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「第百十四話 JUMと屋上」(2007/02/25 (日) 11:34:27) の最新版変更点
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<p>「一つ屋根の下 第百十四話 JUMと屋上」</p>
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銀姉ちゃんとカナ姉ちゃんの卒業式を間近に控えた二月後半某日。朝に僕がリビングへ行くと、<br>
いつもなら台所で朝食とみんなのお弁当を作っている翠姉ちゃんと蒼姉ちゃんがくつろいでいた。<br>
「おはよ、翠姉ちゃん。蒼姉ちゃん。もう御飯作っちゃったの?」<br>
「ん、おはようです。朝ご飯は出来てるですよ。持ってくるついでに台所でも行ってくるといいです。」<br>
「おはようJUM君。今日はちょっと珍しい人がお弁当作ってるよ。」<br>
「そうなの?じゃあ台所行ってみようかな……」<br>
そんな訳で僕は台所へ向かう。さて……果たして誰がお弁当を作っているんだろうか。<br>
まさか、バレンタインで何故か自信を持った真紅姉ちゃんじゃあるまいな。いや、そんな事すれば絶対に<br>
二人が止めてるはずだ。チョコは最終的には僕が食べないといけないから見てみぬフリしたらしいけど、<br>
お弁当となれば二人だって食べないといけないんだ。味見した二人なら絶対止めるはず。<br>
となれば、二人が安心して台所を任せられる人って事だ。そんな事を思いながら僕は台所のドアをガチャリと<br>
開く。中に居たのは、僕の予想通りと言うべきか。すでに自由登校になってる為、最早見慣れたネグリジェ姿で<br>
エプロンをし、長い白銀の髪をポニーテールにしている銀姉ちゃんだった。<br>
「あらぁ、おはようJUM。朝ご飯できてるわよぉ。」<br>
「おはよう銀姉ちゃん。お弁当作ってるみたいだけど、朝も作ったの?」<br>
「ええ、そうよぉ。翠星石も蒼星石も大変よねぇ。毎日こんなに作ってるなんてぇ。まぁ、手伝う気にはならないけどぉ。はい、これがJUMに分よぉ。和風なのは、本当なら今日は蒼星石の番だったからよぉ。」<br>
銀姉ちゃんにお盆にのった御飯、味噌汁、納豆、鮭の塩焼きを渡される。うわぁ、確かに超和風。<br>
でも、銀姉ちゃんも実は和洋関係なく料理できるんだなって実感。<br>
「へぇ、上手に出来てるね。それで?今日は何で銀姉ちゃんが作ってるの?」<br>
当然と言えば当然の疑問。普段は『面倒だわぁ』の一言でやらないのに。<br>
「ちょっと思うところがあってねぇ……今日はお昼休み、お弁当持って屋上来なさぁい。」<br>
温暖化とは言え、二月。まだまだ寒く冬を感じる季節だ。そんな中、銀姉ちゃんはお昼にお弁当持って<br>
屋上に来いと……そんなある種の死刑宣告を僕に告げるのだった。</p>
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さて、時は進んでお昼。僕はこれから戦場に出向かなくてはならない。<br>
「行こうJUM……通学用のコート着ていったほうがいいよ……」<br>
薔薇姉ちゃんがお弁当を机に置いてダッフルコートを着ている。ダッフルコートと言っても背中に羽なんて<br>
生えてはいない。でもまぁ確かに、着ないと凍死も夢じゃない。<br>
「よう、JUM!飯食おうぜ!!……って、コート着て何やってるんだ?」<br>
「ああ、悪い。今日は銀姉ちゃんが屋上で食べる気らしいんだよ。だから、今日はパスな。」<br>
