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最終話  『永遠』 -前編-」(2007/04/11 (水) 00:38:14) の最新版変更点

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――眩しい。 蒼星石が最初に感じたのは、瞼をオレンジ色に染める明るさだった。 だんだんと意識が覚醒するに従って、単調な潮騒と、ジリジリと肌を焼く熱さ、 全身の気怠さなどが、感じられるようになった。 (? あぁ…………そうか) のたくたと回転の鈍いアタマが、やっと状況を理解し始める。 昨夜、いつまで起きていた? 憶えてない。だいぶ夜更かししたのは確かだ。 二人とも疲れ切って、そのまま眠り込んでしまったらしい。 「ぁふ……もう朝なんだ?」 重い瞼を、こすりこすり。 うっすらと開いた目の隙間から、強烈な光が飛び込んできて、アタマが痛くなった。 顔の前に腕を翳して日陰をつくり、徐々に、目を慣らしてゆく。 どこまでも高く蒼い空と、絵の具を溶いたような白い雲が、そこにあった。 ――が、次の瞬間、蒼星石は目を見開いて、黄色い悲鳴をあげていた。 その声を聞きつけて、隣で寝転がっていた翠星石も、億劫そうに瞼を上げる。 「どぉしたですかぁ……そぉせ…………? いひぃっ?!」 寝惚けていたのも数秒。翠星石は目を丸くして、蒼星石にしがみついた。 彼女たちの眠気を、一瞬で吹き飛ばした衝撃―― それは、浜辺にたむろする白い靄。 『無意識の海』に洗われ、たまたま、この島に漂着した魂魄の群だった。   ~もうひとつの愛の雫~   最終話 『永遠』-前編- 記憶を失い、正体を無くしたモノたちとは言え、 取り囲まれては落ち着けるハズもない。これでは衆人環視だ。 二人は、あたふたと脱ぎ散らかした制服を拾って、浜辺から逃げ出した。 小さな茂みで、そそくさと服を着て、やっと一息。 翠星石は耳まで朱に染めて、握った拳を震わせていた。 「な、な……なんなのですか、アイツらはっ!」 「無垢な魂だよ。姉さんは、この島のコトとか聞いてないの?」 「知らねぇですよ! はうぅぅ……あんな得体の知れない連中に、  みっともない姿を見られたなんて…………恥辱で死ねるですぅ!」 ボクたち、もう死んでるんだけど――なんて考えはしても、口にはしない。 わざわざ火に油を注いで、罪もない霊魂を蹴飛ばしに行かれても困る。 蒼星石は、どうにも気持ちの収まらない様子の姉を「まあまあ」と宥めつつ、 『庭師の鋏』を手にした。 「魂が漂着する砂浜で、うっかり寝過ごしたボクらも悪いんだしさ。  あの魂たちには身体も意志も無いから、何も見えてないし、憶えてないよ」 「だ、だけどぉ…………むぅぅ~」 怒りの捌け口を探しているかのように眼を彷徨わせる翠星石に、 それよりも……と、蒼星石はソツなく、茨の園を指差した。 「まずは、結菱さんのところに戻ろうよ。  ここで暮らすなら、住むところを探さなきゃ」 「……ちっ! しゃーねぇですね」 妹の冷静かつ正確な言い分に、翠星石もやっと、怒らせていた肩を下げた。 「今度だけは、蒼星石に免じて、勘弁してやるです。運のいいヤツらですぅ」 「やあ、帰ってきたかね」 あの古めかしい洋館の、庭園に咲き乱れるラベンダーを眺めていた二葉は、 双子の姉妹を認めて、にこやかに顔を上げた。 「ふむ……いい顔をしている。どうやら、探し物が見つかったようだ」 「はい。お陰さまで」 蒼星石は、背後で小さくなっている翠星石に代わって答えた。 「すみません。姉さん……翠星石は、人見知りが強くって」 構わんよと、二葉は笑みを崩さず応じる。 「実質、こうして面と向かい合うのは、初めてなのだしね。警戒するのも解るさ。  僕の名は、結菱二葉だ。よろしく、翠星石」 「あ、あぅ……」 二葉が差し出した手を、じぃ……っと、胡散臭そうに凝視する翠星石だったが、 蒼星石に促されて、おずおずと彼の手を握った。 「翠星石……ですぅ」 「ふっ。おとなしい子だね。蒼星石の方が、しっかり者のお姉さんみたいだ」 「ぬなぁっ!?」 二葉の鼻で笑った態度が気にくわなかったか。 それとも、ダメ姉貴よばわりされたと、歪んだ解釈をしたのか。 はたまた、いまだ燻っていた先程の怒りが、気恥ずかしさによって再燃したか。 やおら、翠星石は二葉の向こう脛を、思いっ切り蹴っ飛ばした。 ばかりか、激痛のあまり蹲る二葉に「これが正真正銘、苦悶式教育ですぅ!」と、 カカト落としまで見舞おうとするではないか。 歳より若く見られれば嬉しいけれど、子供扱いされるのは気にくわない。 翠星石の乙女ゴコロは、なかなかに複雑らしい。 こんなことなら、記憶が回復する前の『なよなよ翠星石』の方が人畜無害だったかも。 