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僕にとってのアリス - (2006/03/28 (火) 20:38:54) のソース

<p><a title="bokunitottenoarisu" name="bokunitottenoarisu"></a></p>
<p>この世界には、無数の扉が隠れています。</p>
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さの先に潜む物とは恐怖の悲鳴か、はたまた愛の詠唱か。</p>
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<p>枝分かれした運命。</p>
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<p>
定められた者同士が邂逅するとき、小さな光が産れます。</p>
<br>
<p>出会い。</p>
<br>
<p>それは気まぐれな女神の落とした、儚い時間。</p>
<br>
<p>今宵も物語が始まります。</p>
<br>
<p>運命に耳を澄ましましょう。</p>
<br>
<p><br>
薄暗い夕方。<br>
狭い路地をとぼとぼと俯きながら歩く一人の青年がいた。</p>
<br>
<p>
彼の名は槐という。夢を追いかけ、遠く離れた異国に辿り着いた若者。<br>

彼の夢は一流の人形師になることだった。日本という国は、そのためには小さすぎた。</p>
<br>
<p>しかしここでの生活も楽ではなかった。<br>
修行の成果もなかなか表れず、なにしろ貧しい。<br>
彼の頭の中にはある考えがよぎっていた。<br>
『あと半年。あと半年して成果が出なければ、日本に帰ろう・・・。』</p>
<br>
<p>そんなことを思いながらふと周りを見る。<br>
気付くとそこは借家への帰路ではなく、見知らぬスラム街のような場所だった。</p>
<br>
<p>
「悪い癖だな・・・。考え事してるといつもこれだ・・・。」<br>

もと来た道を戻ろうと方向を変える。</p>
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<p>
すると、そこにはさっきまではいなかった、小さな少女が立っていた。</p>
<br>
<p><br>
その少女はお世辞にも、いい格好をしているとは言えない。<br>

みすぼらしいボロボロの服。傷だらけの手足。<br>
そして左目には大きな眼帯。<br>
何かを訴えるように視線を向ける。</p>
<br>
<p>
「えーと、ここら辺に住んでるの? 道とか教えてもらっていいかな?」<br>

しかし少女は口を開こうとはしなかった。</p>
<br>
<p>仕方ない、と思った槐は少女の横を通り抜ける。</p>
<br>
<p>
自分の足音に合わせ、ぺたぺたと聞こえるもう一つの足音。</p>
<br>
<p>振り返ると少女はついて来ていた。<br>
「もう暗いよ。おうちに帰らないの?」<br>
だがやはり少女は喋らない。<br>
ただ首を横に振り続ける。</p>
<br>
<p>まいったな、と溜息をつく。<br>
そのとき、彼女の小さなお腹から腹の虫の音が。</p>
<br>
<p>ぐぅ・・・</p>
<br>
<p><br>
槐はあることを悟った。<br>
『そうか、この子に家は・・・。』</p>
<br>
<p>
しばらく少女と目を合わせていると、降参したかのように頭を掻いて呟く。</p>
<br>
<p>「うちに、来る?」</p>
<br>
<p>途端に少女の顔がぱぁっと明るくなる。<br>
『悪い癖だな・・・困った人を見かけると、いつもこうだ・・・。』</p>
<br>
<p>手を握り歩き出す。</p>
<br>
<p>夕日が眩しかった。</p>
<br>
<p>彼女の手は暖かかった。</p>
<br>
<p><br>
小さなテーブルを挟んで、槐の向かいには少女が座っている。<br>

よっぽどお腹がすいていたのだろう、無我夢中で皿に手をつける。<br>

大変な生活をしていたのだろうとすぐにわかった。</p>
<br>
<p>「名前、なんていうんだい?」<br>
同じように黙っていたが、今までの質問の時とは違い、少し悲しげな顔を見せる。</p>
<br>
<p>
彼の哲学からいうと、一度手を差し伸べたらもう放り出す訳にもいかない。</p>
<br>
<p>
「そうだな・・・薔薇のように紅い唇。水晶のように澄んだ右の瞳。<br>

