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第十六話 「魔」」(2006/12/21 (木) 12:43:02) の最新版変更点

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<p>第十六話 「魔」<br> <br> <br> 「はぁ……」<br> <br> 正直、僕は暇である。<br> 此処は病院、つい最近僕が入院した病院だ。<br> 今は正午、誰もお見舞いに来れるような時間帯ではない。<br> 水銀燈は僕と一緒に居たいとはいうものの<br> 僕がいつ死ぬかわからず、その日まで学校を休むという訳にもいかない。<br> 僕はもうすでに退学してある。<br> もう行けるような体じゃないからだ。<br> 何か……面白い事でもないだろうか?<br> ……無いな。<br> 病院にそんなものがある筈がない。<br> 僕は病院の廊下をひたすら歩く。<br> 散歩の時間までもが最近は制限されている。<br> 肺に負担をかけるからだと。<br> ほんとに厄介だなぁ……。<br> ……いっそ白兎が見えるようになったら暇しないんだけどな。<br> 白兎。<br> 白崎さんが死に際に見たと言う者。<br> もうこんな体なのだから僕にも見えそうなんだけどな……。<br> </p> <br> <p>自分の病室への帰路へつく。<br> 散歩時間は非情にももう終わりだ。<br> 全く、少しぐらい自由にさせて欲しい。<br> 自分の病室、周りには重病患者ばかりが居るという。<br> 自分と同じように癌の人やその他の病気の死に近い人が多いという。<br> 最も、自分と同じ位の歳の子などは居なく<br> 大体は中年や、或いはそれ以上の老人ばかりだ。<br> こんな若くてこんな所に居る僕は珍しいんだろうな。<br> ……ん?<br> 個室の病室のドアが看護婦によって開かれ<br> そこから一人の少女が見える。<br> 髪は腰辺りまで伸びていて黒色。<br> 体は細く、いかにも死にかけのような感じだ。<br> こんな子居たのか。<br> ……この子ももうすぐ死んだりするのだろうか?<br> もしかしたら水銀燈の言っていた子かもしれない。<br> 気になる、気になる。<br> 水銀燈は僕が死ぬことを悲しんでくれる。他の友も悲しんでくれる。<br> けど、“死の恐怖がわかる人間は誰も居ない”。<br> その気持ちは同じく死に近い人しかわからない。<br> ……ちょっと話してみたいな。<br> 僕はそんな事を考える。<br> 看護婦が出て行ったら……ちょっと入ってみるか。<br> 見ず知らずの少女の部屋に入るなど普通なら言語道断だろうがこの際いいだろう。<br> </p> <br> <p>看護婦が出て行く。<br> 少し待つ、看護婦が遠くまでいくのを見て……よし。<br> 僕は部屋に近付く。<br> ノックをする、返事は無い。<br> ……入って良いのだろうか?<br> 僕は考える。<br> ノックを無言で返されるという反応は初めてだからだ。<br> さて、どうすれば……。<br> <br> 「あなた誰?」<br> <br> 前を見る。<br> 病室のドアを中から開けて一人の少女が出てきている。<br> さっき見た少女だ。<br> <br> 「看護婦さんなら返事が無くても入ってくるけど。君は入院患者?」<br> 「え、あ、うん。この近くの個室に入院している」<br> <br> 一瞬驚いたような表情を少女は浮かべる。<br> そりゃそうだ、この辺のフロアは重症患者ばかりなのだから。<br> つまりは僕も重症という事が理解できるだろう。<br> 少しきょとんとしたかと思うと少女は微笑む。<br></p> <br> <p>「入って、色々お話してみたい。私は柿崎メグね」<br> 「あ、ぼ、僕は桜田ジュン。よろしく」<br> <br> 予想外にも自分の思い通りになる。<br> 計算違いは相手から進んで僕を招き入れた事ぐらいだ。<br> まぁ結果オーライというやつか。<br> 僕はそんな事を思いながら中へ入る。<br> 質素な部屋、見舞い品のひとつもなくただの白に支配されている。<br> 純粋、純白、まさにこの言葉が似合っていた。<br> <br> 「座って」<br>  <br> 少女……柿崎さんが指差す小さな椅子に座る。<br> からからと点滴台を側に寄せる。<br> <br> 「なんで入院してるの?」<br> <br> 直球。<br> オブラートもくそもない。<br> このフロアの患者にそういう風に聞くなんて……。<br> まぁ、この子も同じフロアの患者だからいいか。<br> <br> 「肺がん、あと三ヶ月持てばいい方だって」<br> 「……怖くないの?死ぬの」<br></p> <br> <p>「怖いな、ほんとに怖い。