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《さいれん》」(2008/02/01 (金) 23:12:49) の最新版変更点

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<p>(このお話は《<a href= "http://www9.atwiki.jp/rozenmaidenhumanss/pages/3132.html">甘い保守</a>》のサイドストーリーです) <br> <br> <br> 《さいれん》<br> <br> ―何時の頃からだろう。<br>  時々、胸に響く『その音』を警告(サイレン)と感じるようになったのは―<br> <br> 今の時期にしては珍しい暖かな陽気に包まれながら、私は校内の中庭で一人、昼食を摂っている。<br> 他の生徒たちがいる教室からも、時間帯的に人が多い食堂からも離れた位置にあるこの場所で、<br> 私の耳に入る音は、自らが発する小さな咀嚼音と箸と容器の触れ合う音だけ。<br> いつもならば、この時間―昼食―は喧騒に包まれている。<br> 軽口をたたき合う真紅と水銀燈、和やかな金糸雀と薔薇水晶、<br> 機関銃の様に話す翠星石、それを受け止める蒼星石、和気藹々と食べ続ける雛苺と雪華綺晶。<br> 彼女達と過ごす時間は、喧騒が苦手な私でも楽しいと思える、素敵な一時。<br> 楽しい一時なのだ………彼女達だけならば。<br> ふぅ………と、意識せず微かな溜息が零れる。<br> 今日とて、彼女達は私を昼食に誘ってきてくれた。<br> 私は、その誘いを微笑みと共に受ける――筈だったのに。<br> 彼女達の後ろにいる、一人の男の子を見て、一瞬、言葉に詰まってしまい。<br> 同時に、サイレンの音が鳴り響き、私はその誘いを断った――嘘をついてまで。<br> <br> 彼は私の幼馴染であり―初恋の男の子。<br> 昔から物静かだった私は、同じ様な彼とよく二人で遊び………当然の様に、好意を抱いた。<br> そっけない言葉、拗ねた様な態度、時折見せる可愛らしい微笑み。<br> 今は捻くれ者と言われる彼だが、昔から余り変わっていない様に、私は思う。<br> ともかく、そんな彼に私は惹かれていたのだ。<br> だけれども、所詮は小学生の恋心――私が父の都合で転校した事により、その想いは霧散してしまった。 <br> <br> この街に再び戻ってきて、彼と再会した時――彼の周りには、彼女達がいた。<br> ふざけた態度の中に時々可憐な表情を織り交ぜる水銀燈。<br> 賑やかで、周りの者にも同じ気持ちを振りまく金糸雀。<br> 人一倍辛辣な言葉を放つが、人一倍優しい想いを見せる翠星石。<br> 皆を呆れながらもまとめ、優しく見守る蒼星石。<br> 美しさと可愛さを併せ持ち、それでいて嫌味さがない真紅。<br> 大輪の花の様な笑顔で、暖かな気持ちを与えてくれる雛苺。<br> 大人びた容姿と、それに相反した貪欲さと少女らしさを見せる雪華綺晶。<br> 掴みどころがなく、ミステリアスな雰囲気を持った薔薇水晶。<br> ――それぞれが違った魅力を持つ彼女達に、何故か私の胸は、サイレンの音を鳴らした。<br> <br> 出会いより数年たった今、私も、彼と彼女達と共に過ごす時間が増え。<br> その分、彼女達との仲は近くなり。<br> ――彼との仲は、遠ざける様になってきている。<br> そうすれば、疎ましく鳴り響くサイレンの音を感じずに済むから。<br> <br> 彼の事を考えたからだろう。<br> わざわざ、友人達の誘いを断ってまで一人になったと言うのに、サイレンが小さく鳴るのを感じる。<br> それを疎ましく思い、私はわざと乱暴にご飯を喉に詰め込み、ごくんと音を鳴らして飲み込む。<br> ――それでも、「消えない。サイレンの音が………」<br> <br> 「――ん~、私には聞こえないけどなぁ、そんな音」<br> <br> びくん!と背後からの不意な言葉に、私の身体は露骨に反応してしまう。<br> その為、先程嚥下した筈の白米が逆流し………私は胸元を抑え、けほけほと醜態を晒してしまった。<br> 一人の空間に突然現れた侵入者は、「驚かせるつもりはなかったんだけど」と申し訳なさそうに<br> 言いながら、背をさすってくれる。