「―文月の頃 その3―」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら

―文月の頃 その3―」(2006/08/22 (火) 00:07:13) の最新版変更点

追加された行は緑色になります。

削除された行は赤色になります。

<p><br>   翠×雛の『マターリ歳時記』<br> <br> ―文月の頃 その3―  【7月20日  夏の土用入り】<br> <br> <br> いよいよ、待ちに待った夏休みが目前と迫ってきた、7月下旬の晴れた日。<br> 多くの大学では、この時期に前期日程の期末試験が行われる。<br> 講義の履修状況によっては、日に三つ四つと試験を受ける羽目になるのだが、<br> 四年次ともなると必修科目も殆どなくなり、その数はグンと減る。<br> <br> 翠星石と雛苺も、十教科くらいしか履修しておらず、しかも、<br> その内の幾つかはレポート提出で単位が貰える講義だったから気楽なものだ。<br> 今週の火曜日から試験が始まり、既に三教科を済ませているので、<br> 今後のスケジュールは一日に一教科のペースとなっていた。<br> <br> <br> <br> 「お待たせ。遅くなって、すまねぇですぅ」<br> <br> 午前中の試験終了後、やや息を切らせ気味に学食へと駆け込んできた翠星石は、<br> 既に顔を揃えていた親友に、片手をあげて挨拶した。<br> 向かい合わせに座った翠星石に、雛苺は水を汲んだコップを差し出しながら、<br> にこやかに訊ねた。<br> <br> 「随分と遅かったのねー。何か、急用でもあったの?」<br> 「来る途中、みっちゃんに捕まって、長話に付き合わされたですよ」<br> 「うよ……災難だったのね」<br> 「気軽に、過去形に出来れば良いですけどね」<br> <br> なにやら意味深長な翠星石の口振りに、雛苺が「?」マークを頭の上に浮かべて、<br> 小首を傾げた。まるで、まだ災難は終わっていないとでも言いたげだ。<br> 雛苺が説明を求める前に、彼女の態度でそれと察したらしく、<br> コップの水を一息に呷った翠星石は、ノートで顔を扇ぎながら語り始めた。<br> <br> 「どこで聞きつけたんだか、夏休みの旅行の予定を訊いてきたですよ」<br> 「……それで、どうだったの?」<br> 「なし崩し的に参加することが決定したです。<br>  ホントに、誰がペラペラと喋りやがったですかねぇ」<br> 「…………」<br> <br> 一瞬の、気まずい沈黙。探るように、じっとりと雛苺を見つめる翠星石。<br> 雛苺は引き攣った笑みを顔に張り付かせたまま、全ての動きを止めてしまった。<br> 彼女の行動が意味するところは――<br> <br> 「やっぱり、おバカ苺が喋りやがったですね?」<br> 「ごめんなさいなの。つい、口が滑ったのよー」<br> 「……まあ、しゃーねぇです。それに、デメリットばかりでも、ねぇですからね。<br>  みっちゃんも、車を出してくれるって話です」<br> <br> 予定では、参加人数に比して車の台数が確保できない問題があったため、<br> 公共の交通手段で移動する事になっていたのだ。<br> その為、出費の中でも交通費の占める割合が、大きくなっていた。<br> 無論、車の場合でもガソリン代が必要となるが、頭割りで換算すれば、<br> 列車を使うより安上がりである。時間に縛られないという利点もある。<br> 長時間のドライブで疲れる事さえ我慢すれば、予算的に得な方だろう。<br> <br> 「旅行の件は、蒼星石が帰ってきて、出発日が近付いたら話を纏めるとして……。<br>  まずは昼食にするですよ。一科目だけとは言え、アタマ使ったら腹減ったですぅ」<br> 「ういー!」<br> <br> <br> 今日は土用入り。