「狼禅百鬼夜行 六つ目の話 都姫狗妖話 第二部」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら
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子供の頃から様々な憑き物に悩まされていた大臣の姫。<br>
そんな彼女の目の前に、ある日突然落っこちてきた矢ガモならぬ矢烏。<br>
無様にもがくその烏を、ちょいとした気まぐれで助けた姫であったが、<br>
ところがどっこいその矢烏、実は烏に化けた烏天狗だった!<br>
そんな事実を知った後も、姫はひるみすらせず烏に迫る。<br>
結局押し切られて、ある約束をさせられることになる烏であるのだが、<br>
それが実行されるはずであった満月の晩、とうとう烏の正体が他の人間にもばれてしまった!<br>
その場の勢いで名乗ってしまった挙句、姫を抱えて逃げた烏。<br>
そんな緊迫した状況であるにもかかわらず、とても楽しげに抱えられていく姫。<br>
二人の今後は一体どうなってしまうのか!<br>
烏は人一人抱えたまま、無事目的地まで飛べる事が出来るのか!?<br>
姫の体に秘められた秘密とは一体!!<br>
<br>
狼禅百鬼夜行 六つ目の話 都姫狗妖話 第二部!請う御期待!<br>
<br>
そんなわけで。はじまりはじまり~ チョンチョンチョンチョンチョン……(拍子木)<br>
</p>
<br>
<p>朝の光に照らされた、小さな村の小さな社。<br>
前に広がる泉のほとりで、欠伸をするのは一人の青年。<br>
<br>
「あ~……今日も天気がいいな。<br>
此処しばらくは雨降らせないほうがいいって話だし、しばらくはこんな日が続くかな……」<br>
<br>
澄んだ泉に手を差し伸べて、すくった水で顔を洗う。<br>
秋にもなると随分と水も冷たく感じるが、しかしその分すっきりと目がさめる気がする。<br>
今一度大きく伸びをした所で、其処へ、不意に大きな風が吹く。<br>
昇り始めた日とは反対の西のほうから吹くその風は、<br>
赤く染まった落ち葉の他に、大きな荷物をこの泉へと送り届けることになる。<br>
それは……<br>
<br>
「ちょっと!其処を退いて!退きなさぁい!」<br>
「お?」<br>
<br>
風とともに響く声。森の方へ目をやったが、しかし森から何かが出てくるという訳でもない。<br>
<br>
「聞こえないのぉ!?JUM!!ああ、もぉうっ!!」<br>
<br>
名前まで呼ばれて、改めて首をかしげたその青年が、少し視線を上に向けたところで、目が合った。<br>
それは存外に目の前で。<br>
<br>
「うおっ!!!?」<br>
<br>
慌てて避けようと身を硬くした時点で、空から突っ込んできた何かは青年の真横を通り過ぎていった。<br>
直後にずぅん、と腹に響く音。<br>
しばらくして、なんの衝撃も来ないことを不審に思った青年がやっと振り返ると、そこには。<br>
</p>
<br>
<p>「何の音なの!?」<br>
<br>
丁度その時、社の近くに建てられた民家の扉が開かれる。<br>
其処から慌てて現れたのは、赤い着物に黄金の髪が美しく映える一人の少女。<br>
彼女の瞳にまず映ったのは、呆然と向こうを見る青年の姿。<br>
自然にその視線を追っていけば、まず見えたのは大銀杏。<br>
社付近では一番の大きさであるその木は、黄色い葉も少々匂う実も存分についた立派な大木だった。<br>
そんな銀杏の根元、太い根と根の間の辺りに、人が二人。折り重なるように倒れていたのだった。<br>
<br>
「一体どういう状態なの、これは」<br>
<br>
呆れた顔で、金の髪の少女が近寄っていく。青年も、我に帰ったようにその後を追った。<br>
傍まで寄ってまず判ったのは、上に覆い被さった少女。<br>
彼女はまるで貴族のように豪華な衣を羽織っており、見た所怪我も無くいたって無事であるようだ。<br>
<br>
「……?此処は……?」<br>
<br>
赤い少女と青年が傍まで近づいてきたとき、その上の少女がむくりと起き上がる。<br>
しかし小さくつぶやいたあとは、ぼんやりと座り込んだまま立ち上がる様子も無い。<br>
目をこすり、眠たげな表情で辺りを見回しているのを見ると、<br>
