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<p> <br>  <br>  <br>  <br>    ~ ホワット ア ワンダフル ワールド ~ <br> <br>      ♯.12 「 記憶 」 -stairway to heaven-<br>  <br>  <br>  <br>  <br> ―※―※―※―※―<br> <br> 「薔薇水晶、ちょっと来てごらん 」<br> 「お父様、これはなんです? 」<br> 父から手渡された小さな小瓶を両手に持ち、小さな女の子はその両目をキラキラと輝かせた。<br> <br> 「これはね、お父さんと同じ名前の木から作ったお薬だよ 」<br> そう言う父は、薔薇水晶の頭を優しく撫でた。<br> 「お父様、すごい!! 」<br> 屈託の無い笑顔でそう言いながら、薔薇水晶は満面の笑みを浮かべた。<br> <br> <br> 薔薇水晶は、母親を知らずに育った。<br> それでも、何も不満は無かった。<br> 優しく、聡明で、とても大きな父。<br> 彼の愛情を一身に受け、薔薇水晶は幸せに日々を送っていた。<br> <br> 父の仕事は次世代エネルギーの研究、らしい。<br> 詳しい事は分からないし、それを聞く時間があれば、そんな事より父に甘えた。<br> 『お前達の未来の世界を作る為の研究をしてるんだよ』<br> 口癖のように聞かされたその言葉だけで、十分に満足できた。<br> <br> <br> 父は仕事で遅くなる事が多く、その為、一緒に食事を取れる朝食が一日で一番好きな時間だった。<br> <br> 「お父様、今日は早く帰ってこれる? 」<br> 朝食の時、薔薇水晶は決まってこう質問した。<br> 「そうしたいけど、最近研究も大詰めでね… 」<br> 父の答えに、薔薇水晶の顔が曇る。<br> その表情を見て、父は朝食を中断し、薔薇水晶の傍に寄る。<br> 「だったら、こうしよう。<br> もうすぐ研究もひと段落するから… そうしたら、休みを取ろう。それも長めの休みを。<br> それで、二人で旅行でも行かないか? 」<br> 「ほんと!? 」<br> 薔薇水晶の顔が、途端に明るくなる。<br> 「ああ、本当だとも。なんてたって、お前達の未来を作る研究だからな。<br> 上手くいけば、うんっと長い休みがとれるぞ 」<br> 髪を撫でながら、父の顔もほころんだ。<br> <br> ―――――<br> <br> 「どうです?先生 」<br> 槐は装置を見つめる男に声をかけた。<br> 「… 液状では、不安定すぎる… 何とか結晶にする事が出来れば、もっと効率的に行くのだが… 」<br> 男が見つめる先には ―― 赤い液体が静かに揺らめいていた。<br> <br> 「グリセリンだって科学の前に結晶になったんですし、きっとできますよ 」<br> そう楽観的な声を上げながら、一人の女性が部屋に入ってきた。<br> <br> 「草笛君… そんな適当な事では… 」<br> 槐は呆れ気味にそう呟いた。<br> そんなのお構い無しに、草笛みつは続ける。<br> 「あら、だって、私がここに来てから1年程しか経ってませんけど、それでも、<br> 理論の完成からここまでこぎ着けたじゃあないですか。きっといけますよ 」<br> <br> 槐は軽くため息をつき ―― それから装置の中の液体に目を移した。<br> 「そうだね… あの子に明るい未来の世界を見せる為にも、何とかして… 」<br> <br> ―――――<br> <br> 「ねえ、お父様が『先生』って呼んでる人、どんな人なの? 」<br> 薔薇水晶が朝食のテーブルでそう尋ねてきた。<br> <br> 薔薇水晶の朝は早い。<br> 少しでも長く父と過ごす為に、自然とそうなった。<br> 毎日の研究で夜も遅い。寝る間も惜しい生活。そう考えたらたまったものじゃあないが…  <br> 槐にとって、楽しそうに動き回る薔薇水晶を見る事は、何をするより元気が湧く事であった。<br> <br> 「そうだね… 」<br> 槐は朝食の手を止め、少し考えながら言う。<br> 「すごい人だね。尊敬に値する人だよ。<br> 巷じゃあ『現代の錬金術師』なんて言われてる、すごい科学者でね。<br> でも、いつか先生を超えてやる事が目標だよ 」<br> 薔薇水晶は眠そうに両目をしぱしぱさせて、それでも父の話を熱心に聴いている。<br> その様子を見て槐は、優しい笑顔を浮かべた。