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『水銀燈の溜息』」(2008/04/01 (火) 00:07:40) の最新版変更点

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<p>『水銀燈の溜息』<br /><br /><br /> あるところに鬼女と呼ばれた、誰よりもか弱い少女がいました。<br /> あるところに暴君と呼ばれた、誰よりも心優しい女の子がいました。<br /><br /> 背後には黒々としたオーラを纏い、常に口元には妖しげな笑みをたたえ、<br /> そして鋭利なナイフ、否。血に塗れた妖刀の如き目で他者を見据える。<br /> さらに彼女の年齢と国籍に似合わない、類稀にして魅力的にして妖艶な外見がそれに拍車をかける。<br /> そのたたずまいは『近づいてきなさい。八つ裂きにしてあげるから』と言わんばかりの狂気に包まれている。<br /> それが水銀燈という少女の、印象であった。<br /> 人は皆、幼い頃から『外見で人を判断してはいけません』と習ったことだろう。<br /> だけれど、彼女の外観は、人々に云十年(もしくは十云年)かけて手に入れた、<br /> 教訓を無視させるだけのインパクトがあった。<br /> 『こいつはやばい。食われる』と。<br /> 彼女が通る場所は、ならず者さえ道を空け、傲岸不遜なおば様たちもひれ伏し、お偉い政治家すらも脇に避ける。<br /> 彼女の謙虚でおとなしく、たおやかな一挙一動一投走は、すでに暴力の香りさえ、帯びていた。<br /> 本人にその気が全く以ってなかったとしても。<br /> ひとたび彼女に睨み付けられれば、狼も足を竦ませ、獅子も尻尾を巻いて逃げ出すことだろう。<br /> だが、そんな彼女の実態は、これは一体どういうことだろう。<br /> 草花を愛で、小さな動物や虫すらも踏み潰さないように生活し、<br /> 日々勉学に勤しみ、募金箱を見つけたならば躊躇なく百円玉を投入し、<br /> 子供向け人形劇を熱心に視聴し、自分の外見を鏡で見ては溜息をつくという、<br /> ごく普通の(というにもいささか純情すぎるか?)心優しい乙女なのだった。<br /><br /> 暗闇の中、水銀燈は自室のテレビを眺める。<br /> 学校でも、家庭でも、彼女は殆どだれとも話すことはない。<br /> 否。誰も、彼女に話しかけない。彼女が話しかけたとしても、徹底的に避ける。<br /> 人形師であり、最大にして最愛の理解者である父親は、現在海外で個展を開いている。<br /> しばらく、少なくとも今日は帰ってくることはない。<br /> 彼女が真っ暗な自室でひとりっきりで見ていたのは、『動物』が主軸に置かれているバラエティ番組だった。<br /> 水銀燈は明滅する画面に憎悪の念を込めに込めて、睨みつけている。<br /> ・・・ように見えるが、どうやら普通にぼーっと眺めているだけらしい。<br /> 彼女の視線の向かう先にいたのは、鮫。<br /> 鮫の目は、ぎょろりと周囲を見渡してはいるが、全く何も映していない、淀んだ目。<br /> 荒々しく口元から飛び出した乱杭歯。<br /> そして巨大な体躯。<br /> テレビから音声が流れる。濁りのない、女声。<br /> 『こちらの鮫はシロワニと言って、外見はご覧の通り凶暴そうで、まるで人食いと言わんばかりですが、<br />  人を襲うことはまれであり、むしろ人懐っこく、おとなしい性格をしているそうです』<br /> 真っ暗な自室で、テレビ画面だけがちらちらと光る。<br /> 水銀燈の釣りあがった目じりから、ほろりと何かが伝い落ちた気がした。<br /> 彼女の心のうちなど、誰にも知りようはない。<br /> 紅い瞳が、ほのかに濡れている気がしないでもない。<br /> ・・・乙女に対し、詮索というのは無粋である。この話題はこれくらいにしておく。<br /><br /> 目を擦るような所作をしたのち、水銀燈は毛布を被る。<br /> ほどなくして、そこからは、荒く、艶っぽい息遣いが聞こえてくる。<br /> 乱れた呼吸の中から、彼女の呟く声も聞き取る事ができる。<br /> 毛布の内の彼女の肢体が、もぞもぞと蠢いているのが、シルエットではっきりとわかる。<br /> これが彼女の日課である。<br /> 風呂に入り食事を摂り勉強をしテレビを眺めた後、ソレを行う。<br /> 別にいやらしい事ではない。きっと、誰しもがそれをしたことがあるはずだ。<br /> 恥ずかしがるようなことではない。誰もが通るであろう道であるはずだ。<br /> 人形遊びである。<br /> 毛布の中で人形たちを仲良く遊ばせていただけである。<br /> 気付けば、彼女は幼少の頃から高校生である今日まで、日にこの遊びを欠かしたことがない。<br /> 水銀燈には、悪女の如き風貌とオーラにより、友達と呼べる人間が、いない。<br /> 『友達』と呼べる存在への憧れ。<br /> 長く永い孤独による一人遊びの発達。<br /> それらが、今の彼女の行動を作り出していた。<br /> 見れば、毛布の中のぬいぐるみたちは、楽しそうに跳ね回り、遊んでいる。<br /> 水銀燈の貌も、獲物を嬲り、愉しむ肉食獣のように歪んだ笑みをたたえている。<br /> ・・・ように見えるが、きっと素直に楽しんでいるに違いない。<br /> 彼女の素顔を、素直な心を、見ることができる人が現れる日は、来るのだろうか。<br /> 我々は唯々祈るばかりである。<br /><br /><br /> 続くかどうかは、わからない。<br /> 期待すればいいのかもしれない。</p>

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