<br> 「けふ――もう、大丈夫です、草笛先生」<br> 侵入者―私達のクラス担任の―草笛みつ先生は、私がそう言った後も、背を前後に撫でる。 <br> <br> 優しい手の動きにくすぐったい気持になるが、過度に心配させてはいけないと思い、<br> ちらりと先生を見ると――<br> 「ちっちゃい背中、可愛いなぁ、うへへ」<br> 「………………先生?」<br> 「やん、そんな絶対零度な無垢な瞳で先生を見つめないで!?」<br> 冗談だとは分かっているが―いや、時々、判らなくなるが。<br> ともかく、私は妙な空気を払しょくする為にも―先程の独り言を誤魔化す為にも、平然と礼を言ってのけた。<br> 「もう、大丈夫ですから。――ありがとうございました」<br> ぺこりと小さく頭を下げ、再びお弁当に向き合う。<br> その行為が示すのは、会話の拒否。<br> 先生を避けている訳ではない――ただ、この人は、時々ずけずけと人の心に入ってくる事があるから………<br> 怖かったのだ。<br> 自分の醜い所を見られるのが。<br> 「んー………で、さ。<br> サイレンの音って、何?」<br> ………空気を読んで欲しい。<br> もっとも、この人は、読んだ上で突っ込んできているのだろうが。<br> 勝手にした己のフォローに、尚悪い、と思いつつ、口を開く。<br> 「別に、先生に――」<br> 「――関係なくはないんじゃないかなぁ。<br> 私が、貴女に、わざわざ、お昼時間に頼んだ仕事、終わってる?」<br> 一文で言えばいいモノを、わざと区切って伝えてくる先生。<br> そう、それは私が友人達からの誘いを断った『嘘』の内容―つまり、先生への借り。<br> 此処に来る前に、友人や彼と遭遇したんだろう――先生の恨み節は続く。<br> 「皆に非難されちゃったんだから」<br> 私が罪悪感を感じている所を、的確に突いてくる。<br> 煩わしいほどに巧い交渉術に舌を巻きながら、それでも私はもくもくとお箸と口を動かし続けた。<br> ――先生が、私の前に中腰で立ち、微笑みを浮かべてくるまでは。<br> 「――特に、彼にね」 <br> <br> 音が鳴る――胸に、サイレンの音が木霊する。<br> 先程と同じ様に噎せる私を、先生も先程と同様、背を撫でて落ち着かせようと動く。<br> 向き合う形で対峙していたのだから、抱かれるような格好で。<br> 「あはは、ビンゴだったみたいだね」<br> 茶化した言い方だったが、声色は優しくて。<br> そっと見上げると、先生の柔らかい微笑みと視線をぶつけられた。<br> ――観念するしか、ないかな。<br> <br> 「………彼を見ていると、考えると、サイレンの音を感じるんです」<br> 「とくん、とくん………って?」<br> 「………はい」<br> 「そっか。――でも、なんで、サイレン?」<br> 「警告の音、だからです。<br> ………初恋の想いは消えたんだから、勘違いするなって」<br> 「――今の『想い』は違うんだ、是は昔の『想い』を引きずってるだけなんだ――かな」<br> <br> こくん、と先生の補足に頷く私。<br> そんな私を、先生は――ぎゅっと、抱き締めた。<br> <br> 「あっはっは、可愛いなぁ、巴ちゃん。可愛い女の子だ」<br> 「茶化さないでください!」<br> 「んー、茶化してないよ?<br> ま、一つだけお節介な事言っちゃおうかな――押し倒しちゃえば?」<br> <br> 麗らかな日差しの下、何を言い出すんだ、この聖職者は。<br> 茶化さないと言っておきながら、直後に口にした事は悪ふざけにしか聞こえず。<br> 私は、ぐぃと先生を押しのけようと腕を伸ばした。 <br> <br> 「わ、私は真面目に答えたのに――!」<br> 「うん、だから、真面目に返したつもり。<br> 押し倒してでも――何かのアクションでもしないと、ずっと、サイレンの音は、警告の音のままだよ?」<br> <br> だったら、初めからそう言って欲しい――ほんとに、この人は性質が悪い。<br> 抱きしめられていたからその表情は見えなかったが、恐らく悪戯猫の様な笑みを浮かべていたのだろう。<br> きっと、今向けられているにこにことした表情と同じだっただろうから。<br> <br> 「………この音を、別の感じに変えられるんでしょうか?」<br> 「巴ちゃんが―貴女が、少女から少し、大人になれたらね」<br> 「………先生」<br> 「あっはっは、その半眼に込められた言葉は、穿った見方をし過ぎよ。