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【おしまいのゆめのはなし。】」(2007/04/05 (木) 17:28:04) の最新版変更点

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<p>存在の話。今回は+αで次元の話。<br> <br> 存在とはすなわち認識である。<br> 例えば人は、空を見たから空を空と認め、空の存在を認めるのであって、空だと思って見たから空が存在するのではない。<br> また、存在は虚ろである。“あるもの”が存在ならば、認識で存在が左右される存在は虚ろで、幻のごとく消えるものである。<br> 故に、幻想は怪奇と共に語られ、そして現実を時に凌駕し、夢が現に摩り替わる。<br> <br> しかしながら、存在はそんな次元の話ではない。<br> 人間が語る存在の話など、所詮は認識の話である。本来、存在とは、もっと高次元で語られてもいいものなのである。<br> 人は、三次元で生きている。それはつまり、上下、左右、前後に自由に動くことが出来るということである。<br> また同時に、人は二次元と四次元を知覚、正確には推測することが出来る。<br> 二次元は、面。<br> それは頭の中でのみ、存在が出来る。しかし、一次元の点になると、人は認識できない。それは、点を面としか想像できないから。<br> 四次元は、時間を付け足す。<br> この話をすると、何故か人間だって時の中を生きているという人が居るが、それは間違いである。<br> どういうことかといえば、人間は時を自由に行き来できない。四次元の住人であるならば、時も行き来することが出来なければいけないのである。<br> <br> さて。ここで、最初の話に戻る。存在は、次元の違う話だと。つまり、つまり、それは。存在とは、本来あるべき存在とは。<br> <br> ――神さまの、認識(つくった)もの。<br> <br> 「ねえジュン、知っている? 神さまが人間を創ったんだって」<br> 「それは知らなかったね。てっきり人間が神さまを作ったんだと思ってたよ」<br> 「ああ、人間の作った神様が人間を創ったのよ」<br> 「ふぅん。矛盾しているように感じるけどね」<br> 「あら、矛盾なんてしていないわ。神様は時間を自由に行き来できるんだから、神さまにとって最初と終わりは同じことで、無限と零も同じなの」<br> 「無限と零? 最初と終わり? そんなもの、極限まで限りなく微分すれば同じようなものだ」<br> 「だからそう言っているのに。というか、ジュン? 貴方、繰り返された世界って、信じる?」<br> 「ループ世界の話か?」<br> 「正確には、違う。創り直された世界の話」<br> 「たとえば?」<br> 「そうね。例えば、今居る貴方の物語。真紅、水銀燈、翠星石、蒼星石、雛苺、金糸雀、雪華綺晶、薔薇水晶。その皆が、人形だったとしたら」<br> 「人形は、動けない」<br> 「動ける人形なのよ」<br> 「……続けて」<br> 「そして、皆争っている。完全な少女になるために、争っている。複雑な心のうちだけれど、それでも、争っていた」<br> 「過去形だね」<br> 「あら、いけない。そんなつもりはないわ」<br> 「でも、僕の周りに居る皆は、人間だ。普通の、女の子だ」<br> 「そう。貴方の世界には、ローゼンメイデンなんて言葉はない。ラプラスの魔も居ないし、nのフィールドだってない」<br> 「――何の話を、している」<br> 「…………くすくす。本当は知っているくせに。覚えているくせに。ねえ、ジュン。ねえ、ジュン。愛しい貴方」<br> <br> 少女は、唄う。<br> <br> 「――私は、だぁれ?」<br> <br> <br> <br> <br> 【存在と無限。嘘と零。神さまと人間】<br> <br>  ここで、ありえた話をしよう。真紅と、ジュンの物語の話だ。遠い昔だけど、それほど遠くも無いかもしれない昔。<br>  いや、何。簡単な話。本当に簡単。きっと、五秒もかからない。<br>  じゃ、話をしよう。君に伝えよう。本当の話を。あったはずの、物語の名前を。<br> <br>  ――【真紅とジュン】。それが。ありえた。物語の。名前。<br> <br> ‡<br> <br> 「真紅……?」<br> 「――――」<br>  真紅は、微笑んだ。目の前の、従者に。目の前の、相棒に。目の前の、王子様に。<br> 「ジュン」<br>  感情が、暴走する。それは、忘れていたはずの、感情。どうしたのか。どうしたのか。<br>  それは、忘れたのに――それでもなお、強く、昏く、混沌とした、感情。<br> 「私は、」<br>  笑う。くすくす、と。<br> 「貴方が――」<br> <br> <br> →続く<br> <br> <br>  瞼を閉じればすぐに消えてしまいそうな想いの話。<br>  それは例えば、誰かが造った、本人の想いではないかもしれない。偽りとすら、呼ばれるかもしれない。<br> <br>  ──でも残念。それ、真実だから。それ、“嘘”だよ。<br> <br> ∽<br> <br>  真紅は、恋って、つまり熱病みたいなものなのかもしれないと、不安に思い、それでも想ったことを思い出した。<br>  いつまでも続くまどろみ。心地のいい距離。誓ってもいい。あの時、真紅とジュンが共にあった時、世界は幸せだった。<br>  ジュンも、真紅も。二人は二人が好きだったし、ジュンは何も知らなかったし、真紅はこっそり神様に祈っていた。<br>  ふと真紅は、雪華綺晶と会話をしたことを思い出した。神様の話だ。<br> 『真紅は、神様はどんな姿をしていると思う?』<br> 『さあ。形なんてある次元の存在なのかしら』<br> 『うん、そうだね。本当の神様は、存在すら持たないと思う。だけどね──』<br>  それは、雪華綺晶を初めて見た時ではなかったのか。ジュンと薔薇水晶しか知らない、雪華綺晶を。<br> <br> 『──偽物の神様は、人間の形をして居るの。嘘だから』<br> <br>  ……何故か、その言葉は、胸を、責め立てる。罪を、暴こうと、する。真紅のことじゃないのに。真紅のことなのに。<br>  だから、真紅は、たった一つの、嘘も真実も想いも存在も無限も神様も干渉できないそれを、見つけることにした。<br> <br> 「──真紅?」<br> <br>  嗚呼、愛しい。何て、愛しい、人。<br> <br>  雪華綺晶の用意した部屋、いや、もはや、小屋と言ってもいいかもしれない。<br>  そして、それは何故か、裁縫して作られた小屋だった。多分、夏休みの、宿題で作られた、小屋。<br>  だから、ジュンは見た。見たことのない世界を。知らないはずの世界。<br>  そこの世界では、ジュンは、心に傷を負って、殻に閉じこもり、心象世界は荒廃していた。<br>  だけど、出会う。出会った。彼女に。今、この時、大切にしている彼女と同じ彼女に。<br> <br>  そして、ドアが、開いた。<br> <br> 「──ジュン」<br> <br>  ああ、どこか、遠い世界で、彼女をここで見た気がする。<br> <br> ∽<br> <br>  真紅は、感情が高ぶるのを自覚した。<br>  意味もわからなく、懐かしかった。この小屋。片腕を無くし、泣いたことがあった。服を繕ってもらったことがあった。髪を梳いてもらったことがあった。そのどれもに、愛しい彼が、居た。<br> <br>  そして、ドアを、開ける。<br> <br> 「──ジュン」<br> <br>  名前を呼ぶ。感情が暴走した。ありえない、忘れていたはずの感情が、絶え間無く押し寄せる。<br> <br> 「──真紅?」<br> <br>  名前を呼ばれる。思い出す。ジュンと過ごした日々。ジュンの腕に抱かれた時。水銀燈に、嫉妬し、憎悪した日。<br> <br>  ──真紅は、全部、思い出して、しまった。<br> <br> 「私は、貴方が──」<br> <br> 【物語の終わり】<br> <br>  真紅が思い出したとき、雪華綺晶は、気付いた。だから、叫んだ。<br> 「あ、あ、──逃げてッ! ジュン、逃げてえええええッ!」<br> <br> 【もう、遅い】<br> <br>  声がした。少女の声。<br> <br>  ──その声は、水銀燈の憎悪を甦らせた。忘れもしない声だったから。<br>  ──その声は、蒼星石と翠星石を戦慄させた。絶対の圧倒を覚えたから。<br>  ──その声は、雛苺と金糸雀を怯えさせた。ひどく残酷なつまらなそうな声だったから。<br> <br>  だから──薔薇水晶は、叫んだ。嫌な、本当に嫌な、予感をこえた、確信を持ったから。<br> <br> 「ジュン──!」<br> <br>  物語が動く。本来あるべき姿を壊し、<br> <br> 【くすくす、くすくす】<br> <br>  誰も知らない、少女の望む、姿へと動き、<br> <br> 【──忘れ物、見ぃつけた】<br> <br>  歌が、鳴り響いた。<br> <br> <br> <br>  ──声だけが響く。<br> <br> 【待ち望んでいたわ! ずっと、恋い焦がれていたの!】<br> <br>  其は恋する少女の歌。想いを詩に乗せ歌だけ響く。<br>  だけどだけれど、それは世界の知らない歌で、異質かつ不吉かつ不滅な綺麗さを持ち、彼女以外の少女は恐れを抱く。<br>  ああ、駄目だ。世界が、塗り潰される──と。<br> 「な、何なんですか……っ。これは、一体、何だって言うんですか!」<br>  翠星石の声はもはや悲鳴に近い。当たり前だった。おかしいから。世界が、物語が、おかしいのに、平然としてはいられない。<br>  でも、それだって些細な理由だった。本当の理由は、そうじゃない。それは──<br> <br> 「──接続。不可。接続。不可。接続、接続、接続接続接続接続……っ。何で! 何で繋がらないんだ!」<br> 「ジュン! 待って! ──ダメだよ! ジュン!」<br> <br>  それは、よく見知った少女が、よく知っている少年の名前を叫び、必死に彼を助けようとしていたからに違いなかった。<br>  雪華綺晶は必死に“何か”を繋げてジュンを助けようとして必死だったし、薔薇水晶は彼女にしかわからない何かでジュンに呼び掛けるのに必死だった。<br>  鏡に映った彼女たちは、正しく、同じ姿を映していた。ただ、想い人を助けたいという、限りなく純化された姿を。<br> <br> 【夢を見たわ! いつもいつまでも続く楽園の夢! そこでは全てが幸せを歌う。私たちの幸せを歌う!】<br> <br>  だけど、彼女には関係なかった。そんなこと、気にすることでもない。事実、気にしていないのだ。<br>  例え、雪華綺晶が物語の侵食を必死に止めようとしても。例え、薔薇水晶が、ジュンとの繋がりを必死に留めようとしても。<br>  そんなことは、たかだか、零と無限の差でしかないのだ、と。<br> <br> 【嗚呼、愛しい愛しい貴方。貴方は思い出す。そして私は思い出したわ! 運命なんかに負けることのない絆! 失われることのない絆!】<br> <br>  そして、彼女は歌い終える。忘れ物が、見つかったから。<br> <br> 【──だから、ジュン? 貴方は、私を忘れないわよね?】<br> <br> <br>  その時、確かに何かが壊れて、崩れ落ちたのを少女達は感じた。特に、ジュンに近い、雪華綺晶、薔薇水晶は、感じて、理解してしまった。<br>  ──喪失を。決して失われるはずのないものの、喪失を。<br> <br> 「──ふざけるな」<br> <br>  その声は、もしかしたら、世界の侵食だって、停めたかもしれないくらい、深い深い感情を孕んでいた。<br> 「ふざけるな! ジュンを、──真紅を、お前、どこにやるつもりだ!」<br>  水銀燈は、叫ぶ。知っているから。雪華綺晶しか知らない事実は、“間違って”水銀燈も知っているから。<br>  そんな水銀燈だからこそ、相対できた。だって、水銀燈は、ジュンとどこまでも近い。真紅とも、近い。<br>  だから、気付いた。ジュンだけじゃない。真紅も、違うところへ行こうとしている。自分が壊れた原因。その、真実に。<br> 【…………】<br>  その叫びに何を思ったのだろう。彼女は、口を閉じた。そして、<br> <br> 【……あ、あはははははははははははははは】「はははははははははははははは!」<br> <br>  哄笑が響き渡る。どうしようもなく、つまらなそうな哄笑が。<br> <br>  ──だから、気付いたときには、彼女は、そこに居たのだ。最初から、居たかのようにして。<br> <br> 「あ……」<br>  それは誰の呟きだったかわからない。だけど、誰もが同じ気持ちを抱いた。<br>  ──そこに居た彼女は、水銀燈のようであり金糸雀のようであり翠星石のようであり蒼星石のようであり真紅のようであり雛苺のようであり雪華綺晶のようだった。<br> <br> 「今晩は、はじめまして──」<br> <br>  彼女は、とびっきりの笑顔で、名乗った。<br> <br> <br></p> <dl> <dd>【そして、彼女が望んだ物語】<br> <br> 「私は、貴方のことが──」<br>  もう、いい。大丈夫。離れない。私には、私たちには、決して切れない絆がある。<br>  主従の絆。二人の絆。解る理解でない。そういう、ものなのだ。<br>  二つを一つにしたい。身体に触れてほしい。私を感じて欲しい。<br>  なんて純粋な願いだ、と真紅は思う。ただ、それだけがいい。気高いと、誇らしいとさえ思う。<br>  ──事実だ。それは、誰だって思う、一つになって、幸せになりたいと思う、とても美しい真紅に相応しい心だった。<br> <br>  だから、彼女は、あの時と同じ台詞を囁く。<br> <br> 「好きよ、ジュン」<br> <br>  ──だからもう、離してあげない。<br> <br> ∽<br> <br> 「私の名前は──」<br>  誰もが息をのんだ。それくらい、彼女は美しかったから。<br>  それも当然。だって彼女は──完璧な“少女”だったから。<br> <br> 「──アリス。アリスと呼んでくださいな。くすくす」<br> <br> <br> <br>  “少女”の話をしよう。御伽話だ。<br>  昔、と言っても、御伽話の昔のことだけど、七人の乙女が、たった一人の少女になるために遊戯をした。その遊戯の名前は、【アリスゲーム】と呼ばれた。<br>  乙女たちにはパートナーが居た。ミィーディアムと呼ばれる人。彼らは、絆で結ばれていた。<br> <br>  ……そして、決まった。七人の乙女は、一人の少女になった。<br> <br>  だけど。それは少女になった彼女の本意でなかったし、少女のパートナーの望んだことでなかった。<br>  彼は望んだ。こんな世界は嫌だ。あいつらの居ない世界なんて、間違っている。<br> <br>  だから──<br> <br> 【ローゼンメイデンが普通の女の子だったら】と、彼は願った。<br> <br>  願って、願って──願いが叶った。その願いは、少女が叶えたから。完璧な“少女”は、そんなことだって、出来た。<br> <br>  そして、そして、彼女たちの物語は、始まった。普通の女の子たちの、物語が──。<br> <br> 【……まあ、私の望む物語とは、ズレたのだけど】<br> <br>  いつからだろう。それは無限の未来の過去の話のように感じるし、極限まで零に近づけた過去に近い未来の話みたいに思う。<br>  桜田ジュンの望んだ世界が作られたのは、実のところつい最近だった。<br>  さらに言えば、彼女は【ローゼンメイデンが普通の女の子だったら】という願いしか、叶えられなかった。<br>  ……だから、やっぱり、本来の物語は、【真紅とジュン】だったに違いないのだ。彼女と、彼女のパートナーの物語。<br> <br>  まあ、結論から言えば。“運命”の出会いが、物語を決定したのだけれど──。<br> <br> <br> <br> 「──そう、運命! 嗚呼、何て忌まわしい言葉! そんなものがあるから、そんな世界があるから、私は失敗した!」<br>  許せない、許せない、許せない! 彼女は歌う。憎悪の歌を!<br> 「貴方は安易な言葉に、運命なんていう、たかだか世界程度の力に翻弄されているわ! ねえ雪華綺晶! ……あ、あはは、ダメ。はしたないわね。ごめんなさい。嬉しくて」<br>  きっと、ここに居たら、ジュンは、彼女をかわいいと褒めていただろう。だって、ジュンは、彼女が好きだから。<br>  もちろん、アリスをだ。アリスになった、彼女を。<br>  ……だから、誰も喋ることが出来なかった。アリスの言いたいことが、自分の言っていることのように思えたから。納得してしまったから。<br> <br> 「──それは違うよ。アリス」<br> <br>  そう。もしも仮に本当に、アリスという少女が、七人の少女であるなら。あるならば、<br> <br> 「ジュンの、私たちへの、それは真紅も、水銀燈も、他の皆も、含めて、皆への想いは、そんな場所にないよ。もっと高潔で、誰にだって穢すことなんて出来ない。<br>  ──あまり、私のジュンを馬鹿にしないでくれる? 私の恋人は、私たちの物語は、貴方みたいに壊れてない」<br> <br>  あるならば──薔薇水晶は、違う。七人の少女の中に、唯一居なかった存在だった。嘘だったのだ。<br>  水銀燈だって、雪華綺晶だって、強い抵抗をすることはできる。でもそれは抵抗で、否定では、なかった。根本の価値を崩す否定ではなかったのだ。彼女たちは、アリスから別れ生まれたから。<br>  だから世界が崩される。偽りの神さまの世界を、神さまが、唯一作れなかった、薔薇水晶が、壊した。<br> 「……ふぅん?」<br>  アリスの瞳の色が変わる。<br> 「ああ、貴方──」<br> <br> 「いらないわよね?」<br> <br>  夢が、終わる。神さまの気まぐれで。神さまの、嫉妬で。<br> <br> <br>  今鏡の中に薔薇水晶は居る。何故か、と言われれば、雪華綺晶と薔薇水晶はそういう存在だから。<br>  だから、彼女たちの周りには、いつも鏡がある。それはガラスだったり、水面だったり。<br>  ……だから、誰も反応することが出来なかった。気付けなかったのだ。<br>  それは一瞬のことで、瞬きする間に、決まっていた。<br> 「あ、れ……?」<br>  薔薇水晶は、疑問に思う。どうしてだろう。今の今まで、鏡の中に居たのに。それにどうして、アリスも居ないんだろう。自分を殺そうとしていた、アリス。<br> 「ああ、それは素晴らしい選択だわ。雪華綺晶」<br>  ひどく満足そうなアリスの声。でも、あれ? 何で、鏡の中から、聞こえるんだろう?<br> 「ぁ、あ、ぁあ……」<br> 「──雪華綺晶?」<br>  何が起きてるんだろう。鏡の中は、いつだって楽しそうな雪華綺晶が映っていたのに。<br> <br>  何で、雪華綺晶が、苦悶の表情を浮かべて──<br> <br> 「させない……。絶対に、薔薇水晶に手出しなんかさせない……ッ。ジュンにだってそうだッ。そんなことをしてみろ! 私は、お前を、八つ裂きにしてやる──!」<br> 「……あはは。よくもまあ、捕らえられてなお、そんな口が聞けるのね。すごいわ」<br>  アリスは、やっぱり何の他意もなかった。ただ、眩しそうに目を細めた。<br> 「いいわ。“本来の目的”である雪華綺晶は、手に入ったし──ラプラス。後は、ジュンと、真紅を連れてきてくれるかしら?」<br> 「はい」<br>  どこに居たのだろう。ラプラスは、そこに居た。ジュンと真紅を抱えて。<br> 「お前──!」<br>  水銀燈が走る。何も考えていない。自分の大事な二人に触られるのが、どこかに連れていこうとする手が、どうしようもなく嫌だった。<br> 「──じゃあ、帰るわ。さようなら」<br>  その声は、やっぱり、どうでもよさそうだった。<br> <br> <br></dd> <dd>【 ……そして、 】<br> <br> 「薔薇、水晶」<br> <br> 【 雪華綺晶は、 】<br> <br> 「──待って!」<br> <br> 【 悲しそうに、微笑んで、 】<br> <br>  薔薇水晶が、手をのばす。だけど、届かなくて──<br> <br> 「──ごめん、ね? 一人に、しちゃって」<br> <br> 【 物語から、姿を消した── 】<br> <br> †<br> <br>  後には静寂が残る。ジュンは居なくなった。雪華綺晶も居なくなった。<br> <br>  なら、自分は今、絶対的に独りだった。<br> <br> 「あ、」<br> <br>  嫌だ。独りは嫌だ。独りだけは、嫌──!<br> <br> 「ああああああああああああああああああああああ! いやああああああああああああああああああ! ジュン! 雪華綺晶! いやあああああああ!! 行かないでええええええ──」<br> <br>  彼女は泣き叫んだ。だから、皆が慰めた。……だけど、彼女が慰めてほしい人は、そこには居なかった。<br> <br></dd> <dd><br> <br>  ひっそりと物語から消えた桜田ジュンの話。<br> <br> 「好きよ、ジュン」<br> <br>  真紅はそう言った。<br> <br> 「ああ、」<br> <br>  だから、ジュンは答えた。<br> <br> 「僕も、君のことが好きだよ、真紅」<br> <br>  ──世界が、終わりに向かって歩いていく。<br> <br> †<br> <br> <br> <br>      ──誰も泣いてる少女の気持ちなんてわからない。<br> <br> <br></dd> <dd> <p><br> <br> <br> <br> <br> 【薔薇水晶と、   と、    】<br> 【冷凍庫の心の中の氷の中の水晶の中の白い少女と少女である少女】<br> <br> 「あはは、あはは、あはは」<br>  少女は笑う。物語を壊してなお、楽しそうに。<br>  それは、誰から見たって、狂ってる光景。狂人も聖人も誰も彼もが彼女が狂ってるという。<br>  ──もちろん、それは、事実なのだけども。<br>  それは、そうだ。彼女は、本来この物語に関わるべき存在じゃない。彼の夢を、永遠に彼に気付かれない隣に居るべきだった。<br>  もっと言えば、少女はそうするつもりだった。<br>  ……だから、何時からなのか、わからない。少女が狂ったのは。<br>  それは、ラプラスと呼ばれる男と出会ってからなのか。<br>  それは、この世界での、何故か、普通の少女に存在しなかった(うまれなかった)雪華綺晶と呼ばれる少女に出会ってからか。<br>  はたまた、ジュンが、雪華綺晶に出会い、水銀燈に出会い、そして──<br> (やめて、おきましょう)<br>  ひどく、その先にある思考が嫌だった。忘れたかった。自分に、どうしようもできないことがあるのを、認めたくなかった。<br>  “彼女”の、自分を断罪した時の瞳。あれは──自分が失ってしまった、純粋に想った瞳だ。<br>  失ってしまっても、絆は切れないけれど。だけど、羨ましいと思い、嫉妬する心だけは、目を背けることが出来そうになかった。<br> 「──そんなもの、当たり前でしょう?」<br> 「あら、目が覚めたの?」<br>  もう一人の、“彼女”と対の少女は答えず、言う。<br> 「薔薇水晶は、私の恋心から生まれたわ。それは、ジュンが願った想いにだって負けないくらい、綺麗な想いよ。<br>  ──だから、貴方が、過去と存在しえなかった違う物語の未来に縋り付いたって、どうしようもない。薔薇水晶は、ただただジュンを想っているだけだから」<br> 「…………あは」<br>  まったくその通りだ、とアリスは納得する。なら、そう、勝てないのは、しょうがないのかもしれない。<br> 「だけどね、雪華綺晶」<br> 「…………」<br>  返事をする気はないようだった。かまわず続ける。<br> <br> 「だけど──だからこそ私は、この物語で、未来を目指すことにしたの」<br> <br>  ──だって、そのための忘れ物なのだもの。くすくす。<br> <br>  独りぼっちの彼女の話をしよう。<br>  彼女は、生まれてから、たった三度を除いて常に彼と共にあった。言い換えるならば、三度の孤独を味わった。<br>  一度目は、彼と、出会った時。ただ、少女が雨に打たれて泣いていた時。少女が、この物語に生まれた時。<br>  それは、運命だった。運命、だったのだ。誰が決めたのではない。二人は、自然に惹かれあった。<br>  だから、運命は、世界の選択じゃない。偽りの神さまは知らなかったけど。<br>  だって、彼が教えてくれたのだから。【運命】とは、何なのか、と。<br> <br>  ──だけど、今、少女は、独りぼっちだ。<br> <br>  少女は独りで居ることに耐えられない。独りは、死んでしまう。少女は、彼と、彼女が居なければ、こんなにも弱い。<br>  とてもとても恐い神さまに立ち向かえたのだって、二人が居たからだ。二人が居たから、少女は強くなれるのだ。<br> <br>  二度目は、雪華綺晶に存在を譲り渡して、鏡の中に閉じこもった時。しあわせのはなしをした時。<br>  少女は、逃げたのだ。ジュンの想いと、雪華綺晶の想いがわかったから。全て、理解したから。<br>  だから、きっと、鏡の中は、違う物語だったに違いなかった。しあわせは、なかった。<br> <br>  ──そして、三度目。それは、少女しか知らない、孤独の時。<br>  ジュンも知らない。雪華綺晶ですら知らない。誰も知らない、彼女だけの秘密。<br>  これを話す機会はないだろう。少女はずっとそう思っていた。だって、少女は幸せだったから。<br> <br>  だから、今こそ、三度目の孤独の話をしよう。彼女の、愛しい夢と、赦されざる現の話を。<br> 【閑話 ─ある四人の少女たち憂鬱─ 】<br> <br> 「どう、したらいいのかな」<br> 「そんなこと言われても、わかんないですぅ……」<br> 「そうね。わからないわ。あんな非常識な、事態なんて」<br> 「でも、雪華綺晶は、ううん、あの三人は、何時だって非常識だったわ。……私は、そんな三人が、好きなの」<br> 「雛苺……」<br> 「ふんっ、そんなの、翠星石だってそうですよ。見ていてムカつきまくりなのを除けば、本当に、見ていて楽しいんですから」<br> 「あはは、翠星石の気持ちわかるよ。僕も、実はムカついてたりする」<br> 「うわ、何か双子ペアからどす黒くも清らかな笑顔が飛び出してるのかしら!?」<br> 「怖いのー」<br> 「──ま、悩む必要も、なかったのかな」<br> 「そうですね。でも、たぶん、……洒落にならないでしょう」<br> 「だけど、私たちは、仲間よ。放ってなんて、おけないかしら」<br> 「ええ。真紅だって、助けなきゃいけないの」<br> 「うん、わかった。じゃあ、行こう。助けに。僕たちの仲間を、助けに──」<br> <br>  ──誰だって、どうしようもないことがあるのは知ってる。だけど誰もがそれにあがけるわけではない。<br> <br> †<br> <br> 【閑話 ─ある一人の少女の憎悪─ 】<br> <br> 「──見つけた」<br>  少女は辿り着いた。自分の最愛の人と、最愛の友人と、最も忌み嫌うものが居る場所へ。<br> <br>  ──だから黒衣の天使は歩き出す。<br>  では、薔薇水晶の話をしよう。寂しがりやで、嫉妬深くて、雪華綺晶が大好きで桜田ジュンのこと愛している彼女の話だ。<br>  薔薇水晶の、三度目の孤独の話をするのならば、まず【薔薇水晶とジュン】の物語の話、それも、出会ってすぐの時期について話さなければならない。<br>  その期間は、薔薇水晶とジュンにとって、あまりに甘美な時間で、二人だけの秘密とでも言えばいいのか、二人は、二人の世界に居た。<br>  ジュンは、水銀燈を傷つけることでしか救うことが出来なかったことに嘆いていたし、薔薇水晶は、ジュンが嘆いていることが悲しかった。<br>  これは、その時交わされた約束の話だ。しあわせの約束。……不変の、誓い。<br> <br> ∽<br> <br> 「私は、ジュンが好き」<br> 「僕は、薔薇水晶が好きだ」<br> 「だから、しあわせをくれるの?」<br> 「違う。二人が二人を好きだから、しあわせが訪れる」<br> 「しあわせは、変わらないものなの?」<br> 「変わらない。変わらせてなんか、やらない」<br> 「ジュンは──」<br> 「え?」<br> 「それなのに、泣いているの? しあわせなのに、泣いているの?」<br> 「────」<br> 「うん、ごめん。ごめんなさい、ジュン。わかった。わかったよ。ジュンが、私に、しあわせをくれると言うのなら、私は、ジュンに──」<br> <br>  誓い。生まれたての彼女の、最も純粋な誓いだった。<br> <br> ∽<br> <br>  誓いは、果たされている。一度を除いて、果たされている。<br>  それはもちろん、薔薇水晶の想いの証明であり、そして、やはり、誓いなのだ。決意。変わらぬ意志。<br>  ──さて、それでは、孤独の話をしようか。意志が、たったの一度だけ、崩れた時の話を。<br> <br>  ──この話は、薔薇水晶が気付いただけの話だ。<br>  雪華綺晶が、幸せで幸せで幸せそうであればあるほど、時折ふと、不安を見せるのに気付いたり、水銀燈が、ジュンを見る目がー情愛ではなく、縋るような目だということに、気付いて、そして、<br> <br>  そして──真紅と、ジュンの交わす視線には、決して言葉で表現できない、深い何かがあることに、気付いただけ。<br> <br>  あまりにも自然だから、判っていなかった。後に、アリスという少女が伝えるように、二人には、絆があったのだ。薔薇水晶でさえ、中々気付くことの出来ない強い絆が。<br>  薔薇水晶は、どうしたらいいかわからなくなった。別に、どうする必要もなかったはずなのだけど、どうにかしなければいけないという直感が働いた。<br>  水銀燈の時でさえ不安になっただけだったのに、【真紅とジュン】のことを思うと、胸が壊れてしまいそうだった。<br> <br>  ──そして、その夜、夢を見た。とても美しい、絆の、夢を。<br> <br>  多く語ることはない。ただ、絶対に切れない絆を見ただけだ。薔薇水晶は、そういうものを、“視る”ことが出来たから。<br>  そして、意志は、ただの一度も破られたことのない誓いは、壊れた。<br>  その翌朝、目が覚めて、ジュンを強く抱きしめた。泣きながら抱きしめて、それでもなお、身体の震えは止まらず、ジュンと、雪華綺晶に慰められ続けた。<br> <br>  それだけ。薔薇水晶が、しあわせなしあわせな薔薇水晶が、孤独を感じ、震えて泣き出してしまうほどの絆が存在していた、という話。<br> <br> †<br> <br>  つまるところ──アリスの天敵が、薔薇水晶であるのならば、薔薇水晶の天敵もまた、真紅という少女なのだ。<br>  絆と、しあわせ。二人はそれぞれ、ジュンと確かに繋がっていて、だから、判る。<br> <br>  この物語の、王子様のことを。<br> †<br> <br>  ジュンは目を覚ました。<br> <br> 「──おはよう、ジュン」<br> <br>  にっこりと、魅力的な笑顔を見せる彼女は、まるでお姫様みたいだな、と思った。<br> <br></p> </dd> <dd>【そして、だから、彼女は】<br> <br> 「──お父様、居るんでしょう?」<br>  薔薇水晶は、槐の家に来ていた。彼女は、知っていたから。槐が、あちら側に居たことを。<br> 「……隠していた、つもりだったんだが」<br>  槐が現れる。とても、つらそうな顔だった。<br> 「そんなのは、どっちでもいいの。お父様はお父様だし、お父様の愛情を疑ったことはないよ」<br> 「嬉しいことを言ってくれる。──これで、あのクソガキのためにここに来たんじゃなければ、万々歳なんだが」<br> 「教えて」<br>  薔薇水晶は、ただ簡潔に言う。<br> 「ジュンの居るところの、攻略方法。ジュンの居る場所なら、判るから」<br> 「攻略方法って──いいか、薔薇水晶。これは、そういう次元の話ではない。普通の女の子には、無理な話なんだ」<br>  諭すように、槐は言う。槐は知っていたから。完璧な少女の圧倒を。<br>  だけど、それでも、薔薇水晶は、揺るがなかった。<br> 「そんなのは、関係ない」<br>  確かに、すごい絆だと思った。ジュンが盗られてしまうんじゃないかと怖くて怖くて仕方がなかった。<br>  だけどそれは違う。それは、違ったのだ。瞳を閉じただけで視える。自分と、ジュンの繋がり。<br>  そう。決して、繋がりは、途絶えたけとなど、ない。自分とジュンは一つだと、胸をはって言える。<br> 「それに──」<br>  そう、それに、だ。<br> <br> 「──私、めちゃくちゃ嫉妬深いんだよ、お父様? ジュンが他の女の子と居るだけで、狂ってしまいそうなほどに、ね?」<br> <br>  それは、とても強い意志(ちかい)の宿る言葉だった。だからもう、槐の答えは決まっていた。<br> 「……判ったよ。あのクソガキはどうでもいいが、マイスイート雪華綺晶を助けて来てくれ」<br>  薔薇水晶は、笑顔で答えた。<br> <br> ∽<br> <br>  さあ、神さまが世界を壊すなら、私たちで世界を作ろう。──泣いている女の子は、誰だってしあわせを手にできる。<br> <br></dd> <dd> <p><br>  壊れることについて。そもそも、人間が壊れるというのは、どんな意味を持つのか。<br>  それは、物理的な破壊か、それとも、精神的な破壊か。はたまた、抽象で語るべき破壊なのか。<br>  では、水銀燈という少女について観察し、考察してみよう。彼女は、この物語において、少し特殊な立場にある。<br>  彼女は、“本当のこと”を知っているし、桜田ジュンともとても近い。また、薔薇水晶に姉と呼ばれるし、雪華綺晶がジュンに近づくと過剰に反応する。<br> <br>  そして、何より、彼女は、真紅と、一番仲が、いい。<br> <br>  別に、意図したわけではなかったのだろう。アリスとなった彼女は、心のどこかで罪悪を未だに感じていたのかもしれない。<br>  夢でうなされ現でうなされ、アリスはそれだけ姉妹であるところの水銀燈が大事だった。<br>  仲がいいのか、と聞かれれば、そうではない。だけど、そういう問題でもない。嫌いでも、大事なものはある。アリスが水銀燈を嫌いかどうかは別として。<br>  だから、だから、アリスはこっそり教えてしまったのだ。本当のこと。【雪華綺晶】のことを。登場人物が、知る必要の無いことを。<br>  でもそれは禁忌。世界の根幹は、それだけで壊れる。アリスは、真実を甘く見ていた。真実は、それだけであらゆる上位に来る。神様だって、真実を覆すことは出来ない。真実を倒せるのは、嘘だけだ。<br>  ……ああ、話がそれてしまった。話を戻さなくては。<br>  じゃあ、水銀燈は、何で壊れたのか。そもそも、壊れる必要が出来たのは、どこにあったのか。<br>  省みるに、それは真紅のせいだった。真紅が、日常を破壊していたのだ。既に。ジュンと、普通の再会を果たして、結ばれた時に、破壊された。絶望した、と置き換えてもいい。<br>  そのままだったら、別ベクトルの結末が待ちうけていた。だけど、そうはならない。水銀燈は、ジュンと一つになろうとして、真紅を守ろうとする。<br>  それは、何故か。簡単。本来の物語を良しとしない神さまが居たから。<br> <br>  神さまは、そうやって、水銀燈を、助けたのだ――。<br> <br> ‡<br> <br> 「ああ、水銀燈が、来たわ」<br>  アリスは歌う。<br> 「大丈夫。私が行くわ。え? 何でって、ほら。私は、ずっと待っていたんだもの」<br>  アリスは歌う。<br> 「――だって、水銀燈は、必要でしょう? 貴方に」<br>  アリスは、歌う。笑いながら。<br> <br>  歩く。そこは監獄だった。窓の一つも無い。白い壁白い床白い天井。真っ白で塗りつぶされた監獄。<br>  ふと、自分がどこに居るのかわからなくなってしまいそうだ。完全な白の世界。それは、地獄とか、天国とかと、何の違いがあるのだろうか。<br>  つまり、異常なのだ。存在するものの、精神を乱す。しかも、その異常は美しさを持っているから性質が悪い。<br> 「私には、関係ないけど」<br>  精神はとっくに壊れている。壊されている。真紅とジュンに助けてもらったから、壊れていたって、もう大丈夫だけど。<br>  それよりも、おかしい。この空間は、廊下しかないのだろうか。先ほどから長い間歩いている気がするが、部屋の一つも見当たらない。いや、ドアがないのだ。<br>  そのくせ、道は一本道だ。まるで、余計な寄り道はするなとでも言わんばかりに。<br> 「……案外、そう言っているのかしらねぇ」<br>  せっかく色々と用意してきたのに、その用意が無駄になってしまいそうだ。<br>  といっても、水銀燈が用意したものは物騒なものばかりだったから、無駄になった方がよかったのかもしれなかった。<br>  彼女は、“こういう”事態が予測できていたから、備えた。いつ何時、どんな時だって、自分の大切な者を守れるように。<br>  水銀燈は、確かに普通の女の子だった。だけど、別に普通の女の子が何も出来ないわけではないのだ。<br>  剣を持てば、相手を斬る事が出来る。銃を持てば、相手を撃つことが出来る。慈愛を持てば、相手を癒すことができる。<br>  故に、水銀燈は、決して無力な女の子ではなかった。<br> <br>  ――だからその時、一歩を踏み出そうとした、その時、彼女は、気づくことが、出来た。<br> <br> 「…………ッ」<br>  飛びのく。直感がした。今、一歩を踏み出そうとすれば、嫌なことが起きる。進めば、もう戻れない。<br>  水銀燈は、剣を構える。何故かは知らないが、一番しっくりくるのだ。後は、黒い翼でもあればいいのだが、と思う。何故かは、やっぱりわからないけれど。<br> 「…………」<br>  極度の緊張状態。得体が知れない。一瞬でも気を抜けば、“連れて”行かれそうだった。<br> 「――そこ!」<br>  何もないはずの虚空に剣を振るう。一閃。そして、何かが、崩れ落ちる音がする。<br> 「…………え?」<br>  水銀燈は、目を瞠る。何だ。何が、起きた? 今、何を、自分は、見ている?<br> <br> 「あら、水銀燈。こんなところで、何をやっているの?」<br> <br>  ――忘れ物はありませんか? 何故か、そんな声が水銀燈には聞こえた。<br> <br></p> </dd> <dd>「――真紅?」<br>  声が震える。真紅。真紅だ。目の前に居るのは、確かに、自分の親友である、真紅。<br> 「何、化け物でも見たような顔をして。ひどいわね」<br>  真紅。そう、助けに来た。真紅を、助けに来たのに、<br> <br>  ――なんだ、この、どうしようもない、喪失感は。<br> <br> 「ほら、水銀燈。呆けていないで、何か言いなさい。というか、そんな物騒なものを持って、どうかしたのかしら?」<br>  仕草、言動、その全てが、目の前の少女は真紅だと語りかけてくる。間違いないはずだった。<br> 「真紅、よね?」<br> 「そうよ?」<br>  間違いない。確かに、間違いなかった。間違いは、ないはずなのに、<br> 「――違う!」<br>  だけど、だけれど、……自分は、それを信じることが、出来ない!<br> 「何が?」<br> 「何が、じゃない! お前、真紅じゃないのに、何で真紅なんだ!」<br> 「……変なことを言う子ね。難しくて、私にはよくわからないわ」<br> 「嘘だ! お前、お前と対峙したこの感じ、……いや、この感じ、真紅。違う、だけど、お前は、お前は――!!」<br> <br> 「……ふう、やれやれ。わかるはずでは、ないんだけど、ね」<br>  それは、彼女の声でなく、“彼女”の声だった。<br> <br> 「――がッ!?」<br>  瞬間。精神に、とてつもない圧力がかかる。<br> 「本当に、何なのかしら。でも、私は嬉しいわ。水銀燈と真紅の間には、そういう絆があるってことだものね?」<br> 「……ふざ、けるなッ」<br> 「やり直し。やり直しね。そうしましょう?」<br>  そして、水銀燈は、意識を失う直前。彼女が、語りかけるのを見た。<br> <br> 「そうしましょう――ジュン?」<br> <br></dd> <dd> <p>  実験は失敗。彼女は嘆息した。まだ、固定できていないんだろうか。慣れるまでに時間がかかる。<br>  もっとも、原因としては、自分があまりにかけ離れすぎているからなのだろうか。多分、そうなんだろう。<br>  それを自覚するために心が痛むが、かまわない。心が痛むのならば、彼に癒してもらおう。彼の傍に居るだけで、自分は【幸せ】になれる。<br> <br> 「ねえ、ジュン。――抱っこして頂戴」<br> <br>  とにかく、甘えよう。うん。それが、いい。<br> <br> ‡<br> <br> 【雪華綺晶】<br> <br>  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。<br> <br>  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。<br> <br>  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。<br> <br>                                              ――うん。わかったよ。ジュン。<br> <br> ‡<br> <br>  そして、八人の少女が集う時が来る。<br> <br></p> </dd> <dd> <p><br> <br> 真っ白な嘘が真っ黒な現実に塗りつぶされる。</p> </dd> <dd> <p><br> <br> <br> 携帯のベルが鳴る。音が鳴る。夢が鳴る。<br> <br> 「ああ、貴方はそれでも私に気づこうとしないのね」<br> <br> 嘆く言葉は水に消える。吸い込まれる。空気圧を上げよう。温度も上げよう。だけど熱は逃がさずに。<br> <br> 「私は貴方が好きなんです。いつ好きになったかはわかりません。私は彼女に嫉妬します。私は彼女たちに嫉妬します。だけど私は私に嫉妬します」<br> <br> 月が踊る。星は気にしなかった。だけど雲は隠してくれた。だから月明かりも星明りも太陽に置いていかれた。<br> <br> 「世界の扉は一つでした。私が全部壊してしまったの。ねえ、大変。あふれ出る零れ出る想いは、どこに映せばいいのかしら」<br> <br> 無駄話を妖精がする。妖精の言語はバラバラで世界のカケラを繋ぎ合わせてもきっと通じない。通じ合うことなんて、幻のような奇跡のような、結局は嘘。<br> <br> 「ああ、だけどだけど、貴方は忘れ物をしたわ。忘れ物をしてしまったのね。可哀想。可哀想な貴方。忘れ物をして、私のことをお忘れになったの?」<br> <br> 少女が泣く。泣いて泣いて、求めて求める。凪の中で風が生まれる。神さまの中で夢が終わる。現実の中で物語が始まる。<br> <br> 「忘れ物。……ね、だから、あは、ねえ、貴方?」<br> <br> <br>  ――だから、この話は、ほんの少しを残して、おしまい。<br> <br> <br> 「――忘れ物、見つかりました?」                    ……忘れ物、わーすれた。</p> </dd> </dl>
<p>存在の話。今回は+&alpha;で次元の話。<br /> <br /> 存在とはすなわち認識である。<br /> 例えば人は、空を見たから空を空と認め、空の存在を認めるのであって、空だと思って見たから空が存在するのではない。<br /> また、存在は虚ろである。&ldquo;あるもの&rdquo;が存在ならば、認識で存在が左右される存在は虚ろで、幻のごとく消えるものである。<br /> 故に、幻想は怪奇と共に語られ、そして現実を時に凌駕し、夢が現に摩り替わる。<br /> <br /> しかしながら、存在はそんな次元の話ではない。<br /> 人間が語る存在の話など、所詮は認識の話である。本来、存在とは、もっと高次元で語られてもいいものなのである。<br /> 人は、三次元で生きている。それはつまり、上下、左右、前後に自由に動くことが出来るということである。<br /> また同時に、人は二次元と四次元を知覚、正確には推測することが出来る。<br /> 二次元は、面。<br /> それは頭の中でのみ、存在が出来る。しかし、一次元の点になると、人は認識できない。それは、点を面としか想像できないから。<br /> 四次元は、時間を付け足す。<br /> この話をすると、何故か人間だって時の中を生きているという人が居るが、それは間違いである。<br /> どういうことかといえば、人間は時を自由に行き来できない。四次元の住人であるならば、時も行き来することが出来なければいけないのである。<br /> <br /> さて。ここで、最初の話に戻る。存在は、次元の違う話だと。つまり、つまり、それは。存在とは、本来あるべき存在とは。<br /> <br /> ――神さまの、認識(つくった)もの。<br /> <br /> 「ねえジュン、知っている? 神さまが人間を創ったんだって」<br /> 「それは知らなかったね。てっきり人間が神さまを作ったんだと思ってたよ」<br /> 「ああ、人間の作った神様が人間を創ったのよ」<br /> 「ふぅん。矛盾しているように感じるけどね」<br /> 「あら、矛盾なんてしていないわ。神様は時間を自由に行き来できるんだから、神さまにとって最初と終わりは同じことで、無限と零も同じなの」<br /> 「無限と零? 