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―睦月の頃― - (2006/05/03 (水) 01:28:26) のソース

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  翠×雛の『マターリ歳時記』<br>
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―睦月の頃 その1―  【1月1日  元日】<br>
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一年の計は元旦にあり。即ち、物事は出だしが肝心だから、<br>

しっかりと計画を定めてから事に当たれという意味である。<br>

――が、しかぁし。<br>
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柴崎夫妻が台所で、おせち料理や雑煮の準備をしていたところに、<br>

寝癖だらけの髪を振り乱した翠星石が、どたどたと踏み込んできた。<br>

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「し、しし……しまったですっ! 寝坊したですぅ」<br>
「あらまあ、大変。ヒナちゃんとは、何時の約束だったの?」<br>

「……五時半ですぅ」<br>
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初日の出を見に行こうと、待ち合わせの時間を事前に決めていた訳だが、<br>

時計は既に、六時近くなっている。年明け早々、とんでもない大失態だ。<br>

こんな事では、今年一年が思いやられる。<br>
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取り敢えず、自室に戻って雛苺に電話で謝り、手っ取り早く身支度を整える。<br>

部屋の中はかなり寒いが、構ってなどいられない。<br>
パジャマを乱雑に脱ぎ捨て、適当な服を見繕った。<br>
どうせ、御来光を眺めに行くだけだ。質素な色の服でも良い。<br>

鏡台の前に座り、髪を梳る。なんだか……今朝は、櫛の通りが悪い。<br>

ドライヤーと整髪料を使ったものの、思う様に寝癖が直らない。<br>

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「あ~もうっ! やめやめ! もう、これで良いですっ!」<br>

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翠星石は簡単に化粧を済ませると、照明を消して、部屋を飛び出した。<br>

階段を降りて、台所の祖父母に声を掛けると、翠星石は玄関に向かった。<br>

ジーンズのポケットをまさぐり、財布と、車のキーが有ることを確認。<br>

見送りに来たお婆さんから、マフラーを受け取り、コートの上から襟に巻いた。<br>

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「それじゃ、行って来るですぅ」<br>
「気を付けてね。いってらっしゃい」<br>
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祖母の笑顔に送り出されて、翠星石は玄関を潜り、ガレージへ向かった。<br>

シャッターを開けて車に乗り込みキーを回すと、エンジンは一発で始動した。<br>

現在時刻は、AM5:51。<br>
約二十分の遅刻だけど、日の出の予定時刻には小一時間ほど余裕がある。<br>

翠星石はアクセルを踏み込み、雛苺との待ち合わせ場所へと急いだ。<br>

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「もう! 翠ちゃん、遅いのー!」<br>
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開口一番、雛苺に叱られてしまった。<br>
翠星石に非があるのだから、謝るしかない。<br>
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「寝坊したのは悪かったです。文句は車の中で聞くから、早く乗るですよ」<br>

「うぃ。解ったなの。まだまだ言いたいコトは、沢山あるぜ……なの~」<br>

「……なにげに怖いですぅ」<br>
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雛苺が助手席に乗り込み、シートベルトを着用したのを確認して、翠星石は、<br>

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「ちょっとばかり飛ばすですよ。しっかり掴まってやがれですぅ」<br>

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と告げて、やおらエンジンを唸らせた。<br>
目的地に到着するまでの四十分間、翠星石の車は絶叫マシーンと化した。<br>

雛苺は恐怖に青ざめ、文句を言うのも忘れて助手席で身を強張らせていた。<br>

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「よっしゃあ! 日の出の五分前に着けたですぅ」<br>
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翠星石の荒っぽい運転で訪れたのは、遠くに海を望む丘の上だった。<br>

意外に知られていない、穴場スポットである。<br>
実際、彼女たちの他には誰も居ない。<br>
朱に染まりゆく東の空を眺めていた翠星石は、しゃがみ込んでいる雛苺を<br>

見て、心配そうに声を掛けた。<br>
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「どうしたです?」<br>
「…………酔ったぁ」<br>
「はぁ? 乗り物酔いするほどの、乱暴な運転は――」<br>
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してた……かも知れない。<br>
速度超過は朝飯前。山道では久々にドリフト走行も……。<br>

翠星石は失笑を禁じ得なかったが、放っておく訳にもいかない。<br>

隣に屈み込んで、雛苺の背中を優しく撫でてあげた。<br>
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「大丈夫ですか?」<br>
「うぅ……気持ち悪いの~」<br>
「なんだったら、少し車のシートで寝てると良いです。肩を貸してやるですよ」<br>

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雛苺の肩に手を添えて、立ち上がらせる。<br>
雛苺は翠星石の胸元にしがみついて、弱々しく微笑んだ。<br>

が、正にその直後、雛苺の喉がゴボッ! と嫌~な音を立てた。<br>

振り解く暇など無い。<br>
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「うぉえぇぇーっ!」<br>
「ひぃぎゃあぁぁぁ――っ!」<br>
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新年の朝日と雛苺の吐瀉物を浴びながら、翠星石の新年は幕を開けた。<br>

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「あ~もうっ! 新年早々、ゲロ浴びるわ御来光を見逃すわ……最低、最悪ですぅ」<br>