<br> 丑の日は三日後なのだが、鰻の蒲焼きを宣伝する幟が、あちこちで風に翻っている。<br> 気温が30度を超す中、暑気対策と称して激辛カレーを平らげた二人は、<br> 汗を拭き拭き、帰宅途中に駅前の商店街を歩いていた。<br> 珍しく、雛苺の方から誘ってきたのだ。なんでも、画材を買いたいとか……。<br> <br> あまり芸術に興味のない翠星石にしてみれば、<br> 雛苺が画材を買っている様子を隣で眺めているのは、面白みに欠けた。<br> なにか退屈しのぎになるモノを探して、きょろきょろしていると、<br> 少し先に、並んで歩く水銀燈と真紅のサッパリした夏服姿が――<br> <br> これ幸いと、翠星石は彼女たちに旅行の件で話をしてくると、雛苺に告げた。<br> 雛苺としても、翠星石を付き合わせることに気が引けていたのだろう。<br> <br> 「じゃあ、ヒナは買い物してくるから、何処かで待ち合わせするの」<br> 「私のケータイに電話してくれりゃいーですよ。それじゃ、また後で」<br> <br> <br> 手を振り合って一時的に別行動に移ると、翠星石は真紅たちの元へ小走りに近寄った。<br> どうやら、彼女たちもショッピングの途中らしい。<br> <br> 「銀ちゃん、真紅~、何を買ってやがるです?」<br> 「あら、翠星石。こんな所で会うなんて、奇遇ね」<br> 「今日は、真紅の旅行鞄を選ぶのに、付き合ってあげてるワケぇ」<br> <br> 今度の旅行に使う鞄だろうか? <br> しかし、彼女たちが見繕っているのは、どうみてもスーツケース。<br> 海辺の温泉宿に持って行くにしては、大きすぎる。<br> <br> 翠星石が怪訝な表情を浮かべるのを見て、水銀燈は笑いながら、彼女に用途を教えた。<br> <br> 「実はねぇ、真紅が就職内定もらったからぁ、お祝いに、カナダへ旅行するのよぅ」<br> 「カナダですか。もしかして、オカナガン湖にオゴポゴを探しに行くです?」<br> 「なによ、それぇ。オカナガンって、ブリティッシュコロンビア州でしょぉ?<br>  私たちが行くのは、アルバータ州のカルガリーよぅ」<br> <br> 水銀燈の話によると、カルガリーまで飛行機で飛び、カナディアンロッキーや、<br> ジャスパー国立公園、バンフ国立公園を巡る予定らしい。<br> 自然が豊かで、眺望も素晴らしい、世界的にも有名な観光地だ。<br> ここで一旦、水銀燈は話を区切って肩越しに振り返り、真紅の様子を窺った。<br> 真紅は店員に説明を受けたりしていて、水銀燈と翠星石には注意を払っていない。<br> 水銀燈は、鬼の居ぬ間に――とばかりに、コソコソっと翠星石に耳打ちした。<br> <br> 「なぁんて言うのは、表向きの理由よぉ。本当の目的はねぇ、カルガリーの西、<br>  バンフの南に位置するアシニボイン山に登ることなのよぅ」<br> 「あ、足に……ボイン?」<br> 「アシニボイン山よ。標高3618mもあるんですってぇ。富士山なみよねぇ」<br> 「……ははぁん、読めたですぅ。大方、銀ちゃんが調子に乗って、<br>  『インディアンの伝説で、この山に登るとボインになれる』<br>  とでも言ったですね。そんなウソを、真紅が真に受けたってトコですか?」<br> 「そうなのよぅ。でも、良く分かったわねぇ」<br> 「銀ちゃんの考えそうなことぐらい、察しがつくですぅ」<br> <br> 水銀燈は、素直に驚きの表情を見せたが、それも一時のこと。<br> すぐに、ニンマリと笑って、翠星石の肩に腕を回した。<br> <br> 「私たちって、意外に気が合うわねぇ。前世では、姉妹だったりしてぇ」<br> 「それも、どーんと七人姉妹だったかも知れねぇですぅ」<br> 「ふぅん? 面白いわね、それ。でもぉ、何人姉妹でも、やっぱり長女は私よねぇ♪」<br> 「あるあるwwwですぅ。