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10.水面下」(2008/02/08 (金) 20:23:44) の最新版変更点

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<p>小さな町…<br> <br> シェリフの看板が掛けられた建物…<br> <br> その中で、雛苺が女性の膝に抱かれながら、楽しそうに話をする。<br> <br> 「それでね、そこにはうにゅ~がいっぱい有って、ヒナとぉっても幸せなのー」<br> <br> 内容など、無きに等しいものだったが…それでも女性は楽しそうに話を聞きながら、雛苺の頭を撫でる。<br> 「…そう…。良かったね、雛苺…」<br> <br> 頭を撫でられた雛苺も、嬉しそうに目を細める。<br> <br> そして…<br> そんな光景を背に、お菓子の用意をする女性…<br> <br> 彼女の目元が、静かな怒りでピクピクと痙攣しだした…。<br> <br> <br> <br>    10.水面下<br> <br> <br>  <br> 「さあ『私の』雛苺。お菓子とお茶が準備できたわよ」<br> フランス系の女性がトレーを手ににこやかな笑顔で振り返った。<br> 「一緒に食べましょ?」<br> そう言い、机の上…とは言っても、かなり自分よりの位置に、お菓子とお茶を置く。<br> <br> そして…それを見たもう一人の女性は…鋭い目つきでフランス系の女性を睨む。<br> 「…オディール…私のお茶は…?」<br> <br> フランス系――オディール・フォッセー――は、ニコリと答える。<br> 「あら?巴が居た事、完全に忘れてしまってたわ」<br> <br> もう一人の女性――巴も一瞬、眉をピクリとさせるが…すぐに涼しい笑顔で返す。<br> 「若年性痴呆症、っていうのかしらね。…なら、仕方ないわね」<br> <br> 手を伸ばせば届きそうな位置で睨みあう二人…<br> 二人の間に漂う空気が、僅かに冷気を帯びだす…<br> <br> だがそれも…<br> 「うゅ?巴もオディールもどうしたの?…ケンカはめー!なのよ?」<br> 雛苺の一言で、一瞬で元に戻った。<br> <br> 「ええ!喧嘩なんてしてないわよ!『私の』雛苺!そうよね巴!」<br> 「もちろんよ『私の』雛苺。私とオディールはとても…仲良しだもの」<br> 「うぃ!仲良しさんが一番なのー!」<br> <br> 楽しそうにお菓子を食べだした雛苺を、二人はウフフキャッキャと見守る…。<br> <br> …<br>  <br> <br> やがて、満腹になったのであろうか…<br> 雛苺はソファーまで移動すると、コロンと寝転がり、そのままスヤスヤと寝息を立て始めた。<br> <br> 巴が眠る雛苺に、そっと毛布をかけた。<br> それを見たオディールはその上にさらに、どこから持ってきたのか、ふかふかの羽毛布団をかける。<br> <br> 二人の間に漂う空気が、再び冷気を帯びだした…<br> <br> 雛苺は、完全に寝ている…<br> <br> ――今しかない!――<br> <br> 二人して、同じ考えが頭をよぎる。<br> <br> 巴がチラリと、椅子に立てかけてある刀に視線を送る。<br> オディールが、壁に掛かっているショットガンの位置を確認する。<br> <br> 二人の間の空気が重々しく震えだし…<br> その緊張感が限界に達する――!<br>  <br> <br> 「あなた達…いいかげんにしなさい…」<br> 限界に達する直前――いつの間にか二人の間に立っていた真紅が、あきれた声で二人を制止した。<br> 真紅は小さくため息をつくも…<br> 何も言わず、そのまま椅子を引き、そこに腰掛けた。<br> <br> 「予定の一つ…『腕の立つチーム』に心当たりが出来たのだわ」<br> 椅子に座りながら紅茶を飲む真紅が、唐突にそう告げた。<br> <br> 途端に、巴とオディールの表情が固いものになる。<br> <br> 「気持ちは分かるわ…。でも…必死なのよ…。彼らも、私達も…」<br> 二人を諭すように、真紅が言う。<br> 巴とオディールは…俯きながら、静かに頷くだけだった…。<br> <br> 真紅はカップを置き、続ける。<br> 「で…そっちは?」<br> <br> 巴が小さく息を呑み、頷く。