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『心ヲ食ム白薔薇』」(2007/12/31 (月) 00:14:00) の最新版変更点

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<p>その瞬間。<br> 蒼星石は迷っていた。<br> 雛苺の様子がおかしくなったと判断した直後、蒼星石は即座に雛苺へと飛び掛った。<br> そこまではよかった。<br> 思考の入る余地もなく、経験と勘が、彼女の体を突き動かした。<br> 蒼星石は年は若くとも、それなりの経験を積んでいる。<br> それだけの訓練を積み、それだけの修羅場も越えてきている。<br> しかしそれでも、雛苺と向き合った瞬間、彼女は迷ってしまった。<br> 蒼星石は、吸血鬼を殺さずに、最大限のダメージを与える方法を知っている。<br> 極限まで痛めつけはするが、相手を殺さずに済ます術を彼女は知っている。<br> だが。<br> 蒼星石は迷った。<br> 目の前の少女。<br> 彼女にそれを実行しても良いのだろうか?<br> <br> 蒼星石と対峙したソレの姿。<br> 雛苺。<br> 見る限りは齢10になるかならないか程度の体躯しか持たない彼女。<br> 少し力を入れて捻ってしまえば、へし折れてしまいそうな細い首。<br> 木の枝のような手足。<br> それらが、迷いを、躊躇を、蒼星石に生み出した。<br> もしも、大人の吸血鬼にやるように、彼女に攻撃を行ったら。<br> あの小さくて脆そうな、雛苺は、耐えられるのだろうか。<br> 死んでしまいや、しないだろうか。<br> 湯水の如く彼女の脳内に溢れかえる疑問。真面目な性格だからこその欠点。<br> 蒼星石は、考えすぎてしまった。<br> そんな彼女の心境を知ってか知らずか、雛苺は愉快なものでも見るように、笑う。<br> 「遅すぎるわよ、お姉さん」<br> 雛苺は蒼星石目掛け、その短い足をフルスイングする。<br> 蒼星石が感じたのは、金属バットで殴られたかのような衝撃。<br> 直後に彼女が見たのは、雛苺の細くて脆そうな脚。右目を覆う少女の手。<br> 宙へと弾き飛ばされる鋏。<br> 「うあっ!」<br> そして蒼星石は宙高く吹き飛び、床へと叩きつけられ、ワンバウンド。<br> 「蒼星石!」<br> 柏葉を介抱していたジュンは、蒼星石へと駆け寄る。<br> 「大丈夫か?」<br> ジュンが蒼星石に話しかけるが、彼女の顔は真っ青。額には冷や汗。<br> 蒼星石がぱくぱくと口を開くが、声が小さすぎて、聞き取る事ができない。<br> <br> 「骨が折れちゃってるみたいね」<br> 雛苺は金色の左の瞳で、蒼星石を見下ろす。<br> 「私には関係ないけれど」<br> そう言い捨て、雛苺が部屋を去ろうとする。その瞬間。<br> 「待てよ」<br> 饐えた臭いに満たされた部屋の中には、倒れた二人の女、一人の少女、一人の男。<br> 雛苺は、ジュンのいる方向を見つめる。<br> ジュンが雛苺を睨みつける。<br> 「お前は一体何なんだ?」<br> 雛苺はふふふ、と笑う。<br> その様子だけは年相応というか、姿相応の、無邪気なものだった。<br> 「そこの女の人が言ってたでしょ? 私は雛苺。雛苺よ」<br> 「じゃあ、その目を隠してる右手、離してみろ」<br> もう一度、雛苺は笑う。<br> 左目を宝石のように、虚ろに光らせて。<br> 小さな口を、いっきに耳元まで釣り上げ、口の中から、白い歯を覗かせて。<br> おにんぎょうのような表情で。<br> 笑う。<br> 「いいわよ」<br> そういった、彼女の声は。<br> 冷たくもなく。<br> 熱くもなく。<br> 歯車が軋み、廻るような。<br> 人間とも、人外とも、そもそも生き物が発するものとは思えないような声だった。<br> 人の心を見るジュンは、わかっていたのだろう。<br> 彼女を動かしているのが、『雛苺』という肉体を統制しているのは、雛苺本人ではないことを。