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お嫁に行きたいから」(2006/03/04 (土) 16:48:33) の最新版変更点

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<p>「あかりをつけましょ ぼんぼりに~<br>  <br>  おはなをあげましょ もものはな~<br>  <br>  ごーにんばやしの ふえたいこ~<br>  <br>  きょーうはたのしい ひなまつり~」<br>  <br> 雛人形の前で無邪気に歌う幼い少女。私だ。<br> 「すいぎんとうは、うたがじょうずだね。」<br> 「えへへ、ありがとう。」<br> 私を誉めてくれた、これまた幼い少年。ジュンだ。<br> その日は雛祭りで、雛人形をジュンに見せるために家に呼んでいた。<br> 「おひなさまって、すごくきれいだね。ぼく、はじめてみたよ。」<br> 「うん、ジュンのうちは、ジュンひとりだもんね。おひなさまはないよね。」<br> ジュンと私は生まれて間もない頃からの幼なじみ。お互いに一人っ子で、家も近かったので、<br> 昔はよくこうして一緒に遊んだ。<br> その年に初めて雛人形を買ってもらったのだが、親が親バカだったのか、<br> 女の子は私一人であるにもかかわらず8段飾りの立派な雛人形を買ってもらった。<br> 雛祭りの二日前に飾り、あまりに嬉しかったので、ジュンにも見せてあげたくて呼んだのだったと思う。<br> 「ねえ、おひなさまって、おだいりさまのおよめさんだよね?」<br> 「うん、たしかそうだったよ。ぼくのおかあさんがいってた。」<br> 「すごくきれいだよね。わたしもおよめさんになれば、あんないしょうきれるのかな?」<br> 幼い頃は、きれいな衣装に憧れるものだ。きっと私もお雛様の衣装に憧れ、こんなことを言ったんだと思う。<br> 「うん、きっときれるよ。もしすいぎんとうがぼくのおよめさんになったら、ぼくがいしょうをつくってあげるよ。」<br> その頃すでにジュンは裁縫が得意で、よく自分で作ったぬいぐるみを私にくれていた。<br> 「ほんとう?じゃあ、わたしジュンのおよめさんになる!やくそくだよ!」<br>  <br>  <br> 遠い日々の記憶。あれから何回雛祭りがやってきたのだろうか。<br> 私は今高校生だから、少なくとも十回はきただろう。<br> そして今年もまた雛祭りがやってきた。<br> あの後も何回か雛祭りにジュンを家に呼んだが、小学校に入るとそれもなくなってしまった。<br> 小学生になり、それぞれ家は近くはないが仲のいい友達ができて、一緒に遊ばなくなってしまったのだ。<br> 私はその幼い約束を覚えており、それが少し悲しく感じられた。<br>  <br>  <br> 「水銀燈、日直だろ。戸締まり頼んだぞ。」<br> 「あ、はい。わかりましたぁ。」<br> 放課後の教室。<br> 今日はテスト前日なので、授業は昼までだ。<br> この学校にはなぜか自習室というものがないので、学校に残って勉強はできない。<br> テスト前なので、クラブをするわけにもいかない。<br> そんなときにはもう家に帰るしかないので、みなすぐに帰ってしまう。<br> 私は今日運悪く日直だったので、担任の梅岡に言われて戸締まりをしなければならない。<br> 日直は教室に最後まで残り、クラス全員が帰った後戸締まりをする。<br> それがこの学校の日直の仕事。<br> 私も正直戸締まりなどほっぽりだしてさっさと家に帰りたかったのだが、<br> 教室のロッカーにはみんなの荷物やらなんやらが置いてあるので、そういうわけにもいかない。<br> 仕方なく窓に鍵をかけ、カーテンを閉め、職員室まで教室の鍵を取りに行く。<br> まさに鍵をかけようとしたとき、後ろから声が聞こえた。<br>  <br>  <br> 「ごめん、ちょっと待ってくれ!」<br> 声のする方を向くと、息を切らしたジュンが立っていた。<br> 「あら、ジュン。どうしたのぉ?」<br> よほど早く走ってきたのか、髪から汗がポタポタと落ちる。<br> 「いや、化学のノート忘れちゃってさ。化学って明日だろ?だから取りに来たんだ。」<br> なるほど。息を切らしてまで戻ってくる理由はわかった。<br> ジュンが教室の自分の机からノートを取り出すまで、鍵をかけるのを待つ。<br> ジュンが教室から出た後、施錠。<br> 「化学苦手だからさ、僕。ノートがなきゃ全然わかんないんだ。」<br> 「うふふ、ジュンらしいわねぇ。」<br> ジュンが必死にノートの内容を頭に詰め込んでいる様子を想像し、頬がゆるむ。<br> 「そうだ、水銀燈って化学得意だっただろ。よかったら今日教えてくれないか?」<br> 「え?」<br> 想像していたのは一人で勉強しているジュンの姿だったので、思わず聞き返してしまう。<br> 「ダメかな…?今回のテストの範囲でよくわからないところがあるんだけど…」<br> たしかに私は非常に化学が得意だ。<br> 断る理由もないし、久しぶりにジュンを家に呼ぶ口実ができると考えると、断るわけがなかった。<br> 「ええ、いいわよぉ。私でよければ。」<br> 「ホントか?ありがとう!よし、これで明日の化学は安心だな!」<br> 小さくガッツポーズをするジュン。その姿がどこかおかしくて、つい笑ってしまう。<br> 「クスクス、じゃあ、今12時半だし、2時に私の家に来てくれる?」<br> 「わかった。行かせてもらうよ。」<br> そこでふと時計を見るジュン。<br> 「あちゃー、今からじゃあいつらに追いつけないな…」<br> あいつらというのは、おそらく一緒に帰っていたジュンの友達だろう。<br> ジュンが教室を出たのは12時前だったので、おそらくもうみな家に着いているだろう。<br> 「せっかくだし、一緒に帰ろうよ。」<br> 「そうだな。そうするか。」<br> そう言ってジュンと鍵を職員室まで返しに行き、学校を出る。<br>  <br>  <br> 帰り道。<br> 「いやー、水銀燈と一緒に帰るのってずいぶん久しぶりだな…」<br> 「そういえばそうねぇ。何年ぶりかしら?」<br> 何年ぶりになるのだろうか。最後に一緒に帰ったのはいつだっただろうか?<br> 「中学校に入ってからはもう全然一緒には帰らなかったよな…クラスはずっと一緒だったけど。」<br> 「うーん…思い出せないけど、きっと思い出せないくらい昔みたいねぇ…」<br> 「そうみたいだな…」<br> ジュンが苦笑する。<br> 中学生・高校生になってから起こるすれ違い。親しければ親しいほど、そのすれ違いが寂しく感じられる。<br> 「小さい頃は、よく一緒に遊んでたのよ。何して遊んでたか覚えてるぅ?5歳とかそれくらいのときの話だけど。」<br> 覚えていたらいいな…そんな淡い期待を抱いて聞いてみる。<br> 「5歳かぁ…遊んでたのは覚えてるけど、十年以上も前になるとさすがに何して遊んだかまでは覚えてないなぁ…」<br> がっかり。いや、当然か。私も覚えているのは雛祭りの日のことだけなのだし。<br> 「あ、そうだジュン。今、うちに雛人形飾ってあるの。よかったらついでに見ない?」<br> あの幼い頃の約束。ジュンはきっと忘れてしまっているだろう。<br> 同じ雛人形を見ることで、思い出してくれたら…。<br> 「そうか、今日って雛祭りか…。うん、見せてもらうことにするよ。」<br> そうこうしているうちにジュンの家の前に到着。<br> 「じゃあ、昼飯食べてから2時に行くよ。」<br> 「わかったわぁ。待ってるわね。」<br> そう言って一旦別れる。<br>  <br>  <br> ジュンの家から私の家までは、歩いて3分もかからない。<br> 家に着いて、服を着替え、お昼ご飯を食べる。<br> 「お母さん、あとでジュンが勉強しに家にくるから。」<br> 食べながらお母さんにジュンが来る旨を伝えておく。<br> 「あらあら、ジュン君が?ずいぶん久しぶりねぇ。お母さんはちょっと出かけるから、お勉強がんばってね。」<br> そう言って出かけてしまった。<br> 男を家に呼ぶといっても、相手がジュンならば別段警戒もしないのだろう。<br> もちろん私もそんなつもりはなく、普通に勉強を教えるだけだ。<br> 食べ終わり、少し休んでいると、あっという間に2時になってしまった。<br>  <br> ピンポーン<br>  <br> 玄関のインターホンが鳴る。ドアを開けると、ジュンが立っていた。<br> 「お待たせ。」<br> 「上がって上がって。」<br> ジュンを招き入れる。<br> 「んじゃ、お邪魔しまーす。」<br> 靴を並べてジュンは私の部屋へ。<br> 普段は自分の机で勉強しているのだが、今日はそういうわけにもいかないだろう。<br> というわけでテーブルを出してきて、ジュンと向かい合って座る。<br> 「じゃあ、何から始めよっか?」<br> お勉強。学生の本分。私も勉強は嫌いな方だが、テスト前ともなるとそんなことは言っていられない。<br> 何から教えればいいのだろうかと思って聞いてみると、<br> 「とりあえず、雛人形が見たいな…」<br> ボソリとジュンがつぶやいた。<br> …勉強しに来たんじゃなかったのぉ?とか聞きたかったが、まぁいいか。<br>  <br> 「へぇ~、ずいぶん立派なんだな…」<br> 雛人形を置いてある和室へ入ると、ジュンが驚きの声をあげた。<br> 8段飾りの、昔一緒に見たものとまったく同じ雛人形。<br> 組立式の、金属製のフレームで作られた雛壇は非常に大きく、私の身長よりも高い。<br> 「これだけ立派だと、片づけるのも大変そうだな…」<br> ジュンがお内裏様とお雛様が並んで座っている最上段を見ながら言う。<br> 「そうなのよぉ。飾るのも片づけるのも、手間がかかってしょうがないのよ。」<br> 「だろうな…。そういえば雛人形って、3月3日の間に片づけないとお嫁に行けなくなるって言うらしいな。」<br> 「え?そうなの?知らなかったわぁ…」<br> たしかに今までは毎年お父さんが片づけていてくれたのだが、<br> どんなときでも3月3日の間に片づけてくれていたような気がする。<br> そこでふと違和感に気付く。<br> もしかしてジュンは、この雛人形を見たことすら忘れてしまっている?<br> 「ねぇ、昔この雛人形を一緒に見たことあるんだけど…覚えてる?」<br> 「…あれ?そうだっけ?ごめん、覚えてないや…」<br> あーあ。やっぱり約束も忘れちゃってるのか…。<br>  <br> 「灯りをつけましょ 雪洞に<br>  <br>  お花をあげましょ 桃の花<br>  <br>  五人囃子の 笛太鼓<br>  <br>  今日は楽しい 雛祭り…」<br> あの日歌った歌を歌う。ジュンが誉めてくれた歌を。<br> でも、きっとジュンは誉めたことなんか覚えてないだろう。<br> 「水銀燈、どうし…」<br> 「雛人形は終わり!さぁジュン、しっかり勉強するわよぉ!」<br> ウジウジとしていても仕方がない。そう思ってさっさと勉強することにした。<br> ジュンの手を引いて、部屋に戻る。<br>  <br> そのあと結局ジュンに化学を教えたのだが、苦手という割にはジュンは理解が早かった。<br> あっという間に明日のテストの範囲を復習し終わり、教えることがなくなってしまった。<br> 勉強は5時でお開きにすることになった。<br> 散らかっていたペンやノートを片づけ、ジュンが帰る準備をする。<br> 「ありがとう、水銀燈。よくわかったよ。教えるの上手なんだな。」<br> 「そんなことないわぁ。ジュンの理解が早かったからよ。」<br> そんなことを話しながら、玄関まで歩いていく。<br> 「じゃあ、帰るよ。またわからないときは頼むよ。」<br> 「うふふ、まかせて。」<br> 玄関で別れを告げ、ジュンが家へと帰っていく。<br> 私はジュンが見えなくなるまでその後ろ姿を見ていた。<br>  <br>  <br> さて、そこから何時間か経って。<br> 現在11時半。明日のテスト勉強は終えてしまったので、しっかりと睡眠をとることにする。<br> ベッドに入り、考えるのはジュンのこと。<br> (やっぱり、忘れちゃってるよね…まぁ、当たり前か。十年以上前の話だもんね。)<br> (変な期待なんかして…私ったらおばかさぁん…)<br> (でも雛人形を見たら思い出すかな…って思ったのに…)<br> そこで思考が止まる。<br> 雛人形。雛人形。雛人形。<br> 頭の中に巡るのは、昼間のジュンの言葉。<br>  <br> 『雛人形って、3月3日の間に片づけないとお嫁に行けなくなるって言うらしいな。』<br>  <br> (・・・・・・・・・・・・・・・・)<br> 「し、しまった!」<br> ベッドから飛び起きる。