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「~終章~」(2006/06/11 (日) 05:09:48) の最新版変更点
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<p><br>
~終章~<br>
<br>
鈴鹿御前を討ち倒し、祓って凱旋した八犬士たちを、万民が諸手を上げて歓待した。<br>
しかも、桜田藩の次期当主を奪還、救出してきたのだから、尚更のこと。<br>
ジュンの父親は無論のこと、家老たちも、犬士たちの功績を認めた。<br>
<br>
最早、蒼星石を平民の娘と蔑む者は誰も居ない。<br>
ジュンと彼女は、凱旋から数日の後に祝言を挙げ、死線をかいくぐってきた仲間たちや、<br>
領民皆に祝福されながら、晴れて夫婦となったのである。<br>
ジュンは心から蒼星石を愛していたし、<br>
蒼星石もまた、この世に彼を繋ぎ止めてくれた巴も含めて、ジュンを愛していた。<br>
<br>
二人は寄り添い、城の天守閣から復旧していく街並みを見下ろしていた。<br>
ちょっとだけ貫禄が増したジュンと、男装の麗人から一躍、美しい姫君となった蒼星石。<br>
若い二人の姿を見て、人々の心には、新しい時代の到来を予感するのだった。<br>
<br>
蒼「ふふふっ」<br>
ジ「どうしたんだ、蒼星石?」<br>
蒼「ねえ、ジュン。人って……幸せだと、自然に笑えるものなんだね」<br>
ジ「うん。そして、笑える余裕があれば……他人にも優しく出来るのさ。<br>
この藩も、いや、国中の人々が、笑って暮らせる世界になれば良いよな。<br>
蒼星石たちは、そんな未来への道標を示してくれたんだと、僕は思うよ」<br>
蒼「……そんな、大層な事じゃないってば。<br>
ボク達はただ、前世に犯した自分たちの過ちを、正したにすぎないんだから。<br>
本当に讃えられるべきは、ボクじゃなくて、真紅の方だよ」<br>
<br>
眼下に広がる城下町を眺めながら、彼女は、どこかに宿泊している真紅に想いを馳せた。<br>
房姫の生まれ変わりとして、自らの分身でもある鈴鹿御前を討ち、穢れを祓った退魔師。<br>
桜田家への仕官を奨める蒼星石に、真紅は毅然と、拒否の返事をした。<br>
<br>
――この世には、まだ助けを求めている人々が、沢山いるわ。<br>
だから、行かなきゃ。第二、第三の鈴鹿御前が生み出されない様に、ね。<br>
<br>
真紅は、とても清々しい顔で「お幸せにね」と告げて、城を後にしたのだった。<br>
<br>
蒼「彼女はこれからも、自分を犠牲にして、過酷な旅を続けていくんだから」<br>
ジ「そうなのかな?」<br>
<br>
ジュンは、力強く蒼星石の肩を抱き寄せて、続けた。<br>
<br>
ジ「どんな人生であれ、自分で考えて、その結果として選んだ道なら、<br>
歩み続けることを苦痛だなんて思わない筈だよ。<br>
かく言う僕も、次期藩主として生きていくことを決めたけど、この先、<br>
何があっても後悔なんかしないさ」<br>
<br>
――何故ならば。<br>
<br>
ジ「僕の側には、いつでも蒼星石が居てくれるから。<br>
いつだって、挫けそうになれば支えてくれると信じているから。<br>
だから、僕は……どんな運命にだって、立ち向かっていけるよ」<br>
蒼「…………そうだね。きっと、ボクも同じだよ。<br>
この剣に誓って、ボクも、ジュンと一緒に、運命を切り開いていくから」<br>
<br>
二人は肩寄せ合いながら、今も蒼星石の手中にある剣『月華豹神』に目を向けた。<br>
新たに桜田家の家宝と認定された『月華豹神』だが、管理の一切は、<br>
蒼星石に一任されている。だから、彼女も片時たりとて手放さなかった。<br>
<br>
柴崎老人が鍛えた剣『月華豹神』は、『月下氷人』の韻を踏む名称。<br>
月下氷人とは媒酌人。即ち、仲人を意味している。<br>
彼は、今日という日が訪れる事を、悟っていたのだろうか。<br>
それとも、いずれは普通の娘に戻って、家庭を持って欲しいという願いが、<br>
込められていたのか。<br>
<br>
今となっては、真相は闇の中である。<br>
程なくして、ジュンと蒼星石は、柴崎老人の菩提寺を建立して彼に感謝し、<br>
彼と、彼の一家の冥福を祈った。<br>
<br>
<br>
<br>
その頃、真紅は、城下町の宿で旅支度を調えていた。<br>
数日前に、ジュンと蒼星石の祝言を見届けてから今日まで、充分に鋭気も養った。<br>
後は、いつ出立するかだ。<br>
<br>
窓辺に腰を降ろして、涼んでいた水銀燈が、彼女に声を掛けた。<br>
<br>
銀「もう出発するの? 忙しないわねぇ」<br>
<br>
真紅は、にっこりと微笑みを向けて、穏やかに返答する。<br>
<br>
紅「人の心に宿った鬼が目覚める限り、私の、退魔師としての旅は終わらないわ。<br>
これは、もう宿命みたいなものよ」<br>
銀「ふぅん? 因果な職業に就いたものねぇ」<br>
紅「人々の笑顔を護る仕事ですもの。とても重要で、張り合いがある職業だわ」<br>
銀「……まぁねぇ」<br>
<br>
誰かが、やらねばならない事だ。そして、真紅にとっては天職でもある。<br>
真紅が、今の生き方に満足しているなら、何も言う事はない。<br>
