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「薔薇乙女家族 その六」(2008/01/17 (木) 12:24:47) の最新版変更点
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<p>薔薇乙女家族 その六<br>
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晴天な空の下、少し凍える中の体育館は、一年生から六年生までの全生徒及び教員が揃ってステージを見守っているという静粛な雰囲気に包まれていた。<br>
「新しい先生がやってくる」<br>
その期待の目線が一点に集中する。<br>
「…して、しばらく笹塚先生は学校にこれなくなってしまったので、急遽新しい先生をお招きしたというわけです」<br>
校長がステージ上で全校生徒相手に事のいきさつを改めて説明している。<br>
校長はなかなか「先生」という誇りを高く持っているせいか、何百といる生徒相手をまとめる人間として相応しい器をしている。<br>
絶えず生徒に目を配り、「ほら、こっちを見ていない子がいるよ」とその場でしっかり言うから生徒もみんな静かに真剣に話を聞いている。今時の小学校ではあまり見られなくなった光景だ。<br>
「それでは、新任の先生を紹介します」<br>
校長が脇に座っている女教師を招く。<br>
「柏葉巴先生です。では柏葉先生、ご挨拶お願いします」<br>
促された女教師がマイクを通して挨拶をする。その声はしとやかで優しく、かつ几帳面な彼女の性格をそのまま表している様だった。<br>
「今ご紹介与りました、柏葉です。皆さんよろしくお願いします」<br>
彼女は自身の挨拶が少しあっさりしすぎただろうかと首を捻ったが、大きく礼をした時に生徒達からは大きな拍手を貰ったのでひとまず安心していた。<br>
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何事も無く、無事に朝礼は終わった。<br>
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全校朝礼を終えて学年毎の列が体育館から出てきた。さっきとは打って変わって賑やかな様子で、早速新任の先生の事で話題となっている。<br>
「綺麗な先生だよな」<br>
「優しそうだよね」<br>
そんな声がちらほらと聞こえてくる所を見ると、かなり好印象を抱かれた事が分かる。彼女の授業を待ちわびる様子がひしひしと伝わる。<br>
「トモエ先生…」<br>
彼女、雛苺もその例外ではない。彼女もまた柏葉巴先生という人物と仲良くなりたいと思い始めているみたいだ。列を少々乱してでもステージ上の彼女を目にしようとする所を見るとそれがはっきりと分かる。<br>
前をしっかりと見ないから、前の生徒にぶつかったり列からはみ出たりして教師から笑われていた事も付記しておく。<br>
そんな生徒達を少しだけ離れた所から見守っていた柏葉は、くすっと笑っていたようだった。校長がそれに気づいたみたいだ。<br>
「本当に良い子達ですよ。最初は慣れないかもしれませんが、すぐに仲良くなりますよ」<br>
「ええ、私もそう思います」<br>
彼女は校長に向けた視線をまた生徒達に向けた。もうほとんどの列は体育館より抜け出ており、最後尾が少し見える程度だった。<br>
今はこの様に少し距離が離れているけど、離れた距離は詰めれば良いだけである。すぐに生徒であるみんなとも手を結び合わせられるようにと、彼女は少し気合いを入れたのであった。<br>
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雛苺のクラスは三年のA組で、教室は二階の一番東よりに位置している。<br>
小学三年生と言えば年齢にしておよそ九歳前後だ。学年別で言えば一年から六年の真ん中であり、低学年から高学年へと移り変わる一年である。<br>
つまり今の彼ら乃至彼女達は、低学年の持ち合わせている意識を引きずり続けるのに歯止めを掛けるのを要されている。<br>
そしてここからだんだんと多感になり始め、男と女という性別も、良い方にしろ、悪い方にしろ、一層強く意識し始めていく。男と女の差別化が自ずと始まっていくわけである。<br>
その弊害とも言うべきしこりも当然数多くでてくる。男女の違いというだけでまとまりが無くなるのは勿論、数多くのぶつかり合いも無いわけではない。度の強いいじめ問題なんかもこの辺りを境に出始めるのではないだろうか。<br>
真ん中というのは、上下左右へと常に揺すられ続けるから不安定なものである。その方向性を自らの手で決められれば良いのだが、なかなかそういかないのもいる。<br>