もしかしたら今の今まで寝ていたのかもしれない。<br>
気になるのは、彼女が何気なく姿勢を変えるたびに下から聞こえるうめき声。<br>
見かねた青年が手を差し出すと、上の少女は素直に引かれて立ち上がった。<br>
<br>
そこで、やっと下敷きにされていた方の様子が見えた。<br>
背中の黒い羽を見る限り、正確に言えば人ではないのであろうが。<br>
ともかく、そちらの方は惨憺たる有様、というのが一番正しいだろうか。<br>
</p>
<br>
<p>
上に乗った人間をかばったのか肩、背中側からの着地である上に、<br>
落ち葉の積もったやわらかい地面とはいえ、そこに着陸跡が出来るほどの速度で突っ込んだのだ。<br>
おかげで服は泥だらけで、さらに運が悪い事に、倒れているのは銀杏の根元。<br>
もちろんこの木は雌木であって、地面には落ちた実が大量に……ともかく、大惨事だった。<br>
そんな悲惨な状況にある相手の顔を改めて確認し、赤い少女は眉をひそめる。<br>
見下ろすように腕を組んでから、声をかけた。<br>
<br>
「今度は一体何をしに来たのかしら?水銀燈……」<br>
<br>
見た目はにこやかに見せかけつつ、その実怒りを押し殺したような響きの声がとても怖い。<br>
対して、大銀杏に寄りかかった“悲惨な方”は、見上げて軽く片手を挙げる。<br>
<br>
「おはよう、真紅。とりあえず寝かせて。布団で」<br>
<br>
それだけ言って、そのままガクリと力尽きるように目を閉じた。聞こえてくるのは安らかな寝息。<br>
ため息をついたのは、真紅と呼ばれた赤い少女。<br>
<br>
「JUM。この馬鹿をとりあえず泉に叩き込んでおいて頂戴」<br>
「いいのか?そんな事して」<br>
「こんな銀杏まみれを家に上げたいと思う?」<br>
「……わかった」<br>
<br>
青年も案外と酷かった。<br>
しばらく後、泉には悲鳴とともに大きな水柱が上がったと言う。<br>
<br>
「南無三!せめてもの供養として姉ちゃん呼んでくるから!」<br>
「ちょ、がぼっ待ちなさいよぉ!寒っ!冷がぼっ!!」<br></p>
<br>
<p>
後ろの声は聞こえない振りをしつつ、きびすを返して脱兎の勢いで家へと走る青年だった。<br>
<br>
それから半刻ほどが経ち。<br>
<br>
「あとは、服の方も乾かしたらにおいも取れると思うから、一寸我慢してね?」<br>
「あ、ありがとぉ……」<br>
<br>
ガクガク震えながら布団をかぶって火鉢を占拠。<br>
苦笑しながら、そんな水銀燈を見守る青年の姉、のり。<br>
<br>
「真紅ちゃんも、だめよ?いくら銀杏まみれだからって泉に放り込んだりしちゃ」<br>
「こんな馬鹿、そのくらいで丁度いいのだわ。人んちの庭に突っ込んで、<br>
拾う前だった今年の大銀杏の実を台無しにした挙句、第一声が布団を貸して、よ!?」<br>
<br>
言いながら水銀燈を睨みつける真紅。隣に座ったJUMは、どうした物かと様子を見守る。<br>
<br>
「そ、そういわれたってぇ、一日以上、人一人抱えて飛びつづけてたのよぉ。<br>
そんなときに目的地が見えたら気も抜けて眠くもなるわぁ」<br>
「非力ね。そのくらい、私なら楽勝なのだわ」<br>
「馬鹿力なあなたと一緒にしないでぇ!」<br>
<br>
そんな何時までも終わらない口論にため息をついて、JUMがとうとう口をはさむ。<br>
<br>
「で、結局今日はどうしてここに来たんだ?」<br>
「そうよ!最近は天候も特に問題は無いはずだわ」<br>
「あー、今日はその話じゃなくってねぇ。私今そっちの担当じゃないし……っくしょい!」</p>
<br>
<p>
くしゃみして、ずびっと鼻をすすりながら、水銀燈が横を見る。<br>
其処には、すやすやと幸せそうに布団で眠る少女、めぐ。<br>
<br>
「この子なんだけどぉ」<br>
「その子がどうかしたの? まさか都から攫って来たとか言うんじゃないでしょうね」<br>
「まあ、それは置いておいてぇ」<br>
「置いておかないで頂戴!もし村に迷惑をかけたりしたら、承知しないのだわ!」<br>
「あはは、大丈夫よぉ。……多分。<br>
ともかくこの子ね、随分と霊やらなにやらに憑かれやすい性質らしくってぇ」<br>
<br>
