「《怪盗乙女新人訓練養成学校(後編)》」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら
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「ただいまなの~!」<br>
「ほれチビ苺、騒ぐ前に点検と掃除ですよ?」<br>
「う~、わかってるのよ~」<br>
「どお金糸雀?“ブラック・アウト・カーテン”は問題ない?」<br>
「ん~、エリアC-1にちょっと手直しがいるけど…あとは問題無いかしら」<br>
「なら、それは私が致しますわ。私のテリトリーですし」<br>
「じゃあ僕は全体の掃除かな」<br>
「私はお姉ちゃん手伝う…」<br>
「・・・」<br>
「あらジュン、そんな顔してどうしたの?」<br>
「いや…その…」<br>
今僕がいるのは絶壁に囲まれた無人島…のハズなんだが、<br>
ウイン、ウイン、ウイン…<br>
ピピピ…ピプ…<br>
ピ~!<br>
パソコンにテレビに電気コンロ…しまいにはオーディオなんぞ置いてある。<br>
「なんつーか…凄い…な」<br>
<br>
<br>
今僕が居るのはこのロゼーン島の地下50メートルの一室。そう、この島は無人島などではなく、内部を改造した秘密基地だったのだ。(ブラック・アウト・カーテンとは偵察衛星から設備を隠すカモフラージュだ)<br>
崖の割れ目から入ったと思ったらいきなりドッグがお目見え、そして階段を下がるとこの文明的なリビングに到着した。いやいや、どこぞの秘密結社じゃないんだから。<br>
「さて、と。今日は皆各自の身の回りの整理に費やすけれど、明日からはアナタの訓練を開始するのだわ。部屋はそこの通路の突き当たりよ。準備しときなさい」<br>
「ん~」<br>
言われた通り指示された部屋に入ると…おお、これは下手な安ホテルより上質な部屋じゃないか!流石に広くはないが、それ以外に特に不満があるわけでもない。これはそこそこ快適な生活が送れるのではないか?<br>
そう、あの時はまだそう思ってたんだ…それが地獄の生活の始まりとも知らずに… <br>
<br>
<br>
<br>
一時間目~あしこしをしっかりきたえよう~<br>
講師、蒼星石。<br>
<br>
「さて、今日から君を鍛えていくワケだけど、まず最初は僕と一緒に基礎訓練からだね」<br>
翌日の早朝、僕は蒼星石と島の海岸付近に来ていた。天気も良好、景色も最高だ。<br>
「ん~、基礎訓練ならここに来る前からやってはいたけど…」<br>
正式にローゼンメイデンのメンバーになってから今日までただ遊んでいた訳ではない。知識的な事はもちろん、体もそれなりに鍛えていた。これで腕立て100くらい出来るようになったんだぜ?ふふん。<br>
「今回も似たよなモノだよ。ただの散歩だしね」<br>
散歩?なんだ、そう大変そうじゃないな。今までみたいな雛苺を乗っけて腕立てとか、雛苺を担いでスクワットとか、雛苺に抱き着かれながらの綱昇りとかと比べれば…ありゃ大変だった。<br>
「体作りは大切だよ。で、ジュン君。あそこの山が見えるかい?」<br>
「ああ。結構デカイな」<br>
この島は海岸こそ崖だが、島の内陸は森あり谷あり平野あり、そして蒼星石が指した山もあったりする(それらは偵察衛星から施設を隠すのに一役買っている)。<br>
「じゃ、まずはあの頂上に行こうか」<br>
「…は?どうやって?」<br>
「ん?昇って♪」<br>
<br>
「…!ぷはー!!あー!し、死ぬ~…!」<br>
「あはは、もっと体力つけないとね」<br>
息も切らさず数百メートルの岩肌をよじ登るとは…てか命綱もピッケルも無しで『ん?落ちたら死ぬよ?』なんてアリですか…?<br>
「よし、じゃあ次は…ジュン君。あの川が見えるかい?」<br>
「ハア、ハア…見えますが…ハア…まさか…」<br>
「よし、あそこまで行こう♪」<br>
<br>
「ジュン君、あの岩が見えるかい?」<br>
「ジュン君、向こうに大きな木があるんだけど」<br>