アイデンティティの確立が困難故に精神が安定しないケースもある事を考えると、この今の時期は非常に精神が過敏かつ、デリケートであると言える。<br>
さて、そんなデリケートな時期を己が迎えているとは思ってもおるまいこのクラスは、今非常に興奮状態に陥っているらしいのが分かる。そのわけは実に単純で、今日早速新任の先生である柏葉の授業を受けられるからだ。<br>
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ちなみに柏葉の担当教科は国語で、このクラスでは第二時限目となる。皆が予定黒板の二時限目に気を取られ、一時限目の算数には誰も関心を寄せていないみたいである。<br>
~♪~♪~♪<br>
やがてチャイムが鳴り響いてようやく静かになると思われたが…案の定と言うべきか算数の支度をすっかり忘れていたらしく、今慌ててロッカーに駆け込む姿が四つか五つくらい見られる。その子達は後に担任からお灸を据えられるのが決定となってしまったみたいだ。<br>
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「…それじゃあ…まずはみんなの名前を教えてくれるかな?」<br>
算数の時間を終え、ようやく柏葉の授業になった。<br>
柏葉はまず己の紹介を簡単に済ませた後、みんなにも自己紹介する様に促した。それを聞いた皆一人一人が出席番号順に席を立って声を張っていく。先ほど算数の先生からお灸を据えられた子も、それを忘れた様な元気の良さで彼女に応えた。<br>
一つのクラスの人数はおよそ三十人程度で、特に細かい紹介をしているわけでもないので割とスピーディーに進む。番号は後半に属する雛苺の番もすぐにやってきた。<br>
「それじゃ次は…桜田さんね?」<br>
柏葉が名簿を読み上げる。雛苺は直ちにすくりと立ち上がった。<br>
彼女を目に認めた柏葉は雛苺が口を開こうとしてた所をつぐませた。<br>
「桜田さんは…雛苺とみんなに呼ばれているのね」<br>
突然の質問だから意味を捉えかねたらしい、雛苺は首を捻っている。<br>
「随分変わったあだ名ね。どうしてそう呼ばれる様になったの?」<br>
「うゆ…ママがヒナをそう呼ぶの」<br>
先生からは今まで訊かれた事もない質問に雛苺は明らかに拍子抜けした様な感じだった。クラスの仲間からはたまに訊かれる事はあったが、先生は特にあだ名の由来なんて干渉してこないのが今までの通りだった。<br>
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ましてや、自分がこれから自己紹介しようとしていたら出鼻をくじかれたのだから、彼女の反応も無理は無いだろう。<br>
「へぇ…お母さんが………あ、ごめんね。つい気になったものだから…」<br>
柏葉は少し頷くと、すぐに調子を切り替えた。<br>
「では桜田さん、お願いします」<br>
戸惑いながらも雛苺はそれに応える。自分のフルネーム、趣味に好きなものに特技等を正直に答えて彼女は番を終えた。<br>
雛苺の時だけ多少流れは変わったものの、かくしてお互いの自己紹介を終えた。<br>
「はい、ありがとうございました。これでみんなの事が少し分かりました」<br>
柏葉はニッコリ笑って生徒達に言った。<br>
「私はこの学校に来たばかりだから、これから何かとみんなにも相談したい事があるかもしれないからよろしくね。みんなも是非、気軽に声をかけてね」<br>
生徒達は揃って、少し間延びした返事を返した。<br>
それから少しの間、皆のノートを見せてもらって多少授業の進展具合を把握した後、チャイムが鳴った。彼女の最初の授業はこのような形で無事に終わったのだった。<br>
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授業が終わるやクラスの中はまたもや柏葉の事で盛り上がっていた。「優しい先生だね」「頼りになりそう」といった高評価の意見が飛び交っている。<br>
「雛苺~」<br>
クラスの仲間である女子が雛苺に声を掛けた。<br>
「うゆ?」<br>
「柏葉先生の事、どう思う?」<br>
「ん~っとね…すごく好きになったのよ。もっと仲良くなりたいの」<br>
「だよね~」<br>
そんな会話を軽く交わして、彼女はまた別の仲間の所へ声を掛けに行った。<br>
その仲間の背中をぼんやり眺めながら、雛苺は何となく自分の中に渦巻くモヤモヤに包まれている様な感覚に気づいた。だがそれが何なのかは分からないままで、何だか煮え切らない。<br>
そのぼんやり頭のまま、次の授業の支度をする。次は社会だ。教科書とノートも出して、資料集も取り出して準備をしっかり整えようと彼女は手を動かした。<br>
しばらくして、次の教科の始まりを告げるチャイムが鳴り響いた。</p>
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