文句をさりげなく流しつつ、水銀燈は続けていく。<br>
<br>
「その体質を何とかする方法、何かわからなぁい?」<br>
<br>
言われた真紅は、眉をしかめつつ答える。<br>
<br>
「そのくらい、里まで連れて行って調べればいい事じゃない。<br>
長老連なんて私よりもずっと長く生きているのでしょう?」<br>
<br>
しかし、その答えには首が振られた。<br>
<br>
「そんな人達が、こんな下っ端の烏天狗の願いなんて、聞いてくれると思う?」<br>
「思わないわね。貴方みたいな天狗の里では特にね」<br>
「わかってるんじゃなぁい。で、他に聞いてくれるうちで一番知ってそうなのがあなたなのよぉ」<br>
</p>
<br>
<p>苦笑しながらも、真剣な目で真紅を見つめる水銀燈。<br>
布団かぶって鼻をすすって股火鉢、なんて格好のおかげでその真剣さも台無しだが、<br>
一応気持ちは伝わったらしい。真紅はため息をついて答えた。<br>
<br>
「わかったわ。まさか貴方が人間のためにこんなに動くなんて思わなかったわね。<br>
その驚きに免じて、今回は特別に貸し一つでね」<br>
「あはは、免じた上で貸し一つなのぉ?ケチねぇ。」<br>
<br>
軽口を叩きながら、目線は隣の布団の方へ。<br>
<br>
「まあ、今回のは単なる気まぐれよ、気まぐれ。特に大きな意味も理由もないわぁ」<br>
「そうなの?ならなおさらびっくりね」<br>
<br>
肩をすくめて、真紅は改めて人間の少女めぐを見下ろした。<br>
<br>
「……あら、この子」<br>
「何かわかったぁ?」<br>
<br>
早速わかったのか、と期待の視線を向ける水銀燈。<br>
しかし、返ってきたのはとても意外な言葉だった。<br>
<br>
「人間じゃないわ」<br>
<br>
―――<br></p>
<p>子供の頃から様々な憑き物に悩まされていた大臣の姫。<br />そんな彼女の目の前に、ある日突然落っこちてきた矢ガモならぬ矢烏。<br />無様にもがくその烏を、ちょいとした気まぐれで助けた姫であったが、<br />ところがどっこいその矢烏、実は烏に化けた烏天狗だった!<br />そんな事実を知った後も、姫はひるみすらせず烏に迫る。<br />結局押し切られて、ある約束をさせられることになる烏であるのだが、<br />それが実行されるはずであった満月の晩、とうとう烏の正体が他の人間にもばれてしまった!<br />その場の勢いで名乗ってしまった挙句、姫を抱えて逃げた烏。<br />そんな緊迫した状況であるにもかかわらず、とても楽しげに抱えられていく姫。<br />二人の今後は一体どうなってしまうのか!<br />烏は人一人抱えたまま、無事目的地まで飛べる事が出来るのか!?<br />姫の体に秘められた秘密とは一体!!<br /><br />狼禅百鬼夜行 六つ目の話 都姫狗妖話 第二部!請う御期待!<br /><br />そんなわけで。はじまりはじまり~ チョンチョンチョンチョンチョン……(拍子木)<br /></p>
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<p>朝の光に照らされた、小さな村の小さな社。<br />前に広がる泉のほとりで、欠伸をするのは一人の青年。<br /><br />「あ~……今日も天気がいいな。<br /> 此処しばらくは雨降らせないほうがいいって話だし、しばらくはこんな日が続くかな……」<br /><br />澄んだ泉に手を差し伸べて、すくった水で顔を洗う。<br />秋にもなると随分と水も冷たく感じるが、しかしその分すっきりと目がさめる気がする。<br />今一度大きく伸びをした所で、其処へ、不意に大きな風が吹く。<br />昇り始めた日とは反対の西のほうから吹くその風は、<br />赤く染まった落ち葉の他に、大きな荷物をこの泉へと送り届けることになる。<br />それは……<br /><br />「ちょっと!其処を退いて!退きなさぁい!」<br />「お?」<br /><br />風とともに響く声。森の方へ目をやったが、しかし森から何かが出てくるという訳でもない。<br /><br />「聞こえないのぉ!?JUM!!ああ、もぉうっ!!」<br /><br />名前まで呼ばれて、改めて首をかしげたその青年が、少し視線を上に向けたところで、目が合った。<br />それは存外に目の前で。<br /><br />「うおっ!!!?」<br /><br />慌てて避けようと身を硬くした時点で、空から突っ込んできた何かは青年の真横を通り過ぎていった。<br />直後にずぅん、と腹に響く音。<br />しばらくして、なんの衝撃も来ないことを不審に思った青年がやっと振り返ると、そこには。<br /></p>
