「―水無月の頃 その4―」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら
「―水無月の頃 その4―」(2006/07/31 (月) 02:24:10) の最新版変更点
追加された行は緑色になります。
削除された行は赤色になります。
<p><br>
翠×雛の『マターリ歳時記』<br>
<br>
―水無月の頃 その4― 【6月21日 夏至】<br>
<br>
<br>
六月も終わりが見えてきた、周の真ん中の、水曜日。<br>
研究室での午後イチのゼミを終えた翠星石と雛苺は、一息つくために、<br>
キャンパス内にある学生生協へと歩を向けていた。<br>
いつもなら研究棟の一階にある自販機コーナーで缶ジュースを買うのだが、<br>
今日に限って保守点検が行われていたのだ。<br>
そんな訳で、やむを得ず別棟の学生生協を目指したのだが――<br>
<br>
「うー。今日は、すっごく暑いの~」<br>
<br>
翠星石の隣を歩く雛苺が、口を開くことすら気怠いと言わんばかりの声で、<br>
胸に蟠る不平を吐き出した。<br>
<br>
時刻は、14時40分。強烈な日射しが降り注ぐ夏では、最も暑い時間帯だ。<br>
しかも、今日は夏至。<br>
太陽が最も北により、北半球で、昼が一番長くなる日だった。<br>
日照時間が増すのだから、比例して、気温も上がる道理である。<br>
<br>
「つべこべ言ってねぇで、ちゃっちゃと歩きやがれです。<br>
暑いのは、お前だけじゃねぇですよ」<br>
<br>
早く学生生協に行って、キリリと冷えたジュースで水分補給しなくては、<br>
発汗し過ぎて乾涸らびてしまいそうだ。<br>
現に、翠星石の背中には、半袖のブラウスが汗に濡れて貼り付いていた。<br>
<br>
<br>
ジュースを購入した二人は、猛暑の中を研究室にとんぼ返りなんてせず、<br>
講義に使われていない教室で一服していた。<br>
全ての教室は冷暖房完備なので、混雑する研究室よりも涼しかったりするのだ。<br>
<br>
「もう、夏も目前ってトコですね」<br>
<br>
窓の外に広がる景色を眺めながら、翠星石は紙パックに差したストローで、<br>
ちゅうぅ……とオレンジティーを吸い上げた。<br>
初夏の昼下がり。長閑な田園風景。<br>
眼下に延々と続く水田は、田植えも済んで、青々とした稲が風に揺られている。<br>
<br>
<br>
彼女たちが通うキャンパスは、山里近くにあった。<br>
それ故に交通の便は悪いのだけれど、四季折々、移ろいゆく眺望を楽しめるのだ。<br>
都心より遊び場が少ない分、勉学に専念できる環境でもある。<br>
人見知りの気がある翠星石にしてみれば、人混みで溢れた都会は気持ちが悪くて、<br>
こんな鄙びた世界の方が心休まる分、好みだった。<br>
<br>
「梅雨が明けて、蝉が鳴き出せば、いよいよ夏本番ですぅ」<br>
「ヒナも、夏が待ち遠しいの。暑いのは苦手だけど」<br>
「前から苦手だったです? 子供の頃は、平気な顔してた憶えが……」<br>
「きっと、年々、暑さが厳しくなってるの。地球温暖化の影響なのよー」<br>
「……とか何とか言ってぇ、老化が加速的に進んだんじゃねぇですぅ?」<br>
<br>
そんなコトないのよー! と頬を膨らませて、ぽかぽかと翠星石の頭を叩く雛苺。<br>
<br>
「あぁん……止めるです、おバカ苺っ。髪が乱れるですぅ」<br>
<br>
翠星石は手櫛で髪を整えると、ひとつ咳払いして、人差し指をピン! と立てた。<br>