<br> だからこそ、彼女の”右目”を見たときには大したリアクションを取らなかったのだろう。<br> 嗚呼、雛苺。<br> 彼女の右目があるはずの場所に、あったもの。<br> それは、空っぽになった眼窩。そこから伸びる、一輪の白薔薇。<br> 「綺麗でしょう?」<br> 雛苺の形をしたそれは、ころころと笑った。<br> <br> 「とても綺麗だな、馬鹿」<br> ジュンは、にやりと笑う。<br> 「?」<br> 一方、それを見た雛苺状のものは、笑うのをやめる。<br> <br> ドスン<br> <br> 「どうしてさぁ!」<br> ジュンは笑う。大笑いする。爆笑する。<br> 雛苺型のそれの前に降ってきたもの。<br> それは、この小屋(?)の天井だった。<br> 「時間稼ぎされてるとか、考えないのかなぁ!」<br> どんなトリックを使ったのかはわからないが、天井が、床が、壁が、崩れ落ちて雛苺風のそれへと降り注ぐ。<br> ジュンが笑い、砂埃が舞い上がり、部屋中が白い煙で多い尽くされる。<br> 聞こえるのは、ガレキがぶつかりあい、削りあい、積まれ、コンクリートというコンクリートが一箇所に集まる音。<br> 雛苺的なそれがいた場所のみ、綺麗に天井も床も壁も消えうせ、空からは綺麗な半月が覗いていた。<br> ガレキの崩れる音が止まり、その空間で音を発するものはいなくなる。<br> 閑。<br> 静止する空気。<br> 沈黙する空間。<br> 世界が止まってしまったのだろうか、と思えるほどの、無音。<br> その静寂の平穏を、ジュンが至極楽しそうに、それはそれは楽しそうに、切り裂いた。<br> 「生きてるんだろ? 僕には、視えるんだぜ。その娘の心も、お前自信の心も」<br> コンクリートと鉄筋の山から這い出したそれは、言う。<br> 「貴方も、その力を持ち、似たような道具を使う」<br> ガレキの中には、ちょうど子供一人入る程度の空間が出来ている。<br> 目を凝らせば、その中に白い茨で編まれたシェルターを見出だすことができた。<br> 「うふふ。運命を感じるわ。私と似た道具を使い、似たような力を持つ」<br> そう言うや否や、雛苺憑のそれの小さなかわいらしい手のひらから生えてきたのは、白い茨の蔓。<br> 茨の蔓は、ガレキを一ツ、持ち上げて、ジュンへと投げつける。<br> ガレキはジュン目掛けて飛んでいくが、当のジュンは微動だにしない。<br> どんな魔法を、超能力を使ったのだろうか。<br> ガレキは宙を飛べば飛ぶほどに細かく切り刻まれてゆく。<br> そしてついにジュンにぶつかる直前に、塵となり散り散りになって掻き消えてしまった。<br> <br> 「何してもいいけど、ここから一歩でも動いたら今のガレキみたいになるから、自己責任で」<br> ジュンの笑みは、止まらない。<br> 棒立ちの状態で、雛苺並のそれも笑う。<br> 「素晴らしい武器だわ。まさに私は今、窮地に立たされてしまった。<br>  だけど貴方、チェックメイト、とでも言うつもりかしら?<br>  まだまだよ。詰みにはほど遠いわ。だって私には、こんな逃げ道があるのだから」<br> 笑った瞬間、ジュンは見た。<br> ジュンだからこそ、見えた。<br> 雛苺系のそれから、茨の蔓を模した心の糸が放たれ、蒼星石と柏葉へ注がれるのを。<br> 二人の体が、その心の糸を少しずつ飲み込んでいくのを。<br> 糸を受けた”手負いで栄養失調かつ貧血気味で、昏倒中の柏葉”が、ゆっくりと、立ち上がるのを。<br> 糸を浴びた”骨折の激痛に苦しみ、微動だに出来ないはずの蒼星石”が、床から這い上がるのを。<br> 二人の右目から、雛苺と同じような、白い薔薇が咲くのを。<br> 二人の左目が、無表情に、電燈のように、黄金に輝くのを。<br> そして柏葉、蒼星石は美しいデュエットを奏でる。<br> 『貴方は、友人に、部下に、同じようにその武器を使えるのかしら?』<br> 「どうなの?」<br> 後ろの雛苺様のそれは、首をこっくりと傾げ、ジュンに尋ねる。<br> それはそれは、楽しそうに。<br> 蒼星石、柏葉は、人形のような様子でジュンへと歩み寄り、それぞれに剣を振り下ろす。<br> 「くそっ」<br> 苦々しげに、ジュンは雛苺形のそれから、背を向け、掌で二人の斬撃を受け止める。<br> 響いたのは、金属と金属が擦れ合う音。<br> 『そこに仕込んでたのね。やっぱり』<br> 蒼星石と柏葉はデュエットを続ける。<br> 『鋼線』<br> <br> ようく目を凝らせば、ジュンの指の一本一本から、細い細い糸が伸びているのが見える。<br> それらひとつひとつを、指からたぐっていくと、ジュンの手袋の中で束になっているのが見える。<br> 心の糸などではなく、実在する糸。<br> これこそがジュンの必殺の武器。切れ味抜群のピアノ線。<br> それが、雛苺程のそれの周りを縦横無尽に駆け巡り、囲んでいる。<br> 抜け出す隙は、皆無。<br> だった。<br> しかし、ジュンが蒼星石と柏葉の剣を受け止めようと、背を向けた瞬間。<br> ほんの一瞬の隙ではあるが。<br> 鋼線で作られた結界に緩み、歪みが生まれてしまった。<br> その隙を見逃さず、鋼線の領域の隙間を縫うようにして、そこから抜け出した雛苺為は、言う。<br> 「私がこの鋏の子を相手にしてる頃からかしら?<br>  その鋼線を小屋のひび割れに潜り込ませて、それで一気に切り崩した、って感じかしら。<br>  普通こういう武器は巻きつけて切り刻むものだというのに・・・。<br>  おまけにそれを誰にも気付かせないだなんて・・・。<br>  すばらしい才能ね。賞賛に値する腕前よ。”心”から尊敬するわ。<br>  だから、名乗ってあげる。私の名前は雪華綺晶。この”心”は誰のものでもない、雪華綺晶」<br> 本当に幸せそうな表情で。<br> そう、まるで新しい遊び道具を見つけたかのような子供のような顔で。<br> 雪華綺晶は、そう言い捨て、去ってゆく。<br> それと同時に、ジュンへと振り下ろされた、柏葉と蒼星石の剣から、力が失われる。<br> 二人は力なく崩れ落ち、再び昏倒した。<br> ぴくり、とも動かない。<br> 二人の左目は元の色に戻り、傍には白い白い、雪のような穢れのない色をしていた薔薇が、<br> 泥のような色に染まり、ばらばらの散り散りに散り尽くしていた。<br> <br> ~<br> <br> 「ウノ!」<br> 翠星石が声高に言う。<br> 「ひっひっひっひっひっ。ちょろいちょろい、ですぅ!」<br> 「卑怯よぉ。私は今ルール覚えたばっかりなのにぃ」<br> 「そんなもん知るかですぅ」<br> 蒼星石や柏葉は絶体絶命の状況だというのに。<br> 私と翠星石は呑気にもウノをプレイ中だった。<br> 戦績は今のところ、10戦10敗。<br> 流石に覚えたてと言えど、負けすぎだろうか。<br> 「さーて翠星石は上がりですぅ♪」<br> 翠星石がカードを高らかに掲げ上げ、満面の笑みを浮かべ、<br> 不愉快な笑い声と共にカードを机に叩きつけようとした、その瞬間。<br> 私は直感した。<br> 『何かが、来る!』<br> 感じた次の瞬間には、私は翠星石を押し倒していた。<br> 背後で、窓ガラスが砕け散る音を聞いて、私の判断は間違ってなかったと、確信する。<br> 翠星石の悲鳴を、下のほうに聞く。<br> こういうときこそ、戦う事のできる私が落ち着いて、彼女を諌めなくては・・・。<br> 「だだだ大丈夫ぅ?」<br> 思いっきり声が裏返ってしまった。格好がつかない・・・。<br> 「おめぇに押しつぶされそうだってこと以外は・・・」<br> 「ななな、何が来たのかしら・・・」<br> 私は未だに、落ち着きを取り戻せてはいない。<br> 翠星石を抱きかかえる私の腕はぶるぶると震えている。で、翠星石はと言えば、死んだかのように黙り込んでいる。<br> 静まり返った部屋の中。<br> 3秒前と変わっているのは、砕け散った窓ガラス。<br> そして―――<br> <br> 「なんか変な匂いすると思ったらこれねぇ・・・」<br> カーペットに黒い焦げ付きを作っていたそれ。