「ジュン君、ちょっと崖下まで下りてみよっか」<br>
「ジュン君、あそこにオリーブが成ってるでしょ?」<br>
「ジュン君、島を一周ランニングしてみようか♪」<br>
「ジュン君、次は…」<br>
<br>
「・・・」<br>
「ふ~、じゃあ今日はこの位にしよっか。じゃあ戻ってシャワーでも…ジュン君?」<br>
「・・・」<br>
「あれ?泡吹いてる。カニのモノマネかい?上手だねジュン君は。あははは~」<br>
「・・・鬼」<br>
<br>
<br>
「ま、こうなることは予想してたかしら」<br>
その夜、僕のカラダは早速悲鳴を上げた。筋はひきつり筋肉は痙攣し…筋肉痛どころの話しぢゃない。死ぬ。<br>
「くぅ…で、何で僕は怪しげな機械に張り付けられてるんだ?」<br>
「そのままじゃ一週間は寝たきりかしら。そこで!カナが開発中のこの『シビレ~ル三世』の実験台になるがいいかしら!」<br>
「い、一体なんの装置デスカ…?」<br>
「強力電流による強制疲労回復装置よ。まぁ、失敗したら…ウエルダンかしら」<br>
「…成功する確立は?」<br>
「心配いらないかしら!ダ●ジョ~ブ博士の実験と同じだと考えればいいの!じゃあイクかしら♪」<br>
「いやいやいや!ダメだよ!心配だよ!安心出来ないよ!!アイツのせいで一体何人のサクセスマンがくたばっていった事か…!」<br>
ガチャコン。<br>
バビバビバビビピバボビブベボ!!!<br>
「いぎゃ~~~~~~~!!!!」<br>
ぶしゅ~<br>
「ムム!?何か変カシ~ラ!…まあ、生きてるだけ良しとするかしら」<br>
「£#&、*@?§☆¥$℃♀∞♂◎!▲Å∝※▼〒∴!?(いてて、あれ?おい何だよこれは!声がおかしいぞ!?)」<br>
「う~ん、でも体は治ったみたいね。さすがカナ!実験大成功かしら!じゃあ明日の訓練も頑張るかしら~」<br>
「∞÷!≠@□∬ʼn⇒♯‡¶ー!!!(こら!この声を直していけー!!)」 <br>
<br>
<br>
<br>
二時間目~きようさとしゅうちゅうりょくをつけよう~<br>
講師、雛苺。<br>
<br>
「今日はヒナが先生なの!よろしくなのよ!」<br>
「よろしく…」<br>
初日から散々な目にあったため今日は軽目にして欲しいとすがったところ、雛苺が講師に指名された。が、昨日の事を考えれば…楽観は出来ん。<br>
「それで、何をするんだ?」<br>
「ヒナは主に細かい作業を任されるの。センサーを避けながら標的の回収とか、、爆弾の解除とか…だからジュンも手先を長時間器用に扱えるように訓練するのよ!」<br>
ば、爆弾は勘弁だけど…お、手先?それならちょっと自信があるぞ?あんまり大きな声じゃ言えないんだけど、僕は裁縫が大の得意だったりする。<br>
「よし、わかった。じゃあ具体的には何をすればいいんだ?」<br>
「これなの!」<br>
そういって差し出されたのは二台のノートパソコン。電子ペンとボード付きだ。パソコンを立ち上げて専用プログラムを立ち上げると、可愛らしい画面がスクリーンに映し出された。<br>
「今日はこれでお絵かきをするのよ。下書きが出て来るからそれをこうやって…」<br>
ペンがボードの上を滑り、画面上の絵をなぞっていく。<br>
「なぞれたらコレで色を付けるの!」<br>
配色ツールを呼び出して色を載せていく。すると、あっという間にワンコが出来上がった。<br>
「なるほどね。よし!じゃあ僕も頑張るか!」<br>
「ファイトなのー!」<br>
<br>
「~♪」カキカキ<br>
「……」カキカキ<br>
パソコンもいじっていた事もあり、僕は順調に絵を完成させていく。<br>
「…あ、はみ出ちゃ」<br>
ドカーーーーン!!!<br>
「・・・あの」プスプス<br>
「あ、言い忘れてたの。はみ出たり色塗りを間違えたりしたら金糸雀が作ったトラップの試作品が起動するから注意してねなの」<br>
「…サイデスカ」<br>