水銀燈は戯けた様に応じると、肩を竦めて見せた。<br>
<br>
銀(でも……それで、貴女は幸せ?)<br>
<br>
この先、たった独りで旅を続けて、本当に心が満たされるのだろうか?<br>
赤の他人のために、命を磨り減らしていくだけではないのか?<br>
御魂の絆で結ばれた姉妹たちは、それぞれの人生を見付けて、幸福になろうとしているのに。<br>
<br>
<br>
<br>
翠星石は、お庭番の頭として、城仕えの道を選んだ。<br>
家臣の中には、ジュンの側室にとの声も有ったが、彼女が断固として拒絶したのだ。<br>
ジュンの事は好いていた。<br>
でも、側室となって世継ぎを産むような事になれば、いずれ家督相続の争いが起きよう。<br>
蒼星石の幸せを護るためにも、翠星石は我を捨てて、一家臣の立場に甘んじたのだ。<br>
数年後、翠星石は双子の姉妹を産み、忍びとして育てたが、子供たちには、<br>
<br>
翠「お前らの父親は、凄ぇヤツだったのですぅ」<br>
<br>
と語るだけで、父親が誰なのかは生涯、明かさなかったと言う。<br>
<br>
<br>
<br>
金糸雀は、蒼星石とジュンの祝言を見届けてから、<br>
ベジータと共に故郷の明伝藩に戻って、祖父の後を継ぐように開業医となった。<br>
名医の誉れも高く、忽ち広がった噂を聞き付けた患者が、遠路遙々、<br>
彼女の元を訪れるまでになっている。<br>
しかし、相も変わらず、付かず離れず……微妙な関係の二人。<br>
<br>
金「ベジータ! そろそろ、手狭になった診療所の増改築をするかしら」<br>
ベ「おい、待てよ! そんな事まで、俺にやらせるのか?!」<br>
金「宣教師なんだから、勤労奉仕するのは当然かしら?」<br>
ベ「俺、この間、破門され――」<br>
金「問答無用っ! 頼りにしてるわよ」<br>
ベ「…………こんな殺し文句に逆らえない自分が情けねえぜ」<br>
<br>
恋愛感情が芽生えるには、もう暫く時間が必要らしい。<br>
<br>
<br>
<br>
雛苺は桜田藩より拝領した褒美の品々を持って、養父、結菱一葉の元へと帰った。<br>
それを元手に、神社の片隅に孤児院を開き、身よりのない子供たちを引き取り、<br>
面倒を見る生活を始めた。<br>
<br>
雛「みんなー! おやつの時間なのよー。今日も、うにゅーなのっ!」<br>
葉「……ひと回り大きく成長して戻ったと思ったのだが、<br>
気のせいじゃったのかな」<br>
雛「うょ? なあに、お父さま?」<br>
葉「いや、なんでもない」<br>
<br>
過酷な試練を乗り越えたとは言え、まだまだ子供っぽさを残している雛苺。<br>
子供たちと戯れる愛娘に、慈愛に満ちた眼差しを向けながら、<br>
<br>
葉(やれやれ、まだ当分、死ねないな)<br>
<br>
表情は笑みを浮かべつつ、内心で重い溜息を吐く一葉だった。<br>
<br>
<br>
<br>
嘗ての狼漸藩は、藩主や家督相続人を失ったことから、幕府に認められて、<br>
財政的にも余裕のあった桜田藩の領地となった。<br>
明伝藩は、自国の復興だけで、財政が火の車となっていたのである。<br>
<br>
薔薇水晶と雪華綺晶の姉妹は、桜田家からの依頼に応じて、<br>
旧狼漸藩領に建立された御霊神社の宮司となった。<br>
鈴鹿御前を含めた、数多の犠牲者たちの御霊を鎮める為、<br>
房姫が生み出した三種の神器のひとつ、神槍『澪浄』を御神体に納めたのである。<br>
<br>
薔「…………神社の管理って、退屈」<br>
<br>
神社の管理運営について、諸々の記帳をしていた薔薇水晶は、大きな欠伸をした。<br>
<br>
雪「だらしない真似は、およしなさい。これも大切なお仕事ですわよ」<br>
薔「……私向きじゃない。止ぁめたぁ」<br>
雪「ちょっ! 薔薇しぃっ!」<br>
薔「遊んでくる。後は任せた」<br>
<br>
じゃっ! と片手を挙げると、薔薇水晶は脱兎の如く走り出し、<br>
雪華綺晶の制止を振り切って、遊びに行ってしまった。<br>
<br>
雪「……もぅ、あの娘ったら」<br>
<br>
諦め気味に吐息する雪華綺晶だったが、彼女は直ぐに、微笑を浮かべた。<br>
眼帯で狗神の徴を隠す必要がなくなって、薔薇水晶は前にも増して、行動的になった。<br>
その成長ぶりが嬉しく、いつも一緒にいられる喜びを噛み締めながら、<br>
雪華綺晶は再び、帳簿の整理に戻るのだった。<br>
<br>
<br>
<br>
みんな、新しい人生を歩み始めている。それは真紅も、同じ。<br>
自分が為すべき事を見定めて、歩きだそうとしている。<br>
<br>
――じゃあ、私は?<br>
これから、どうするの? 何をしたいの?<br>
<br>
漠然とだが、めぐと一緒に、全国行脚の旅にでも出ようかと思っていた。<br>
これと言って、当て所ない旅。足の向くまま、気の向くままに……。<br>
でも、本当に、そうしたいのだろうか?<br>
めぐと一緒に居たいと願ったのは本心だけれど、何故か、心が沸き立たない。<br>
これまでの埋め合わせをする、良い機会だと言うのに。<br>
<br>
どうしてぇ?<br>
そう思ったとき、水銀燈の胸裏に、めぐが語りかけてきた。<br>
<br>
め『水銀燈…………彼女と、一緒に行きたいんじゃないの?』<br>
銀(えっ?)<br>
め『私には、ちゃあんと解るわよ。水銀燈が、彼女に寄せてる想いくらいはね』<br>