<br>
「しゃーねぇです。ひとつ、私が暑さに強くなる秘訣を教えてやるですぅ。<br>
聞きたいです? 聞きたくないです?」<br>
「……翠ちゃん嘘つきだから、聞きたくないの」<br>
<br>
雛苺が、思ったことを素直に口走った直後、翠星石の握り拳が彼女の頭を締め上げた。<br>
ぐりぐりと、凄まじい力で圧迫してくる。<br>
<br>
「なんだか急に、クルミ割り人形ごっこがしたくなったですぅ」<br>
「痛たたたたっ! 乱暴はダメなのよー!」<br>
「んん~? このまま、おバカ苺のクルミをブチ撒けてみるです?」<br>
「ご、ごめんなさいなのー! 翠ちゃんの話を聞かせて欲しいのっ!<br>
だから、もう許してなのー!」<br>
「最初っから、そう言えばいいですぅ」<br>
<br>
……と、雛苺を解放しつつも、翠星石は油断なく身構えていた。<br>
何か捨て台詞を吐こうものなら、即座に飛びかかれる様に。<br>
しかし、そこは雛苺も心得たもので、余計な事は一切、口にしない。<br>
<br>
「えー。それでは早速、話を始めるですよ。まず最初に、質問。<br>
雛苺は、六月の誕生花を知ってるです?」<br>
「うゆ? う~ん…………紫陽花?」<br>
「そう答えたくなる気持ちは、十二分に理解できるです。<br>
でも、残念。ハズレですぅ。正解は、花菖蒲でした」<br>
「ふぅーん。それが、暑さに強くなる秘訣と関係があるの?」<br>
「イェス! ○須クリニックですぅ」<br>
<br>
びしっ! とサムズアップする翠星石に、雛苺の疑わしげな視線が注がれる。<br>
軽い調子の受け答えが、どうにも胡散臭い。<br>
もしや、花菖蒲を煎じて飲めとか言い出すのではなかろうか。<br>
疑心暗鬼に囚われ始めた雛苺を余所に、翠星石の講釈は更に続く。<br>
<br>
「冬至にカボチャを食べて柚子湯に浸かると、風邪を引かなくなると言われてるです。<br>
それと同様に、夏至の日には、花菖蒲を入れて沸かした風呂に浸かると、<br>
暑さに強くなれるとされてるですぅ。<br>
かの有名な平将門が、花菖蒲の産湯を浴びて鉄身を得た伝説に、端を発してるですぅ」<br>
「えー? でも、平将門は、俵藤太に討たれちゃったのよー?」<br>
「母親が頭を持って産湯に浸けたから、頭部に弱点が残っちまったです」<br>
「……うよ~。なんだか、すっごく説得力あるのっ。翠ちゃんは物知りなのねー」<br>
「ふふ~ん。このくらい、歩くターヘルアナトミアと呼ばれた私にとっては常識ですぅ」<br>
<br>
翠星石は、得意満面で胸を張った。<br>
本当のところ、彼女の話は真実半分、嘘半分。<br>
平将門に、アキレスの不死身伝説に似た『鉄身伝説』が残されているのは事実だ。<br>
しかし、花菖蒲の産湯を浴びたから――なんて理由ではない。<br>
菖蒲湯にしても、本来は端午の節句の行事だった。<br>
<br>
<br>
――だが、翠星石の話を信じた雛苺は、すっかり乗り気になってしまった。<br>
<br>
「そうと解れば、善は急げなのっ! 今日はもう講義もないから、<br>
直ぐに帰って試すのよー。翠ちゃんも付き合ってね」<br>
「私が? ふむ……ま、急ぐ用事もねぇから、特別に手伝ってやるです」<br>
<br>
帰りの道すがら、花菖蒲を入手して、二人は雛苺の家に向かった。<br>
彼女の両親は共働きのため、この時間帯、家には翠星石と雛苺だけ。<br>
<br>
換言すれば、好き勝手ができる……ということ。<br>
<br>
<br>
<br>