どうせなら僕のお尻がローストされる前に言って欲しかった。しかしあのデコ助め…とことん僕を実験台にする気か!ふん、いいだろう。僕の実力を思い知るがいいさ! <br>
<br>
…一時間後<br>
「~♪」カキカキ<br>
「……あ」<br>
ビリビリビリ!!<br>
<br>
…三時間後<br>
「~♪」カキカキ<br>
「……げ」<br>
ブスブスブス!!<br>
<br>
…六時間後<br>
「~♪」カキカキ<br>
「(ハア、ハア…くそぉ!ワニさんが難しい!てかあの苺はなんで休憩無しであんなに元気なんだ!?こっちは手が振るえて上手く…あ)」<br>
ゴロゴロゴロ、ドバカーン!!<br>
<br>
…十時間後<br>
「~♪」カキカキ<br>
「……」<br>
「ふ~。じゃあお腹も空いたから今日はこれで終わりなの。うい?ジュンが(ピー)で(ピー)な(ピーー)になってるの。うい…あ、もしもし金糸雀?…そうなの、だから早くジュンを一つに戻してあげてなのよ」<br>
<br>
<br>
ぷしゅー…<br>
「これで完成かしら」<br>
「あ…ここは…」<br>
「ふぅん、キレイにくっつくもんねぇ…じゃあ筋力回復もよろしくぅ」<br>
「アイサーかしら」<br>
ガチャン<br>
「あぎゃーーーー!いっそ殺せぇええええ!!!」 <br>
<br>
<br>
<br>
三時間目~じゅうきのあつかいかたをみにつけよう~<br>
<br>
「さ!待ちに待った翠星石の授業ですぅ!耳かっぽじってよ~く…ってジュン?」<br>
「知ってるかい?地球って…青いんだぜ…」<br>
「なにサトリ開いてるですか。ホレ、まずはコレを持つです」<br>
「ん、拳銃か」<br>
鋼鉄の冷たさと重み。改めてまじまじと見るとちょっと怖いな。<br>
「何怪訝な顔してるです?ローゼンメイデンでも1、2を争うガンマンの翠星石に教えてもらえるですから、もっと喜んだらどうですか?」<br>
「んな事言ってもなぁ…。ところで、争そってる相手って雪華綺晶か?」<br>
「いやいや、アイツはスナイパーですから。私が言ったのは水銀燈の事ですよ」<br>
スナイパーだと何か違うのかはわからないが、水銀燈の名前が出たのには驚いた。<br>
「まぁ、水銀燈は立場上ほとんど戦闘はしないですけどね。あれで名の知れたガンマンなんです…って!なんで水銀燈の話しになるですか!今は私だけを見ろですぅ!」<br>
バンバンバン!<br>
「わ、わかったから撃つな!撃つなー!」<br>
<br>
「じゃあまずはコレを狙うですよ」<br>
六メートルほど離れた場所にある岩の上に空き缶を置いく。<br>
「え~と…弾倉を入れて…これをスライドさせて…狙いを定めて…撃つ!」<br>
パアン!<br>
見事命中。…横で眺めていた翠星石が手に持っていた缶に。<br>
「お前は翠星石を殺す気ですかー!?」<br>
バンバンバンバン!<br>
「ごめんなさいごめんなさい~!!」<br>
<br>
「…なんと言うか、破滅的なセンスの無さですね…」<br>
「・・・」<br>
あれからゴム弾に切り替えて射撃を再開したのだが、五十発撃ち終えても缶はまだ岩の上に健在していた(そして見事に後ろの岩が缶の形を残してえぐれている)。<br>
「もういいですよ。相方を作ろうとした翠星石が馬鹿でした。…ホレ」<br>
そういって今度はごっついサブマシンガンを渡してきた。<br>
「まぁ、実のところトーシロのオメーにハンドガンでの立ち回りや狙撃なんて期待してねーんですよ(誤射もあるだろうし)。ソイツで威嚇射撃でもしてくれりゃいいんです」<br>
なら初めからコレを渡せ…と言いたかったが、横で猛烈な睨みを利かせてくるので止めておいた。<br>
「じゃあはい!あの缶を狙って引き金を五秒間引き続けるです!猿にだって出来るですよ!」<br>
これ以上機嫌を損ねると命に関わりそうなので素直に従う。<br>
「よっと…うわわ!?」<br>
ズバババババババババ!!!<br>
先程とは比べモノにならない反動にひっくり返る。その結果-<br>
「グエ~」ドサッ<br>
-カモメが採れた。<br>
