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1回目」(2006/12/13 (水) 02:46:20) の最新版変更点

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「距離…………3000」<br> <br> 赤色灯が点された薄暗い空間に、若い娘の、低く押し殺した固い声が流れる。<br> 室内に立ちこめる空気は、息苦しいほどに張り詰めている。<br> それに、とても蒸し暑い。誰もが、瑞々しい柔肌を汗に濡らしていた。<br> <br> 「履帯音より照合。敵は一両のみ。バジリスクに間違いないかしら」<br> 「……そのようね。相変わらず、貴女の耳は優秀なのだわ」<br> <br> 敵の姿は、ペリスコープを通して真紅も確認していた。<br> カールツァイスの双眼鏡の向こうで、敵が褐色の排煙を舞い上げ、近付いてくる。<br> T-34s。通称バジリスク。人間を狩るためだけに稼働している、ロボット戦車である。<br> 対する彼女は、車長用のキューポラに陣取り、鋼鉄の獣を御する立場にあった。<br> 仲間の娘たちを指揮して、生き延びるために――<br> <br> 「蒼星石、Pzgr43/44(徹甲弾)を装填。2500で撃つわよ。急いで」<br> <br> 「了解、真紅」装填手である蒼星石が、蹌踉めきながら、128mm砲弾を両腕で抱え、<br> 砲尾へと押し込んだ。「装填完了!」<br> <br> 「早いわね、上出来よ。金糸雀、敵との距離は?」<br> 「2800かしら。まだ、こっちには気付いてないみたい。道なりに近付いてくる」<br> 「それは、なによりだわ。茂みに潜んで偽装していても、油断はできないものね」<br> <br> 真紅は双眼鏡から顔を逸らせて、戦車兵の証である黒い制服を纏った砲手の背中に、視線を送った。<br> <br> 「そろそろ出番よ、水銀燈。砲弾も少なくなってきたわ。外さないでね」<br> 「ふふっ……誰に言ってるの、真紅ぅ」<br> <br> 砲手の水銀燈は、TZF.9f照準器を覗き込んだまま、不敵に笑った。<br> 落ち着き払って微動だにしない背中が、揺るぎない自信のほどを窺わせる。<br> <br> 「2500mなら百発百中よ。一撃でジャンクにしてやるわぁ」<br> 「頼もしいわね。信じてるわよ」<br> <br> 彼女の背に微笑みを投げかけて、真紅が再び、首に下げていた双眼鏡を覗き込もうとした矢先、<br> 金糸雀の切迫した声が、戦闘室内に反響した。<br> <br> 「真紅っ! 砲塔の旋回音を確認っ! こっちの位置を特定されたかしらっ」<br> <br> 真紅は小さく舌打ちして、金糸雀に負けないくらいの大声で叫んだ。<br> <br> 「距離はっ!」<br> 「ええと……2700! バジリスクの76.2mmなら、まだ射程圏外かしら」<br> 「そう。こちらは悠々、有効射程内ね。水銀燈! 射撃用意!」<br> 「いつでも良いわよぉ。ちょぉっと遠いけど、当ててみせるわ」<br> 「翠星石っ! 砲撃後、すぐに移動するわよ!」<br> 「はいですぅ!」<br> <br> 片耳だけに着けたヘッドホンから、操縦席に座る翠星石の、元気のいい声が返ってくる。<br> <br> 真紅は双眼鏡を手に、ペリスコープを覗き、命令を下した。<br> <br> 「Feuer!」<br> <br> 爆音を轟かせて、55口径128mm砲が火を噴く。<br> 放たれた徹甲弾は初速900m/s超で空を切り、T-34s目がけて飛んでいく。<br> 128mm砲弾は、与えられた運動エネルギーを十二分に生かし、真紅が見守る先で、<br> 敵の前面装甲を穿っていた。車内で砲弾が誘爆したらしく、敵戦車の砲塔が宙を舞う。<br> <br> 「命中、撃破確認。蒼星石、念のために、次弾装填。<br>  あいつが仲間を呼んだかも知れないわ。急いでここを離れるわよ」<br> 「RM動力機関、始動したですっ。いつでも発進できるですよ!」<br> 「Panzer vor! 金糸雀、索敵は任せるわ」<br> 「ティーガーⅢ、前進ですぅ!」<br> 「諒解かしら!」<br> <br> 翠星石と金糸雀の返事が重なった直後、鋼鉄の獣は大地を揺らし、65tの巨体を白日の下にさらした。<br> ティーガーⅢは化石燃料などに頼らない最新鋭のRM動力機関を装備している。<br> ポルシェ博士の電気自動車理論を、優秀な科学者の顔をあわせ併せ持つ職人、ローゼンが発展させ、<br> たった一両のみ製造された試作兵器だ。<br> <br> 長く突き出した128mm/L55の砲身には、実に40本以上の白線が描かれている。<br> キルマークと呼ばれるソレは、文字通り、敵戦車の撃破数を示していた。<br> その殆どはバジリスク相手に稼いだスコアだったが、M26Aアリゲーターや、<br> JS3cクロコダイルも少なからず含まれていた。どちらも強力な重戦車である。<br> <br> <br> 突如、索敵していた金糸雀が、悲鳴に近い声を上げた。<br> 「真紅っ! 周囲3000圏内に敵の反応かしらっ! バジリスクが5、自動人形は多数っ」<br> <br> 自動人形とは、機械じかけの兵士である。人間の子供サイズだが、接近されれば厄介だ。<br> やはりね……と、真紅は独りごちて、ヘッドホンのマイクに命令を吹き込んだ。<br> 敵の増援が来ることは、薄々、予想していたことだけに、落ち着き払っていた。<br> <br> 「翠星石、すぐ左手にある窪地に入ってちょうだい。