最初と終わり? そんなもの、極限まで限りなく微分すれば同じようなものだ」<br /> 「だからそう言っているのに。というか、ジュン? 貴方、繰り返された世界って、信じる?」<br /> 「ループ世界の話か?」<br /> 「正確には、違う。創り直された世界の話」<br /> 「たとえば?」<br /> 「そうね。例えば、今居る貴方の物語。真紅、水銀燈、翠星石、蒼星石、雛苺、金糸雀、雪華綺晶、薔薇水晶。その皆が、人形だったとしたら」<br /> 「人形は、動けない」<br /> 「動ける人形なのよ」<br /> 「&hellip;&hellip;続けて」<br /> 「そして、皆争っている。完全な少女になるために、争っている。複雑な心のうちだけれど、それでも、争っていた」<br /> 「過去形だね」<br /> 「あら、いけない。そんなつもりはないわ」<br /> 「でも、僕の周りに居る皆は、人間だ。普通の、女の子だ」<br /> 「そう。貴方の世界には、ローゼンメイデンなんて言葉はない。ラプラスの魔も居ないし、nのフィールドだってない」<br /> 「――何の話を、している」<br /> 「&hellip;&hellip;&hellip;&hellip;くすくす。本当は知っているくせに。覚えているくせに。ねえ、ジュン。ねえ、ジュン。愛しい貴方」<br /> <br /> 少女は、唄う。<br /> <br /> 「――私は、だぁれ?」<br /> <br /> <br /> &Dagger;<br /> <br /> <br /> 「――あれ?」<br />  ジュンは、目が覚めた。目が、覚めた。そして、何か頭の下が柔らかかった。<br /> 「あら、起きたの、ジュン」<br /> 「真紅&hellip;&hellip;か?」<br /> 「ええ、そうだけど。まだ、寝ぼけているようね。うなされていたようだし――何か、嫌な夢でも見たのかしら」<br />  嫌な、夢。ジュンは、夢を見ていたんだろうか。変な世界にいた気がする。こことは違う、見たこともないような、秩序も意味もない、ただの心象のような、混迷とした。<br />  そう、そこで、誰かと、ジュンは話していた。ジュンは、話していた。とても、親しそうに、とても、楽しそうに。<br /> 「なあ、真紅。&hellip;&hellip;人形って、動くのか」<br /> 「人形って&hellip;&hellip;たとえば、どんな種類の?」<br /> 「アンティークド-ル、かな」<br /> 「ふぅん。さあ、どうでしょうね。私は動いているところを見たことはないけれど、動くかもしれないわね」<br /> 「それは、何故?」<br /> 「アンティークっていうくらいだから、長い間大切にされてきたわけでしょう。ということは、その分、その人形には、想いが込められているのよ。だから、あるいは」<br />  動くかもしれないわね――と、真紅は微笑みながら、言う。そして今更ながら、ジュンは真紅に膝枕されていることに気づいた。<br />  少しの気恥ずかしさを感じたが、真紅が頭をなでてくれていたから、安心できて、だから、もっとこのままでいたいと思った。<br /> 「それに――」<br /> 「え?」<br /> 「私も、夢を見たのよ、ジュン。人形たちが動いている夢」<br />  &hellip;&hellip;真紅が微笑む。<br /> 「私が人形で――戦っていたわ。それで、ジュンは私のパートナー」<br />  それは、頭の中に細部まで描ける物語だった。笑い声が、いつもあって、だけど、涙することもあって――本当に、そう。それは、素敵な物語だった。<br />  &hellip;&hellip;だから、だから、そう。物語が終わってしまったとき。ハッピーエンドじゃなくて、ただ、二人を残して終わってしまったとき。</p> <p> みんなみんな、居なくなってしまったとき――ジュンは、真紅は、選択を、した。</p> <p>「ねえ、ジュン。いきなりで、申し訳ないんだけど」<br /> 「え?」<br /> 「私ね――」<br /> <br /> &Dagger;<br /> <br /> 【存在と無限。嘘と零。神さまと人間】<br /> <br />  ここで、ありえた話をしよう。真紅と、ジュンの物語の話だ。遠い昔だけど、それほど遠くも無いかもしれない昔。<br />  いや、何。簡単な話。本当に簡単。きっと、五秒もかからない。<br />  じゃ、話をしよう。君に伝えよう。本当の話を。あったはずの、物語の名前を。<br /> <br />  ――【真紅とジュン】。それが。ありえた。物語の。名前。<br /> <br /> &Dagger;<br /> <br /> 「真紅&hellip;&hellip;?」<br /> 「――――」<br />  真紅は、微笑んだ。目の前の、従者に。目の前の、相棒に。目の前の、王子様に。<br /> 「ジュン」<br />  感情が、暴走する。それは、忘れていたはずの、感情。どうしたのか。どうしたのか。<br />  それは、忘れたのに――それでもなお、強く、昏く、混沌とした、感情。<br /> 「私は、」<br />  笑う。くすくす、と。<br /> 「貴方が――」<br /> <br /> &Dagger;<br /> <br />  瞼を閉じればすぐに消えてしまいそうな想いの話。<br />  それは例えば、誰かが造った、本人の想いではないかもしれない。偽りとすら、呼ばれるかもしれない。<br /> <br />  ──でも残念。それ、真実だから。それ、&ldquo;嘘&rdquo;だよ。<br /> <br /> ∽<br /> <br />  真紅は、恋って、つまり熱病みたいなものなのかもしれないと、不安に思い、それでも想ったことを思い出した。<br />  いつまでも続くまどろみ。心地のいい距離。誓ってもいい。あの時、真紅とジュンが共にあった時、世界は幸せだった。<br />  ジュンも、真紅も。二人は二人が好きだったし、ジュンは何も知らなかったし、真紅はこっそり神様に祈っていた。<br />  ふと真紅は、雪華綺晶と会話をしたことを思い出した。神様の話だ。<br /> 『真紅は、神様はどんな姿をしていると思う?』<br /> 『さあ。形なんてある次元の存在なのかしら』<br /> 『うん、そうだね。本当の神様は、存在すら持たないと思う。だけどね──』<br />  それは、雪華綺晶を初めて見た時ではなかったのか。ジュンと薔薇水晶しか知らない、雪華綺晶を。<br /> <br /> 『──偽物の神様は、人間の形をして居るの。嘘だから』<br /> <br />  &hellip;&hellip;何故か、その言葉は、胸を、責め立てる。罪を、暴こうと、する。真紅のことじゃないのに。真紅のことなのに。<br />  だから、真紅は、たった一つの、嘘も真実も想いも存在も無限も神様も干渉できないそれを、見つけることにした。<br /> <br /> 「──真紅?」<br /> <br />  嗚呼、愛しい。何て、愛しい、人。<br /> <br />  二人は、唐突に小屋に居た。さっきまでの景色なんか関係ない。唐突に。そこは、忘れもしない小屋だった。<br />  そして、それは何故か、裁縫して作られた小屋だった。多分、夏休みの、宿題で作られた、小屋。<br />  だから、ジュンは見た。見たことのない世界を。知らないはずの世界。<br />  そこの世界では、ジュンは、心に傷を負って、殻に閉じこもり、心象世界は荒廃していた。<br />  だけど、出会う。出会った。彼女に。今、この時、大切にしている彼女と同じ彼女に。<br /> <br />  そして、ドアが、開いた。<br /> <br /> 「──ジュン」<br /> <br />  ああ、どこか、遠い世界で、彼女をここで見た気がする。<br /> <br /> &Dagger;<br /> <br /> 「むぅ」<br /> 「あはは、雪華綺晶と薔薇水晶、同じ顔してる。鏡みたい」<br /> 「っていうか、鏡なんですけどね&hellip;&hellip;」<br />  翠星石の言うとおり、二人は、鏡の中と外に同時に居る。二人でどちらか一方に居ることは、出来ない。<br />  &hellip;&hellip;だから、二人は、触れ合ったことは、一度だけ。【しあわせのはなし。】のときだけ。<br /> 「じゃんけんで負けたから、しょうがないけどね」<br /> 「&hellip;&hellip;おっかしいなぁ、私、確立操作して、勝率を百に限りなく近くしたはずなんだけどなぁ」<br />  雪華綺晶は、疑問に思う。だって、おかしい。自分は、ミスしなかった。なら、本当に、ゼロに限りなく近い可能性を、真紅は引き当てたのだ。</p> <p> それって――まるで。</p> <p>「くそう、どうせなら、介抱するのは、じゃんけんに勝った人とか言わなきゃよかった」<br /> 「天罰だね」「天罰ですねえ」「天罰なの」「天罰かしら」<br />  すぐつっこまれる。こうしてみると、雪華綺晶も、随分となじんだ。