「・・・」プルプル<br>
「…まぁ、何だ。クールにいこう、クールに。そうすればきっと…」<br>
「誰が狩りをしろと言ったですかー!!!!」<br>
バンバンバンバンバン!!!<br>
「ぐほぉ!?」<br>
視界が赤く染まり、意識の遠のく中で僕は確かに聞いた。アイツが『あ、コレ実弾でした』と言うのを…パタリ。<br>
<br>
<br>
『うぎゃーーーー!!!』<br>
「あら、もうジュンが叫ぶ時間なのね。雛苺、金糸雀と一緒にお風呂に入るのだわ」<br>
「ハイなの~」<br>
「なんか、時報化してきたね…」 <br>
<br>
<br>
<br>
四時間目~きんせんかくとうをまなぼう~<br>
講師、真紅<br>
<br>
「翠星石から聞いたのだわ。昨日は散々だったようね」<br>
ああ、まったく。あの至近距離から体中に弾丸を叩き込まれて生きている人間は僕くらいなものだろう。<br>
「でもこの訓練で少しはマシになるハズよ。気合いを入れなさい」<br>
あ、僕が撃たれた事じゃないのね…<br>
「ん~、ていうか、なんで格闘術なんて鍛えるんだ?せっかく銃があるのに…」<br>
「そう思っているからああいう失態を演じるのよ。論より証拠、訓練の前に基本的な事を学ばないといけないわね」<br>
そう言うと、真紅は僕にゴム弾を渡して数歩離れた。<br>
「いくらアナタでもこの距離では撃ち損じないでしょ?さあ、私に向かって撃ちなさい」<br>
確かに的もでかいから当たるだろうけど…<br>
「だ、大丈夫なのか?」<br>
「その銃は威力も低いし弾も柔らかいから直撃してもアザも残らないのだわ。まぁ…当てられたらの話しだけれど」<br>
む、そう言われたら引くに引けない。まぁ傷もつかないなら遠慮も無用だろう。昨日の不甲斐なさをここで返上だ!<br>
バン!バンバン!<br>
<br>
「…これでお解りかしら」<br>
「あ…う…」<br>
現在、僕の腹には真紅の拳がめり込んでいる。そんな…銃弾を避けるなんて…<br>
「今貴方が考えていることはよく分かるのだわ。けれどね、私は銃弾を避けたワケではないのよ?」<br>
「え?だって…」<br>
「正解に言うなら、“弾が発射された時には既にそこには居なかった”ね。いくら私でも弾丸のスピードより早く動くのは不可能だもの」<br>
「でも僕はちゃんと…」<br>
「いいこと?ジュン。銃は確かに強力よ。でもそれは、“弾道の先に標的がいた時のみ”の話しよ。構える、狙う、引き金を引く…そういった動作は全て人間が行う事。ならソレから逃れるのはそう難しい話しではないのだわ」<br>
「・・・」<br>
「そしてこれが本題。私が初弾を避けて貴方に突進した時…一本後ずさったわね。それは何故?」<br>
「それは…」<br>
「“怖かったから”でしょう?でもそのせいで貴方はへっぴり腰になり、その場から動けない上にまともに狙う事が出来なくなってしまった。では何故怖いのか。それは接近戦に自信が無いからよ」<br>
ん…確かに…。<br>
「その怯えは視野を狭くし焦りを生む。戦場では最も危険な事よ。だから冷静に銃器を扱うには『間合いに入ってきたら拳を入れてやる』くらいの気概が必要なのだわ」<br>
「なるほど…よくわかったよ。でも僕に格闘なんて出来るか?」<br>
喧嘩なんかしたこともない。スポーツだってロクにしたことないのに…<br>
「確かに貴方や私達女性が接近戦で大男とやり合うのは難しいのだわ。でも…」<br>
真紅は僕に近付いて来ると拳をお腹に付けた。<br>
「見なさい、ジュン。これがマーシャル・アーツと言うモノよ」<br>
ヒュンッ…<br>
<br>
「ゲホッ!ゲホッ!…あぐ…」<br>
一体…何が起きた?気付いた時には数メートル吹き飛ばされていた。別に勢い良く殴り飛ばされたワケじゃないのに…!<br>
「今のは関節を上手く使う事で、筋肉の伸縮力の伝達を促進させ右腕に集中させる中国拳法のアレンジ技よ。体を上手に使えば、“腕一本だけ大男にする”ことなら出来るのだわ。さて…」<br>
