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「19.それぞれの想い」(2008/05/13 (火) 23:16:31) の最新版変更点
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<p>――からたちの 花が咲いたよ<br />
白い 白い 花が咲いたよ ―――……<br /><br /><br /><br />
歌を歌い終えた水銀燈は――静かに目を瞑り――そして、頭上に輝く星空に視線を向けた。<br /><br />
「素敵な歌だね…」<br />
「…でも…どこか切ない感じがするですぅ」<br />
聞こえてきた感想に、水銀燈は少し目を細め…だが、すぐにいつもの表情で全員を見つめる。<br /><br />
「さぁて、座談会もそろそろお開きにしないと…明日からの仕事に響いても知らないわよぉ?」<br />
手をヒラヒラさせながら、皆に帰るように促す。<br /><br />
名残惜しそうに、全員がアジトへと戻る中、ただ一人、その場に残る人影。<br />
薔薇水晶がその姿に気が付き、心配げな視線を向けるが――<br /><br />
向けられた背中と、いつに無いその雰囲気に…<br />
かけるべき言葉が見つからず、躊躇いがちにではあったが、アジトへと戻っていった。<br /><br /><br /><br /><br /><br />
19.それぞれの想い<br /><br /><br /><br />
<br />
星空の下。<br />
一人残った水銀燈はポケットから煙草を取り出し、オイルライターで火を付けた。<br /><br />
…随分と長く使ったせいで、施されていた薔薇の装飾はすっかり剥げ落ち、<br />
それが何なのか認識する事すら最早難しい状態。<br /><br />
水銀燈はそんなライターを指の腹で撫で…そして、手の中にしまった。<br /><br /><br />
…仇を討つ。それに興味が無かった訳ではない。<br /><br />
腕の立つ双子の傭兵とチームを組む事にした。<br />
敵だった狙撃手を、仲間に迎え入れもした。<br />
拠点を定め、情報を集めやすい環境も整えた。<br />
そして…弾道を読まれない『曲撃ち』という芸当…。<br /><br />
だが…仇の居場所を突き止める。その一番肝心な箇所が、スッポリと抜け落ちたままだった。<br /><br />
『荒野を自由に飛びまわる』<br />
その目的だけを振り回し、好き勝手に暴れ続けた。<br /><br /><br />
そして…全くの偶然。<br />
真紅とかいう気に喰わない人間の出現……そして、掴んだ仇の尻尾。<br /><br /><br />
「…そろそろ……ケリをつける時…ってヤツかしらねぇ…」<br />
一人、呟く。<br /><br />
<br /><br />
確かに、一人なら…<br />
一人で戦いに行くのなら、問題は無い。唯一、問題が有るとすれば、戦力的に勝ち目が無い事。<br /><br />
かといって…<br /><br />
荒野を駆け回る中で築かれた絆。<br />
初めは、目的が有って仲間を増やした。いざという時は、替えが効くと思っていた時期すら有った。<br />
だが、気が付けば、一人一人が決して欠かす事の出来ない仲間になっていた。<br /><br />
そんな仲間を、勝ち目の薄い戦いへと連れて行く?<br /><br /><br />
「……バカじゃないの…」<br />
誰に向けるでもなく、小さく呟く。<br /><br />
いつの間に、私はこんな仲間想いな人間になったのだろう?<br />
冷笑的に考えていた他人との繋がりに、いつから安らぎを感じるようになったのだろう?<br /><br />
考えてみても…結局、答えは見つからない。<br />
どうするべきかも、見えてこない。<br /><br /><br />
水銀燈は、小さくため息をつくだけだった。<br /><br /><br /><br />
<br /><br />
―※―※―※―※―<br /><br /><br />
「ブラボォ!!素晴しい!」<br /><br />
真紅は屋敷の一室でテーブルに着きながら、<br />
大仰な身振りで話す長髪の男――白崎と名乗った――と向かい合っていた。<br /><br />
「まさか梅岡も、流れ弾で死ぬとは運が無かったのでしょうな。<br />
しかし、彼と彼が監禁していた『技術屋(マエストロ)』…たしか…」<br />
「ジュンよ。桜田ジュン」<br />
「ふむ…とにかく、彼らの研究成果は素晴しいものです!」<br /><br />
そう言い、白崎は真紅が届けた資料を机の上に置いた。<br /><br />
「そんなに素晴しい情報を届けたんだもの。何かお礼をするべきじゃないの?」<br />
仮面のように表情を浮かべない顔で、真紅は淡々と告げる。<br /><br /><br />
「…確かに。確かに貴方は梅岡の護衛には失敗しましたが…<br />
それでも、この情報をもたらしてくれた事にはそれ以上の価値があります」<br />
そう言い、大き目の鞄をドサリと机の上に置いた。<br /><br />
「十分な報酬をこちらで用意させて頂きました。どうぞ、お受け取り…」<br />
「いらないわ」<br />
大金の詰まった鞄を前に、真紅は感情の無い声で白崎を遮る。<br />
<br /><br />
「梅岡から事情は聞いてるのだわ。……私もお仲間に入れて頂戴」<br /><br /><br />
死人に口無し。<br />
全くのデタラメだが、梅岡が死んだ今となっては確認し様も無い。<br /><br /><br />
全て、あらかじめ決めた予定通りに話を進める。<br />
何の問題も無い。大丈夫。<br /><br />
自分にそう言い聞かせるも…<br />
