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古ぼけた雑貨店 - (2007/02/14 (水) 18:00:25) のソース

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午前1時を過ぎる頃、私の足は、いつもの場所に向かう。<br>

持ち物は、財布と携帯電話。それと、マフラー。<br>
私のお目当ては、24時間営業のコンビニではない。<br>
如月の夜風に揺れる、赤提灯でもない。<br>
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なにを隠そう、古ぼけた雑貨店なのだ。<br>
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その店を見つけたのは、去年の夏ごろ……蒸し暑い夜のことだったと記憶している。<br>

会社の同僚と飲みに行って泥酔した私は、うっかり電車で寝過ごしてしまったのだ。<br>

乗っていたのは終電で、反対方向の電車も既に走っていない。<br>

と言って、乗り越したのは二駅だったから、タクシーを拾うのも馬鹿馬鹿しい。<br>

やや迷った挙げ句、酔いざましも兼ねて、歩いて帰ることにした。<br>

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そして、普段は通ることのない路地裏で、件の雑貨店に巡り会ったというワケである。<br>

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――こんな夜遅くまで、営業しているなんて。<br>
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我知らず、双眸を見開いていた。<br>
辺り一面の夜闇の中で、明々と照明を灯した雑貨店は、<br>
さながら大海原にポツリと浮かぶ孤島の様だった。<br>
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千鳥足で近付いていくと、軒先に店員とおぼしい娘が座っているのが見えた。<br>

随分と若くて、髪の長い、可愛らしい女の子だ。歳の頃は十七、八と言ったところか。<br>

暑っ苦しそうに、ウチワで喉元をはたはた扇いでいる。<br>
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後で判ったことだが、その店は老夫婦と、孫の姉妹が切り盛りしていた。<br>
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<p>  いらっしゃいませ。<br>
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よほど、私が物珍しげにジロジロ見ていたからだろう。<br>
店員の娘が、ひょいと立ち上がって、鈴の音のような声で囁きかけてきた。<br>

声を潜めたのは、深夜ということで周囲に配慮したのかも知れない。<br>

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それにしても、こんな時間まで、何を商っているのだろうか。<br>

ちょっとの酔狂から――娘の愛らしさに惹かれた事もあって――私は足を止め、<br>

明るい店の中に目を遣った。<br>
雑多に並ぶ商品は、日用雑貨から菓子食品まで、幅広く取りそろえてある。<br>

値札に注目してみると、どれも一律だ。<br>
いわゆる、百均というやつだった。<br>
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そこそこ酔いもさめて、小腹が空きはじめていたところだ。<br>

私は、食品の並ぶ棚から、おにぎり3個入りのパックと、スナック菓子を幾つか選んだ。<br>

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  毎度ありですぅ。<br>
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私の手から商品を受け取った娘は、ぺこりと礼儀正しくお辞儀をする。<br>

今どき珍しい三角巾の鮮やかな花柄が、照明に映えた。<br>
三角巾なんて、小学校の頃だかに、給食当番で使った程度だ。<br>

幼年時代を思い出して、ふと『あの頃は――』なんて回想してしまうのは、<br>

私が歳をとったからだろうか。やだやだ。<br>
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  735円になるですよ。<br>
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ココロに浮かんだ世迷い言は、娘の声に掻き消された。<br></p>
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代金と引き替えに、商品を詰めた白いビニール袋を受けとる。<br>

そのついでに、ほろ酔い加減の私は、意地悪な質問をしてみた。<br>

こんな遅くまで営業してて、儲けがあるのか……と。<br>
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基本的に、百円ショップは薄利多売。<br>
こんな路地裏で、しかも深夜営業ときては、客足など期待できまい。<br>

採算度外視の慈善事業じゃあるまいし……いくら何でも無謀にすぎる。<br>

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ところが、問われた方は汗ばむほどの熱帯夜にも拘わらず、涼しい顔だ。<br>

そして、意外に利用客が多いことを、微笑みながら教えてくれた。<br>

ほら……と彼女が指差した先には、近付いてくるメガネをかけた少年の姿。<br>

彼に話を聞いてみると、店員の娘とは高校の同級生だとか。<br>

なるほど、買い物をしながら語らう仕種は、とても親しげだ。<br>

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暫くすると、右目を眼帯で隠した、人形のように美しい娘もやってきた。<br>

夜中にお腹が空いて、食べ物を買いに来たのだと言う。<br>
スレンダーな体型をしていながら、その実、痩せの大食いらしい。<br>

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  この店のおにぎり、美味しいんですよ。<br>
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おにぎりは、お祖母さんと、さっきの店員の娘が握っているらしい。<br>

このお嬢さん曰わく、お祖母さんが握った方は、少し塩っ気が多いのだとか。<br>

それで、おみくじ紛いの遊びをしているという。なるほど、面白そうだ。<br>

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私は、眼帯のお嬢さんを始め、店員さんと少年に別れを告げ、家路に就いた。<br>

その途中でも、あの店に行くと思われる銀髪の女の子と擦れ違った。<br>

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この町の人間は、なかなかに宵っ張りが多い。<br></p>
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家に帰り着いて食べたおにぎりは、少ししょっぱい気がしたけれど……<br>

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  私は、あの店が好きになった。<br>
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――あれから、もう半年が経つ。<br>
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寒々とした冬空の下、月明かりを頼りに、あの店を目指す。<br>

そういうライフサイクルが、すっかり身体に馴染んでしまった。<br>

あの店員の娘の笑顔を見ないと、翌日の寝覚めが悪くなるほどだ。<br>

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断っておくが、私は別に、下心とかあって行くワケではない。<br>

言うなれば『癒し』を求めているのだ。<br>
あの、温かな雰囲気に包まれた、宵っ張りどもの集会所に。<br>

つまるところ、それはインターネットでチャットに興じるのと同じだった。<br>

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  まぁた来やがったですか。寒いのに、物好きなヤツですぅ。<br>

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夜の静寂の中、私の足音を聞きつけたのだろう。<br>
店員の娘が、今夜も色鮮やかな三角巾を頭に頂き、腰に手を当てて立っている。<br>

呆れ口調の割に、どこか嬉しそうに見えるのは、私の目が悪いせいか?<br>

もう日課になっているのだと告げると、彼女は朗らかに微笑み、私の背を叩いた。<br>

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  だったら、今夜も売り上げに貢献しやがれですぅ。<br></p>
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<p>元より、そのつもりだ。<br>
さて、今夜は何を買おうか。例によって、おにぎりは欠かせない。<br>

あれこれと品定めしていると……ほぉら、他の常連たちも白い息を弾ませながら、<br>

マフラーを巻いた頸を竦めて集まってきた。<br>
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つくづく、コウモリみたいに夜更かしの好きな連中である。<br>

ド近眼な私を含めて。<br>
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でも、本当は――<br>
みんな、この時間に、この店に来るために、夜更かししているのかも。<br>

私と同じように。<br>
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だから、私はこの店と、ここにくる連中が大好きだ。<br>
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――明日は、カメラを持ってこようかな。<br>
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そんな事を思いながら、今夜も……顔見知りとなった常連たちを、笑顔で迎えた。<br>

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  ~終わり~<br></p>