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「さよなら、いとしいひと」(2007/07/09 (月) 21:48:18) の最新版変更点
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<p>死にネタですので、苦手な方はスルーをお願いします。<br>
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彼の仕事がやっと軌道にのってきた頃だった。<br>
毎晩毎晩、徹夜で服のデザインして、縫い物をして、やっと認められるようになった頃だった。<br>
私のお腹のなかに、ずっとずっと、待ち続けていた赤ちゃんがきてくれた頃だった。<br>
本当に、いい事続きで、神様に守られているんじゃないかと思っていた頃だった。<br>
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でも、ジュンが、死んじゃった。<br>
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よそ見運転の車に撥ねられて、打ち所が悪くて、死んじゃった。<br>
あなただけは、こんなことにならないと。<br>
わたしたちだけは、神様に守られていると。<br>
これから、幸せな生活が始まると。<br>
信じていた、矢先だった。<br>
私は泣いた。泣いて泣いて泣いて。<br>
食事も摂らず、寝る事も忘れ、泣き続けていた。<br>
妹に電話で泣きついていた。<br>
「どうして!? どうしてジュンが死ななければならなかったですか!」<br>
「…」<br>
「翠星石も、ジュンも、何にも悪い事はしてなかったです!」<br>
「…」<br>
「二人で、幸せになろう、って言ったのに!」<br>
「…」<br>
「ジュンはまだこの子の顔も見てないです! この子も父親のことを知らずに育つです!」<br>
「…」<br>
朝も昼も夜もなく、不平不満をぶつけ続けていた。<br>
彼女に電話が通じなくなるのは、そう遅くはなかった。<br>
私は、本当に一人になった。<br>
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彼の葬儀の日。<br>
太陽は憎らしいほど高く昇ってて。<br>
日光の照りつけるところには、人がいなくて。<br>
コンクリートから、もうもうと熱気が立ち込めていて。<br>
私と、彼と、二人っきり。<br>
「これが、最後のデートですね」<br>
自分で言ってて、泣いてしまった。<br>
彼の顔は隠されていて見えない。きっと損傷が酷いのだろう。それにこの季節だ。腐っているかもしれない。<br>
棺は固く閉ざされていて、開かない。<br>
最後の顔すら、見せて貰えない。<br>
「さようなら、ジュン」<br>
私は泣いた。<br>
彼に抱きついて泣いた。<br>
まるで赤子のように泣いた。<br>
何もない駐車場に私の泣き声が響いた。みっともない。<br>
私が彼の胸で泣くとき、彼は私の頭を撫でてくれた。<br>
優しく、優しく、撫でてくれた。<br>
今、私の頭に触れているのは、冷たい金属の縁。温かかった、彼の手ではない。<br>
それがとても悲しくて、涙がとまらなくて。<br>
「ひぐぅッ…ジュン…! ジュン…!」<br>
ただただ、泣き続けていた。<br>
私はそのまま崩れ堕ちた。<br>
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―――――翠星石。<br>
なんだろう、わたしのなおよぶこえがきこえる。<br>
―――――さぁ、立って。泣くのをやめて。お前の身体は、ひとりだけの身体じゃないんだぞ。<br>
あったかい。なつかしい。やさしい。あなたわだあれ?<br>
―――――君のことが大好きで大好きでたまらなかったモノだよ。<br>
ジュンなのですか? ゆめのなかでならまたあなたにあえるのですか?<br>
―――――あるいはそういうこともあるかもしれないね。<br>
ならわたしわずっとこのなかにいるです。<br>
―――――僕はそんなことは許さないよ。僕はお前たちに強く生きていて欲しいから。<br>
わたしわジュンのそばにいたいです。ジュンといっしょにしあわせになりたいです。<br>
―――――聞いて。僕はもう死んでしまったんだよ。幻と一緒だ。それに僕はずっとお前たちと一緒だよ。これからも。<br>
どうしてそんなことがいえるですか。あなたわもういないんでしょう?<br>
―――――これ、僕の骨。ちょっと失敬してきた。人差し指の骨だと思う。これが僕。<br>
…あったかい、です。<br>
―――――これを、僕を、お前が離さない限り、僕はお前たちを守ってやれる。傍にいられる。はい、これ僕の娘のぶん。<br>
…このこわ…おんなのこなのですか?<br>
―――――そうだよ。お前に似て、美人でしっかりしたいい子に育つんだ。<br>
……<br>
―――――この子を立派に育てるのは、お前の仕事だ。さぁ、行くんだ。<br>
…また、あえますか?<br>
―――――お前がしっかりやってれば、また会えるよ。絶対。<br>
じゃあ、わたし、がんばるですよ。<br>
―――――その意気だ。さあ、行って。<br>
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目を覚ます。<br>
まくらのシーツがぐっしょりと湿っていた。<br>
何だか不思議な夢を見た気がする。<br>
手には、何か固いものを握っていた。<br>
石ころのような、灰の塊のような。少し温かい何か。<br>
「大切にしますよ。ジュン。」<br>
ベッドから重い身体を起こす。<br>
<br>
ジュン、ジュン、聞こえますか。<br>
今日から私は強くなりますよ。<br>
もう泣きません。<br>
もう惑ったりしません。<br>
生まれてくる、この子の為にも。<br>
死んでしまった、ジュンの為にも。<br>
私は立って、歩き出します。<br>
二度と、倒れたりなんかしません。<br>
だから、ジュン、天国から見ていてくださいね。翠星石の生きる姿を。<br>
自慢してもいいですよ。立派な嫁がいた、って。<br>
そしてたまには遊びにくるです。<br>
絶対、絶対、二人で元気にやってますから。<br>
あなたの席はいつでも、空けておきますから。<br>
<br>
<br>
終</p>