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「毒牙」(2007/06/17 (日) 21:57:42) の最新版変更点
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<p>新雪のように真っ白な肌。<br>
まるで蔦のように僕の首筋に絡みつく雪華綺晶の細い腕。<br>
ガラス細工のように、美しく、脆そうな指先からは想像できない力。<br>
獲物を捕らえた猛禽類の鍵爪の如く、僕の首をがっちりと掴んでいる。<br>
僕は彼女に押し倒されるような形になる。身動きが取れない。<br>
そして彼女に、離してくれそうな様子は無い。<br>
ゆっくりと、しかし確実に、雪華綺晶の顔は近づいてくる。<br>
仄かに赤みのさしている、やわらかそうな頬。<br>
風もないのに、何故かたゆたう白い髪。<br>
ぷっくりとふくらみ、瑞々しく光る真っ赤な唇。<br>
そこから洩れる、生暖かく湿った彼女の吐息。<br>
老若男女問わず、人を惑わす金色の瞳が薄く閉じているのは幸いか。<br>
長い睫毛が棘のように僕を見据える。<br>
「ねぇ、悪ふざけなら、よそう?」<br>
彼女に問いかける。<br>
答えは無い。雪華綺晶の接近は止まらない。そうか。それが君の答えか。<br>
ああ、僕はこれから彼女に食べられるんだ。<br>
蜘蛛の巣に捕らえられた蝶。或いは獅子に組み伏せられた草食獣。<br>
そんな気分だった。<br>
少女の腕はいつの間にか僕の背中にまで、まわされていた。<br>
逃げ場など無いよ。そう言いたげに。<br>
いよいよ、彼女の薔薇色の唇は、僕のそれと間近に迫る。<br>
彼女のやわらかく、あたたかそうな唇。甘く香るのはグロスだろうか。<br>
互いの吐息を、口腔で感じあうほどに。<br>
―――――いっそのこと、こちらからくちづけしてしまいたい。<br>
そんなこといけないのに、思ってしまった。思わされてしまった。<br>
ほんの数瞬だとしても、雪華綺晶の唇を、心を、身体を、求めてしまった。<br>
狂おしいほどに、雪華綺晶は美しかった。<br>
僕には真紅という、立派な彼女がいるというのに。<br>
「をんなというものに溺れたらですね」<br>
彼女の口が言葉を紡ぐ。<br>
その度に香る彼女の匂いが、僕をより深い悩みの淵に突き落とす。<br>
「二度と浮き上がって来ることは無いのですよ」<br>
彼女の左目が薄く開く。まるで全てを映す鏡のように、僕を見つめる。僕の心を鷲掴みにする。<br>
にやり、と口元を大きく歪ませて、雪華綺晶は嗤う。けだもののように。<br>
そして、再び彼女は薄く目を瞑る。<br>
美しい。<br>
その一言に尽きる、その貌。<br>
先ほどとは打って変わって、まるで聖母のように、優しく、穏やかな表情。<br>
そして彼女は、思い出したかのように、その表情で再び僕へと迫る。<br>
だめだ。僕には絶えられそうにない。ごめん、真紅。<br>
彼女と僕の距離が限りなく0に近づく。僕は目を閉じる。<br>
そして―――――ついに―――――<br>
<br>
<br>
ごつん<br>
<br>
<br>
鈍い音が狭い部屋に響く。額に痛みが走る。<br>
目を開いたそこでは、雪華綺晶が無邪気に、おかしそうに、笑っていた。<br>
心なしか、彼女の額も薄赤く腫れている。<br>
「うふふふ。本気で私がキスをするとでも思ったのですか? 彼女持ちの殿方に?」<br>
彼女は僕に巻きついた腕を緩める。<br>
そうだ。もともとこの子はこういういたずらが好きなのだから。<br>
僕は一杯食わされたってわけだ。<br>
「まぁ、そうだよな。普通は」<br>
僕もふふふと笑う。実に恥ずかしい。<br>
「そうですね。普通は」<br>
そう言うや否や、彼女は再び、口元を吊り上げる。白い歯が見える。<br>
僕が最後に見た彼女は、雪華綺晶は、邪気まるだしで、犯シソウに笑っていた。<br>
彼女の笑顔が見えたかと思えば、先ほどとは比にならないスピードで。<br>
既に僕は彼女の猛毒の牙の下にいた。<br>
甘く、蕩けるように、脳に突き刺さる劇毒のような吐息。<br>
