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  翠×雛の『マターリ歳時記』<br> <br> ―皐月の頃―  【5月2日  八十八夜】<br> <br> <br> 早朝、みっちゃんの自宅に集合してから、タクシーと電車を乗り継ぎ、<br> やっとの思いで空港まで到着した頃には、既に八時を回ろうかという時刻だった。<br> <br> 「ほらほら。貴女たち、急いでね」<br> <br> 空港のロビーを足取りも軽く進みながら、みっちゃんは付き従う娘たちに発破をかける。<br> 娘たちとは、翠星石と、翠星石に誘われて参加することとなった雛苺である。<br> 軽装のみっちゃんとは異なり、二人とも両手にスーツケースを引きずっていた。<br> <br> 「急げと言われても、こう荷物が多いと、歩くのも儘ならねぇですぅ」<br> 「殆どが、みっちゃんの持ち物なのよー」<br> <br> 二人の手荷物は、数日間の着替えや愛用の化粧品などで、大して多くない。<br> その為、ボストンバッグひとつで事足りている。<br> 翠星石と雛苺は、みっちゃんのスーツケースを運ばされていたのだ。<br> <br> 「こんなに沢山あるなら、先に空輸しとけば良かったじゃねぇですか!」<br> <br> みっちゃんは、翠星石の言葉を受けて、それまで浮かべていた微笑を引っ込め、<br> 真剣な面持ちで、二人に語りかけた。<br> <br> 「そうは行かないわ。いい? これは、機密保持……ってヤツよ」<br> 「機密……そ、そんなに重要な物を、ヒナたちは運んでるの?」<br> 「そうよお。解ってくれたなら、くれぐれも、取り扱いには注意してね♪」<br> <br> 最後の最後にウインクして茶目っ気を見せたものの、みっちゃんの眼は笑っていなかった。<br> 翠星石と雛苺は、顔を見合わせて、ごくりと生唾を呑み込んだ。<br> <br> 「二人とも、そんなに気負わなくても平気よ。もっと気楽に気楽に~」<br> 「そうは言っても……な、なんだか、緊張しちまうです」<br> <br> ただでさえ、初めての海外旅行でドキドキしていると言うのに、<br> 重要機密品の輸送だなんて、心臓に良くない。<br> 常に気を張っていないと、うっかり気絶してしまいそうだった。<br> <br> 加えて、蒼星石に会える喜びも、翠星石の情緒を掻き乱している。<br> とても嬉しい反面、必然的にオディールと顔を合わせる事が、とても怖かった。<br> ただのルームメイトだと蒼星石はメールで言っていたけれど、<br> そんなこと、実際に会って、話してみなければ判らない。<br> <br> (もしも…………もしも、です)<br> <br> 蒼星石とオディールが親密な関係になっていたら、<br> どんな顔をして、会えばいいのだろう?<br> 今までどおりの笑顔を浮かべることは、ちょっとどころか、かなり難しそう。<br> <br> 二人を隔てた距離と時間は、亀裂どころか、とても大きな渓谷となって、<br> 翠星石の前に立ち塞がっている。<br> その谷間に架けられた、一本の細い吊り橋。それが、蒼星石との絆。<br> <br> もしかしたら、渡っている最中に、壊れてしまうかも知れない。<br> 或いは、誰かの手によって、切り落とされてしまう――とか。<br> それでも、行くしかない。ここまで来て、引き返すつもりなんて無い。<br> <br> (なに、弱気になってるですか、私は! <br>  双子の姉妹という、特別な絆を信じるです。蒼星石は必ず、私を選んでくれるです!)<br> <br> 二人の絆は、とてもとても強い縁。だから大丈夫。きっと大丈夫。<br> 翠星石が、胸裏で呪文のように呟いたところに、雛苺が話しかけてきた。<br> <br> 「大丈夫。きっと大丈夫なの?」<br> 「えっ?!」<br> <br> あまりにタイミングが良すぎたので、翠星石は一瞬、<br> 雛苺に心を読まれたのかとドギマギした。<br> けれど、続く彼女の台詞で、それが単なる偶然だったと判明する。<br> <br> 「普通を装っていれば、大切な物を運んでるなんて判らないのよー」<br> 「……あ、ああ。そういう意味ですか」<br> 「うよ? なんだか……元気ないの。具合が悪いの?」<br> 「そ、そんな事はねぇですよ。ちょっと、疲れただけですぅ」<br> <br> 翠星石の沈鬱を、鋭敏に察知した雛苺が、心配そうに顔を覗き込んでくる。