ほんと恐ろしい」<br> <br> 恐怖が消えることはない。<br> 今尚、僕から死という恐怖は消え去る気配を見せなかった。<br> <br> 「へぇ、私はいつ死ぬかわかんないんだ」<br> 「……と言うと?」<br> 「心臓病、生まれた時からもうすぐ死ぬよとばっか言われてもうわからない」<br> <br> ……生まれた時から?ずっと?<br> <br> 「はぁ……いつ死ぬんだろうな、覚悟も何も出来ないんだよ」<br> <br> 限られた時で僕は必死に生きようとしている。<br> 正確にいつ死ぬかはわからないがそれでも少しの間頑張る気にはなれる。<br> 柿崎さんはそれさえも出来ないのか……?<br> <br> 「ジュンは恋人とか居るの?」<br> 「……ああ」<br> 「じゃあ悲しまない?恋人」<br> 「とんでもなく悲しむな、……年甲斐もなく二人で泣いた事もあるし<br> 「良い恋人だな」<br> 「ああ、自慢の恋人だ」<br></p> <br> <p>「じゃあ悲しいでしょう?お別れ」<br> 「……ああ」<br> 「けど幸せだったんだよね?」<br> 「……ああ、とても一杯幸せを貰った」<br> 「少し、羨ましいな」<br> <br> 柿崎さんは笑ってる顔を少しゆがめてそう言う。<br> しかし、また笑顔となる。<br> 悲しい、悲しい笑顔。<br> <br> 「私なんか君が初めてじゃないかな?」<br> 「何が?」<br> 「同じ歳ぐらいで話したの。<br>  此処に来るのはおじいさんとかばっかだから」<br> <br> 確かに。<br> 実際に平均年齢は五十以上あるかもしれない。<br> 僕は異例だ。<br> まだ十代なのにこんな所に入院するなんて普通は無いだろう。<br> <br> 「恋人、友達、言葉でしか知らない」<br> 「……」<br> 「欲しいとは少し思うんだけどね、十何年間も思ってたね。<br>  些細な願いだけど、どうせ死ぬんだから」<br></p> <br> <p>自分も死ぬ。<br> それは変わりはない。<br> けど、自分は“幸せ”を知っている。<br> “思い出”がある。<br> けど、柿崎さんにはない。<br> <br> 「柿崎さん」<br> 「メグでいいよ」<br> 「……メグは死ぬのは怖いのか?」<br> 「全然」<br> <br> あっさりと言いのける。<br> 笑顔からは確かに恐怖が感じられない。<br> なにか違和感を感じるけど。<br> <br> 「けど寂しいな」<br> 「と言うと?」<br> 「少しくらい思い出作りたかったかも」<br> <br> かも、とは言ってるけど本心なのだろう。<br> ……ほんとにこの子は死の恐怖がない。<br> けど寂しさ、少しは残ってたんだろう。<br></p> <br> <p> 「そうだ、初めて会ったけどジュンの事は覚えとくよ。<br>  少しぐらい思い出欲しいしね」<br> <br> 僕とメグとは初対面。<br> ただ初めて会った相手との会話でさえ<br> そんな普通の人ならすぐ忘れるような事でさえメグは忘れないようにしている。<br> 僅かでも思い出が欲しいから。<br> <br> 「……」<br> <br> 少しして、僕は口を開いた。<br> 民謡か何かで聴いただけの曲。<br> それを口ずさんでいた。<br> <br> 「からたちの……花が咲いたよ……」<br> 「……?」<br> 「白い白い……」<br> <br> <br> <br> 少しして歌い終える。<br> “思い出の曲”。<br> 確か……からたちの歌だったかな?<br> ただ童謡のようにリズムだけは覚えている、そんな曲。<br></p> <br> <p>「なにそれ?」<br> 「からたちのうた、“思い出の曲”」<br> 「へぇ……いい歌だね」<br> 「だろう、ぱっとしない曲だけど頭によく残る。<br>  良ければ“思い出”にしてくれ」<br> <br> 死に近い僕から死に近いメグへのプレゼント。<br> 考えてみると変わってるな。<br> <br> 「ありがと」<br> <br> メグは一言そう言った。<br> 笑顔を浮かべて、どことなく嬉しそうな気がした。<br> 少しはこれで寂しさが紛れるだろうか?<br> 紛れるといいな。<br> <br> 「これで少しは寂しさがなくなるよ」<br> 「そりゃよかった」<br> 「ほんとありがとね」<br> <br> メグはそう言うと僕に唇を重ねる。<br> ずっと入院しているせいか知らないけど<br> 恐らく純粋なこれは感謝の気持ちだろう。そう思うものの僕は戸惑ってしまう。<br> </p> <br> <p>「!!!」<br> 「ほんとにありがとね」<br> <br> ……水銀燈としかキスした事無かったんだけどな。<br> ノーカウント。<br> そう言うことにしておこう。<br> 水銀燈に知られてる訳ではないが勝手に自分の中でそう審判を下す。