<br> 部屋から出て、お母さんのいる一階へ駆け下りていく。<br> 「お母さん!」<br> お母さんもちょうど寝ようとしているところだった。<br> 「どうしたの?血相変えて。近所迷惑じゃ…」<br> 「雛人形片づけてない…」<br> お母さんが一瞬固まり、そして飛び起きた。<br> 「大変!片づけてないじゃない!あと何分!?30分!?ちょっとお父さん起きて!雛人形片づけるわよ!」<br> 仕事で疲れて帰ってきて、すぐに寝てしまったお父さんをたたき起こす。<br> こんなことになったのはこの人のせいだ。<br>  <br> (ど、どうしよう…?)<br> お父さんとお母さんと私。必死で12時までに片づけようとするが、ジュンが言っていたように、片づけるのは大変だ。<br> 8段の雛壇。たくさんの人形。間に合うわけがない。<br> パニックになった頭に、人手を増やそうという考えが浮かぶ。<br> よし、ジュンを呼ぼう。<br> 「お母さん、私ジュン呼ぶね!」<br> 言い終わるか言い終わらないうちに携帯をひっつかみ、ジュンの携帯にかける。運良くすぐつながった。<br> 『水銀燈…?なんでこんな時間に…?』<br> どうやらジュンも寝ようとしていたところらしい。<br> 「ジュン、雛人形片づけるの手伝って…」<br> 『…え?なんだって?』<br> 「お願い、もうあと30分しかないの…間に合わなかったら…お嫁に行けなくなっちゃうよぉ…」<br> 涙声になる。<br> 『…別にそんなの迷信だし、気にしなくても…』<br> 「そんなのやだぁ…ヒック…私…ジュンのところに…ヒック…お嫁に…ヒック…行けなくなっちゃうよぉ…」<br> 泣きながら言っているのが自分でも分かる。<br> 迷信なのかもしれない。迷信は正しいとは限らない。でも、完全に無視できるほどのものでもない。<br> たとえわずかでもジュンを失う可能性があるのならば、そんなのは嫌だ。<br> 『……………………え?』<br> 「だからぁ、ジュンのところへお嫁に…」<br> あ。<br> 『と、とにかく、すぐそっちへ向かうよ(////)』<br> 「う、うん。早く来てね(////)」<br>  <br>  <br> それから1分も経たないうちにジュンが来た。<br> 「あ、ジュン…」<br> 「話はあと!とにかく急いで片づけよう!」<br> その通りだ。喋っている場合じゃない。<br> 雛壇はお父さんとジュンで、人形達はお母さんと私で分担して片づけていく。<br> 片づけ終わったのは、12時2分前。間に合った。<br> 「ジュン君ありがとうね。こんな時間に手伝いに来てくれて。」<br> 「いえいえ、いいんです。」<br> ジュンを見るとヘトヘトだ。おそらく全速力でここまで走ってきて、休まずに片づけに取りかかったのだ。当然か。<br> 「そう。じゃあ水銀燈、お父さんとお母さんは寝るから、ちゃんとジュン君にお礼言って見送るのよ。」<br> そう言ってさっさと二人とも自分の寝床に戻っていった。<br>  <br> 疲れたー、と言ってジュンが和室の畳に寝転がる。つられて私も。<br> 少し無言の時間が流れたが、それを破ったのは、ジュンだった。<br> 「さっき、電話で言ってた言葉。片づけてる間ずっと考えてたんだけど、」<br> さっき言った言葉。幼い頃に交わした約束を、いつまでも覚えていて、言ってしまった言葉。<br> 「約束、思い出したよ。」<br> その約束、思い出してくれた。<br> 「ごめんな、ずっと忘れちゃってて。」<br> そんなのもう気にしてない。思い出してくれただけで、私は幸せ。<br> 「ねえジュン、私を…ジュンのお嫁さんにしてくれる?」<br> 答えは、イエスじゃなくて、そのひとつ先の言葉だった。<br> 「どんなドレスがいい?なんでも作ってやるよ。」<br>  <br>  <br>  <br> 私がジュンの作ったドレスを着て結婚式を挙げるのは、もう少し先の話。<br>  <br>  <br>  ~FIN~</p> <br> <p><a title="oyomeniikitaikara" name="oyomeniikitaikara"></a></p>

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