最初は、違和感しかなかったのに。今も、本当は違和感だらけなのに、なじめてる。<br />  &hellip;&hellip;不自然が、自然。ああ、何か、嫌な、気持ち。<br /> 「――あ、れ?」<br />  薔薇水晶が、声をあげる。本当に不思議そうな。何か、勘違いをしたかな、と、的外れで、&hellip;&hellip;ありえないことが、起こったみたいな。</p> <p>「ジュン&hellip;&hellip;?」</p> <p>&Dagger;</p> <p align="left"> それって、まるで、運命。唐突に、あらゆる今までの軌跡を無視して、圧倒的に物語を終わらせる、もの。<br /> <br /> &Dagger;<br /> <br />  真紅は、感情が高ぶるのを自覚した。<br />  意味もわからなく、懐かしかった。この小屋。片腕を無くし、泣いたことがあった。服を繕ってもらったことがあった。髪を梳いてもらったことがあった。そのどれもに、愛しい彼が、居た。<br /> <br />  そして、ドアを、開ける。<br /> <br /> 「──ジュン」<br /> <br />  名前を呼ぶ。感情が暴走した。ありえない、忘れていたはずの感情が、絶え間無く押し寄せる。<br /> <br /> 「──真紅?」<br /> <br />  名前を呼ばれる。思い出す。ジュンと過ごした日々。ジュンの腕に抱かれた時。水銀燈に、嫉妬し、憎悪した日。<br /> <br />  ──真紅は、全部、思い出して、しまった。<br /> <br /> 「私は、貴方が──」<br /> <br /> &Dagger;<br /> <br />  物語の終わりが始まる。<br /> <br /> &Dagger;<br /> <br /> 「――え?」<br /> <br />  真紅が思い出したとき、雪華綺晶は、最初、何が起こったのかわからなかった。わからなかったから――きっと、彼女は、失敗をした。<br />  無理もないのだ。今の今まで、仲間に囲まれ、彼女は、普通の女の子と変わりなかったから。誰かが望んだ、普通の女の子と。<br /> <br />  だから、気づいて、薔薇水晶の青ざめた顔を見て、全てが、唐突に、本当に唐突に変わったことを確信して、叫んでも、それは、<br /> <br /> 「あ、あ、──逃げてッ! ジュン、逃げてえええええッ!」<br /> <br /> <br /> <br /> 【もう、遅い】<br /> <br /> <br /> <br />  声がした。少女の声。<br /> <br />  ──その声は、水銀燈の憎悪を甦らせた。忘れもしない声だったから。<br /> <br />  ──その声は、蒼星石と翠星石を戦慄させた。絶対の圧倒を覚えたから。<br /> <br />  ──その声は、雛苺と金糸雀を怯えさせた。ひどく残酷なつまらなそうな声だったから。<br /> <br />  だから──薔薇水晶は、叫んだ。嫌な、本当に嫌な、予感をこえた、確信を持ったから。<br /> <br /> 「ジュン──!」<br /> <br />  物語が動く。本来あるべき姿を壊し、<br /> <br /> <br /> <br /> 【くすくす、くすくす】<br /> <br /> <br /> <br />  誰も知らない、少女の望む、姿へと動き、<br /> <br /> <br /> <br /> 【──忘れ物、見ぃつけた】<br /> <br /> <br /> <br />  歌が、鳴り響いた。<br /> <br /> &Dagger;<br /> <br />  ──声だけが響く。<br /> <br /> 【待ち望んでいたわ! ずっと、恋い焦がれていたの!】<br /> <br />  其は恋する少女の歌。想いを詩に乗せ歌だけ響く。<br />  だけどだけれど、それは世界の知らない歌で、異質かつ不吉かつ不滅な綺麗さを持ち、彼女以外の少女は恐れを抱く。<br />  ああ、駄目だ。世界が、塗り潰される──と。<br /> 「な、何なんですか&hellip;&hellip;っ。これは、一体、何だって言うんですか!」<br />  翠星石の声はもはや悲鳴に近い。当たり前だった。おかしいから。世界が、物語が、おかしいのに、平然としてはいられない。<br />  でも、それだって些細な理由だった。本当の理由は、そうじゃない。それは──<br /> <br /> 「──接続。不可。接続。不可。接続、接続、接続接続接続接続&hellip;&hellip;っ。何で! 何で繋がらないんだ!」<br /> 「ジュン! 待って! ──ダメだよ! ジュン!」<br /> <br />  それは、よく見知った少女が、よく知っている少年の名前を叫び、必死に彼を助けようとしていたからに違いなかった。<br />  雪華綺晶は必死に&ldquo;何か&rdquo;を繋げてジュンを助けようとして必死だったし、薔薇水晶は彼女にしかわからない何かでジュンに呼び掛けるのに必死だった。<br />  鏡に映った彼女たちは、正しく、同じ姿を映していた。ただ、想い人を助けたいという、限りなく純化された姿を。<br /> <br /> 【夢を見たわ! いつもいつまでも続く楽園の夢! そこでは全てが幸せを歌う。私たちの幸せを歌う!】<br /> <br />  だけど、彼女には関係なかった。そんなこと、気にすることでもない。事実、気にしていないのだ。<br />  例え、雪華綺晶が物語の侵食を必死に止めようとしても。例え、薔薇水晶が、ジュンとの繋がりを必死に留めようとしても。<br />  そんなことは、たかだか、零と無限の差でしかないのだ、と。<br /> <br /> 【嗚呼、愛しい愛しい貴方。貴方は思い出す。そして私は思い出したわ! 運命なんかに負けることのない絆! 失われることのない絆!】<br /> <br />  そして、彼女は歌い終える。忘れ物が、見つかったから。<br /> <br /> 【──だから、ジュン? 貴方は、私を忘れないわよね?】<br /> <br /> <br />  その時、確かに何かが壊れて、崩れ落ちたのを少女達は感じた。特に、ジュンに近い、雪華綺晶、薔薇水晶は、感じて、理解してしまった。<br />  ──喪失を。決して失われるはずのないものの、喪失を。<br /> <br /> 「──ふざけるな」<br /> <br />  その声は、もしかしたら、世界の侵食だって、停めたかもしれないくらい、深い深い感情を孕んでいた。<br /> 「ふざけるな! ジュンを、──真紅を、お前、どこにやるつもりだ!」<br />  水銀燈は、叫ぶ。知っているから。雪華綺晶しか知らない事実は、&ldquo;間違って&rdquo;水銀燈も知っているから。<br />  そんな水銀燈だからこそ、相対できた。だって、水銀燈は、ジュンとどこまでも近い。真紅とも、近い。<br />  だから、気付いた。ジュンだけじゃない。真紅も、違うところへ行こうとしている。自分が壊れた原因。その、真実に。<br /> 【&hellip;&hellip;&hellip;&hellip;】<br />  その叫びに何を思ったのだろう。彼女は、口を閉じた。そして、<br /> <br /> 【&hellip;&hellip;あ、あはははははははははははははは】「はははははははははははははは!」<br /> <br />  哄笑が響き渡る。どうしようもなく、つまらなそうな哄笑が。<br /> <br />  ──だから、気付いたときには、彼女は、そこに居たのだ。最初から、居たかのようにして。<br /> <br /> 「あ&hellip;&hellip;」<br />  それは誰の呟きだったかわからない。だけど、誰もが同じ気持ちを抱いた。<br />  ──そこに居た彼女は、水銀燈のようであり金糸雀のようであり翠星石のようであり蒼星石のようであり真紅のようであり雛苺のようであり雪華綺晶のようだった。<br /> <br /> 「今晩は、はじめまして──」<br /> <br />  彼女は、とびっきりの笑顔で、名乗った。</p> <p>【そして、彼女が望んだ物語】<br /> <br /> 「私は、貴方のことが──」<br />  もう、いい。大丈夫。離れない。私には、私たちには、決して切れない絆がある。<br />  主従の絆。二人の絆。解る理解でない。そういう、ものなのだ。<br />  二つを一つにしたい。身体に触れてほしい。私を感じて欲しい。<br />  なんて純粋な願いだ、と真紅は思う。ただ、それだけがいい。気高いと、誇らしいとさえ思う。<br />  ──事実だ。それは、誰だって思う、一つになって、幸せになりたいと思う、とても美しい真紅に相応しい心だった。<br /> <br />  だから、彼女は、あの時と同じ台詞を囁く。<br /> <br /> 「好きよ、ジュン」<br /> <br />  ──だからもう、離してあげない。<br /> <br /> ∽<br /> <br /> 「私の名前は──」<br />  誰もが息をのんだ。それくらい、彼女は美しかったから。<br />  それも当然。