風呂が沸くまでの空き時間に、翠星石は近くの酒屋へ行って、<br>
安めのポートワインを一本、手に入れてきた。<br>
ポルトガル発祥のワインで、ポート港から輸出される事から、この名の由来だ。<br>
手頃な値段で、香りが良く、味も甘口なのでデザートワインとして楽しめる。<br>
<br>
「お待たせですぅ~♪」<br>
「ワインなんか買ってきて、どうするの? あー! お風呂で晩酌なのねー?」<br>
「なぁに親父くさいコト言ってやがるです。これは、風呂に入れるですよ。<br>
調べたところ、6月21日は『酒風呂の日』でもあるみてぇですぅ」<br>
「わ……ワイン風呂って、平気なの? 匂いで酔っぱらったりしないの?」<br>
「浴槽のお湯が数十リットルとして、その内の750mlですよ?<br>
平気に決まってるです。それに、身体も温まると聞いた憶えがあるですね。<br>
早い話が、入浴剤みてぇなもんですぅ♪」<br>
<br>
かねてより、翠星石は一遍、試してみたかったのだ。<br>
けれども、祖父母と同居していると、なかなか好機には恵まれない。<br>
だから、これ幸いと便乗したのである。<br>
<br>
コルクの栓を抜き、ほかほかと湯気の立つ浴槽に、<br>
どぼどぼと赤のポートワインを注いで行く。<br>
温められたせいか、ふうわりと芳しい匂いが、二人の鼻腔をくすぐった。<br>
綺麗な薄紫色に染まるかと、密かに期待していた湯船の中は、しかし、<br>
色合いの変化が殆ど見受けられなかった。<br>
<br>
「う~ん。やっぱり、一本じゃ足りなかったですねぇ」<br>
「でもでも、とってもいい匂いなの。折角だから、翠ちゃんも一緒に入るのっ」<br>
「はあ? 温泉の広い湯船ならともかく、家の風呂じゃ狭ぇですよ」<br>
「遠慮することないのよ?」<br>
「……してねぇです」<br>
<br>
<br>
雛苺の家の浴室は、割と広い。二人で一緒に入ってみて、翠星石は気付いた。<br>
ただ、浴槽も大きいから、手狭に感じるのだ。<br>
大きな湯船に二人並んで、肩まで浸かっていると、なんだか昔に還った気分になった。<br>
小さな子供の頃の、懐かしい記憶――<br>
こんな風に、雛苺と並んで風呂に入ったのは、小学生のとき以来だろうか。<br>
<br>
翠星石は、結い上げた髪に指を走らせながら、ほんのり薫る酒気に頬を染めていた。<br>
その隣では、雛苺が幸せいっぱいな笑みで、表情を輝かせている。<br>
<br>
「……ふうぃ~。ちょっと熱いけど、気持ちいいのー」<br>
「ホントです~。ワインの香りが、アロマテラピーっぽくて落ち着くですぅ」<br>
「この温度を我慢できれば、暑気あたりしないようになるのねー」<br>
「そういうコトです。同時に、たくさん汗を掻くから、<br>
私の中の良からぬモノがジョジョビジョバァ……で、一石二鳥ですぅ」<br>
<br>
些細なウソが、こんな展開になるだなんて、翠星石は夢にも思っていなかった。<br>
けれど、たまにはハダカの付き合いというのも良い。<br>
翠星石が、そんな感想を胸の内で呟いた時、雛苺が甘えた声で話しかけてきた。<br>
<br>
「楽しいな~、こういうの。ヒナ、とっても嬉しいのよ」<br>
「……そう言えば、昔っから寂しがりな奴だったですね、雛苺は。<br>
私とか、銀ちゃんとか、いっつも誰かに引っ付いてやがったです」<br>
「えへへ~。だって、スキンシップ大好きなんだものー。翠ちゃーん♪」<br>
「ええい! 抱き付くなです! 暑苦しいですっ」<br>
<br>