真紅は、手の中に冷たい汗が広がる感覚に歯噛みした。<br /><br /><br />
…ここは、敵の口の中。<br />
いつ、その牙が自身を貫いてもおかしくは無い。<br /><br /><br />
少しでも感情が出たら、その瞬間に恐怖に押し潰されそうな予感が全身を静かに駆ける。<br /><br />
人形のように、感情を見出せない表情で、真紅は紅茶を口に運ぶ…<br />
「良いリーフを使っているわね」<br /><br /><br />
本当は味覚を感じる余裕など、無かった。<br /><br /><br />
<br /><br />
―※―※―※―※―<br /><br /><br />
小さな音を立てて、半分程まで紅茶の減ったポットがテーブルの上に置かれた。<br />
「いただきます…」<br />
小さくそう言い、巴が透き通る紅茶のカップを口に運ぶ。<br /><br />
テーブルを囲む、ジュンと巴とオディール。<br />
カップがカチャカチャと鳴る音以外は、何一つとして存在しなかった。<br /><br /><br />
「それで真紅は……死ぬのか…?」<br />
沈黙を破ったジュンの声が…さらに深い沈黙を広げる。<br /><br />
誰も、何も、答えない。<br />
まるで物音を立てる事すらはばかられるように、巴とオディールはカップを宙に静止させる。<br />
呼吸ですら止めたくなるような静寂だけが、部屋に広がった…。<br /><br />
「……説明が必要なのか?」<br />
苛立たしげにカップを置き、ジュンが再び静寂を破る。<br /><br />
「…ずっと…梅岡に閉じ込められて、研究させられてたんだ…分かるさ。『Alice』はじき、起動する。<br />
そうすれば…『Alice』は大気に散った水蒸気を集め雲を作り…雲を集めて嵐を作る。<br />
……自由に嵐を操る敵…そんなの、勝てる訳が無いだろ…」<br /><br />
語りかけるようなジュンの口調も、やがて、搾り出すような小さな声になる。<br />
<br />
「だったら…嵐を起こされる前に、『Alice』を破壊する。<br />
その為に、真紅は一人で残ったんだろ?……自分の逃げ道も考えずにさ…」<br />
カップの中に残った紅茶に語りかけるように、低いトーンの声だけがジュンの口から流れ出た。<br /><br />
「なあ、柏葉……何で…何で止めなかったんだよ!」<br />
声を荒げる、という程では無かったが…それでも、どんな声より痛々しく、その言葉だけが響いた。<br /><br />
巴は持ち上げていたカップを静かに置き…だが、何も答えようとはしなかった。<br /><br /><br />
再び広がった沈黙。<br />
…それを破ったのは、苛立たしげなジュンでも、俯いた巴でもなかった。<br /><br /><br />
「…あなたに何が分かるのよ……」<br />
オディールが小さく、呻くような声で呟く。<br />
そして、ジュンの目を射すくめるように真っ直ぐ見つめながら、今度ははっきりとした声で口を開いた。<br /><br />
「…守るべき村を、目の前で破壊され…自分の無力さに自殺すら考え…<br />
それでも真紅は、こんな悲劇を二度と繰り返さない為……自ら手を汚し続けてきたのよ…?」<br /><br />
オディールは胸に下げたロケットを、そっと撫でる。<br />
「…私だって、そう。目の前でおばあさまを殺され…絶望に囚われていた。<br />
だけど、闘い続ける真紅と雛苺に出会って……<br />
私は『あなたも闘いなさい』と、おばあさまが導いてくれた……そう思ったわ…」<br />
<br /><br />
「真紅は、自分なりのやり方で『Alice』に至る。そう言って、私達を導いてきたわ…。<br />
それは…それだけが、私や巴や雪華綺晶や雛苺にとって……希望だったのよ」<br />
氷のような視線を、オディールはジュンに向ける。<br />
ジュンは…その目に気おされ、何も言えずにいた…。<br /><br /><br />
「……ごめんなさい…喋りすぎたわね…」<br />
そう言い、オディールはジュンから視線を逸らし、再びカップを持ち上げる。<br />
そして内心を隠すかのように目を瞑り、紅茶を口にした。<br /><br />
重苦しい沈黙が再び場を支配する。<br /><br /><br />
確かに、たった一人の生贄で『Alice』を止められるのなら……<br />
たった一人が死地へ赴くだけで、脅威が無くなるというなら……<br /><br />
うんざりする程、合理的で……哀しい程にドライな作戦。<br /><br />
その考えも、ジュンにはよく理解できた。<br />
過去に交戦し、圧倒的な力に打ちのめされ…それから囚われの身として敵の内部を見てきたジュンには…<br />
それが最上の作戦にすら思えた。<br /><br />
「でも……それでも…僕は認めない…認めないぞ!」<br />
乾いて、張り付いた喉で叫びながら、ジュンは立ち上がった。<br /><br />
部屋から駆け出し、扉を乱暴に開き、留めてあった馬に飛び乗り、走らせる――<br /><br />
<br />
アテは…有る。<br />
『技術屋(マエストロ)』は、その技術秘匿の為に横の繋がりが強い。<br />
こんな頭で良かったら、いくらでも下げてやる。<br /><br />
それに……<br /><br />
あの時…唯一、師と仰いだ人間が連れてきた、銀髪の少女。自身の救出の際にも、現れた人物。<br /><br /><br /><br />
残された時間は、そう長くない。<br /><br /><br />
ジュンは水銀燈のアジトを目指し、荒野へと走り出した―――<br /><br /><br /><br /><br />
⇒ see you next Wilds!!</p>