はする代物である。<br />  <br /> 林道は、軽トラックでさえ、窮屈に感じるほどの道幅である。<br /> そこに幅の広い車が来れば、どうなるのかは、自明の理というもので。<br />  <br /> 「うゆ……これじゃ通れないなの」<br />  <br /> 崖っぷちの路肩に寄って、通過まちをする雛苺の2mほど手前で、その車は停まった。<br /> 運転席のドアがスライドアップして――意外にも、うら若い女の子が降りてきた。<br /> その娘は、白銀っぽい艶やかな長い髪の持ち主で。<br /> 一瞬、雛苺は、もしや水銀燈ではないのかと息を呑んだ。<br />  <br /> しかし、違う。<br /> 真紅の家で見せてもらった写真の水銀燈とは、まったくの別人だった。<br /> 左の眼を、紫色のアイパッチで覆った、押し迫るような威圧感を放つ娘だ。<br />  <br /> 「こんにちは」<br />  <br /> 言って、彼女は、棒立ちする雛苺の警戒心を解こうとしてか、笑い掛けてきた。<br /> だが、眼帯の威圧感ゆえに、逆効果。<br /> 無駄に『なんだか怖そうな人』という印象を、植え付けただけだった。<br />  <br /> 「ねえ……貴女。ちょっと、道を教えて。店を……探しているの」<br /> 「う、と。あ、あのね。ヒナも、この辺のことは、あんまり詳しくないなの。<br />  でも、この先には、お店なんて無いのよ」<br />  <br /> 眼帯の女の子は、ぽりぽりとアタマを掻いて。「あちゃ……困った」<br /> そう言いながらも、たいして困ってそうもない風情に、雛苺は笑いを誘われた。<br /> 見た目が怖そうなだけで、根は陽気な人らしい。<br />  <br /> 「どういうお店なのー? 名前は分かってるの?」<br />  <br /> 雛苺は、あまり力になれないことは承知で、訊ねてみた。<br /> いざとなったら、この娘の車で茶畑まで引き返し、翠星石たちに訊くつもりで。<br /> ……が、現実には、そんな必要すらなかった。<br />  <br /> 「紅茶を売ってる。確か……ジェイソン……とか」<br /> 「もしかして、ジョナサン?」<br /> 「あ……それよ、それ。ジョンソン」<br /> 「だから、ジョナサンだってばっ。ワザと間違えてるんじゃないのー」<br /> 「ソンナコト、ナイヨ?」<br />  <br /> からかっているのか、それとも、大まじめに間違っているのか。<br /> 雛苺には判断のしようもなかったが、ここで会ったも他生の縁だ。<br />  <br /> 「よかったら、ヒナが案内してあげるのよ?」<br /> 「ホント? じゃあ……乗って」<br />  <br /> 眼帯娘は、細い顎をしゃくって、雛苺を助手席へと促す。<br /> そして、雛苺がシートに収まり、シートベルトを装着するや――<br />  <br /> 「いくよ」<br />  <br /> 短く言って、彼女はアクセルを踏み込み、車を急発進させた。<br /> こんな細く曲がりくねった林道で、時速70kmオーバー。雛苺は肝を潰した。<br />  <br /> 「びゃっ?! は、は、早すぎなのーっ! 落ちちゃうーっ!」<br />  <br /> 恐怖のあまり蒼白となり、慌てて停めようとするが、すべて無駄な足掻き。<br />  <br /> 「ふ…………くふふっ」<br /> 「ふきゃ――っ?!」<br />  <br /> 眼帯娘は壊れた笑みを浮かべながら、愛車を爆走させ続ける。<br /> あっと言う間に、茶畑の駐車場に着いた途端、いきなりサイドターン。<br /> スリップ音を聞きつけ、顔を上げた双子姉妹に砂煙を浴びせて、今度は来た道を引き返す。<br />  <br /> とんでもない運転だ。ハリウッド映画じゃあるまいし、なんて車に乗ってしまったのか。<br /> 雛苺は自分の迂闊さを呪い、四肢を突っ張って、ただただ対向車の来ないことを祈っていた。<br />  <br />  <br />   ~  ~  ~<br />  <br /> 喫茶店ジョナサンに着いたとき、雛苺は抜け殻のようになっていた。