……などと、強い口調で突っぱねるものの、翠星石は穏やかな微笑を浮かべていた。<br>
本当は、翠星石だって寂しがり屋。<br>
無邪気に自分を慕ってくれる雛苺の存在が、どれほど彼女の心を支えてくれたか分からない。<br>
今や、雛苺は翠星石にとって、もう一人の妹みたいなもの。<br>
翠星石は、いつも素直な気持ちで接してくれる雛苺に、なにか、恩返しがしたくなった。<br>
<br>
――でも、どうしたら喜んでもらえるだろう?<br>
<br>
ふと、翠星石の頭に名案が閃いた。<br>
<br>
(そうです! 来月は蒼星石が帰ってくるですぅ!)<br>
<br>
夏休みになったら、雛苺と蒼星石を連れて、温泉に行くのも良い。<br>
出来れば、海辺の温泉なんかが理想だ。<br>
潮騒を聞きながら、夜の露天風呂で、蒼星石と二人きり――<br>
<br>
(久しぶりに、姉妹水入らずで…………フヒヒ、ですぅ)<br>
<br>
雛苺に旅行の計画を切り出してみたところ、彼女は一も二もなく賛成した。<br>
ただ、メンバーについては提案があった。<br>
<br>
「どうせなら、みんなで一緒に行くのっ! きっと楽しいのよ」<br>
「う~ん……それも、そうです。今夜にでも、みんなに電話してみるですよ」<br>
「あはっ♪ やっぱり、翠ちゃんは優しいのっ。大好きー」<br>
「だぁーっ! だからイチイチ抱き付くなと言ってるですっ」<br>
<br>
翠星石は、手で掬ったお湯を、雛苺の顔に引っかけた。<br>
雛苺も「ひゃっ! よくもやったのねー!」と、即座に反撃に移る。<br>
二人の、仲睦まじいじゃれ合いは、双方が湯にのぼせるまで続けられるのだった。<br>
<br>
今年の夏至は、例年に比べて気温が高かったという。梅雨明けも近い。<br>
季節は、心弾ける真夏に向かって、休むことなく走り続けていた。<br>
<br>
<br></p>
<hr>
<p>
『保守がわり番外編 着信アリかしらー!? その6』<br>
<br>
翠「・・・信じらんねぇです。蒼星石が、こんなコトをするなんて」<br>
金「はぁ~い、翠ちゃん。ご機嫌いかがかしら~って、どうしたの?<br>
なんだか凄ぉく落ち込んでる様子かしら」<br>
翠「・・・・・・金糸雀には関係のねぇことです。放っておけですぅ」<br>
金「そうはいかないかしらっ!<br>
親友が困っているなら、じっちゃんの名にかけて、手助けするかしら」<br>
翠「金糸雀・・・・・・お前って実は、良いヤツだったです?」<br>
金「んっふふふ。ズバッと参上、ズバッと解決かしら。それで、どうしたの?」<br>
翠「実は、蒼星石が――」<br>
<br>
<br>
金「ふむふむ。まさか、あの蒼ちゃんがねぇ」<br>
翠「私は悲しいです。蒼星石のこと、誰よりも信じていたのに・・・」・゚・(つД`)・゚・.<br>
金「あ~、ほらほら、泣かないで。<br>
そんな暇があるなら、会って話をすべきかしら」<br>
翠「・・・それも、そうです。なんで、こんなコトしたのか問い詰めて、<br>
必要とあれば折檻してやるですっ」<br>
金「その意気その意気。頑張って、いってらっしゃ~い。かしら」(
^_ゝ^)ノ<br>
<br>
――ドドドドドドドドドドッ<br>
<br>
翠「蒼星石ぃーっ!!」<br>
蒼「?! 姉さんっ」<br>
翠「やぁ~っと見付けたです。今日という今日は、容赦しねぇですっ!」<br>
蒼「容赦しない? 奇遇だね。ボクも、同じ考えだよ・・・姉さん」<br>
<br>
・・・策士の本領発揮かしらー。<br></p>