<br> <br> 「お、驚くよ……」<br> 「なんで?」<br> 「だって……」<br> <br> そこで言葉が止まる。<br> 状況が把握出来なくなったからだ。<br> この病室はメグと僕との二人きりの筈。<br> しかし、いつの間にかもう一人居る。<br> 明らかに異質さを感じさせる黒のスーツにシルクハットと杖。<br> それだけでも怪しいが……顔は兎だ。<br> <br> 「お、お前……」<br> <br> 間違いない、白兎だ。<br> 見えるようになるとは……体が弱ってる証拠だな。<br></p> <br> <p>「ラプラスさん」<br> <br> メグがそう言う。<br> え?誰の事だと思い目線を追うと白兎に視線を注いでる。<br> なぜ見えるんだ?疑問を浮かべるがそれは案外早く解ける。<br> そうだ、この子も死に近いのには変わりないんだった。<br> 見えるのは道理か。<br> <br> 「おやおや?少年とあなたが会うとは」<br> 「ジュンも見えるんだね」<br> 「え……と言うより今見えるようになったな」<br> 「成る程成る程、その身向かうは冥土へと。<br>  私が見えるようになりましたか」<br> 「ああ……名前なんて無いんじゃないのか?<br>  こいつはただの“思想”か何かだって」<br> 「おや?よく知っていますね。名前無い故に全ての名を持つ。<br>  まずで水のようでどの形にでも化けれるのです」<br> 「つまり?」<br> 「わたしがラプラスって名付けてるんよ。可愛い名前でしょ」<br> 「……」<br> 「あなたも好きなようにお呼び下さい」<br> <br> ……ラプラスね。<br> 外見に合わずほんとに可愛い名前だ。<br> じゃなくて。<br></p> <br> <p>「お前は神様か何かか?」<br> 「神、悪魔、光、闇、存在、色んな言い方で人は呼びますね」<br> <br> つまりは何でもか。<br> ……あの世の使いだっていうのだからこいつは悪魔。<br> 悪魔だな、こいつは悪魔だ。<br> <br> 「悪魔か」<br> 「そう思っていただいて結構」<br> 「“ラプラスの魔”」<br> 「ほう?」<br> 「魔だ、魔。ラプラスの魔だお前は。あの世の使いだからな。悪魔だ悪魔、魔だよ」<br> 「天使じゃなく魔だと?」<br> 「生憎、天国に逝けるような柄じゃなくてね」<br> <br> 神様はどうも僕を嫌っている。<br> あの世があるかは知らないが<br> あって、行くとしたら間違いなく地獄だな。<br> つまり、こいつは“ラプラスの魔”だ。<br> こいつの嫌な性格にお似合いだな。<br> ラプラスの魔が死の原因という訳じゃない。<br> ただ僕は僕は怒りをぶつけたかった。<br> <br> 「変な名前になったねラプラスさん」<br> 「結構、名を求める事はありませんので」<br> 「はぁ……」<br></p> <br> <p>「“折角ですからあなたの身近な人の前では<br>  “ラプラスの魔”と名乗っときましょう”<br>  そっちの方が“後々”皆さん言いやすくなると思いますしね」<br> 「後々?」<br> 「ずっと後の事です、死んでからのお楽しみという事で」<br> 「へ……よろしくお願いしますラプラスの魔」<br> 「よろしく」<br> <br> かなり嫌味ったらしく言ったがなんの反応も無しだ。<br> この悪魔……ラプラスの魔が見えるようになったという事は逆に<br> 見えなくなくなる事も無いだろう、<br> 目障り、という言葉が似合うな。<br> <br> 「そういえばジュンは結婚しないの?」<br> 「……は?」<br> <br> 突如メグが言い出す。<br> いきなり過ぎて何を言ってるのか一瞬理解に困った。<br> <br> 「あ、あのさ……」<br> <br> メグは詳しい法律とかも知らないのだろうか?<br></p> <br> <p>「生憎、まだ歳が足りないんだ」<br> 「で?」<br> 「で?と言われても……」<br> 「関係あるの?」<br> 「……」<br> 「よく聞くよ、“愛は縛られない”って。<br>  決まりとか関係あるの?<br>  好きだったらするんじゃないの?」<br> 「……」<br> <br> 愛は縛られない……本か何かで見たのだろうか?<br> 何ともくさく甘い台詞だ。<br> けど、メグの言ってる事に反論できない。<br> 正しいといえば正しい。<br> けど……けど……。<br> 僕は素直にメグの意見に完敗した。<br> そして、メグの意見はもっともだと思った。<br> <br> “愛は縛られない”<br> <br> 短く、重いその言葉は僕に一つの考えをもたらそうとした。<br> </p>

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