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被害がコートと足元だけに留まったのは、不幸中の幸いだったが、<br>

心理的なショックは計り知れなかった。<br>
しかし、雛苺に非は無い。いきなり具合が悪くなるのは、良くあることだ。<br>

それに大元を辿れば、自分が寝坊したせいである。時間的な余裕を失って、<br>

つい荒っぽい運転をしてしまい、結果的に、車酔いさせてしまった。<br>

被害者は寧ろ、雛苺の方である。<br>
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信号待ちの合間に、助手席で寝息を立てている雛苺を一瞥して、<br>

翠星石はポツリと呟いた。<br>
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「ゴメンです、雛苺。年明けから、酷いことしたです」<br>
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雛苺が眠っていたせいか、翠星石は素直に、想いを言葉に出来た。<br>

普段だと、どうしても気恥ずかしさから、憎まれ口を叩いてしまう。<br>

本当は…………そんな事、言いたくないのに。<br>
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往路とは打って変わって、復路は安全運転を心がけてハンドルを操る。<br>

AT車なので、スタートダッシュもエンジンのアイドリングだけで事足りる。<br>

この時間、まだ道は空いていたが、翠星石は必要以上にアクセルを<br>

踏み込まなかった。<br>
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行きで40分の距離を、帰りは一時間半かけて走った。<br>
その為か、雛苺は途中で一度も目を覚まさなかった。<br>
彼女の家の前に停車して、翠星石は雛苺の右肩を、そっと揺さぶった。<br>

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「着いたですよ。起きるです」<br>
「ふぁっ?!」<br>
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ビクンッ! と身体を震わせて、雛苺は瞼を開いた。<br>
熟睡していたから、寝惚けているらしく、雛苺はポケ~っと前を見ていた。<br>

そして、徐に眠りに落ちる。<br>
翠星石は条件反射的に、雛苺の頭をペシっ! とひっぱたいた。<br>

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「バカタレ! 寝直して、どうするですっ!」<br>
「あいたっ。ふぇぇ……翠ちゃん、乱暴なのぉ~」<br>
「あ……悪かったですぅ。つい、蒼星石の時みたいに、やっちまったです」<br>

「うゅ。やっちまったよ八街市なの?」<br>
「そのダジャレは、千葉県民にしか解らないんじゃないかと……ですぅ」<br>

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雛苺は「えへへぇ……」と、はにかんだ。<br>
だが、それで目が覚めたらしく、直ぐに真顔に戻って翠星石に訊ねた。<br>

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「そう言えば、蒼ちゃんも初詣に行くの? お正月だから帰ってきたでしょ」<br>

「……ううん、帰ってきて……ないです」<br>
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翠星石の表情が、サッと翳るのが、雛苺には解った。<br>
悪いことを訊いたらしい。<br>
雛苺は申し訳なくなって「ゴメンなさいなの」と俯いてしまった。<br>

そんな彼女に、翠星石が、ふっ……と微笑みかける。<br>
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「気にすんなです。蒼星石は、後期からの編入組ですからね。<br>

 履修日程の遅れを取り戻そうと、一生懸命、頑張ってるですよ」<br>

「そうなの……久しぶりに会えるの楽しみにしてたのに」<br>

「雛苺だけじゃないですよ、それは」<br>
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――私だって、会いたい。空を飛べるなら、今すぐにでも、会いに行きたい。<br>

衝動的に吐き出したくなる一言を、翠星石はグッ……と呑み込み、堪えた。<br>

言ってしまったら、募る想いを止められなくなる。きっと……泣いてしまう。<br>

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少しだけ硬さを増した空気の中で、彼女たちは、夕方から初詣に行く約束を交わした。<br>
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『番外編  帰宅直後の翠星石』<br>
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「おじじ、ただいまですぅ~・・・って、酒臭っ! 酔っぱらってるですか!」<br>

「正月じゃからな、御神酒じゃよ。ところで、初日の出は拝めたかい?」<br>

「・・・・・・ちょっと、見逃したです」<br>
「そうかそうか。それは良かったねぇ♪」<br>
「ちっとも良くねぇですよ! なんの為に早起きしたんだか分かんねぇです」<br>

「ふむ。ならば、儂が可哀想な翠星石に初日の出を見せてあげよう」<br>

「? ビデオに録画してあるですか?」<br>
「ふふふ・・・これじゃよ」<br>
「お盆と、懐中電灯? あぁ・・・な~んか、オチが読めたですぅ」<br>

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四角い盆で顔を覆い隠して、自らの頭を懐中電灯で照らす元治。<br>

早い話が、酔っ払いの宴会芸と言うヤツである。<br>
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「こうして、お盆を降ろしていくと・・・ピカーッ! ハゲロンヘッドランプじゃ!」<br>

「・・・・・・いや、あの・・・おじじ? ハゲロンじゃなくて、ハロゲンですぅ・・・」<br>

「細かいコトは気にしちゃいかん。ニアピンニアピン♪」<br>

「訳わかんねぇですっ! 酔っ払いは大人しく寝てやがれですっ!」<br>

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翠星石は空手チョップで盆ごと元治老人の頭をかち割り、<br>

風呂場へと向かった。<br>
おじじにとっては初血の出だったということで。<br>
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