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第八話  『Feel My Heart』」(2007/09/24 (月) 23:32:41) の最新版変更点

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<p> <br>  <br> 「二葉さんはね、日本という極東の島国から、訪ねてきたのよ」<br>  <br> そう語るコリンヌの声は、雪華綺晶の耳を、右から左へと通り抜けてゆく。<br> 写真の中の、優しそうな目元と、社交的であることを思わせる微笑。<br> 潤んだ金色の瞳は、二葉という青年に、釘付けとなっていた。<br>  <br>  <br> この既視感は、なに? ずっと以前にも逢っている……みたいな。<br> だが『いつ、どこで』に当たるパズルのピースは、見つからなかった。<br> 二年前に、二葉が渡仏した際のことか。それとも、もっと他の時期なのか。<br>  <br> 雪華綺晶が手繰る記憶の糸は、どれも、ぷっつりと途切れてしまう。<br> コリンヌと出逢うまでの経緯さえ、夜霧に巻かれたように、茫漠としていた。<br>  <br> 「二葉さまは、どのくらい、このお屋敷に滞在なさってたのですか?」<br> 「そうね……一ヶ月以上は、お泊まりになっていたはずよ。<br>  わたし、殆ど毎晩のように、二葉さんに日本の話を聞かせてもらってたっけ」<br> 「この写真も、その時の?」<br> 「ええ。写真ってステキね。美しい思い出を、より鮮やかに留めておけるから。<br>  眺めながら想うだけで、息づかいが聞こえるほど、彼を身近に感じられるのよ」<br>  <br> 楽しかった日々の思い出に浸っているコリンヌは、いつになく上機嫌だ。<br> 目の前にいる雪華綺晶が、想い人であるかの如く、一言一言、声を弾ませる。<br> 蒼い瞳を輝かせて、口早に喋るさまは、恋する乙女そのものだった。<br>  <br>  <br>  <br>   第八話 『Feel My Heart』<br>  <br>  <br>  <br> ――なんて健気なんだろう。雪華綺晶のココロが、キュッと痛くなった。<br> 写真を眺めて、手紙のやりとりをして……<br> 二人を隔てる距離にも屈せず、二年もの間、一途に想いを紡いでいる。<br> そんなこと、よほど強い気持ちがなければ、できやしない。<br> コリンヌの思慕には、特別な意味があるのだと、雪華綺晶は悟った。<br>  <br> 「もしかして、あなたと二葉さまは、将来を誓った仲ですの?」<br> 「それは……いいえ、まだよ」<br>  <br> 伏し目がちに、か細い声で呟いたコリンヌの頬は、桜色を帯びている。<br> 奥ゆかしい仕種ながら、彼女の気持ちは、あからさまだった。<br>  <br> 「だけど、いつかは――ね。そう願いながら、手紙をしたためているの。<br>  子供じみた夢……かも知れないけれど」<br> 「想いは届きますよ、きっと。いえ……もう届いているのでしょう。<br>  ですから、二葉さまも頻繁に、手紙を書いてくださるのです」<br> 「そうね。そうよね」<br>  <br> 言って、コリンヌは端正な表情を、パッと綻ばせる。<br> けれども、その美しく澄んだ蒼眸の奥に、一抹の不安が宿っていることを、<br> 雪華綺晶は見逃さなかった。<br>  <br> 彼を信じていない訳では、ないだろう。<br> だが、コリンヌはまだ若い。喩えるなら、苗木のようなものだ。<br> 激しい雨に土壌を浚われれば倒れるし、突風に薙ぎ払われもする。<br> 脆弱な根元は、些細な変化であっても、呆気なく揺らいでしまう。<br>  <br> 彼の声を聞きたい。優しく、髪に触れて欲しい。<br> コリンヌが心から望んでいることは、きっと、そんな自己満足だけ。<br> 少女は今、想いを貫くために、確かな絆を求めずにはいられない年頃だった。