<br> 明るく誤魔化し笑いをして、翠星石は、雛苺の背中をバシンと叩いた。<br> <br> 「あ痛っ! もう、翠ちゃんってば酷いのよー!」<br> 「元気だってところを見せただけですぅ」<br> 「ほら、ふざけてないで。もうすぐチェックインカウンターだから、<br>  荷物運びは、あそこまでの辛抱よ。二人とも、頑張ってね」<br> <br> みっちゃんに応援されながら、翠星石と雛苺は、スーツケースを運び続けた。<br> 飛行機に搭乗してから、12時間以上が経過して漸く、目的地に到着した。<br> その後も、入国手続きやら小銭の両替やら、煩瑣な作業に追われて、<br> ホテルにチェックインするや、翠星石はベッドに寝転がってしまった。<br> 本当は、今すぐにでも蒼星石に会いに行きたい。でも、こんな体調では厳しかった。<br> <br> これから数日間、雛苺と一緒に、この部屋に宿泊する予定だ。<br> 雛苺が、荷物を置きながら翠星石に声をかけた。<br> <br> 「やっぱり、かなり疲れちゃってるのねー」<br> 「……ったりめーです。雛苺は、どうして相変わらず元気なのです?」<br> 「機内でも寝てたし、ヒナはよく家族で海外旅行に行くから慣れてるの。<br>  それに、子供の頃は、フランスで暮らしてた事もあるのよー」<br> 「……そう言えば……そうだったですね」<br> <br> 雛苺と知り合ったのは、小学校の五年生の頃だった。<br> 日本に帰ってきた時期が悪かったため、帰国子女なのに私立の学校には行かず、<br> 翠星石や蒼星石、真紅、巴たちが通う県立の小学校に転校してきたのだ。<br> あれから十年以上が過ぎ、当時の級友たちの名前なんて、殆どを忘れてしまった。<br> そんな中で、ずぅっと友達で居続けてきたなんて、驚くべき事だろう。<br> <br> 「取り敢えず、時差ボケとかも有るし、今日はゆっくり休んだ方が良いのよー。<br>  みっちゃんには、ヒナが話しておくから心配いらないの」<br> 「……すまねぇです。頼んだですぅ」<br> <br> 了承の返事をして、雛苺が部屋を出ようとした矢先、ドアがノックされた。<br> 表情を硬くする、雛苺。安易に、施錠を解いたりはせず、まずは誰何する。<br> <br> 廊下からの返事を聞いて、みっちゃんだと判ってから、やっとドアを開けた。<br> なかなかに、用心深い。<br> <br> みっちゃんは頸にデジカメを下げ、あのスーツケースを携えていた。<br> 部屋に入るなり、ベッドで仰向けに寝転がっている翠星石に気付いて、<br> あらら……と独り言を呟いた。<br> <br> 「翠星石ちゃん、随分とバテてるね。まあ、最初は誰でも、そんなものか」<br> 「みっちゃん……手伝いに来ていながら、申し訳ねぇです」<br> 「構わないって。この程度は予測の範疇。今日はもう、出かける予定も入れてないし」<br> <br> その辺りの配慮は、流石の一言に尽きる。<br> 翠星石が感心していると、みっちゃんは徐にスーツケースを横たえて、<br> 鼻歌混じりにダイヤル錠を回し始めた。<br> <br> 「みっちゃん、何を始めるつもりなのー?」<br> 「あ、もしかして、明日からの予習ってヤツですか?」<br> <br> スーツケースには重要機密が納められていると、みっちゃんは語っていた。<br> であれば、当然、翠星石の予想どおりの展開になるだろう。<br> みっちゃんは言葉で答える代わりに、スーツケースを開いて見せた。<br> <br> そこに納められていたのは、綺麗に折り畳まれた大量の服だった。<br> しかも、普段着とは思えない物ばかりである。<br> みっちゃんは、その中から紺色の和服に、茜たすき、菅の笠などを取り出して、<br> 雛苺と翠星石に、ずいっと差し出した。<br> <br> 「うよ?」<br> 「なんです、この服は?」<br> 「これに着替えて! 今すぐに!」<br> <br> 有無を言わせぬ語気の強さ。そして、なにやら妖しい瞳の輝き。<br> 翠星石も、雛苺も、僅かに残る野生の本能で、身の危険を察した。<br> <br> ――大人しく従っておかないとヤバイ。<br> <br> 部屋のカーテンを閉めて、二人は手早く、みっちゃんの用意した服に着替えた。<br> その服装は、いわゆる茶摘み娘ルック。茜たすきで袖を上げ、菅の笠を頭に頂く。<br> 夏も近付く八十八夜……と、歌にも織り込まれている描写だ。<br> <br> みっちゃんは、着替えを終えた二人を一瞥するや鼻血を流しながら、<br> デジカメで写真を取り始めた。