銀(はあぁ? なにそれ、ばっかじゃないのぉ。私は別に、真紅のコトなんてぇ)<br>
め『なんとも思っていないなら、どうして今も、此処には来てるの?』<br>
<br>
めぐに指摘されて、水銀燈は返答に窮した。<br>
祝言が終わって、他の娘たちは旅立ったというのに――<br>
自分だけは、真紅の元に留まり続けている。<br>
考えてみれば、馬鹿馬鹿しいし、自分らしくなかった。<br>
今までなら、自己中心的と批判されても、自分の行動理念に従っていた筈だ。<br>
他人の祝言には興味が無かったし、周囲がどうなろうと、知ったことではなかった。<br>
<br>
それなのに、何故、こんな真似をしているのだろうか?<br>
性格が変わった? 有り得ない。<br>
<br>
め『解らないの? 水銀燈も意外に、お馬鹿さんなのね。<br>
彼女のお仕事、手伝ってあげたいんでしょ?<br>
だったら、正直になれば良いじゃない』<br>
銀(でもぉ……私は、めぐと……)<br>
め『私は、水銀燈と一心同体だもの。何処に行こうと、ずっと一緒よ。<br>
それに、私だって冒険がしたいわ。貴女たちと一緒に、ね』<br>
銀(…………ふぅん。まあ、めぐがそう言うなら、考えなくもないわねぇ。<br>
いい? 勘違いするんじゃないわよぉ。これは、めぐの為なんだからね)<br>
<br>
その後も胸中で、くどいくらいに「めぐの為」を繰り返して、<br>
水銀燈は、真紅に話を切りだした。<br>
<br>
銀「……真紅ぅ。もし良かったら……私も、手伝ってあげましょうかぁ?」<br>
紅「なあに、いきなり。どういった風の吹き回しかしら?」<br>
銀「べ、別に……深い意味なんて無いわよぅ。<br>
ただ、へっぽこ退魔師さんが野垂れ死にしてる光景を想像したら、<br>
あまりに不憫に思えちゃってねぇ。ホントに、深い意味はないんだからね」<br>
<br>
真紅は、くすっ……と微笑んで、水銀燈を見詰めた。<br>
<br>
紅「ありがとう、水銀燈。なんとなく……本当に、なんとなくだけれど、<br>
貴女なら、そう言ってくれると信じていたわ」<br>
銀「なによ、それぇ。特別に、私が手を貸してあげるって言ってるのよぉ?<br>
ちっとも、誠意が感じられないじゃなぁい。<br>
せめて……そうねぇ『ありがとうございます、水銀燈さま』とでも――」<br>
紅「ありがとうございます、水銀燈さま。生涯、感謝しますわ」<br>
銀「…………」<br>
紅「…………どうかした、水銀燈?」<br>
<br>
満面の笑みを浮かべて、事も無げに問い掛ける真紅。<br>
水銀燈は微かに頬を染めると、顔を背けて窓の外を見遣り、前髪を掻き上げた。<br>
<br>
銀「まぁったく。そんなにアッサリ言われたら、つまんなぁい」<br>
紅「あら、そう。それで、付いてきてくれるの? くれないの?」<br>
銀「……結構、底意地が悪くなったわねぇ。解ってて、言ってるでしょぉ」<br>
紅「返事を聞きたいだけよ」<br>
<br>
今回は、分が悪い。水銀燈は、ひょいと肩を竦めて、溜息を吐いた。<br>
<br>
銀「一緒に、付いてってあげるわよぅ。特別に、なんだからねぇ」<br>
紅「はいはい」<br>
<br>
――変なところで強情なんだから。<br>
水銀燈に宿るめぐと、真紅は、同じ台詞を考えていた。<br>
だが、口には出さずに、真紅は荷物の中から、折り畳まれた衣服を取り出し、<br>
水銀燈に手渡した。<br>
<br>
紅「はい、これ。私の相棒に成ってくれるなら、この服に着替えてちょうだい。<br>
その恰好では、ちょっと問題ありだわ。何事も、第一印象が大切なのよ」<br>
銀「着流しの方が楽なんだけど……まあ、しょうがないわねぇ」<br>
<br>
真紅から衣服を受け取ると、水銀燈は衝立の後ろに回って、いそいそと着替えを始めた。<br>
なんだかんだ言って、結構、愉しみらしい。<br>
<br>
銀「これで良いのかしらぁ、真紅ぅ」<br>
<br>
程なくして着替えを済ませた水銀燈は、真新しい巫女装束に身を包んでいた。<br>
真紅の服と異なっているのは、袖の長さと、袴の色である。<br>
<br>
銀「ねぇ……巫女装束なのに、どぉして袴の色が青紫色なのぉ?」<br>
紅「仕方なかったのよ。昨日、呉服屋の方に製作を依頼に行ったら、<br>
もう、その色の生地しか残ってないって言われたんだもの。<br>
それとも、上下揃って白装束の方が良かった?」<br>
銀「死に装束みたいでイヤよぉ。これはこれで、なかなか良いわぁ」<br>
紅「よかったわ、気に入ってもらえて」<br>
<br>
口では、なんとなくと言っていたが、真紅は、水銀燈が協力してくれると確信していた。<br>
だからこそ、昨夜の内に、急いで彼女の装束を注文しておいたのだ。<br>
寸法は、真紅を目安にして、少し大きめに製作して貰ったのだが、<br>
見る限り、どうやら丁度いい様だった。<br>
<br>
紅「貴女も旅支度をしてちょうだい。終わったら、直ぐに発つわ」<br>
銀「私の準備なら、直ぐに終わるわぁ。元々、大した手荷物は無かったしぃ」<br>
紅「そう言えば、出会ったときから貴女は軽装だったわね」<br>
<br>
初めて出会ったとき、水銀燈は、異様に長い太刀しか、手にしていなかった。<br>
それは今、三種の神器のひとつ、神刀『紫綺』となって、彼女の手に在る。<br>
神器の使い手。これほど頼もしい相棒は、そう居ないと思えた。<br>
<br>
真紅は、最後の荷物を纏め終えて、ぐるぐると頚を回した。<br>
<br>
紅「さて、と。私の準備は、これで終わったわ」<br>
銀「それじゃあ、出発するぅ?」<br>
紅「ええ、行きましょう。私たちの助けを、必要としている人たちのところへ」<br>
<br>
二人は、並んで宿を出ると、街道沿いに歩きだした。<br>
これから先、どんな苦難が待ち構え、どんな強敵が襲ってくるか解らない。<br>
でも、二人でなら、きっと乗り越えられる。<br>
真紅も、水銀燈も、敢えて言わなかったけれど、心の底では、そう思っていた。<br>
<br>
<br>
<br>
得物と、僅かな荷物を持って街道を行く彼女たちを、街道沿いの丘の上から、<br>
山伏の格好をした二人の青年が、じっと見詰めていた。<br>
<br>
その内の一人……眼鏡を掛けた、優男風の男が、目を細めて笑った。<br>
<br>
?「おやおや。折角、普通の女の子に戻れたと言うのに……血気盛んですねえ。<br>
そうは思いませんか、槐くん」<br>
<br>
槐と呼ばれた、怜悧な眼をした金髪の青年は「結構な事じゃないか」と応じた。<br>
<br>
槐「彼女たちが、自分で選んだ道だ。そうだろう、白崎?<br>
我々が、あれこれ口出しする問題じゃない」<br>
白「正論ですねえ。僕等はただ、彼女たちの成長を見守るだけの存在。<br>
舞台の上で演じられる、人生と言う名の劇を見に来た観客に過ぎません」<br>
槐「新たに演じられる劇が、どんな内容なのかは解らない。<br>
だが、席を立つことなく次の舞台を観られるのだから、得をしたと思わないか」<br>
白「……ですね。僕等はまた、観客席から、彼女たちの演劇を愉しむとしましょう」<br>
<br>
そう言うと、二人の青年は金剛杖を突きながら、真紅たちとは逆の方へと、<br>
街道を進んでいった。<br>
<br>
天下太平。<br>
今までの穢れを拭い去るかの如く、空は青く高く、どこまでも晴れ渡っていた。<br>
<br>
<br>
<br>
~ 終 劇 ~<br>
<br>
<br>
=<a href=
"http://www9.atwiki.jp/rozenmaidenhumanss/pages/1.html">トップページに帰る</a>=<br>
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~終章~<br>
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鈴鹿御前を討ち倒し、祓って凱旋した八犬士たちを、万民が諸手を上げて歓待した。<br>
しかも、桜田藩の次期当主を奪還、救出してきたのだから、尚更のこと。<br>
ジュンの父親は無論のこと、家老たちも、犬士たちの功績を認めた。<br>
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最早、蒼星石を平民の娘と蔑む者は、ひとりも居ない。<br>
ジュンと彼女は、凱旋から数日の後に祝言を挙げ、死線をかいくぐってきた仲間たちや、<br>
領民すべてに祝福されながら、晴れて夫婦となったのである。<br>
ジュンは心から蒼星石を愛していたし、<br>
蒼星石もまた、この世に彼を繋ぎ止めてくれた巴も含めて、ジュンを愛していた。<br>
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二人は寄り添い、城の天守閣から復旧していく街並みを見下ろしていた。<br>
ちょっとだけ貫禄が増したジュンと、男装の麗人から一躍、美しい姫君となった蒼星石。<br>
若い二人の姿を見て、人々の心には、新しい時代の到来を予感するのだった。<br>
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「ふふふっ」<br>
「どうしたんだ、蒼星石?」<br>
「ねえ、ジュン。人って……幸せだと、自然に笑えるものなんだね」<br>
「うん。そして、笑える余裕があれば……他人にも優しく出来るのさ。<br>
この藩も、いや、国中の人々が、笑って暮らせる世界になれば良いよな。<br>
蒼星石たちは、そんな未来への道標を示してくれたんだと、僕は思うよ」<br>
「……そんな、大層な事じゃないってば。<br>
ボクらはただ、前世に犯した自分たちの過ちを、正したにすぎないんだから。<br>
本当に讃えられるべきは、ボクじゃなくて、真紅の方だよ」<br>
<br>
眼下に広がる城下町を眺めながら、彼女は、どこかに宿泊している真紅に想いを馳せた。<br>
房姫の生まれ変わりとして、自らの分身でもある鈴鹿御前を討ち、穢れを祓った退魔師。<br>
桜田家への仕官を奨める蒼星石に、真紅は毅然と、拒否の返事をした。<br>
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――この世には、まだ助けを求めている人々が、沢山いるわ。<br>
だから、行かなきゃ。第二、第三の鈴鹿御前が生み出されない様に、ね。<br>
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真紅は、とても清々しい顔で「お幸せにね」と告げて、城を後にしたのだった。<br>
<br>
「彼女はこれからも、自分を犠牲にして、過酷な旅を続けていくんだから」<br>
「そうなのかな?」<br>
<br>
ジュンは、力強く蒼星石の肩を抱き寄せて、続けた。<br>
<br>
「どんな人生であれ、自分で考えて、その結果として選んだ道なら、<br>
歩み続けることを苦痛だなんて思わない筈だよ。<br>
かく言う僕も、次期藩主として生きていくことを決めたけど、この先、<br>
何があっても後悔なんかしないさ」<br>
<br>
――何故ならば。<br>
<br>
「僕の側には、いつでも蒼星石が居てくれるから。<br>
いつだって、挫けそうになれば支えてくれると信じているから。<br>
だから、僕は……どんな運命にだって、立ち向かっていけるよ」<br>
「…………そうだね。きっと、ボクも同じだよ。<br>
この剣に誓って、ボクも、ジュンと一緒に、運命を切り開いていくから」<br>
<br>
二人は肩寄せ合いながら、今も蒼星石の手中にある剣『月華豹神』に目を向けた。<br>
新たに桜田家の家宝と認定された『月華豹神』だが、管理の一切は、<br>
蒼星石に一任されている。だから、彼女も片時たりとて手放さなかった。<br>
<br>
柴崎老人が鍛えた剣『月華豹神』は、『月下氷人』の韻を踏む名称。<br>
月下氷人とは媒酌人。即ち、仲人を意味している。<br>
彼は、今日という日が訪れる事を、悟っていたのだろうか。<br>
それとも、いずれは普通の娘に戻って、家庭を持って欲しいという願いが、<br>
込められていたのか。<br>
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<br>
今となっては、真相は闇の中である。<br>
<br>
程なくして、ジュンと蒼星石は、柴崎老人の菩提寺を建立して彼に感謝し、<br>
彼と、彼の一家の冥福を祈った。<br>
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その頃、真紅は、城下町の宿で旅支度を調えていた。<br>
数日前に、ジュンと蒼星石の祝言を見届けてから今日まで、充分に鋭気も養った。<br>
後は、いつ出立するかだ。<br>
<br>
窓辺に腰を降ろして、涼んでいた水銀燈が、彼女に声を掛けた。<br>
<br>
「もう出発するのぉ? 忙しないわねぇ」<br>
<br>
真紅は、にっこりと微笑みを向けて、穏やかに返答する。<br>
<br>
「人の心に宿った鬼が目覚める限り、私の、退魔師としての旅は終わらないわ。<br>
これは、もう宿命みたいなものよ」<br>
「ふぅん? 因果な職業に就いたものねぇ」<br>
「人々の笑顔を護る仕事ですもの。とても重要で、張り合いがある職業だわ」<br>
「……まぁねぇ」<br>
<br>
誰かが、やらねばならない事だ。そして、真紅にとっては天職でもある。<br>
真紅が、今の生き方に満足しているなら、何も言う事はない。<br>
水銀燈は戯けた様に応じると、肩を竦めて見せた。<br>
<br>
(でも……それで、貴女は幸せ?)<br>
<br>
この先、たった独りで旅を続けて、本当に心が満たされるのだろうか?<br>
赤の他人のために、命を磨り減らしていくだけではないのか?<br>
御魂の絆で結ばれた姉妹たちは、それぞれの人生を見つけて、幸福になろうとしているのに。<br>
<br>
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<br>
<br>
翠星石は、お庭番の頭として、城仕えの道を選んだ。<br>
家臣の中には、ジュンの側室にとの声も有ったが、彼女が断固として拒絶したのだ。<br>
ジュンの事は好いていた。<br>
でも、側室となって世継ぎを産むような事になれば、いずれ家督相続の争いが起きよう。<br>
蒼星石の幸せを護るためにも、翠星石は我を捨てて、一家臣の立場に甘んじたのだった。<br>
数年後、翠星石は双子の姉妹を産み、忍びとして育てたが、子供たちには、<br>
<br>
「お前らの父親は、凄ぇヤツだったのですぅ」<br>
<br>
と語るだけで、父親が誰なのかは生涯、明かさなかったと言う。<br>
<br>
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<br>
金糸雀は、蒼星石とジュンの祝言を見届けてから、<br>
ベジータと共に故郷の明伝藩に戻り、祖父の後を継いで開業医となった。<br>
名医の誉れも高く、忽ち広がった噂を聞き付けた患者が、遠路遙々、<br>
彼女の元を訪れるまでになっている。<br>
しかし、相も変わらず、付かず離れず……微妙な関係の二人。<br>
<br>
「ベジータ! そろそろ、手狭になった診療所の増改築をするかしら」<br>
「おい、待てよ! そんな事まで、俺にやらせるのか?!」<br>
「宣教師なんだから、勤労奉仕するのは当然かしら?」<br>
「俺、この間、破門され――」<br>
「問答無用っ! 頼りにしてるわよ」<br>
「…………こんな殺し文句に逆らえない自分が情けねえぜ」<br>
<br>
恋愛感情が芽生えるには、まだまだ時間が必要らしい。<br>
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雛苺は桜田藩より拝領した褒美の品々を持って、養父、結菱一葉の元へと帰った。<br>
それを元手に、神社の片隅に孤児院を開き、身よりのない子供たちを引き取り、<br>
面倒を見る生活を始めた。<br>
<br>
「みんなー! おやつの時間なのよー。今日も、うにゅーなのっ!」<br>
「……ひと回り大きく成長して戻ったと思ったのだが、<br>
気のせいじゃったのかな」<br>
「うょ? なあに、お父さま?」<br>
「いや、なんでもない」<br>
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過酷な試練を乗り越えたとは言え、まだまだ子供っぽさを残している雛苺。<br>
子供たちと戯れる愛娘に、慈愛に満ちた眼差しを向けながら、<br>
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(やれやれ。まだ当分、死ねないな)<br>
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表情は笑みを浮かべつつ、内心で重い溜息を吐く一葉だった。<br>
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嘗ての狼漸藩は、藩主や家督相続人を失ったことから、幕府に認められて、<br>
財政的にも余裕のあった桜田藩の領地となった。<br>
明伝藩は、自国の復興だけで、財政が火の車となっていたのである。<br>
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薔薇水晶と雪華綺晶の姉妹は、桜田家からの依頼に応じて、<br>
旧狼漸藩領に建立された御霊神社の宮司となった。<br>
鈴鹿御前を含めた、数多の犠牲者たちの御霊を鎮める為、<br>
房姫が生み出した三種の神器のひとつ、神槍『澪浄』を御神体に納めたのである。<br>
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「…………神社の管理って、退屈」<br>
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神社の管理運営について、諸々の記帳をしていた薔薇水晶は、大きな欠伸をした。<br>
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「だらしない真似は、およしなさい。これも大切なお仕事ですわよ」<br>
「……私向きじゃない。止ぁめたぁ」<br>
「ちょっ! 薔薇しぃっ!」<br>
「遊んでくる。後は任せた」<br>
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じゃっ! と片手を挙げると、薔薇水晶は脱兎の如く走り出し、<br>
雪華綺晶の制止を振り切って、遊びに行ってしまった。<br>
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「……もぅ、あの娘ったら」<br>
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諦め気味に吐息する雪華綺晶だったが、彼女は直ぐに、微笑を浮かべた。<br>
眼帯で狗神の徴を隠す必要がなくなって、薔薇水晶は前にも増して、行動的になった。<br>
その成長ぶりが嬉しく、いつも一緒にいられる喜びを噛み締めながら、<br>
雪華綺晶は再び、帳簿の整理に戻るのだった。<br>
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みんな、新しい人生を歩み始めている。それは真紅も、同じ。<br>
自分が為すべき事を見定めて、歩きだそうとしている。<br>
そこで、水銀燈は、ふと考えた。<br>
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――じゃあ、私は?<br>
これから、どうするの? 何をしたいの?<br>
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漠然とだが、めぐと一緒に、全国行脚の旅にでも出ようかと思っていた。<br>
これと言って、当て所ない旅。足の向くまま、気の向くままに……。<br>
でも、本当に、そうしたいのだろうか?<br>
めぐと一緒に居たいと願ったのは本心だけれど、何故か、心が沸き立たない。<br>
これまでの埋め合わせをする、良い機会だと言うのに。<br>
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どうしてぇ?<br>
そう思ったとき、水銀燈の胸裏に、めぐが語りかけてきた。<br>
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『水銀燈…………彼女と、一緒に行きたいんじゃないの?』<br>
(えっ?)<br>
『私には、ちゃあんと解るわよ。水銀燈が、彼女に寄せてる想いくらいはね』<br>
(はあぁ? なにそれ、ばっかじゃないのぉ。私は別に、真紅のコトなんてぇ)<br>
『なんとも思っていないなら、どうして今も、此処に来てるの?』<br>
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めぐに指摘されて、水銀燈は返答に窮した。<br>
祝言が終わって、他の娘たちは旅立ったというのに――<br>
自分だけは、真紅の元に留まり続けている。<br>
考えてみれば、馬鹿馬鹿しいし、自分らしくなかった。<br>
今までなら、自己中心的と批判されても、自分の行動理念に従っていた筈だ。<br>
他人の祝言には興味が無かったし、周囲がどうなろうと、知ったことではなかっただろう。<br>
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それなのに、何故、こんな真似をしているのだろうか?<br>
性格が変わったなんて自覚は、全くないのに。<br>
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『解らないの? 水銀燈も意外に、お馬鹿さんなのね。<br>
彼女のお仕事、手伝ってあげたいんでしょ?<br>
だったら、正直になれば良いじゃない』<br>
(でもぉ……私は、めぐと……)<br>
『私は、水銀燈と一心同体だもの。何処に行こうと、ずっと一緒よ。<br>
それに、私だって冒険がしたいわ。貴女たちと一緒に、ね』<br>
(…………ふぅん。まあ、めぐがそう言うなら、考えなくもないわねぇ。<br>
いい? 勘違いするんじゃないわよぉ。これは、めぐの為なんだからね)<br>
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その後も胸中で、くどいくらいに「めぐの為」を繰り返して、<br>
水銀燈は、真紅に話を切りだした。<br>
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「……真紅ぅ。もし良かったら……私も、手伝ってあげましょうかぁ?」<br>
「なあに、いきなり。どういった風の吹き回しかしら?」<br>
「べ、別にぃ……深い意味なんて無いわよぉ。<br>
ただ、へっぽこ退魔師さんが野垂れ死にしてる光景を想像したら、<br>
あまりに不憫に思えちゃってねぇ。ホントに、深い意味はないんだからね」<br>
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真紅は、くすっ……と微笑んで、水銀燈を見詰めた。<br>
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「ありがとう、水銀燈。なんとなく……本当に、なんとなくだけれど、<br>
貴女なら、そう言ってくれると信じていたわ」<br>
「なによ、それぇ。特別に、私が手を貸してあげるって言ってるのよぉ?<br>
ちっとも、誠意が感じられないじゃなぁい。<br>
せめて……そうねぇ『ありがとうございます、水銀燈さま』とでも――」<br>
「ありがとうございます、水銀燈さま。生涯、感謝しますわ」<br>
「…………」<br>
「…………どうかした、水銀燈?」<br>
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満面の笑みを浮かべて、事も無げに問い掛ける真紅。<br>
水銀燈は微かに頬を染めると、顔を背けて窓の外を見遣り、前髪を掻き上げた。<br>
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「まぁったく。そんなにアッサリ言われたら、つまんなぁい」<br>
「あら、そう。それで、付いてきてくれるの? くれないの?」<br>
「……結構、底意地が悪くなったわねぇ。解ってて、言ってるでしょぉ」<br>
「返事を聞きたいだけよ」<br>
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今回は、分が悪い。水銀燈は、ひょいと肩を竦めて、溜息を吐いた。<br>
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「一緒に、付いてってあげるわよ。特別に、なんだからねぇ」<br>
「はいはい」<br>
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――変なところで強情なんだから。<br>
水銀燈に宿るめぐと、真紅は、同じ台詞を考えていた。<br>
だが、口には出さずに、真紅は荷物の中から、折り畳まれた衣服を取り出し、<br>
水銀燈に手渡した。<br>
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「はい、これ。私の相棒に成ってくれるなら、この服に着替えてちょうだい。<br>
その恰好では、ちょっと問題ありだわ。何事も、第一印象が大切なのよ」<br>
「着流しの方が楽なんだけどぉ……まあ、しょうがないわねぇ」<br>
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真紅から衣服を受け取ると、水銀燈は衝立の後ろに回って、いそいそと着替えを始めた。<br>
なんだかんだ言って、結構、愉しみらしい。<br>
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「これで良いのかしらぁ、真紅ぅ」<br>
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程なくして着替えを済ませた水銀燈は、真新しい巫女装束に身を包んでいた。<br>
真紅の服と異なっているのは、袖の長さと、袴の色である。<br>
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「ねぇ……巫女装束なのに、どぉして袴の色が青紫色なのぉ?」<br>
「仕方なかったのよ。昨日、呉服屋の方に製作を依頼に行ったら、<br>
もう、その色の生地しか残ってないって言われたんだもの。<br>
それとも、上下揃って白装束の方が良かった?」<br>
「死に装束みたいでイヤよぉ。これはこれで、なかなか良いわぁ」<br>
「よかったわ、気に入ってもらえて」<br>
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口では、なんとなくと言っていたが、真紅は、水銀燈が協力してくれると確信していた。<br>
だからこそ、昨夜の内に、急いで彼女の装束を注文しておいたのだ。<br>
寸法は、真紅を目安にして、少し大きめに製作して貰ったのだが、<br>
見る限り、どうやら丁度いい様子だった。<br>
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「貴女も旅支度をしてちょうだい。終わったら、直ぐに発つわ」<br>
「私の準備なら、直ぐに終わるわぁ。元々、大した手荷物は無かったしぃ」<br>
「そう言えば、出会ったときから貴女は軽装だったわね」<br>
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初めて出会ったとき、水銀燈は、異様に長い太刀しか、手にしていなかった。<br>
それは今、三種の神器のひとつ、神刀『紫綺』となって、彼女の手に在る。<br>
神器の使い手。これほど頼もしい相棒は、そう居ない。<br>
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真紅は、最後の荷物を纏め終えて、肩こりをほぐすように、ぐるぐると頚を回した。<br>
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「さて、と。私の準備は、これで終わったわ」<br>
「それじゃあ、出発するぅ?」<br>
「ええ、行きましょう。私たちの助けを、必要としている人たちのところへ」<br>
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二人は、並んで宿を出ると、街道沿いに歩きだした。<br>
これから先、どんな苦難が待ち構え、どんな強敵が襲ってくるか解らない。<br>
でも、二人でなら、きっと乗り越えられる。<br>
真紅も、水銀燈も、敢えて言わなかったけれど、心の底では、そう思っていた。<br>
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得物と、僅かな荷物を持って街道を行く彼女たちを、<br>
山伏の格好をした二人の青年が、街道沿いの丘の上から、じっと見詰めていた。<br>
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その内の一人……眼鏡を掛けた優男風の男が、目を細めて笑った。<br>
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「おやおや。折角、普通の女の子に戻れたと言うのに……血気盛んですねえ。<br>
そうは思いませんか、槐くん」<br>
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槐と呼ばれた、怜悧な眼をした金髪の青年は「結構な事じゃないか」と応じた。<br>
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「彼女たちが、自分で選んだ道だ。そうだろう、白崎?<br>
我々が、あれこれ口出しする問題じゃない」<br>
「正論ですねえ。僕等はただ、彼女たちの成長を見守るだけの存在。<br>
舞台の上で演じられる、人生と言う名の劇を見に来た観客に過ぎません」<br>
「新たに演じられる劇が、どんな内容なのかは解らない。<br>
だが、席を立つことなく次の舞台を観られるのだから、得をしたと思わないか」<br>
「……ですね。僕等はまた、観客席から、彼女たちの演劇を愉しむとしましょう」<br>
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そう言うと、二人の青年は金剛杖を突きながら、真紅たちとは逆の方へと、<br>
街道を進んでいった。<br>
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天下太平。<br>
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今までの穢れを拭い去るかの如く、空は青く高く、どこまでも晴れ渡っていた。<br>
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~終劇~<br>
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