<br> ――と、それじゃあ、音の原因が来たみたいだから、先生は席を外すね」<br> <br> 膝に着いた草を払いつつ、先生はすくっと立ち上がる。<br> 先生の言葉を意味を飲め込めず、私は疑問符を浮かべるが――。<br> 背後からの呼び声に、その疑問は氷解した。<br> <br> 「――と、柏葉。用事って終わったのか?」<br> <br> 警告、サイレン、さいれん――音が鳴る、鼓動を感じる。<br> <br> 「でも、サイレンねぇ、さいれん。<br> 言い得て妙ってヤツかな、あっはっは」<br> <br> 淑女に相応しくない豪快な笑い声を残し、「じゃね」と手をひらひらと振って、<br> 先生は校舎に戻って行った。<br> 残された私は、此方にとことこと歩いてくる彼に向けて、気持ちを仕切り直す。<br> だけども―仕切り直そうとした気持ちは、先生の言葉に後押しされて。 <br> <br> お弁当の蓋をぱたんと閉じ、お箸をケースに直して、立ち上がる。<br> 彼が丁度、私の真向かいに立った時に。<br> <br> 「ぁ、えと………弁当も、食い終わっちゃったみたいだな」<br> 「――うん、今さっき。………どうして?」<br> 「いや、まぁ………いつも、一緒に食べてるから、用事が終わったんだったら、今日も…って」<br> <br> 頬を掻きながら、何故かしどろもどろに告げる彼。<br> きっと、彼は、私以外の誰かが欠けていたとしても、同じ様に行動するだろう。<br> その度に、私の胸のサイレンは鳴るだろうと思う。<br> ――その想いは、昔の想い。<br> ――もし、今の想いであっても………叶えられる訳がない、想い。<br> 警告、サイレン、さいれん。<br> だけど――。<br> <br> 「――って、ご飯粒、頬に付いてるぞ?」<br> 「え………?あ、最後、急いで食べたから………」<br> 「はは、小さい頃みたいだな。――動くなよ」<br> 「ん………――ありがと」<br> <br> ――サイレンの音が鳴る。さいれんの鼓動を感じる。<br> 彼の中にまだ、私のスペースがあるならば。<br> 叶えられない想いじゃ、ない。<br> <br> 「お礼するから、動かないでね。――君」<br> 「お礼って、たかが、あの程度で………え?――」<br> 「――――ん」<br> 「ん――――その………………懐かしい、呼び方だな」 <br> <br> 先生の言ったとおり………そうなったのは、少し悔しいけれど。<br> 確かに、少女から小さく歩を進めた私には、サイレン―警告の音は聞こえなかった。<br> その代りに、別の音が鳴る。<br> とくんとくんと、心地の良いリズムを取りながら。<br> <br> 「――それだけ?」<br> 「それだけって………いきなりあんな事されて、他に何を返せばいいんだよ」<br> 「貴方からも」<br> 「ぼ、僕からも!?いや、でも、僕、下手だと思うし、歯とかぶつかっちゃうぞ!?」<br> 「いきなり上手くても、それはそれでショックだけど。<br> そうじゃなくて………ね?」<br> <br> 私は声に出さず、口だけを動かして、呟く――彼の名前を。<br> 鈍い彼は、ぱちくりと暫し瞬きを繰り返し。<br> あたふたと口を開いたり閉じたり。<br> そう言う所も嫌いじゃないけれど――思いながらも、私はじっと見つめ続けた。<br> さいれんの音を感じながら。<br> <br> 「別に、その、言い方なんて、どうでもいいけどさ、まぁ、ぇと――ともえ、ちゃん」 <br> <br> ――警告だった音が鳴り響く。サイレンの音が鳴る。さいれんの鼓動を感じる。<br> ――昔の想いじゃなく、今の想いを私に知らせる様に。<br> ――霧散した想いとは別の、だけど、昔から続く想い。<br> ――だから、音は鳴り続けたのだろう。何度でも、何時でも、何処でも。<br> <br> 「ありがとう………――――ジュン君」<br> <br> ――さいれんの音が鳴る。<br> ――とくんとくんと、心地の良いリズムで。<br> ――再び恋せよ、と私に告げる。<br> ――だから、胸に鳴り響くこの音は――再恋の音。<br> <br> <br> <br> ―――――――――――――――――――――――《さいれん》 終</p>

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