<br> <br> 「あの……みっちゃん。これって、今日が八十八夜だからです?」<br> 「まぁねぇ。他にも、多種多様な服を持ってきてるから、愉しみにしてて。<br>  バッチリ撮影させてもらうわよ~」<br> 「……その前に、鼻血を拭いた方が良いですぅ」<br> <br> スーツケースの中身は、殆どが服であるらしい。<br> な~にが重要機密なんだか、と翠星石が呆れている隣で、<br> 雛苺は指を折って何かを数え「うよ?」と頸を傾げた。<br> <br> 「ねえねえ、翠ちゃん。どうして今日が八十八夜なの?<br>  一月一日から数えると、五月二日は百二十二夜なのよー。<br>  絶対に、おかしいのっ。間違ってるのっ」<br> 「おバカ苺。間違ってるのは、お前の頭ですぅ」<br> 「あああっ! なんて酷いこと言うのー?! 信じられないの」 <br> <br> 翠星石は「ホントの事ですぅ」と鼻で笑い、肩を竦めた。<br> 「いいですか。耳の穴かっぽじって、よ~く聞きやがれです。<br>  八十八夜とは、立春から数えて八十八日目ということなのです。<br>  今日、摘んだ茶葉は一番絞りと呼ばれて――」<br> <br> と、そこまで言って、翠星石は口を噤んだ。<br> みっちゃんの居る前で、うっかり出任せを言うわけにはいかない。<br> 不自然に言葉を切った彼女に、みっちゃんと雛苺の視線が注がれる。<br> <br> 「一番絞りが、どうしたって言うのー?」<br> 「それ、あたしも聞きたいなあ。何か、凄~い効能でも有るのかな?」<br> 「……べ、別に、ねぇですよ」<br> <br> じろじろと注目されて気恥ずかしくなったのか、翠星石は赤面して、顔を背けた。<br> 途端、みっちゃんの眼が光を放つ。<br> <br> 「シャッターチャンス!! その顔、貰ったわ」<br> 「?! や、やめるですっ! こんな顔、撮るなですぅ!」<br> <br> 菅の笠で顔の下半分を隠した翠星石に、みっちゃんはニタリと笑い掛けた。<br> <br> 「あ~ら、残念ね。もう撮っちゃった♪ これをネタに脅……げふんげふん」<br> 「ちょっ! いま、何を言いかけたですっ!」<br> 「気のせい気のせい。あたしは、なぁ~んにも言ってないわよ」<br> 「…………みっちゃん、実は腹黒いのよー」<br> 「だから、気のせいだってば。人聞きの悪いこと言っちゃダメよ。<br>  それよりも、次は、この服に着替えて撮影よ!」<br> 「はあ?! まだ続けるですかぁ?」<br> <br> こうして、みっちゃんのペースに振り回されて、初日は過ぎゆくのだった。<br> <hr> 『保守がわり番外編  重要文化財をねらえ!』<br> <br> 雪「ねえ、翠星石さん。今日は、お日柄も良いことですし――」<br> 翠「なんです、きらきー。お茶会でも開くです?」<br> 雪「ひとつ、陶芸を愉しんでみませんか?」<br> 翠「はあ? なんでまた、唐突に陶芸ですか」<br> 雪「たまには、一風変わった趣向も良いかと思いまして」<br> 翠「・・・なるほど。でも、陶芸なんて興味ねぇからパスするですぅ。じゃあね」<br> 雪「・・・・・・」<br> 翠「?! ちょっ・・・なんで、私の前に回り込んでくるですっ」<br> 雪「陶芸・・・・・・し ま す か? し ま せ ん か?」<br> 翠「なんか眼が怖ぇです・・・こうなりゃ自棄です! 陶芸してやるですぅ!」<br>  ・<br>  ・<br> 翠「面子は・・・・・・薔薇しぃと、きらきー。それに、私だけですか」<br> 雪「他の方たちは、生憎と、お忙しい様子でしたので」<br> 翠「ふぅん。で? 具体的に、どんな物を創るです?<br>   オーソドックスに食器ですか? それとも壺とかです?」<br> 雪「それは・・・ここに用意しました、お題選択マシーンで決めますわ」<br> 薔「・・・早い話が、おみくじ」<br> 雪「それじゃあ、薔薇しぃちゃん。お願いね」<br> 薔「おっけー、きらきー。しぇいく♪ しぇいく♪」<br>  ・<br>  ・<br> 薔「3番ゲット・・・・・・えっと、3番の紙は・・・・・・こんなん出ましたけど」<br>   つ[ハニワ](薔薇水晶の看板AA略)<br>  「な、なんだってー?!」∑(゚д゚ )翠 ∑(§д゚ )雪<br> <br> ・・・つづく<br>

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