<br> 「そう言えば、先生にも薔薇水晶と同じ位の娘がいたはずだ… <br> きっと仲良くなれるんじゃあないかな? 」<br> <br> ―――――<br> <br> 研究はそれから、難航した。<br> どんなに高い圧力を加えても、どんな温度変化でも、結晶にすることは出来なかった。<br> <br> 寡黙に何かを計算する師の後姿。背中合わせに装置とにらみ合う槐。<br> <br> そんな光景が暫く続いた。<br> <br> ―――――<br> <br> 「お父様、今日は早く帰ってこれる? 」<br> 薔薇水晶のいつもの問いかけに、槐は最近ずっと同じ答えしか返せないでいた。<br> 「そうだな… 実験が上手くいけば、晩御飯までには帰ってこれるんだけど… <br> どうも、なかなか上手くいかなくてね 」<br> <br> 愛する娘の期待に答えられないばかりでは無く、槐は最近目に見えてやつれてきてた。<br> <br> 薔薇水晶にとって、愛する父のそんな姿を見るのは、辛い事だった。<br> それでも ――<br> 父と過ごす時間はやはり、何事にも変えがたい、幸せな時間だった。<br> <br> 何とか父を元気付けようと、知恵を絞る。<br> <br> 「そうだ! 私、お父様の大好きなシチューを作って待ってる! <br> 帰ってきたら一緒に食べよう?<br> 遅くても今日は、頑張って起きてる! 」<br> <br> 思わぬ嬉しい申し出に、槐は内心、とても心が躍った。<br> 「そうだね… それなら今日は頑張って、早く帰れるようにしないとな… 」<br> <br> その答えに、薔薇水晶は、嬉しそうに満面の笑みで頷いた。<br> <br> ―――――<br> <br> 何度目の実験だろう。<br> <br> 研究所では、超低温状態で高圧を加える試みがなされていた。<br> <br> 赤い液体が湛えられているゲージを、窓越しに睨む槐とその師。<br> <br> どうやら… この実験も大した成果を挙げられないかもしれない…<br> そんな考えが頭をよぎった瞬間 ―― <br> 研究所が揺れた。<br> <br> 「じ――地震!? 」<br> 草笛みつが、悲鳴のような声を上げる。<br> <br> 装置にどこか、不具合が出たらしい。<br> 部屋に響く警報を止める為、槐が操作パネルのキーを叩く。<br> <br> 彼の師は… 揺れる中、食い入るように赤い液体を見つめていた。<br> <br> … <br> <br> 何とか揺れも収まり、事故にも至らず済んだ。<br> 安堵に息を漏らす声が聞こえる。<br> その時…<br> 震える声で師が何かを呟くのを槐は聞いた。<br> <br> 「ついに… 完成した… ローザミスティカ… 」<br> <br> 聞こえるか聞こえないか程の、小さな呟きだった。<br> それでも槐と草笛みつは、その声をはっきり聞いた気がした。<br> <br> 見ると、先程まで超低温におかれていた液体が ―装置の停止で常温に戻り―<br> 小さく音を立てて、結晶へと固まっている。<br> <br> それらが全て終わり ――<br> 装置の中には、拳ほどの赤い宝石が誕生した。<br> <br> 興奮に震える手で、師がそれを掴み取る。<br> <br> 科学の瞬間に立ち会った興奮か、槐の体も震える。<br> <br> 「先生! 僕にも見せてください ―― !! 」<br> そう言い、返事も聞かず、師の手から宝石を掴み上げ ―――<br> <br> <br> その瞬間、目も眩む程の閃光が周囲に広がった ――― <br> <br> <br> ―――――<br> <br> 「♪~♪~ 」<br> 薔薇水晶は、足りない身長を補う為に小さな台の上に乗りながら、料理を作っていた。<br> 少し味見をして、ついつい顔がにやける。<br> 今日のシチューは大成功。父の帰りが待ち遠しい。<br> 振り返って、時計を見る。<br> まだ夕方。<br> けど、お仕事が上手くいけば、早く帰ってこれると言っていた。<br> 父の喜ぶ姿を想像しながら、薔薇水晶は再びシチューをかき混ぜた。<br> <br> その時 ―― 玄関のチャイムが鳴った。<br> <br> 「 ♪ お父様! 」<br> 嬉しそうにそう叫ぶと、玄関に向かって駆け出していった。<br> <br> 「お父様! 」<br> 言いながら、勢いよく扉を開ける。<br> <br> 「… あなたは… だぁれ…? 」<br> そこには見知らぬ男が立っていた。<br> <br> ―――――<br> <br> ローゼンと名乗った男は、丁寧に、話をした。<br> <br> 次世代エネルギーの研究。<br> 思わぬ実験の成功。<br> <br> そして ―――<br> <br> 実験中のトラブルにより、<br> 父が死亡したと。<br> <br> 「槐君は… 大きな力と反応して、可能性の平行空間―nのフィールド― へと飛ばされたのだろう。<br> 私達にはどうすることも出来ない… 残念だが… 」<br> 「帰って! 」<br> 男の言葉をさえぎり、薔薇水晶が小さく言い放つ。<br> 「帰って 」<br> もう一度そう言うと、扉を勢いよく閉めた。<br> <br> 静寂が広がった。<br> <br> 父が死んだなんて… 信じられない。信じたくない。<br> <br> そのままリビングに行き、うつ伏せになるように机に突っ伏した。<br> <br> …<br> <br> いつの間にか、眠っていたようだ。<br> 朝日と鳥の囀りが聞こえる。<br> 気が付けば、自室のベッドに転がっていた。<br> <br> (きっとお父様が運んでくれたんだ! )<br> そう思い、勢いよく飛び起き、父の部屋に行く。<br> <br> 「お父様! 」<br> 部屋の扉を開ける。<br> <br> しかし…<br> そこには主をなくした部屋が、静寂と共に広がっているだけだった。<br> <br> 「お父…様…? 」<br> そんな… まさか…<br> 「お父様が… 死んだ…? 」<br> <br> 途端に膝の力が抜ける。<br> <br> 倒れるようにその場に突っ伏し、薔薇水晶は泣き崩れた。<br> <br> 彼女の嗚咽以外、聞こえるものは何も無かった…。<br> <br> …<br> <br> 自分の部屋に戻り、ベッドにうつ伏せになり、泣き続けた。<br> <br> 体が全て涙になったのではと思うほど、涙が流れ出た。<br> <br> …<br> <br> 泣いて眠り、泣きながら起き、そして泣き続けた。<br> いつまでも…いつまでも、薔薇水晶は涙を流した。<br> <br> …<br> <br> 喚くように泣いていたのが、いつしか静かに涙を流し続けるだけになった。<br> <br> 父と共に過ごした頃がまるで嘘のように、その顔からは表情が消えていた。<br> <br> …<br> <br> どれ位、そうしていただろう。<br> 最早、日にちの感覚など無くなっていた。<br> <br> どんなに悲しくても、お腹はすく。<br> こんなに悲しくても… 生きてる限りは訪れる空腹感に、薔薇水晶は一層の悲しみを覚えた。<br> 情けなくさえ思えた。<br> <br> このまま、泣きながら死んでしまおう。<br> <br> そう思い、いつまでも泣き続けた。<br> <br> <br> …<br> <br> <br> どれ程、そうしていただろう。<br> どれだけの涙を流したのだろう。<br> <br> 不意に、何か良い匂いが漂ってきたことに気付いた。<br> <br> その香りの誘惑より、薔薇水晶にとっては疑問の方が強かった。<br> (誰か…いるの…?)<br> <br> 止まらない涙を流しながら、階下へと足を運んだ。<br> <br> <br> その原因は、すぐに分かった。<br> <br> リビングのテーブル一面に、フルコースかと思しき料理が、大量に置かれていた。<br> <br> 薔薇水晶には空腹感があったが… しかし、それより死の決意は強かった。<br> <br> 料理には手をつけず、辺りを見渡す。<br> 「… 誰か… 居るの…? 」<br> 薔薇水晶の声に答えるものは、無かった。<br> <br> その時 ――<br> 薔薇水晶は、誰かの笑い声を聞いた気がした。<br> <br> 「… … だぁれ…? 」<br> 声の方に足を進める。<br> <br> (ふふふ… )<br> <br> キョロキョロしながら、声の主を探す。<br> 声は徐々に近くなる。<br> <br> (ふふふ… ふふふ… )<br> <br> 「… … そこにいるの…? 」<br> そう言いながら、扉を開ける。<br> そこには ―――<br> <br> 全身を映せるほど、大きな鏡が置いてあるだけだった。<br> <br> 「… … 誰か、居るの? 」<br> 薄暗い部屋の中に、そう声をかける。<br> <br> (ふふふ… )<br> <br> 不意に鏡の中の自分が笑った。<br> <br> 驚いて、自分の頬に手を当てる。<br> 笑っていたのは… 他ならない、薔薇水晶自身であった。<br> <br> 呆然とする薔薇水晶を他所に、鏡の中の薔薇水晶が喋りだした。<br> (こんにちわ… ばらしーちゃん…。それとも、初めましてかしら? )<br> <br> 動いているのは、紛れも無く自分自身の口。<br> にもかかわらず、その声は見知らぬ女性のものであった。<br> <br> 声は続ける。<br> (私は、雪華綺晶。もう一人の、貴女自身…。<br> 私は貴女で、貴女は私… )<br> <br> 鏡の中で、不意に彼女 ―いや、私…?― は薔薇の飾りを手にする。<br> <br> (さあ… これで涙をお隠しなさい… )<br> <br> いつの間にか、薔薇水晶の手にも薔薇飾りが握られていた。<br> <br> そして ―――<br> 導かれるまま、その飾りを左目につける。<br> <br> すると ―――<br> とめどなく流れていた右目の涙だけが、スッと止まった。<br> <br> 鏡の中。左右逆に映り、右目に薔薇飾りをつけた自分が囁く。<br> (さあ… お父様の書斎に行きましょう… )<br> 「… … 書斎に…? 」<br> <br> 父の書斎。<br> そこは、薔薇水晶にとっては不可侵の聖域であった。<br> 父が薔薇水晶のすることを咎めるわけは無かったが…<br> 薔薇水晶自身が、父の研究の足を引っ張る事を恐れ、そう決めたのだった。<br> <br> (ええ… きっとそこには、お父様の研究についての事が残っている…<br> きっと… お父様を助ける方法が… 蘇らせる方法が、ありますわ… )<br> <br> 死者の蘇生。<br> かって、どれ程の人間がそれを望み、叶わぬ夢に絶望したきたことか…。<br> <br> 薔薇水晶の表情が、ピクリと動く。<br> それを見て、鏡の中の自分がニヤリと笑う。<br> <br> (そうと決まれば、軽く食事をしていきません?<br> 私、もうお腹ペコペコですの… )<br> <br> 「… … そんな時間は… 無い… 」<br> 薔薇水晶は、その声を一蹴する。<br> <br> 鏡の自分は、一瞬残念そうな顔をしたが… <br> (なら、『交代』していただけないかしら?<br> 大急ぎで食べてしまいますわ… )<br> そう言うと、薔薇飾りをもう片方の目にそっと移し変えた。<br> <br> <br> ―――――<br> <br> <br> 「もったいない気もします… 」<br> 残念そうに呟く草笛みつを無視して、ローゼンは…<br> ローザミスティカの結晶を砕いた。<br> <br> そして、そこには小さな赤い宝石が7つ残るのみとなった。<br> <br> ローゼンが言う。<br> 「これだけの大きさになれば… 空間を歪める程の力は無いはずだ。<br> この破片は… 一つは君の研究に役立てたまえ 」<br> そう言うと、ローザミスティカの破片を1つ、草笛みつに渡した。<br> <br> 「スポンサーである手前… 結菱氏の所にも提出する必要があるな… 」<br> そう言い、2つを拾い上げ、ケースに仕舞う。<br> <br> 「私も… 未練がましいとは思うが、研究用に一つ貰って行くよ 」<br> そう言い、ポケットに宝石を1つ入れた。<br> <br> 「… あまり一箇所に集めるわけにもいかないし…<br> 私の古い友人なんだが、その一族は代々、剣術と護身術の才がある…。<br> 彼らにこれを見張ってもらおう 」<br> そう言い、2つを脇に寄せる。<br> <br> 「そして… 」<br> 最後に残った一つを見る。<br> 「… 槐君は… 遺骨も残さずに逝ってしまった…<br> せめて…遺品として、彼の娘に渡してやってくれ 」<br> そう言い、最後の1つを草笛みつに渡した。<br> <br> 「先生が、直接行かれては…? 」<br> 草笛みつの言葉に、ローゼンは悲しそうに首を振った。<br> 「私は… 彼女に嫌われてしまっている。<br> それに… 私にはその資格は無い 」<br> <br> そして、草笛みつの目を正面から見据える。<br> 「科学者には、生み出したものへの責任がある。<br> それを放棄した時、科学の倫理も崩壊する。<br> 槐君の事は… 私のミスだ。私があの時止めていれば、こんな結果にはならなかった 」<br> そう言うと、静かに帽子をかぶった。<br> <br> 「私はここを去る事にしたよ 」<br> <br> <br> ―――――<br> <br> <br> 『素晴しいですわ… 』<br> 雪華綺晶の声が聞こえる。<br> 薔薇水晶は父の書斎に入ったものの…<br> そこにあるほとんどの意味が分からず、雪華綺晶に捜索を任せることにした。<br> <br> 「… … どういう事? 」<br> 雪華綺晶の指示に従い、ノートをめくりながら、聞く。<br> 『お父様は… 宇宙の全ての可能性を…<br> 世界を創る事さえ可能な程の力の研究をなさっていたのですわ 』<br> <br> ―世界を創造する―<br> そんな事に、薔薇水晶は興味が無かった。<br> 重要なのは、父が帰ってくるか。それだけだった。<br> <br> そんな薔薇水晶の意図を汲んでか、雪華綺晶が続ける。<br> 『これさえあれば、お父様を蘇らせる事も可能です。 ただ… 』<br> <br> そう言い、手の中の赤い宝石を見つめる。<br> <br> 父の後輩と名乗る女性が、遺品だといって届けてくれた小石…。<br> <br> 『この大きさでは、少々、力が… 』<br> <br> 雪華綺晶の言葉に、薔薇水晶は肩を落とす。<br> <br> そして何気なく窓の外に目をやる。<br> <br> そこには …<br> いつだったか、父の死を告げに来た男と…<br> 彼に手を引かれるツインテールの女の子が遥か遠くに見えた。<br> <br> 「… … お父様… 」<br> その光景に、薔薇水晶は無意識にそう呟いた。<br> <br> すると ―――<br> 雪華綺晶の声が聞こえた。<br> 『あの子は… ばらしーちゃんがこんなに悲しんでるのに、平然と笑ってる…<br> あの子の父親が… ばらしーちゃんのお父様を奪ったというのに、ね… 』<br> <br> そして囁くように言う。<br> 『酷い子ねえ… ふふふ… 絶対に許されないのにね… ふふふ… 』<br> <br> いつの間にか外を眺める薔薇水晶の目には …<br> 激しい憎しみの炎が宿っていた。<br> <br> <br> <br> <br> ―※―※―※―※―<br> <br> <br> <br> <br> 薔薇水晶は、自分の手の中にあるローザミスティカを見つめる。<br> 4つ…<br> そして、目の前に立つ真紅と翠星石を見る。<br> 3つ…<br> <br> ここに全てのローザミスティカが揃った。<br> <br> 薔薇水晶はそっと目を閉じる。<br> 「 … … お父様… もうすぐです… 」<br> <br> 金色の目を見開き、真紅達に飛び掛る。<br> <br> 「早いッ! でもッ! 」<br> 蒼星石が叫び、前に出る。<br> 真紅も一拍置き、飛ぶ。<br> <br> 蒼星石が横に鋏をなぎ払う。<br> それを避けた瞬間の薔薇水晶目掛けて真紅が拳を飛ばす。<br> <br> しかし …  <br> 真紅の拳は、空しく宙を切っただけだった。<br> <br> 「以前より… 早くなってる!? 」<br> 真紅が驚きの声を上げる。<br> <br> 「きゃぁ! 」<br> 悲鳴に振り向くと、翠星石の足元で水晶の飛礫が床板を抉っていた。<br> 「翠星石! 」<br> そう叫び、蒼星石と真紅が翠星石に駆け寄る。<br> <br> 身を寄せ合って互いを守る真紅達…。<br> <br> ドン!と鈍い壁を蹴る音が洋館に響く。<br> その度に、薔薇水晶の速度は爆発的に上がり、今や一本の線のようにさえ見える。<br> 動きを捉える事は、最早不可能な速さにまでなっている。<br> <br> そして… その速度に乗せて、こちらに飛礫を飛ばしてくる。<br> <br> 「どうやら… 壁を蹴った反動で、どんどん加速してるみたいだね… 」<br> 蒼星石が、四方から飛んでくる飛礫を叩き落しながら言う。<br> <br> 「ここは… 彼女のホームグラウンド、ってわけね…。<br> このままじゃあ… なぶり殺しにされてしまうのだわ…! 」<br> 「何とかして、この屋敷から逃げるですぅ! 」<br> 「でもどうやってぇ? …簡単には出してくれなさそうよぉ… 」<br> <br> その時、金糸雀が一歩前に出た。<br> <br> 「海辺に強襲揚陸艇―ピチカート5― を呼んどいたかしら…。<br> そこまで皆、一旦逃げるかしら… 」<br> <br> そして、強張った笑みを浮かべる。