<br> 「…依頼が来たわ…」<br> オディールが答える。<br> 「信頼出来るルートで、と考えると、必ず『保安官』である私達に紹介を頼む…<br> あなたの読み通り、少し前にコンタクトと取ってきたわ」<br> <br> 「そう…ついに釣れた、という訳ね。<br> 良いこと?巴、オディール。やっと掴んだチャンス…失敗は出来ないのだわ」<br> 真紅はそう言い、スッと立ち上がる。<br> 「早速、行動に移りましょう。<br> 彼らに私達を紹介して頂戴。その後は、予定通り頼んだわよ」<br> <br>  <br> <br> ―※―※―※―※―<br> <br> 相手が指定してきた場所は、町中ではなく、荒野の中心だった。<br> <br> 「えらく…警戒してますわね…」<br> 「当然なのだわ。そうでなくては、今まで尻尾を掴めなかった理由が無いもの」<br> 「うぃ…来たの…」<br> <br> 沈む太陽を背に、一台の馬車が近づいてきた…。<br> <br> ―※―※―※―※―<br> <br> 「やあ、はじめまして。僕が今回、君たちを雇う事になる梅岡だよ」<br> 馬車から降りてきた男は、必要以上にフランクな言葉遣いで話しかけてきた。<br> 糸のように細い目で涼しい笑顔を浮かべてすらいる。<br> <br> ――相変わらず…他人の心なんて理解する必要が無い…そんな目をしているのだわ…<br> そんな考えを微塵も見せず、真紅は作った笑顔で糸目の男に答える。<br> 「ええ、『はじめまして』私は保安官に仕事を依頼された真紅。こっちは雪華綺晶と雛苺。<br> なんでも、賊に狙われていると聞いたのだわ」<br> <br> 「詳しい話は、道中で」そう言う梅岡の言葉に従い、付いて行く。<br> <br> 「賊に狙われているのに、こんな少人数で構わないの…?」<br> 「どうも仕事の都合で、あまり信用できない人間を使う訳にはいかなくって。<br> その点、君たちは腕も立つらしいし、保安官の推薦付きだし、まさに申し分ないぞっ」<br> 貼り付けた笑顔で答える梅岡に真紅は内心、嫌悪感を抱く。<br>  <br> 正直これ以上この男と、梅岡と会話をするのも不愉快だが…<br> それでも、不快感を露にして相手に警戒心を持たれては元も子もない。<br> <br> 真紅のそんな内心を汲み、雪華綺晶が助け舟を出した。<br> 「…お仕事、とは、何をなさっていますの?」<br> 一瞬、梅岡の細い目がさらに細くなったように見えたが…<br> すぐに元の涼しい笑顔で答える。<br> 「ああ、埋もれた昔の工場から機械を見つけて、それを囲った『技術屋』に直させてるんだよ。<br> ただ、あまり細かい事は、言うわけにはにはいかなくってね」<br> <br> 「さて、そんな事より…そろそろ見えてきたぞっ」<br> 馬車の向かう先…梅岡の指差すそこには…荒野の中、一軒だけ、巨大な屋敷が存在していた。<br> <br> ―※―※―※―※―<br> <br> 広大な屋敷をろくに案内もせず、梅岡が言う。<br> 「ろくに案内できなくて申し訳ないけど、さっきも言ったように機密が多くてね」<br> 屋敷は、外から見るよりずっと広く感じられた。<br> <br> なぜなら、これほどに広大な屋敷なら、有って然るべき物…<br> それこそ調度品といった類の物が著しく少なかった。<br> その光景はどことなく…一見、綺麗に片付けられているが、温かみに欠ける。そんな印象を与えた。<br> そして時々見かける、数少ない使用人。<br> それらは全て男で…ピシッとした服を着てはいたが、その胸の所だけは、不自然に崩れていた。<br> その崩れ方は…例えば胸に銃を下げた時…そのものだった。<br> <br> (…服装だけは着飾っても…中身は野蛮なものね…)<br> 礼儀正しく頭を垂れる使用人を横目に、真紅は内心で呟いた。<br>  <br> 梅岡に案内され、真紅と雪華綺晶は一つの部屋に通された。<br> 「とりあえず、賊の一軒が納まるまで、この部屋を使ってほしいな」<br> そこまで言い…梅岡は雛苺が居なくなってる事に気付いた。<br> 「…もう一人のお嬢さんは…?」<br> 目つきが鋭くなる。<br> <br> ――警戒心の塊ね…小心者の見本なのだわ…<br> 「え…ええ。雛苺は頼りになる仲間だけど…如何せん、子供なのだわ。