次女は、しっかり者の秀才と見せかけて、実はドジっ娘とかですね」<br> 「なにげに有り得そうだわぁ。だったら、三女は、どんなタイプぅ?」<br> 「そりゃあモチロン、私みてぇな才色兼備のキャラですぅ。<br>  四女は、寂しがりのクセに他人と打ち解けるのが苦手って、不器用なヤツですね。<br>  五女くらいになると、生意気で高飛車なタイプが出てくるです」<br> 「幾つか疑問点はあるけど、まあ……ありがちな設定かしらぁ。<br>  そうなると――六女は、みんなのマスコット的な存在ぃ?」<br> 「……と思わせておいて、実はエグいキャラだったりするですぅ。<br>  で、七女ともなると、居るのか居ないのか分からねぇ、空気みたいなヤツになるですよ」<br> 「あはははっ! 居るわねぇ、そういう存在感の薄い、お地蔵さんみたいなキャラ」<br> <br> <br> ――その頃の雪華綺晶と、薔薇水晶。<br> <br>  「くちゅん! くちゅん! 嫌ですわ……風邪でしょうか」<br>  「お姉ちゃん。くしゃみ二回だと、誰かに誹られてるんだよ?」<br>  「え? 私、悪口を言われるような振る舞いなんて、してませんわ」<br>  「……じゃあ、夏風邪。夏風邪はバカがひく」<br> <br>  「…………薔薇しぃちゃん、一週間のシュー禁ですわ」<br>  「なにそれ?」<br>  「シューマイ食べちゃダメ。食卓にも出させませんからね。<br>   もし買い食いなんかしたら……うふふふ。解ってますわよね?」<br>  「うぁ~ん。お父さまぁ。お姉ちゃんがイジメるよぅ」<br> <br> <br> ――そして、また水銀燈と翠星石。<br> <br> 「あら、真紅の買い物も終わったみたいねぇ」<br> 「タイミングいいですね。私の方にも、雛苺から電話が掛かってきたですぅ」<br> <br> 翠星石は携帯電話を取り出して、まだ水銀燈たちと一緒に居るところだと伝えた。<br> すると、雛苺が猛烈に水銀燈に会いたがったので、『これからお茶でもどう?』<br> という流れとなった。<br> 高校時代から、雛苺は実の姉妹かと思えるほど、水銀燈にベッタリなところがある。<br> なぜ、そこまで懐いているのかは定かでないが、多分、どこかウマが合うのだろう。<br> 袖振り合うも他生の縁……というやつかも知れない。<br> それが、違う大学に通うようになって、めっきり会う機会が減ってしまったので、<br> 雛苺も寂しさを募らせていたのだろう。<br> <br> 五分と経たずに、雛苺は待っていた三人の元に駆け込んできた。<br> 正確には、笑顔を輝かせながら両腕を広げて待つ、水銀燈の元へ――<br> <br> 「ヒナちゃぁーん。久しぶりねぇ」<br> 「銀ちゃーんっ! ひっさしぶりなのーっ!!」<br> <br> 嬉々として飛び付いて行く様は、まさに飼い主にじゃれつく子犬状態。<br> 真紅も、翠星石も、やれやれと肩を竦めて苦笑った。<br> <br> ――が、次に瞬間、その笑みは驚愕に凍り付く。<br> <br> <br>   ズゴンッ!<br> <br> 「あぐぅっ!」<br> <br> あまりに勢い良く抱き付いた為、雛苺の頭突きが水銀燈の顎にクリティカルヒット。<br> しかも、明らかに故意と解る右膝が、水銀燈の鳩尾にメリ込んでいた。<br> 真紅と翠星石の頭から、音を立てて血が退いていった。<br> <br> 「う、うよ~。銀ちゃん、大丈夫なのー?」<br> <br> しおらしく謝りながらも、雛苺は水銀燈の耳元で、ぼそりと……。<br> <br> 「真紅とばっかり仲良くしてちゃ、めー、なのよぉ?」<br> <br> 囁いて、微かに口の端を歪めた。先手を取られた挙げ句、文句を言う前に凄まれては、<br> 流石の水銀燈といえども気勢を殺がれてしまった。<br> <br> 「銀ちゃん、お返事は?」