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薔薇乙女家族 その四之二<br>
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「お久しぶり…ねぇ、ジュン君…」<br>
「………」<br>
「部屋は結構綺麗にしているのねぇ。男にしてはマメなのねぇ」<br>
「………」<br>
「…黙ってないで、何か言ったらぁ…?」<br>
「………」<br>
ここは僕の部屋だ。普段は誰も入れる事の無い、僕だけの部屋。僕が引きこもっている世界そのもの。その「世界」に彼女は入り込んできて、今は床に座り込んで僕をずっと見ている。<br>
僕はパソコンのラックのチェアに腰を掛けて、ずっと黙り込んでいた。そして考えていた。<br>
…どうして彼女を家に上げたのだろう。<br>
彼女は自分の知っている人間ではないとずっとそう信じていたではないか。赤の他人ではないか。無視して、見なかった事にして、そのまま窓を閉じれば良かったではないか。何故それをしなかったのか。<br>
…それとも何か、彼女は幼稚園の頃の、あの子だというのか?不良学生グループの頭をやっていて、あの頃の面影自体が全く感じられなかったのに。<br>
頭が痛くなってくる。クラクラしてきて、そのままベッドに倒れ込んで現実逃避へと戻りたかった。すればどれだけ楽な事か。<br>
しかし、彼女がそれをさせてくれない。目の前で現実逃避なんてされた日には自分が来た意味が無くなってしまうから。<br>
「…ジュン君…顔色が悪いわよぉ…だいじょうぶぅ…?」<br>
彼女の顔が近づいてくる。彼女の瞳に何か写っているのが見える。<br>
「…ジュン君…」<br>
僕だ。彼女の美しい顔立ちに釘付けになっている、僕の顔が写っている。<br>
目と鼻の先にまで近づいてきた。彼女の頬が桜色に染まっている。 <br>
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彼女の唇がゆっくりと動く。<br>
ずっと…この時を待っていた…<br>
そう聞こえた様な気がした。<br>
紅の瞳から目を外せない。金縛りに遭ったかのように体中の筋肉が硬直してしまっている…いや、麻痺しているというのが適当かもしれない。とにかく動けない。逃げれない。<br>
「あなたとこうして、二人っきりで会えるのを…ずっと…」<br>
彼女が続ける。相槌を打とうにも声帯も麻痺していて声が出せない。<br>
「あなたと…仲が良い子がいたわねぇ…巴と言ったかしらぁ」<br>
彼女の指が僕の顔に添えられる。<br>
「あなたが彼女と仲良さそうに話しているのを見てねぇ…私、寂しかったわぁ…」<br>
指に力が段々と込められていくのを顔で感じる。<br>
「私もあなたとこうして話をしたかった…だけどあなたは巴といつも一緒で…あなたは私を見なかった…!」<br>
大粒の涙がボロボロと崩れ落ちる。<br>
「もしかしてぇ…幻滅しちゃったのかなぁ、て…私の事を忘れちゃったのかなぁ、て……そればかり考えちゃって…」<br>
まるで、かじりついてくるかの様に…。<br>
「小学校に入っての六年間…ずっと、あなたの事を思ってたのにぃ…!忘れた事もないのにぃ…!」<br>
瞳と頬をすっかり濡らして僕に訴えかける。その様はまるで、自分の言葉に自分自身が興奮している様だった。<br>
そこで突然、僕の頭を鷲掴みにしていた両手を離した。彼女はその手をGパンのポケットにやった。<br>
出したのは、ノートから破り取った様な一枚の紙だった。<br>
それは僕が描いた彼女の…正しくはドレスの…イメージイラストだった。皮肉にも、その紙の中の彼女はこちらを見てニッコリと笑っていた。</p>
<p>「…これを見た時は嬉しかったわぁ…。あの時の約束を覚えてたんだぁ、て思って…」<br>
あの時の約束とは、まだ幼稚園生だった頃に僕が彼女に言った事だ。<br>
「君にもいっぱいいっぱい、服を作ってあげる!」<br>
彼女の持っていたくまのぬいぐるみに絆創膏を貼って傷を塞ぐという無茶苦茶な治療法(?)を施した日、確かに僕は水銀燈にそう言って指切りをした。<br>
今から思えば…それは何気なく描いたつもりの落書きだったが、その落書きの一枚が僕を陥れて、その落書きの一枚が僕と彼女を再会させたのだ。そして、紆余曲折はあったものの僕と彼女は結婚し、七人もの子宝にも恵まれた。<br>
地獄と天国はまさに表裏一体であった。紙一重だったのだ。<br>
「…ジュン君…あなたにまた会えて嬉しいわぁ……。それに今は…ほら、こうして私を見てくれている…」<br>
また顔に手を添えてこちらを覗き込む。彼女は幼稚園の頃の、愛しい愛しいあの子の顔になっていた。間違いなく、あの大好きな彼女だ。<br>
「…水銀燈」<br>
「なぁに?ジュン君…」<br>
「…「ジュン」でいいよ。なんか恥ずかしいし、それ…」<br>
「…ふふ、分かったわぁ…ジュン…♪」<br>
…ここから先は書くのも恥ずかしい。ただの私小説…日記であるはずなのにちょっとした官能小説になってしまう。<br>
まあ簡単に書くとするならば…「お互いの愛を確かめあった」といった所だろうか。<br>
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…細かく書くのも何だか疲れてきた。ここからは大まかに書いておこう。<br>
僕は彼女に無理やり連れられるような形で復学した。まさかの人物に引っ張られてきたもんだから学校側も呆然としていた。<br>
クラスのみんなも「あの」水銀燈と一緒にやってきたもんだから一体何事かといった目でこちらを見ていた。あの時の様な冷めた視線で見られる事はなかったが…水銀燈が睨みを利かせていたというのもあるが…別の意味で注目を浴びる事になってしまった。<br>
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数ヶ月程度の引きこもりだったが、勉強の遅れが深刻だったのでまずそれに追われる事になってしまった。水銀燈も勉強という面では今ひとつ頼りない、自分でなんとか埋め尽くすしかなかった。<br>
言うまでもなく、その時期のテストはなかなか凄惨たる結果だった。毎日毎日勉強するハメになってしまった。<br>
しかし、彼女の支えがあったおかげでその後の学校生活は極めて潤滑であった…と思う。水銀燈に対して良からぬ印象を抱いている人…特に一部の教師…からは睨まれたりしたが、特別デカい問題があったというわけではなかった。<br>
全く、彼女にはデカい借りができてしまった。<br>
水銀燈、今度は僕が君を守っていく。これからもずっと。約束するよ…。<br>
-----日記はここで終わっているみたいだ。しかし、消しゴムで消した跡がまだうっすらと伺える。<br>
巴とは結局、あのまま復縁する事はなかった。僕と水銀燈が一緒に歩いている時に彼女と廊下で会った時、それは決定付けられた。<br>
「桜田君…復学できたんだね…」<br>
彼女の言葉は決して明るくはなかった。僕も気まずくなって、何となく俯いてしまってた。<br>
「良かったね…」<br>
後は適当に話をしてそのまま別れてしまった。お互いが背を向けてしまった瞬間だった。<br>
それ以来、彼女とは話をする事もなくなった。そしてじきに彼女は転校してしまって、以来、二度と会う事はなかった。<br>
彼女は本当に良き友人だったのに、親友だったのに、僕は彼女を…。<br>
彼女は…気…ろうか。彼…は僕…恨んで……だろうか。<br>
…女は今…何をして…<br>
…後は完全に消えていて、読み取る事ができない。<br>
<br>
終</p>