 そう、君の名前は『薔薇水晶』だ。これからはここが、君の家だよ。」</p>
<br>
<p>
それを聞いた少女は初めて見せる笑顔でコクコク、と頷いた。</p>
<br>
<p>槐はまたも溜息をつく。</p>
<br>
<p>しかし、その顔には穏やかな笑顔が漏れていた。</p>
<br>
<p>
それからというもの、槐の生活には少しずつ変化が表れてきていた。<br>

忙しい毎日でもそれは充実していたし、そして何より薔薇水晶が時折見せる笑顔に癒された。</p>
<br>
<p>薔薇水晶にも少しずつ、変化が訪れていた。<br>
表情は増え、喋りかければ言葉を返すようになった。</p>
<br>
<p>槐はまるで父親のように彼女を見守ってきた。<br>
薔薇水晶の心が、ちょっとずつでも開き始めていることが嬉しかった。</p>
<br>
<p>そしてある日・・・</p>
<br>
<br>
<p>「・・・聞いて欲しいことが・・・あるの・・・。」<br>
仕事から帰ってきた槐に薔薇水晶が話しかける。<br>
彼女から言葉をかけてくれたのは初めてと言ってもよかった。</p>
<br>
<p>
嬉しく感じた槐の反面、薔薇水晶の表情はとても哀しげだった。</p>
<br>
<p>「私の・・・過去・・・。」</p>
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<p>________________________________<br>
薔薇水晶の話を聞いた槐はあまりのことに言葉を失った。</p>
<br>
<p>
薔薇水晶が産れた直後、父親は蒸発。母親は新しい夫を作った。<br>

そして新しい家庭の中、薔薇水晶は名前すらつけてもらえずに、邪魔者扱いされていた。<br>

新しい父親は酒癖が悪く、いつも薔薇水晶を虐待していた。<br>

ある時、暴力に耐えかねた薔薇水晶は母親に助けを求めたが・・・。</p>
<br>
<p>
「あんたなんか・・・あんたなんか産れて来なければよかったんだよ!!」<br>

その言葉は彼女の心を深く抉った。</p>
<br>
<p>
そしてその三日後、薔薇水晶は郊外から離れたスラム街に捨てられたのだ・・・。</p>
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<p><br>
話し終えた薔薇水晶は、左目の眼帯をゆっくりと外す。</p>
<br>
<p>槐は唖然とした。</p>
<br>
<p>眼帯の下、そこには白く濁った瞳。<br>
そう、過去の激しい暴力は、彼女の左目の光を奪ったのだった。</p>
<br>
<p>
「いつか言ってくれた・・・澄んだ瞳って・・・。でも私は澄んでなんかいない・・・。<br>

 壊れた子、要らない子・・・。」</p>
<br>
<p>
透き通った右の瞳と濁った左の瞳からは、透明な涙が零れている。<br>

ぽろぽろと泣く彼女はいつもより小さく見えた。</p>
<br>
<p>スッと暖かいものが彼女を包んだ。</p>
<br>
<p>それは槐の両の腕。</p>
<br>
<p><br>
「そんなことはない・・・。君は僕にとってのアリスだ・・・。</p>
<p><br>
 <br>
 君と出会った日、僕の誕生日だったんだ。</p>
<p><br>
 <br>
 君は僕の前に舞い降りた天使。 </p>
<p><br>
 <br>
 神様がくれた、最高の贈り物だよ・・・。」</p>
<br>
<p>薔薇水晶は槐の胸の中で瞳を閉じた。</p>
<br>
<p>零れていた涙は、気付いたらとても暖かかった。</p>
<br>
<p>「お父・・・さま・・・」</p>
<br>
<p>過去は変えられない・・・。</p>
<br>
<p>だからこそ、今はこうしていたい・・・。</p>
<br>
<p><br>
それから月日は流れた。</p>
<br>
<p>今日は槐の誕生日。<br>
そして、「薔薇水晶」という名前の誕生日でもあった。</p>
<br>
<p>
槐は仕事の帰りに小さなケーキを買おうと思っていた。<br>
その頃、薔薇水晶は留守番をしている。<br>
薔薇水晶も同じように、槐へのプレゼントを考えていた。</p>
<br>
<p>『私、お金持ってない・・・。・・・そうだ!
綺麗なお花を摘んでこよう。<br>
 きっと、お父様喜んでくれる・・・!』</p>
<br>
<p>思いがまとまった薔薇水晶は家を駆け出した。</p>
<br>
<p>川沿いの草原へ向かう彼女。</p>
<br>
<p>空には暗い雲が出てきていた。</p>
<br>
<p><br>
日は沈みかけていた。<br>
『綺麗なお花、たくさん・・・。お父様、待っててね・・・。』</p>
<br>
<p>高鳴る想いを抑えながら帰路を走る薔薇水晶。</p>
<br>
<p>
しかし次の瞬間、薔薇水晶の意識は暗闇に飛ばされた。</p>
<br>
<p>彼女の左目の死角。</p>
<br>
<p>
急いでいた彼女には、飛び出してきた車の存在とは知る由も無かった。</p>
<br>
<p><br>
『だいぶ遅くなったな・・・薔薇水晶、怒ってないかな?』<br>