<br> 「…………はぁい」<br> 「よく出来ましたなのっ。今度は、いっぱいヒナと遊んでなの」<br> 「まったく……敵わないわねぇ。痛たたぁ」<br> 「うふふっ。銀ちゃん、だぁい好きぃ~」<br> <br> 全く悪びれた素振りも見せず、ニコニコと水銀燈に抱きつく雛苺。<br> 水銀燈も、いつもみたいに激情を炸裂させたりせず、彼女の気の済むようにさせている。<br> <br> そんな二人の様子を、少し離れた場所から眺めていた真紅と翠星石は――<br> <br> 「実は、雛苺こそ最恐最悪の存在に思えてきたですぅ」<br> 「貴女と意見が合うのも、珍しいわね。私も、同感なのだわ」<br> 「真紅……そのスーツケース、雛苺くらいなら押し込めれば入るんじゃねぇですか?」<br> 「多分ね。まさか、カナダに捨ててこい、と? そんな事、出来っこな――」<br> 「悪い話じゃねぇですよ? よぉーく考えてみるです。<br>  雛苺が居なくなれば、次回から第2部、紅×翠の『マターリ歳時記』が始まるですぅ」<br> 「……………………おいしい話ね、それ。ホントに殺っちゃうわよ、私」<br> <br> <br> 夏休みが待ち遠しくて――――みんなの心は、ちょっとだけ暴走気味だったとさ。<br> <br></p> <hr> <br> 『保守がわり番外編  ヒロインになるもんっ』<br> <br> 紅「・・・・・・はふぅ」<br> 翠「? どーしたです、真紅。大きな溜息なんか吐いて、変なヤツですぅ」<br> 銀「優雅に午後のティータイムを楽しんでる時に、無粋な真似をするわねぇ。<br>   真紅の物憂げな顔って、とぉってもブサイクだから見たくないわぁ」<br> 紅「貴女たちって、いっつも一言、多いのだわ。まあ・・・今更だけれど」<br> 銀「・・・・・・それ・・・だけぇ?」<br> 翠「いつもなら即座に拳が飛んでくるのに・・・・・・やっぱり、今日の真紅はおかしいですっ」<br> 銀「よほど深刻な悩みを抱えてるみたいねぇ。私たちで良ければ相談に乗るわよ、真紅ぅ」<br> 紅「じゃあ・・・ちょっとだけ、話を聞いてもらおうかしらね」<br> <br> <br> 翠「ふむふむ。つまり、他の娘と比べると、真紅の影が薄いように思えて仕方ない・・・と」<br> 紅「同人誌なんかを見ても、水銀燈や翠星石、蒼星石の人気は高いのに、私の扱いは――」<br> 銀「そぅお? 同人では銀紅ネタも多いわよぉ?」<br> 紅「あれじゃ満足できないのだわっ! どう見ても、水銀燈の付け足しよ。<br>   私はカレーに添えられた福神漬けじゃないのだわっ!!」<br> 銀「私だって、カレーじゃないわよぅ」<br> 翠「気難しいお年頃ですね。つまり、私や蒼星石、銀ちゃんに匹敵するヒロインになりたいです?」<br> 銀「それなら、なんと言っても悲劇のヒロインに限るわよねぇ。同情票って凄いんだからぁ」<br> 紅「悲劇の・・・・・・ヒロイン?」<br> 翠「銀ちゃんも、私と蒼星石も、薔薇しぃも、悲劇のヒロインを演じて人気が出たですぅ」<br> 紅「・・・試す価値はありそうね。ありがとう、二人とも。悲劇のヒロインに、私はなるっ!」<br> <br> <br> ――数日後のニュースにて。<br> 【アイルランドのダブリンから約50km北を流れるボイン川で、<br>  日本人旅行者の真紅さん(22)が投身自殺を図る事件がありました。<br>  本人は無事救助されたとの事ですが、動機は不明――】<br> <br> 翠「真紅・・・お前こそ真の、悲劇のヒロインですぅ」。゚(゚´Д`゚)゚。<br> 銀「ボイン川だなんて、必死すぎて哀愁を誘うわよぅ・・・真紅ぅ」・゚・(つД`)・゚・.<br> <br> ・・・実在する川なんです。<br>

表示オプション

横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示: