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冬の魔法 - (2010/01/20 (水) 22:23:08) のソース

<p>ぼんやりと外を眺める。外のグランドには雪が積もり、何人かの生徒が楽しそうに雪で遊んでいる。<br />
 雪球を投げあい、雪だるまを作り、はたまた誰かは真っ白な地面に飛び込み自分の跡をのこす。<br />
 桜田ジュンはそれを冷めた目で見つめている。もう子供じゃあるまいし、高校生にもなって。<br />
 空は灰色の大きな雲を抱えている、幾許かすればまた雪が降るだろう。そんな頻繁に雪なんて降るものだ。何故そこまで浮かれるのかがジュンには分からなかった。<br />
 <br />
「こうらぁージュン! 何してるですか!!」<br /><br />
 大声と共に頭の上に火花が散った。すこしうめき声を上げた後、打たれた部分を摩りながらジュンは目の前の人物を睨み付けた。<br /><br />
「何すんだよこの!」<br />
「何すんだ、じゃねーです! サボってないでささっと掃除を終わらせるです」<br /><br />
 片手を腰に当てて目の前の人物、翠星石はジュンに勢いよく箒を突きつけた。箒は逆さまに握られている。<br />
 そういえば今日は自分たちの班が教室掃除だったとジュンは思い出した。掃除もぼーっと窓の外を眺めていたらサボりと言われても仕方がない。<br />
 非は間違いなく自分にある、文句を言いながらもジュンは箒を受け取った。<br /><br />
ったく、そんな思い切り叩く事はないだろ・・・・・・」<br />
「文句言ってる暇があったら働くですチビ男。ゴミ捨てに行かせるですよ?」<br />
「もうチビじゃないからその呼び方はやめろって言ってるだろこの性悪女!」<br />
「むきぃーッ!お前こそ性悪性悪いうなですぅ!!」<br /><br />
 ああまたかと他の班員はため息をついた。二人の言い争いはもうクラスの日常風景のひとつだった。<br />
 結局二人の言い争いは掃除が終わるまで続き、二人は掃除をしなかった罰として仲良くゴミ捨てに行くことになった。<br /><br />
「まったくジュンのせいで翠星石までゴミ捨てに行く破目になっちまったですぅ」<br />
「はいはいすいませんでしたね・・・・・・」<br /><br />
 ゴミ捨て場からの帰りでも彼らは小言を言い合う。こんなやり取りも何時も通りだ。<br />
 教室に帰ってみれば、他の班員はもうすでに帰っていたようで、教室は普段の賑やかさとは程遠い沈黙に落ちていた。<br /><br />
「まったく白状な奴らですぅ、班員を待たずに帰るなんて」<br />
「ご丁寧に電気まで消えてるな」<br /><br />
ゴミ箱を元の位置に置き、二人は互いに正反対の方向に向かった。ジュンは自分のと翠星石の机へ、翠星石は後ろのコート掛けへ。<br />
 互いにカバンと上着を持ち主に手渡した。これも彼らのつねの行いだった。<br />
 ジュンはジャンパーとマフラーを、翠星石はダウンと手袋を着込み、二人は並びながら階段を降りていった。<br /><br />
「まったくいつからジュンはこんなにでかくなっちまったんでしょうねぇ」<br /><br />
 ぽつりと翠星石は言葉を漏らした。二人は家も近く、小学校も中学校も同じだった。いわゆる幼馴染だ。<br />
 お互いの身長は小学校から中学1年生くらいまでは大体同じくらいだった。<br />
 だが中2になったころにジュンの身長は急激に伸び始め、翠星石は逆に伸びなくなった。<br />
 いまではもう背はジュンのほうが高く、同じだった背はもう頭一個分くらい差まで広がっていた。<br /><br />
「まあ、成長期は伸びるしなぁ。でも翠星石も、随分と変わったと思うぞ」<br /><br />
 そう言って、ジュンは翠星石に目を向けた。<br />
 小さい頃から大きく伸びた栗色の髪は変わらないが、彼女の身体は着実に少女から女に変化している。<br />
 胸は膨らみ始め、身体は丸みを持ち始めた。雰囲気もどこか大人の持つものに変わり始めているとジュンは思っている。<br /><br />
「・・・・・・なにいやらしい目付きで見てやがるですか」<br />
「ッ! そ、そんな目付きなんかしてない!!」<br /><br />
 図星だったからか、上ずった声が出てしまった。そんなジュンを翠星石はにやついた顔で見つめている。だが薄く頬は上気していた。<br /><br />
「まったくジュンはとんだ獣ですねぇ~。穢れた欲望丸出しですぅ」<br /><br />
 調子に乗って翠星石がさらにまくし立てる。<br />
 これ以上弄られてはたまらない、ジュンは階段を逃げるように駆け降りた。<br />
 「あ、待ちやがれですぅ!」と翠星石も追いかけてきた。<br />