じりっ…未だにうずくまる僕に真紅が歩み寄る。あれ?この感じ…どこかで…<br>
「まずは体で覚えなさい。これから私の体力が持つまで、貴方に技を叩き込むのだわ。だから、しっかり会得するのよ?」<br>
あ、思い出した。翠星石に撃たれた時と同じだ。そうか、今日も僕は三途の川をクロールで往復するんだね…?ほら…拳が近付いてくるよ…待っててね…おじいちゃん、おばあちゃん。今…会いに逝きます…<br>
グシャッ!<br>
<br>
<br>
「真紅ぅ、あの肉塊は何よぉ。バーベキューでもやるつもりぃ?」<br>
「ああ、あれはジュンよ。金糸雀が復元の準備に時間が掛かると言うからそこに置いたのだわ」<br>
「あら、こんな所にブロック肉が♪早速調理に…」<br>
「駄目だよ雪華綺晶!それはジュン君なんだよ!?だからよだれ垂らしながら近寄らないで!!」 <br>
<br>
<br>
<br>
五時間目~せいしんをりょくをとぎすまそう~<br>
講師、雪華綺晶<br>
<br>
「昨日はとても美味しそう…もとい大変でしたわね」<br>
「ええ…危うくアナタの血や肉になるところだったとか」<br>
今朝方、夜の事を蒼星石から聞かされた。そう…今日の僕は最大の脅威にさらされているのだ。いくら何度も屍から復活をどけだ僕でも、食べられてしまっては一巻の終わり…!<br>
「まぁまぁ、そう気張らずに。今日は心の修行ですから体に傷がつく事はないでしょう」<br>
そう、今朝の朝食の時にも言われたけど、今回は精神修行だと言う。それをこの比較的おっとりしている雪華綺晶が講師…?と、翠星石に聞いた所、真っ赤な顔で『お、おめー!一流のスナイパーになるのにどんだけの精神力がいるのか知ってるですか!?』と叫ばれた。<br>
「ふふふ、イマイチ納得出来ていないようですね」<br>
疑問が顔に出ていたのか、笑いながら指摘されてしまった。慌てて謝っておいたが、<br>
「いいのですよ。それを払拭するのもまた講師の勤めですし。ではジュンさん、ジャンケンをいたしましょう」<br>
「ジャ…ジャンケン?」<br>
「はい♪ただし、後だしで構いませんので必ず勝ってください」<br>
そう言うとテンポ良く手を出して来るので少し遅れて勝つ手を出していく。<br>
「…はい、問題ありませんね。では次は…必ず負けてください。ただし、もし負けれなかった場合は、金糸雀が喜ぶ事になります」<br>
あ、これは死亡フラグだ…なら絶対負けられない!いや、負けないといけない!しかし、雪華綺晶はじっとこちらを見たまま右手を下ろしてこない。そして嫌な沈黙が辺りに広がった頃、<br>
「ジュンさん。私は先程、パーを良く出しましたね」<br>
唐突の言葉。そしてまた黙ってしまう。僕も確かにそう記憶している…が…<br>
「・・・」<br>
「・・・」<br>
ザザーン…クークー<br>
<br>
結論から言えば、僕は勝ってしまった。突然出された左手のパーに。あああ…これでまた僕のライフが…<br>
「ジュンさん?私の手、見えませんか?」<br>
「え…?」<br>
今気付いたが、既に彼女の手はチョキに変わっていた。その次の手に僕は負けるどころか、気付く事さえ出来なかった。<br>
「初めのジャンケンが短身砲での戦闘と例えるならば、今のが狙撃といったところでしょうか。標的を撃つ、という事は同じですが、精神疲労ではこれくらいの差があるのですよ」<br>
「うん、なんか…凄い疲れた…」<br>
「金糸雀の話しは冗談ですのでご安心を。そして今から行う訓練は“事実に惑わされない心”を作るものです」<br>
「事実に惑わされない…?」<br>
「先程、ジュンさんは私に勝ってしまい動揺してしまいましたね。だから次の行動に移る事が出来なかったのです。戦場なら命とりですよ。特に…他のメンバーの命を預かるポジションなら尚更です」<br>
「・・・」<br>
「実戦は練習のようにはいかないものなのです。ミス、事故、想定外…そういった事が起きた時、大切なのは次を考える冷静さです。たとえ、仲間を撃ってしまったとしても」<br>