見るモノの心を奪う、宝石のように空ろに輝く瞳。<br>
ぬらぬらと光る唇。蠢く舌。<br>
僕は気付いたときには彼女に犯されていた。<br>
唇も、心も、身体も、余すことなく総て。<br>
温かく、やわらかく、湿った雪華綺晶の唇。それが僕のものと触れ合い、そして貪欲に求め合っている。<br>
ぬっちりとした感触が、僕の思考を剥ぎ取り、奪い取る。<br>
舌と舌が絡まり合う。ざらざらとした感触。温もりというには激しすぎる熱。<br>
どろりと溶岩のように、僕を飲み込んで溶かしてゆく。<br>
僕の腕はいつの間にか堅く彼女を抱きしめていた。離さない。離そうという気すら起きない。<br>
今だけは彼女は僕のもの。逆も然り。<br>
僕の唾液と雪華綺晶の唾液が交わりあい、ねっとりと糸を引きながら、唇の上を垂れ落ちる。<br>
粘り気を含んだ雫がベッドにぽつり、ぽつりと染みを作る。<br>
始めは雪華綺晶が僕に圧し掛かっていたが、<br>
いつの間にか、僕が雪華綺晶を押し倒したような形になっていた。<br>
ふにゃりとした雪華綺晶の唇の感触を存分に味わいながら、彼女の滑らかな肌を撫でる。<br>
不意に雪華綺晶が唇を離す。涎が糸を引いている。<br>
彼女の頬は紅潮し、目も焦点がぶれて、震えている。<br>
半開きになった口からは唾液が宝石のような玉を作っている。<br>
「ジュンさんも、いけない人ですね」<br>
雪華綺晶は、手の甲で、唇についた粘つく唾液をふき取り、さらにそれを味わうように、丹念に舐める。<br>
少し恥じらいを含んだ笑いをしながら、言う。<br>
「ほんのイタズラのつもりだったのに…あんなにされてしまうなんて…」<br>
「…ごめん」<br>
目を逸らす。僕にはもう、誰に対しても、それしか言えそうになかった。<br>
「素敵です、ジュンさん」<br>
唐突な彼女の言葉に僕は耳を疑った。<br>
「え?」<br>
彼女はじっ…と僕を見つめる。懇願のまなざしで。<br>
「浮気でもなんでもいいです。だから、私を傍に置いてくれませんか?」<br>
…僕は首を振った。<br>
縦に? 横に? それはあなたの想像にお任せする。</p>
<p> </p>
<p>終</p>
<p>新雪のように真っ白な肌。<br>
まるで蔦のように僕の首筋に絡みつく雪華綺晶の細い腕。<br>
ガラス細工のように、美しく、脆そうな指先からは想像できない力。<br>
獲物を捕らえた猛禽類の鍵爪の如く、僕の首をがっちりと掴んでいる。<br>
僕は彼女に押し倒されるような形になる。身動きが取れない。<br>
そして彼女に、離してくれそうな様子は無い。<br>
ゆっくりと、しかし確実に、雪華綺晶の顔は近づいてくる。<br>
仄かに赤みのさしている、やわらかそうな頬。<br>
風もないのに、何故かたゆたう白い髪。<br>
ぷっくりとふくらみ、瑞々しく光る真っ赤な唇。<br>
そこから洩れる、生暖かく湿った彼女の吐息。<br>
老若男女問わず、人を惑わす金色の瞳が薄く閉じているのは幸いか。<br>
長い睫毛が棘のように僕を見据える。<br>
「ねぇ、悪ふざけなら、よそう?」<br>
彼女に問いかける。<br>
答えは無い。雪華綺晶の接近は止まらない。そうか。それが君の答えか。<br>
ああ、僕はこれから彼女に食べられるんだ。<br>
蜘蛛の巣に捕らえられた蝶。或いは獅子に組み伏せられた草食獣。<br>
そんな気分だった。<br>
少女の腕はいつの間にか僕の背中にまで、まわされていた。<br>
逃げ場など無いよ。そう言いたげに。<br>
いよいよ、彼女の薔薇色の唇は、僕のそれと間近に迫る。<br>
彼女のやわらかく、あたたかそうな唇。甘く香るのはグロスだろうか。<br>
互いの吐息を、口腔で感じあうほどに。<br>
―――――いっそのこと、こちらからくちづけしてしまいたい。<br>
そんなこといけないのに、思ってしまった。思わされてしまった。<br>
ほんの数瞬だとしても、雪華綺晶の唇を、心を、身体を、求めてしまった。<br>
狂おしいほどに、雪華綺晶は美しかった。<br>
僕には真紅という、立派な彼女がいるというのに。<br>
「をんなというものに溺れたらですね」<br>