アタマの隅でボヤきつつ、蒼星石は慌てて彼女を羽交い締めにして、引き離した。 「なんてコトするのさ、姉さんっ! ごめんなさいっ、結菱さん。  ほら、姉さんも、ちゃんと謝って!」 「知ったこっちゃねぇです。教育的指導ってヤツですぅ~」 「もぉ……ホントに怒るよっ!」 言うが早いか、蒼星石は翠星石の正面に立って、平手を振り上げる。 翠星石も、反射的に頸を竦めて、両目をギュッと閉じた。 ……が、蒼星石の手は、頬を撲つかわりに翠星石の肩を掴んで、 変に気の強い姉の身体を、二葉へと向き直らせていた。 結菱さんに謝らなきゃダメ! 蒼星石の、無言の圧力だった。 「う……ごめん……なさいですぅ」 渋々といった感を漲らせているものの、翠星石は素直に、頭を下げた。 二葉は蹲ったまま顔を上げて、引き攣った笑みを浮かべた。 彼の目が潤んでいたのは、敢えて見なかったことにしておく。 「まあ、いいさ。それより、お茶でもどうかね。  君たちに、ぜひ話しておきたいことがあるのだよ」 話――とは、なんなのだろう。姉妹は顔を見合わせ、アイコンタクト。 三秒の後には二葉に向けて、了承の合図を返していた。 屋敷の広いリビングで、二葉が手ずから煎れた紅茶で一服。 喉を湿らせ、舌の滑りがよくなったところで、二葉は切り出した。 「最初に訊いておきたいんだが……君たちは、これからどうするのかね?」 どうする、と言われても、勝手の分からない世界では、目標など見出せない。 暫くは、この島で暮らすつもりだと蒼星石が答えると、彼は鷹揚に頷いた。 「なるほど。では、ここからが本題なのだが……  どうだろう。この家に、住んではくれないだろうか?」 この唐突な申し出には、双子の姉妹も、絶妙なハーモニーを奏でた。 合唱コンクールなら、最優秀賞は間違いなしのデュエットだった。 「ボクたちと、結菱さんが……一緒に、ですか?」 「僕のような若い男と同棲するのは、嫌かね?」 二葉は、ぽかんと惚けた二人を眺めて、意地の悪い笑みを浮かべた。 「……いや、失敬失敬。ほんの軽い冗談のつもりだったのだけどね。  そんなに驚いてくれると、嬉しくなるよ」 「はい?」 「どういうコトですぅ?」 「早い話が、この屋敷を譲り渡したいのだよ。他ならぬ、君たちにね」 言って、二葉は窓の外に遠い目を投げかけながら、語り始めた。 どのような意図で、そんな申し出をしたのだろうか。 彼の横顔からソレを読みとることは、蒼星石にも翠星石にも、できなかった。 「この屋敷は元々、僕が、ある男から譲り受けたものでね。  その男の名は、知らない。彼は名乗らなかったし、僕も訊かなかった。  ただ、彼はこう言ったのだよ。  『君に守り役を任せたい』とね」 「守り役って?」 おうむ返しに呟いた蒼星石に、二葉は窓の外を指差してみせた。 双子の姉妹も、一斉に外の景色を振り仰ぐ。 「あの大きな樹が見えるだろう? 蒼星石、最初に君が立っていた丘だ」 「憶えてます。結菱さんが、ボクを迎えに来てくれた場所ですね」 「うむ。守り役というのはね、字の如く、あの樹を見守る役目なのだ。  その男が言うには――まあ真偽のほどは解らないが――あの樹の根は、  とても長くて、世界中に張り巡らされているらしい」 「世界中に? ウソっぽいですぅ」 「姉さん、話の腰を折らないでよ」 蒼星石に諫められて、翠星石はムッと口を噤んだ。 二葉は、一寸、場の空気を落ち着かせるように、ティーカップを口に運んだ。 「蒼星石。君が、かずき君から託された『庭師の鋏』は、だ。  その男から、僕が預かったものでね。そして――」 言葉を切って、二葉が胸の前に両手を掲げた途端、 光を伴い、彼女たちもよく見知った道具が現れていた。 「この『庭師の如雨露』もだ。一対が揃って初めて、守り役は務めを果たせる。  だから、これを……翠星石、君に預けたいのだよ」 「ふぇっ?! わ、私にですぅ?」 「ああ、そうだ。君たち姉妹で、僕の後を継いではくれないだろうか。  君たちなら、きっと良い守り役になるだろう」 半ば押し付けるように差し出された『庭師の如雨露』を、翠星石は手に取った。 微笑む二葉に対して、蒼星石たちは呆気にとられたまま、固まっていた。 先程の冗談など、可愛く思える。あまりの衝撃で、咄嗟に言葉が出てこない。 それでも、蒼星石は気丈に、声を絞り出した。 「もし……ボクたちが守り役を継いだとして、結菱さんは、どうするんですか」   ~もうひとつの愛の雫~  最終話 -前編- おわり 三行で【次回予定】   姉妹に告げられた、ひとつのキーワード。   対をなしていた者から、対となった者へと受け継がれる、対なる物。   そして、二葉が語る、彼なりの目的とは―― 次回 最終話 『永遠』-後編-

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