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<p>「何の音なの!?」<br /><br />丁度その時、社の近くに建てられた民家の扉が開かれる。<br />其処から慌てて現れたのは、赤い着物に黄金の髪が美しく映える一人の少女。<br />彼女の瞳にまず映ったのは、呆然と向こうを見る青年の姿。<br />自然にその視線を追っていけば、まず見えたのは大銀杏。<br />社付近では一番の大きさであるその木は、黄色い葉も少々匂う実も存分についた立派な大木だった。<br />そんな銀杏の根元、太い根と根の間の辺りに、人が二人。折り重なるように倒れていたのだった。<br /><br />「一体どういう状態なの、これは」<br /><br />呆れた顔で、金の髪の少女が近寄っていく。青年も、我に帰ったようにその後を追った。<br />傍まで寄ってまず判ったのは、上に覆い被さった少女。<br />彼女はまるで貴族のように豪華な衣を羽織っており、見た所怪我も無くいたって無事であるようだ。<br /><br />「……?此処は……?」<br /><br />赤い少女と青年が傍まで近づいてきたとき、その上の少女がむくりと起き上がる。<br />しかし小さくつぶやいたあとは、ぼんやりと座り込んだまま立ち上がる様子も無い。<br />目をこすり、眠たげな表情で辺りを見回しているのを見ると、<br />もしかしたら今の今まで寝ていたのかもしれない。<br />気になるのは、彼女が何気なく姿勢を変えるたびに下から聞こえるうめき声。<br />見かねた青年が手を差し出すと、上の少女は素直に引かれて立ち上がった。<br /><br />そこで、やっと下敷きにされていた方の様子が見えた。<br />背中の黒い羽を見る限り、正確に言えば人ではないのであろうが。<br />ともかく、そちらの方は惨憺たる有様、というのが一番正しいだろうか。<br /></p>
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<p>上に乗った人間をかばったのか肩、背中側からの着地である上に、<br />落ち葉の積もったやわらかい地面とはいえ、そこに着陸跡が出来るほどの速度で突っ込んだのだ。<br />おかげで服は泥だらけで、さらに運が悪い事に、倒れているのは銀杏の根元。<br />もちろんこの木は雌木であって、地面には落ちた実が大量に……ともかく、大惨事だった。<br />そんな悲惨な状況にある相手の顔を改めて確認し、赤い少女は眉をひそめる。<br />見下ろすように腕を組んでから、声をかけた。<br /><br />「今度は一体何をしに来たのかしら?水銀燈……」<br /><br />見た目はにこやかに見せかけつつ、その実怒りを押し殺したような響きの声がとても怖い。<br />対して、大銀杏に寄りかかった“悲惨な方”は、見上げて軽く片手を挙げる。<br /><br />「おはよう、真紅。とりあえず寝かせて。布団で」<br /><br />それだけ言って、そのままガクリと力尽きるように目を閉じた。聞こえてくるのは安らかな寝息。<br />ため息をついたのは、真紅と呼ばれた赤い少女。<br /><br />「JUM。この馬鹿をとりあえず泉に叩き込んでおいて頂戴」<br />「いいのか?そんな事して」<br />「こんな銀杏まみれを家に上げたいと思う?」<br />「……わかった」<br /><br />青年も案外と酷かった。<br />しばらく後、泉には悲鳴とともに大きな水柱が上がったと言う。<br /><br />「南無三!せめてもの供養として姉ちゃん呼んでくるから!」<br />「ちょ、がぼっ待ちなさいよぉ!寒っ!冷がぼっ!!」<br /></p>