雨が降る中、傘もささずに家を目指す槐。<br>
その手には、小さなケーキの入った箱を抱えていた。</p>
<br>
<p>
通り道に人だかりができている。家路につくには、そこを通るしかない。<br>

「何があったんですか?」<br>
事情を聞こうと尋ねる。<br>
「女の子が車に撥ねられたんだ!」<br>
それを聞いた途端、何故か槐の心を針が刺さったような緊張が襲った。</p>
<br>
<p>嫌な予感を振り払い、人込みを掻き分ける・・・。</p>
<br>
<p>そこには</p>
<br>
<p>白く長い髪。小さな体。</p>
<br>
<p>薔薇水晶が横たわっていた。</p>
<br>
<p><br>
『そんな・・・そんな、嘘だ!!』<br>
人を押し退け、その小さな体に駆け寄る。</p>
<br>
<p>
「薔薇水晶・・・!!! 薔薇水晶!!! 目を開けておくれ・・・!」</p>
<br>
<p>
上半身を抱き寄せる。それに反応したのか、微かに唇が動き目を薄く開く。</p>
<br>
<p>「お父・・・様・・・。」<br>
安心したように、力無く微笑む薔薇水晶。</p>
<br>
<p>「ダメだ! 僕の・・・君は僕の大切な・・・!!!」<br>
槐の涙が薔薇水晶の頬に降る。</p>
<br>
<p>
「・・・今日は・・・お父様が・・私を生んでくれた日・・・。わた・・し、本当の・・・天使に・・なり・・・た・・・。」</p>
<br>
<p>瞳を閉ざす薔薇水晶。<br>
声を上げ泣く槐。</p>
<br>
<p>二人の周りには、小さな、綺麗な花が散っていた。</p>
<br>
<p><br>
それから9年後<br>
日本に帰ってきた槐は、ある製作に取り掛かった。</p>
<br>
<p>それは、一体の少女人形。</p>
<br>
<p>
食事や睡眠もまともに摂らずに、ただひたすらに道具を握る毎日。<br>

そんな日々が5年も続いた。</p>
<br>
<p>
そして出来上がったのは、彼の人生作品の中での「至高の少女」。</p>
<br>
<p>
その人形。いや、その少女が完成した日、それは・・・。</p>
<br>
<p>「誕生日おめでとう・・・。僕の薔薇水晶・・・。」</p>
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<p>小さなアトリエに、優しい木漏れ日が降り注ぐ。</p>
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<p>
その少女の両の瞳は、まるで水晶のように光り輝いていた。</p>
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<p><br>
FIN</p>
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<p><br>
偶然の出会いが光を生むのか、</p>
<br>
<p>光が偶然の出会いを生むのか。</p>
<br>
<p>運命の歯車とは止められぬ流れ星。</p>
<br>
<p>それは儚く散るか、願いを運ぶか・・・。</p>
<br>
<p>過去は塗り替えられません。</p>
<br>
<p>だからこそ、この今を大切にしてください。</p>
<br>
<p>おや、どこからか悲鳴が聞こえます・・・。</p>
<br>
<p>次の物語まで、しばしの休憩。</p>
<br>
<p>それでは、ごきげんよう。</p>
<br>