<br> 「カナが… 時間稼ぎ位するかしら…! 」<br> <br> 「無茶よ! 金糸雀!! 」<br> 真紅が叫ぶ。<br> しかし金糸雀は… 作り笑いを浮かべたまま答える。<br> 「皆がいたら、出来ない戦い方があるかしら…。 <br> 上手くすれば、見せ場は全部、カナが頂きかしら 」<br> <br> 真紅は金糸雀の顔を見る。<br> 恐怖の表情は浮かんではいたが… 強い決意をその目の奥に感じた。<br> <br> 「… 一足先に向かってるのだわ 」<br> 真紅はそう言うと、水銀燈の手を握った。<br> 「チビカナ… 無理はするなですぅ… 」<br> 翠星石もそう言うと、水銀燈につかまる。<br> <br> 「ピチカート!! 『失われし時へのレクイエム』起動!! 」<br> 金糸雀がそう叫ぶと、彼女の傍らに浮いていた機械から、衝撃派のように何かが広がった。<br> 薔薇水晶がガクンと地面に着地する。<br> 「今かしら!! 」<br> <br> 金糸雀の合図と共に、水銀燈が翼を広げる。<br> そして… 真紅と翠星石を抱え、扉の上のステンドグラスを割りながら表に飛び出した。<br> 蒼星石もそれに続く。<br> <br> <br> 真紅達の居なくなった洋館。<br> <br> 金糸雀は、ゆっくりと起き上がる薔薇水晶を見ていた。<br> 「前回の失敗から試行錯誤の末、超音波に指向性をつけたかしら…<br> その分、威力は落ちたけど… あなただけを、狙い撃ちかしらっ! 」<br> <br> 薔薇水晶は、ふらつきながらも金糸雀に言う。<br> 「 … … あなたとは… 戦う理由が無い… そこを退きなさい… 」<br> 「カナにはッ! 」<br> 金糸雀が涙を浮かべながら叫ぶ。<br> 「カナには有るかしら! あなたが来たからみっちゃんは…! 」<br> <br> 金糸雀の顔を見て、薔薇水晶は一瞬、少し悲しそうな顔をした。<br> しかし…<br> 再び金色の瞳を向けると、駆け出し、壁を蹴り加速しだした。<br> <br> 指向性をつけたお陰で、自分は何とも無いが、狙いをつける必要がある。<br> しかし… <br> 薔薇水晶の速度は次第に、金糸雀の目では追いきれなくなってきた。<br> <br> そして ―― 薔薇水晶がピチカートを破壊しようと迫った瞬間 ―――<br> <br> 「ピチカート! 限定 ― リミッター ― 解除かしらッ!! 」<br> 金糸雀が叫んだ瞬間、見えない音の壁が全ての方向を襲った。<br> <br> その威力は ―― 屋敷が震える程の衝撃を放つ。<br> <br> そして…<br> 金糸雀と薔薇水晶が、まるで巨人に叩き潰されたかのようにその場に倒れた。<br> <br> 「これが… カナの最後の おとっとき…かし…ら… 」<br> 金糸雀はそう言うと… ニヤリと笑い ―― そのまま気を失った。<br> <br> 薔薇水晶も地面に倒れたまま… もう体を動かす事が出来ないで居た。<br> 「 … … これは… きらきー… 」<br> 辛うじて、そう呟く。<br> 声が聞こえる。<br> (なあに? ばらしーちゃん? )<br> 「 … … お願い… 」<br> (ふふ… わかりましたわ… )<br> <br> 突然、薔薇水晶の指先から、茨の形をしたワイヤーが伸び…<br> それはピチカートを絡め獲ると、そのまま壁に叩きつけて破壊した。<br> <br> …<br> <br> 「 … … ありがとう… きらきー 」<br> (ふふふ… )<br> 薔薇水晶は、二三度頭を振ると、割れたステンドグラスから飛び出し、追跡を開始した。<br> <br> <br> <br> ―――――<br> <br> <br> 真紅と翠星石を抱え、高速で飛ぶ水銀燈と、その下にピタリと付いて走る蒼星石。<br> <br> 「どどどーするですか!? あんな奴、勝てっこないですぅ! 」<br> 翠星石が、ジタバタと喚く。<br> <br> 蒼星石が走りながら、言う。<br> 「金糸雀の言うように… 海に行こう。 僕に考えがある。<br> 海だ…。 海を目指そう…! 」<br>  <br>  <br>  <br>  <br>  <br>  <br>                          ♯.12 END<br> <br>  </p>

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