非情、ということではない。必要な事なんだ。撃たれた方だって、こちらに望むのは謝罪などではなく現状の打開策、ということか…。それが、プロの世界…。<br>
<br>
「それで…僕は一体何を?」<br>
「ふふっ、コレですわ♪」<br>
じゃ~ん!という効果音が似合うような動作で出されたモノは…え、焼鳥?<br>
「先程温めておきました。どうですか?た…堪らなく芳醇なこの香り…素晴らしいですわ!」<br>
「はぁ…で、これが何か?」<br>
すると雪華綺晶はもう一つ別の食べ物…らしきモノを出してきた。食べてみろと言うので口に運ぶと、<br>
「んぐぅ!?ばぁ!あ!が!げぇ!」<br>
「ふふふ、ソレは金糸雀特製の『ケミカル爆マズ団子』ですわ♪通常ならば本人の意志に関わらず胃が受け付けないのですが…」<br>
おもむろに焼鳥の香りを堪能した後、なんと先程の団子をさも美味しそうにパクつき始めた。<br>
「んぐんぐ…ごくん。はい、こんな感じです。先に焼鳥の匂いを嗅ぎ、そのイメージでこの団子を食べてください。ケミカル爆マズ団子を食べているという現実をも凌駕する“思い込み”で体を騙せるようになれば合格ですわ♪」<br>
そんな事が出来るのかと思いつつ、言われた通りにすると…<br>
0.001秒後<br>
「あぎゃぶほぉ!!!」ゲェ~<br>
「まぁ、始めは仕方ありませんね。ああちなみに、今日のご飯はコレだけですから頑張ってくださいね。栄養価はお墨付きですから、体の中から健康になれますわ♪さ、あ~ん♪」<br>
<br>
<br>
「あら?金糸雀。そのグロテスクなモノは何?」<br>
「ジュンの●かしら。吐き続けたせいでコレまで出しちゃったかしら」<br>
「それはご愁傷様ね。早くくっつけてあげて頂戴」<br>
「モチかしら~♪」<br>
「金糸雀楽しそうなの~」<br>
「ここに来てから毎晩人体実験だからね…ジュン君の体に変な事しなきゃいいけど」<br>
「さっき、私の部屋から『クラッカー』と『爆竹』持っていったけど…」<br>
「・・・」<br>
「・・・」<br>
「…考えるのはよしましょう」<br>
「…そだね」<br>
<br>
<br>
<br>
六時間目~うたれづよくなりましょう~<br>
講師、薔薇水晶<br>
<br>
「アーメン!ハレルヤ!なんまいだ~!」<br>
「ジュン…何してるの?」<br>
「祈ってるんだよ。何だっていい、今日僕が堪えきる力を与えたまへ!!願わくば五体満足で朝日を拝めますやうに!!」<br>
僕がここまで必死なのには理由がある。初日、彼女達がどの順番で教えていくかを協議していた時に、満場一致で薔薇水晶は最後に決定した。理由を聞いたところ“やれば解る”そうだ。<br>
「今度は何だ!ター●ネーターよろしく液体窒素で凍った後にバラバラになって、そして一つに戻れば満足かー!!!」<br>
「ひどい…私はただ、ジュンにコレを食べて欲しいだけなのに…ぐすっ」<br>
「え…?」<br>
見れば、半ベソの薔薇水晶の手には黒い板状のモノが。<br>
「それは、チョコレート?」<br>
「…うん。日本では…女の子が男の子にチョコを渡す習慣があるって聞いたから…」<br>
まさか、最後にコレを渡すために…?皆からのびっくりプレゼントだったのか…?だとしたら、僕は…僕は…!<br>
「くっ…!ごめんよ薔薇水晶!君の気持ちも知らずにあんな事を…」<br>
「ううん、いいの。じゃあコレ、食べてくれる…?」<br>
「ああ、今すぐにでも!むぐっ。うん!甘さ控え目でしつこくなくて痒くて、とっても美味しいよ!…え、痒い…?ん!?あああ!?」<br>
「どうしたの…?」<br>
「な、ななな何か体の感度が上がってると言うか…ね、ねえ薔薇水晶?さっきのチョコ…ななな何を入れたのかなぁ?」<br>
「えっと…砂糖に、お酒に、優しさに…」<br>
ここまでは普通だ。最後のはバ●ァリンにだって入ってるんだから問題ない。ならば…<br>
「…通販で買った『びんかんサラ●ーマンソーセージHARD CORE』」<br>