だって彼女は──完璧な&ldquo;少女&rdquo;だったから。<br /> <br /> 「──アリス。アリスと呼んでくださいな。くすくす」<br /> <br /> <br /> <br />  &ldquo;少女&rdquo;の話をしよう。御伽話だ。<br />  昔、と言っても、御伽話の昔のことだけど、七人の乙女が、たった一人の少女になるために遊戯をした。その遊戯の名前は、【アリスゲーム】と呼ばれた。<br />  乙女たちにはパートナーが居た。ミィーディアムと呼ばれる人。彼らは、絆で結ばれていた。<br /> <br />  &hellip;&hellip;そして、決まった。七人の乙女は、一人の少女になった。<br /> <br />  だけど。それは少女になった彼女の本意でなかったし、少女のパートナーの望んだことでなかった。<br />  彼は望んだ。こんな世界は嫌だ。あいつらの居ない世界なんて、間違っている。<br /> <br />  だから──<br /> <br /> 【ローゼンメイデンが普通の女の子だったら】と、彼は願った。<br /> <br />  願って、願って──願いが叶った。その願いは、少女が叶えたから。完璧な&ldquo;少女&rdquo;は、そんなことだって、出来た。<br /> <br />  そして、そして、彼女たちの物語は、始まった。普通の女の子たちの、物語が──。<br /> <br /> 【&hellip;&hellip;まあ、私の望む物語とは、ズレたのだけど】<br /> <br />  いつからだろう。それは無限の未来の過去の話のように感じるし、極限まで零に近づけた過去に近い未来の話みたいに思う。<br />  桜田ジュンの望んだ世界が作られたのは、実のところつい最近だった。<br />  さらに言えば、彼女は【ローゼンメイデンが普通の女の子だったら】という願いしか、叶えられなかった。<br />  &hellip;&hellip;だから、やっぱり、本来の物語は、【真紅とジュン】だったに違いないのだ。彼女と、彼女のパートナーの物語。<br /> <br />  まあ、結論から言えば。&ldquo;運命&rdquo;の出会いが、物語を決定したのだけれど──。<br /> <br /> <br /> <br /> 「──そう、運命! 嗚呼、何て忌まわしい言葉! そんなものがあるから、そんな世界があるから、私は失敗した!」<br />  許せない、許せない、許せない! 彼女は歌う。憎悪の歌を!<br /> 「貴方は安易な言葉に、運命なんていう、たかだか世界程度の力に翻弄されているわ! ねえ雪華綺晶! &hellip;&hellip;あ、あはは、ダメ。はしたないわね。ごめんなさい。嬉しくて」<br />  きっと、ここに居たら、ジュンは、彼女をかわいいと褒めていただろう。だって、ジュンは、彼女が好きだから。<br />  もちろん、アリスをだ。アリスになった、彼女を。<br />  &hellip;&hellip;だから、誰も喋ることが出来なかった。アリスの言いたいことが、自分の言っていることのように思えたから。納得してしまったから。<br /> <br /> 「──それは違うよ。アリス」<br /> <br />  そう。もしも仮に本当に、アリスという少女が、七人の少女であるなら。あるならば、<br /> <br /> 「ジュンの、私たちへの、それは真紅も、水銀燈も、他の皆も、含めて、皆への想いは、そんな場所にないよ。もっと高潔で、誰にだって穢すことなんて出来ない。<br />  ──あまり、私のジュンを馬鹿にしないでくれる? 私の恋人は、私たちの物語は、貴方みたいに壊れてない」<br /> <br />  あるならば──薔薇水晶は、違う。七人の少女の中に、唯一居なかった存在だった。嘘だったのだ。<br />  水銀燈だって、雪華綺晶だって、強い抵抗をすることはできる。でもそれは抵抗で、否定では、なかった。根本の価値を崩す否定ではなかったのだ。彼女たちは、アリスから別れ生まれたから。<br />  だから世界が崩される。偽りの神さまの世界を、神さまが、唯一作れなかった、薔薇水晶が、壊した。<br /> 「&hellip;&hellip;ふぅん?」<br />  アリスの瞳の色が変わる。<br /> 「ああ、貴方──」<br /> <br /> 「いらないわよね?」<br /> <br />  夢が、終わる。神さまの気まぐれで。神さまの、嫉妬で。<br /> <br /> <br />  今鏡の中に薔薇水晶は居る。何故か、と言われれば、雪華綺晶と薔薇水晶はそういう存在だから。<br />  だから、彼女たちの周りには、いつも鏡がある。それはガラスだったり、水面だったり。<br />  &hellip;&hellip;だから、誰も反応することが出来なかった。気付けなかったのだ。<br />  それは一瞬のことで、瞬きする間に、決まっていた。<br /> 「あ、れ&hellip;&hellip;?」<br />  薔薇水晶は、疑問に思う。どうしてだろう。今の今まで、鏡の中に居たのに。それにどうして、アリスも居ないんだろう。自分を殺そうとしていた、アリス。<br /> 「ああ、それは素晴らしい選択だわ。雪華綺晶」<br />  ひどく満足そうなアリスの声。でも、あれ? 何で、鏡の中から、聞こえるんだろう?<br /> 「ぁ、あ、ぁあ&hellip;&hellip;」<br /> 「──雪華綺晶?」<br />  何が起きてるんだろう。鏡の中は、いつだって楽しそうな雪華綺晶が映っていたのに。<br /> <br />  何で、雪華綺晶が、苦悶の表情を浮かべて──<br /> <br /> 「させない&hellip;&hellip;。絶対に、薔薇水晶に手出しなんかさせない&hellip;&hellip;ッ。ジュンにだってそうだッ。そんなことをしてみろ! 私は、お前を、八つ裂きにしてやる──!」<br /> 「&hellip;&hellip;あはは。よくもまあ、捕らえられてなお、そんな口が聞けるのね。すごいわ」<br />  アリスは、やっぱり何の他意もなかった。ただ、眩しそうに目を細めた。<br /> 「いいわ。&ldquo;本来の目的&rdquo;である雪華綺晶は、手に入ったし──ラプラス。後は、ジュンと、真紅を連れてきてくれるかしら?」<br /> 「はい」<br />  どこに居たのだろう。ラプラスは、そこに居た。ジュンと真紅を抱えて。<br /> 「お前──!」<br />  水銀燈が走る。何も考えていない。自分の大事な二人に触られるのが、どこかに連れていこうとする手が、どうしようもなく嫌だった。<br /> 「──じゃあ、帰るわ。さようなら」<br />  その声は、やっぱり、どうでもよさそうだった。</p> <p>【 &hellip;&hellip;そして、 】<br /> <br /> 「薔薇、水晶」<br /> <br /> 【 雪華綺晶は、 】<br /> <br /> 「──待って!」<br /> <br /> 【 悲しそうに、微笑んで、 】<br /> <br />  薔薇水晶が、手をのばす。だけど、届かなくて──<br /> <br /> 「──ごめん、ね? 一人に、しちゃって」<br /> <br /> 【 物語から、姿を消した── 】<br /> <br /> &dagger;<br /> <br />  後には静寂が残る。ジュンは居なくなった。雪華綺晶も居なくなった。<br /> <br />  なら、自分は今、絶対的に独りだった。<br /> <br /> 「あ、」<br /> <br />  嫌だ。独りは嫌だ。独りだけは、嫌──!<br /> <br /> 「ああああああああああああああああああああああ! いやああああああああああああああああああ! ジュン! 雪華綺晶! いやあああああああ!! 行かないでええええええ──」<br /> <br />  彼女は泣き叫んだ。だから、皆が慰めた。&hellip;&hellip;だけど、彼女が慰めてほしい人は、そこには居なかった。<br /> <br /> &Dagger;</p> <p> ひっそりと物語から消えた桜田ジュンの話。<br /> <br /> 「好きよ、ジュン」<br /> <br />  真紅はそう言った。<br /> <br /> 「ああ、」<br /> <br />  だから、ジュンは答えた。<br /> <br /> 「僕も、君のことが好きだよ、真紅」<br /> <br />  ──世界が、終わりに向かって歩いていく。<br /> <br /> &dagger;<br /> <br /> <br /> <br />      ──誰も泣いてる少女の気持ちなんてわからない。<br /> <br /> <br /> <br /> <br /> &rarr;<a href="http://www9.atwiki.jp/rozenmaidenhumanss/pages/2589.html">【薔薇水晶と、   と、    】</a></p>

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