<br /> 腰も抜けてしまって、すぐには、車から降りられなかった。<br /> まず間違いなく、数年分は寿命が縮んだろう。<br />  <br /> 「……平気?」<br /> 「ちょっとチビった……じゃなくて。だ、大丈夫なのよー。へへぇ~」<br />  <br /> 強がって作り笑うものの、膝まで笑っていては締まらない。<br /> 仕方なく、眼帯娘に引きずり出されるかたちで、車を降りた。<br />  <br /> 「あ、ありがとなの。えぇっと――」<br /> 「薔薇水晶……私の名前」<br />  <br /> 貴女は? と訊かれ、雛苺も名乗ったついでに、話題を振った。<br />  <br /> 「薔薇水晶は、どうしてジョナサンに?」<br /> 「紅茶を買いに来たの。お父さまに……飲ませてあげたくて」<br /> 「へえぇー。お父さま想いなのね」<br /> 「ええ。大好き」<br />  <br /> 言って、薔薇水晶は頬を染める。<br /> その仕種に、雛苺は親子の愛情というより、恋慕に近いものを感じた。<br /> いったい、なにが彼女に、そこまで父親を慕わせているのか。<br />  <br /> 試みに水を向けてみると、薔薇水晶は語った。<br /> 彼女が小学生にあがる直前に、母親が亡くなったこと。<br /> それからは、父親が男手ひとつで、今日まで育ててくれたのだ、と。<br />  <br /> 「小さな頃から、私……家事とか、お料理とか……ずっとお手伝いしてきた。<br />  友だちと遊ぶ時間もなくて…………人づきあいが苦手になっちゃったけど……<br />  でも、そのことで、お父さまを責めるつもりなんて、ない。<br />  お父さまのお役に立てることが……私の生き甲斐だから」<br /> 「一途なのね」<br />  <br /> 父1人、娘1人。様々なものを共有し、互いを支え合いながら、生きてきた。<br /> そういった環境が特別な感情を育むのも、ある意味、当然と言えよう。<br /> どこかの誰かが決めた倫理なんてルールでは、決して引きちぎれない絆だってあるのだ。<br />  <br /> まるで、長年連れ添った夫婦みたい。<br /> 雛苺は、ふと頭に浮かんだ感想に、ハッとした。<br /> あの茶畑の休憩所に、住み込みで働いてくれる人を、真紅は探していた――<br />  <br /> 夫婦という条項には反するが、薔薇水晶の親子では、どうだろう?<br /> 脈がありそうなら、真紅に引き合わせてみるのも、いいかも知れない。<br />  <br /> 「ね、薔薇水晶のお父さまって、どんな仕事してるなの?」<br /> 「人形師。その業界では有名」<br /> 「うゅ……ごめんなさい。ヒナ、よく知らないなの。お仕事は忙しい?」<br /> 「かなり忙しい。海外で何泊かすることも……よくある。<br />  私も、たまに出張のお供して……お手伝いしてるの」<br />  <br /> そういう状況では、とても住み込みの管理人など務まるまい。<br /> 雛苺は諦めて、薔薇水晶を店内へと誘った。<br />  <br />  <br />  「いらっしゃいませかしら~!」<br />  <br /> ドアを開けるや、耳を右から左へ突き抜けるほどの、元気のいい声が出迎えた。<br /> あの、カウボーイ風の制服に身を包んだ金糸雀が、トレイ片手に歩いてくる。<br /> しっかりとした足取り。今朝方のローテンションが、ウソのようだった。<br />  <br /> 「あら、雛苺。早速、お友だちにも、この店を紹介してくれたのかしら?」<br /> 「違うの。この子がジョナサンを探してて、道に迷ってたから、案内してあげたのよ」<br /> 「そうだったの。ま、理由はどうあれ、新しいお客さんは大歓迎かしら。<br />  駆けつけ三杯じゃないけど、お茶はいかが?」<br /> 「折角だから、ヒナは寄ってくのよー。薔薇水晶は、どうする?」<br /> 「じゃあ……私も」<br /> 「まいど~! 