<br> ライフルのものと思しき弾丸だった。<br> 私たちは、誰かに狙撃されている。<br> 私は弾丸を拾おうと立ち上がるが、翠星石が私の服の袖を離さない。<br> 「ダメです、水銀燈」<br> 私と翠星石の位置が180度回転する。<br> 翠星石が私を押し倒す形になる。<br> そして彼女が、落ち着き払った声でいう。<br> 「弾丸の軌道の上にでちゃダメです。狙撃されるです。<br>  どうやらあの弾丸、聖水処理もされてるみたいですし・・・狙撃手の狙いは、あんたですよ」<br> ちらと弾丸を見ただけで、それほどの情報を引き出す。<br> この娘も、なかなか侮れない。<br> 「じゃあ・・・早く逃げましょうよぉ」<br> 私は翠星石から離れたい一心で、翠星石の服の袖を引っ張りながら、言う。<br> 「ダメです。きっとドアを開けたら狙撃手の思う壺、です。<br>  きっとそっちの方にも何か仕掛けがあるにちげーねーです」<br> 至極、正論である。<br> 言い返せない=離れられない。<br> 私の思いを察してか、翠星石が言う。<br> 「す、翠星石だっておめぇとこんなことはしたくねーですよ」<br> 翠星石は顔を真っ赤にして目を逸らす。<br> ・・・私じゃなかったらいい、とでも言うのかこの女は。私の考えすぎだと願いたい。<br> 「とりあえず、目くらましが出来れば、脱出もいいのですが・・・」<br> 目くらまし・・・?<br> あれをこーすれば・・・<br> できないことはないかも。<br> 「目くらまし、すればいいのねぇ?」<br> 「でもおめぇ、けむり玉とか持ってるのですか?」<br> 「ちょっと力技だけど、閃いちゃったわぁ」<br> にやにやと背筋のぞくぞくがとまらない。<br> 「大丈夫、きっとうまくいくわぁ」<br> そう言って、私はポケットにしまっておいた、血入りのビンに口を付ける。<br> さぁ、お祭りの始まり、始まり。<br> <br> <br> 第12夜ニ続ク<br> <br> <br> <br> 不定期連載蛇足な補足コーナー「チュパカブラもどきと眼鏡っ子」<br> <br> 銀「作者、絶対『ビートた○しの超常現象スペシャル』だったけ? 見てたわねぇ<br>   それにしても仮にも乙女にチュパカブラって、どういう了見よぉ」<br> ジ「まーいーんじゃないのー? やってることは大差ない気がするし」<br> 銀「・・・ということで、ジュンの主装備が今回、露出露呈されまくりですね。初登場黒星だけど」<br> ジ「黒星じゃない。あいつが逃げたんだ。それにそもそもこの武器は『斬ること』に特化した武器なんだよ。<br>   相手が岩石だろうが、真綿だろうが、なんだろうが切り裂く。これがこの武器の特性。<br>   詳しい使い方とかは『HELLSING』のウォルターさんと同じと思ってくれればいい。<br>   だから、雪華綺晶を締め上げたとしても、下手したら雛苺の体ごと輪切りにしてしまう。<br>   締め上げて捕まえるってのは、やろうと思えば出来ない事じゃないけど、けっこう難しいんだぜ?<br>   あれ退魔仕様の武器だし、ホントに下手に使ったら致命傷をあたえかねない。<br>   用は、ワイヤーを切りたい相手に巻きつけて締め上げることで切っちゃうわけよ。<br>   やろうと思えば、鞭みたいにも使えるし、それで相手を断つ事だって出来なくもない」<br> 銀「そういえば、館で使ってた、えーと”烏”だっけ? あれは使わないのぉ?」<br> ジ「僕はあんまり射撃上手じゃないんですゥー。<br>   それに館でこの鋼線使えなかったのは、別にワケありだしね」<br> 銀「なになに? きになるわぁ!?」<br> ジ「トォォォォップ・シークレェェェェット」<br> 銀「あんたトップシークレットって言いたいだけでしょぉ」<br> ジ「じゃあ『禁則事項です☆』で」<br> 銀「きめえ」<br> <br> <br> 終</p>

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