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「僕は振り向かない」(2006/10/31 (火) 21:23:55) の最新版変更点
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墓場で一人、男が立っていた。スーツにネクタイ姿のその男はどうやら仕事帰り<br>
らしく、片手にはさっきまで使っていた鞄をぶら下げている。その割にお供えら<br>
しいものは一つも用意せずただただ立ち尽くしているだけだった。<br>
男の目の前には「金糸雀」と刻まれた墓石が一つ。そばには線香が立てられ、ゆ<br>
らゆらと煙を放っている。<br>
男はそれがなんだか不健康な気がして、煙を手で払い除ける。そしてもっと不健<br>
康なものを吸いはじめた。<br>
「すまんな。
おまえが死んでからこれ吸わないとやってけねーんだよ」<br>
ポケットから箱を取り、白い棒をはじき出す。タバコだ。<br>
男は慣れた手つきで鈍く光るジッポを指で弾き、タバコに火を点けた。<br>
うまい。<br>
やっぱり、ストレスたまってると味も違うもんだな。<br>
今日、男は散々いろんな仕事を押しつけられたり、理不尽に上司に叱られたりし<br>
ていた。しかもその理由が後輩のヘマでその後輩は「サーセンwwww」などと<br>
ヘラヘラしていたので本当にイライラしていた。<br>
とりあえず、そいつを一発殴ってクビにしてある程度は納まったが、そのあとは<br>
何とも言えないブルーな気分に襲われて理不尽な残業がえりに、深夜の墓場に来<br>
ていたのだ。<br>
<br>
別に墓にあいさつしに来たのではない。でも、ここにこれば金糸雀に会えるよう<br>
な気がしてなんとなく立ち寄ったのだ。<br>
彼女は死んでしまった。<br>
重たい心臓の病気で、耐えられて10年と言われている病をがんばってがんばって17<br>
年にした。<br>
7年。<br>
たった7年でも、俺達にはとても幸せな時間だった。毎年、夏にしか咲かない花を<br>
見に行ったり、秋には病院内にある銀杏を病室に持ち帰ったり、医者の制限はあ<br>
るものの冬には雪だるまをつくったりもした。<br>
でもそれがだんだんぎこちなくなってきて、ある程度遊んだらすぐに病室に戻る<br>
うになっていき、ついには車椅子でしか行動が許されなくなった。<br>
そして高校1年生の冬。<br>
彼女は外出許可が降りなくなった。<br>
悲しいが仕方なかった。彼女の病状を考えればもっと早く、閉じ込めるべきだっ<br>
たのかもしれない。でも、彼女の強い要望によりギリギリかあるいはギリギリよ<br>
りも少し進んだタイミングまで、外出許可をもらって遊んでいたのだ。それがな<br>
かったらもっと長生きできたかもしれない。<br>
しかしその二年後、金糸雀が亡くなったあとに担当医は言った。<br>
「どの道長くはなかった。
だったら彼女の望むことをしたほうがよかったはず<br>
だ」<br>
その通りだ。<br>
<br>
気付けばタバコは残り2本になっていた。今日はやけにタバコを吸ったので、もと<br>
もと少なかったのだろう。男は少し迷ったが、一本に火をつけ一服すると線香の<br>
横に、そっとおいた。<br>
そして最後の一本に火を点けて、彼女に語りかける。<br>
今日、あったこと。<br>
昨日あったこと。<br>
そして、明日はどうするかとか。<br>
こうゆうことは、深夜じゃないとできない。近くに人がいたら、変な目で見られ<br>
ること間違いなしだろう。<br>
でもそんなことも今日で終わり。<br>
僕は決心していた。<br>
とても大事なことを。<br>
「俺、おまえのこと忘れるよ」<br>
少し墓石が反応したような気がした。気のせいか、それとも・・・俺はことばを<br>
つなげる。<br>
「そろそろ、おまえのこと忘れないとつらいんだ。お前ならたぶんわかってるは<br>
ずだ。 俺は死にたくてタバコを吸い続けてるんだ。 ガンにでもなればすぐに<br>
死ねるだろう。 これなら、命を粗末にしたって事にはならないしな」<br>
屁理屈なのはわかっていた。死にたくてタバコを吸ってるなら、自殺するのと同<br>
じだ。<br>
だけど彼女に会うために、死ぬ原因がほしかった。だけど、彼女が必死で掴み取<br>
ってきた命を、そんなに簡単に捨てるのは彼女に失礼だと思ったのだ。そして考<br>
えた結果がタバコだった。<br>
<br>
「馬鹿だよな俺って」<br>
そういって、僕は笑った。しかし墓石は答えない。冷たい石のままでひたすら固<br>
まっている。<br>
「お前は、そんなこと望まないのにな・・・・・・」<br>
そういって最後の短くなったタバコを指で飛ばす。<br>
タバコは赤い光を帯ながら、放物線を描いて湿った土の上に転がった。赤い光が<br>
徐々に弱くなっていく。<br>
すこし黙った後、俺は再び決心を打ち明ける。<br>
「俺、長生きするよ。その後でお前に会いに行くから」<br>
タバコの火が完全に消えたとき、俺は身を翻して帰路にむかった。<br>
「まってるかしら」<br>
後ろで声が聞こえた。懐かしい声だ。<br>
俺はあえて振り向かずに、<br>
「おう。 お前も俺が長生きしすぎても拗ねんなよ」<br>
とかえす。<br>
後ろで彼女がほほえんでいるような気がした。でも、僕は振り向かない。<br>
決心したんだ。彼女にはもう依存しないと。<br>
俺だっていつまでも子供じゃない。<br>
さよならくらいかっこよく決めるさ。<br>
「またな」<br>
俺は静かに墓場を後にした。<br>
<br>
END<br>
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