「な、なにぃ!?お、俺も行くぞ!!やっほーい!ねんがんの、蒼嬢との食事権を手に入れたぞ!」<br>
コイツ、一緒に来る気か?でも、何だかお約束やって欲しいような台詞だったし、ここは乗っておこう。<br>
「せんせ~い、べジータが一緒に食事したいらしいですよ~。」<br>
僕は授業が終わっても教室に残っていた我らが担任梅岡を呼ぶ。すると、梅岡は相も変わらず憎たらしい<br>
ほどの満面の笑みでべジータに笑いかけた。<br>
「掘ってでも連れて行く。」<br>
「な、何をする貴様……アーーーッ!!」<br>
よし魔は去ったな。さて、屋上に行こうかね。姉ちゃん達待ってるだろうし。<br>
「JUMも強くなった……じゃあ一緒に行こう……」<br>
僕は薔薇姉ちゃんの手に引かれるままに教室を出る。さて、屋上まで登らないといけないようだ。<br>
「にしてもさ、銀姉ちゃん自由登校になってからはヒッキーだったくせに、何で今日は急に屋上来いなんてさ。」<br>
「ん……私は何となく銀ちゃんの気持ち分かる……」<br>
「えー、本当?僕にはこんな寒い時に屋上なんて気が知れないよ。」<br>
何かやるなら夏にでも……いや、夏は日差しが暑いから嫌だな。春か秋にでもすればいいのに。<br>
「それはきっと仕方ない……多分今まで誰も思いつかなかったんだから……」<br>
薔薇姉ちゃんは最早銀姉ちゃんの意思を完全に汲んでいる感じだ。何なんだろうね、一体。<br>
「ふ~ん……まぁ、いいや。コートも着てるし、多少は何とかなるでしょ。」<br>
そんな会話をしながら僕と薔薇姉ちゃんは屋上への扉の前へ到着する。重く、硬く、無骨な鉄製のドアが<br>
屋上への侵入を阻んでいる。少し思いドアを押しながら僕等は屋上へと出た。<br>
どうやら、僕等は最後だったみたい。すでに姉ちゃん達は屋上でビニールシートに座っていた。</p>
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「遅いわよぉ。待ちくたびれちゃったじゃなぁい。」<br>
銀姉ちゃんのブレザーから覗く青のネクタイがヒラヒラと風に舞っている。以前も言ったような気がするけど……<br>
ウチの高校は女子の冬服はブレザーである。夏はブラウスね。んで、ネクタイで色分けしてる。夏は薔薇を<br>
象ったリボンね。んで、学年ごとに色が分かれてて、三年生は青。二年生は緑。そして僕達一年生は赤。<br>
ちなみに学年ごとに色分けって言ったけど、学年があがると色が変わる訳じゃなくって、色は三年間<br>
変わらない。ローテーションになっていて、来年は三年生……つまり翠姉ちゃん達は緑。僕等は赤。<br>
そして新入生が青になるって訳。毎年ネクタイやリボン、ジャージ買うわけにはいかないしね。<br>
「ごめんごめん、ちょっとベジータに絡まれちゃってさ。」<br>
とりあえずべジータのせいにしておく。実際あいつのせいだし。<br>
「全く、あのM字ハゲは……まぁ、いいわぁ。それじゃあみんなでお弁当食べましょうかぁ。」<br>
銀姉ちゃんはウキウキしてお弁当の包みを解いている。しかし、この集まりにイマイチ納得のいってない<br>
真紅姉ちゃんが体を震わせながら言う。<br>
「待ちなさい、水銀燈。その前に貴女にはこの集まりの理由を説明する義務があるわ。」<br>
御もっともです。銀姉ちゃんの理不尽は今に始まった事じゃあないけど、それは是非にでも聞いておきたい。<br>
「五月蝿いわねぇ、真紅は。紅茶でも飲んで黙ってなさぁい。説明はしてあげるからぁ。」<br>
銀姉ちゃんは水筒からコポポと紙コップに中身を注ぎ込む。どうやら、中は紅茶のようだ。<br>
真紅姉ちゃんは少しムッとするが、とりあえず紅茶を飲んで黙る。すると、銀姉ちゃんは話し出した。<br>
「私ねぇ、こうやって姉弟みんなで屋上でお昼一緒に食べるの、夢だったのよぉ。」<br>
銀姉ちゃんが他の姉妹分の紅茶もコップに注ぎいれる。そして話を続けた。<br>
「ほら、よくよく考えれば私達がみんなで一緒にお昼食べた事ってなかったじゃない?ああ、体育祭の<br>
時は一緒だったけど、室内だったしぃ。私は屋上でこうやってみんなとお弁当食べたかったのよぉ。」<br>
僕は手渡された紅茶を飲む。どうやら、銀姉ちゃんとカナ姉ちゃんはお昼休み少し前に登校したのだろう。<br>
水筒の中の紅茶はまだまだ熱い。いくら魔法瓶とはいっても、時間が多く過ぎれば冷めるからね。<br>
「それでねぇ、私と金糸雀はもうすぐ卒業でしょぉ?卒業したらこういう事も出来なくなる……そう思ったら<br>
我慢できなくなっちゃったの。翠星石と蒼星石にお願いしてお弁当当番一日だけ変わってもらってねぇ。<br>
みんな御免なさいねぇ……私の余興に付き合わせちゃってぇ。でも、これは私が高校生じゃないと出来ない<br>
事。お昼に姉弟みんなで、太陽の下でお喋りしながら笑いあって、お弁当食べて……ね。」<br>
僕は……もとい姉ちゃん達はみんな黙り込んだ。学校での姉弟での、最後の思い出作り。それがきっと、<br>
銀姉ちゃんの願いだったんだろう。そう思うと、何だかさっきまで寒かった冬の風すらも心地よく思えてくる。<br>
僕はお弁当の包みを解くと、それを口の中に入れた。</p>
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「美味しいよ、銀姉ちゃんのお弁当。冷めてるけど、温かい。」<br>
僕が食べたの先頭に、姉ちゃん達もお弁当を食べ始める。一口一口、普段作らない銀姉ちゃんのお弁当に<br>
篭められた思いを噛み締めるように。<br>
「美味しいかしら……これ、とっても美味しい……」<br>
「水銀燈にしちゃあまぁまぁの出来です。まぁ、翠星石には敵わないですがね。」<br>
「うん、美味しい。これなら当番を譲ってもお釣りがくるくらいだよ。」<br>
「……悪くはないわね。なかなか好みの味よ、水銀燈。」<br>
「水銀燈は何でも出来て凄いの~。」<br>
「偶には、こうしてゆっくり食べるのもいいですね……幸せな味です。」<br>
「……大丈夫、銀ちゃん……美味しくない訳がない……私はこうしてみんなと食べて……美味しくないって<br>
感じた事は一度もない……だから、これも美味しい……」<br>
姉ちゃん達が次々に感想を言っていく。その度に銀姉ちゃんは顔を綻ばせて、本当に嬉しそうな顔を<br>
してくれる。僕だって、銀姉ちゃんのそんな顔見たら嬉しいに決まってる。<br>
「有難うねぇ……みんな……」<br>
銀姉ちゃんが少し顔を伏せる。少しだけ体を震わせている。そんな銀姉ちゃんを見て、僕は思わず<br>
銀姉ちゃんの分のお弁当を手に取ると言った。<br>
「ほら、銀ねえちゃんも自分で作ったんだから食べようよ。僕が食べさせてあげるからさ。ほら、あ~んして。」<br>
僕は御飯を箸で掴む。銀姉ちゃんはブレザーの裾で少しだけ目を拭うと顔を上げてあ~んと口を開ける。<br>
僕はその中に御飯を入れて、続けてオカズのウィンナーを入れる。銀姉ちゃんは口を閉じて一噛み一噛み、<br>
文字通り噛み締めるようにお弁当を味わっていた。<br>
「ま、まぁ……私が作ったんだから当然だけどぉ……美味しいわねぇ。」<br>
そう言って、少しだけ目元を少し濡らして銀姉ちゃんが笑う。その日の昼食は、僕の長い学校生活の中で<br>
きっと、最高の味のお弁当だったと言い切れる。断言できる。<br>
世界で一番の調味料……僕はそれを手に入れた気がした。<br>
END<br></p>