起伏を掩蔽地にするのよ。<br>  三時方向に砲塔旋回。分散される前に、トカゲ狩りを終えるわよ」<br> <br> 窪地から砲塔だけを突き出す格好で、彼女たちの戦車は停止し、<br> ただちに真紅の指揮どおりの動きを見せる。<br> 電動モーターが呻り、敵に砲身を向けた128mmが轟音を放ち、一両の戦車を屠った。<br> その後も約30秒間隔で3回の砲撃が行われて、悉く命中、撃破する。<br> 戦車の誘爆に巻き込まれた自動人形が吹き飛び、倒れ、動かなくなった。<br> <br> 残り二両となったところで漸く、敵も分散し始めた。<br> 一両は明らかに、ティーガーⅢの後背へ回り込もうとしている。<br> 戦車は前面装甲こそ分厚いが、後背面や上部装甲は薄く、最大の弱点となっている。<br> それは、このティーガーⅢも例外ではなかった。<br> <br> 「翠星石っ、後退しつつ左旋回! 砲塔は三時に固定のまま、<br>  後ろに食い付こうとしている敵を一撃するわよ!」<br> <br> ティーガーⅢはその巨躯に似合わず、素直に真紅が思い描いたとおりの動きをする。<br> <br> 真紅が「いい子ね」と呟くのと同時に、128mmが発射され、<br> また一両のT-34sが一瞬にして鉄屑と化した。<br> 残りの一両は、ティーガーⅢの真正面から突っ込んでくる。<br> 全速を出していることは、吐き出しているディーゼルエンジンの黒煙で判断できた。<br> <br> 「砲塔、12時方向に旋回よ」<br> 「バジリスクとの距離、2000を切ったかしらっ!」<br> 「Pzgr43/44装填完了! いつでも撃てるよ」<br> <br> 戦闘室内に殺気だった怒号が飛び交い、生死をかけた数秒が流れる。<br> こちらが撃つのが先か。それとも、敵に撃破されるのが先か。<br> <br> 「照準固定っ! いけるわよ、真紅!」<br> 「Feuer!!」<br> <br> 真紅の号令一下、巨砲が火を噴き、T-34sの斜傾装甲を易々と撃ち抜いた。<br> 爆発、炎上する様を一瞥しただけで、真紅は次の命令を発する。<br> <br> 「さあ、残った自動人形どもを一掃するわよ。翠星石、微速後退!<br>  蒼星石、Sprgr.L5.0(榴弾)装填。<br>  金糸雀は、引き続き索敵をお願い。敵機への警戒も怠らないようにね」<br> <br> 命じられた娘たちは即座に返事をして、自分たちの務めを確実に果たす。<br> 今日まで共に戦い、死線を潜り抜けてきた仲間だからこそ、呼吸もピッタリだった。<br> そして、守護神ティーガーⅢは、今日も彼女たちを守り続ける――<br> <br> 補給廠へ向かう道すがら、日誌に戦果報告の記載を済ませた真紅は、<br> キューポラのハッチを開き、半身を乗り出していた。<br> 吹き過ぎる風が、汗ばんだ肌を優しく撫で、彼女の金髪を靡かせる。<br> 戦闘の興奮で火照った身体が、心地よく冷やされていった。<br> <br> ふと、草原に転がっている、赤茶けた物体が視界に入った。<br> 破壊され、打ち捨てられたままの自動人形だった。<br> のっぺりとした装甲の体躯は、デッドコピーにしても、造りが粗雑すぎる。<br> 損壊の激しい人形は雑草に抱かれながら、どこまでも高く蒼い空を、恨めしげに見上げていた。<br> この子もまた、被害者なのかも知れない。<br> <br> (――あなたは、何をお考えなのですか?)<br> <br> 真紅は、後方へと過ぎ去っていく壊れた人形を目で追いながら、胸の中で問いかけた。<br> 今はどこにいるとも知れない、偉大なる職人――<br> 彼女たちが駆る、この鋼鉄の猛獣を生み出し、<br> 自動人形たちの原型、オリジナル・ローゼンメイデンを作り出した男へと。<br> <br> (お父様…………何故、こんなにも虚しい戦いを続けさせるの?<br>  どうして、世界を混乱の渦に陥れ、人類を抹殺しようだなんて企んだの?)<br> <br> 真紅は、父の考えが全く解らなかった。<br> 解らないからこそ、再び父と相見え、問い質すために、生き延びようと思った。<br> 生きることは戦うこと……。<br> かつて、父が教えてくれた言葉が心の拠り所になっているのは、なんとも皮肉だった。<br> <br> 世界を巻き込んだ大戦は、もはや枢軸軍も連合軍もなく……<br> <br> 人類は存亡を賭けて、押し寄せる機械の軍団に対し、<br> <br> 絶望的な抵抗を繰り返していた。<br> <br> <br> ――――――――――――――――――――――――――――――<br>  西暦1947年4月16日<br> <br> 今日の戦闘で、6両のT-34sと、無数の自動人形を破壊した。<br> けれど、所詮は“焼け石に水”でしょうね。敵はすぐに、損害を補充してくるもの。<br> <br> 私たちは、いつまでこんな戦いを続けなければならないの?<br> いつになれば、埃にまみれ、汗と血で汚れた軍服などではなく、<br> 煌びやかなドレスに身を包んで、幸せな乙女として暮らせるの?<br> <br> <br> 教えてください――――お父様。<br> <br> ――――――――――――――――――――――――――――――<br> <br> 日記代わりの手帳に想いの丈を綴って、真紅はそれを、軍服の胸ポケットに押し込んだ。<br> 不条理な現実に憤る感情を、華奢な身体に詰め込んで押し潰すように、<br> 力強く……。

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