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<p>後ろの声は聞こえない振りをしつつ、きびすを返して脱兎の勢いで家へと走る青年だった。<br /><br />それから半刻ほどが経ち。<br /><br />「あとは、服の方も乾かしたらにおいも取れると思うから、一寸我慢してね?」<br />「あ、ありがとぉ……」<br /><br />ガクガク震えながら布団をかぶって火鉢を占拠。<br />苦笑しながら、そんな水銀燈を見守る青年の姉、のり。<br /><br />「真紅ちゃんも、だめよ?いくら銀杏まみれだからって泉に放り込んだりしちゃ」<br />「こんな馬鹿、そのくらいで丁度いいのだわ。人んちの庭に突っ込んで、<br /> 拾う前だった今年の大銀杏の実を台無しにした挙句、第一声が布団を貸して、よ!?」<br /><br />言いながら水銀燈を睨みつける真紅。隣に座ったJUMは、どうした物かと様子を見守る。<br /><br />「そ、そういわれたってぇ、一日以上、人一人抱えて飛びつづけてたのよぉ。<br /> そんなときに目的地が見えたら気も抜けて眠くもなるわぁ」<br />「非力ね。そのくらい、私なら楽勝なのだわ」<br />「馬鹿力なあなたと一緒にしないでぇ!」<br /><br />そんな何時までも終わらない口論にため息をついて、JUMがとうとう口をはさむ。<br /><br />「で、結局今日はどうしてここに来たんだ?」<br />「そうよ!最近は天候も特に問題は無いはずだわ」<br />「あー、今日はその話じゃなくってねぇ。私今そっちの担当じゃないし……っくしょい!」</p>
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<p>くしゃみして、ずびっと鼻をすすりながら、水銀燈が横を見る。<br />其処には、すやすやと幸せそうに布団で眠る少女、めぐ。<br /><br />「この子なんだけどぉ」<br />「その子がどうかしたの? まさか都から攫って来たとか言うんじゃないでしょうね」<br />「まあ、それは置いておいてぇ」<br />「置いておかないで頂戴!もし村に迷惑をかけたりしたら、承知しないのだわ!」<br />「あはは、大丈夫よぉ。……多分。<br /> ともかくこの子ね、随分と霊やらなにやらに憑かれやすい性質らしくってぇ」<br /><br />文句をさりげなく流しつつ、水銀燈は続けていく。<br /><br />「その体質を何とかする方法、何かわからなぁい?」<br /><br />言われた真紅は、眉をしかめつつ答える。<br /><br />「そのくらい、里まで連れて行って調べればいい事じゃない。<br /> 長老連なんて私よりもずっと長く生きているのでしょう?」<br /><br />しかし、その答えには首が振られた。<br /><br />「そんな人達が、こんな下っ端の烏天狗の願いなんて、聞いてくれると思う?」<br />「思わないわね。貴方みたいな天狗の里では特にね」<br />「わかってるんじゃなぁい。で、他に聞いてくれるうちで一番知ってそうなのがあなたなのよぉ」<br /></p>
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<p>苦笑しながらも、真剣な目で真紅を見つめる水銀燈。<br />布団かぶって鼻をすすって股火鉢、なんて格好のおかげでその真剣さも台無しだが、<br />一応気持ちは伝わったらしい。真紅はため息をついて答えた。<br /><br />「わかったわ。まさか貴方が人間のためにこんなに動くなんて思わなかったわね。<br /> その驚きに免じて、今回は特別に貸し一つでね」<br />「あはは、免じた上で貸し一つなのぉ?ケチねぇ。」<br /><br />軽口を叩きながら、目線は隣の布団の方へ。<br /><br />「まあ、今回のは単なる気まぐれよ、気まぐれ。特に大きな意味も理由もないわぁ」<br />「そうなの?ならなおさらびっくりね」<br /><br />肩をすくめて、真紅は改めて人間の少女めぐを見下ろした。<br /><br />「……あら、この子」<br />「何かわかったぁ?」<br /><br />早速わかったのか、と期待の視線を向ける水銀燈。