 玄関に到着し、すばやく下駄箱から靴を取り出しその場で履き替え玄関を出た。<br />
 翠星石も続こうとするが彼女はブーツだ。履くには時間がかかる。<br />
 「勝ったな」、にやりとジュンは笑み外へと飛び出した。<br />
 しかし冬というのは恐ろしいものだ。この季節に降り積もった雪は底で氷となり人々に牙をむく。道路は凍結し、道もツルツルのスケートリンクと化し歩くのにも一苦労となる。<br />
 玄関の外も例外では無かった。飛び出したジュンが眼下の凶器に気付くことは無く。彼の足は見事に持っていかれた。<br />
 彼はそのまま「うわらば」と情けない声を上げ降り積もった雪にダイブする形になった。<br />
 あわてて起き上がろうとするが時すでに遅し、ブーツを履き終えた翠星石がもう玄関から出ている。<br />
 彼女の片頬は嫌らしくつり上がっている。悪魔のような笑みを浮かべながら彼女はジュンに歩み寄った。<br /><br />
「覚悟するですジュン! この翠星石から逃げたことの罪深さを思い知るですぅ!!」<br /><br />
 翠星石は大きく右手を振り上げる。ジュンは咄嗟に両腕で顔をガードして衝撃に耐えようとする。<br />
 ぎゅっと目を強く閉じる。<br />
 しかし、予想していた衝撃はまだ訪れない。ジュンは薄目を開けて、腕の間から彼女を盗み見た。<br />
 振り上げていた腕はもうジュンに向かうことなく下ろされており、翠星石は顔を上げて空を見上げている。<br />
 ジュンもガードを解き、空を仰いだ。<br />
 真っ白な雪が、空から降り注いでいる。純白の結晶は彼らの露出した顔、上着に無遠慮に深々と降り注ぐ。<br /><br />
「雪です! 雪ですよジュン!」<br /><br />
 あふれ出そうな喜色を抱え翠星石がジュンに視線を戻した。手袋を脱ぎ、両手を合わせ舞い落ちる雪を素肌で感じようとしている。<br />
 <br />
「雪ぐらいではしゃぐなよガキじゃあるまいし・・・・・・」<br /><br />
 大人の雰囲気に近づいているというのは訂正が必要みたいだ、ジュンは軽き息をついた。<br />
 雪を触りたいなら近くに落ちているじゃないか、それを掴んだ方が手っ取り早く雪の冷たさを感じられる <br /><br />
「まったく子供心が無い奴ですねぇ、可愛くない。昔はもっと可愛げがあったんですがねぇ」<br />
「男がに可愛いって馬鹿にしているようなもんだろ」<br /><br />
 ジュンは立ち上がり身体についた雪を払った。もう尻はびしょびしょに濡れている。<br />
 「帰るぞ」、そう言ってジュンは学校に背を向けた。<br /><br />
「ちょいと、ちょいとジュン」<br /><br />
 翠星石の呼び止めにジュンは大儀そうに振り返る。<br />
 その瞬間に、彼女は両手いっぱいに持っていた雪をジュンにぶつけた。<br />
 ダイレクトに雪の冷たさがジュンを貫いた。言葉にならない悲鳴をあげ顔の雪を拭った。<br />
 その様子を翠星石はケタケタと笑いながら見つめている。<br /><br />
「可愛くないジュンへのおしおきですぅ~」<br />
「・・・・・ッ。やりやがったなこの!」<br /><br />
仕返しといわんばかりにジュンも翠星石に近くの雪を投げつけた。<br />
 彼女は短い悲鳴を上げるが笑みを崩さぬまま、再び雪をすくい彼に振りかけた。<br />
 そしてまた彼も仕返しに雪を頭からかけ、彼女も何度も何度も彼に雪をあびせた。<br />
 固めて雪球にもせずに、何度も何度もやりあった。<br />
 翠星石の笑みも馬鹿にするようなものではなく、子供のように楽しそうなものに変わっている。<br />
 ジュンの顔にも純粋に楽しんでいる無垢な笑顔が浮かんでいる。<br />
 手が真っ赤に悴んで動かなくなると、翠星石はジュンに思いっきり飛びついた。<br />
 翠星石を受け止めた反動で、ジュンはまた雪に倒れこむ。二人の顔にはまだ笑顔が張り付いている。<br />
 <br />
「楽しいですか?」<br /><br />
 笑顔のまま、翠星石がジュンに言葉をかけた。彼女の頬は優しげに緩んでいる。<br /><br />
「ああ・・・・・・楽しいよ」<br /><br />
 ジュンの目も細くし濃やかに微笑む。髪にかかった雪を手で払ってやる。<br />
 翠星石は心地よさそうに目を細め、ジュンの胸に顔を埋めた。<br />
 <br />
「好きですよ・・・・・・ジュン、大好きです」<br />
「ああ、僕もだよ。翠星石」<br /><br />
 翠星石の腰の腕を回し、ジュンは彼女を抱きしめた。翠星石も、愛おしげに彼の頬を撫でた。<br />
 やはり冬は恐ろしい季節だろう。素直じゃない二人を、こんなに素直にしてしまうんだから。</p>