<br>  <br>  <br> 「ねえ、コリンヌ」<br>  <br> 主人の背後に回った雪華綺晶は、目の前にある細い肩を、両腕で包みこんだ。<br> そっと近づけた頬に、コリンヌの耳が触れる。驚くほど熱くなっている。<br> でも、なんだか気持ちいい熱。彼女は、ますます頬を擦りつけて囁いた。<br>  <br> 「もっと……二葉さまのお話を、聞かせてください」<br>  <br> 彼を思い出すことで、コリンヌの寂しさが少しでも紛れるのであれば――<br> 聞き役となることに吝かでない。<br> 保護してくれたばかりか、こうして側仕えまで許してくれたコリンヌへの、<br> せめてもの恩返しができるなら……と。<br>  <br> しかし、それだけが理由ではなかった。<br> 雪華綺晶もまた、二葉という存在に、並々ならない興味を抱いていたのだ。<br> なぜ、彼が夢の中に現れたのか……その理由が知りたい。<br> だからこそ、彼のことを、もっと教えて欲しいと望んでいた。<br>  <br>   ~  ~  ~<br>  <br> コリンヌは、それこそ湧き出す泉の如くに、二葉についてを語り続けた。<br> やがて日が傾き、夜が訪れても、彼女の回想は止むことを知らない。<br> 食事を自室に運ばせてまで、雪華綺晶とのお喋りに熱中していた。<br>  <br> この会話の終了が、二葉との縁の切れ目になると怖れているような――<br> そんな素振りだった。<br>  <br>  <br> 「二葉さんには、双子のお兄さまがいらっしゃるのよ。<br>  ご兄弟で、新しい事業を展開しているの。かなり大掛かりな計画らしいわ」<br>  <br> そんな話題が切り出されたのは、一緒に食後のシャワーを浴びている時のこと。<br> 二葉のことを話している時のコリンヌは、本当に愉しそうだ。<br> 雪華綺晶は、かいがいしく主人の背中を流しながら、笑みを交えた相槌を打つ。<br>  <br> けれど、その笑顔の裏で、雪華綺晶はじわじわと興醒めていた。<br> 自ら望んだことながら、コリンヌが他人の名を口にするのが、面白くない。<br> いま、最も側にいて、触れ合っているのは自分なのに……<br> どうして、遠く離れた国の青年のことばかり、嬉しそうに話すのだろう。<br> 嫉妬と思慕の情が、もやもやした欲求不満を募らせる。<br> 雪華綺晶の胸で、独占欲が燻りだしていた。<br>  <br> インプリンティング――という言葉がある。<br> 鳥類や哺乳類が、産まれて直ぐに見た物体を親と認識する学習能力のことだ。<br> 雪華綺晶の、コリンヌに対する感情も、それに近いものかも知れなかった。<br>  <br> (あなたは…………私だけのマスター)<br>  <br> コリンヌは今、確かな温もりを求めている。雪華綺晶は、それを与えられる。<br> だから、行動することに、なんの躊躇いもなかった。<br>  <br> 「続きは、お部屋で聞かせてください。夜が明けるまでの、寝物語に――」<br>  <br> 雪華綺晶は背後からコリンヌを抱きしめ、濡れた素肌を、ひたと重ね合わせた。<br> そして、返事を促すように……主人の白い首筋を、ちゅぅ――と吸った。<br> 花弁のような少女の唇から、驚きの中にも悦びを滲ませた声が漏れる。<br> ひくん……コリンヌは喉を蠢かせて、おののきながらも、こくっと頷いた。<br>  <br>  <br></p> <hr>  <br>  <br>   第八話 終<br>  <br>  <br>  【3行予告?!】<br>  <br> いま、私の願い事が叶うならば……翼が欲しい――<br> 空を飛べるなら、すぐにでも貴方の元へ行きたい。<br> そんな願いが、この空には、どれだけ溶けてるのかしら……。<br>  <br> 次回、幕間2 『azure moon』<br>  <br>  

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