<br />しかし、返ってきたのはとても意外な言葉だった。<br /><br />「人間じゃないわ」<br /><br />―――<br /><br />しばらく時間は巻き戻り、朝焼けが照らす都にて。<br /><br />「御心配には及びません。この私が必ずや、あのにっくき天狗から姫を取り戻してまいります!」<br /><br />大きな屋敷の門前に、鎧を着込み武士の一団を引き連れた、若き貴族の姿があった。<br />言葉に頷き見送るは、この家の主。人々から柿崎の大臣と呼ばれる身分の高い男だ。<br />少々やつれた顔を引き締めて武士達を見送った後、彼は一人重々しく息を吐いた。<br /><br />都の大路を武士達は行く。先頭に立つは白馬に跨る貴族の男。<br />その後ろを行く、鹿毛の馬には女武者。<br /><br />「若君、狼禅山は都からはかなり離れています。最初からそのように鎧を着込んでいては……」<br />「だから、もう若君と呼ぶなと言ってるだろう巴。第一、この方が良いのだ。<br /> 大切な姫を攫われて消沈する大臣に、この鎧姿を見せて、少しでも安心して待って頂こうという、<br /> 俺なりの心遣いなのだからな!」<br /><br />その心遣いは、確かにもっともですけれど。「若君」に、巴と呼ばれた女武者は思う。<br />しかし、周囲を通る人々の視線が、一体何処で戦があるのかという興味と不安を伴って、<br />巴の背中にぐさぐさ刺さる。<br />この若君は、考える事は悪くないのだが、どうにも周囲に気をくばらなすぎる。<br />半ば並んで進んでいたのを速度を落として後ろに下がり、巴は小さくため息をついた。<br /><br />それにしても、と巴は思う。<br />一度は父が撃ち落したはずのあの烏……天狗が、よもや生きていたとは。<br />きっと、あの屋敷の奥に囲われていた姫に拾われたのだろう。<br />烏を探して一度屋敷に入った時は居ないと言っていたけれど、<br />もしかしたら哀れに思ってかくまったのか、それともその時にはまだ拾われていなかったのか。<br />どちらにしても、そんな命の恩人を攫っていくとは、なんと恩知らずな天狗だろうか。<br />巴は少し腹を立てる。<br /><br />そして、姫が攫われた現場に若君と共に居あわせながら、止められなかったことを悔やむ。<br />後少し、自分が速く踏み込んでいれば。後少し、剣の振りが速ければ。<br />姫は攫われていなかったかもしれないのだ。<br />さらに困った事に、今回の天狗退治には、最初に烏を落とした父は同行しない。<br />ゆえに、守り役の自分がしっかりしなくてはいけないのだ。<br />前を進む若君も、弱いわけでは決してないのだけれども。<br />先の一件でわかる通り、少々周りが見えていないところがある。<br />巴の後に続く部下達は言わずもがな。<br />少々憂鬱なため息をつく。気付いた部下に気遣われ、なんでもないわと微笑んだ。<br /><br />懐の上にそっと手を乗せ、お守り代わりの櫛が収まる辺りをなでて、きっと大丈夫、巴は思う。<br />故郷のあの子にもらった櫛が、私も皆も守ってくれる。<br />これから向かう狼禅山は、故郷の山からそう離れていない。あの子の力も強くなるはず。<br /><br />それは術の類に疎い巴の願望のようなものだった。けれども確かに櫛は力を持つのだろう。<br />妖怪の、変化の術を一目で即座に見破るなんて、普通は出来ない事なのだから。<br /><br />都の大きな門をくぐって、武士達は道を進みつづける。目指して進むは狼禅山。<br /><br />―――<br /><br />同じ頃、都の広がる盆地からは山をいくつも越えた先、山中にある神社の傍の家の中。<br />件の天狗、水銀燈が間抜けな声で問い返す。<br /><br />「……はぁ?」<br />「だから、人間じゃないのよ。」<br /><br />それを告げた真紅自身が、今やっと気がついたとでも言うように、目を少し見開いている。<br />静かに眠る少女に向けられた視線には、ちょっとした好奇心も含まれているだろうか。<br /><br />「な、だってそれ、普通なんとなく判る物じゃない、でも今まで全然そんな……えぇ!?」