彼女の口が言葉を紡ぐ。<br>
その度に香る彼女の匂いが、僕をより深い悩みの淵に突き落とす。<br>
「二度と浮き上がって来ることは無いのですよ」<br>
彼女の左目が薄く開く。まるで全てを映す鏡のように、僕を見つめる。僕の心を鷲掴みにする。<br>
にやり、と口元を大きく歪ませて、雪華綺晶は嗤う。けだもののように。<br>
そして、再び彼女は薄く目を瞑る。<br>
美しい。<br>
その一言に尽きる、その貌。<br>
先ほどとは打って変わって、まるで聖母のように、優しく、穏やかな表情。<br>
そして彼女は、思い出したかのように、その表情で再び僕へと迫る。<br>
だめだ。僕には絶えられそうにない。ごめん、真紅。<br>
彼女と僕の距離が限りなく0に近づく。僕は目を閉じる。<br>
そして―――――ついに―――――<br>
<br>
<br>
ごつん<br>
<br>
<br>
鈍い音が狭い部屋に響く。額に痛みが走る。<br>
目を開いたそこでは、雪華綺晶が無邪気に、おかしそうに、笑っていた。<br>
心なしか、彼女の額も薄赤く腫れている。<br>
「うふふふ。本気で私がキスをするとでも思ったのですか? 彼女持ちの殿方に?」<br>
彼女は僕に巻きついた腕を緩める。<br>
そうだ。もともとこの子はこういういたずらが好きなのだから。<br>
僕は一杯食わされたってわけだ。<br>
「まぁ、そうだよな。普通は」<br>
僕もふふふと笑う。実に恥ずかしい。<br>
「そうですね。普通は」<br>
そう言うや否や、彼女は再び、口元を吊り上げる。白い歯が見える。<br>
僕が最後に見た彼女は、雪華綺晶は、邪気まるだしで、犯シソウに笑っていた。<br>
彼女の笑顔が見えたかと思えば、先ほどとは比にならないスピードで。<br>
既に僕は彼女の猛毒の牙の下にいた。<br>
甘く、蕩けるように、脳に突き刺さる劇毒のような吐息。<br>
見るモノの心を奪う、宝石のように空ろに輝く瞳。<br>
ぬらぬらと光る唇。蠢く舌。<br>
僕は気付いたときには彼女に犯されていた。<br>
唇も、心も、身体も、余すことなく総て。<br>
温かく、やわらかく、湿った雪華綺晶の唇。それが僕のものと触れ合い、そして貪欲に求め合っている。<br>
ぬっちりとした感触が、僕の思考を剥ぎ取り、奪い取る。<br>
舌と舌が絡まり合う。ざらざらとした感触。温もりというには激しすぎる熱。<br>
どろりと溶岩のように、僕を飲み込んで溶かしてゆく。<br>
僕の腕はいつの間にか堅く彼女を抱きしめていた。離さない。離そうという気すら起きない。<br>
今だけは彼女は僕のもの。逆も然り。<br>
僕の唾液と雪華綺晶の唾液が交わりあい、ねっとりと糸を引きながら、唇の上を垂れ落ちる。<br>
粘り気を含んだ雫がベッドにぽつり、ぽつりと染みを作る。<br>
始めは雪華綺晶が僕に圧し掛かっていたが、<br>
いつの間にか、僕が雪華綺晶を押し倒したような形になっていた。<br>
ふにゃりとした雪華綺晶の唇の感触を存分に味わいながら、彼女の滑らかな肌を撫でる。<br>
不意に雪華綺晶が唇を離す。涎が糸を引いている。<br>
彼女の頬は紅潮し、目も焦点がぶれて、震えている。<br>
半開きになった口からは唾液が宝石のような玉を作っている。<br>
荒く、なかなか整わない彼女の呼吸音が、僕の劣情を猛烈に刺激する。<br>
「ジュンさんも、いけない人ですね」<br>
雪華綺晶は、手の甲で、唇についた粘つく唾液をふき取り、さらにそれを味わうように、丹念に舐める。<br>
少し恥じらいを含んだ笑いをしながら、言う。<br>
「ほんのイタズラのつもりだったのに…あんなにされてしまうなんて…」<br>
「…ごめん」<br>
目を逸らす。僕にはもう、誰に対しても、それしか言えそうになかった。<br>
「素敵です、ジュンさん」<br>
唐突な彼女の言葉に僕は耳を疑った。<br>
「え?」<br>
彼女はじっ…と僕を見つめる。懇願のまなざしで。<br>
「浮気でもなんでもいいです。だから、私を傍に置いてくれませんか?」<br>
…僕は首を振った。<br>
縦に? 横に? それはあなたの想像にお任せする。</p>
<p> </p>
<p>終</p>