「それだー!!!」<br>
<br>
『やあ!ウホッな恋愛を応援する梅岡通販の時間だよ!今日ご紹介するのはこの【びんかんサ●リーマンソーセージHARD
CORE】さ!これさえ食べればどんな人だって僕みたいな“nice アッー!”になれるんだ!じゃあその威力をご紹介しよう!VTRスタート!』<br>
『ん?なんだ貴様!俺をマフィアきっての野菜王子と知っての無礼…ぬ!?か、体が!?や、辞めろ!俺には妻と子供が…アッー!アッー!アッ~~~!!』<br>
『…うん!実に素晴らしいアッー!だったね!さあ、テレビの前の貴方!貴方もこのアッー!を体感してみませんか?お値段と電話番号はこちらを見てね!お電話お待ちしてるよ!じゃあ皆さん。さよおなアッー!』<br>
<br>
「…はっ!なんかイラつく動画が流れたかなと思ったら何故か張り付けにあっている!?なあ薔薇水晶!これは一体どうい…う…」<br>
「・・・」ニヤニヤ<br>
「な、なあ!何か言ってよ!なんで無言でこっちに近づいてくるんだよ!そしてその手の鞭と蝋燭と●●●●と●●●は何なんだぁ!?」<br>
「・・・」クスクス<br>
「だだだ駄目だよ無理だよマズいよ絶対いぃ!いいい今そんな事されたら僕はきっと人として越えてはいけない一線を遥か彼方までぶっちぎる気がするんだああ!おおお願いだ薔薇水晶、後生だからそのててて手に持ったものを振り下ろさにでぇえええ!!!」<br>
スパァン!!<br>
「アアアアアアッッッッッーーーーー!!!!!」<br>
<br>
<br>
「どう?ジュンの様子は」<br>
「駄目なの。ベッドの中で泣き崩れたまま動かないのよ」<br>
「もう!加減しなさいって言ったでしょぉ?」<br>
「ちゃんとしたよ?だから今泣いていられる。私が本気でやったら…きっと今頃…」<br>
「それ以上は聞きたくねーですぅ…」<br>
「まぁ、アレを食べてばらしーちゃんにシバかれれば、たいていの拷問には堪えられるでしょうし」<br>
「あ、今度は笑い始めたかしら。あれは当分戻ってこないかしら」<br>
「やっぱり最後に回して正解だったね」 <br>
<br>
<br>
<br>
帰りの会~じゅぎょうのせいかをふりかえろう~<br>
講師、水銀燈<br>
<br>
「まぁ、とりあえずお疲れ様ねぇ」<br>
「ふふふふふ…今の僕に怖いものなんてありませんよ…」<br>
「それはなにより。でも許してあげてね?あの子達も嬉しいのよぉ。アナタみたいな生徒が出来て」<br>
「…はぁ」<br>
「こんな稼業じゃ出会いも少ないし、みんな『私のパートナーにするっ!』って必死だったのよぉ?罪深いわねぇ、この色男♪」<br>
「ならどうして僕は授業の度に原型を留めていないんだろね?」<br>
「モテの弊害とでも思っておきなさいよ。それはともかく…どうだったぁ?初めての訓練の感想は」<br>
「…正直、彼女達の期待に応えるのは…」<br>
「今はあの子達の期待が大き過ぎるのよぉ。もちろん基本は押さえてもらうけど、私は“アナタだから出来る事”に期待してるの。あの客船の時ように、ね」<br>
「僕だから、出来る事…」<br>
「その気の弱そうな顔や雰囲気、素人の香りだって上手くすれば武器にもなるし、使い用もあるでしょう。それである程度動けるなら申し分ないわぁ」<br>
褒められてるのか馬鹿にされてるのか…でも、その通りかもしれない。僕に彼女達のような働きを期待するよりはよっぽど現実的な話しだ。なら僕はその“才能”活かせるようになればいい。<br>
「じゃあ、その期待には答えられるように頑張らないといけないな」<br>
「ええ、死なない程度に努力なさぁい」<br>
やれやれ、それは僕にじゃなくてあの人達に言って欲しいよ…<br>
<br>
「あ、そうそう。金糸雀が呼んでたわよぉ?体に埋め込んだ試作品を抜くんですって。早くしないと爆発するらしいから急ぎなさいねぇ」<br>
「・・・」<br>
この時、僕は本気で『敵にやられるよりもこの人達に殺される方が早いかもなぁ…』なんて思ったりしていた。</p>