<br />「そう言われてもね……」<br /><br />混乱しながら食って掛かる水銀燈。真紅は少々眉をひそめてそれを押しとどめる。<br />そして、言葉を続ける事には<br /><br />「でもそうね。正確に言うならばこの子は半分くらいは人間ね」<br /><br />まったく訳がわからない。再び視線を少女に向ける真紅につられて、水銀燈もそちらを見る。<br />ついでに、今一度目を凝らしてみたものの、見た限り人外の力なぞ欠片も感じられなかった。<br /><br />「見間違いじゃあないの?」<br />「貴方、人を頼っておきながら、その言い草はないんじゃない?」<br /><br />ため息をついて、真紅が言う。<br /><br />「まあ、いいわ。多分これは狐かしらね。あいのこかもしれないわ」<br />「へ?でも、ほら都の有名な術師とか、狐の息子らしいけどすごい目立つって……」<br /><br />その言葉には首が振られて、話は更に続いていく。<br /><br />「この子の場合、何が理由か判らないけれど、狐としての部分が随分弱っているみたいだから。<br /> それで気付けなかったんじゃないかしら。」<br /><br />真紅はちらりと眠る少女の方を見て、肩をすくめた。<br /><br />「憑かれ易いっていうのもきっとその所為ね。魂の半分が弱りきっているのだから。<br /> 彼女を治すつもりなら、まずはここまで弱った原因を取りのぞくことからでしょうね」<br /><br />部屋を沈黙が支配する。しばらく後、口を開いたのは水銀燈だった。<br /><br />「ねぇ、真紅。もしかして、狐に悪霊除けの札って、効く?」<br />「多分効くのじゃない?狐って、実体を持っている割に憑き物みたいに人に憑くから」<br />「あと、魔除けのお香とか」<br />「魔除け以前に煙の類からしてダメね。狐退治は煙でいぶすものでしょう?」<br /><br />額を押さえた水銀燈から大きなため息が漏れる。<br /><br />「理由はわかったの?」<br /><br />その様子をみて真紅が尋ねる。<br /><br />「そうねぇ、だいたいは。ちょーっと引っかかる事はあるけどぉ……」<br /><br />水銀燈は疲れた顔で立ち上がる。そもそも彼女は昨日一日寝ていないのだ。<br />先ほどまでかぶっていた布団を降ろし、両手を上げて大きく伸びをする。<br />普段であればここで大きな翼も広がるのだが、今はこの狭い家中で邪魔になるので<br />折って畳んで仕舞われていた。要は、人に近い姿に化けたと言ってもいい。<br /><br />「ああ、もう。ちょっと寝るわ、真紅。一宿一飯の恩義は後で返すからぁ……」<br />「これだけ世話をかけておいて、寝床のうえに飯まで寄越せっていうのね?」<br /><br />呆れたような真紅の声に、不満げな視線を向ける水銀燈。<br />双方の口が開かれるのを、柔らかな声が遮った。<br /><br />「そのくらいいいわよぅ、たべていきなさいな」<br /><br />今まで傍で、事態を把握出来ないままに座して、控えめに聞いていたのりだった。<br /><br />「ありがとぉ、のりさん大好きぃ!」<br /><br />水銀燈が歓声を上げる。一方、口ほど嫌がってはいない真紅は、<br /><br />「のりが言うなら仕方がないわね」<br /><br />澄ました顔で椀に注いであった白湯を一口。<br />隣に座っていたJUMが、そんな真紅に苦笑する。即座にぴしゃりと腕を叩かれた。<br /><br />そんな様子を知ってか知らずか、真紅もこのくらい優しくなればいいのになどと<br />軽口を叩き、水銀燈は寝床へ向かう。<br />程なく敷かれた布団に倒れこみ、うつぶせのまま掛け布団をかぶりなおす。<br /><br />「それじゃ、おやすみなさぁい……ふわぁ……」<br />「まったく。一宿一飯の恩義と、ついでに貸し一つ。後でじっくり返してもらうのだわ」<br />「はいはぁい、わかってるわぁ」<br /><br />何時もの呆れた真紅の台詞におざなりな返事を返しつつ、<br />水銀燈はすぐに眠りの世界へと旅立っていったのだった。<br /><br /></p>