<br> どこかで迷子になったのかも」<br> 「私が探してまいりましょうか?」<br> 真紅と雪華綺晶の言葉を片手で遮り、梅岡が答えた。<br> 「いや…僕が探してくるから、心配ないぞ。<br> …お嬢さん方には後で飲み物でも持ってくるから、ここでくつろいでいてくれないか」<br> そう言い梅岡は、部屋から出て行った。<br> <br> 扉が閉まる音を最後に、静寂だけが後に残る…<br> <br> ――あの警戒のし様…この部屋も、どこに目や耳が有るとも限らないのだわ…<br> <br> 真紅と雪華綺晶は、くつろいだ風を装いながら、備え付けてあった椅子に腰掛けた。<br> <br> ―※―※―※―※―<br> <br> その頃…<br> <br> 人影を避けるように…<br> 物陰に身を潜めながら、雛苺が屋敷の中を移動していた。<br>  <br> 屋敷の一番奥…<br> 僅かに開いた扉から光が漏れている…<br> <br> 足音を殺し、気配を消しながら…そっと中を窺う――<br> <br> 部屋の中では…<br> ボサボサの頭に眼鏡をかけた人物が、机に向かっている。<br> <br> ――!!<br> <br> 思わず声が出そうになる。<br> 今すぐに部屋に飛び込みたい衝動を抑える。<br> <br> ――もう少し…待ってるの…<br> <br> 理性で心を抑え付け…もと来た道を戻って行った。<br> <br> ――これ以上の捜索は…危ないの…<br> <br> そして計画通り進める為に、ある場所を目指して、隠れながら進む…。<br> <br> ―※―※―※―※―<br>  <br> 「やあ、お待たせ。紅茶で良かったかな?」<br> 梅岡自らが、真紅達に紅茶を持ってきてくれた。<br> そしてその脇には、雛苺の姿が。<br> <br> 「驚いたよ。キッチンに行ったら、なんと彼女がそこにいたんだからな」<br> 「うぃ…ごめんなさいなの…。良い匂いがしたから、つい…」<br> <br> 「雛苺!あなた…!…ご迷惑をおかけしませんでしたか?」<br> 雪華綺晶が雛苺を抱え挙げ、梅岡に尋ねる。<br> <br> 梅岡の表情は相変わらずで、何を考えてるのか窺う事は難しいが…<br> それでも、こちらに対する不信感は抱いてないように見える。<br> <br> ――…雛苺、上手くやってくれたようね<br> 真紅は無い胸を撫で下ろしたい気分になったが、それを押さえ、あくまで興味の無い表情を向ける。<br> <br> 「いやあ、驚いたけど、大丈夫だよ。…それより、お譲ちゃん。もう迷子になったらだめだぞっ」<br> 梅岡はそう言うと、紅茶の入ったポットを置いて、例の涼しい笑顔で部屋を後にした。<br> <br> 冷静な表情で。何かを企んでいる等とは、微塵も感じさせない態度を心がける。<br> <br> 廊下から聞こえた足音がすっかり聞こえなくなった頃、3人は紅茶のポットが置かれた机を囲む。<br> <br> 雪華綺晶が紅茶を自分のカップに注ぎ、ほんの少しだけ口に含む。<br> 吟味するように数秒目を瞑り…そしてにっこり微笑んでみせた。<br> <br> ――大丈夫、何も仕込まれてはいませんわ<br> <br> そしてそのまま全員のカップに紅茶を注ぐ。<br>  <br> 真紅はそれを暫く眺め…そして、視線を全員に向けた。<br> 「そう、キッチンといえば…『ジャム』と『お茶漬け海苔』は何所だったかしら?」<br> <br> 「うい!ヒナはねー、『ジャム』が置いてある場所知ってるのよー」<br> 雛苺が無邪気な声で答える。<br> 「素敵な『ディナータイム』の為にも、『お茶漬け海苔』も探しておかないといけませんわね」<br> 雪華綺晶は、紅茶を注いだカップを配りながら、落ち着いた声で言う。<br> <br> 真紅は出されたカップを、静かに口に運んだ。<br> <br> ――不味い<br> <br> 梅岡――『彼』をこんな所に閉じ込めた男…そんな人間が淹れた紅茶。<br> どんなに良い葉を使っていても、どんなに正しい淹れ方をしていても…<br> <br> ――優しさの感じられない味ね…<br> <br> 心中の不快感を極力抑えながらカップを机に置き…<br> そして二度と手を伸ばす事はしなかった…。</p>

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