2名様ごあんなーい、かしら」<br />  <br /> なかなかに客引きが巧い。あるいは、自分のペースに引き込むのが巧い、と言うべきか。<br /> 名は体を表す――と言うが、金糸雀は、人を寄せる歌を謡えるようだ。<br />  <br />  <br /> しばし、雛苺たちは紅茶とお喋りを楽しみ、席を立った。<br /> 薔薇水晶は、レジの隣にある販売コーナーで、本来の目的だった紅茶を選んだ。<br />  <br /> このとき初めて雛苺も知ったのだが、紅茶『ローザミスティカ』には、<br /> 発酵の度合いによって、7種類の番号が付けられていた。<br /> 金糸雀の説明によれば、店で出している紅茶は、味と香りに定評のある5番だと言う。<br /> 結局、薔薇水晶は85g入りの缶を、それぞれ2缶ずつ買った。<br />  <br /> 「やっと……手に入れた。ローザミスティカ……お父さまのために」<br /> 「インターネットで通販もしてるから、そっちのご利用も、よろしくかしら!」<br /> 「……それだと、価値がない。苦労して手に入れるから……価値があるの」<br />  <br /> そんな彼女のこだわりも、偏に、愛情の表れなのだろう。<br /> 楽して得た物を、想いの代名詞にするなど、プライドが許さないのだ。<br /> きっと、バレンタインデーのチョコレートや、誕生日のケーキも、自作しているに違いない。<br />  <br />  <br /> 「あの……今日は、ありがと」<br />  <br /> 店を出たところで、薔薇水晶が、消え入りそうな呟きを投げかけてきた。<br /> 「え?」と、雛苺が振り向くと、彼女は気恥ずかしげに顔を逸らして、続けた。<br />  <br /> 「私、友だちが少ないから……こうして、お茶するのって……滅多にない。<br />  だから……とっても、楽しかった」<br /> 「ヒナも、楽しかったのよ。ドライブは、ちょっと怖かったけど」<br />  <br /> 雛苺の陽気な声が、再び、薔薇水晶を振り向かせる。<br />  <br /> 「ヒナでよければ、お茶ぐらい、いつでも付き合うなの」<br /> 「ホント? 友だちに、なってくれる?」<br /> 「うい! メアド交換する?」<br /> 「あ……うんっ」<br />  <br /> 携帯電話を操作する薔薇水晶は、本当に嬉しそうだった。<br />  <br /> 「いつでもメールしてなの。それじゃ、また――」<br /> 「あっ……待って」<br /> 「うよ?」<br />  <br /> 別れようと思った矢先に呼び止められて、雛苺が怪訝そうに振り返る。<br /> その先では、なにやら思い詰めた感じの薔薇水晶が、じっと雛苺を見つめていた。<br />  <br /> 「もし、よかったら……ウチに来ない?」<br /> 「今から?」<br /> 「お父さまに、紹介したいの……友だちだから。ダメ……かな」<br />  <br /> 明日は、月曜日。アルバイトに行かなければならない。<br /> だが、次に放たれたセリフが、雛苺に『ノン』と言うことを躊躇わせた。<br />  <br /> 「お姉ちゃんにも……会って欲しいし」<br />  <br /> 一人っ子ではなかったのか。<br /> 訊ねようとした雛苺を制して、薔薇水晶が「この人よ」と、携帯電話を突き出す。<br />  <br /> 小さなディスプレイの中で、ひとりの女性が、優しい微笑みを浮かべていた。<br /> 陽光に輝くロングヘアーは、美しく鮮やかな銀色。<br /> 雛苺は憑かれたように、その緋色の瞳に魅入っていた。 <br />  <br />  <br />  <br />   -<a href="http://www9.atwiki.jp/rozenmaidenhumanss/pages/3947.html">to be continued</a>-<br />  <br />  </p>

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